【習作】物理で殴る!   作:天瀬

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第三話、東京災害と媛巫女来訪

 午後一限目はなる腹を堪えるので精一杯だった剣だが、幸いにも休み時間に友人からパンの余りを分けて貰えたこともあり午後二限目を何とか乗り切ることが出来た。

 後はホームルームだけとなれば学生達も気を抜き、教師がくるまで雑談に興じるというもの。当然のように剣も雑談する生徒の一人となって友人と喋っていた。

 

「っつーか、俺としては行き成り二週間も旅行に出てた癖に、帰ってきて何一つ問題なく授業が理解できてるお前が怖いわけだが」

「いや、向こうに一応勉強道具は持って行ってたからな。多分帰った後、期末テストが肝になるって予想してたし」

「旅行先でも勉強してたって訳かよ。優等生って理解できねぇ」

 

 何を当たり前の事を、というような剣の返答に鈴城裕也が肩を竦めて見せる。剣と同じく黒髪黒目であるが、剣と違い十人中七人が格好良いと称する顔立ちを持つ少年。

 剣とは中学からの付き合いであり、気心の知れた仲となっている人物である。彼女持ちであり普段はいちゃついてる様子をあまり見せないが内心ではラブラブのバカップルである、との補足を心の中に浮かべてみる。

 軽く殺意が湧いた剣だった。

 

「勝手に想像して俺を怨むなよ、剣」

「想像じゃなくて事実だろ。って言うかなんでそんなあっさり解るんだよお前」

「表情には出さないけど、雰囲気とか眼が変わるからな。慣れりゃすぐに読めるぞ?」

 

 裕也の言葉にふむ、と剣はしばし考え込む。確かに心当たりとなることはある、観察されるようになってから相棒には簡単に見抜かれるようになった記憶があるのだ。

 

「確かに、そうなのかも。まぁいいか、読まれて困ることも無し」

「……」

「ん? 裕也、どうかした?」

「御前、旅行先で彼女とかできたりしたのか? あるいはなんか理解してくれる友人とか」

「……ノーコメントとさせて頂きます」

「よしモゲロテメェ」

「彼女持ちに言われたくないよ!?」

 

 実にイイ笑顔で言われた言葉に剣は思わず叫び、二人で吹き出して笑い合う。それなりに長い付き合い故にその間にある空気は日を置いても穏やかで暖かなものであった。

 

「因みに剣、御前が旅行に行ってる間に東京は楽しい事になったぞ」

「へぇ、どんな?」

「記録に残りそうな嵐が襲い掛かり、東京タワーが炎上した」

「……は?」

「解りやすく言うと『燃える東京タワー! 東京都、嵐に沈む!』」

「御前は何を言っているんだ。というか全く分かりやすくない件」

「だが真実なんだよな、これが。事件の翌日の新聞読んでみるか?」

「あぁ、あるんなら今度くれ。それは流石に読んでみたい」

 

 苦笑を浮かべる剣に裕也はにやりと笑う。その様子からまだ剣が疑っている、信じていないと思っているようだが、落ち着いた剣からすればそんな在り得ない事を起す存在に心当たりがある。

 まつろわぬ神、或いはカンピオーネ。剣がカンピオーネとなる前にそうなった人物が日本に居るという事から、まつろわぬ神か他のカンピオーネと戦闘でもしたのだろう。

 しかし、東京に嵐を呼び、東京タワーを燃やす権能とはどういった物なのか。自分自身の能力と照らし合わせた後、会いたくないなぁ、と心から思う剣である。

 

「と。裕也、そろそろ先生来るぞ、席に戻っとけー」

「おぅ、あいよー。相変わらず鋭いなー」

「取り柄なものでして。今日はデートか?」

「うむ。悪いな、帰ってくる日を勘違いしてた、明日は空けてるんだけど」

「んじゃぁ明日で。気にするなー」

 

 本気で済まなさそうな様子を見せる友人に笑って片手を振り、席に戻っていくのを見送ってから顔を前に戻すと、丁度そのタイミングで教師が教室に入ってくるところだった。

 

「……ホント、取り得ってこれくらいなんだよな」

 

 直感と洞察力と観察力。後は記憶し推測し行動する。バスケットマンとして積み重ねてきた事、そして人間としてできる事こそが己の武器である、と。

 凄まじい戦闘結果を残した先達の話を聞いたからこそ、剣は自分のできる事を再度胸に刻み込んだ。

 

* * *

 

 夕暮れ時の市街地を目立たぬよう私服で歩く。それなりに賑やかだった繁華街を抜ければ閑静な住宅街、アパートなどより一軒家が多い領域。しかし、それでも沙恵からすれば小さい、とも感じてしまうものだった。

 もとより棲んでいた場所が道場まで内包するような家だったのだ、このように密集して立っている家など比べるべくもない。解ってはいても自分の普段の感覚との違いに若干の戸惑いは発生する。

 戸惑いと言えば、目立たないようにと選んだ服なのだがそれなりに人目を集めた気がする、と沙恵は己の服装に目を落とす。

 己の髪に合わせた暗色系の服装。梅雨も明け夏になっていれば長袖とロングスカートは見る者に寧ろ暑苦しさを感じさせるだろうが、その白い肌からはそんな様子を感じさせず、寧ろ涼やかに着こ為しているようにさえ見せた。

 そんな少女が人目を引かぬはずはないのだが、世間に出歩きなれていない沙恵にはそんな事は解らない。只、服装が何か不味かったのだろうかと少しばかり悩む程度である。

 

「……もう少しちゃんとした服を着てくるべきだったでしょうか」

 

 これから王に御目通りを願うというのに適当すぎたんじゃないだろうか。そんな思いもよぎるが、既に目的地の近くまでたどり着いている。今から帰って着替えるなどできるはずもないし、帰ってしまえば家の者に捕まり無断外出を咎められ謹慎処分を受けてしまいかねない。

 そうなってしまっては千歳一遇の機を失ってしまう事になるだろう。

 此処に来るまでの間、心の何処かにあった罪悪感を意図して無視するために己を正当化し続けた為か。沙恵は今此処で王と会う事に強迫観念にも似た義務感を感じていた。自身はその為に修行してきたのだ、と思い込むほどに。

 そうして辿り着いた一軒の家。周りと比べて同じか少し小さく感じる二階建ての一軒家。表札を見れば、葛原の二文字。

 住所を調べる方法として電話帳を用いることや、地図の見方を以前教えてくれたくたびれたスーツの男性に内心で感謝を捧げながら、沙恵は手を伸ばしてその呼び鈴を押した。

 

 家の中から響く音。けれどそれに応ずる声も無く、人が動く気配もない。

 

「……?」

 

 首を傾げ、もう一度呼び鈴を押す。音はなれど気配はなく、声もまたやはりない。家の主は不在のようである。

 

「……学校は、もう終っている時間だと思うのですけれど……」

 

 空を見上げれば茜色。夏ともなれば昼の時間も長く、こんな時間まで授業が続くという話を聞いた事はない。

 部活動、などという選択肢は沙恵の中には無かった。そもそも彼女は学校に通っていない身、そのようなものがあるという事すら知っているかどうかが疑わしい。

 しかし、覚悟を持って訪れた筈なのにその相手は留守である。どうした者だろうかと家を見上げて考え込んでいる沙恵に周囲から何気に視線が集まっているのだが、彼女は全く気付く様子はなかった。

 このままここで待つべきか、いやそれは失礼に値しないか。そんな風に考えていた折、ふと何かに惹かれるように顔を己が歩いてきた道へ向ける。

 

 黒い服装。しっかりと一番上、首元のボタンまで留められていながら鉄の色を晒すフックは茜の色に晒されている。カラーが付いた首回りはしっかり襟を立て。

 肩に置かれているように見える手。その手を横断するのは黒の色、恐らく手提げかばんを担ぐように持っているのだろう。

 黒の瞳に、黒の髪。跳ねているものが見えないそれは薬で撫でつけられているような不自然さは感じない。

 

 だが、そんな少年の外見とは別に、沙恵には目に映るものがある。沙恵には見えるものがある。

 

 人が触れてはならぬ禁忌。人が踏込んではならぬ領域。人がいる事などできるはずもない世界。

 その世界に居るはずのものの姿。蛇。巨人。大男。

 間違いない、彼は。この少年は。この男性は。

 

 極自然に体が動いていた。日に照らされ熱をもったアスファルトに膝を付く。両膝を揃え、背筋を伸ばし、両手を揃え、上体を倒していく。地についた掌に熱を感じるが気に掛かることすらない。

 最敬礼の座礼を行い、頭を下げたまま沙恵は口を開く。顔を見て話すなどおこがましい、そのような無礼が赦されるような存在ではない。そも、赦されぬと言うのであれば己がこうしてここに居る事自体がそうであると言える。

 

 彼女の前に居るのは王。神を弑逆せしめその権能を簒奪為された反逆者。羅刹王に他ならない。その存在を始めて己が瞳で『視』て、沙恵は漸く悟る事ができた。

 いくら修行の日々を続けてきたといえ、己は思いあがって居たのだと。羅刹王とは媛巫女なぞが自分から安易に訪ねていいような存在ではなかったのだと。

 

「――突然の訪問という無礼、どうかお許しくださいませ、葛原様」

 

 沙恵の前に立つ少年、剣は。特にその表情に何の感情を乗せる事も無く、ただ冷めた目で己に対し平伏する少女を見下ろしていた。

 

* * *

 

 帰ってきたら家の前で美少女が平伏してました。なにこれ何のドッキリ? カメラドコー?

 

 その瞬間の剣の心境を端的に語ればこのようになる。まさしく何が起きたのか解らない、否、何が起きているのか解らない状況である。もし叶うならどうしてこうなった、とどこぞのアスキーアートのように踊り出していたかもしれない。

 内心の動揺や感情が表に出辛いという自身の特性に感謝したくなった瞬間だったが、しかし、最近そういえばそんな瞬間が多いと気付いて内心で少し凹んだ。昔は嫌だったものなのだ。

 

「葛原様…?」

 

 耳に心地の良い涼やかな声が現実逃避を仕掛けていた剣の意識を引っ張り戻す。はたと気付けば数多の視線、視線、視線。それらは自分と、自分の前に平伏し頭を下げたまま身を起そうとしない少女に向けられている。

 この状況は不味い。とても不味い。何が不味いってご近所様の目が不味い。頭を下げられたまま一言も発さず、行動もしない自分を訝しむ様な気配も感じ取れる気がして剣は内心かなり慌てていた。

 だが同時に脳裏をよぎるものがある。必要以上に剣を立て、自分を下に見るこの姿勢。向こうを出るときに相棒に言われていた事に…若干ずれてる気もするが…概ね一致する。

 そう、これは日本の魔術協会たる正史編纂委員会からの接触ではないだろうか。

 

『良い、剣。貴方は魔王なの。貴方は魔術界、呪術界における王なの。その力は絶大で、その威光は強大。故に必ず日本の魔術統括組織が取り入ろうとしてくるはずよ。弱みを見せない様に気を付けながら縁は紡いでおきなさい』

 

 思い出した相棒の言葉に紡ぎかけた言葉を一度止め、吟味する。安易な言葉を書けて舐められるのは困る、だがだからと言って此処で高圧的な言葉を使うのは社会的に終わる気がする。

 脂汗さえ滲みそうな緊張の中、それでもやっぱり動いてる様子がない表情筋に今までにない盛大な感謝を捧げつつ剣は必死で思考し脳内で言葉を紡いで、口を開いた。

 

「顔を上げ、立ってくれ。僕に恥をかかせるつもりがないのであれば、だけれど」

「っ、は、はい、申し訳ありませんっ!」

 

 結局高圧的になってしまった気がするけれど、うん、まぁ、仕方ない。仕方ないんだ。剣は必死で自分を納得させることにする。

 剣の言葉に慌てたように身を起こし立ち上がった少女は、そのまま流れでスカートの膝を払おうとし、しかしその動きを硬直させる。恥じ入るような様子で身を竦めながら背を伸ばして立つものの、その視線は剣の顔ではなく首元あたりに向けられていた。

 顔を見るのすら失礼にあたる。そんな様子が見て取れる少女の様子に剣は内心で溜息を吐きながら次に掛けるべき言葉を少しだけ吟味してから、風に乗せた。

 

「膝を払って構わない。後、聞きたいことがあるから上がって貰うよ」

「有難う、御座います。承知いたしました」

 

 声をかけ、直ぐに視線を外して敢えて背を向ける。そのままポケットから鍵を取り出していれば後ろから服を払う音と、微かな安堵の吐息。なんでこんな言怯えられているのやらと思いながらも鍵を開け扉を開いて先に入る。

 靴を脱ぎ家に上がったところで再度扉が開かれた。眼だけで後ろを確認すれば先程の少女が追って入ってきた事を確認して、

 

「そこの扉を入ればリビングだから、そこで待っていて。僕は着替えてくる」

「はい」

 

 どうせ話し合いは長くなるだろうし、先に着替えておいた方が良い。そう判断して剣はリビングを指で示し少女に指示を出してから、廊下を歩きだす。

 己の背に向って頭を下げる動きの気配。それに居心地の悪さを考えつつ階段を上がり、二階の自室へ。少女の気配は剣は二階に上がってから…つまり、少女の視界から消えてからリビングに向かうのを感じた。

 

「…どうしよっかな…僕、交渉とか苦手なんだけど」

 

 今から相棒に電話すれば繋がるだろうか、そして助言頼もうか。そんな思いが浮き上がって来るもののなんとか抑え込んだ。こんなことで安易に頼っていては自分の為にはならないし、自分の為にならない事をあの相棒がしてくれるとは思えない。

 

『相手はどうすれば貴方を最大限利用できるか考えてるわ。けれど、絶対に貴方に対し強気に出る事は出来ない。だから、此方は強気に出ながらしっかりと相手の意図を読むように気を付けなさい。おだてに乗せられちゃダメだからね?』

 

 ぐ、と気を引き締める。これが葛原剣の日本での初陣であり、故に決して負けるわけにはいかない勝負となるだろう。剣にとって今後日本で生活する上で大きな影響を及ぼしかねない交渉となるのだ。

 故に、学校で確認した己の武器を再度脳裏に思い浮かべて確認しつつ、制服を脱ぎ普段着に着替える剣。一度鏡を見て、そして。

 そういえば下に来ているのは少女だったなと思い浮かんだ瞬間に、相棒に言われていた言葉も思い出した。

 

『ひょっとしたら相手は女性を捧げてくるかもしれない。その時は、えぇと、一人は受け取りなさい。一切を拒むのは得策じゃないから…でも受け取るのは一人だけよ? どうせ二人も三人も引き取ったところで振り回されるだけなんだから、絶対に一人だけ。解った?』

 

「……いや、幾らなんでもあの子がそれはないだろう、僕。吊り合い取れなさすぎるって」

 

 あっはっは、と渇いた笑いを声を出さずに上げてみた。うん、ない。ないだろう。そんな風に思い込み直してから自室を出てリビングに向かう。

 媛巫女と魔王の邂逅はこうして成る。

 魔王を見ていた者達が止める暇もない程に、絶妙なるタイミングでの事であった。


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