ペンギンのおもちゃ箱   作:ペンギン3

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同じく、自作二次創作である冬木の街の人形師のこぼれ話。
本編に載せる隙が無かったのがいけなかった。
大体24話が終わった後くらいのお話。


揺蕩う海の奥底で(冬木の街の人形師)

 

 今日もここは揺蕩っている。

 ゆらりゆらりと、万象全てが。

 

 ――いや、違う。

 

 ここに揺蕩うは万象ではない。

 ただ、人間達が還る場所がそこにはあるだけ。

 膨大な人の想いが、万象全てあるかの様に見えるだけ。

 

 ここは人の願いを映す場所。

 皆が願い、何よりも想っている願いは今も果たされている。

 ガイアに抗い、今日も根強く存在しているそれ。

 

 人は、この場から溢れ、この場へと還る。

 それが理、自然の循環にも似た法則。

 この場所を、昔のスイスの学者はこう言い表した。

 

 ――即ち、集合無意識と。

 

 

 その場所に、座する者が居た。

 集合無意識へと還る者は、一切合切が溶けて交わるはずなのに。

 膨大な重みの中で、自我を保っているのだ。

 

 異物を融かそうとする痛みに耐えながら。

 苦痛に苛まれながらも、その者は笑顔を浮かべている。

 そう、笑っているのだ。

 

 磨り減って融けてもおかしくないこの海。

 暗闇の海底にも似た場所。

 しかし、確かな意志を持って、その者は存在していた。

 永久の暗闇の中で、全身を酸で融かされる苦痛を感じながらも、確かに。

 

 何故、そこまでするのか。

 最早魂しか存在しない身であるのに。

 

 そんな疑問も、その者にとっては瑣末なもの。

 彼女、いや、彼?

 そうだ、彼であった。

 

 彼、とっても特殊な運命の下に産まれた者。

 体が女で、心は二人で共有し合っていた彼。

 複雑な螺旋と絡み合うように、彼と彼女は繋がっていた。

 だけれども、ある日を境に彼は死んだのだ。

 彼女を庇って、車に轢かれて。

 

 彼は何故、身代わりになったのか。

 それは……彼は、夢を見ることが好きだったから。

 幸せの夢、幸福な夢。

 それを掴めるのは……彼ではなく、彼女であったから。

 だから、彼は死んだのだ。

 彼女の代わりに、彼の夢の為に。

 

 だけれども、彼は死んでも意識はあった。

 この無意識の海、それに抗えるだけの意志を思っていた。

 故に、彼は未だソコに居るのだ。

 

 真っ暗な場所。

 だけれども、彼方を見ていれば、確かに見えてくるものがあったのだから。

 それは彼の夢、憧れていた幸せ。

 彼女と、好きであった彼が、二人が隣で肩を並べている光景。

 望むるべき、幸福の形。

 それを、ずっと眺めている。

 

 彼、両儀織は何よりも夢が好きであったから。

 

 

 では彼、織はたった一人でそこにいるのか?

 それも否である、その場には立っている。

 寡黙で、何事も語らないものが一人。

 

 理想高き人、何よりも思いつめていた人。

 世界を想うがあまりに、現象と化してしまった人。

 かつて両儀式に敗れて、ここに流れ着いた彼。

 

 ――その名を、荒耶宗蓮という。

 

 彼は何をしているのか。

 織と同じく、彼方を見ているのか。

 ……違う、そうではない。

 

 なれば、何をしているのか。

 彼もまた、苦痛に苛まれている身で。

 目的がなければ、この場にはいなかろうに。

 

 ……彼はただ、表情を浮かべずに瞑想している。

 静かに、深く、深く。

 己を、見つめるが如くに。

 

 だから、それはきっと自問自答。

 己と己で対話をしている。

 全ての人が還る場所で、全ての人と繋がっているその場所で。

 他の者を顧みずに、ただ己にのみ問いかけているのだ。

 

「それ、飽きないのか?」

 

 ふと、気まぐれに声を掛けられる。

 それは、両儀織の声。

 式と幹也、少し甘くて胃がもたれたから、その気分転換に。

 唯一、語りかけられる荒耶に声を掛けたのだ。

 

 ……しかし、回答はない。

 

 彼に声は届かない。

 彼の瞑想は、全てを遮断する。

 己に世界を構築して、その殻から出ようとしないから。

 故に、今までで一度も。

 もう、何年もこの場所に居るのに、一度も荒耶は語らない。

 

 それは織も知っていた。

 だから、本当に気紛れでの声掛けに過ぎなかったのだ。

 興味を無くしたように、織は荒耶から視線を逸らす。

 

 その時であった。

 

 音もなく、誰かがこの場に現れた気配がした。

 織と荒耶、この二人以外に。

 それは、確かに他人の気配であった。

 

「――お父様」

 

 無音の場に、幼子の声が響く。

 それは、織には聞き覚えのある声。

 波紋を広げるように、耳の中を心地よくかけていく柔らかなモノ。

 

「よう、末那」

 

 織は軽く、声の主に声を掛ける。

 手を気軽に上げて、歓迎するように。

 彼はここに訪れた人。

 娘である末那に、笑顔を向けたのだ。

 

「おひさしぶりです、おげんきでしたか?」

 

「まぁ、ぼちぼちだな」

 

 交わされる会話は、ごく平凡なもの。

 唐突であるのに、予定調和で行われているかの様に錯覚してしまうそれ。

 非常識の空間に持ち込まれた、日常の欠片。

 それは酷く歪でいて……しかして暖かい。

 

「お前の方こそ、この前来た時と変わりはないか?」

 

「はい、ずっとお母様がパパをひとりじめしててずるいです」

 

「ハハッ、そうかい」

 

 この前来た時。

 そう、彼女、末那は幾度かこの場所に訪れている。

 何故だか、彼女は辿りつけてしまうのだ。

 肉体在りしものが来られるはずもない、この奥底へ。

 それが彼女の能力か、それとも別の法則が働いているのか……。

 

 それは兎も角として、織は声に出して笑ってしまう。

 何時もいつも、この娘は幹也の事を話しているから。

 笑われたことに、むぅ、と頬を含ませる末那。

 織は、むくれるなと言って、末那の頭をポンポンと叩く。

 

「お父様こそ、かわりはありませんか?」

 

「至って変わらず。

 そこの木偶のぼうも喋らないしな」

 

 視線を荒耶に向けて、フンっと鼻で笑う。

 いつも変わらず、無意味なことをしている彼に向かって。

 

「もぅ、お父様はおくちがわるいんですから」

 

「お前の母さんも大概だけどな」

 

「それはお父様のせいです」

 

 呆れたように、少しの義憤を持って末那は織に注意を促す。

 が、あっさりと話題を逸らされるあたり、未だに子供なのであろう。

 

 だけれど、末那は賢い子である。

 直ぐに気付いて、織を睨む。

 が、織は笑っているだけで、何も変えようとはしていない。

 

 ――私をからかってあそんでるのですね。

 

 末那は直感的にそれを理解したが、未だに口では勝てないことは分かっている。

 だから、プイっと織から顔を背けたのだ。

 そして、彼女は彼、荒耶の前まで歩を進める。

 荒耶の前に立って、彼女は上品に礼を一つしたのだ。

 

「こんにちは、アラヤのおじさま」

 

 この場にいて、彼女は荒耶宗蓮を無視してはいなかった。

 ただ、声を掛ける順番が、少しだけ後回しになっていただけ。

 末那は、荒耶の前で笑顔を浮かべたのだ。

 

 ――すると、

 

 ――不動だった彼が、僅かに、顔を上げたのだ。

 

「こんにちは、アラヤおじさま」

 

 もう一度、彼が顔を上げたので、末那は礼をする。

 礼儀作法を見事なまでに叩き込まれた、一部の隙もないもの。

 それを目にしたアラヤは……。

 

「――――」

 

 何も語らず、静かに顔を俯かせる。

 再び、瞑想へと意識を傾けたのだ。

 

「アラヤおじさまは、きょうもまじめですね」

 

 末那は、納得したようにそう呟いた。

 その様子を、織はどこか呆れたように眺めていて。

 

「こいつ、実はロリコンだったりしないよな?」

 

 末那にのみ反応する荒耶を、織はそんな疑いを持って眺めていた。

 何故、荒耶は末那にのみ反応するのか。

 それは織も末那も知らぬこと。

 ただ、末那がここに来れる者だから、反応しているのかもしれない、と織は推測を立てている。

 所謂、暇つぶしの一環として。

 

「お父様、しつれいですよ」

 

「なに、どうせ聞こえてなんていないさ」

 

 既に、荒耶は己が世界へと旅立っている。

 織の言葉は、彼の言う通りに既に聞こえていない。

 

「それでも、ひとのまえでそんなこというのは、いけないことなんです!」

 

「陰口ならいいのかよ」

 

「かげぐちをたたいて、じぶんがみじめにならないなら、いいとおもいます」

 

「妙なところで鮮花に影響されてるよな、お前」

 

 織はニヤけながら、そんなことを言う。

 幹也の妹、黒桐鮮花は織にとっても愉快な人物であったから。

 僅かな時しか会ったことはないけれど、それでもお気に入りの人物であったから。

 

「わたし、鮮花さんはそんけいしてますから」

 

 澄まし顔で言う末那に、織はついぞ笑いを堪えられず、クツクツとその声を漏らしてしまう。

 式、お前娘を取られかけてるぞと、そういう愉快さを滲ませながら。

 

「お父様はいつもたのしそうですね」

 

 今度は末那も、怒ることは無かった。

 笑われた事を怒るよりも先に、今問いかけたことの方が気になったから。

 

「あぁ、それはな」

 

 織も、末那の問いかけを誤魔化さない。

 織にとっても、話したいことだったから。

 

「俺はいつも夢を見ている。

 俺では手に入らない、眩しいものが見れる夢を」

 

 だから、と織は続ける。

 

「俺は夢見るのが好きなのさ。

 ずっとずっと、溺れるぐらいに見つめ続けるのがな」

 

 織は、想いを少しだけ漏らす。

 あの頃見ていた夢の続き、それを追い続けている自分を思って。

 そして織が末那に視線を戻すと、どこか首を傾げたそうな末那の姿がそこにはあった。

 

「ちょっと、お前には早かったな」

 

 理解できていない。

 そう思って織は親心ながらに、そう思ったのだけれど。

 

「いえ、そうじゃありません」

 

 いたずらっぽそうな顔をした末那を見て、ん? と彼の方が首を傾げてしまう。

 そして、それを見た末那は、満面の笑みでこう答えたのだ。

 

「お父様はいきてたら、ぱぱとイチャイチャできたのに。

 お母様のかわりにしんじゃって、すごくそんしましたね。

 いきてたら、パパはお父様のものだったのに」

 

 一瞬、末那に言われた事に、織はキョトンとしてしまう。

 が、次第に愉快さがこみ上げている。

 それは、末那が言っていたことを、少し想像してしまったから。

 

「そうかそうか、俺がコクトーとなぁ」

 

 意味もなくニヤけてしまう。

 もし自分が迫ったら、幹也はどんな顔をするのか。

 式はどんな思いで、それをここから見ているのだろうか。

 想像すると、中々に悪趣味な愉快さがあったから。

 

「お前は……」

 

 織が末那に何かを言おうとしたところで、末那の姿が、薄らと透けていることに気がついた。

 これは、織も以前に見たことのある光景であった。

 

「時間切れ、か」

 

「はい、そうみたいです」

 

 そう、時間切れ。

 これ以上は、末那はこの場で姿を保てない。

 そもそも、この場所は生きている者が自覚的に入り込んでいい場所ではないのだ。

 故に、末那は叩き出される。

 

「ではお父様、つぎにここにくるまで、じっくりと私がパパをこうりゃくしていくすがたを、みててくださいね!」

 

 楽しげにそう告げて、末那はこの場所からいなくなる。

 彼女がここから居なくなったのは、別段難しい話ではない。

 自分の無意識に、誰か知らぬ少女が写っているのというのは、人は不気味に感じるものなのである。

 だからこそ、末那は強制送還されたのだ。

 末那と織が話を出来るのは、その無意識が反応するまでの、僅かな時間の間だけ。

 しかし、織は……。

 

「ふぅん、末那がどこまでやれるのやら」

 

 娘と会話できる僅かだけの時間を、心より楽しんでいた。

 それは、本来は有り得ざる奇跡の様なものだから。

 

「ま、次に来る時を楽しみしているさ」

 

 ――どうせ、今の俺は夢見るだけだから。

 

 織はそう考えて……それから、さっきの事を少しばかり頭に巡らせる。

 

「コクトーの、恋人かぁ」

 

 何だか、むず痒くなるようなフレーズである。

 自分は男なのに、末那は何を思ってそういったのか。

 

「まぁ、好きだけれど」

 

 サラっと言って、気持ち悪いと自分で笑う。

 だから、きっとこれで良かったんだと、織は微笑む。

 

 ――だから、さぁ。

 ――夢の続きを見る事としよう。

 ――見果てぬ式と、コクトーと、末那達の軌跡を。




どうでもいいお話、アリスが死にかけたりすると、この場所にご招待される。
冬木の街の人形師版、タイガー道場。


アリス「ぅん、ここ、は?」

識「よく来た、この渇望と深淵の場へ。
  まずはそこの服に着替えて欲しい」

アリス「これは……体操服?」

識「そうだ、健全な肉体や格好にこそ宿るもの。
  荒耶もそう思うだろう?」

荒耶「……………………………」

識「古事記にもそう書いてある、と荒耶は言っている。
  そういう訳で着替えろ」

アリス「あっはい(何かがおかしい)」

大体そんな感じのノリです。

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