ペンギンのおもちゃ箱   作:ペンギン3

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血染花はもう咲かない 2話

 パチパチと火が爆ぜる音がする。

 風が戸に吹きつけてカタカタと震える。

 辺りは暗く、唯一の光源は鍋をかけている囲炉裏だった。

 皆を埋葬している内に夜がやってきたのである。

 

「兄様、どの位お食べになりますか」

 

「少しでいい、お前も食える気分じゃないだろう」

 

 ……それだけ聞いて再び部屋に静寂が舞い戻る。

 

 皆を埋葬していく過程で冷たい死体が心まで冷たくしていく感触に苛まれる。

 皆の死体が語りかけてくる気がして仕方なかった。

 

 なぜお前達は生きている、なぜ我々は死んだのだ、と。

 

 呆気なかった。

 歪みを持つ一族と呼ばれ恐れられていた凶月の一族も、それが無くなれば唯の人間だと証明されたのだ。

 

 それに波旬の法が発動された時、アイツ等は同族同士で殺し合いはしなかった。

 逃げ惑うことに必死になっていたが、俺(私)は死なない等とは思ってなかったのだ。

 

 過去の束縛の名残があったのか、歪みが無くなったことで無意識に自分が特別ではないことを悟っていたのか。

 彼らが一つ思っていたであろうことは容易く想像できる。

 

 死にたくない、ただそれだけであろう。

 

 ようやく新たな人生が始まるところだったのだ。

 そんな時に死にたいなどと思うやつはいない。

 少なくとも俺の周りにはいなかった。

 

 あいつらに詫びたい、今すぐ駆け寄って土下座してもいい。

 護れなかったことを、無残に死骸を晒させたことを。

 

 だがもう少し待って欲しい、自分勝手だと非難してくれてもいい。

 あとで俺も行く、だから少し時間をくれ。

 

 

 咲耶を一人で残すわけにはいかないのだ。

 

 

「兄様、難しい顔をなされていますよ」

 

 

 優しい声。

 いつの間にか横に来て手を握られていた。

 

「兄様が何を悔いているのかは分かります。

 私も同じ気持ちです。

 さればこそ、言わせてください」

 

 息を吸い、吐き出すようにして思いをぶちまけた。

 

「皆様の分まで私達は生きねばなりません。

 それが命を繋いだものの義務でもありましょう。

 これは綺麗事、村の皆様に聞かれては納得など出来るはずもないでしょう。

 ですが、それすらも受け止めて進むべきだと私は思います」

 

 正直なところ、咲耶自体こう言う論法はあまり好ましくないと思っている。

 だがここで無理をしなければ自分が、いや自分達は先に進めない。

 なればこその言葉だった。

 

「……咲耶、お前」

 

 故に刑士郎は驚き、歓喜した。

 噛み締めるようにその言葉を咀嚼していく。

 咲耶は先を見ている、辛くても受け止める覚悟も出来てる。

 

 自分が想像している以上に咲耶は強い。

 それが嬉しくて誇らしくて素晴らしくて、そして寂しい。

 

 一瞬、刑士郎は自分が何を考えたかが分からなくなった。

 サミシイ?

 成程、寂しいのか俺は。

 

 いつも兄様兄様と後ろをついて来た咲耶が遠くに行ったような気がして。

 咲耶は俺が護っていると考えていたが雛は飛び立つもの。

 気付いたら自分の庇護の必要はなくなっていたのだ。

 むしろ自分が咲耶を閉じ込めていたのかもしれない。

 

「それは違います」

 

 唐突であった。

 咲耶は刑士郎の思考を読み取るがごとく慈愛の微笑みを浮かべている。

 

「私が兄様のそばを離れなかったのです。

 確かに兄様は私を離そうとしなかったかもしれません。

 ですがそれはそれで女冥利に尽きるというものです」

 

 少しおどけた様に笑いそれに、と続きを語る。

 

「私は遠くに行ったのではありません。

 兄様の隣に並んだだけです」

 

 刑士郎は自分の価値観が崩れていくのを感じた。

 ずっと俺の後ろを付いてくるものとばかり思っていた。

 一生守り続けるのだとも決意していた。

 それが今、咲耶は俺と並んだといった。

 俺が支え、守ると言う概念は咲耶が俺にも適応させれるということだ。

 

 

 

「はは、あははははははははははっ!!」

 

 

 

 心から笑った。

 こんなにも暖かい。

 弱いと勝手に思っていた手弱女子が、こんなに頼りがいがあるだなんて。

 

「兄様、あまりはしゃがれますとお体に触りますよ」

 

 そう言いながらも自身もクスクスと笑いが抑えられない咲耶。

 

 

 

 今日この時、この一瞬とも言える今が愛おしい。

 だからこの刹那を焼き付ける。

 新しい決意を持って。

 

 

 

 (咲耶は俺が守る)

 (兄様は私が守ります)

 

 

 

 互いに手を差し伸べながら。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 今日の神座

 

「時よ止まれ お前は美しい」

 

「どうしたのよ、突然」

 

 ボケっと花畑に転がっていた蓮が急にボヤいたので「何?こいつ」みたいな顔で見つめる香純。

 いや、何でもないと答える……

 

「藤井君はノスタルジックな電波を受信してるから。

 今話しかけると危険な感じ」

 

 はずだったが玲愛が茶々を入れて失敗する。

 

「先輩、変なことは言わないでください。

 思わず口が滑りそうになりますから」

 

 蓮の一言に怪訝そうな顔をする玲愛。

 次の瞬間、蓮は語りだした。

 

「ある日のこと、先輩はパソコンと向かい合ってた」

 

 唐突なことにキョトンとする香純と玲愛。

 そことなく動作と表情が似ているのが笑えてくる。

 

「ゲームをやっていたんだ。

 そしてゲームは先輩らしくエロゲーをやっていた」

 

 摩耗した記憶からそんな物を見つけ出し無言になる玲愛。

 えーっとと少し気まずそうにする香純。

 

「そしてネットの感想掲示板に一言、お茶吹いた。

 俺が吹いたわ」

 

 玲愛は無表情から一転。

 上目遣い的に問を投げかける。

 

「なんで私のことそこまで知ってるの?

 もしかして脈ある?」

 

 本来なら蓮にはこの手の会話はしてはならないことになっているが、色々とありすぎてたがが緩んでいたのだろう。

 つい聞いてしまった。

 

 だが、特に気にした風でもなく明確に返答を返した。

 

「神父さんが教えてくれた」

 

 それを聞いた瞬間、電波な乙女は修羅の曾孫として覚醒した。

 10分かそこらかして嬉しそうな神父さんの悲鳴が聞こえてきた。

 

「で、蓮?何があったの?

 別に教えてくれてもいいんじゃないの」

 

 それともまた、私には言えないこと?

 そう悲しそうに顔を伏せる香純。

 その様子に、バカスミのくせに生意気だと言ってポツリと話し始める。

 

「ヴィルヘルム、いや刑士郎だっけか。

 人って変われば変わるんだなって思った」

 

「ああ感動してるんだ、レーンたん」

 

「うるさい、黙ってろ」

 

 急に復活しからかってくる香純相手に、話すんじゃなかったと後悔する蓮。

 だが、その刹那すらも愛おしいと感じる。

 

 神座から見える兄妹二人に軽い親近感のようなものを感じて蓮もまた微笑する。

 

 

 

 今日も上座は平和です。




まだやる気があった頃第二弾。
初心者なりに、執筆を楽しんでいたと思われる。

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