【習作】物理で殴る!   作:天瀬

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第八話、鋼の剣士、人身の怪物

 カンピオーネとなって日が浅いと聞いていた割にはよく戦えていると評すべきか、それともカンピオーネであればこれくらいは当たり前なのだろうか。その判断は甘粕にはつかない。

 日本にはカンピオーネはまだ二人しかおらず、そのうちの一人である草薙護堂は接触した時点でカンピオーネとなってから数か月過ぎていた為、比較対象にはならない。

 

(情報が正しければ、葛原王はまだ王となってから一月も経っていないはずですが……)

 

 そんな思考と共に、甘粕は己と共に少年を待つ二人の少女に目を向ける。

 剣が左腕を切り飛ばされた時に駆けだそうとして腕を掴まれ、宥められてここに居るものの何処か不安そうな表情を浮かべている沙恵。

 その表情が蒼褪めているのは、己が仕えると決めた王が一度腕を切り飛ばされ、そして今なお優位に立っているとは言い難い状況故か。あるいは、王同士の戦闘というものが彼女の想像をはるかに上回る物であったが故か。

 そして沙恵の横、今なお留める様に沙恵の腕をつかんだまま、ただ冷静に状況を静観し続ける銀髪の少女。だが、離した距離をほぼ一瞬で詰められ驚いたような表情を見せた剣に、彼女は一瞬痛恨の表情を浮かべた。

 魔術師達にとって常識であればある程、説明し忘れる事がある。護堂も魔術師の間では常識と言えることを知らなかったりすることがよくあった。恐らく、彼女もなにか伝え忘れたことがあったのだろう。

 あの痛恨の表情の理由はそこにあるのでしょう、と甘粕が纏めた時。

 

「……何か?」

 

 視線を王達の争いから逸らすことなく、声だけが問いかけてくる。全くこちらを意識していないようでいて、しかし確りと周囲を警戒し続けているのだろう。

 成程、どうやら彼女は正しく王の従者であるらしい。共に戦うなどという幻想を抱かず、自分が彼の為に何ができるかを冷静に思考し、その為の情報収集を怠らない。

 その在り方は、護堂の一の従者を、そして愛人を自称するイタリアの『紅い悪魔』を想わせる。

 イタリアで王になった草薙護堂を追ってきたように、ギリシャにて王となった日本二人目のカンピオーネである葛原剣を追ってきたのであろう銀髪の少女に向け、甘粕は軽く肩を竦めて見せながら口を開いた。

 

「いえ。片腕を失った時も慌てる事はなかったなぁ、と」

「……彼が王となった、その時からの付き合いですから。ああいった状況になったことも一度や二度ではありません」

 

 つまりは慣れているという事か。成程、と納得した様子を見せる。

 やはり振り向くことはないままの銀の少女の視線の先、変わらず戦闘を続ける王二人の方へと視線を戻し、甘粕はそのまま眉を寄せた。

 

「いやはやしかし。このままでは不味そうですねぇ」

「……」

 

 返答はない、その事が彼女も状況を理解している事の一番の証拠だろう。戦闘の様子をただ真剣に見つめ続けているのは、僅かでも勝機を見出す為だろうから。

 いっそこのまま新たな王が斬り殺されてくれれば少しは楽できるかもしれない、などと。そんな思いがふと過り、甘粕は苦笑を浮かべて状況を観察し続けることにした。

 

* * *

 

 銀閃が舞う。銀の腕に握られた刃が踊りて肉を断ち、次の瞬間に断たれた肉は無数の斬撃により切り刻まれて塵と消える。僅かに稼いだ時間をもって振るわれる拳は即座に後退した青年の身に触れることなく空を切る。

 退いた身を戻すように踏込みながらの斬撃は、しかし先程の青年と同じように退く少年には届かない。そして一息の間に刻まれ消失したはずの腕が戻り、五体満足の少年が其処にいる。

 腕に触れられる事を嫌うドニは優先して腕を斬り刻み、切り刻まれた腕を再生して殴りかかる事で剣はドニの斬撃を身に喰らわないようにする。輪舞曲のように同じ状況を幾度となく繰り返しながら、しかし、剣とドニは正確に状況を把握していた。

 何も変わらないように見えて、実際に圧されているのは剣の方だ。

 

(……不味い、な。あとどれくらい持つだろう?)

 

 カンピオーネは、その存在を書き換える秘術の効果として人間をはるかに上回る肉体へと作り変えられている。骨は鋼の強度を持ち、有り余る呪力から呪術に対する耐性が大幅に強化される。それらは傷をいやす自己治癒能力をも向上させる。

 ドニが自身の権能で生み出した刃はカンピオーネの再生能力による治癒を阻害する効果を持っているが、しかし、剣は権能としての再生の能力を有するが故にこの治癒阻害の影響を受けていない。

 だが。腕を切り刻まれる度、その腕を構築する血肉が消し飛ばされている。肉の再生こそ行われるものの、それは失われた血液まで補充してくれるという訳ではない。カンピオーネとなる事で造血能力も強化されてはいるだろうが、それで追いつくとは思えない。

 流石に何度も振るわれ刻まれる痛みを覚えていれば、素人である剣でもドニの刃を見切る……とは言わないまでも、何となく感じ取ることができるようにはなっている。それ故に致命的な位置への斬閃や刺突を受けぬよう立ち回り、拳を振う事が出来ているのだ。

 それでも拳をドニに当てるには届かず、自身の武器である腕を刻まれることを繰り返すのみ。このまま繰り返すだけでは待つのは失血死か、あるいは失血により反応が鈍くなったところへの致命的な一撃だけだろう。かといって、状況を打破するに足るものはないのだが。

 

(せめて腕……いや、刃を掴む事でもできれば話は別なんだろうけどな)

 

 実際、剣が勝つために必要なのは、ドニの動きを一時的にでも抑える事である。掴む事さえできれば其れだけで抑え込める自信はあれど、そんな隙はない。

 一度刃を握りとめようとしたのだが、寸前で刃が翻り腕を切り落されるという結果に終わっている。

 掴んで止める隙はなく、闘いを続ければ続ける程自分が不利になるばかり。

 ならばと振るわれる刃に合わせ相打ち覚悟で踏み込むと、唐突ともいえる動きでドニがさがりながら腕を切り払ってくる。紅い霧のように散りゆくのを視界の端に納め、剣の方も床を蹴り割って大きく後退する。

 

「……思ったより安全志向なんだね」

「どうにも嫌な予感が強いんだよなァ。それに、まさかこのまま斬り続けるだけで終わったりはしないよね」

 

 終わるんだけどな、等という思考を浮かべ、それを軽く彼方にほうり捨てる。掴めば勝てるという確信は胸の内にある。そして、掴むことができるという漠然とした感覚はあるが、それが確信に至らない。

 何かが足りない、そんな感覚を覚えつつも、しかし何が足りないのかが解らない。故に今この戦闘中は頼れない。

 

「さァ、剣、続けようか!」

「……まだ逃げるわけにはいかないしね」

 

 こうなった以上、取れる手は一つしかない。立ち位置の関係上、今はドニの向こうに居る相棒へと視線をわずかに向けると、微かに頷く様子が見える。

 賭けであるという自覚はある。けれど、元々剣達は初めからそのつもりだったのだ。ならば躊躇う事など何もないだろう。

 

「剣、今見るべきは僕じゃないかなァ!」

 

 床に罅を入れながら突撃してくる鋼の剣士。意識までは逸らしていなかったその突撃を迎撃する様に、踏込みながら左の拳を振う。

 幾度となく見た焼き直しのように、振るわれる腕の軌道に重なるように奔る銀閃。切り裂かれた腕に流しこまれる呪力が即座に無数の刃となる。指先を、指を、掌を、甲を、手首を、前腕を、肘を、二の腕を刻んでいく。

 細切れにされた肉が、さらに重なっていく斬閃により散っていく。流れていたはずの血液すらも切り刻まれ、紅い霧のように細切れにされて散り消える。

 繰り返される事で既に認識可能となったその光景を意識の端に乗せながら、剣は身をねじり多少無理な体勢からでも右の拳を突きだす。やはりドニはその攻撃を退いて回避。

 その、ドニが退く距離を埋めるようにもう一歩を踏み込む剣。無理な姿勢から繰り出された拳の、更に無茶な踏込でも姿勢を崩すことなく追撃の拳を伸ばす。初めてそれはドニの体へと――

 

 『剣の王』の名を与えられた魔王が笑う。

 

 銀光すら目に留まる事は無い。幾度となくその斬撃を受け、ドニの速さに慣れてきた剣ですら認識が追い付かず、気付けばその刃は剣の右腕を切り飛ばしていた。呪力が流し込まれる感覚こそないが、斬り飛ばされた腕は宙へと舞い上がり吹き飛んでいく。

 唖然、それ以外の感情は生まれない。これまでに幾度と見た、反応するのがやっとだった斬撃すら彼の本気ではなかったという事だろう。初めて触れかけたその瞬間、ドニは本気で刃を振ったのだ。

 

「うん、楽しかったよ、剣。じゃぁね!」

 

 笑顔のまま。無理な姿勢でさらに踏み込んだことにより反応が出来ない剣の胸へ、ドニが銀にかがやく刃を突き立てる。流しこまれる呪力を感じた剣に出来る事など、もはや何もない。

 胸を中心に、斬撃が刻まれていく。右を、左を、腹を、首を、顔を、頭を、内臓を。無数の斬閃が走り抜け、更に斬撃が重なり切り刻む。

 血液も、そして脳すらも微塵に切り裂かれ、切り刻まれ。剣は腰から上を紅い霧へ変えられてしまい。

 残ったのは下半身だけとなった事を確認し、ドニは剣であった肉塊に背を向けた。

 

* * *

 

 見ていた甘粕からすれば、それは止める暇もない一瞬の出来事だった。繰り返されていた光景から生じた変化は、そうするしかないと思える行動だったろう。

 だが、それでは『剣の王』には届く事は無く。反撃からの流れるような動きにより、新たな日本の王は彼らの目の前で斬り殺される。

 誰がどう見ても死んでいる。首を斬り飛ばされたとか、その程度ならば生き残る事があるかもしれないが、上半身を丸々消し飛ばされて生き残る事の出来る生物がどれだけいるだろう。

 いかにカンピオーネが頑丈であるとしても、それが確実に死んでいる、ということくらいは誰だって解るだろう。

 剣の反撃に僅かに目を輝かせた沙恵は、目の前の光景が信じられぬというような表情を浮かべている。己が仕えると決めた王が、その翌日に死ぬ事など誰が考えようか。

 力なくぺたんと座り込む沙恵。その腕を掴んでいた少女は、と甘粕は目を向ける。

 

 銀の髪の少女は。

 死した己の王に背を向ける青年を目にし。

 その口元に、微かに笑みを刻んでいた。

 

 その意味を即座に理解し、甘粕は即座に眼を二人の王の方へと戻す。

 

* * *

 

 今度は確実に仕留めたと、彼を貫いた時の手応えが、そしてカンピオーネとしての勘が伝えている。故にドニは剣の亡骸に背を向けた。

 そのまま軽く顔を巡らせると、男性一人に少女二人が目に入る。ふむ、とドニは一瞬だけ思考する。

 王同士の決闘の結果だ、例え死しても誰にも文句を言えるはずが無い。そう判断し。

 

 ぞくり、と。悪寒が背筋を這い上がるより速く。

 カンピオーネとしての勘が、警告を発するより速く。

 『剣の王』は全霊を賭して振り返りながら刃を振るう。

 

 もしかしたら、そんな予感はあったのだろう。剣の死を確認しても、権能の解除を行う気にはならなかったのだから。

 振るった刃にこの短時間で手が覚えた肉を切り裂く手応えを感じ、やはり、とドニは笑う。

 半ば反射で無理に振るった刃、銀閃のその向こうに左腕を斬り飛ばされ、尚も右腕を伸ばす剣の姿がドニの目に映った。

 一方、剣は賭けの結果は引き分けとなったことを悟った。蘇生直後に仕掛けた不意打ちは失敗、しかし、ドニは大きく体勢を崩した状態となり、刃を振り切っている。

 先の決死の追撃の結果を思うに、この状態からでも踏み込めばドニは刃を振るってくるだろう。あの銀の剣には相手を断つ勢いや威力など必要ないのだから。

 だが、無理な姿勢から刃を振えばその速度も勢いも今までよりは遅くなる。ドニの動きを止めるなら……その腕か、或いは刃を掴むならその後期はこの一度だけしかない。

 この一度を逃せば、また腕を切られる事の繰り返しに戻る事になる。そして、蘇生をという不意打ちを一度見せた以上、ドニ程の戦士であれば二度目はない。故に、剣は踏み込み右手を伸ばす。

 

 掴まなければならない。この一撃を。この一度を。この戦いで敗けない為に、勝つ為に。

 今なら解る。葛原剣には、その為の権能(ちから)が存在している。

 

 脳裏に浮かびあがる事を瞬時に理解する。その力の意味を即座に把握する。こみあげてくる、何でもできるという感覚を噛み潰す。

 今この瞬間に掌握できた権能が、その効果を発揮する。

 剣の踏み込みに合わせ振るわれたドニの銀の刃は、しかし、肉を裂くことなく鋼を撃つ音と共に止まる。右手から前腕を覆う鉄の籠手が銀の刃を受け止めていた。

 そのまま刃を抑え込むように握りしめる。柄を持つドニが力を込めるが、刃は鉄に掴まれたままびくともしない。

 

「……漸く、捕まえたよ」

「……ねぇ、剣。手を放す気はないかなァ?」

「人の服を盛大に斬り飛ばしといて言う台詞がそれか。服もって来てなきゃ、上裸で帰るところだったんだけど」

「あぁ、服は大事だよね。裸になるといろいろ大変だったよ」

 

 こんな状況だというのに、会話の内容には緊張感はない。言葉を交わす間に切り飛ばされた剣の左腕は再生し、ドニは刃を抜こうと幾度も力を込め、しかし、刃が僅かたりとも動く事は無い。

 確りと刃を握りしめる剣の手の力が、ドニのそれをはるかに上回っているのだ。その事に気付いた瞬間に、ふとドニは思い出す。

 『鋼の加護』の発動し、ノリに乗った自分でも駆けだすときは床がへこむか、あるいは精々ヒビが入る程度だった。だが、いま目の前に立つこの少年は、床を蹴る度に砕いていた。

 漸くドニは、自分が剣が伸ばす腕を本能で嫌い、払い続けた理由を理解する。そして、剣が簒奪した二つ目の権能を悟る。

 

「そういえば、君は権能の効果で体重が変わるんだったっけ。今どれくらいの重さかな?」

「……大型トラック、くらいかなぁ」

「へぇ」

 

 不味い、と。剣を引き抜くより打撃でも入れようと思考した時にはすでに遅い。剣が刃を握る手を軽く、柄を下げる様に動かしてみせる、それだけで刃を離さないために全力で抗わなければならず、反撃を行う余裕を奪われる。

 刃を手放せばこの重圧から逃げることは可能だろう。だが、その時点でドニの勝機は失せる。ドニが勝つには、剣の一撃に耐え、反撃する事のみ。

 

「思ったより、軽いんだね」

「――たとえ砕け散ろうとも、刃は決して滅びない!」

 

 恐ろしいほどに静かな言葉にかぶせるようにドニが言霊を叫ぶ。刃から銀の輝きが消え、周囲に浮かび上がるルーンが輝きを増してドニを守護し。その瞬間に剣の右手はドニの刃を手放して。

 響き渡るのは恐ろしく硬い物を、同等に硬い鉄で強打する音。獅子や竜の咆哮かと錯覚すらしそうな程の轟音。

 ルーンの守護を全開にしたドニを鉄の籠手で覆われた左腕が打ち据える。踏みしめる床が打撃の反動に耐えかねる様にひび割れ、砕け散り、床の下の地面を足裏で食んで尚めり込む程の衝撃。

 拳、という小面積にかけられた力の大きさは、鋼の硬さを持つ不死の肉体をすらもくの字に曲げる。腕にかかる重量を意に介した風もなく、否、意識しなければならぬほどの重さなど掛かってないかのようにそのまま左腕を振り抜く。

 ドニの身体はくの字に折れたまま、水平に飛んだ。受け身を取る事も許されぬまま高速で飛翔し、壁を突き破ってその外へと消えていく。

 それは、僅か一息の間に為された事。

 

「飛んだなぁ」

 

 ある程度飛んだり跳ねたりしていたとはいえ、ほぼ建物の中央付近で闘っていれば壁までの距離もそれなりにはあるのだが……見事に人間大の範囲をぶち抜かれた壁は、その向うを夜の色が隠している。

 手ごたえはしっかりと感じはしたが、けれど、あの一撃でドニが戦闘不能になったかとなると少しばかり不安である。剣は呼吸一つ、己の腕に目を落とした。

 元バスケットマンという事もありそれなりに腕も身体も鍛えられており、程よく動きやすいように鍛えられた肉体。その腕の肘あたりから指の第二関節までを、鉄の籠手が覆っていた。

 鈍い輝きを放つ鉄のように見えるその籠手は、可動域など特に見当たらないが腕や指の動きを損ねる事は無い。

 不思議ではあるものの、そういうモノなのだろうと剣は納得しておくことにした。神から簒奪した権能である、不思議でない方が寧ろ不安になるというものだ。

 己の腕を覆う物について確認を終え、再び壁の穴の方に目を向けるがドニが戻ってくる様子はない。何処まで飛んだんだろうかと剣が首を傾げていると、不意にアラームの音が鳴り響く。

 

「……そういえば、日付が変わるまで、って約束だったっけ」

 

 アラームの音で不意に最初に付けた条件を思い出し、それからふと気付く。何も無理に反撃に出なくても、延々繰り返し続けて居れば問題なく終ったんじゃなかろうか。

 ぁー、と無意味な声を零しながら、軽く念じるだけで籠手が消えた手で軽く頭を掻き、吐息を一つ。

 とりあえず今は気にしない事にして、離れていた三人の方へと顔と意識を向けた、その瞬間。

 

「剣様っ!!」

「ごふっ!」

 

 腹部にタックルを受け変な声が漏れた。流石に倒れるような事はしないものの、適度に力を抜いた非戦闘状態に落ち着いていてよかった、と剣は思う。

 目線を下ろせば、身動きのしやすい道着姿の黒髪の少女が抱きつ木、剣の身体を調べるように腹や胸などに触れている。

 

「剣様、大丈夫、なのですね? 剣様は、生きておられるのですね?」

「ん、生きてるよ。死んでない訳じゃないけど、蘇生できるから、僕。……レイ、説明してなかったの?」

「そんな時間も暇もないでしょうが」

 

 沙恵のしたいように任せながら歩いてきたレイセへと剣が問いかけると、レイセは軽く肩を竦めて見せた。そして、持っていたカバンから剣の上着を引っ張り出す。

 

「沙恵、もういいかな?」

「……ぁ、はい、急に申し訳ありませんでした……!」

 

 まだ不安そうに剣の上体へ触れていた沙恵だが、声を掛けられたことで我に返ったように離れていく。代わりに寄って来たレイセが差し出す上着を受け取り着込んで一息。

 少し離れたところから三人を眺めている甘粕の方へと顔を向ける。

 

「……流石に、沙恵みたいに取り乱したりはされませんね」

「いえいえ、驚きましたよ。ですがまぁ、帰国後三日で新たな王死亡、等という事にならなくて良かったです。上になんと報告すれば良いのか解らなくなるところでした」

「それはそれで安堵された気もしますけどね。……ぇと、待っていると戻ってきたドニさんに再戦を言われそうなんで、帰ってもいいですかね?」

「王がそう望まれるのであれば、私達に止める事は出来ませんねぇ」

 

 へらへらと笑みを浮かべて放たれる言葉をどこまで信じていいものか迷いはする。が、甘粕の抜け目のなさは昨日少し話しただけでも十分剣に伝わっていた。

 その彼が止めない、というのであれば帰っても問題はないのだろう。

 

「それじゃ、後のことは宜しくお願いします、失礼します。沙恵、レイ、帰るぞー」

 

 甘粕へと軽く頭を下げて見せてから、剣が二人を呼ぶと、それぞれが返事を返し。剣に習うように甘粕へと軽く挨拶をして、廃工場の入り口の方へ歩き去っていく。

 その背を見送りながら、甘粕は軽く周りを見回す。まだ記憶に新しい王同士の決闘の時は東京タワーが燃える程の被害が出たが、今回は既に使われていない工場の床が砕かれた事と、壁が吹っ飛んだことと。

 後は吹っ飛ばされたドニの進路上にあった街路樹や工場の別棟が倒壊した程度である。王同士の決闘の結果の被害としては、少ないと言えるだろう。

 

「隠蔽が楽なのは有難いのですが……ねぇ」

 

 これからどうなる事か、と。先行きに不安を感じ、甘粕はただ溜息を零した。

 ……尚、戻ってきたドニはタイムアップとなった事、剣が先に帰った事を聞くと。

 

「まぁ、初めに約束してたし、仕方ないよね。でも楽しかったって伝えておいてくれよ、また会いに行くからとね! 会いに来てくれてもいいよ!」

 

 とだけ残し、さっさと帰って行ったという。




剣が所有する現在の権能はこの話の中で全て出ています。
権能自体は三つ。
どの神から簒奪したとか気になられる方も居られると思いますが、
正解不正解まで知りたい場合はメッセージにて質問頂けると助かります。
その場合、活動報告にて正解・不正解の解答をさせて頂きます。

感想返信では、其処までの解答は致しませんのでどうか御了承願います。

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