ペンギンのおもちゃ箱   作:ペンギン3

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気分転換、例の如く続かないシリーズです。


武蔵ちゃんと一緒 お試し版(FGO)

 人の漣行き交う街、2014年の東京は相も変わらず人に溢れていた。

 人、人、人、どこを見ても人だらけ。

 人海とは斯くあるべし、正にそんな体現をしていて。

 しかし、そんな雑居の中にも、僅かばかりの見分けは出来た。

 私服、スーツ、時折学生服と、それぞれが色分けされている世界がそこにはあった故に。

 そんな眠らない街の只中で、それのどれにも属さない人物が、小さく溜息を吐いていた。

 どうしようもないと、ある意味で匙を投げるように。

 

 裏路地に困り顔でもたれ掛かっていた人物、その人はまだうら若き女性であった。

 青を基調とした着物、それを飾る為の赤色の装飾は、本人の造形が優れている事もあってとても映えて見える。

 ……が、それよりも、何人であれ目がいく箇所が、その人物にはあった。

 彼女は腰周りに二本、鞘を差していたのだ。

 所謂日本刀、太刀と脇差しの両方が。

 ついでに言えば、彼女は現在隠れんぼの最中。

 理由は刀、もあるけれど今回の主は別の理由である。

 まぁ、何とも言えない話であるが、彼女の使っている貨幣が単に昨今の時代では使えなかっただけなのだ。

 

 ――そう、単純に言えば、食い逃げであった。

 

 逃げる時、咄嗟に一貫を投げ渡して走り出したが、受け取った側がそれが銀と気が付けたかは別のお話。

 上手く撒けたのだが、どうにも出て行く気にはなれず、どうしたものかと悩ましげに考えているのが現在。

 こういう時、アメリカではどうしてたか。

 思い出してみても、彼女の脳内に過ぎるのは”用心棒”の三文字だけ。

 残念ながら、現代日本の一般人には必要ないモノで、流石に対処に困っていたのである。

 

「あー、流石にこれは予想外だったかなぁ。

 まさか、ここが日の本だなんて。

 ……変わりすぎでしょう、流石に」

 

 動揺よりも困惑が、困惑よりも疎外感が、何時にも増して彼女を苛んでいた。

 何時も自分は余所者だという意識を持っていても、ここでは異物其のものである。

 ついでに言えば、生きていけるかさえ怪しいレベル。

 自分の常識と尽く噛み合わないここは、何と居心地の悪い場所なのであろうか。

 彼女の目的である、剣の修行どころの話ではなかった。

 むしろ、ここで剣を振り回そうものなら、即座に西部劇での騎兵隊よろしく、官憲がすっ飛んでくるのは想像するまでもない事。

 つまり彼女は、江戸時代よりも遥かに豊かな現代で、飢えて死に掛けるしかなくなっていた。

 

 昔、辺境のド田舎ならば、近代で飛ばされた事があった。

 ただ、その時は、胡散臭がられながらも、たまたまそこに腰を据えていた魔術師に助けて貰えたのだ(たまたま、その時彼女を拾った魔術師が、変わり者だっただけだけれども)。

 だが、ここは事情が一変して大都会、日本の全てが集まる東京である。

 人の数も多いが、その分忙しなく動く人は、傾奇者を見ても構っている暇はない。

 面白がる魔術師も、大らか空気も、そこにはなかった。

 ただ、夕暮れ時の太陽のみが、彼女の気持ちを分かってくれている気が、どうしてだかして。

 

「っと、いけないいけない。

 悪い方に考えたって、キリが無い。

 良しっ、どうすれば良いか、考えよう!」

 

 拝啓お父上へ、何時かシバき回すから待っていてください。

 そう決意を新たに、打開策を考え始めた。

 だ、が……早々上手くいかないのが、これ悲しきかな現代の闇。

 というよりも、そもそも彼女が、この時代に慣れていないというのが大いにある。

 知恵は沸くものであるが、源泉がなければ枯れたままなのが人間なのだ。

 だとしたら、まずは手に入れるべきは瓦版か、と算段を立てていた時の事であった。

 

「もしかして、困っていますか?」

 

 そんな声が、掛けられたのは。

 ひょこっと彼女が顔を上げれば、そこには人の良さそうな少年の姿が。

 心配そうな顔をして、彼女の顔を覗き込んでいたのだった。

 どこか人好きがする顔立ちに、冷めかけていた心が暖かくなる。

 逆に、行き過ぎて”あ、可愛い顔だ”などとさっきまでの憂鬱を投げ捨てていたのだから、ある意味で凄かった。

 

「いやぁ、全くもってその通り。

 気分的には地獄に仏、大海での浮木、渡りに船。

 声を掛けられるだけでも、安心してしまいました」

 

 調子良く、にこやかに話しかけらる女性に、少年はそれは良かったと少し笑う。

 少年は、美少年というよりは、雰囲気が柔らかくて一緒にいると落ち着くタイプの人間のようだ。

 事実として、少年には微塵も害意が見当たらない。

 人の良さが滲み出てる、というのがその少年の最大の特徴だった。

 

「それで、どうしたんです?

 財布を落として家に帰れない、とか?」

 

「違うけれど、似た様なものかな。

 それから、敬語じゃなくて良いよ。

 私もまだ修行途中の若輩者、君と同じ学んでいる最中の若人なんだから」

 

「それで良いのなら、そうさせてもらおうかな。

 それで、警察には行った?」

 

「あー、警察って捕り方の人だよね。

 今ちょっと、頼れないっていうか、頼ったら最後っていうか……」

 

 頼ったら最後、御用改め宜しくそのまま捕縛される事は確実だった。

 彼女としては、それはとても面白くない。

 悪い事をしていないのに捕まるのは、何とも気分が宜しくないのだ。

 まぁ、だからといってこのままでも、”ご飯、ご飯……”と呟きながら、彷徨う亡霊と化すのは確実。

 結果として、何とも言いづらそうに、どう嘘を吐けば納得するか、何て酷い三段を彼女は立て始めていた。

 目の前の少年を騙すのは本当に心苦しいのだけれど、彼女としても背に腹は代えられなかったから。

 

 と、そこまで考えた時である。

 ぐぅー、と何とも間抜けなお腹の虫が、鳴き始めたのは。

 あっ、と女性が声を漏らす。

 鳴ったのは女性のお腹、はしたない事をしてしまったと恥ずかしさを覚えたのだ。

 更に言えば、お腹が空いているのを自覚したら、急に空腹が強くなっている気がしてきて。

 

「俺も帰ったら直ぐにご飯にするつもりだったんだけど……。

 良かったら、うちでご飯食べてく?」

 

「喜んで!」

 

 精一杯気を使った少年の誘いに、一も二もなく女性が飛びついたのは、ある意味で当然の流れだった。

 現在時刻、午後六時。

 どうやら、夕暮れ時には虫の居所が悪くなるらしい。

 

 

 

 

 

「お邪魔します」

 

「お邪魔してください」

 

 おずおずと部屋に入る彼女は、色々と玄関を物珍しそうに眺めている。

 彼が案内した場所、そこはとあるアパートの一室。

 結構古めで、お家賃が安い感じの場所。

 一人暮らし約五万円、お風呂とキッチン完備。

 あと、家の中に漂う匂い。

 男性ちっくな生活臭は、不思議と彼女にとっても不愉快なものではなかった。

 ただ、彼の匂いしかしないのが、ちょっと不思議なくらい。

 こんな感じなんだ、と思いながら草鞋を脱いで中へと入り込む。

 奥は居間になっており、直ぐ傍に台所も備え付けられていた。

 因みに、食べる場所は机兼炬燵のテーブルである。

 

「あ、ごめん、お盆に乗せて運ぶから、炬燵で待っててもらって良いかな?」

 

「よろしくね、じゃあ失礼してっと」

 

 言われた通りの部屋に、そのまま炬燵に入り込む。

 辺りにはベッドに本棚、古めのテレビと色々揃っていた。

 けれども、彼女はお腹が空いており、好奇心はあれど何もする気になれない。

 そのまま、電源の入っていない炬燵の中にダイブして、冷たいなぁ、と独語するくらいであった。

 

「火を着けるには、いや、勝手にそういう事をするのは不味いよね。

 ちゃんと家主に許可取らないと。

 でも、今忙しそうだし……」

 

 そのまま炬燵に突っ伏すると、どこか知らない誰かの匂い。

 さっきの子だよねぇと思うと、不思議な感じがした。

 何だか、安心できるのだ。

 人の良さが匂いにまで現れてるのか、みたいに考えてしまうのは、ちょっと疲れ気味だったからか。

 恐らくは、元々彼女が好きなタイプの匂いなだけだったのかもしれない。

 でも、そのお陰か、存分にぼぉっと出来たのは大いに評価されるべきだろう。

 時折、台所より、嗅ぎなれい匂いに、体がピクピクと反応してしまっていたのは、ある意味でご愛嬌だったのだろう。

 

 そうして時間を潰していると、彼がひょこっと戻ってきた。

 彼の手には、大きめの平皿が二つ。

 コトッと炬燵に置かれたそれらは、俗に言うパスタ。

 湯掻いてトマトソースをドバーという、実に男子学生の手作り感満載のものだった。

 家に買い置きしてる材料的にカレーも作れない事は無かったが、お腹が空いていた彼女の為に急いで作ったのである。

 味はそれ相応、割とトマトであるが、空腹の彼女にとってはご馳走以外の何者でもなかった。

 

「ねぇ、これってさ、トマトを麺に乗せてるんだよね?」

 

「うん、ミートパスタをやりたかったんだけど、トマト缶くらいしかなかったから。

 パスタって、もしかしてあんまり食べない?」

 

「うん、普段はおうどんしか食べませんから。

 ……あの、さ。

 もう、食べて良いかな?」

 

「はいどうぞ、召し上がれ」

 

 ニコっと彼は笑いかけたけど、彼女はそんな事に気が付かない。

 ただ、いただきますをして、目の前の料理に食いつこうとしていたからだ。

 ……していたのだ、が。

 

「ねぇ君、フォークで掬い上げても、直ぐ落ちちゃう」

 

 ムムッ、と目の前の侮っていたものが、実は強敵だった事に気が付いて彼女は眉を顰めた。

 これはもしや、手間取るのでは? と。

 だが、幸いな事に、彼はこの事に関しても気を利かせてくれたのだ。

 

「お箸の方が良かったかな?」

 

「お願いできるかな?」

 

「はいはいっと」

 

 そのまま立った彼は、割り箸を持って戻ってきた。

 これ幸いと、今度こそ彼女はお箸でモグモグと食事を始めた。

 モグモグ、ツルツル、ムシャムシャ、と。

 

 うん、美味しい。

 けど、何だろうかこの不思議な味わいは。

 食べ慣れてないから? いいや違う。

 敢えて言うなら、味を画一化してるような、不思議な感覚。

 誰が作ってもこの味になるのかな?

 何て一瞬考えては、食欲の渦に飲み込まれている。

 結果、やや多めに作られたパスタは、あっという間になくなっていた。

 僅かに物足りなかったけど、腹八分目に恵んでもらったという意識が彼女を自重させる。

 代わりに、今まで忘れていた常識的なものが、ようやく戻ってきたところだ。

 衣食足りて礼節を知る、昔の人はけだし名言を残したものである。

 

「御馳走様でした」

 

「お粗末さまです」

 

 見事な食べっぷりに驚いていた彼も、パスタを食べ終えて彼女に向きなおった。

 皿洗いは後で、代わりにまずは彼女の状況を把握しようとしたのだ。

 

「それで食べ終わって直ぐでなんだけれど、話を聞かせてくれるかな?」

 

「えぇ、一宿一飯の恩です。

 何でも聞いてください」

 

「別にそこまで畏まらなくて良いけどさ……そうだなぁ」

 

 彼は僅かに考えてから、それじゃあまずは、と前置きしてこう尋ねたのだった。

 

 

「俺の名前は藤丸立香。

 ――君の名前、教えてもらっても良いかな?」

 

 彼女は然りと頷き、居住いを正して彼に向き直った。

 そうして、良く通る声でこう名乗ったのだ。

 

「新免武蔵守藤原玄信、剣士として修行中の身です。

 気軽に、武蔵ちゃんとでも呼んでくれれば、嬉しいかな」

 

 ペコリと頭を下げた彼女に、彼、立香はある種の衝撃を生じさせつつ小声で呟いた。

 

「本格的なコスプレだ……」

 

 と、割と失礼極まりない事を。




武蔵ちゃんとイチャついたり、相棒してる小説が読みたい人生でした……。
あと、口調がすごい難しくて困りました(小並感)。

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