ペンギンのおもちゃ箱   作:ペンギン3

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森近霖之助の回顧 3話

 

 霖之助は、普段通りに本を読む。

 ペラリペラリと、ページを捲る。

 何時もの光景、何時もの香霖堂。

 至って平和そのものの空間であった。

 

 最近顔を覗かせることの多い涼とて、毎日やって来る訳ではない。

 だから今日は和やかに本を読む日なのだ。

 そう霖之助は自分で規定して、事実その通りに行動していた。

 

 けれども……得てして、その様な事を考えるのは、何かが起こる前振りに他ならないのだ。

 霖之助はそんな事、知る由もないのであるが。

 今日は静かだなどと思いながら本を読んでいるその時に、それは起こった。

 

「よう香霖堂、いるかい? てか、居るよな」

 

 唐突に玄関の方から大声がして。

 億劫そうに霖之助は顔を上げると、そこには一人の男がいた。

 背の高さは五尺五寸程度で大柄ではないが、その顔は精気に満ち溢れてる。

 如何にも活力的そうで壮健な男であった。

 

「これは旦那、お久しぶりです」

 

「おう、今日も暇しているようだな」

 

 ズケズケとした物言いをする彼。

 その人物は霖之助の知り合いで、ついでに言うと恩師でもある人物。

 人里の大手道具店である霧雨店を営む男。

 霖之助は彼のことを旦那と呼んでいる。

 それはかつて、霧雨店で商品の扱いのイロハを受けたことがあるからだ。

 だから今でもこうして交流が続いている。

 ……尤も、霖之助の方から顔を出すことはあまりないのであるが。

 因みにではあるが、旦那と呼ばれた彼は霖之助のことを屋号から香霖堂と呼んでいた。

 彼なりに一人前扱いなのであるが、当の霖之助は無気力の極みである。

 

「暇しているのは悪いことじゃないですよ。

 何せ自分に時間を投資できますから」

 

「お前の場合本当にそう思ってるから問題なんだ。

 かぁー、商売っけが無いったらありゃしない」

 

 嘆くように、手を頭に当てる旦那。

 自分の弟子がこうにもやる気なさげなのだから、彼の気持ちは大いに理解に及ぶ話だ。

 霖之助からすれば、全く気にもしないのであろうが。

 

「取り敢えず茶はいりますか?」

 

「貰おう、あと茶請けも頼む」

 

 やはり魔理沙の父親らしく、彼は要求を積み上げていく。

 けれども霖之助も彼には頭が上がらないので、素直に茶と菓子を提供するのであるが。

 

「どうぞ」

 

「悪いな」

 

 そこらに転がっていた商品である椅子に腰掛け、旦那は茶菓子を頬張っていく。

 出されたものは魚の骨を油で揚げた物。

 そんな物しか出せない辺り、霖之助の困窮具合が伺える。

 旦那も承知しているから文句は言わないが。

 

「で、今回はどんな要件で?」

 

 たまに霖之助の様子を見に来る旦那だが、茶菓子を要求されるのは長話の時だけ。

 なので何か用事があると踏んで霖之助が尋ねると、旦那は話が早いと目的を話し始める。

 それは最近起こっている、里の事件についての事。

 霖之助も新聞を取っているから、辛うじて知っていることであった。

 

「赤ん坊が誘拐されるって事件が、最近起こってるだろう?」

 

「えぇ、物騒なものですね」

 

 まるで他人事の様に、霖之助は淡々としていた。

 けれども、それは何時もの事でもあるので、旦那は気にしない。

 キチンと霖之助が話を聞いていることは理解しているので、さらに話を進めて行く。

 

「あれがな、また起こったんだ」

 

「四件目、ですね……。

 それで、何を頼みに来たのですか?」

 

 やや顔を顰めて告げる旦那に、霖之助は無感情に問い返す。

 何か、面倒なことに巻き込まれようとしているのでは無いか。

 そんな予感を予期させながら。

 

「いや、どうってことない。

 ただ、ここら辺で怪しい奴、妖怪でも何でも良い。

 そう言う奴を見かけなかったか?」

 

「怪しい、ですか」

 

 問いかけられて、霖之助は考える。

 何かいたか、と。

 赤ん坊を誘拐しそうな人物、もしくはとなると……。

 

 霖之助の脳裏に、様々な顔が浮かんでいく。

 宵闇の少女だとか、どこぞの傘妖怪であるとか。

 けれど、怪しいと思っても人里で活動してる妖怪なんて早々いない。

 実行する手立てが無いのだ。

 故に、霖之助は頭を横に振る。

 適当な名前を挙げても、冤罪になりそうであるから。

 

「そうかい……まぁ、居ないんだったら仕方がねぇな。

 怪しい奴がいたら声かけてくれや」

 

「わかりました」

 

 非常に簡素な返答。

 それもまた霖之助らしいと、旦那は頷くだけであった。

 

「まだ里側も警戒してはいるが、本格的に何かを始めるには準備がいる。

 組織だって動けない分、個人で対応するしかないのさ」

 

 半ば愚痴るように、旦那はその事を零した。

 相手が霖之助だからか。

 恐らくは、木石に語りかける感覚で喋っているのに違いないであろう。

 

「それではどうしても、抜け道がどこかにありそうですね」

 

 尤も、この木石は返事をする。

 山彦を相手にするよりかは、よほど精神的に生産性があると言えるだろう。

 五十歩百歩かもしれないにしろ、ではあるが。

 

「あぁ、お陰で今も捕まえられずにいる」

 

 ひどく忌々しそうに、茶をがぶ飲みする旦那。

 ついでと言わんばかりに、揚げ物もガリガリ言わせながら食べていた。

 

「妖怪か人間か、検討はついているのですか?」

 

「そりゃお前、ついているなら誰彼問わずに聞くわけないだろうが」

 

 ご尤もである。

 一々こんな辺鄙な所まで来るくらいなのだから、余程困っているのであろう。

 霖之助をして、苦労していると思うくらいなのだ。

 飄々としている中に、割と必死さがにじみ出ている。

 

「被害には誰か知り合いの子供が?」

 

「まだ俺んとこァ大丈夫だよ。

 もしあっていたのなら、手段を問わずに奔走してるさ。

 公的にも動くが、私欲でも動く方が何倍もやる気が出るからな」

 

 そう言って、旦那はカラカラと笑っていた。

 成程、この人らしいと、霖之助も納得を覚える程の快活さである。

 こうして笑っていられるのも、余裕があるからであろう。

 旦那のそんな笑い方は、不思議と人に安心感を与える。

 大手道具店店主の面目躍如と言ったところか。

 こういう人物だから、人の上に立てるのだろう。

 自分とは大違いだ、と霖之助は冷静に分析をしていた。

 それに元々、こんな霖之助の世話を焼いていたのだから物好きなのは間違いないのであるが。

 

「にしてもお前の店、本当に客が来ないな」

 

 霖之助達の声以外がしない店。

 それを見て、半ば呆れたように旦那は言う。

 けれども、それは仕方ないであろう。

 わざわざ、魔法の森の入口なんて辺境にある店なのだ。

 人間よりも妖怪が利用する機会の方が、大いに多いのである。

 

「その方が、都合が良いですよ」

 

 霖之助もそれを認めてか、商売人にあるまじき反応をしている。

 旦那的には、どこでどう育て方を間違えたのかと目を向けられない様な惨状であった。

 

「阿呆が!

 良いわけがなんてあるか、この世捨て人!」

 

「捨てた訳ではありませんよ。

 普段は寄り付かないだけで」

 

 旦那の罵倒を、屁理屈じみた返事で返す霖之助。

 彼なりの矜持なのか、彼の生活サイクルを貶すと、それなりの返事が返ってくる。

 内容は不毛に不作を重ねた様な、非生産的な事極まりない内容であるのだが。

 

 旦那もそれを知っている。

 だからいい加減な霖之助に対する怒りを、茶を全て飲み干して嚥下するのだ。

 霖之助に何を言っても、馬耳東風な事に変わりはないのだから。

 

「じゃあ茶も飲み干したことだし、そろそろ戻るとするか」

 

「気をつけて帰ってください」

 

 そしてこれ以上ここに居ても、本当にする事なく過ごすしかない。

 香霖堂が怠け者の天国である事を弁えている旦那は、早々に暇を告げる。

 対する霖之助も、最後まで自分を曲げずに何時も通りであった。

 普通なら、送りましょうか? 程度は言うのであろうが、霖之助はそういう気質の人物ではないし、霧雨の旦那もまた、気を使われるのを是としない人物であったから必然なのだろう。

 別れは非常に無味乾燥極まるものであったが、それもこれも何時も通りなのだ。

 立ち上がった旦那に、霖之助は頭を下げてから本を読むのに戻る。

 さて、続きは何だったか、と本の世界に戻ろうとしている時だった。

 旦那が、玄関を潜る間際に霖之助にこんな事を言ったのだ。

 

「お前も、もし気が向いたら力を貸してくれ。

 無理強いまではせんがな」

 

 それだけ皆も不安がってるんだと言って、彼は香霖堂を後にした。

 霖之助は本を読みながらでも、その言葉を脳裏に留める。

 それは、何よりも恩師の言葉であるから。

 しかと脳裏の本棚に言葉を閉まって、再び本の世界へと落ちていく。

 出来れば、自分が必要な時が来ないことを望みながら。




ようやく何かしようと、その影を見せ始めた作者。
但し、何かする前にエタった模様。

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