ペンギンのおもちゃ箱   作:ペンギン3

11 / 38
トチ狂って書いた2話目。


衛宮士郎が大好きな女の子が、一人増えました 2話

 ――これは昔の、とある日々のこと。

 全てを諦めて、どこかで嗤っていた時のこと。

 

 私は、どこか昏い夕焼けを見ていた。

 ただ何となく、そうしていただけ。

 深い理由なんて有りはしない。

 

 でも、あえて理由を付けるとすれば。

 どこか、夕焼けが妬ましかったのかもしれない。

 

 どうして、そんなにも輝いていられるのか。

 堕ちゆく中でも、煌々と全てを照らしていられるのか。

 そんなことを、どこかで思っているのかもしれない。

 

 そして、そんなことを思う私はどこまでも卑屈。

 だから自分の事が、そんなに好きじゃない。

 でも、それが私だから。

 嫌な子って自覚してるけど、そうでも思ってないとおかしくなっちゃいそうだから。

 だから、今日も嫌なことを考える。

 心でひっそり、不満をぶつけるように。

 

 そんな私にも、気になるものはある。

 それは、一つ上の先輩。

 とっても泣き虫の女の先輩。

 

 何時も、泣き腫らしたように目の下を赤くして、それでも何でも無い風に装っている。

 バレバレですよ、と指摘しようとも思ったけれど。

 でも、そんな先輩を見るのが嫌いじゃないから、黙っている。

 きっと、心のどこかでこんな人もいる、と優越感に浸っていられるから。

 やっぱり私は嫌な子、醜いとさえ思う。

 

 ……でも、それが、ある日から、変わって。

 その先輩は、泣き腫らした目を、することが無くなっていて。

 

 ――何で? どうして?

 

 そんな疑問と不満がどこからか湧いてくる。

 だってそうでしょう?

 私はどこか暗い先輩を見て、心を和まし、共感を覚えていたのに。

 それなのに、そんな先輩の在り方が、突然変わってしまったのだから。

 ……やっぱり、納得なんて行くはずがない。

 

 ここのところは、そういう事が多い。

 この前も、高飛びをしている小柄な男の先輩に、諦めちゃえ、と思ってその様子を見ていた。

 けど、その先輩は諦めることなんてなく、自分が納得するまで高飛びを続けていて。

 結局、できないと結論づけたのか、何かを察した顔で頷いて、片付けをしていたのだ。

 

 結局、暗いことを考えていたのは私だけ。

 泣き虫の女の先輩も、諦めの悪い男の先輩も、前に進んで行ってしまった。

 そのせいか、私はどこか取り残された気持ちになって。

 

 ……それも私にお似合いか、と一人で嗤うだけ。

 誰でもない、自分自身を。

 どうしようもない、受動的な自分を。

 

 

 今に思えば、張り倒しても良いと思えるぐらいに、ひどい有様だった。

 一人でズブズブと、底なしの沼にでも嵌っていくような感覚。

 それで全てを、どうにもならないと放り投げて。

 どうしようもない状態だったと、そう今更に自覚する。

 

 だけれど、そんな中で見ていた二人の先輩達は、確かに私の心に波紋を起こしていた。

 水面に石を落として、広がっていくように。

 

 人は変われる、踏ん切りをつけて前に進める。

 あの二人を見て、それを理解していたことを。

 心の片隅では、そんなことを分かってしまっていた。

 

 それでも私が変わろうとしなかったのは、私自身の変化を起こす力を信じていなかったから。

 今までの自分と、それを取り巻く環境。

 それを思うと、何をしても無駄に思えたから。

 だから、私は今まで通りに過ごしていた。

 どこか見に浸すような、絶望の日々を。

 何も変わらないと、信じて疑わずに。

 

 だけれど、変化は、常に外からやってくるものだって。

 この時、私は知る由もなかった。

 それは、自分のことを考えるだけ、気が滅入るだけだったから。

 

 だからあの日。

 やってきてくれた二人と、引き合わせてくれた兄さんには、とても感謝している。

 

 お日様の光が、暖かいと思い出せたから。

 誰かと居ることが、とても心地よく感じたから。

 毎日会う内に、とてもとても、大好きになっていたから。

 

 だから私は、記憶の中に様々な思い出を、忘れないようにしっかりと刻んで。

 そうして今日も生きていく。

 

 今までの思い出と、これからあの人達と過ごす日々を思えば、人生は捨てたものではないと思えるから。

 これからも、何事もなくあの人達と一緒にいられると、そう信じて……。

 

 

 

 

 

 あの日、衛宮君と友達になってから、私はあまり泣くことが無くなっていた。

 それは、人の温もりと、友達の温かさを思い出したから。

 

 線で塗れている視界の中で繋いだ、私と衛宮君の手。

 ドキドキしたし、嬉しくて泣きそうにもなっちゃって。

 でも、衛宮君に泣き顔をこれ以上見られたくないと、そんな意地を張って。

 いっぱいの感情で、爆発しちゃいそうだった。

 そのお陰で、私はちゃんと生きているんだと、そう実感ができたから。

 

「衛宮君、衛宮君!」

 

 だからその日より、私は衛宮君にベッタリとなっている。

 お昼休みになると、彼の教室に行って、お昼に誘いに行くのだ!

 

 ……でも、そこで出会うのは、衛宮君だけではなくて。

 

「うっわ、また来たよ。

 衛宮、お前そのうち呪われるぞ」

 

「慎二、いい加減にしろ。

 八家だって、お前にそう言われる度に傷ついた顔してるんだぞ」

 

「っは、しょうがないだろう?

 あのバンシー(泣き虫女)を見れば、誰だってそう思うさ。

 いかにもトロそうなところが、使えなさそうだしぃ?」

 

 衛宮君の教室に着くと、早々にそんな洗礼を浴びせられる。

 そこには、衛宮君だけでなく、衛宮君の友達……間桐君の姿が。

 

「こ、こんにちは、衛宮君!

 それに……間桐君も」

 

「は? 何で僕がおまけみたいになってる訳?」

 

 睨んでくる間桐君に、どこか曖昧な笑みを浮かべてしまう。

 どうにも間桐君は、私が気に入らないようで、こんな風に当たってくるのだ。

 衛宮君曰く、他の女子にはとことん優しいらしいから、非常に珍しくあるそうな。

 ……私は、間桐君の中では、女子にカテゴライズされてないのだろうか。

 

「慎二」

 

 衛宮君が、少し重い声で、間桐君を諌める。

 それに間桐君は、ッチ、と舌打ちしてそれ以上の追撃を収めてくれた。

 

「あ、あの」

 

 でも、ずっとこのままじゃいけないと、そう思って。

 私は、思い切って間桐君に話しかける。

 間桐君がは、何だ、と億劫げな視線を寄越してくるが、それに怯まずに私は踏む込む。

 それに伴って、私は必死に言葉を紡ごうとする。

 衛宮君以外にはお爺ちゃんとしか会話をしていないから、何を言えば良いのか纏まらないけど。

 

 ――確か、会話は小粋なジョークからって言うよね……よしっ!

 

「間桐君、オマケの方が本体だってことも、往々にしてあるから、大丈夫だよ!」

 

 できるだけ笑顔で、私はそう言い切った。

 きっと、会心のドヤ顔も浮かんでいると思う。

 ……けれど、何かが、おかしい。

 

 どうしてだか、周りの空気が凍っている気がする。

 主に私と、衛宮君と、間桐君の間の空気が。

 あれ? 何かとってもおかしい。

 いっつぶりざーど。

 

「はは、ははははは」

 

 そんな中で、唐突に間桐君が哄笑をあげる。

 え、何? と戸惑っていると、哂っていた間桐君が引きつった顔で私を見て、そうして言うのだ。

 

「八家、お前ぼくの方がおまけだなんて、面白い冗談を言うんだな」

 

 あ、良かった。

 小粋なジョーク先生、通じてた。

 空気が凍ったらか、全力で滑っちゃったと思ったよ。

 

「うん、どう?

 私のジョーク、センス良いかな?」

 

 どこか偉そうに、冗談なのだからと胸を張って。

 でも内心で、すごく震えながら。

 私は間桐君に笑顔で訊ねた。

 

「……衛宮、コイツ殴っていいかな?」

 

「仮にも女の子だぞ」

 

 しかし答えは帰ってこず、どうしてだかこめかみをピクピクさせた間桐君が、衛宮君にそんな事を訊いていた。

 何で? え、どうして? と錯乱しそうになる。

 おかしい、きちんと私の一流ジョークは通じたはずなのに。

 この空気はありえない。

 

 そして、衛宮君も何げに失礼だ。

 仮にも、ではなくて本物の女の子だ。

 女を捨てたわけでも、女子として大切なものを失ったわけでもないのだから。

 

 ……もう一度ギャグをかませば、もしかしたら流れが変わるかもしれない。

 よしっ、猛乳度やってみよう!

 

「ヤメテ二人とも。

 私の為に争わないで!」

 

 ガチっぽく思われないように、できるだけドヤ顔で。

 私は二人にそう言い放つ。

 そうすると、二人は顔を見合わせて頷き合っていた。

 

「殴るぞ?」

 

「斜め45度から、軽くチョップで」

 

 何でっ!?

 

 

 

「痛い、痛いわ、衛宮君」

 

「今回は、自業自得と思ってくれ」

 

 結局、何故か間桐君に私は頭へとチョップを食らった。

 衛宮君が指示した通りに、斜め45度からの綺麗な一撃。

 

「コイツの頭、少しはまともになったか」

 

「むしろ脳細胞が死んで、馬鹿になっちゃうわ」

 

 間桐君に睨まれたので、今回ばかりは睨み返す。

 女の子に暴力はサイテーだと思う、うん。

 

「あぁ、そうか。

 ネジが元から外れてるんだな」

 

 鼻で笑いながら、間桐君が更にひどく私を扱き下ろす。

 どれだけ気に入らないのだろうか、私のこと。

 ……ひどく、納得がいかない。

 

「何ていうか、あれだよな」

 

 衛宮君が、私へと顔を向けて、どこか呆れたような顔をしていた。

 何か言いたいことでもあるのだろうか?

 やっぱり、私のジョーク、つまらなかったとか?

 

「八家てさ、第一印象と素の方がだいぶ違ってるよな」

 

「……そうなの、かな?」

 

 いきなりそんなこと言われても、自分では分からない。

 泣き虫だってことは自覚してるけど。

 

「まぁ、良いけどな」

 

 どこか諦めたように、衛宮君がそんなことを言う。

 ……もしかして私、割と駄目な子?

 間桐君に視線を向けると、露骨に逸らされた。

 解せない。

 

 

 でも、何故かこの日より、間桐君のお出迎え(罵倒)は極端に減った。

 本人に聞いてみると、”お前は言葉が方向音痴過ぎて、僕まで怪我をしかけない”との事。

 言葉のドッジボールにはなってないはずなんだけど、何かおかしいのかな?

 考えてみても答えは出ず、衛宮君に聞いても、八家らしいと思う、で流される。

 ……思っている以上に、私は言葉が不器用になっていたのかもしれない。

 

 あ、でも、だけれど。

 罵倒が飛んでこなくなったお陰で、間桐君に近づきやすくなった気がする。

 昼食も、何故か毎回一緒に食べることになるし、他の人よりかは話す方になっているし。

 何時の間にか、私の間桐君への苦手意識は、何処かへと消えていた。

 

 悪くない兆候だと思う。

 この調子で仲良くなっていけば、いつか友達にだってなれると、そんな気がする。

 でも、どうしてだか話しかけると鬱陶しそうにされるから、道はまだまだ長いと思うけれど。

 

 

 ――でもその時が来たら、私は間桐君を友達として見れるだろうか?

 

 何もひどい意味ではない。

 私は、どうしても人と見えてるものが違うから。

 だから、どうしても自分から引いてしまう。

 壊してしまいそうで、怖いから。

 勢いで一歩踏み出せても、あとが怖くてそれ以上は近づけない。

 

 常に、私は怯えている。

 近づいて、撫でるだけで壊してしまいそうだから。

 人が怖いし、自分も怖い。

 

 故に、私にとって衛宮君は特別なのだ。

 触っても、壊れなさそうな人。

 どこか安心できる人柄。

 奇しくも、彼の雰囲気が懐かしいとさえ思えてしまう親近感。

 

 だから、私は衛宮君に出会えたことに感謝している。

 誰に?

 それは、もちろん衛宮君自身。

 あの時、本当に屋上に来てくれてありがとう。

 本当にそう思っている。

 

 ――だからこれからも、ずっと彼との縁が続きますように。

 

 どこえも知れぬ祈りを、私は捧げる。

 神様は、きっと意地が悪いから、別の何処かへと。

 それだけ、今の日常が私にとっては幸福だったのだ。

 

 ずっとずっと、一緒が良い。

 無邪気に、私はそう願い続けている。

 

 

 

 

 

 そんな大事な日常の、ある日の放課後。

 とても珍しいことがあった。

 それは、間桐君から私に声掛けがあった事。

 あまりの物珍しさに、私の目は点になっていたと思う。

 

「折角声を掛けてやったのに、何を間抜けズラを晒してるんだよ」

 

 ……やっぱり、間桐君は口が悪い。

 間抜けとか、ノロマとか、色々と私のどんくささを罵倒する間桐君。

 本人がソツなく色んなことをこなしている分、言い返せなくて余計にタチが悪いと思う。

 

「……衛宮君は?」

 

「お前はアイツがいないと何も話も出来ないのかよ」

 

 呆れたように、その中に苛立ちを混ぜ込んで間桐君は言う。

 でも、どうしても衛宮君が居ないと落ち着かないので、素直に頷く。

 衛宮君を交えてなら軽口の一つも出るけれど、彼がいないと口が途端に重くなる。

 

 しかし、その返答は気に入らなかったらしく、間桐君は舌打ちをする。

 やっぱり怖い。

 間桐君も、衛宮君がいないとどうにも怒りやすいイメージがあるから。

 だから、今は切実に衛宮君がこの場に来て欲しい。

 すると気持ちが伝わったのか、向こうから衛宮君の姿が見えた!

 

「慎二、急に呼び出して何だよ」

 

「よし、揃ったな」

 

 衛宮君の問いかけには答えず、しかし先程まで見せていた苛立ちを引っ込めた間桐君。

 そして間桐君は、どこか大仰に私達の方を向いて、こんなことを言ったのだ。

 

「お前達、今日は特別に僕の家に招待するよ」

 

 とっても、自慢げに、そして嬉しいだろうと言わんばかりに、間桐君は胸を張っていた。

 それに対する、私達の反応はというと……。

 

「ん、イキナリだな」

 

 どこか困惑したような、衛宮君と。

 

「……はぁ」

 

 突然すぎて、思考が追いついていない私の姿。

 イマイチ盛り上がりに欠ける私達に、間桐君は咳払いを一つして、私達を睥睨した。

 

「何だよ、もっと喜べよ」

 

 そう言われても、突然すぎて頭がついて行ってない。

 それに、どうして? と思うこともあるのだ。

 

「私も、なの?」

 

「そうだよ、思えもだよ」

 

「何で?」

 

 そう呟くと、間桐君は、再び舌打ちをした。

 だけれど、それに反応するよりも答えが気になるので、黙って返答を待つ。

 すると、ため息一つを吐いて、そして意外なことを彼は口にしたのだ。

 

「僕には妹がいるんだ。

 でも、お前と一緒でのろまだから、友達の一人もいやしない。

 そうなると、間桐の家の体面が悪くなるだろう?」

 

 ……間桐君には、妹がいるのか。

 それは、さぞ独特の髪型をしているのだろう。

 でも、そんなことは置いておいて。

 間桐君は、もしかして……。

 

「慎二でも、身内には気を使うんだな」

 

 何げに無遠慮に、衛宮君がそんなことを言う。

 間桐君は、それに面倒くさい顔をしつつ、でもきっちりと応える。

 

「あれでも僕の妹だからね。

 あまり孤立されていると、辛気臭くてしょうがない」

 

「妹のこと、心配してるのね」

 

 意外や意外、新たな一面を見た気持ちだ。

 つぶやく私を無視して、間桐君はクルリと背を向けた。

 

「ほらっ、お前達、ついてこい」

 

 そう言い、どしどしと前に進んでいく間桐君。

 そんな彼に、私と衛宮君は、示し合わせたように顔を合わせて。

 

「天邪鬼だね、間桐君は」

 

「そうだな、中々に迂遠なのが慎二らしい」

 

 だよね、と私達は話しながら、間桐君の後ろに付いていく。

 行く、なんて返事もしていないのに。

 きっと彼の中では、私達が来るのは確定事項になってるのだろう。

 そして、私も衛宮君も、それに逆らう気なんて、今は更々なくて。

 間桐君の妹さんがどんな子なのか、楽しみに想像しつつ、彼の後ろを追いかける。

 というか、間桐君の家は、どんな感じになってるのかな?

 あーかな、こーかな、と想像を巡らしつつ、私は歩を進めていった。

 

 

 そうして、到着した間桐君の家は……。

 

「……大きい」

 

 それは、洋館であった。

 荘厳な造り、歴史を感じさせる佇まい。

 古びた感はあるが、それがこの家の威容を更に高めているとも言える。

 

「そういえば、間桐の家は名家だって聞いたような」

 

「納得できる広さをしてるね」

 

 衛宮君の呟きに、私は相槌を打って、唯々その立派な屋敷を眺めていた。

 でも、それでも物怖じしない人物が一人。

 この家に住んでいる間桐君なのだけれど。

 

「ほら、庶民ども。

 惚けてないで着いてこいよ」

 

 この程度で驚くな、と言わんばかりに、間桐君は進んでいく。

 私と衛宮君は、慌ててそのあとに続く。

 

「本物のおぼっちゃまだったんだ」

 

「由緒正しき間桐家は、冬木の重鎮とも言えるんだよ。

 なんで知らないんだよ、お前達」

 

 確かに、これほど大きな屋敷を持っているということは、それなりにこの周辺では有名な家なのだろう。

 でも、私と衛宮君は知らなかったけれど。

 

「いや、私は新都の方から引っ越してきたから……」

 

「俺もだ……」

 

 あの日、あの地獄を見た日。

 あれを思い出してしまい、気分が沈みかける。

 そして、何故か衛宮君も、どこか暗い顔をしていて。

 

「ふーん、ま、知らないってことはそんなところなんだろうね」

 

 間桐君だけが、ペースを崩さずに、納得したようなことを言っていた。

 そのまま、私達は間桐邸の中にお邪魔する。

 無言のままで、間桐君についていく。

 静かに、足音だけが、響いていて。

 

 ……だからか、他に意識を割く余裕があったからか。

 それに気付くことができた。

 

 ――この家、普通とは違うわ。

 

 そう、見える風景が、確かに違う。

 いや、何もないところに、線が浮かんでいたりするのだ。

 まるでそこに何かあって、線をなぞれば壊せるように。

 そんな箇所が、幾つも幾つも。

 正直、不気味に感じる。

 ……もしかしたら、この家には、幽霊でも住み着いているのかもしれない、と感じる程度には。

 

「ねぇ、この家で、非業の死を遂げた人とか、居たりするのかな?」

 

 不安になって、口が勝手に喋っていた。

 知らなければ怖いだけで済むのに、余計なことを聞いてしまう。

 

「はぁ? いきなり何なの?」

 

 胡乱げな視線を、不躾に私へと向けてくる間桐君。

 でも、妙に素直な心境で、私は正直に答えてしまう。

 怖いからか何なのか、そういう心理状態だったのだ。

 

「何か出そうな雰囲気を醸し出してるから」

 

 そう言うと、露骨に馬鹿にしたように、間桐君が私を笑う。

 ……悪かったわね、精神年齢がアレな癖に怖がりで。

 

「暗いから、確かに不気味ではあるな」

 

 衛宮君は、そう言いながらも、全然怖がってる素振りが見えない。

 耐性が高いのか、流石は男の子と褒めるべきなのか。

 

「ま、そりゃ死んでるのは結構いるでしょうよ」

 

 どこかおちょくる様に、間桐君は私に言う。

 口角を上げながら、まるで遊ぶかのように。

 

「そ、そう」

 

 平然と答えたつもりだったけれど、どこか声が震えてしまっていた。

 それ程に、この屋敷は何かの存在感を放っていたのだ。

 

 ……一度気になると、中々に頭から離れてくれない。

 どうしよう、どうしよう。

 やや混乱気味に、そんなことを考えてしまう。

 そうして、ひよこが踊る頭が導き出した結論は……。

 

「衛宮君、ちょっとごめん」

 

「八家、どうした……」

 

 んだ、ときっと衛宮君は続けようとしていたんだと思う。

 だけれど、それより先に、私の手が、衛宮君の手と重なっていた。

 

 ……あの時感じた暖かさと一緒の、落ち着くけれどドキドキする感覚がする。

 一度繋いでしまったからか、線が見えても、衛宮君の手なら握れてしまう。

 怖いけど、それでも安心感と信頼感が存在しているんだと思う。

 

「……目障りだぞ」

 

 少しこっちに目を向けた間桐君は、それだけ告げて、でもそれ以上は何も言わなかった。

 体面的に言っただけで、特に気にしている感じてはなかったようだ。

 

「な、なぁ、八家」

 

「な、なに、衛宮君」

 

 そうして私達は、お互いに牽制し合うように、どこか吃りながらの会話をしている。

 というか、うわぁ。

 衛宮君の手から、ドキドキとしているのが伝わってくる。

 手をつなぐだけで、そこまでのことが分かってしまう。

 ……何だか、無性に恥ずかしい気がするのだけれど。

 

「なにも、出ないと思うぞ?」

 

「ほ、保証はあるのかしら」

 

 衛宮君は顔真っ赤。

 それでも、私もきっと同じようなものだろう。

 それでも今は、手を繋いでおきたかった。

 何時の間にか、不安がそんな欲望にすり変わりつつあったから。

 

「ほらお前ら、馬鹿をする時間は終わりだ。

 妹の部屋についたぞ、手を離せ」

 

 その時、急に間桐君がそんなことを言って、エンガチョするように、私と衛宮君の繋がれた手を、チョップで切り離してしまった。

 ……何てことを。

 

 そしてなにより、ホッとしている顔の衛宮君にショックを受ける。

 もしかして嫌だったのだろうか、私と手を繋ぐの。

 ……考えないようにしよう、きっと憂鬱になるだけだから。

 

「おい、言っていた奴らを連れてきたぞ。

 入るからな、いいな!」

 

 間桐君は訊きながらも、返事は求めていないようで、勝手にドアノブを捻っていた。

 ……女の子相手に、それはあまり宜しくないと思う。

 それが例え身内であったのだとしても。

 

 そんなことを思いつつも、しかしドアは開かれる。

 そうして、そこに一人、女の子が、確かにいた。

 

 ――それは、儚い目をした女の子だった。

 

 暗がりにいて、それでも確かに存在する女の子。

 しかして、その気配は希薄そのもの。

 茫洋と、こちらを見る目にも、活力は感じられない。

 

「紹介するよ、こいつが妹の桜」

 

 しかし、間桐君はそんなことを気にせず、彼女……桜ちゃんの紹介をする。

 それが、耳には入ってくるけれど、それを理解する為の頭のリソースが、私には無かった。

 

 ――魅入られてたのだ、彼女の瞳に。

 

 まるで古井戸を模したような目。

 どうしたらこんなふ風になれるのか、それを考えさせられる瞳。

 

 私は感じずにはいられない。

 だってその目は……覚えがあるから。

 

「どう、して?」

 

 気付けば、そんなことを口にしていた。

 素直に、ある種の怖さを抱きながら。

 私は桜ちゃんに、訊ねていた。

 どうして、と。

 

 桜ちゃんは、ゆっくりと私の顔を見上げて、そうして……。

 少し、微笑んだ。

 だけれど、笑っていても、それに喜色はなくて。

 

 私には分かる。

 楽しいからとか、嬉しいからとかで笑ってるんじゃない。

 安心感、そう、あれは仲間を見つけた時のような安心感を抱いた笑み。

 私と桜ちゃんの間に、確かな認識が生まれる。

 この人は、何かに苦しんでいる、と。

 

「ん? どうしたんだ、八家」

 

 急に桜ちゃんと見つめ合って、動かなくなった私に、衛宮君が心配するかのように、声を掛けてくる。

 そこでようやく、私は戻ってこられた。

 

「ちょっと、ね」

 

「大方、こいつと桜が何か通じ合ったんだろ」

 

 上手く言えなくて口ごもってると、驚いたことに、間桐君が的確なことを言った。

 妹の事だから分かったのか、それとももとより鋭いのか。

 分からないが、この場では間桐君が正解である。

 

「……私、前から八家先輩と、お話してみたいと思ってました」

 

 唐突に、桜ちゃんがそんなことを言った。

 私、名乗ってないのに、前から知ってたように。

 私の名前をしっかりと告げて。

 

「知り合いか?」

 

「初対面かな」

 

 衛宮君の問いかけに、はっきりと答える。

 私は桜ちゃんのことは知らなかったし。

 衛宮君は、成程、と言いながら桜ちゃんへと向いた。

 

「えっと、俺は衛宮士郎、よろしく」

 

 恐らく、自己紹介するタイミングを図っていたんだと思う。

 何か、桜ちゃんには話しかけづらいオーラがあるし。

 衛宮君の挨拶に対して、桜ちゃんは小さく頭を下げただけで。

 

「よし、衛宮。

 お前は僕の部屋に来るんだ」

 

「ん? 八家はどうするんだ?」

 

 衛宮君の自己紹介を終えた時に、間桐君がそんなことを言った。

 これは、絶対にこうする為に私を連れてきたのだろう。

 

「桜の話し相手に、八家を連れてきたんだ。

 のろま同士、気が合うだろ」

 

「女の子同士の方が、確かに話しやすいか」

 

 やっぱり、私の想像を肯定するように、間桐君は言い放った。

 そして、衛宮君も一定の理解をそれに示していて。

 ……けど、確かに、私も気になっている。

 

 間桐桜という女の子が。

 どこか深い目をした、この少女が。

 

「私も、あなたと話がしてみたいわ」

 

 桜ちゃんに、私はそう言って。

 

「じゃあ行くぞ、衛宮」

 

「あぁ」

 

 衛宮君と間桐君は、この部屋より出ていった。

 出て行く時に、心配げな衛宮君の瞳が、私に映し出されて。

 少し、それに笑い返した。

 

 

 

 そうして、あとに残ったのは、私と桜ちゃんの二人だけ。

 

「……八家先輩が」

 

 そしてゆっくりとだが、桜ちゃんが緩慢に、こんな事を私に訊ねた。

 

「……八家先輩が変わったのは、衛宮先輩のお陰ですか?」

 

 そっか、桜ちゃんは目を腫らしていた頃の私を知ってるんだ。

 恥ずかしいところを知られているというのは、何だか居心地が悪い。

 だけれど、それを極力気にしないようにしつつ、私は一つ頷いた。

 

「そうだね、私が変わったのは、衛宮君が関係してるかな」

 

 そう言うと、桜ちゃんは、小さく呟く。

 

「……男の人、か」

 

 単体の言葉、だけれど意味は十分に伝わってくる。

 

「そういうのじゃないわ」

 

「……どうだか」

 

 すかさず否定に入るが、どこか疑わしそうな顔を、桜ちゃんはしていた。

 ……確かに、衛宮君に依存していると、そう自覚することはある。

 あの人は特別だから、と。

 自分の深いところに置いているのには、心当たりはあるのだ。

 

 ――だけれど。

 

「そういう定義付けされるの、あまり好きじゃないかな」

 

 大切だから、安易にレッテル張りをされたくなんてない。

 言葉に表さないからこそ、胸に抱いていられるのだから。

 

 それに衛宮君の事をどう思っているか、何て考えたことはない。

 今は友達で十分。

 それ以上でも、それ以下でもない。

 ……求めすぎたら、きっと私の目のようになってしまうだろうから。

 

「……じゃあ何で、八家先輩は」

 

 ここで、桜ちゃんの虚ろじみていた目に、ようやく感情の色が見えた。

 ――それは、赤い色。

 そっか、成程、と私は理解する。

 

「八家先輩は、どうして楽しそうなんですか?」

 

 怒ってるんだ、桜ちゃんは。

 

 一目で通じ合えたから。

 だからこそ、私と桜ちゃんの差に、きっと納得が言っていないのだ。

 立場が逆なら、私も桜ちゃんを嫉んでいたに違いないのだから。

 

「間が、良かったのね」

 

 あの時、屋上で衛宮君と出会えたから。

 そんな、どこにでもあるような切欠。

 だからきっと、ただ単に間が良かっただけなのだと、そういうことだと思う。

 

「……何ですか、それは」

 

 どこか掠れた声で、それでも桜ちゃんは、私を睨んでいた。

 一緒のはずの人なのに、どうしてだか差を感じてしまうから。

 そんな気持ちだと、私は容易に想像がつく。

 きっと、何か辛いことが桜ちゃんにもあるだろうから。

 気持ちを重ねると、すぐに分かってしまう。

 

「ねぇ、桜ちゃん」

 

 だから、私は問いかけてみた。

 もし、桜ちゃんが望むなら、だけれど。

 

「一緒に、笑ってみない?」

 

 そうすれば、桜ちゃんも分かるような気がするから。

 どうして、私が笑っていられるのかと。

 そうすることで、きっと通じるものもあるのだろと。

 

「……出来ると、思いますか?」

 

 重い口調で、桜ちゃんは零した。

 どこか嘲りと自嘲する込めて。

 そして苛立ちも含めて、彼女は言葉にしたのだ。

 

「笑えることなんてないのに、笑顔なんて……できないです」

 

 ……それは、分かる。

 衛宮君に出会う前は、毎日が歪んだ線で構成されていたから。

 見るもの全てに、恐怖を感じずにはいられなかったから。

 

 ――でも、でも、だけれど!

 

「切欠さえあれば、笑えるんだよ」

 

 私はそう言って、桜ちゃんに手を差し出した。

 ……すごく、すごく怖いけれど。

 ただでも、儚い子なのに。

 壊してしまわないかと、ひどく不安になるけれど。

 

 ――それでも、

 

「だから桜ちゃん、友達に……なってみないかな?」

 

 どこか私達は似ていたから。

 放ってなんて置けない子だと思うから。

 だから私は、勇気を振り絞って、桜ちゃんへと手を差し伸べて。

 すると、桜ちゃんはキョトン、と可愛く小首を傾げると同時に、

 

「……八家先輩は何を怖がってるんですか」

 

 どこか不思議そうにそう言った。

 

 図星過ぎて、背中に冷たいものが走り始める。

 それだけに、桜ちゃんは繊細だったから。

 見た目だけじゃなくて、線の数も人より多かったから。

 普通ではないであろう所にも、まるで二人分の命を背負っているかのように。

 だから、頭を撫でるだけで、こときれるんじゃないか。

 そう思ってしまう程に、彼女は脆く見えるのだ。

 

 そうして、咄嗟に私が言えたことは、

 

「友達になろって言うの、結構勇気がいるのよ」

 

 そんな誤魔化しだけで。

 

「……馬鹿みたいです」

 

 そう言って、桜ちゃんは私の手を、しっかりと握ったのだった。

 どこか戸惑いがちに、それでも意志を持って。

 ――やっぱり、人の肌は暖かかった。

 

 

 

 

 

「笑えそう?」

 

「……すぐには無理です」

 

「仕方、ないね」

 

 結局、この日は桜ちゃんが笑うことは無かった。

 何処かに、笑顔を忘れて来ちゃったようだから。

 思い出せないんだと、私はそう思う。

 

「何時か、桜ちゃんも戻れるよ」

 

「……かも、しれないですね」

 

 読み取れない表情で、桜ちゃんは淡々と呟く。

 しかし、何処かに期待もあるようで。

 

「……変われたら、いいですね」

 

 もう、無理ですとは言わなかった。

 今は、それで良いんだと思う。

 無理はせずに、一歩ずつ歩けば良いのだから。

 

「困ったことがあったら相談に乗るわ」

 

「……でも、八家先輩は、あまり頼りにならなさそう」

 

 結構、ズバリとものを言ってくれる。

 正直が美徳なんて言葉もあるけど、必ずしもそうである訳ではない典型。

 でも、それはそれで心地よいものがある。

 

「友達、なんだから。

 それくらいは当然なのよ」

 

 どこか先輩風を吹かして、私はそんな事を言って。

 

「……八家先輩、図々しい人」

 

 桜ちゃんの回答に、本気で血涙を流しそうになってしまっていた。

 それでも、どこかスッキリした感覚で、私は間桐邸を後にした。

 結局、間桐君と衛宮君が何をしてたなんて分からなかったけれど。

 きっと、私がこの家に来た役目は果たしただろうから。

 

 

 

 

 

 後日、衛宮君の家に、桜ちゃんが顔を出すようになったことを知って、私は天を仰ぐことになることになった。

 何だか分からない胸のモヤモヤが膨らんできて、無性に泣きたくなって。 

 

 それでも、私に報告しに来た桜ちゃんは、どこか緩くであるけれど、確かに笑っていて。

 だから私も、どこかが暖かい気がしていたのだ。




主人公のポンコツさがきっと売り。
魔眼殺しがなくて辛い毎日、誰か助けたげて(棒読み)。

……何げに、次の話が2000文字くらい書き差しで放置されてます。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。