ペンギンのおもちゃ箱   作:ペンギン3

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2話目にして、方向性が見えない日常会。
涼のキャラをなじませようと必死だった跡が見られます(白目)。


森近霖之助の回顧 2話

 

 あの日から、妖怪の少女である涼は良く香霖堂へと足を運ぶようになっていた。

 開店早々の朝方に直撃してくる事が多い。

 そしてこの店に訪れる度に、霖之助にこの道具は何なるやと訊ねてくる。

 霖之助としても、取り敢えずは商売のできる相手なので、聞かれる度に答えはしていた。

 その代わりに霖之助の認識の中で涼という少女は、非常に面倒くさい客ともなっていたのだ。

 あくまでも客であるのが、某紅白や某黒色ネズミとは違うところ。

 涼が持ってくるのは、初日の様に毛皮だったり果物だったりとバリエーションこそ少なくはあるが、毎回品を変えようとする努力はあった。

 

「店主さん店主さん、この紙切れはなんですか?

 何か絵が描かれてますが」

 

 涼はこの店での発掘作業が、最近の趣味であるのか。

 ここ掘れワンワンと言わんばかりである。

 そうして彼女が持ってきた物を、何時ものように目で視る。

 するとそれが貨幣であることが分かった。

 

「それはジンバブエ・ドルと呼ばれる異国の貨幣らしいね。

 用途は貨幣のコレクション棚に飾って置くみたいだよ」

 

「異国の人間達は、紙なんてお金にしてるんですか」

 

 よくそんなこと出来ますね、と涼はひどく感心していた。

 幻想郷では、通貨は昔ながらの一両一銭といった物であるので、余計にそう思っているのだろう。

 まぁ、妖怪である涼がそこまで詳しいわけも無いのが普通ではあるのだが。

 

「国にあった制度や政策が施行されるものさ。

 まぁ、度が過ぎると大怪我をするんだろうけどね」

 

 何故か霖之助は、涼の持っているジンバブエ・ドルから負の念を感じてならなかった。

 もしかしたら、これこそが前に涼の言っていた妙な気配の正体ではないのかとも。

 

「取り敢えず、後でこれは燃やすことにしよう」

 

「あまり良い感じはしませんですしね。

 あら、私ったらお芋を持ってきてません」

 

「大丈夫だよ、丁度知り合いからさつまいもが届けられててね」

 

 ついでに新聞もあるから、丁度良かったといえよう。

 悪いものは燃やすに限る。

 霖之助はげに真実ではないかと考えていた。

 本当にどうでも良い話なのであるが。

 

「わぁ、私もご相伴しても良いんですか?」

 

「一人では食べきれないからね、仕方ない」

 

 魔理沙が持ってきたさつまいもの数は、総数で五つ。

 とても少食の霖之助が食べれる量ではなかったのだ。

 

「こんなにいっぱい……」

 

 涼は目を輝かせていた。

 それは甘味を目の前にした少女の様で。

 見た目相応の愛らしさを醸し出していた。

 霖之助は、可愛いからといって態度を変えることなどしないのであるが。

 変えていたら、既に付き合っている人物が一人くらい居ててもおかしくはないであろう。

 

「代金は取らないから安心しなさい」

 

「え、考えもしてませんでした」

 

 驚いた風に、目を丸くする涼。

 霖之助としては、言い忘れてた事を言っただけのことなので、そんなに驚かれるのは心外であった。

 

「では、今度から考えておくと良い」

 

「はーい」

 

 形だけの返事。

 涼の目は、既に霖之助が取り出したさつまいもに釘付になっていた。

 まるで、この芋にもそんな魔力が宿されているかの様に。

 

「……食べたいかい?」

 

「はい」

 

「今すぐ?」

 

「はい」

 

 迷い無い返事。

 この妖怪少女は、もしや飢えているのかと言わんばかりに。

 霖之助はしょうがないと思い、すぐに決断を下す。

 

「さつまいも、今から焼くことにしようか」

 

「えへへ、ありがとうございます」

 

「但し、君には火種を作ってもらうよ」

 

 嬉しそうにしている少女に、容赦なく火打ち石と火打ち金を持たせる霖之助。

 けれど涼の方も、この程度なら任せてくださいと言わんばかりに張り切っていた。

 霖之助はそれを見て、取り敢えず燃えそうなものを持ってくる。

 一つ目、先ほどのジンバブエ・ドル。

 二つ目、今日の朝刊であった文々。新聞。

 三つ目、植物油である。

 紙の類に油を塗り、後は火を点ける。

 至って簡単な作業である。

 

 そういう訳で外に出てきた霖之助たち。

 紙には既に油は塗ってある。

 後は火を起こすだけなのであるが……。

 

「フンッ、フンッ」

 

 そこには、鬼気迫る表情で火打ち石と火打ち金をぶつけている涼の姿。

 普段の彼女からは想像できない表情で、必死に二つをぶつけ合っている。

 どれだけ焼き芋が食べたいんだと言わんばかりの惨状であった。

 

「無理はしなくていい。

 僕が火を点けよう」

 

 霖之助は、途中で面倒くさくなってそう提案するが、

 

「ちょっと待ってください。

 もう少しでコツが掴めそうです!」

 

 万事この調子で、霖之助の言葉を突っぱねていく。

 霖之助は早く終われと面倒くさそうに事態を見守っていたが、一向に終わる気配がない。

 はぁ、と霖之助は溜息を吐いた。

 

 そして立ち上がり、店の中へと入っていく。

 別に、涼を見捨てた訳ではなかった。

 ただ、あの少女の手助けができる道具に当てがあっただけだ。

 ガサゴソと、埋もれている道具をかき分けていく。

 そして発掘した物を片手に、涼の下へと戻る。

 

「涼、これを使うといい」

 

 そう言って、霖之助は先ほど発掘した道具を涼に手渡す。

 涼が不思議そうに首を傾げていた。

 目が、何時もの通りに何なのだろうと輝いている。

 

「これはね、着火マンと呼ばれているものだね。

 この引き金の部分を、カムチャッカインフェルノーォ! と叫びながら引くと火がつく」

 

「なるほど、面白い道具です!」

 

 どうにも霖之助の知識には、怪しげな何かが混ざっていた。

 けれど、一応は使い方自体は間違ってはいない。

 涼はそれを受け取り、嬉々として叫んだのだ。

 

「カムチャッカインフェルノーォ!」

 

 どこからどう見ても、痛い子の完成であった。

 でも、ここに居るのは幸いに霖之助だけ。

 その霖之助も、使用法に何ら疑問を感じていなかったから、この二人の間ではこれは正しいのである。

 

 それに、キチンと火は点いていた。

 油が紙を良く燃やし、火は段々と大きくなっていく。

 それを見ていた涼は、霖之助の方に向き直って、興奮気味に叫んだのだ。

 

「私、やりましたよ店主さん!」

 

 喜びを纏って、火が点いたことに万歳をする涼。

 無駄に長かった戦いに、無事に勝利したのだから当然といえよう。

 ……まぁ、人間が作った文明の利器を使っての勝利ではあったが。

 

「さつまいも♪ さっつまいもー」

 

 それにしてもこの少女、テンションが上がるとハイになる癖でもあるのか。

 妙な歌まで歌い始める始末。

 どこぞの夜雀の様に、こちらが錯乱させられないだけマシなのかもしれないが。

 

 変な歌と共に焼けていくさつまいも。

 ありがとう、ジンバブエ・ドル。

 ありがとう、文々。新聞。

 いや、やはりあの新聞に感謝することなど、一文たりともなかった。

 

 無言で燃え上がる炎を見ていた霖之助は、炎の中で朽ちて行く物に哀悼の意を捧げたのだった。

 ……一部のものを除いて。

 

 そして出来上がったのは、所々焦げたさつまいも。

 十分に甘くて美味しい。

 霖之助としても、こういうものはたまに食べる分には嫌いではなかった。

 

「いいですねぇ」

 

 涼としても満足できる出来だったのか、嬉しそうにさつまいもを頬張っている。

 現在三個目に突入、この妖怪は自重できない子であった。

 

「ところでなんだが」

 

 そんな彼女を尻目に、霖之助は少々気になっていた事を訊ねることにした。

 普段なら、気にも留めていないのであろうが、今回だけはこんな場だから。

 暇潰しがてらに、話を振ったのだ。

 

「君が探していた指針とやらは見つかったのかい?」

 

「……少しは、ですけど」

 

 さつまいもを食べる表情とはまた別の顔で、涼は微笑んだ。

 子供が、自慢の宝物をそっと見せてくれるように。

 

「あの人みたいになってみようって思ったんです」

 

 あの人とは誰かとは、別に霖之助の興味になかったので、ただ単に頷くだけに終始する。

 輝かせた表情で語る涼に耳を傾けながら。

 

「そう決意したら、急に体が軽くなったみたいなんです。

 もうなにも怖くないって、思えるくらいに」

 

 だから、と涼は続けた。

 

「今後ともどうかよろしくお願いします。

 勝手に思ってるだけですけど、この店は色々と見つけられて楽しいのです」

 

 何がどう繋がっているのかが分からないが、霖之助はただ頷いていた。

 彼女がそれで納得してるなら、特に突っ込むこともないかと思って。

 

「ん、ごちそうさまでした」

 

「お粗末さま」

 

 そんな会話をして、さつまいもを食べ終える。

 すると涼は直ぐに立ち上がった。

 そして笑顔で、こう言ったのだ。

 

「また来ます」

 

 そう告げて、返事を聞くこともなく帰っていく。

 マイペース極まりないが、至って普通の日常である。

 

「さて、どうにもね」

 

 熱い日に熱いものを食べたからか、どうにも汗が流れていた。

 けれど、こういうのも、希になら悪くないと霖之助は感じて。

 ふと、それを見上げると爽快な程に青かった。

 

 こういう日常が続けば、と彼は想うのだ。

 何やら文々。新聞によると、里で事件が起こっているようではあるが、自分にはどうにも関係がない話。

 今日も今日とて、香霖堂は平和であった。

 

 あ、あと、これから数時間後にきた魔理沙が、差し入れのさつまいもを全部食べたと聞いてドン引きしたのは、また別のおはなし。

 どんだけ飢えてんだよ香霖、と哀れまれたのもまた別のお話であるのだった。


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