鍍金の英雄王が逝く   作:匿名既望

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ようやくセイバー組が登場。終わりが見えてくるのですが……


第08話 聖杯戦争の落としどころ

>>SIDE OTHER

 

 大聖杯に異変が生じた二日後、ランサー組ことケイネス・エルメロイ・アーチボルトとソラウ・ヌァザレ・ソフィアリは冬木を離れ、ロンドンへと戻っていった。

 

──無期限中止の聖杯戦争にいつまでもかかわっていられるほど暇ではない。

 

 というのが辞退の理由である。

 

 その後、魔術協会はケイネスの口から此度の聖杯戦争の詳細を把握していくことになる。

 

 すべての発端は前回の聖杯戦争でアインツベルン家が儀式をゆがめてしまったところにある。これにより聖杯戦争の術式に“この世全ての悪(アンリマユ)”という汚物が混入したため、聖杯から願望器としての機能が失われてしまったのだ。

 

 これを看破したのは遠坂時臣が召喚したアーチャーだった。即座に事実を看破したアーチャーは、所持する宝具によって契約を打ち切ったばかりか、令呪そのものを奪い、自主的な行動を開始してしまう。

 

 その後、アーチャーはキャスターを召喚。そのマスターとなった。

 

 ほどなくして何らかの手段で、遠坂時臣の弟子にして監督役・言峰璃正の息子である言峰綺礼よりアサシンの支配権を奪取。その令呪も奪ったらしい。

 

 この時点で教会は聖杯戦争の無期限中止を宣言しているが、アーチャーはそれを無視するかのようにランサー、バーサーカーにも手を伸ばした。

 

 ランサーのマスターであるケイネスに対しては取り引きを提示。ケイネスは熟考の末、聖杯戦争再開の目途が立たないことを理由にこれを受諾。ランサーの支配権を渡し、令呪を放棄する対価として、魔術的に貴重な何かを入手した。

 

 なお、何を得たかは魔術師の秘事として秘匿されている。これを責める声もあるが、もとより魔術師は秘密主義の集団だ。かろうじて錬金術に使われる貴重な素材らしいとの噂は流れたものの、万能の願望器である聖杯に至る権利の対価だと考えれば、むしろ安い取り引きであったかもしれない、というのが多勢を占める意見である……

 

 一方、バーサーカーに関する出来事は過激の一言。ケイネス自身がアーチャーより聞いたことをすべて信じるとすれば、此度のバーサーカーのマスター、間桐雁夜は間桐家の養女である間桐桜の治療を望み、聖杯戦争に参戦したらしい。

 

 なんでも、当主・間桐臓硯は遠坂時臣から次女を“間桐の魔術師”にするという約束で養女に迎え入れたが、実際には人喰いに落ちていた間桐臓硯の餌を生み出し続ける出産装置になるよう体の調整が進められていたのだとか。これを知った間桐雁夜は、間桐臓硯への嫌悪感と幼馴染みである遠坂葵の娘を救うためにマスターになったというわけだ。

 

 だが、マスターになった時点で、すでに間桐桜の調整は後戻り不可能な段階まで進んでいた。それを知った間桐雁夜は間桐臓硯を深く恨んだが、彼自身には魔術的に当主を裏切れない仕掛けが施されており、復讐も果たせなかった。そこで、間桐雁夜はアーチャーに取り引きを持ち掛けた。

 

──間桐家を滅ぼし、私も、桜も、すべて人として弔ってくれるなら……なんでもする。

 

 バーサーカーの支配権と令呪を譲り受けたアーチャーは、約定通りに間桐家を潰した。

 間桐雁夜も、間桐桜も人として弔った。

 そして、間桐臓硯も滅ぼした。

 

 ……実際にはメディアによる治療を経た雁夜と桜は──特に桜は記憶も魔術的才能も消し去ったうえで──過去を捨て、新天地へと旅立っているのだが、そうした事実は完全に潰されている。

 

 なにしろ間桐雁夜と間桐桜の遺体が存在していたのだ。

 

 用意したのはギルの指示を受けたメディアである。毛髪から即席のホムンクルスを作り、それらしい細工まで施したのだから、さすがは神代の大魔術師といったところだろう。

 

 閑話休題。

 

 こうして誰もが予想しえない展開を示している此度の聖杯戦争。その元凶であるアインツベルン家は長く沈黙を保ち続けていった。各方面から脅迫にも等しい抗議がありながらも、彼らは自らの領地に引きこもり、なにひとつ動きを見せなかったのだ。

 

 そうした状況が変化したのは聖杯戦争開始から、約半年後のことになる。

 

 すでに季節は冬を過ぎ、晩夏を迎えていた。

 

 おかしな聖杯戦争は、実にあっけなく、ただ一度の戦いで終わりを告げることになるのであった……

 

>>SIDE OUT

 

 

 

>>SIDE ギル

 

「陛下。ようやくアインツベルンが重い腰をあげました」

 

 洋館の応接間で俺と相対しているのは、ようやくいろいろな意味で落ち着きを取り戻してきた遠坂時臣その人だった。

 

 最初に呼び出したのはケイネス先生が帰国した翌日のこと。

 もっとも、すぐには訪れなかった。

 時臣は時臣であちこちと連絡をとりあい、悩み、苦しみ──呼び出しから四日後、ようやく洋館を訪れたのだ。

 

──お久しぶりです、陛下。お呼びとのことですが、どのような用件でしょう。

──養女に出したおまえの娘についてだ。

 

 俺はケイネス先生に伝えた間桐家のウソ話を伝えた。どうやら時臣自身、ケイネス先生の報告を何かしらのルートで手に入れていたらしく、桜の偽遺体を引き渡すと神妙な面持で受け取った。

 

 その後、アサコに監視させると、時臣は魔術的に偽遺体をくまなく調査したことがわかっている。もちろん、神代の魔術師であるメディアの偽装を見破れるわけもなく、体内が蟲により変質した跡を発見したところで号泣。偽遺体を妻と幼い遠坂凛にも見せ、家族三人、悲しみにくれながら──魔術的な悪用をさせないために──火葬に伏し、冬木教会にある遠坂家の墓へと埋葬するに至った。

 

 後日、改めて時臣を呼ぶと、今度はすぐ訪れた。

 

──陛下。桜のこと、深く感謝いたします。

 

 話ができるようになったところで大聖杯についてメディアも交えてあれこれと語りあい、さらに後日、言峰璃正も呼びつけ、とりあえずの協定を結ぶことにした。

 

 言ってしまえば相互不干渉。ただ、基本的に冬木の防衛に関して、オーナーである遠坂家の要請があればそれに協力。もし次の聖杯戦争が起きた場合、監督補佐として監督に協力する。そういった簡単な取り決めを交わしあった、という感じだ。

 

 これに伴い、大きくふたつのことをしている。

 

 ひとつは戸籍の入手。

 

 苗字はゴールデン。時臣に任せたらこうなった。

 

 ギル・ゴールデンこと俺が戸主。二十四歳。

 メディア・ゴールデンは妻。同じく二十四歳。

 アサコ・ゴールデンは妻の妹。二十歳。

 ランサー・ゴールデンとバーサーカー・ゴールデンはメディアの従兄弟で二十三歳と二十九歳ということになっている。

 

 年齢と続柄はメディアに任せたら、こうなった。どうしてこうなった。

 

 なお、俺とメディアについては真名を隠す気ゼロだ。すでにその筋ではこっちの真名がバレバレなのでランサーとバーサーカー以外は牽制の意味で明かす方向にしている。

 

 いずれにせよ、公的な立場を整えると共に、俺たちは本格的に残存できる体制を整えることにした。もちろん、使うのは【偉大なる神々の家(バビロン)】だ。

 

 言ってしまえば、大聖杯だけでなく、【偉大なる神々の家(バビロン)】とも結びつくことで弱体化することなく残存できるようにしただけだが、メディアの魔改造を受けた【偉大なる神々の家(バビロン)】は大神殿より上の大要塞の域へと進化してしまい……これ、真祖の姫とか遊びに来ないよな? 大丈夫だよな???

 

 なんにせよ。

 

 セイバー組がどうしているのか謎だが、俺たちは表向きにも魔術的にも堂々と冬木市に長期逗留できる体制を確立。それを受け、俺は正式に洋館を自分のものにする手続きを行った。

 

 念のため【王の財宝】から出した大量の宝石を格安で時臣に売りつけ軍資金を確保、バブル崩壊まっただ中なので軽く先物で勝負し、軍資金も新たに用意したのだが、気が付けば濡れ手に粟の大金持ちになっていたのは完全な余談だと思う。

 

 というか、なんとなく【黄金律】の限界を確かめようと万遍なく株を買ってみたら、株価下落が止まってしまった。【黄金律】ぱねぇ。世間では急落の反動と報道されているが、これ絶対、俺の【黄金律】のせいだ。ほんと、すさまじいスキルだな、おい。

 

 閑話休題。

 

 軍資金ができたので籠城のために物資の鬼買いを開始。ついでに、せっかく『Fate/Zero』なのでYAMAHA V-MAXを購入。劇中のセイバーのように甲冑をつけられるか試してみたところ、「セイバー・モタード・キュイラッシェ」ならぬ黄金の「ゴールド・モタード・キュイラッシェ」が生まれてしまった。

 

 なお、車とバイクは現代の馬だ、という俺の主張を真に受けたアサコとランサーとバーサーカーも軽々と免許を取得。ランサーの「ブルー・モタード・キュイラッシェ」とバーサーカーの「フォー・サムワンズ・グロウリー・モタード・キュイラッシェ」と俺の「ゴールド・モタード・キュイラッシェ」でレースをした結果、時臣が土下座しそうな勢いで、お控えください、と言ってきたのはいい思い出だ……

 

 そうそう。

 

 大聖杯に異変が生じてから一ヶ月後、時臣から妙なことを頼まれた。

 

──陛下。ルーマニアと呼ばれる異国にサーヴァントを誰か派遣することはできませんか?

──子細を言え。

──はっ。第三次聖杯戦争に参加していたユグドミレニア家という魔術の家門が冬木の大聖杯を真似た魔術儀式を決行したとか。しかしながら、術式は暴走してしまい、槍を無限に大地から突き立たせる竜にも似た異形のサーヴァントが顕現しただけにとどまりました。すでに彼らの本拠地、トゥリファスは死都と化しているとか。教会の埋葬機関も動いているとの話ですが、聖杯戦争の本家として冬木の管理人である遠坂も対処するようにと、時計塔から要請が来ております。

 

 『Fate/Apocrypha』だ。

 

 同作は第三次聖杯戦争でアインツベルンがアヴェンジャーではなくルーラーを召喚したことでナチス=ドイツによる大聖杯の奪取が成功してしまい、その移送中にユグドミレニア家が強奪。戦争のどさくさに紛れて全てを誤魔化し、ついには大聖杯の再起動にこぎつけたことで魔術協会の権益を時計塔から奪い取るべく決起したところから話が始まっている。

 

 だが、この世界ではアヴェンジャーが呼ばれている。そうである以上、無関係だろうと高をくくっていたが……どうやら、そうでもなかったらしい。

 

 考えてみよう。

 

 ユグドミレニア家は英霊を召喚できる大聖杯をあきらめきれるのか? 『Fate/Apocrypha』に登場するダーニック・プレストーン・ユグドミレニアのことを考えれば、そうやすやすと諦めるとは思えない。

 

 なるほど。この世界では、強奪こそ失敗したが、部分的な模倣には成功したわけか。

 

 だが不完全だったがゆえに召喚したサーヴァントが暴走してしまった。

 呼ばれたのはおそらく原作における黒のランサー。

 暴走しているということは、クラスはバーサーカーあたりか? それとも騎座の術式そのものが不完全な状態のままか? どちらにしろ、その振る舞いからすると反英霊として召喚されてしまい、そのまま制御不能になったと考えるべきだろう。

 

 ……『Fate/Zero』や『Fate/stay night』の世界では、どうだったのだろう?

 

 ユグドミレニア一族のことだ。同じように模倣を試みていた可能性は高い。だが、起動させなかった。しかし、この世界では起動させた。何故か。やはり第四次聖杯戦争が長期戦と化しており、今なら大きな実験を行っても本家の騒動で隠し切れると思ったせいだろう。

 

 メディアに調べてもらったところ、大聖杯は機能不全を起こしているらしい。

 

 当初、アインツベルンは数の差を覆すべく、聖杯大戦の引き金となる予備のシステムを起動させようとしたらしい。だが“この世全ての悪(アンリマユ)”に侵されている今の大聖杯がまともであるはずもなく、数日にわたる儀式を経ても英霊の顕現を補佐する術式が閉じてしまう結果にとどまった。

 

 その影響は……ぶっちゃけ、俺たちには何もない。

 

 俺自身、どうやらすでにサーヴァントではないらしい。というか、異変が起きた時に何も感じなかったことでわかる通り、大聖杯とのつながりがなくなっているようだ。いくらチート転生者(ゲイリー・ストゥ)だからといって、なんでもありすぎて笑うしかない。

 

 そんな俺をマスターとしているメディアやアサコ、ランサーやバーサーカーも状況は似ている。当初は【偉大なる神々の家(バビロン)】の外に出ると魔力の消耗が激しくなったが、メディアが【偉大なる神々の家(バビロン)】を魔改造、ここに自分たちを結び付ける細工を施すことで、問題が解決してしまった。

 

 ……抑止力、仕事しないよな? 大丈夫だよな? 今でも少し不安なんだが。

 

──陛下にこのような雑事をお願いする御無礼、お許しください。ただ、陛下に対する魔術協会の横やりを防ぐには、これが最善かと……

 

 魔術協会の要請を受け入れる態度を見せることで余計な蠢動を防ぐ。

 悪手ではない。だが便利屋扱いは御免こうむりたい。

 と、俺はその時、ひとつの妙手を思いついた。

 

──(オレ)は動かぬ。が、暇をしている英霊が一騎いるぞ。

 

 ライダーだ。そういう面倒事は、面倒な奴に押し付けるに限る。

 

──そういうわけだ、征服王。毎晩毎晩、貴様が【聖娼婦の天蓋付寝台(シャムハト)】を使い倒している代金として、貴様がルーマニアで戦ってこい。

 

 あれ以来、ライダーは【聖娼婦の天蓋付寝台(シャムハト)】を愛用している。これで性格も矯正されると良かったのだが、征服王の性格が宝具程度でどうにかなるものなら世界平和のひとつやふたつ簡単に実現しているだろう。

 

 なお、俺の知らぬ間にウェイバーも【聖娼婦の天蓋付寝台(シャムハト)】に引き入れて楽しんでいた模様。いろいろな意味で大人になってしまったウェイバーは、以後、メディアの助手めいたことを始め、“魔術師としては三流だが研究者・教育者としては一流”とされる自身の素養に気づき始めたようだ。

 

 なにはともあれ、ライダーを【偉大なる神々の家(バビロン)】に結び付け、大量の【豊穣の神乳(アルル)】を持たせた上でウェイバーとライダーをルーマニアに送り込むことにした。その後は黒いセイバーがどうとか、ルーラーがどうとか、獣か何だかの魔術師がカオスでどうとか、ホムンクルスの少年を拾ったとか、埋葬機関のカレーが怖いとか、あっちはあっちでトンデモ大冒険が続いているようだ。冬木が平和なので、別にどうでもよいのだが。

 

 閑話休題。

 

 そんなこんなで厄介ごとをライダー組に押し付け、【王の財宝】の品々を協会や教会に流すことで社会的立場を強化しつつ現代文明を謳歌させてもらっていた俺たちだったが、ようやく最後の陣営、セイバー組が動き出したという知らせを時臣がもたらした、というのが現時点だったりする。

 

「ようやくか。いつごろ、誰が来る予定だ?」

「知らせによると当主息女、アイリスフィール・フォン・アインツベルンがセイバーらしき人物と共に飛行機にて移動中とのことです」

「……二人だけか?」

「助っ人の衛宮切嗣は所在が確認できていません」

 

 なるほど。そうなると……

 

「すでに冬木に紛れ込んでいる、か」

「まさか」

「おまえから受け取った報告書を見る限り、衛宮切嗣は魔術師ではなく魔術使い、それも極端なくらい神秘に頼らない暗殺者そのものだ。侵入者を感知するために結界を用いず、赤外線センサーを用いる。打倒するために眼前で魔術を用いるのではなく、遠方から対魔術的な処理を施した弾丸で狙撃する。そういう相手だ」

「なんと……」

 

 魔術師としての誇りが服を着て歩いているようなこの男は、衛宮切嗣の在り様に眉を寄せて見せた。

 

「いずれにせよ──向こうの対応を見る。素直に聖杯を掃除するなら、それでよし。現実も、無期限中止の宣言も無視し、あくまで聖杯戦争での勝利を目指してこちらに襲い掛かってくるなら、それもまたよし。だが……時臣、念のため、呼び戻しておいた妻子とともに冬木を離れておけ。アインツベルンは信用ならん。冬木の管理者まで妙なことに巻き込まれてしまっては、収まるものも収まらなくなる」

「ご配慮、痛み入ります」

 

 残る懸念材料は言峰綺礼か……だが、奴の愉悦フラグはすでに折っている。

 なんということはない。

 綺礼の性質は神の試練(ディプシリン)ではないか、みたいなことを囁いただけだ。愉悦する方向が信仰に反していることも、新約聖書で語られる誘惑の証左とも言えるわけだし。

 

 すると綺礼は何かを考え込み、先々月、冬木から旅立ってしまった。

 どこに向かったのかは聞いていないし、聞くつもりもない。

 だから大丈夫だろうとは思うが……それでもあの地獄麻婆だからなぁ。

 

 まっ、どうにかなるだろ。そのための準備は、いろいろとしてきたわけだし。

 

>>SIDE END

 

 

 

>>SIDE OTHER

 

 冬木に到着したアイリスフィールとセイバーは、即座にメディアの使い魔によって捕捉された。アサコも監視と追跡を開始。セイバー組は冬木に着くなり、まっすぐ教会へと向かい、そのまま事前に手配していたらしいレンタカーのメルセデス・ベンツ300SLで郊外にあるアインツベルンの城に向かった。

 

 教会の言峰璃正を経由する形でギルにも連絡が届く。

 

──アーチャーと聖杯戦争の今後について協議したい。

──冬木市郊外のアインツベルン城に来られたし。

 

 あからさますぎる罠だ。

 

「メディア。アサコ。衛宮切嗣と久宇舞弥は捕捉できたか?」

「いえ、こっちはなにも……」

「申し訳ありません」

「そうか……」

 

 ギルは今更ながら、セイバー組に時間の猶予を与えすぎたことに気が付いた。これだけの時間があれば、尋常ならざる手段──たとえば市外から地下に穴を掘って少しずつアインツベルン城に移動する等──を使うことも不可能ではない。だが、だからといって自分からヨーロッパに向かい、アインツベルンの領地に殴り込みをかけるのも下策だ。英霊とて無敵ではない。【王の財宝】とて完全な万能には程遠いのと同じように。

 

「まずは使い魔を出す」

 

 ギルのその決定を受け、メディアが使い魔を夜空に放った。

 

 使い魔はほどなくアインツベルン城に到着。開きっぱなしの玄関ホールから入ると、結界による感知で到着に気づいていたアイリスフィールとセイバーが玄関ホールの階段の踊り場で待ち構えていた。

 

「ようこそおいでくださいました、最古の英雄王」

 

 白地に黄金色の装飾が施されたイブニングドレスを身にまとうアイリスフィールが優雅にスカートをつかみあげながら、玄関ホールの中空で静止した不可視なはずの使い魔に向けて挨拶をなげかけてくる。メディアがわざと気配を漏らしているため、容易に気が付いたらしい。

 

 そんな彼女の前、二段ほど階段を降りたところには、スーツ姿のセイバーが油断なく使い魔を見据えていた。

 

──(オレ)を呼びつけるとは、なかなかいい度胸だな。アインツベルン。

 

 ギルは使い魔を通じ、声だけを向こう側に伝えた。

 アイリスフィールは頭を下げたまま、穏やかな声を投げ返した。

 

「貴方様を恐れるがゆえと、どうかご寛恕ください。こちらはできそこないのホムンクルスが一体と、セイバーとはいえサーヴァントが1騎のみ。すでに大神殿の域にある貴方様の居城を訪れるには、あまりにも矮小な身の上なのです」

 

──なるほど。して、今になって(オレ)を呼びつけた理由は、なんだ?

 

「ご相談したいことがございます」

 

──回りくどい。交渉事なら、要求を率直に言え。

 

「こちらにいるセイバーの支配権と令呪を提供します。対価として、大聖杯の浄化がなされた際には、聖杯戦争の勝者としての権利をお譲りいただけないでしょうか?」

 

──ほぅ。そう来たか。

 

 それはギルたちが想定した数ある“アインツベルン家がとりえる選択肢のひとつ”だった。少なくとも、これまでのギルの動きを見ていれば、配下としてサーヴァントを集めているように見えなくもない。そのあたりを交渉材料にする可能性は、すでギルたちも予見していたのである。

 

──だが、セイバー自身は承知しているのか?

 

「無論のことだ」

 

 アイリスフィールの代わりにセイバーが答えた。

 

「ただし、聖杯戦争の勝利者としての権利を私にも認めることが前提だ。もとより貴様は聖杯を自分のものと見定め、これを勝手に奪い合うこと、そのものをよしとしないがゆえに召喚されたと聞いている。ならば戦争帰結後の大聖杯を己のものとすればいい。私も、マスターも、アインツベルンも、それに異を唱えない」

 

──面白い提案だ。だが、疑問もある。なにをもって聖杯戦争の勝者としての権利を行使するつもりだ? もともと聖杯戦争は他のマスターとサーヴァントをすべて脱落させた最後の一組が勝者となる儀式だったはずだが?

 

「抜け道があります」

 

 と、アイリスフィールが告げた。

 

「他のマスターに触れられながら、令呪の1画を使い、聖杯戦争の敗北を宣言することで、そのマスターと麾下のサーヴァントは聖杯戦争で敗れたことになります。アインツベルンが駒を増やすために仕掛けておいた秘伝です」

 

──つまり、(オレ)にそれをやれと?

 

「はい。大聖杯の浄化は今晩から明日にかけて行います。誠に申し訳ございませんが、明日の夜、貴方様自ら、こちらにおいでいただきたいのですが……」

 

──面倒だ。貴様らが来い。

 

「申し訳ございません。浄化の儀式のあと、私自身が術式のかなめとなってしまいますので、ここを動くことができなくなります。浄化そのものも絶対確実とは言えないため、万が一にそなえ、この城で外に悪影響が出ないよう、結界を張り巡らせたうえで行います。結界が解けたあと、私が存命であれば、儀式は成功したことになります。失敗すれば私は死に、セイバーも消え、貴方様が勝者ということになります。その際には──」

 

──穢れた聖杯が勝手に起動してしまうわけか。

 

「重ねてお詫び申し上げます。その際には、どうぞ聖杯をご破壊下さい」

 

 アイリスフィールの訴えは以上だった。

 ギルも返答を控える。

 沈黙の静寂が舞い降りた。

 アイリスフィールは深々と不可視の使い魔に向けて頭を下げている。セイバーはジッと使い魔をにらみつけ、洋館ではソファーに腰かけるギルが苦笑しつつ、隣に腰かけているメディアの肩を引き寄せ、彼女の髪に鼻先を埋めた。

 

──いいだろう。

 

 実際には十数秒だったが、数分にも思えた静寂をギルの声が破った。

 

──明日の夜、この時間に邪魔をする。儀式の成功を祈ろう。

 

「ありがとうございます」

 

 アイリスフィールが感謝の言葉を告げるのと同時に、不可視の使い魔は存在力を解かれ、ただの魔力の残滓に変わり果てた。

 

 こうして第四次聖杯戦争の落としどころが話し合われたわけだが──それが額面通りであるとは、セイバー組も、ギルたちも、楽観してはいなかった。

 

>>SIDE OUT




最大の修正事項は「大聖杯の予備システムの有無」です。

無いと設定しても良いのですが、もともと本作は『Fate/Apocrypha』を読んでいるうちに、ふとした思いつきから書き殴った作品だったりします。それもあって、有ることを前提に、これを機能させず、ひとまず『Fate/Zero』編を終わらせられるだけの屁理屈を考えてみた、というのが今回になります。

ついでに、続編を書くときのために、先にユグドミレニア一族を瓦解させておくべく(さらにライダー組の新たな追放先としてw)、ルーマニアで騒動を起こさせておきました。

ぶっちゃけ、もっと丹念に書き込めばいくらでも長くなるネタばかりですが、本作のコンセプトが「ギルえもん」なので、あまり関係しないところはバッサリとカット! 大人の階段を登ったウェイバーくんの活躍は、みんなの心の中で語られているに違いない(無責任

そんなこんなで。

今回は宝具ネタがないので、まだ書いていなかったバーサーカーのステータスを。まぁ、そのまんま、だったりしますが。

■ステータス
【騎座】バーサーカー
【主師】アーチャー(ギルガメッシュ)
【真名】ランスロット
【性別】男性
【体躯】191cm・81kg
【属性】秩序・中庸
【能力】筋力A 耐久A 敏捷A+ 魔力C 幸運B 宝具A
【クラス別スキル】
・狂化:E(C)
【固有スキル】
・対魔力:C
・精霊の加護:A
・無窮の武練:A+
【補足】
 アーサー王伝説に登場する「円卓の騎士」の一員にして武勇、忠節、立ち振る舞い、血筋、生い立ちと、そのすべてが理想の騎士を体現している『湖の騎士』。同時に、王妃ギネヴィアとの不倫によって円卓を、キャメロットを、アーサー王を破滅へと導くきっかけとなった『裏切りの騎士』でもある。原作者をして「さしずめランスロットの起源は『傍迷惑』とでもいったところだろうか」と言われてしまうほど、とにかく間が悪く、真面目くんが追いつめられて感情に走ったら最悪の事態が発生しまくる、という典型のようなポジションに置かれている。
 実は十二世紀後半のフランスの詩人クレティアン・ド・トロワが生み出した「ぼくのかんがえたさいきょーのきし」であり、アルスター物語群れのノイシュ、フィン物語群のディルムッド・オディナからいろいろパクった空想上の人物。本作では【聖娼婦の天蓋付寝台(シャムハト)】で【狂化】が解除されつつも弱体化したものの、ギルと契約したことでステータスの弱体と上昇が相殺されている。
【宝具】
【騎士は徒手にて死せず(ナイト・オブ・オーナー)】
ランク:A++
種別:対人宝具
レンジ:1
最大捕捉:30人
 手にした武器に、自らの宝具としての属性を与え、駆使する権能。どんな武器、兵器であろうと手にした時点でランクD相当の宝具となり、元からそれ以上のランクの宝具であれば、従来のランクのまま支配下に置くことができる。敵の策に嵌った際に、丸腰であったがゆえに楡の木の枝で立ち向かい、敵を倒した逸話が元になっている。
【己が栄光の為でなく(フォー・サムワンズ・グロウリー)】
ランク:B
種別:対人宝具
レンジ:0
最大捕捉:1人
 己の正体を隠し、ステータスを隠蔽する黒鎧。ランスロットがいくつかの戦場で正体を隠したまま勝利の栄誉を勝ち取った故事の具現。マスターによるサーヴァントのステータス閲覧も疎外できるが、本作ではまず真価を発揮できない宝具であることは言うまでもない。
【無毀なる湖光(アロンダイト)】
ランク:A++
種別:対竜宝具
レンジ:1~2
最大捕捉:1人
 【約束された勝利の剣】の兄弟剣。人類が精霊より委ねられた宝剣にして神造兵装。絶対的な強度を誇り、決して刃こぼれする事はない。ただ、もともとは聖剣だったが、同胞の親族を斬ったことで魔剣としての属性を得てしまい、格が落ちている。他ふたつの宝具を封印することにより初めて解放されるランスロットの真の宝具でもあり、この剣を抜いている間は、すべてのパラメータが1ランク上昇し、すべてのST判定において成功率が2倍になる(つまり耐性が増加する)。さらに龍退治の逸話を持つため、幻想種の属性を持つものに対しては追加ダメージを負わせる。斬れないものはあまりない。

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