ドロシーちゃん物語(東方Project)
私は今、森の只中にいる。
どうしてこんな所にいるのか、とんと想像がつかない。
そんな私が思うこと、それは……。
「……ここはどこ? 私は誰?」
致命的なものがあった。
根源的に、自分が何者なのか分からない。
それが、何だかすごく怖い……。
そしてこの森。
ガサゴソと妙な音がして、何かが走り回っているのだ。
姿が見えないからこそ、背筋がブルリと寒くなる。
――姿を見せて……
――いや、やっぱり見せないで。
姿が見えないから怖くて。
でも目の前に現れてなんか欲しくなくて。
それが分からなくて、不気味で。
私は全てに怯えていた。
自分に、周りに、環境に。
だから私は、足を早める。
この薄暗い場所から、抜け出したくて。
薄暗い森を歩いて、歩いて、歩いて。
それでも、やっぱり出口は見当たらない。
このまま、ずっと抜け出せないような気さえもする。
でも、それでも私は足を進める。
止まってしまうと、色々考えてしまうから。
止まってしまうと、恐怖が内側から溢れてきそうだから。
「せめて、ここを抜けないと」
この森、息が苦しくて、不気味で、泣きたくなって。
ここから抜けないことには、私はきっと安心できない。
――それは嫌。えぇ、嫌ですとも。
だから私は急ぐのだ。
私のあまり大きくない足で。
小さいなりに懸命に動かしながら。
歩いて、歩いて、時に走って――。
そうして私は……。
「まだ、森なのね」
ドっと、疲れてしまっていた。
足を動かすのだけは止めないけれど、それでも体は段々と重くなっていく。
――諦めちゃえば? 寝て起きれば、何か良い考えが浮かぶかも。
そんな心の声まで聞こえてきて。
私、疲れてるんだ、と嫌でも自覚してしまう。
どうしようか?
寝ちゃおうか?
真剣に、そんなことで悩みだして。
でも、そんな時に。
――どこからか、ケラケラ笑う少女達の声が聞こえてきた。
その途端、ゾクッと背筋が寒くなった。
――寝てる場合なんかじゃない!
――早く行かなきゃ!
そう、心が私を急かす。
早足で、転けないように。
私はその場から駆け始める。
それでも、ケラケラという声は、何処までも聞こえてきて。
すごく嫌、本当に嫌気が差してしまう。
必死に走って、走って、走って。
そうして、私は……気付いてしまう。
「ずっと、同じ所を、走って、る?」
息も絶え絶えに、私はそれを自覚した。
見ているもの、全てが同じだったから。
――だから、私は、足を止めて……。
もう、どうすればいいのか、分からなくなって。
私は膝を抱えて、近くの木に寄りかかる。
「何なのよ、一体。
何なのよ、これはっ」
理不尽、どうして私がこんな目にあっているのか。
……分からない。
そう、私は分からないことだらけなのだ。
お陰で、今は泣いてしまいそう。
心細くて、悲しくて、理不尽すぎて。
災厄が、形をなして私を虐めに来てるようにも感じて。
そろそろ限界だって、自分でも自覚できるくらいに、私は弱りきっていた。
森の暗さ、空気の悪さ――そして孤独。
それらが私を蝕み、穴だらけにしていく。
未だ、自分が思考できているのが不思議なくらい、私は諦めているというのに。
このままで終わりたくなんて、無い。
そう、嫌なのだ。
私は訳も分からず、こんな所で一人朽ちたくなんてない。
でも、私にはどうにも出来る力なんてないから。
だから、私は暗い森の木々の隙間を、じぃと見上げていて。
そして分かったのは、暗かったのは森のせいだけでなく、今が夜だということだった。
――それが、何? どっちにしろ、変わらないわ。
口に出さずに、心の中で悪態を突く。
それほどまでに、どうしようもなかった。
それほどまでに、希望が見えなかった。
――だから、
「貴女、こんな所で何をしてるの?」
「――え?」
そう、声を掛けられたのには、すごくすごく驚いた。
びっくりして固まっている私に、ひょっこりと、彼女は顔を覗かせた。
空を見上げていた私を、上から見下ろす形で。
暗い中でもはっきりと。
彼女はしっかりと色を持って、現れて。
金髪のお人形さんみたいな女の子が、私を見つめていて。
「迷子の迷子の子犬さん? 貴女のおうちはどこなのかしら?」
「……私も、分からないの」
「あら、妖精に化かされているだけじゃなくて、記憶まで取られてしまったの?」
不思議な謎かけをさせられている気分。
もちろん、答えなんて分からないから、そのままに私は問い返す。
「妖精?」
「気付かなかったの?
さっきまで聞こえていた笑い声よ」
言われて、そして私は耳を澄ませる。
さっきまでの怖かった声。
必死に逃げ回っても、どこまでも追って来た声。
あの怖かった声を、思わず聞き取ろうとして。
そうして、私は気が付いた。
――あの声が、既に聞こえなくなっていることに。
「どう、して?」
「妖精のこと?
それなら単に、子供は帰る時間と言ったまでよ」
妖精、目の前の彼女の言い分だと、子供らしい。
子供が、あんな事を?
……もしそうだとしたら、タチが悪いにも程がある。
妖精だかなんだか知らないけど、見つけたらいっぱいお仕置きしなきゃ。
そんな使命感じみたものが、私の中に沸々と湧いてくる。
「それで、妖精に化かされていた貴女。
貴女は一体何をしてるの?」
「私にも分からないわ。
……記憶が無いの」
「そうなの。
多分、こんな場所に居るから外来人だとは思うけれど。
益々めんどうな子なのね、貴女」
「……しょうがないでしょう」
私だって何も分からないのが怖いのだ。
それなのに、ひどいと思う。
でも、目の前の彼女は無反応のまま。
ふーん、と言いながら私を眺めていた。
「それで、どうするの?」
「どうしようもないから、困っていた所なの」
「そう、可哀想ね」
まるで他人事。
いや、事実として他人事ではあるのだけれど。
それでも、冷たいと思ってしまう。
だから私は、目の前の彼女を少し睨んで。
――すると、彼女はほんの少しだけ微笑んだ。
馬鹿にしているのだろうか。
もしそうならば、酷いの一語では済ませられない。
口に出したのなら、喚いて騒ぎまくってやろう、と。
そんな迷惑な決意を、私は固めて。
だから……、
「可哀想だから、今日は私の家に泊めてあげるわ」
「……へ?」
彼女の言葉に、私は呆気にとられたのだった。
そして、呆然としている私を、どこかおかしそうに彼女は眺めていて。
くすくす、と可愛く笑ったのだった。
「ここが、貴方の家」
「そうよ、私の家」
そうして、彼女に案内されるままに、私は家に招き入れられたのだ。
家の中は洋風で統一されていて、所々に人形が座っていた。
机に、棚に、キッチンに。
至る所に人形は点在している。
「人形屋敷?」
「間違ってはいないわ。
……本当はもっと怖い所なのよ」
「……え?」
フフ、と笑いながら、私にギリギリ聞こえる声で、そんな事を彼女は囁く。
ゾクリ、と冷たい物が背中に走る。
だって、その囁きがあまりに真に迫っていたから。
やな感覚が私を包んだのだ。
「そう言う冗談、私イヤよ」
「そうなの、可愛いわね」
冗談めかすように言って、彼女は私の頭をサラリと撫でる。
彼女の手、思っていたより優しい。
何だか、驚くほどに落着いてしまう。
「可愛くなんて、ないわ」
「そういう反応もね」
揚げ足取りだ、そういうのズルイ。
だけど、私にできるのは、むぅと、彼女を見上げるだけで。
そこで私は、彼女が私より一回りほど大きい事に気がついた。
「変な事を言うの、私の背が低いから?」
「さぁ、何でかしらね」
分かり易く誤魔化して、彼女は何も語ろうとはしない。
でも、少しゆるくなっている表情が、何もかもを雄弁に語っている様に感じる。
「……もぅ」
「フフ」
弄られてる、面白いように。
それが少し不愉快だけれど、何故か本気で怒れなくて。
だから私は、やや深めにしかめっ面を浮かべるのだ。
「さて、貴女」
目の前の、金髪の色とりどりの彼女が、私に問いかける。
何か、と耳を傾けると、彼女はサラリとこんな事を聞いたのだ。
「これから、具体的には寝て起きて、それからどうするの?」
「どうって……」
いきなり真面目な話に戻っていた。
からかうだけからかって満足したのだろうか?
まぁ、今はそんなことよりも掛けられた質問を返す事が最優先なのだけれど。
「帰る場所を探すの?
幻想郷を探索するの?
それともここに居つく気?」
「それ、は」
私がすべき事、その指針がすっかり私からは欠けてしまっていて。
だから、私がすべきこと、それは……。
「記憶、それを探したいの」
「でしょうね」
「あのね、だから」
きっと、それは私一人ではどうにもならない事だから。
だから私は、目の前の、私を助けてくれた彼女にお願いするのだ。
「助けて、欲しいの。
私の記憶、私の欠片探しを、手伝って」
後半になればなるほど、声が掠れていく。
図々しいと、自分でも自覚していたから。
だから顔を俯かせて、自分の顔を見えない様にする。
だって、きっと泣きそうになってるだろうから。
そんな顔を見せるの、すごく迷惑だろうし、ズルイし、何より私が嫌だから。
「はぁ、勝手に頼んで、勝手に結論を下すのね」
呆れた様な声が、私の上から掛けられる。
それが気まずくて、私はもっと身を竦ませてしまって。
「――え?」
優しく、私の頭に手が置かれていた。
私の頭に、温かく柔らかい手が。
緩やかに、私の頭を撫でつけていた。
「良いわ、片手間で良ければ手伝ってあげる」
「本当に?」
「私は嘘を言わないタチなの」
顔を挙げると、優しい手付きと同じく、優しい顔をした彼女の顔。
少しめんどくささが滲んでいるけど、それも大して気にならない程度で。
だから、私は問いかけるのだ。
「どう、して?」
「人を助けるのに、理由は必要なの?」
本当の、善人の様なセリフ。
だけれど、彼女がそんな人でないのは、すっかり私は分かっていて。
彼女を見上げる形で睨むと、彼女は肩をすくめて、そうして私に本音を語った。
「私は一人で居すぎたの。
だから、人間観察が必要なの。
私は人形の自立を成し遂げたいから。
それを成すために、まずは心を持ってる物の観察が何よりも必要なのよ」
偽りの無い本音、あっさりと告げられて。
私は観察動物か何かか、と少し不満にも思ったけれど。
それ以上に、助かったという気持ちが強くて。
不満なんて、どこかに吹き飛んでしまう。
「ありがとう、えっと……」
そこで、ようやく私は大切な事に気がついた。
そう、名前だ。
彼女の名前、まだ聞いてない。
あれ、聞いてなかったの? と今更ながらにそんな事を。
自分のことながら、うっかり具合に驚いてしまいそうになる。
私が言い淀んでいるのを見て、目の前の彼女は首を傾げていたけれど、少し考えてから得心が言ったように、私の目線に顔を合わせて、こう告げた。
「私はアリス。
アリス・マーガトロイド、しがない魔法使いよ」
「アリス……」
その名前を聞いた瞬間、何だか心に広がったものがあって。
不思議と、温かさと共に、何かが溢れて来た。
「魔法使いには、驚かないのね」
妖精には戸惑っていたのに、と小さく呟いていて。
それが少しおかしくて、ようやく私は、笑みを浮かべられたのだ。
「何?」
彼女、アリスが不思議そうに、私に問いかけてくる。
それが、何故だか胸が温かい。
だから、私は温かさと共に、一緒に湧いて来たモノを言葉にして、アリスに告げる。
「ドロシー、きっと私の名前はそれだわ」
自然と、アリスの名前を聞いたら浮かんできた名前。
どうしてだか、アリスとピッタリな名前に思える。
それはアリスも思ったのか、微笑を浮かべて私を見る。
「そう、良い名前ね」
一言、アリスは告げただけだったけど。
それでも、アリスに認めてもらった気がして、すごく嬉しくなったのだ。
「よろしく、アリス」
「呼び捨てなんて、生意気な子ね」
そう言う彼女は、言葉の割には怒って無くて。
優しく、私の頭をまた撫で付けるのだった。
ドロシーはきっと魔法少女になれる(適当)。
いやいや言うのが彼女の口癖。
記憶喪失とかベタすぎる導入。
続きを書くならば、アリスの助手として色んな場所へと赴きます。
最終的には、魔界に討ち入りする(意味不明)。