思いつき短編集   作:御結びの素

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やんでる骸骨さんがやんでる姫様の身体に憑依転生した話


ニーベルンゲンの呪われた黄金

 

 幼さの残る美貌から、はぁ、と長い溜息がもれた。

 

「どうしてダメなのかな……」

 

 この国の、王国の現状を考えればなかなか悪くない話だと思ったのに。

 黄金の姫ラナーの美しい唇から、もう一度長い溜息がもれた。

 

「ねぇ、ラナー。どうしてアレが通るなんて思ったの?」

 

 ラナーの数少ない――むしろただ一人の――友人は、呆れに呆れた目をして尋ねる

 

「食事も睡眠も必要なし、朝から朝まで、年中無休で作業可能な労働力。素晴らしいでしょう?」

「そうね」

「使わない方がおかしくない?」

「ないわね」

「どうして?」

「どうしても」

「ラキュース……私には、わからない。どうして皆が私の考えを理解してくれないのかが」

「うん、あなたの言いたいこと、分からなくはないの。でもね、ラナー、私は神官なのよ。アンデッド作業員なんて認められるわけがないでしょう!」

 

 ラナーは先ほどよりも長く、長く溜息を吐いた。

 

 この国には、黄金と呼ばれる姫がいる。

 その姫は美しかった。呼び名通りの輝く黄金の髪。宝石のようにきらめく瞳。透けるように白い肌。その肢体の黄金比。

 ラナーの昔の友人のような、一部の特殊な趣味を持つ男性以外ならば、誰であっても称賛を惜しまないであろう美貌だ。

 ラナー自身、鏡を見て自分に見惚れてしまうことがあるくらいだ。

 

 ――TS転生して、美少女の上に、かなり詰んだ状況の国の姫になるとか……。誰かが好きそうな話だよな、ホント。

 

 はぁ、とまたもやラナーの美貌が憂いに沈んだ。影のさしたその横顔は、同性であるラキュースですら惑わすほど。

 

「なんでダメなんだろう」

「どうしてダメだって分からないのよ」

「アンデッド嫌い?」

「アンデッドが好きな人なんていないわ」

「ひどい」

「どうしてそうなるのよ」

 

 やたらとアンデッドを推す奇妙な性癖が知れ渡っていなければ、嫁ぎ先も引く手あまただったことだろう。

 

「このままでは、この国はもたない。そう遠くない日に、終わってしまう」

「……そうかもしれないわね」

「私に任せてくれれば、きっと上手くいくはず。今度こそ!」

「そう言って、何度失敗したか覚えてる?」

 

 ラナーは押し黙った。かつての、前世の友人たちから聞きかじったことを、適当な知識と、姫という立場で振り回した。良かれと思って。

 その結果は失敗続き。

 

 この国には、黄金と呼ばれる姫がいる。

 その姫は、頭のおかしい気狂い。訳のわからぬことばかり言い。口を出しては失敗ばかり。

 

「それでも、冒険者の件は上手くいったはず!」

「持って行かれたわよね。手柄」

「まぁ、気狂いの提案では上手くいく話も、ダメになるから……」

「バカよね。あなた」

「そんなバカに付き合うラキュースも、なかなか……」

 

 ごく一部、ほんの僅かな切れ者だけは、その言葉の奥にあるものを読み取ることが出来るが、ほとんどのものは、狂った黄金の言葉に耳を貸さない。貴族はもちろん、民衆も、父である王も。

 

「それは、私のしゅ……、いえ、内なる闇の力との終わりなき戦いを理解してくれたのは、あなたくらいだから」

「ウル……麗しき友情ですね」

「そう、あなたは確か――心の中に、邪悪を極めたネクロマンサーの生まれ変わりなのよね?」

「そ、それは間違いのない真実ですよ」

 

 ――実は、ただの営業マンだったなんて言えないよな。今さら……。ラキュースに見捨てられたら完全にボッチだし。

 

「私には分かるの。あなたこそ、私の前世の……」

 

 ――おかしいんだよな。聞いてた話では、『TS転生して美少女なお姫様になりました!』って場合、なんだかんだでちやほやされて、むしろモテすぎて困るくらいになるってことだったのに。どうしてこんな。

 

「私も分かる。ラキュースは前世の友人によく似たところがある」

「友人……? 私たち、『親友』でしょう!?」

「し、しんゆう……親友!?」

「ええ! 間違いないわ! 前世の頃から受け継がれた絆。ハッキリとは分からないけれど、通じ合うものがあるのは確か。これは、きっとそうに違いないの! 死でさえも、私たちの友情を断ち切ることは出来なかったのよ!」

「あらゆる生あるものの目指すところは死である。しかし、友情は……不滅。そんな夢が……」

「ラナー……あなたは、やっぱり……」

 

 ラキュースの挙動がおかしい。いつもおかしいので、どこがおかしいのかわからないのだけれど。

 ボーっといつもの狂乱を見守っていたラナーは、ラキュースに突然抱きしめられた。

 

 ――美人なんだよなぁ。当たってる、気持ちいい、手放したくない、この感触! でも、自分が女じゃどうにもならない。ああ、出来ることなら、失くしてしまう前に出会いたかった。

 

 前世は死の支配者。そんな発言をする狂った黄金に供回りなどいはしない。メイドたちも寄り付かない。見捨てられた姫君。

 そんな姫にすり寄る変わり者の貴族は、たった一人。右手や、右目や、あるいは心臓などに闇の悪魔が封印されていると自称する変人だけ。

 

「ラ、ラキュース……その、近いから、うん、近い」

「あ、ごめんなさい。勝手に盛り上がってしまって」

「いや、いいけれど。いいですけれど。全然」

 

 ラキュースは、ラナーのたった一人の友達だ。親友とまで言ってくれる。友達だった。

 

「ところで、あなたって話し方っていうか、口調が安定しないわよね」

「それは……」

「それは……?」

「実は、私の中には、二つ……いや、三つの人格が存在しているせいなのだ」

「ラナー!! 素晴らしいわ、ラナー! あなたこそ、私の、このラキュースの心の友よ!」

「こ、心の……!」

「唯一無二の心友よ!」

「ゆ、唯一無二!!」

 

 

 ◇   ◇   ◇

 

 

 幼さの消えかかった美貌から、はぁ、と溜息がもれた。

 

 ――ラキュースに縁談か。当たり前だよな。貴族だし。今までなかった方がおかしい。

 

 ラキュースはだいたいおかしかったので、ラナーは今までそんなことを考えもしなかった。

 目の前でそのことを語る親友を見ながら、ラナーはもう一度憂いをこぼす。

 それを聞いたラキュースも、続けてこぼしてしまった。

 

「はぁ……。分かってはいたの。いつかこんな日が来るって。でも、ね……」

 

 ラキュースの嫁ぐ相手――ほぼ確定しているらしい――は、あまり良い噂を聞かない男だった。

 小さなころから言動がおかしくて、その上、気狂いの黄金と親しいなんて、そんなのマイナスにしかならない。

 

「その男は、娼館、それも……相当性質の良くないところに出入りしている」

「あくまでも、噂だけれどね」

「事実だ、よ。調べたから」

「あなたに、そんなことを調べられるような力はないでしょう?」

 

 小さなころから、言葉が、知識が、周囲と合わなかった。そんな、ラナーでも本当に幼い頃は人を使うことが出来た。だけれども、長ずるにつれて姫としての扱いはされなくなっていった。

 少なくともラナーには、権力の類は、もう何も残っていない。

 

「私の前世は死の支配者。幼い頃には抑えられていた力も、出来なくなっていた多くのことも、人間プレイヤーのスタート時最低年齢を超えた今なら、かなりのことが出来る」

「プレイヤー?」

「ラキュース。もしも、君が望んでくれるなら、私は君を望まぬ結婚から救える」

「そうね、もしもそれが本当なら……私も家を飛び出さなくても済むわね」

 

 ラナーは首を傾げた。なるべくカッコつけた話し方をしていたのに、「え?」と抜けた声が出てしまう。

 

「あの男……ラナーが相手なのだから、あの男呼びでいいわよね? いえ、アイツでいいわね。あんなヤツ。前に会ったことがあるのだけれど……無理! 絶対に、無理。死んでも嫌! って本気で思えるヤツだったのよ。だから……」

「どこかに、行ってしまうということですか?」

 

 それは発したラナー自身が、ハッキリと自覚できるほどに冷え冷えとした声色だった。冷たく、それでいて熱く、濁って、でも純粋な何らかの感情がこもった声だった。

 

「え……ええ、冒険者に、なって、みよう……かしらって……」

 

 ラナーの瞳の奥で、化け物が悲鳴を上げていた。

 

「ラキュース……。あなたまで、いなくなってしまうのですか?」

 

 瞳の奥の化け物は、今の状況と過去のそれを重ねてしまった。

 ゲームと、現実。その違いは考慮に値しない。

 

「戻って来るわ、必ず!」

 

 だって、誰も帰って来てはくれなかったのだ。

 どうして、この目の前の心友だけはそうではないと思えるだろう。

 全てをなくして、死んだ。恐らく、そうなのだろうとラナーは思っていた。

 死の前後のことは曖昧だが、人生の全てと思っていたユグドラシルが死んだとき、自分もまた死んだのだ。そう確信していた。

 

「あなたを、一人にはさせない。ただ、少しだけ時間がほしいの」

 

 ラナーの瞳の奥の化け物が、孤独の玉座に腰かけている。誰もいない場所で、虚空に向かって吠えている。

 

 ――信じられるものか。信じたい。信じたい。信じたい。でも、離すものか。

 

 今生の名は、ラナー・ティエール・シャルドロン・ライル・ヴァイセルフ。「黄金」と評される美貌の姫君。その精神が狂ってさえいなければ、と王を大いに嘆かせた王女。

 前世の名は、名乗るほどのものでもない。名乗ったところで知る者もほとんどいない。

 彼女は、化け物だった。

 思考能力は凡人のそれ。

 ただし、前世の知識がある。言葉が足らない上に、今の世で活かせるほどには詳しくないために役には立たなかったが。むしろ、その知識は彼女を孤独にした。良かれと思って話すほど、周囲は彼女を気狂いと蔑み嗤ったのだから。

 深窓の姫君ゆえ、表に出せぬ狂人ゆえ、幼い頃の体力は並みよりも遥かに劣っていた。

 だが、今は、人間種の「人間」プレイヤーの最低設定年齢に到達したその瞬間、ラナーの「職業レベル」が解放されたのだ。

 

 ――人間となってしまったせいか、種族由来の能力は使えない。だが、どういうわけか種族限定の職業のスキルは使用できる。だとすると、今の私のレベルは職業のみの60レベル……はっきり言って、弱い。

 弱いが、エクリプスのアレと、即死魔法のいくつかは使えるのだから。なんとかなるか……?

 

 ラナーは、化け物だ。

 アンデッドと死霊魔法を極めた果てに得られる職業のレベルを保有し、種族レベルを持たない人間。

 

 ――もし、ここからレベル上げが可能だとしたら、あのコンボが出来るんじゃないか? アレも、アレもいけるかもしれない。

 よし、殺そう。その男を殺そう。私から友を奪うヤツは、全員殺してやる。

 

「ラナー……、ラナー……、ラナー……ねえ、聞いている?」

「少し、考え事をしていました」

 

 何事もなければ、民を思って大人しく王族の義務に服していたかもしれない。

 狂人と呼ばれていても、見目は良いのだから役には立っただろう――それで国が保てるかは別として。

 ラナーはあきらめることを知っていたし、搾取される側の気持ちも理解できる心を、一応は持っていたのだから。

 ただ、ラナーには友人が出来てしまった。たったひとつ、捨てることの出来ない執着の源が。

 その夜、ある貴族の屋敷がこの世から消滅した。

 

 

「黄金」から奪うものは、何者であれ死ぬ運命にある。

 

 




種族レベルなし(40レベルダウン)
種族能力なし(精神無効もなし)
装備無し
ナザリックNPCなし
職業レベルあり(異世界補正により前提無視:例・双子忍者)
職業スキルあり(魔法は既に習得している)
友達1名

装備無しのナーベラルに近いくらい。
ただし、職業クラススキルは発動できるので……

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