ペンギンのおもちゃ箱   作:ペンギン3

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森近霖之助の回顧 4話

 それは、霧雨の旦那が香霖堂を後にした、その後の事であった。

 彼が人里へ戻る最中にひらりと一つ、人影を見る。

 彼は目を凝らした。

 この様な辺鄙な場所にいる者。

 おかしな者だと断定して、その姿を見定めようとする。

 何者なるやと見極めんとしたのだ。

 すると、その人影はあっさりと姿を現す。

 それは、黒髪長髪の色褪せた着物を着た少女であった。

 

「ごきげんよう」

 

 朗らかに、声を掛けてきた。

 まるで人里内を出歩いている気軽さで。

 妖怪が時に現れもする、こんな場所にも関わらずである。

 だから、余計に彼は神経を尖らせた。

 これは、恐らくは人でないと判断したから。

 

「よう嬢ちゃん。

 こんなところで散歩してるなんざぁ陽気だねぇ。

 暇なんかい?」

 

 警戒はしても、悟らせぬように。

 世間話でもする気安さで、彼は声を上げた。

 けれども、少女は返答せず。

 代わりにニコリと微笑みを一つ、浮かべたのだ。

 

「大丈夫ですよ。

 貴方なんか食べても、余計なものが交じるだけです」

 

 少女は、何の感慨もなくそう告げる。

 冷やりと、氷柱でも背中に突っ込まれたような感覚に、霧雨の旦那は襲われる。

 これは俺を襲わなくても、獲物は逃がさないタチだと直感して。

 

「……そうかい。

 じゃあ俺は早々に退散するとしよう」

 

「はい、それでは」

 

 行儀よく頭を下げて、彼女は彼に軽く手を振る。

 何故だか、そんな姿に嫌悪を覚えた。

 食い合せが悪いと、そう彼は感じたのだ。

 急ぎ足で、この場を後にする。

 残されたのは、少女が一人。

 

「賢明な人ですね」

 

 彼の後ろ姿を見ながら、少女はそう評する。

 恐怖や悍ましさを感じても、彼は自らの舌を動かしていた。

 それが何よりの武器であると、彼は承知していたから。

 

「悪くないです、そそられますね」

 

 特筆すべきは、彼は何ら心得を持ち合わせていなかったという事。

 捕食者に見つめられる獲物は、震えて声が出なくなる。

 そんな法則を振り切った彼に、彼女は好意的であったのだ。

 

「ならば彼の、もしくは近くの誰かでも……」

 

 少女は、算段を巡らせる。

 好意的であるのならば、それ相応に接する用意があるから。

 フフッ、と小さく笑い声を上げる。

 少し楽しくなってる気持ちを、自覚したから。

 

 ――少女の目は、どこか爬虫類じみていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 魔法の森、そこは魔女が住まうと呼ばれる場所。

 災禍を振りまくキノコの胞子に、薄暗く迷宮にでも迷い込んだかの様な地理。

 普通の者には住めぬ場所は、普通でない者の居場所になっていた。

 追放された訳ではない、好んで居着いただけの事。

 魔女という種族と、相性が良かった。

 端的に言えば、ただそれだけの理由であったのだ。

 

 そんな場所に住まう魔女の一人が、森を歩いていた。

 金色の髪を揺らしながら、フランス人形めいた外見を顰めさせつつ。

 不満ですと顔に表していた。

 

「何が等価交換よ」

 

 独りごちるは、悪友である少女を考えて。

 彼女、アリス・マーガトロイドが想うは少し前の出来事。

 

 彼女は、悪友である霧雨魔理沙に貸していた魔道書の返却を要求しに、家まで押しかけていた。

 あくまでも貸すだけ、返却は当然の権利。

 そこら辺はあの紅魔館の賢者は手緩いと、常々アリスは思っていた。

 家まで押しかけ取り立てるくらいは成さねば、あの白黒ネズミは持ち物を返さないであろうに。

 そんな確信を持って、彼女は魔理沙の家の戸を叩いた。

 

「おぅ、誰だー」

 

「取り立て屋よ」

 

 そう告げると、三秒ばかりの沈黙が訪れて、そしてこんな返事が返ってくる。

 

「悪い、居留守中だ」

 

「分かったわ、上がるわよ」

 

 器用に裁縫用の針で家の扉を解錠し、アリスは魔理沙の家に上がり込む。

 因みに補足すると、家には霧雨魔法店という古ぼけた看板が掲げてある。

 字は達筆であるし、恐らくは霖之助の字であろう。

 アリスにとっては、勝手知ったる他人の家であった。

 

「居留守してるって言っただろ」

 

 アリスを出迎えたのは、不機嫌そうな少女の声。

 髪をボサボサにしていた、霧雨魔理沙本人であった。

 

「居留守ってことは居るのでしょう?」

 

「来んな、帰れってことだよ」

 

 言わせんなよ、鬱陶しいと言う魔理沙に、アリスは至って平静そのもの。

 この程度で腹を立てていたら、この娘の友人など到底務まらぬのであるから。

 代わりに、アリスは今回持参した籠を掲げる。

 

「朝食を携えてだとしても?」

 

「なんだそれを早く言え。

 歓迎するぞ、アリス」

 

 結果は、効果覿面。

 即座に態度を変えて、茶を入れに行く魔理沙。

 現金な事この上ない。

 けど、この程度で話を聞いてくれるならば、手間は惜しまないのがアリスなのだ。

 

「む、サンドイッチか」

 

「朝だもの……ダメだった?」

 

 悩むような声を上げられて、アリスは心配そうに魔理沙を見る。

 これでダメなら、魔道書返還の話は立ち消えてしまうのだから。

 

「いや、まぁ、たまには洋食も良いか」

 

「洋食って……挟んだだけなのだけれど」

 

 何時も和食派の魔理沙的に、サンドイッチは少し怯んだが、これはこれでと思えるようで。

 アリスはただ挟んだだけの物を洋食と呼んでいいのかで葛藤していた。

 まぁ、何にしろ些細なもので、大したことではないのであるが。

 

「それでは、頂きます」

 

「頂きます」

 

 食べる前のちょっとした儀式を終えて、二人は食べ始める。

 アリス的には、普段はいただきます等と言わないのであるが、郷に入っては郷に従えの精神である。

 

「それで、何を取立てに来たんだよ」

 

 食事がてらに、魔理沙がアリスに尋ねる。

 色々と心当たりがある辺り、疚しさ全開であった。

 

「魔道書よ、白色の装丁の」

 

「あぁ、あの錬金術のやつね」

 

 確か何処に埋もれてたかなと思い出しつつ、魔理沙は頷く。

 そして一口食べたサンドイッチは、マスタードが挟んであるハムと相性が良く、香ばしい味がした。

 

「今回はそれが必要なのよ」

 

「人形に心が出来ないから、錬金して作ろうってか?」

 

「そこまで器用なことは出来ないわよ」

 

「指先ばっかりか」

 

「うるさいわね」

 

 減らず口ばかり叩く魔理沙に、アリスは視線を鋭くする。

 よくもまぁ、ここまで盗人猛々しく吠えられるものだと。

 図々しさなら、コイツはピカイチだと確信もする。

 

「で、返してもらえるんでしょうね?」

 

 威圧するように、アリスは続ける。

 魔理沙に下手に話術を持ちかけると、全力ではぐらかされるのが分かっているから。

 遠慮なく要求する方が為になるのだ。

 

「んー、そうだな」

 

 一方、魔理沙も別段死守する類の魔術書ではない。

 即刻返しても良いのであるが、折角転がり込んできた機会なのだ。

 利用しない手はないと、そう考えていた。

 だから、こんな提案をする。

 

「じゃあさ、お前が私が指定するキノコを収穫してきたら返してやってもいいぜ」

 

「は?」

 

 意味がわからないと睨みつけるアリス。

 魔理沙はその視線を飄々といなしつつ、こう続けた。

 

「私もまだ読破してないんだ。

 それを返すってんだから、相応の対価が必要だろ?」

 

 サラっと嘘を混ぜ込むが、こうしないと交渉にすらならないのだから仕方ない、と魔理沙は申し訳程度に自己弁護をする。

 けれど、アリスの視線の鋭さは変わらなかった。

 

「私の本よ?」

 

「私は読みかけなんだ」

 

 巫山戯るなとアリスの目は語っているが、魔理沙は一切それを無視する。

 折角アリスを顎で使えそうな機会なのだから、この手を逃す馬鹿はしないと心に決めて。

 

「実力行使に出ても良いのよ」

 

「私は別に構わないけどな。

 でもいいのか?

 わざわざ朝っぱらから馬鹿らしくないか?」

 

 良く回る口だと思いつつ、アリスは少し考える。

 こいつを叩いて取り返す労力と、キノコを探す労力。

 そのどちらが上であるかということを。

 アリスが考えて、悩んで、そして出した結論は。

 

「分かったわよ、どのキノコを探してくればいいの?」

 

 結局、折れてしまうことであった。

 こいつを相手に弾幕ごっこをする方が、遥かに面倒くさいと判断したのだ。

 魔理沙はニヤリと笑って、こう言った。

 

「これとこれを探してきてくれ」

 

 近くにあった図鑑を手にして、キノコを二つほど指す。

 それを見て、覚えて、アリスは頷いた。

 それに満足そうに笑って、魔理沙は告げたのだ。

 

「等価交換、成立ってところだな」

 

 正に詭弁であった。

 が仕方なく、朝食後にアリスは魔法の森に身を投じる事となる。

 求めるきのこの群生地は分かっている。

 それを求めて、彼女はその場所を目指していたのであるが……。

 

「何、あれ」

 

 たどり着いた場所で、アリスは目を疑った。

 それは何故か?

 ……理由は簡単である。

 

 ――その場で、少女が一人口を抑えて蹲っていたからだ。

 

 もう、何か顔色からしてグロッキーだった。

 理由など、考えるまでもないであろう。

 少女は、このキノコを生で食いやがったのだ。

 それを見て理解したアリスは、どこか呆れた顔をしていた。

 

「貴方、拾い食いはいけないって教わらなかったの?」

 

「おぇ、うー」

 

 気分悪そうに呻きながら、少女はゆっくりと顔をアリスの方へ向けた、

 黒髪長髪の少女、端正な顔立ちをしている。

 身に付けるは色褪せた着物。

 見たものは可愛いと思わせられるであろう容姿。

 但し、今は顔を大いに歪めていて、それどころでは無さそうであるが。

 

「助け、いるかしら?」

 

 尋ねると、少女は大いに首をブンブンと縦に振りまくる。

 ついでに見上げる目は、藁にも縋る表情であった。

 おそらく、このまま放置してれば口から七色破壊光線を放出することは確定なので、必死であろう。

 

「良いわ、ちょっと失礼するわね」

 

 そう言って、アリスは少女の下に屈み込む。

 そうして、お腹に手を当てて、軽く呪文を唱える。

 すると、淡い光がアリスの手に宿り始めて。

 手を少女のお腹に当てると、暖かな熱を持って彼女のお腹まわりを癒されていく。

 少女も、吐き気がどんどん引いていくのを理解する。

 そしてアリスが手を離した時には……。

 

「あ、ありがとうございました」

 

 女神を見る目で、少女はアリスを見上げていた。

 もう何か、目が煌めいている。

 これが男の子と女の子なら、胸キュン爆発しているところである。

 尤も、キノコの拾い食いから始まる恋愛劇になるのだが。

 因みにこの少女の名前、言うまでもないことではあるが……。

 

「私の名前は涼と申します。

 このご恩は、必ずお返し致します」

 

「大げさな子ね。

 そんなことを言う前に、今度から拾い食いをしない様に気を付けないさいな」

 

「……はい」

 

 気まずそうに頬を掻く涼に、アリスはポンポンと頭に手を置いた。

 

「アリス・マーガトロイドよ。

 今度から注意なさい」

 

「はい、肝に銘じます」

 

 深く頭を下げる涼に、アリスはほんの少しであるが微笑ましさを覚える。

 アホの子ではあると思ってはいるが、それが可愛らしく感じたのだ。

 

「ところで、こんなところで何をしていたの?」

 

 わざわざ、拾い食いをするためにこんな森にいている訳ではあるまい。

 そう暗に告げると、涼は一つ頷いて語りだした。

 

「この森の玄関口の所に、香霖堂と言う古道具屋さんがあるのです。

 そこで売れそうな物を探して、この森に来ました」

 

「あぁ、あのお店ね」

 

 無愛想な店主が、おかしなものを売っている店。

 それがアリスの認識であった。

 尤も、アリスも面白がって、たまに利用するのであるが。

 

「それがどう拾い食いに繋がるのかしらね」

 

 ショッキングな光景だったので、皮肉混じりにアリスが言うと、涼は恥ずかしそうに語る。

 

「どんな物か分からないですから、せめて食べれるかどうかだけ確認したかったのです。

 食べれるなら、それは売り物になりますから。

 毒が混じってたら、目も当てられませんし」

 

 食中毒になっていた彼女の発言とは思えないものであった。

 第一、果物ならば兎も角、キノコを生で食べる馬鹿がいるとは、アリス的に思わなかったのだ。

 でも、それは危ないものは売れないという、涼なりの気遣いであった事を気付いたアリスは、評価を僅かに上方向に修正する。

 アホの子から、アホだけれど信頼できる子に。

 

「馬鹿ね」

 

「はい、全くです」

 

 恥じ入る涼の姿に、これ以上はと思いアリスは言葉を慎む。

 十分に反省しているようであったから。

 

「あのっ、アリスさん」

 

「何かしら?」

 

 そんな中でも、出来るだけ勇気を振り絞って、涼はアリスに向き合い、そしてこう言った。

 

「私、朝のうちはよく香霖堂にいます。

 なので、何か困ったことがあれば、お声をお掛けください!」

 

 振り絞るようにして言った言葉。

 涼は恐る恐るとアリスの顔を見上げる。

 すると……。

 

「分かったわ、何かあれば頼りにさしてもらうわね」

 

 そこには、微笑んでいるアリスの姿。

 綺麗、と感心しつつ、涼はぺこりと頭を下げた。

 

「ありがとうございます。

 では、これにて失礼致します」

 

 涼は、新たに売れそうなものを探し、その場をあとにする。

 その後ろ姿を見て、変な子だと、アリスは感じずにはいられなかったのだった。

 

 




アリスを出せて、謎の安心感を感じてしまい、そのままエタったという黒歴史。
アリスが好きすぎたのが問題であった。
大好きすぎて、妙なオマケまで書いてしまった(白目)。





 ――調理してる時は、真面目な顔をするのね。

 魔理沙の横顔を見た感想である。
 ちょっとした、新しい発見であった。

「よしっ、できた!」

 魔理沙はキッカリそう告げて、オーブンからあるものを取り出した。

「クッキー?」

「お前、こういうの大好きだろ?」

「……まぁ」

 否定することではない。
 好きなものは好きであるのだから。
 ただ、わざわざ魔理沙がそんな事をしていたのに、面食らっただけなのだ。
 誰に言うでもなく、そんな言い訳をする。

「ほら、座った座った。
 飲み物は紅茶な」

 お前が持ってきたやつだ、と告げながら魔理沙は素早く準備をする。
 お菓子に紅茶、そしてそれを囲むは女二人。
 驚いたことに、お茶会のセッティングである。
 思わず魔理沙を見ると、得意げに彼女は笑みを浮かべていた。

「頼み事をしたからな。
 言っただろ?
 等価交換だって」

 屁理屈じみた物言い。
 得意げな表情を浮かべている魔理沙。
 私が思うに、この娘は本当に……。

「――素直じゃないわ」

「お前にだけは言われたくないな」

「なによ」

「良いから、喋るなって」

 文句を言おうとしたアリスに、容赦なくクッキーを突っ込む魔理沙。
 食べながら喋るのは行儀が悪い。
 アリスはそう思って、まずは口の中のものを飲み込む。
 素朴な甘さが、ほんのりと口の中に広がる。
 ちょっぴり好みとは違うけれど、素直に美味しいと言える味であった。

「まあまあね」

「減らず口は相変わらずだな」

「貴方ほどじゃないわ」

 お互いにそっぽを向き合う。
 けれど、不思議とそれでも暖かさを覚える。
 たまには、こういう宗旨も悪くはない。
 そう思える、とある一幕であった。

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