ペンギンのおもちゃ箱   作:ペンギン3

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いつもの発作で書いた作品。
冬木の街の人形師と同じ世界観をしています。
尤も、本編のはるか過去の話なため、全く関わりを持ちませんが。
本編完結は遥か彼方、スピンオフ的な作品だから書けるわけがなかった。


三咲町の大図書館(魔法使いの夜×東方Project)

 私、パチュリー・ノーレッジは辟易としていた。

 それは何故か?

 理由は至極簡単である。

 

 ――書庫の整理が、終わらないのだ。

 

 本は好き、三度の飯よりもというやつである。

 しかし、だからといって”一日中本に携わることができて幸せでしょう? だからこのまま朽ちるまで働いてもらうよ”などと巫山戯た待遇で扱き使われる謂れは全く持って、これっぽっちも存在しない。

 人手が少ない故の作業過密、このご時勢によくもまぁと呆れるものだ。

 けれど……時代がそうさせているのだから、仕方がないのかもしれない。

 

 現在、私が所属しているルーマニア正教会は、端的に言って人手不足なこと甚だしい。

 これも、政府による宗教弾圧が徹底しているから。

 お陰で、小パリとまで謳われた天下のブクレシュティは、陰惨と荒廃の色を強めている。

 街の調和が崩れて、酷く歪な形として矛盾が噴出しているのだ。

 そのせいで街の宗教者はめっきりと姿を減らし、私の様な魔術師上がりがこのルーマニア宗主宮殿の大図書室を整備する羽目になっている。

 かつての栄華を思うと、甚だ衰退したものだ。

 まぁ、私にとってはそんな事は関係ないのだけれど……迷惑さえ掛からなければ。

 

 現在、絶賛人手不足迷惑進行中の私としては、こんな物は全て投げ出して逃げ出したく思っている。

 そもそも喘息の私を、こんな埃っぽい場所で働かせる事自体が拷問に等しい。

 わざわざ薬を飲んでまで組織の為に毎日を尽くすなど、とてもではないが柄ではない。

 

 ――なので、そろそろ私はここを捨てようと考えていた。

 

 本がある場所だからここに居着いていたが、大体の本の中身は私の頭の中に収まっている。

 最早ここにいる利益はないのだ。

 利益だけでなく、繋がりもまた存在しない。

 魔術師を雇っているとは言っても、それは能力がある者や宗教に造詣が深いものといった選り好みを行っている為、魔術師自体の総数が少ない。

 組織が乗っ取られない為の措置であろうが、全く持って贅沢がすぎるというもの

 

 しかも魔術師に対して、宗教者達はこぞって冷たい。

 時代が時代だからこその呉越同舟とはいえ、流石に一日薄給で扱き使われる労働待遇には既にウンザリしていたところだ。

 そもそも、この国自体が神秘を否定する様になっている為、別の国に移った方が、魔術師としては大いに遣り易い。

 土着の土地持ち魔術師達には辛かろうが、幸いにして私は領地などを持ち合わせてなどいないのだから。

 

 この身一つ、脳裏に潜むは摩天楼がごとき知識の山。

 どこででも、やっていく自信はある。

 そんな意気込みではあるが、一応は伝手を持っていた。

 少々遠いが、一から関係を構築していくよりかは大分宜しいと言えよう。

 亡命するにしても、何も無い所よりかはある場所の方が良いに決まっているのだから。

 

 前々から考えていた。

 この場所を、国を出ていく事を。

 だか私は準備を着々と進めて、時節が到来するのを待っていた。

 時が来るのを、チックタックと鳴る時計を、時折睨みつけながら。

 

 

 

 ……そうして、チャンスはやって来て。

 私は休暇を届け出て、国を出た。

 受理された休暇届が、有給でなかったのには呆れて声も出なかったが。

 でも、お陰で後腐れなく去ることが出来る。

 大図書館の整理を途中で放り投げたが、八割方整理は済んでいるのだから、後は他の面々でやれば良い。

 これ以上私が面倒を見る理由は無いのだから。

 そんな恨み辛みを吐きつつ、私はブクレシュティとルーマニアを捨てた。

 思い出はあるが、忌々しい事が大半である為、望郷も郷愁もひどく薄い。

 

 最後に、友であった吸血鬼に挨拶くらいしておけば良かったかとも思ったが、行動は迅速でなければ意味を成さない。

 正教会から逃れられても、国から逃れるのは一苦労なのだ。

 寄り道は余裕がある時に、今回は余裕が無かっただけの話。

 まぁ、何時か縁があれば出会うことも出来よう。

 そう判断して、私はこの国を後にした。

 土地よりも、そちらの方にほんの少しだけ未練を感じていた……かもしれない。

 

 まあ、そんなあるかどうかも分からない感傷は置いておいて。

 私はフィンランド経由で、目標である土地へと向かっていった。

 それにしても飛行機とかいう鉄の塊が空を飛ぶなど、全く持って巫山戯た話だ。

 文明は魔術師を馬鹿にしてるとしか思えない。

 こんなのがポンポンと出てこられたら、魔法使いも魔術師に堕ちよう。

 お陰で神秘が弱ることったらありゃしない。

 

 でも、折角だから構造や理論だけは知っておきたいものだ。

 何れは、その理論が魔術に応用できるかもしれないのだから。

 ……それはそれで、最終手段ではあるのだけれど。

 そんな魔術師としては失格な事この上ない事を考えつつ、私はこの地に降り立った。

 

 ――その名は日本、隠遁する者にとって都とさえ言われている魔術的無法地帯。

 

 と言っても、地主はいるし、霊脈切り取り放題なんてこともない。

 ただ、魔術協会の監視が緩いという一点だけに、この土地に来た価値がある。

 もう、社畜はゴメンであると固く誓って、私はやってきたのだ。

 

 そういう訳で、私はそそくさと移動を開始した。

 バスに乗ったり、電車に乗ったり。

 高度経済成長を果たしたこの国は、どうにも空気が濁っている。

 田舎までこんな事になっていなきゃ良いけれど。

 そんな事を考えつつの、のんびり旅。

 咳をゴホゴホとしてしまうのが、悩みどころである。

 

 ……そうして、幾らの電車を乗り継いだであろうか。

 私は秋古城という駅で降りた。

 とても小さな駅、空気は澄んでおり清浄であった。

 

 そこから私は、見たことはないが懐かしさを覚える道を、ひたひたと歩いていく。

 このような田舎、嫌いではないと思いながら。

 ただ、どうにも歩くのは堪える。

 田舎なのは良いが、休めるベンチも、自動販売機もないのは少々辛い。

 不親切とさえ言って良かった。

 けれども、無理矢理にも歩いていく。

 強化の魔術で足と肺を強化しての強行軍。

 山に行くには、些か体力的に辛かったのだ。

 

 けれども、ここを登りきらねば、お話に成らない。

 ということで、非常に辛い行軍の果てに、ようやく山を登りきった。

 これこそが消耗戦、なんて嫌がらせ、と罵倒しつつ、私は民家の……直ぐ傍の森にある小さな洞穴に足を踏み入れた。

 在るかどうか、境目を曖昧にさせる結界を通り越して、私は辿り着く。

 感じさせられる郷愁も、懐かしさも、全てを馬鹿馬鹿しいと切り捨てて。

 

 ――そこには、彼がいた。

 

 肉体を持っているのか、霊体となっているのか、その境目さえ曖昧な彼。

 この世で数少ない、”魔法使い”と呼ばれている人物。

 申し訳程度の貸しを作った、腐れ縁。

 

「久しぶりね、蒼崎」

 

「久しいな、ノーレッジ」

 

 形式だけの、薄ら寒い挨拶。

 これは私が挨拶したから、自動人形の様に返事をしただけだろう。

 全く持って、不愉快極まる。

 

「要求があるわ」

 

「聞こう」

 

 だがその分、会話はひどくスムーズだ。

 事務的が極まると、ここまで無味乾燥になるのかと呆れてしまう。

 けれど、私にとって楽であることに越したことはない。

 淡々と、彼に告げた。

 彼が、恐らくは呑むであろう条件を。

 

「かつての貸しを返してもらうわ。

 要件は簡単。

 貴方の霊地に居を構えたいだけ。

 それ以上は何も要求なんてしないわ」

 

「了解した、呑もう」

 

 そして想像通りに、ひどく呆気なく、彼は私の要求を受諾した。

 俗世の事に興味などなく、他人も家族も興味なんてないのだろう。

 全く、魔術師から魔法使いになっても、度し難いものには変わりないようだ。

 そう、私は蒼崎を内心で扱き下ろしていると、但し、と彼は言ったのだ。

 

「何?」

 

「丁度、マインスターの娘がいる。

 屋敷を構えて、私の孫もそこに居る」

 

「わざわざ魔術師同士を住まわせるの?」

 

「アレは未熟、学べる者から多くを学ぶべきである」

 

 現代の魔女と謳われている者の下に自分の血族を送る。

 慈愛からか、興味の範囲外なのかは分からない。

 だが、形でけとは言え、こいつが身内を気にする様な事を言うのは、逆に珍しくある。

 だから私は、了承をするつもりで訊ねたのだ。

 

「教師役をしろと?」

 

「あぁ」

 

 実に感情のない声。

 慈悲が垣間見えたと思ったら、即座にそれを否定する。

 思考の実験か、それとも魔法使いが故に感じる苦悩であるのか。

 どちらにしても、面倒くさく、馬鹿馬鹿しいものである事に変わりはない。

 一生、答えのない問いを永遠と考え続けるだけになるのだから。

 

 でもまぁ、わざわざ拒否することでもない。

 そう考えて、私は彼に頷いた。

 こちらも、努めて無表情で。

 

「では、行くが良い」

 

 それだけ言うと、再び思索の海へと彼は帰っていって。

 私も、これ以上ここには用はなかった。

 ただ、小言の一つでも零したくなって。

 帰り際に小さく、だけれども聞こえてることを確信して言ったのだ。

 

「貴方はただそこにあるだけ。

 今だけしか無いものなんて、どう考えても救いはない。

 知性がないものに等しいもの。

 早く朽ちられたら、きっと幸せでしょうね」

 

 ほんの少し、精気(オド)が揺らめいた。

 だけれど、私はそれを確かめることもなく、この場を後にする。

 きっと、彼は今私が来たことも、既に忘れているであろうと確信しながら。

 

 ――さぁ、新しい生活を始めよう。




パッチェさんは可愛い、それだけは真実(適当並感)。

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