【習作】物理で殴る!   作:天瀬

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一、八人目の王
おーぷにんぐ


 これは、カンピオーネと呼ばれるようになった少年の御話である。

 まず、彼の主張と名乗りまでを彼の視点から追ってほしい。

 

* * *

 

 突然の事で申し訳ないが、少しばかり話を聞いてもらいたい。

 内容は愚痴というかなんと言うか、何とも言えないような内容ではあるんだけれど。

 

 それなりに裕福な家に生まれ、両親が旅行好きだったことから僕は良く海外へ連れて行って貰っていた。

 物心つく前から海外旅行に連れ出されていたらしい。正直に言えば無茶する両親だと思う。

 でも、物心ついた時には日本にはない光景なんかは僕をすぐに虜にした。日本が嫌いとか、退屈だとか言うつもりはない。日本には日本のいいところがある。

 けれど、なんと言うか。日本にはない造形の街並みや道路、全く異なる気質の人々、空気、温度。そういった、自分が普段感じるものとは違う感覚がとても、そう、とても楽しかったんだ。

 十を超えたくらいには、僕は自分から海を渡りたいと言い出すほどになっていた。

 

 十五になったら一人で旅行をしても良いと言われ、その時をずっと、ずっと心待ちにしていた。

 そんな僕に両親は笑い、十四の春に。

 

「きっと家族より一人で出掛けたがるだろうから、今回で家族旅行の最後かもな」

 

 なんて笑いながら僕を海外へと連れ出してくれたものだ。

 

 それから色々あってその年は全く旅行が出来なかった。旅行しよう、なんて思う余裕が無かった。只々必死で、やらなければならない事に押されていた。

 そんな事がひと段落した、翌年の春。ふと最後の家族旅行の事を思い出して、無性にどこかへ出かけたくなった。

 きっとそれは逃げがあったんだと思う。何処かで諦めがあって、何処か諦めたくて。

 

 そしてその夏、僕は学校を休んで出かけることにした。夏休みまでなんて待っていられない、行くと決めたから行くのだ。

 そしてそれを最後の旅行として、後は只勉学に打ち込み生きていく。

 

 そうなるはずだった。そうなるはずだったんだ。

 

 出かけた先のギリシャで、でっかい蛇と少女に出会って。

 見上げなければならないような巨人と出会って。

 蛇使いを継ぐ人達に出会って。

 

 そして僕は今。

 

 死んでいた。こう、完璧に、完膚無きに、死んでいた。いやほんと理不尽だね。

 そして僕は何時もの通り、死んでいる間に生と不死の境界へと向かう事になったのであった。

 

* * *

 

「あら、また来たのね。そんなにお母さんが恋しいのかしら?」

「帰れ」

 

 どこか幼い外見だというのに男の目をとらえて離さないような、そんな『女』を宿す人物が笑顔を浮かべて歓迎してくれたので、笑顔で応じてみる。

 僕らが発生した時以外だとここ……生と不死の境界くらいでしか会う事の出来ない自称義母のパンドラは、僕の答えに笑顔を凍り付かせた。

 

「最近息子が冷たくて、母さん泣きそう」

「会いたくて会いに来てる訳じゃないからなぁ。って言うか出来れば会いたくない」

「そんな、頻繁に会いに来てくれる親孝行な息子が出来たってひそかに喜んでたのに!?」

「言ってる時点でまったくひそかじゃない件。って言うか喜ぶなよ息子の死を」

 

 さめざめと泣き真似をするパンドラにこぼれ出る溜息を堪える事は出来ず、というか堪える気にすらならなかった。

 しかし、自分でも死にすぎという自覚はある。死ぬ度にパンドラと会えてる訳じゃないが、それでも遭遇頻度が高いのも事実。

 っつーか、彼女と一番顔を多く会わせているのは僕だと胸を張って言える気がする。

 

「息子の顔を見れて嬉しくない親なんていないわ」

「これが生死の狭間でない場所で言われてたら喜べるんだ、喜べるんだけどさ」

「喜んでもいいのよ?」

「わぁいやったぁおかあさんにあえたぞうれしいなぁ」

 

 棒読みも一種の感情表現だとこんなところで表現してみたが、にこにこと笑っているパンドラにはまったく通じる様子はない。

 というか、パンドラと会う事自体は嫌ではないのだが流石に生死の狭間に何度も来るのは勘弁して頂きたい。それって何度も死ぬって事だし。

 死ぬのは辛いのだ。痛かったりしんどかったりするし、苦しいのは当たり前だし。

 

「ってか、どうせここでの会話なんて覚えてないってのになんでこんな無駄な会話してるんだろう、僕」

「無駄って、こうやってお母さんとの時間を作るのはとても大事な事なんじゃないかしら」

「他の子に任せたいと思うんだけどどうだろうか?」

「他の子はほとんどここに来るともう終わりが近いのよね」

 

 流石のパンドラも笑ってられないという事だろうか。ノリの軽さから彼女はそんな時でもおちゃらけそうな気がするのだが。

 と、不意に意識が何かに引っ張られるような感覚。狭間の此方側、生の方向から僕を呼ぶ声が聞こえる気がする。

 

「あら、もう帰るの?」

「なんで残念そうなのかと小一時間。って突っ込んでる場合じゃないか」

 

 本当に心底から残念そうな顔をするパンドラに言葉を返しながら、呼ばれる方へと意識を向ける。初めのうちこそこの感覚もよく解らなかったが、もはや慣れたモノとなってしまった。

 

「またね、お母さん何時でも待ってるから」

「其れ完全に息子の死を期待してるって台詞になってる件」

 

 最後の最後まで突っ込みどころ満載の台詞を吐いてくれる我らが義母の方を振り返ると、笑って手を振っていた。

 

* * *

 

 目を覚ませば見えるのは銀。風に揺れるその色は、夜闇の中で月明かりを受けて密やかに輝く。

 綺麗だ、と。素直に、心から想わされるような色に出会ったのは何度目だろうか。さして長く生きてはいないけれど、それでも此処まで綺麗な色はそうそう見る事は出来ないだろう。

 銀の下、少し赤く染まった白い肌だって、今は見えない赤い瞳だって。彼女の全てが綺麗で、とても綺麗すぎて。だから僕はそれを口に乗せるんだ。

 

「綺麗だ……」

「御機嫌取りは良いから服を着なさいゼンラーマン」

 

 はい、見苦しいものをお見せして本当済みません。

 言われた通りに一部を隠すように己の体の上に乗せられていた予備の服をもそもそと着込む。正直今回の旅行の為に持ってきた服はこれで最後だったりするのだが背に腹は代えられない。

 今日の事が終わったら新しい服をこっちで買わなければならないかもしれない。師匠にばれたらどんな服を着せられるか解ったものじゃないので黙っておこう。

 

「で。僕は一体何で死んだのさ?」

「覚えてないの?」

 

 確りと、下着も含めて服を着込んだ僕の方へ振り返り問いかけてくる相手を僕は頬を掻きながら改めて眺めた。

 銀の髪は長く腰までを覆う程に。瞳は綺麗な赤でぱっちりと開かれ、その鼻梁は主張しすぎぬ高さで彼女の雰囲気を少し幼く見せる。薄く、しかし鮮やかな色を感じさせる唇は最近まで手入れなんてしてなかった、という話だから驚きだ。

 今でこそしっかり着込んだ服に隠されてしまっているがその下は主張と控え目のバランスが取れ、異性同性問わず目を引き寄せる。羞恥から薄く染まっていた肌の色は早くも冷静さを取り戻したのか何時もの白磁の様な色に落ち着いていた。

 立っている僕を、同じように立って見上げてくる彼女の表情は可愛らしい顔立ちだというのに冷たくすら見える程に引き締まっている。……照れた彼女の顔の方が可愛らしくて好きなのだけど。

 

「貴方今全く関係ないこと考えてない?」

「いや、そんな事はないよ。直前までの記憶はあるんだけれど、気が付いたら死んでいた感じだから、今回は」

 

 向けられる赤いじと目にポーカーフェイスで応じてのける。感情が表情に出にくいと昔から言われてはいたのだがじと目はしばらく続き、仕方ない、というように溜息を吐かれた。

 どうやら僕の思考程度読まれてしまっているようである。くそう、厄介な。

 

「殴り合いじゃ埒が明かないと思われたんでしょうね、雷を呼んで焼き払われたの。実に見事な焼死体だったわ」

「わぁいなんて酷い。っつーか焼かれるってなると中々辛いな、ある程度解っちゃいたけどさ」

 

 吐いた溜息は予想以上に重かった。

 今回の相手、まつろわぬ神の一柱。農耕神であり雷神とも呼ばれる北欧の神、トール。彼のその能力を考えるのであれば雷撃を持って相手を焼き払うなど造作もない事だろう。

 いかにまつろわぬ神は降臨時の神話をベースにするとは言え彼がミョルニルを持たない事はまず在り得ない。時折奪われたりおいて行ったりするお話も存在するが、それは同時にその鎚はそう言ったイベントが起こる程に彼という神にとって必須なものだという事なのだから。

 そして雷撃に熱はつきものである。もっとも、雷撃そのものが怖いわけじゃない辺り色々狂ってるなぁと自分でも思い始めている。

 

「こっちが素手だから付き合ってくれると思っていたのに、雷神殿も中々に酷い事をしてくれる」

「神殺しに其処までつきあう神なんてそういないわよ、寧ろよく付き合ってくれたって感謝しなきゃ駄目なレベルじゃない?」

「んー。正直、雷神殿の反応を考えると殺意ってよりはこう。好敵手的な感じが強かったんだけどなぁ」

「だとするなら、だからこそミョルニルを使ったんじゃない? 好敵手だと思ったからこそ」

 

 成程、と納得させられる理由であった。頭を使うのを彼女に任せるのがやっぱり一番良い様子、ならば僕はただ一つの剣となろうと思うんだ。

 

「また余計なこと考えてない?」

「そんな事はない。って言うか、そうなるとこっちに勝ち目がない気がするんだが、どうやって対処するんだ? 後、雷神殿はどこ行った?」

 

 気付いてみれば近くにトールは居ない。直ぐ視界に入る場所だと目覚めた瞬間服着る間もなく即殺されそうだからある程度離れているのは願ったり叶ったりなんだけど、だからと言って離れられすぎても困る。

 なんとか周囲にあまり被害が出ないような場所へと誘き出したばかりだというのに、これでまた待ちとかに行かれてしまったら元も子もない。

 

「一応、簡単には考えたけど。後、トールは貴方と戦ったところから動いてないわ。殴り合った痕の傷が治るまで待っているのか、何かを確信しているのかまでは解らないけど」

「……何かって何さ?」

「貴方がまた再生する事でしょうね。とは言えそう長く待ってはくれないだろうから簡単に説明するわ」

 

 彼女が取り出したのは一本の槍。複雑な装飾が行われ、見るからにやばい感じがする。何か握ったら呪われそうな気がするんだが。

 

「ぇ、これを使えと?」

「最後にはね。まずは神話に沿って正々堂々力比べから持ちかけて、其処から殴り合い、最後に武器を使うという流れにすればトールがミョルニルを使うタイミングを限定できる」

「で。ミョルニルを使う時に僕もこれで反撃をする、と。でも使えるの? まつろわぬ神には普通の武器は通じないって話だけど」

「普通じゃなければいいのよ。この槍は聖別した鋼を霊薬に三日三晩浸し、更に呪式を刻んだ――」

「御免細かい説明聞いてもどうせわかんないから端的に宜しく」

「……。解りやすく効果だけを言えば、ロンギヌスの槍のレプリカ品よ」

「OK、理解」

 

 呆れたような彼女の視線が痛いが、実際解りもしない事を聞いても仕方ないと思うんだ。レプリカとは言え、神殺しの槍ならば通じる目はあるんだろう。

 本当にまったく通じないものならば彼女が出して来る筈はない。もっとも、このおどろおどろしい装飾は地味に気になるところではある。基本こういったことは簡略化しがちな彼女が作ったものとは思えないほどに。

 

「因みにこれの作者は?」

「御師様。製法の伝授と共に一つだけ作って下さったの。だから性能は心配しなくていいわ」

 

 言いつつ目を逸らすところを見ると、彼女も性能以外の所では思う所があるという事か。まぁ、うん、師匠のそういった技能は疑うべくもないので素直に受け取っておく。

 

「……さて、んじゃ何時もの通りこれ宜しく。行ってくるよ」

「えぇ、行ってらっしゃい。……御免ね、役に立てなくて」

「十分役に立ってくれてるよ。後は……無事帰ってこれたら祝福のくちづけでもくれたらそれで十分だ」

「……。無事に帰ってこれたらね」

 

 本来なら確り策を立てる彼女が策を考える余裕すらなかった事は驚きではあるけれど、それでも考えてくれた流れには納得がいくし後は僕が頑張れば如何にかできる段階ではあるのだ。

 だからと何時もの通りな僕の言動に、彼女は仕方なさそうに笑ってくれた。

 

 

 僕が殺された場所に向かえば、確かに見事な焼死体の後。うわぁい自分の死体を見るとか楽しくねぇ。

 そして、そこにどっかと座っていた一柱の神。赤い髪に赤い髭、燃えるような瞳を持つ大男。さまざまな地方にて信仰される農耕神にて雷の名を持つもの。

 北欧神話最強の戦神。ミョルニルを振るい浄化と破滅を行うもの。雷神トール。

 

「やはり戻って来たか、小僧!」

「読まれてたってのが意外だよ。僕は其処でその通り死んでるってのに」

「ふん、此方を伺っている者が逃げていない。あれは貴様の従者だろう、神殺し」

「……彼女を目に入れてたってのが驚きだ」

 

 まつろわぬ神は基本、神殺しでもない人間を意識しない。歯牙にもかけないというのではなく、其処に居るという事すら気にしないというまさに空気と同じ扱いの筈だ。

 彼女は其処まで意識されるべき存在だったかと言われると、そんな事はない筈。所詮僕の従者でしかない彼女を気に掛ける事に大した意味なんて……。

 

「……そうか、僕か」

「そう、貴様だ神殺し。アレがいる限り貴様は戻ってくる。まだ諦めてないんだろ?」

「諦めれるなら神殺しになんぞなっちゃないね。……さて、雷神殿、仕切り直しだ、力比べからはじめないか?」

 

 ミョルニルを手に立ち上がる雷神を前に。槍を地面に突き立て問いかけると奴は豪快に笑った。

 

「俺に力比べを挑むか! 良いだろう、乗ってやろうじゃないか、貴様なら楽しめそうだ!」

「よし、なら始めようか雷神殿」

 

 ミョルニルを小さくし、懐にしまう大男を前に僕は獰猛に笑って見せた。獰猛に見えたはずである。元々感情が顔に出ない為こういう表情を作るのは苦手なんだが、これもまた師匠に叩き込まれているのだ。

 

「カンピオーネ、葛原剣が改めて雷神トールに挑む。その権能を僕に寄越せ……!」

 

* * *

 

 これは、カンピオーネと呼ばれるようになった少年が。

 まつろわぬ神々や同じカンピオーネと呼ばれる存在を『物理で殴る』御話である。


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