ペンギンのおもちゃ箱   作:ペンギン3

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血染花はもう咲かない 1話

「あ……ま」

 

 声が聞こえる、自分が愛おしいと思った奴のあの声が。

 

「あ…さま」

 

 その声で懸命に呼ばれるだけで、自分が果報者だということが解る。

 

「あに、さま」

 

 ただ残念なのはその声には悲壮さが漂っていて、俺の顔にも涙が滴っていることだ。

 

 だからその柔らかな頬に触り、涙を拭ってやる。

 

「泣くな、咲耶。

 腹の子を育てにゃならんだろうが」

 

 蚊の掠れるような声だった。

 自分でも笑えてくる。

 しかし咲耶は希望の光を見つけたようでもあった。

 

「あ、にさま? あにさま兄様兄様兄様兄様兄様」

 

 堰きを切ったように俺の名前を呼び続けて抱きしめる。

 強く強く抱きしめ、もう離さないという咲耶の気持ちがよく伝わってくる。

 

 そこには愛する男子を包み、包まれる乙女の姿があった。

 

 

 もう、血の匂いは消えていた。

 誰とも知らぬ者の渇望も、自分の知らない人の思いと一緒に。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 頭に心地よさを感じる。

 柔らかな感覚である。

 不意に目を開ける。

 

 太陽の光で目が潰れるという錯覚が起きる。

 ぼやけて、はっきりとしない視覚。

 それが段々と形を帯びてきて一つの姿となった。

 

「お起きになられましたか兄様、おはようございます」

 

「あぁ、起きたぞ咲夜」

 

 自分はまた寝てしまったのかと呆れ混じりに咲耶の膝から挨拶を交わす。

 一面花畑、そこで好いてる奴と二人でいる。

 それはそれでいいとも思うがこれからも生きねばならない。

 億劫だはあるが起きなければ。

 

 咲夜の膝から起きようとする。

 だが、うまく力が入らない。

 筋肉が弛緩して、血も足りてない。

 

 ここで一旦死にかけた事を思い出す。

 思わず舌打ちをしそうになるが生きているだけでも十分に幸運(その方法は考えないことにする)であるから我慢することにした。

 

「兄様、ご無理をしないでくださいまし。

 もう少し休んでから行きましょう」

 

 こちらの様子に気付いた咲耶が頭を撫でて、こちらをやんわりと抑える。

 それに癒されてしまう自分に驚いた。

 

 今はただ疲れてるだけ、そう自分に言い聞かせ顔を見られないように咲耶の太腿に顔を埋める。

 

「あらあら」

 

 それを朗らかに笑う咲耶、それはこれから母になるに相応しい慈愛と母性に満ちたものだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 少し休むと動けそうになった。

 実際には動けると自分に言い聞かせているだけだが。

 

「兄様、駄目でございます。

 まだ少し休んでいてください」

 

 大事な兄の身体、頑張ったのだからもう無理はしないで欲しい。

 そんな想いが咲耶を突き動かしていたが刑士郎はそれを抑える。

 

「ずっとここにいるわけにはいかんだろう、行くぞ咲夜」

 

 無理やり立ち上がり平気な顔を装い咲耶の手を繋ぎ歩き出す。

 咲耶も仕方ないと兄を支えるように歩き始めた。

 

「咲夜、一人で歩ける」

 

 男としての意地でそう言い張る刑士郎だが咲耶に、

 

「私が支えたいのです、もう兄様にもたれ掛かるだけなど私自身が許せないのです」

 

 とまで言われてしまい沈黙。

 

 二人で二人三脚の歩調で歩き始める。

 足は凶月の里を目指していた。

 もう誰もいないことは分かっている。

 

 しかし理性では感情を止められなかった。

 まだ生きてる人もいるかもしれない。

 

 俺たちを白い目で見る奴もいた。

 

 私たちを疎ましく思っている方もいました。

 

 だが(だけど)、確かにあの土地は俺(私)の故郷なのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そこには地獄絵図が広がっていた。

 いや、大和の国中でも広がっているのだろう。

 

 人の死体が、俺達の知ってる奴が冷たくなっている。

 昨日一緒に酒を飲んだ奴が、武勇伝を聴きに来たガキが、歪みが消えたと喜んでいたババアが、皆が横たわってる。

 

 咲夜はあまりの事態に白い顔を更に白くしている。

 

「埋めて、やらねえとな」

 

 一言、ポツリと呟く。

 この里の長として、共に暮らしたものとして、こいつらをこのままにするのは許せない。

 その責任感やどうすれば良いか分からない怒りや悲しみと共に、円匙を使い穴を掘り始める。

 

 咲夜も無言で隣に来て二人で凶月の者を埋葬していく。

 遣る瀬無さを感じる。

 

 二人は無力だった。

 だが、人間として生きることを選んだが故の無力さだった。

 

 それが悔しくあった。

 だが、自分達で見つけた答えである。

 後悔はしていない。

 

 この里を見て、こんなに悲しいと思える。

 それが自分達が本当の人間になったという証明だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 今日の神座(笑)

 

 坂上覇吐と久雅竜胆はある作業をしていた。

 それは自分達が世話になった、あの太陽の天魔?の魂を回収してやろうということになった。

 

 ただ、その過程で……。

 

「我が名はシュぴ虫、六条シュピ虫です。

 以後お見知りおきを」

 

 ……魂が傷つき、頭をおかしくした六条らを拾うことになった。

 

「あはは、そのなんて言うの?ご愁傷様?」

 

 その遥に後方でドン引き気味に六条に絡まれる俺たちを励ます太陽の天魔。

 いや、天魔ではない。

 結構可愛い系の人間の姿をしていた。

 

 アヤセカスミ、旧世界の名前ながらちゃんと理解できる。

 本人曰く、こちら側に書けば綾瀬香純となるらしい。

 

 ただ、その香純がえらい事をしでかしてくれた。

 それは……、

 

「よう、無事に流出できたようで何よりだ」

 

 そうぶっきらぼうに言う人物、それは俺達の大恩人、天魔・夜刀であった。

 まあ、こちらも本当の名前は違って姿も普通の人間の物なのだが。

 

 フジイレン、こちら側では藤井蓮と書くらしい。

 

「まさか、あんたの魂があるなんてな」

 

 俺がそう言うと、悪いかと毒づいた後、理由を説明してくれた。

 

「まさかバカ純に助けられるなんて思ってなかった」

 

「うっさい、練炭」

 

 お互い悪口を言っているがどう見ても仲良さげである。

 

「まあ、そういうわけだ。

 穢土で死んだ奴はみんな香純が魂を拾った。

 戦死したお前らの兵隊も、俺達夜都賀波岐もみんなだ。

 俺が残した法が暫く生き続けてたのも原因だと思う。

 ただ……」

 

 そう言って六条の方に目を向けていう。

 

「コイツまで拾う必要があったのかどうか」

 

 何とも言えない顔でそう言う。

 気持ちは分からなくもない。

 

 正直に言おう、ウザイと。

 そう思い、香純の方に顔を向けると慌てて首を振った。

 

「いや、だってこの人だけ回収しないのも悪いし、可哀想でしょ」

 

「そうかもしれねえけど」

 

 俺がそういって再び六条に目を向けると、

 

「いやあ、竜胆くんじゃないですか。

 今日こそは穢土学園を共に抹消しましょう。

 いぃやつらぁ、今度こそは」

 

「やめろ、鬱陶しい。

 おい覇吐、何とかしろ」

 

 竜胆の手を握り、明日へ向かって前進しそうになっていた。

 

「てめえ、俺の女に気安く触れるんじゃねえ」

 

 とりあえず殴り飛ばす。

 

「ひでぶ」

 

 よく飛んでいく、5尺ほどブッ飛んでから頭が土に刺さった。

 

「覇吐、ありがとう。

 お前だけが頼りだ」

 

「ああ竜胆、任せとけ。

 どんなことがあっても俺が守ってやる」

 

「それでこそ私の益荒男だ、愛してる」

 

「俺もだ、竜胆」

 

 茶番である、周りから白い目で見られつつも気にしないのが恐ろしい。

 

「あー、甘い甘い。

 こっちが胸焼けしちゃいそうだよ」

 

 香純がそう言って周りもそうだなーと一度に頷く。

 

 俺達にとっては、かつての天魔達が一様に頷く姿こそが驚きの物なのだが。

 

「っち、予想が外れたか」

 

 天魔・常世、氷室玲愛が無表情でぼそっと呟く。

 いつぞや幻として見たむっちゃ綺麗な女だった。

 

「だから言ったでしょう、妄言だと」

 

 勝ち誇る竜胆の顔にふんっと顔を背ける。

 

「あなたの負けだよ、テレジア」

 

 楽しそうに笑いを浮かべるのは龍明、俺達の恩師である。

 もう会えないと思っていたのだがちゃっかり居場所を確保していたらしい。

 

「龍水を呼んでおいた、時期に来るだろう」

 

 笑顔で言う竜胆、それと共に聞こえる大声。

 

「お~も~と~じど~のぉーー」

 

 涙を流しながら突進してくる龍水。

 

「馬鹿者が、御門家の長女とあろうものが」

 

 そう言いながらも笑っている龍明。

 

 

 

 

 

 出来たばかりだが、今日の神座も平和です。




まだ始まったばかりで、そこそこやる気があった頃。
内容は微妙だけれど、それなりに頑張っていた覚えがあります。

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