ペンギンのおもちゃ箱   作:ペンギン3

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理想郷のチラ裏にぶん投げた物体。
神様転生、チートなど、地雷要素が隠れてない一品。
一発ネタそのものだけれど、何時か続きが書きたい作品の上位だったりする。


衛宮士郎が大好きな女の子が、一人増えました 1話(Fate)

 私には好きな人がいる。

 焦げ茶色に近い赤色の、きっと笑えばドキっとするであろう顔。

 何時も人助けをしている彼、みんなを助けている彼。

 だから、私も助けを求めたのだ。

 誰でもない、正義の味方が彼だったから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「転生特典?」

 

 目の前に、神様を自称する人がいた。

 あまりに突飛に、お前は死んだ、そして今から転生すると伝えられたのだ。

 冗談、そう笑い飛ばそうとした。

 でも、今いる場所は? とそう聞かれて、私は困惑したのだ。

 

 何とも形容し難い場所。

 敢えて言うのなら、油を水にぶちまけた様な模様が浮かんでいる、そんな場所だった。

 端的に言って、気持ち悪い。

 認識した途端、えずきそうになる。

 だからこそ、ここは人がいるべき場所じゃないと、それが分かったのだ。

 

 そんな中で、何が欲しい? と神様は聞く。

 正直、私はそれどころではないのだけれど。

 でも、しつこく、それに何度も、鬱陶しいくらいに神様は繰り返したのだ。

 特典は何か? と。

 

 早くここから解放されたくて、私は気分の悪い頭のままで思考を回す。

 そして、そも、特典とは何かということに行き当たる。

 正直、意味不明すぎた。

 それを吐き気を催しながら聞くと、神様はなんでも、と答えたのだ。

 自分が欲しい、例えばアニメの能力でも、と。

 

 あぁ、なるほど。

 要するにこの神様に頼めば、スペシウム光線が撃てるようになるらしい。

 そんなものは頼まないけれど。

 

 そこで私が想像したのは、ちょっと前に弟と見ていたアニメ。

 確か『空の境界』だったと思う。

 主人公がすごい目を使って、相手の人と戦ったり、救ったりする話。

 最後までは見てないけれど、印象が強い作品だった。

 作画がとっても綺麗だったからかもしれない。

 

 だから特典を急かす神様に、私はその能力を告げた。

 確か……直死の魔眼、だったかな。

 おっかない名前、でもこれで人が救えるのだから不思議な能力。

 

 神様は頷いた。

 その瞬間、私達がいた場所は泡のように弾け飛ぶ。

 あとに残ったのは――唯の暗闇、どこまでも暗い空間。

 不安にさせる色を持った空間だった。

 そうして、妙に嫌な感覚に囚われながら、私の感覚は堕ちていく。

 

 その最後の瞬間に願ったこと、それは……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 私は生まれた、おぎゃぁという、平均的な赤ちゃんの泣き声と共に。

 元気な女の子ですよ! と大声が響く中で、私はぼんやりと思う。

 あぁ、本当に生まれ変わってしまった。

 ひどく奇妙な感覚。

 どうしてだか分からないけど、どこか浮いているようにも感じる。

 気分的には、ここはどこ? 私は誰? である。

 

 名前はすぐに分かった。

 八家紫姫(はっけしき)だそうだ。

 私に母であろう人物が話しかけてきたから、間違いはない。

 

 両親の会話は断片的で、拾える部分はごく僅か。

 でも、父が占い師をやっているということだけは分かった。

 苗字が八家、生まれたばかりの頃は八卦だと信じて疑わなかった。

 出来過ぎた符号が、そう思い込ませていた。

 だから違ったと分かった時、一人赤くなっていたであろう。

 自分の顔は見えないから、分からなかったけれど。

 

 そうして、淡々と時が流れる。

 赤ちゃんの時は、寝て食べて出して、の3拍子で時間が流れるため、昼か夜かが曖昧なまま時間が流れていった。

 それだけ不規則なルーチンだったのだ。

 よく泣いてしまっていたので、母、もといお母さんには迷惑をかけたと思う。

 夜に泣くと面倒くさそうな顔をしたけれど、それでもすぐに笑いかけてくれたのだ。

 

 愛してくれている。

 それが分かるが故に、罪悪感が私には存在した。

 私はあなたの娘なのか、そう思うことが多々あったのだ。

 純粋に、記憶まで無くなっていれば、そう思うことも多かった。

 だけれど私に出来ることなんてなくて、母の愛を一身に受けて私は育ってしまった。

 

 父も、忙しい中でよく私に構ってくれた。

 父のほうずりで、髭ジョリジョリが決まり、私の肌から血が出たときは、母が父を右ストレートで吹っ飛ばしてたけれど。

 それでも本当に分かりやすく愛してくれていた。

 ……だから、私は何時の間にかそれに浸っていた。

 愛をくれる両親から、無条件でそれを受け取り、私は実に健やかに育ったのだ。

 

 家の場所はマンション。

 占い師は、このご時世あまり儲からないらしい。

 あまり裕福な生活ではなかった。

 でも、居心地は良い家。

 私はすっかり、二人の娘になっていた。

 何もかもが馴染み、すっかりこの家族の一員として型にはまって幸せ真っ只中。

 そこで私は、ふと思い出したことがあった。

 

 転生特典、確か直死の魔眼。

 あれはどうなったのだろうか?

 それを思い出した。

 今の私は至って普通の目、健康児そのもの。

 その代わりに、何の特殊能力も備えていない。

 不思議に思った。

 でも、唯それだけ。

 どうでもよかったから、そのまま流してしまっていた。

 私が6歳、転生がどうとか、すっかり薄れてしまっていた時に、最後に思い出した記憶である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そうして、今。

 私は死にかけていた。

 紅い紅い火の中で、私は目を閉じていた。

 何か波動のような広まった時に、私の目と体は、どうしてか動かなくなった。

 そして私の目と体が動かなくなった瞬間――紅が来た。

 

 お父さん、今日は休日だよと言って、家で占い道具を手入れしていた。

 そんな彼は、今は真っ黒。

 燃え盛るマンションから、寝ていた私を連れ出した所で力尽きた。

 

 お母さん、今日の晩御飯を買いに行ってた。

 あちこち焼け爛れている。

 でも、生きてる。

 マンションから放り出された私を抱えて、歩き出した。

 近くにあった黒が、お父さんだとは気付いていない。

 

 歩いて、歩いて、歩いて――

 

 紅の空間を、ひたすらに進み続けて。

 そこで、お母さんは私を抱えたまま力尽きた。

 もう5キロは歩いていたんだと思う。

 ボロボロの体を押して、頑張って進んだんだ。

 

 お母さんごめんなさい、迷惑かけてごめんなさい。

 そう声に出して、目を見て謝りたいのに……。

 どちらもピクリともしない。

 

 両親が守ってくれたから、私の体に大した傷はない。

 だけれど、守っていてくれた両親はもういない。

 紅い荒野に、私は投げ出されてしまっていた。

 どう見ても絶望、このまま両親の後を追う。

 もしかしたら、それは幸せなことだったのかもしれない。

 

 でも、それは許されなかった。

 私を救い上げた人がいたから。

 

「ほぅ」

 

 黒のカソックを着た人が、私を見て嗤った。

 近くの母の死体を、興味深そうに観察していた。

 その情景に、何だか無性に腹が立ってしまった。

 母の死が、辱められているようで。

 早く行けと、心から思ったのだけれど。

 

 ――でも

 

「生きているか」

 

 彼は私を見て、そう判断して。

 私の襟首を掴んで、そのまま歩き出した。

 彼の表情は動いていない、まるで何も感じていない。

 

 私は、この人が怖かった。

 こんな地獄で、平然としている人が。

 死んでいるものを見て嗤い、生者を見てつまらなそうにする彼が。

 

 誰か助けてっ!

 それが何よりの、私の願い。

 この地獄より逃れたかった、この神父より離れたかった。

 

 ――誰か、誰か、誰かっ!

 

 必死に願う、救いの主を。

 でも、誰もいない。

 この場の私の救いの主は、この黒い人しかいない。

 死者を見て、もっと言うと苦悶の表情を見て笑う彼に、涙を流しそうになりつつ、私は彼に連れられる。

 そうして、ようやく、地獄を抜けた。

 

 地獄の外は、阿鼻叫喚とかしていた。

 レスキュー隊みたいな人や、救急車、消防車などが大挙して押し寄せていて。

 私は臨時の避難所テントのようなところに放り込まれた。

 

 そこで、ようやく私は安心できたのだ。

 地獄から抜け出せて、黒い人から離れられて。

 そこでプツっと、テレビの電源が切れるように、私の意識は途切れた。

 それは一種の、救いでもあった。

 

 

 

 

 

 それからの、私……。

 

 私は繰り返し夢を見る。

 目を覚ますことなく、何度も何度も、あの紅い日のことを。

 お父さんが死んで、お母さんが死んで、死にゆく人をいっぱい見て、死んだ人をいっぱい見て、神父さんが嗤う。

 そんな、夢。

 

 でもそれは、画面越しの光景。

 どことも分からない揺蕩う空間で、私はそれを見ていた。

 

 最初の時は、正気でそれを見て、私は泣き叫んだ。

 父と母とが死んで、その他の人も沢山死んで。

 気が狂いそうで、でも何故か正気を保ってしまって。

 

 そんなのを見て、見せられ続けて、私は段々と麻痺していく。

 死を見ても何とも思わず、肉親が死んでも切なくなるだけで。

 私は死に慣れきってしまっていた。

 その過程は、まるで家畜を躾けるように、私は死に浸っていた。

 

 そして肩までドップリと死に浸りきった時に、ようやく私は目を覚ませた。

 そこは病院で、白いシーツが最初に目に入った。

 

 ――何か、不思議な線と共に

 

 

 

 

 

「大丈夫か、紫姫」

 

「えぇ、大丈夫よ、お爺ちゃん」

 

 私は今、祖父、お爺ちゃんの運転する車に乗っている。

 病院から、ようやく退院できたのだ。

 

 あの紅い日。

 神父さんが助けてくれたあと、お爺ちゃんが無事に私を見つけてくれたそうだ。

 お爺ちゃんが、あの日のことをつらつらと語ってくれた。

 

 お父さんとお母さんが死んだこと。

 私が寝ている間に、2年の時が流れていたこと。

 これからは、お爺ちゃんの家に引き取られて暮らすことになること。

 その場所は、新都の隣の深山という場所だということ。

 その他色々なことを、お爺ちゃんは聞かせてくれた。

 

 それを聞きながら、外の風景を見る。

 人、公園、緑、建物。

 昔、お父さんとお母さんと見たときは、当たり前で、だけれども尊かった光景。

 ……それが、今は歪んで見えてしまう。

 

 所々に線が入って、撫でれば壊れてしまいそう。

 お医者さんが言うには、あの時のショックで精神が疲れているんだそうだ。

 確かに、私はおかしくなっている自覚がある。

 ……だって、だって。

 

「こんなにも世界が死んでるのに、私は何とも思わないんだから」

 

 呟く、確かめるように。

 線だらけの世界を見回しながら。

 今乗っている車にも、線が見える。

 今見ている風景にも、線が見える。

 お爺ちゃんの体にも、線が見える。

 そして理解できていることが一つ、この線に刃物でも突き立てれば、簡単に壊れてしまうこと。

 

 世界がこんなにも脆い。

 でも、私の心は動かない。

 繰り返し見た死が、私をこの世界に慣れさせていた。

 

 ――だから私は、涙を流す。

 

「紫姫、どうしたっ」

 

 お爺ちゃんが、驚いた風にこっちを見る。

 バックミラーから、泣いてる私が見えたのだろう。

 

「ううん、何でもないの」

 

 首を振りながら、私は答える。

 だってそうだもの、何で泣いてるか、私はわからない。

 世界が変に見えるとか、そんな理由ではないのは確か。

 両親の死がそうだというのも、また違う。

 あの人達の分は、あの繰り返す世界で枯れるほど流したから。

 

 では何故? 自問自答する。

 両親は死んだけど、大好きな人はまだ残ってる。

 お爺ちゃんだってそう、私は大好き。

 だったら何で泣いてるの?

 

「紫姫……」

 

 お爺ちゃんが私の名を呼び、車を停めた。

 何度と思っていたら、直後にギュッと抱きしめてくれた。

 暖かい、人肌ってこんなにも暖かいんだ。

 皺皺のお爺ちゃんの肌、それでも暖かさは平等で。

 ひどく、両親のぬくもりを思い出させて。

 

 だから、だからこそ――

 

「ダメ! お爺ちゃん!!」

 

 私はお爺ちゃんを拒絶していた。

 

「紫姫?」

 

 びっくりしたお爺ちゃんの顔。

 でも、本当にダメなのだ。

 

「違うの、お爺ちゃんのことは好き。でも、ダメなの!」

 

 こんなこと、上手く説明なんてできない。

 お爺ちゃんを触れば壊してしまうかも、なんて。

 そんなことは言えない。

 自分で言って、意味不明なのがわかるから。

 錯乱してると思われたくないから。

 

「……お爺ちゃん、家に帰ろ」

 

 静かに、私はそう言って誤魔化すしかなかった。

 お爺ちゃんの、困ったような顔が印象的だった。

 

 

 

 

 

 お爺ちゃんの家は一人暮らし。

 昔ながらの、日本のならでわの木造建築。

 お婆ちゃんは、私が生まれる前に病気で死んじゃったらしい。

 

 お爺ちゃんは、私を除いたら一人ぼっち。

 私もそう、お爺ちゃんがいなければ、一人ぼっち。

 そう考えると、しっかりしなきゃと思えてくる。

 お爺ちゃんを心配させないようにと、そう思う。

 

「行ってきます、お爺ちゃん」

 

「気を付けていけ、紫姫」

 

 庭先の、落ちた葉っぱを掃いているお爺ちゃんにそう言って、私は学校に行く。

 赤いランドセルを背よって、焦げてたので切った黒髪が、また長くなってきたのを嬉しく思いながら。

 現在12歳、お爺ちゃんに引き取られて4年の月日が経っていた。

 

 

 私は2年間、寝こけていたけれど、小学生の勉強自体はひどく簡単。

 だって、伊達に生まれ変わってはいないもの。

 人生、強くてニューゲーム状態。

 故に、私は年齢のままの学級に、転校生という体でそのまま入学したのだ。

 小学2年生の夏休み明け、それが私の学校生活の始まりだった。

 半ば揚々と、入学した私。

 だかれど、それが常に有利に運ぶとは限らない。

 色々と、唯の小学生とは勝手が違ったのだ。

 

 そしてごく自然に、こういう風聞が広まっていった。

 ――転校生、八家紫姫が変わり者。

 ごく当たり前に、馴染めなかった私は変人として扱われたのだ。

 

 私は、極度に人と触れ合うのを恐れてる。

 触れば壊してしまいそうで、私は人を壊したくなくて。

 だから挙動が変になる。

 プリント一つ渡すにも、給食当番で食器を手渡す時も。

 そして触られた時に、ビクッと過剰に反応してしまう。

 それは徐々にだけれど、私の異物感を、周りの子達に段々と広めていった。

 

 周りは、いまいち私との距離を測りかねてる。

 私は、周りとどんな距離感で接すれば良いかが分からない。

 故に互いに手出しができない。

 そしてそれは、私に対しての無視という形で、その姿を現したのだ。

 

 別にそれは、私は何とも思わない。

 だって、私も周りと自分がズレていると認識してたから。

 だから逆にそれはありがたく思った。

 最低限の、事務的なことはちゃんとしてくれたし。

 

 だけれど、ここでも私は泣いてしまう。

 こっそりとトイレで、誰も見ていない授業中に。

 お腹が痛いと抜け出しては、こっそりと泣くのだ。

 

 何故? また自問自答する。

 答えは何となく、分かっていたけど。

 

 それは、寂しいからだ。

 冷静で、理性的な私がそう答える。

 もしかしたら、心の底で思っていたのかもしれない。

 学校で友達が出来て、バラ色とまでは行かないも、普通の生活を送れる、と。

 だけれど所詮は夢物語。

 何となく、自分が泣いてしまう理由が分かってしまった。

 

 子供でもいいから、友達が欲しかった。

 上からの目線、普通はこんなことでは友達なんてなれやしないのに。

 でも私は、自然とそんな目線を持ってしまっていた。

 まるで妥協しているみたい、こんな奴とは誰も友達になんてなりたいとは思わないだろう。

 わかってる分、余計に泣けてくる。

 

 余談だけれど、私が授業中よくトイレを理由で抜け出すから「妖怪ウンコ女」、「トイレの花子さん」という素敵なあだ名を頂いていた。

 主に男子がそう呼んでいる。

 タンスの角に、小指をぶつけてしまえばいいのに!

 

 

 

 

 

 そして中学。

 進級しても、結構顔なじみが多いこのご時世。

 当然の如く、またも孤立した。

 そして私の泣き虫癖も、未だに治らない。

 

 こんなに泣き虫だったか?

 そう自問自答する。

 答えは簡単だった。

 ――あの日からだ。

 故に私は諦めた、もうどうしようもないと。

 殆ど、性分のようになっていたから。

 そんな判断を下したのだ。

 

 

 

 そうして毎日を繰り返す、ある日のことであった。

 その日はたまたま、夕暮れが染み渡る時に涙を流していた。

 できるだけ人目につかない場所、その時は屋上だった。

 

 太陽は大きすぎるのか、例の線は見えない。

 眩しいけれど、ホッとする。

 だからか油断してたのだ。

 

 きぃ、と屋上のドアが、開かれる音がする。

 

「ん? 誰かいるのか?」

 

 男の子の声、思わずドキっとする。

 それは決して恋なんかじゃなくて、現在進行形で泣いていたから。

 慌てて、制服の袖で顔をゴシゴシと擦る。

 

「お前は、確か」

 

 男の子がこっちを見て、何かを思い出そうとしている。

 そして、あぁ、と漏らして私の名前を確かめるように、言った。

 

「八家紫姫、だったよな」

 

 首を縦に振り肯定すると、そっかと彼は納得したように、うん、と頷いた。

 

「もしかして、泣いてたか?」

 

 気にするように、彼は尋ねてきた。

 涙は乾いていたはず、でもそんなことを聞かれるとは……。

 

「なんで、そう思ったの?」

 

 疑問が浮かんだので、素直に聞くことにした。

 素直そうな男の子だから、誤魔化されることはないと思って。

 

「目の下が真っ赤だぞ。そんなんじゃ、誰が見ても泣いてるってわかる」

 

 噂にもなってるし、とボソッと彼は呟いた。

 そっか、分かるレベルなのか、これは……。

 それに気がついたら、何だか無性に恥ずかしくなってきた。

 そして気が付く、泣いてる跡があるのならば、と。

 

「泣いてるの、みんなにバレてる?」

 

 恐る恐ると尋ねる。

 誰にもバレないように、こっそりと泣いていたのに。

 そんな馬鹿なはずはないと。

 だが、無慈悲にも彼は肯定した。

 

「泣いてるあと、目立ってるから。そのせいで噂が独り歩きしてる」

 

 ……一生の不覚だ。

 まさかお爺ちゃんにもバレてることなんてないよね?

 き、聞かれてないし、多分大丈夫だと思う。

 

「何か、泣きたいことがあるのか?」

 

 彼が、踏み込んだ質問をしてきた。

 場合によっては、お節介とも言える行為。

 だけれど、真剣な彼の目は、明らかに親切でものを語っていた。

 

「私のことなんて、どうでもいいと思うの」

 

 でも、久々の親切にどうすれば良いのか分からなくて、私は突っぱねてしまっていた。

 きっと、泣き虫な私を心配してくれての言葉だったはずなのに。

 ……だけど、こうしないと、また泣いてしまいそうだから。

 そんな理由で、私は強がってみたのだ。

 

「そんなことはないっ!」

 

 だから、彼の強い否定は、私を驚かせるに十分な働きを持っていた。

 

「どう、して」

 

 震える声で聞いた。

 今にも泣きそうな声で。

 

「女の子は泣かしちゃだめって、親父が言ってたんだ」

 

 ぶっきらぼうに、彼はそう告げた。

 どこか自慢げに、どこか誇らしく。

 そして私は、やっぱり、泣いた。

 ヒック、ヒックと、情けない声を上げて。

 

「おい! 八家!? 何で泣いてるんだ、俺何かしたか!?」

 

 混乱している目の前の男の子。

 でも、安心して欲しい。

 今は悲しくて泣いてるんじゃないのだから。

 私が泣いているのは――嬉しいから。

 お爺ちゃん以外の優しさに、久しぶりに触れたから。

 

「き、み、なま、え、は?」

 

 グズグズの涙声で、そう聞いた。

 彼は困惑の表情のまま、困った顔でこう告げた。

 

「衛宮士郎だよ。そんなことより、泣くなっ。俺はどうすれないいんだ!?」

 

 良い感じに混乱している男の子――衛宮君。

 衛宮士郎、良い響きの名前だと、私は思った。

 

「きみ、は、やさ、しいね」

 

 泣いているけれど、懸命に笑顔を作ろうとしながら、私は言う。

 まるで馬鹿みたいだ、こんなに泣きじゃくって。

 

「えっと、大丈夫か?」

 

 彼は困った表情のまま、あたふたしていた。

 そして思い出したかのように、ハンカチを差し出してきた。

 

「ハンカチ、使っていいから」

 

 これで涙を拭けということだろう。

 本当に、親切な子だ。

 

「ありがとう、君はまるでヒーローみたいね」

 

 ちょっと恥ずかしいことを知ってしまった気がする。

 赤面もの、いや、もう赤くなっていると思う。

 

「いや、俺はどっちかというと……」

 

 最後の方で、彼の言葉は尻すぼみになった。

 何か言い難いことなのか。

 

「聞きたいわ、衛宮君はどっちかというと何なのか、教えてくれる?」

 

 私は、不思議と彼に興味を持っていた。

 彼の人間性を好ましく思ったのか、それとも優しさに絆されてしまったのか。

 どちらにしろ、私が酷くチョロい感じなのだが。

 それでも、自然と彼のことが気になったのだ。

 

「……正義の味方」

 

 照れてるように、小さな声で彼は言った。

 まるで夢みがちな男の子のよう。

 だけれど、

 

「素敵ね、衛宮君」

 

 本当にそう思えた。

 彼は確かに今、私を助けてくれたのだから。

 

 彼は照れたように、下を向いて、どうも、と小さく零す。

 それが彼の童顔と合わさって、とても可愛く見える。

 

「ありがとう衛宮君。私ね、いま気分がひどく楽よ」

 

 こんなにも気分が楽なのは、いつ以来だろう。

 それくらいに、私は調子が良かった。

 

「俺、力になれたのか?」

 

 自信なさげに聞いてくる彼。

 自分が何をやったのか、分かっていないのだろう。

 

「とても」

 

 私は彼に、できる限りの笑顔を浮かべた。

 照れたように、頬を掻く彼。

 

 ――そこで私は、気が付いた

 

「衛宮、くん?」

 

「ど、どうした、八家」

 

 今度はどうしたと言わんばかりに、衛宮君は慌てた声を出す。

 でも問題はそこではないのだ、そうだ何で最初に気づかなかったのだろう!

 

 ――彼は、死の線が少なかった

 

 確かにある、あるのだけれど。

 それは足にあったり、頭だったりの急所だけ。

 何かに守られているように、胴のあたりには線が見えなかった。

 

「衛宮君、あなた……すごいわ」

 

「すごいって、何が」

 

 衛宮君は戸惑ってる、私の言動に。

 それはそうかもしれない。

 はっきり言っても、今の私を客観視すると、非常に情緒不安定だから。

 あ、気付くと途端に憂鬱だ。

 

「衛宮君、ごめんなさい。今日は私、帰るわ」

 

「え、ちょっと、おいっ!」

 

 いきなりこんなことを言われて、彼は驚いているだろうし不愉快だっただろう。

 でも勘弁して欲しい、今は冷却期間が何よりも欲しかった。

 

 駆け足気味に、屋上の階段を下っていく。

 そうして下駄箱で上靴を履いて、急いで私は下校した。

 衛宮君、本当にごめんなさい、そしてありがとう!

 

 

 

 

 

 あれから一週間後、どうにか私は心に整理をつけられた。

 それに、学校で衛宮君に会うと、よう、と挨拶してくれる。

 不義理なことをしたあとなのに、衛宮君は優しいままで。

 それが嬉しく、何よりもありがたかった。

 

 だからこそ、心に決めたのだ。

 今日この日をもって、私は変わろうと!

 

「衛宮君、ちょっといいですかっ!」

 

 ここは衛宮君の教室。

 私は仁王立ちしながら、彼に呼びかける。

 

「八家?」

 

 びっくりしたように、彼は私の名を呼んだ。

 それを確認しながら、私は緊張しながら、こう告げたのだ。

 

「放課後に、体育館の裏で待ってますっ!!」

 

 即座に反転、そしてダッシュ。

 

「お。おい、八家!?」

 

 モロに困惑丸出しの、衛宮君の叫び声。

 まるで屋上の焼き直し。

 でも、そうではない。

 これは新しい始まりの為のものだから。

 

 こうして私は、放課後まで衛宮君から姿を隠しながら、私は学校に潜伏していた。

 休み時間には教室におらず、あちこちを転々として。

 そうして、ようやく約束の時間を迎えたのだ。

 

「待ってたわ、衛宮君」

 

 ドキドキするのを抑えながら、私は震えないように、しっかりと告げた。

 

「八家……」

 

 衛宮君は身構えていた。

 あんな誘い方、まるで果たし状を叩きつけたようなものだから、当然である。

 でも、安心して欲しい。

 私は衛宮君を倒したいなんて、一ミリも思ってないから。

 

「衛宮君っ!」

 

 私は息を吸い込む。

 そして自分に、ありったけの勇気を詰め込んでこう叫んだのだ。

 

「友達になってくださいっ!」

 

 半ば絶叫にも似た叫び。

 そのあとの沈黙は、何よりも痛かった。

 

「あ、そっか、そういうことか」

 

 衛宮君が、そう独白して、そうしてこちらを向いた。

 

「こちらこそよろしく、八家」

 

 衛宮君はそう言って、手を差し出した。

 きっと握手、でも、彼の手には……。

 

 ――線がやっぱり見えていて

 

「どうしたんだ?」

 

 何気なく聞くように、衛宮君は私に聞いた。

 彼にとっては、何気ない行為だったのだろう。

 それでも、やはり怖かった。

 触れれば、壊してしまいそうで。

 

「ちょっと悪い、八家」

 

「っえ?」

 

 それは急だった。

 衛宮君がいきなり、私の手を握って……。

 

「ごめん」

 

 彼は端的に、そう謝った。

 ……私のほうが、ゴメンなのに。

 

「八家の手、結構小さいな」

 

 そういう彼の手は、何時しかのように暖かくて。

 でも、それが怖くて。

 

「大丈夫だよ」

 

 ――そこで、衛宮君がそう言った。

 顔を上げると、すごく真面目な顔をした彼の姿があって。

 

「怖くなんてない」

 

「なん、で」

 

 わかったの? そう続けようと思ったけれど、言葉にならない。

 それほどの驚きで、それほどの衝撃だった。

 

「何時も、怯えてるみたいだったし。嫌ならすぐ離すから」

 

 理解されちゃってる。

 そう思うと恥ずかしくて、逃げ出したくて。

 でも、こうしてたくて。

 

 おかしい、今まではすごく怖いのに。

 ……今は、怖いけど、それでも触れていたい。

 そう感じている。

 本当に、おかしい。

 

「よろしく、衛宮、君」

 

 私はそれを言うのが精一杯で。

 

「あぁ、よろしく、八家」

 

 彼のその答えに、歓喜すら覚えた。

 握手している手の感覚、それは何よりもと尊くて。

 せめて壊さないように、優しく、丁寧に、彼の手を握り返した。

 初めての、友達の手を。

 

 

 

 

 

 それが始まり、私たちの関係の。

 いつまでも、いつまでも、続いて欲しいと思った輪の始まり。

 私と、衛宮君と、桜ちゃんに、藤村先生。

 ついでに間桐君との、輪っか。

 私はそれが何よりも大切に思っている。

 

 だからね、衛宮君。

 私はあなたを助けたい。

 心の底から、本当に思っているの。

 だから助けて欲しいならいつでも言ってね、すぐに助けるから。

 でも、衛宮君は我慢するタイプだしね。

 助けなんて、そうそう求められないよね。

 

 ――だったら、衛宮君が困ってたら、私が勝手に助けてあげる。

 余計なお世話かもしれないけれど、それは私なりの恩返しだから。

 どんな時でも、助けるから。

 それがたとえ、紅に満ちた怖い場所でも……。


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