【習作】物理で殴る!   作:天瀬

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第七話、拳撃剣舞

 剣から聞かされていた、正史編纂委員会とやらの案内役に従って歩きながらドニは内からこみあげてくる感情に笑みを刻んだ。

 普段のように底抜けの明るさで美男子としての顔立ちを損ねさせるような物では無く、何処か暗さを含んだ物。争うという事、命を賭けるという事を愉しむ戦士の笑み。

 カンピオーネになる、つまり神殺しを行うものは、結局のところ何処か戦闘という行為を愉しむ性質を持っている。それが自身の成長に繋がっていると直感的に理解できているからだ。表面上は好まぬという顔をする者だっているが、けれど実際に戦闘ともなれば嬉々として相手を打ち倒そうとするものばかりなのだから。

 正直、ドニは自分の急な来日が一種の賭けでもあったと自覚していた。剣と同じ日本人のカンピオーネ、草薙護堂は争いごとを好まないなんて体を装う人物であり、追いかければ逃げてしまう性格だった。故に、剣も同じように追えば逃げる可能性があること位解っていた。それでも何時ものように側近を追いやってまで来日をしたのは、『そうではない』という勘が働いたというだけに過ぎない。

 そしてその勘は当たっていた。剣の御付と聞いた少女との会話や実際に対面した時の剣の印象からそう確信する事が出来た。

 彼は護堂とは違う、体面を取り繕う事をしない。刃を向けられるなら、躊躇なくその刃の担い手を破壊する。己の大事なものに刃を向けようとするなら、その前兆を察した時点でその存在を完膚無きにまで抹消する。そういう人物だ。

 

 だからこそ楽しみだ、と。闘争を忌避せず己を高める鍛練の一つとなしている『剣の王』は笑った。

 

 護堂とはまた違った形で勝負を受け、自分と向き合い、そして高め合ってくれることだろう。

 気付けば案内役は足を止めており、脇に下がっている。片手を上げて礼を示しながらドニは今宵の戦場となる場所を確認した。

 元は工場か何かだったのだろうか、がらんとした広い屋内の空間は大きな機械を配置し作業をしていたのか。あるいは、大きな部品などを置いておき加工するために使われていたのか。

 今となっては機材は何処にもなく、ただ広々とした空間が広がるのみ。身を隠せるような障害物などが無い広場は、闘技場を思い浮かばせた。

 悪くない、とドニは自身の顔に笑みが浮かぶのを自覚する。無念無想の剣の極致に至り、感じるままに剣を揮うドニにとってこの戦場は悪くない。

 

「ねぇ、剣はまだかい?」

「もうすぐ来られる、とのご連絡がありました」

 

 振り返らずの問いかけ。入り口付近で控えていた案内役が応じた言葉に頷いて、ドニはさらに笑みを深くした。

 もうすぐだ。もうすぐ思い切り、思うが様に彼との情熱的な夜を楽しめる。

 剣からの連絡が来る前、ドニは思うさま腹に詰め込めるものを詰め込めるだけ詰め込めてきた。これは飢えを満たす獣の勝負ではなく、溜めこんだものをただ発散しぶつけ合う勝負になると感じたから。

 後はただその相手を待つばかり。来ると解っているのであればその時間さえも楽しめるドニであったが、今回は楽しむ程待つことはなかった。

 聞こえてくる複数人の足音。少年と、少女と、後二つ。

 なんだか予想外のおまけがついてきているようだが、そんなものはドニからすればどうでも良い。ただ己を高みに至らせるため、同胞と熱い夜が過ごせる事が肝心なのだ。

 扉が開かれる音。戦士の笑みを浮かべたまま、彼は両手を広げ八人目の王を迎えた。

 

「ようこそ、剣! 待っていたよ!」

 

* * *

 

 入った瞬間にかけられた歓迎の言葉、その声が心から楽しそうだったため、剣は何かを諦めたように吐息を零し、苦笑を浮かべながら声に応じるように片手を上げる。

 

「悪い、ちょっと待たせた」

 

 返す言葉には呆れはない。ここまで楽しそうに歓迎されてしまうと、面倒そうな態度を取るのは悪い気がしてできなくなるものだ。

 そもそも、葛原剣という人物は争いごと自体は其処まで嫌ってはいない。面倒事や厄介事は人並みには厭うものの、競い合いや高め合い自体は元スポーツマンだったこともあって好んでやる。

 故に剣の口には楽しげな笑みが浮かんでいたのだが、剣にその自覚はなく。隣にいたレイセが笑みを見て溜息を吐く。

 

「……レイ? なんで僕の顔を見て溜息を吐くのさ?」

「解ってた。解ってたけどやっぱり納得いかないわね、これ」

 

 どことなく憮然とした調子で剣の問い掛けに言葉を返してから、気分を入れ替える様に緩く首を振る。表情から不服を振り払い、冷徹さを宿して己の王を見上げ。

 

「剣。私の言ったことを忘れてないわね?」

「流石にこんな短時間で忘れる程、僕は鳥頭じゃないよ」

「おや、何か策がおありで?」

 

 主従の会話に、この工場跡までの案内をしてくれていた甘粕が口をはさむ。二人で空気を読まない男を、そして自分も従者だから、と共についてきた沙恵へと顔を向け。

 剣だけが、肩を竦めてみせた。

 

「ま、其処の所は企業秘密という事で」

「ですよねー。ですが葛原さん、本当に勝算はおありですか?」

 

 気楽な問い掛けだが、その裏にある本心からの猜疑を読み取れない程に剣は愚かではない。自身をカンピオーネ、神殺しであると認識はしていても、その力量についてはいまだ不明なままなのだ。

 対するドニは四柱の神を弑しており、その力量も二つ名という形で知られている王だ。ともすれば、日本二人目の王が今この場で殺される可能性がある事を考えると、後の事を考えてつい問いかけてしまっても仕方はないだろう。

 

「こうすれば勝てる、というものがないわけじゃないですけれど。それが使える状況になるかどうかは別なんですよね」

「まぁ、それはそうですよね」

「ま、何とかしてみます」

 

 応えた剣の声が気楽な調子となったのは、言葉とは裏腹に勝てるという想いがあるからだろう。

 何とはなしに甘粕が目を巡らせた先。巫女装束の少女はこれから始まる戦闘に緊張を隠せない様子だが、銀髪の少女は只少年だけをじっと見つめていた。周りなど関係がないというように、ただじっと。

 冷たい表情を宿しながら、それでいて確り少年を追う瞳には心配と不安がある。けれど、それ以上に強い信頼が宿されていることを読み取り、甘粕は額に軽く片手を当てた。

 

「……成程。それが理由ですか」

 

 甘粕がポツリと零した声は誰の耳に届く事もなく、只の独り言として風に溶けて消えて行き。

 そんな甘粕を気にする事もなく剣は中央付近で待つドニの方へと歩みを進め、当然のように沙恵はその背を追おうとして。

 

「って、待ちなさい。何処に行く気?」

 

 咄嗟にレイセが沙恵の腕を掴んで引き止めた。

 

「何処、って。剣様が戦われるというのであれば、その傍に侍り剣様の力となるのが私の役割です」

「……何を言ってるの、貴女? 王同士の決闘に余人が割り込む余地なんてないわ、邪魔にならないよう離れておくのが一番助けになるわよ」

「ですが、草薙王と東欧の魔王が争われる時、その傍らには彼の従者が控えていたと御聞きしておりますが」

「……それ、本当?」

 

 沙恵が零した言葉にレイセがその瞳を鋭くし、視線をわずかに甘粕の方に向ける。其処に居る男の表情は何も変わる事はなく、読み取れる情報は特にない。

 吐息を一つ。横道にそれかけた思考を引き摺り戻し、レイセは己の紅の瞳で確りと沙恵の黒い瞳を捕え。

 

「余所の王は余所の王、よ。剣に戦闘時の傍付きは不要……いえ、邪魔なだけ。それはあのドニ卿も同じ事よ」

「ですが……」

「少なくとも貴女よりは私の方がアイツとの付き合いは長いわ、だから今は私の言葉を信じて。……ここから見て、王同士の争いっていうものがどういうモノか、確りその目に焼き付けなさい」

 

 む、と眉を寄せるものの、レイセの言葉にも一理あると沙恵は判断する。確かに自分は剣の戦い方を知らない。同門ならば予測できもするが、相手は羅刹王、どのような戦い方をするかなど未知数だ。

 ならばまずは知るべきだろう。どのように動くのが正しいのか、何をすれば剣の為となるのか。それを知らなければ役に立てないのはその通りなのだ。

 

「……解りました、先ずは見る事から始めます」

「えぇ、そうして」

 

 若干不服そうな声ではあるが、沙恵から承諾の言葉を聞いてレイセは吐息を一つ零し、そしてそのまま視線を甘粕の方に巡らせる。

 向けられた視線の意味を正確に理解しているだろうその男は、おどけたように肩を竦めて見せただけだった。

 

(……食えない男。直ぐに止めなかったのは私の出方を探るため、かしらね)

 

 思考し、こぼれそうになった溜息を飲み込んだ。今此処でこぼせば、それは沙恵への当てつけになってしまう。

 思った以上に面倒な状況と相手に心のうちだけで溜息を零しながら、レイセはその目を今戦闘を始めようとする王二人に向ける。

 

* * *

 

「そっちはほんとに準備万端って感じだね」

「うん、まぁね。楽しみにしていたからね、今朝から」

「近いなおい」

 

 廃工場の中央で待つドニ、その前まで歩んできた剣。面と向かい合い、二人は和やかな会話を始める。其処には気負いはなく、これから戦闘を開始するというような様子はまったく読み取れない。

 

「何だか後ろが騒がしいみたいだけど?」

「うん? ……あぁ、大丈夫だよ、レイが居るし」

 

 指差された先、振り返れば腕を掴まれた黒髪の少女と腕を掴んでいる銀髪の少女が一瞬目に入るが、剣は特に注視することなく意識から外す。

 あそこにいるのは自分が最も信頼している相棒だ。ちょっとやそっとの事など、剣にとって最もいい方向に纏めて見せるくらい朝飯前でやってのけるだろう。

 その後に小言を繰り出してくるのは勘弁してほしいと思うが、其れだけで済むなら寧ろマシか、と剣は思い直す。

 

「さて、それじゃ初めてもいいのかな?」

「あぁ、良いけど。悪いけど、『今回は』日付が変わるまでにしてもらえないかな? 明日ちょっと、用事があってね。夜更かしはしたくないんだ」

「へぇ? うん、そうだね、『今回は』それで良いよ。じゃぁ、それまで目一杯楽しもうか!」

 

 言葉と共にドニが肩にかけていたバッグを下ろし、中から一本の長剣を引っ張り出す。

 只の長剣だ。それ以上の価値はなく、それ以上の意味もない。それ自体が危険物であるが、剣の勘はこの刃を脅威とみなさない。

 

“良い、剣。ドニ卿にとって、刃は触媒にしか過ぎないの”

 

 記憶から呼び出される相棒の言葉。『剣の王』の異名を持つほどの剣士でもある相手が刃を手にしているというのに、それでも危機感を抱かないのはそれを知っているからだろう。

 

「どうせ、僕の権能について。彼女から聞いているんだろう? なら、隠す必要もないよね」

“ドニ卿の権能の一つは”

 

 長剣を片手に、ぶらりと力を抜いて見せるドニ。その刃を持つ右腕が。

 

「此処に誓おう。僕は、僕に斬れぬモノの存在を――許さない」

 

 銀の色に染まり、その質感すら銀へと変わる。否、質感ではない、右腕そのものが銀そのものへと変質している。

 

“『切り裂く銀の腕』。ただの刃を全てを切り裂く魔刃へと変えてしまう権能”

 

 元より権能とは理不尽なものであると剣もよく知ってはいるが、それにしてもまた理不尽の極みだと思わざるを得ない権能。

 

“っつか。持つだけでどんな刃でも魔刃になるとか魔剣鍛冶師全てに喧嘩売ってるわよね”

「さぁ、始めようか剣! 君の力を見せてよ!」

 

 別に思い出さなくてもいい言葉を思い出すと共に金髪の青年が勢いよく踏込んでくる。その直後の剣の動きは、只の勘に過ぎない。

 何も考えないバックステップ。逆袈裟一直線に奔る銀光は、剣が床を蹴り砕きながら後方へ跳躍したことにより虚空を切るのみに留まった。

 自分自身で想定した以上の勢いで飛び退ってしまったことに気付き、剣は小さく舌打ちをする。勘に従うと加減を誤ってしまうのはなかなか治らない。

 もっとも。今回はそうしなければ自分自身が真っ二つに切り裂かれてしまっていただろうという事も解るのだが。

 

「へぇ、凄いね! やっぱり同類だと避けれちゃうんだね!」

「あくまでも勘に頼ってぎりぎりで、だけどね」

 

 相棒が覚えろというのも納得の凶悪な剣技であり、同時にそう簡単に覚えられてたまるかと文句を言いたくなるような絶技。構えもない状態から、ただ切り裂く為に最短距離を駆け抜ける刃なんて認識できるものではない。

 これに慣れる事が出来れば、確かに並の剣士など相手にならないだろう。慣れる事が出来れば、ではあるが。

 

「さぁ、どんどん行こうか!」

「手加減とか容赦ってモノも、ってぇっ!?」

 

 飛び退り距離を離したことで気を抜いていた、というつもりは剣にはない。だが、気を入れていたとしてもその速度は予想の外だった。

 ……魔術師とは何も、呪力を用い魔術を使う事だけを鍛えている訳ではない。武術においても人外の身体能力を発揮する者達が居る。

 身体能力そのものが呪力で強化されたモノなのかどうかについては定かではない。しかし、その気になれば人の身のままで自動車に匹敵する速度で走り、軽やかに空に跳び上がり宙に留まる技術を持つ者達もいるのだ。

 

 不幸にも、というべきか。剣はそういった魔術師、道士と対峙した事はない。彼のこれまでの相手はまつろわぬ神以外では魔獣・神獣が主であり、魔術師と対峙するという経験自体が無かったのだ。

 

 故に、剣からすれば突然すぎる踏込みに回避が間に合う筈もなく。

 咄嗟に受け止める様に左腕を伸ばす。それで何が変わるという事もないというのは解っているし、人の腕で刃を受け止める事などできようはずがない。

 だが。一直線に踏込んで来た『剣の王』は、まるでその腕を嫌うかのように刃を振う。

 

「っぐ、ぁっ!」

 

 銀光一閃。左腕、その手首を刃が通り過ぎ、更に流し込まれた呪力が数多の斬撃として剣の腕を切り裂いていく。激痛に上がりそうになる悲鳴を噛み殺し、腕一本を犠牲に得た時間で再度のバックステップ、もう一度距離を取った。

 

「っー……。解っちゃいたけどさ、徒手空拳で剣士に挑むって無茶だよな、くそう」

「あっはっは! 今更そんな事を言うのかい? だったら武器でも持ち込めばよかったのに! ……で、剣、さっきのは何だい?」

 

 左腕は使い物にならない……などという状況ではない。腕そのものが無い。微塵に切り裂かれ細切れにされた肉片は形を残す事すらなく、切り刻まれた断面をドニから隠すように半身になって剣はドニと対峙する。

 右手で左肩を隠すようにしながら。そしてその肩口から血を流し続けながらも、しかしかけられた問い掛けに眉を寄せる剣。

 

「何、って、何が?」

「確実に()った、って思ったんだけれど。なんだか嫌な予感がしたんだけどなァ。君が何かしたんじゃないのかい?」

「特に何も。ただ僕は左腕を前に出した、ってーだけなんだけど」

「……ふぅん。まぁ、確かにそうだね! 知りたい事はコイツで聞くのが一番だ!」

 

 元々答えが返ってくると思ってなかったのだろう。剣の返した言葉に、ドニは嬉々とした表情でまた刃を持ち上げる。

 もとよりこの男は敵手の思惑を知ろうとはしないし、手札を明かそうとも思わない。知っているならば有効に使うが、知らないとしても其処まで気にしない。

 どんなものであれ斬ればいい。無念無想のまま、只己が刃の命じるがままに腕を振るい、全てを断つ。それこそがサルバトーレ・ドニの。『剣の王』の剣技。

 

「次はこっちから行かせてもらおう、かな」

「良いよ! さぁ、おいで、剣!」

 

 片腕を失っても戦意を失う様子の無い剣にドニの笑みはさらに深まる。明るく、其れでありながら闘争を求める昏い戦士の笑みを口元に刻み。その肌が鋼の光沢を持ち周囲にルーン文字が周囲に浮かぶ。

 

“そしてドニ卿の二つ目の権能。『鋼の加護』”

 

 剣の脳裏に相棒の声が再び過る。事前に聴いていた、既に判明しているドニの二つの権能のうちのもう一つ。

 

“名の通りというべきか、迷うところだけど。その身を鋼……うぅん、鋼によく似た物質へと変質させ、ルーンの加護により不死身へと作り変える権能”

 

 耳にした言葉を記憶し、知識としてその裡に有しながら、しかし剣は躊躇しない。

 強く床を踏み、その勢いのまま蹴りつける。圧に耐えかねたように床が砕ける音を残し、弾丸のような勢いで人の身の少年は鋼の青年へと襲い掛かる。

 

“最強の矛に、無敵の盾。矛盾を揃え持つのがサルバトーレ・ドニという白兵特化の王の特性なのよ。本当、とても解り易く抗しがたい権能の組み合わせなの”

 

 振り上げられる右の拳にドニは笑みを浮かべたまま、その鋼と化しルーンの加護を受ける身を信ずるように逆に一歩踏み込み、刃を握る右手に力を込めて。

 そのまま沈み込むように身を下げる。ボクシングにおいてダッキング、と呼ばれる動作でもって大振りな剣の拳を回避してのけた『剣の王』は、逆に回避されて隙だらけとなった剣を――

 

“剣、貴方のように”

 

 ――後ろから急に引っ張られたかのような勢いで。先程の剣の動きをなぞる様にドニが後方へ跳躍し、床を凹ませながら着地する。

 ショートアッパーの形で振り抜かれた『左の拳』。その拳を解いて、剣は困ったような表情で吐息を零した。

 

「いや、今のは当るだろ普通」

「君だって、一番最初の僕の攻撃を回避したじゃないか。でもおかしいなァ? 確かに君の左腕は斬り飛ばしたはずなんだけど」

「や、切り飛ばすなんて甘いものじゃなかったろ。消し飛ばす、って表現の方が正しいぞあれ」

 

 右手から力を抜き、自然体で刃を構えるドニ。暫し感覚を取り戻すように左手を振ってから、拳を握り直して適当に構える剣。

 距離を測る様に互いに相手を見据えながら、口は閉ざされることはない。

 

「そうだね、君の腕は確実に、完膚なきまでに切り裂いた。なら、その腕は一体何なんだい?」

「生えた」

「……」

 

 簡潔、且つ端的にされた答えに流石のドニもほんのわずか、瞳を見開くようにして硬直し。次の瞬間、ドニは堪えきれない、というように笑い出した。

 

「ふ、フフフ。そうか、それが君の権能、って言う事か! その再生能力!」

「御明察…って言いたい所だけどそりゃ分るよね。うん、これが僕の権能の一つ目」

「ひょっとして、左肩を抑えていたのは逆に再生を遅れさせるため、だったりしたのかい?」

「……御明察。ほっとくとすぐ再生しちゃうからなぁ、不意打ちにはあんまり使えないんだよ、実は」

 

 流石に左肩を抑えていた理由まで見抜かれるとは思わなかったのだろう、剣が僅かに憮然とした表情でドニの言葉を認める。

 成程、と一つ頷いてから。ドニは実に楽しそうに、楽しそうに声を上げた。

 

「良いね、実に良い! 剣、君は本当に楽しいよ! さっきから僕の勘に訴えてくるものと言い、その再生能力と言い! 実に君は楽しいね!」

「なんでだろう、なんか自動再生する試し切り用具扱いされてる気分になる件」

「うん、そうだね。初めは君がカンピオーネになったと聞いたから、只の興味本位だったんだけれど。けれど、今は違う」

 

 背筋を這い上がる悪寒に、剣は適当だった構えを止めた。そもそも剣の能力的に、本来は構えなど必要としない。只空気に合わせていただけなのを止めた。

 そうした理由は、これまで何処か遊ぶようだった『剣の王』の空気の変質。その意図が、その意思が、その全てが切り裂く事に特化した青年の、切り裂くという意思の発露。

 

「剣。君は、僕と同じであり。だからこそ、僕と君は――いずれ雌雄を決しなければらない好敵手だと、認めよう」

「……嬉しかないなぁ」

 

 高らかではない、どちらかと言えば青年に似合わないような静かな宣言に、剣は溜息を零し。

 人身の鋼が床を蹴るのと。

 再生する人身の怪物が床を蹴り割るのは同時だった。




ひとまず書きあがった範囲が7000文字を超えていたので投稿。
指摘を頂いて考え直し、統合はしないことにします。お騒がせして申し訳ありません。

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