思いつき短編集   作:空上
<< 前の話 次の話 >>

5 / 10
例のおまけ用に書いた物の端切れ

 ユグドラシル最終日、モモンガは運営の用意したイベントに参加していた。

「よう、モモンガさんじゃねーか。お前んとこには随分世話になったなー」
「ああ……、いや、それはこっちのセリフでしょ。攻めて来たのそっちですし」
「まーなー、あんときはこのクソギルドが、チートしてやがるだろ!? ああ!? 消えろ人外! とか思ったもんだが、今になってみると、あの頃が一番楽しかったなぁ……」
「またまたこっちセリフですよ。1500も集めてそっちから来ておいて、あの結果。その上、後からグダグダとなんて情けないって……。でも、たしかにそうでしたね。あの頃は、楽しかった。みんな……いましたから」

 戦闘禁止のお別れ会。すたれ忘れられて行ったユグドラシルに最後まで残った者たちの最後の語らいの場。
 なお、とくにシステム的な制限はかけられていない。そこは個々人のマナーの問題であるとされている。
 禁止と言われていても破っても構わない。自由度が売りのゲーム()()()のだ。運営は、最後の日まで運営だった。

「だなぁ、あの頃はみんな熱かった。ユグドラシルはゲームじゃない! 人生だ! って感じで本気だった。まぁ、リアルや新作には勝てなかったワケだが」
「はぁ……。仕方ないことですよ。でも、この最後の2年くらいもそう悪くなかったですよ。お金も気にせずやりたい放題でしたし。お金……って言ってもゲーム内のですけど」
「そうだな。それに、まさかあのアインズ・ウール・ゴウンのギルマスとこんな話をするようになるなんて思わなかった、全盛期には」
「ですね。なんていうか……辞める人が遺して行った物が積み重なって、最後の方に残ってた人は結構お金持ちの物持ちばかりで、欲が薄くなって来てたって言うか。ワールドアイテムが競売にかけられたりとか想像もできませんでしたよ。昔は――」

 モモンガが今話している相手は、かつてモモンガの所属しているギルドの拠点を脅かしたことの在る敵だった人物。
 しかし、それも今は昔。もう、あの頃のような情熱も憎しみも無い。

 ユグドラシルが終わるまで2年を切った頃の事。
 モモンガは、自身のアバターとなるキャラクターは満足できるところまで成長させていた。レベルを下げて調整し、また上げて、また下げて調整しを繰り返し、本当に吟味しつくした。
 アイテムも集めきってしまった。汎用的な最強クラスの装備の他に、特化した状況用の最高ランク装備まで各種揃えるほどに用意してしまった。もうこれ以上はそうそうたどり着けない領域まで。
 ゲーム内に用意された複数のワールド。様々な要素。特殊なボスモンスターも含めた大量のモンスターとの戦い。
 全盛期を共に過ごした仲間達が居なくなった後、モモンガはそれらをアインズ・ウール・ゴウン最後の1人としやり尽してきたのだ。
 仲間達が去った後。ギルドにモモンガしかいなくなった後にも、ユグドラシルにはいくつかの要素が追加された。

 やりたい。遊びたい。自分はまだこのゲームに飽きてはいない!

 モモンガは1人でそれらに挑んだ。
 そして当然のように敗北した。
 複数人でのクリアを前提としたコンテンツを、1人でクリアすることなどそうそう出来はしない。
 最高の装備、最高のプレイヤースキル、それぞれのコンテンツに合わせて低レベルから調整しつくしたアバター。それらを揃えて、運に味方されてもまず不可能。
 人数は力なのだ。

『どなたか一緒に、追加クエストやりに行きませんかー!? こちら信仰系キャスターとタンクそれぞれ1。魔力系アタッカーと物理アタッカー募集中!!』

 そんな時に、響き渡る叫び声を聞いた。臨時の野良パーティーの募集である。
 アインズ・ウール・ゴウンがそうであったように……いや、それ以上に、他所のギルドも人が居なくなっていた。
 モモンガは、なんとなくそれに乗ってみようかと思った。気まぐれだ。さびしかったのだ。むなしかったのだ。1人で挑んで負けるだけの、ゲームが。

『すいませーん。魔力系ですがいいですか? あと、オーバーロードですけど』
『はい! 全然かまいません。歓迎です。よろしくお願いします!』

 もう、人間種だとか異形だとか言っていては人が集まらない時期だったのだ。その頃は。差別していては、運営の用意したコンテンツもまともにクリアできない。
 クリアできなければつまらなくなり、つまらないからと人が辞める。そんな時期でもあった。

「よろーって……。モモンガキター!」
「有名人キター!」
「あの、いや、やめてくださいよ」
「まあまあ、頼もしいじゃないですか。これで揃ったし、出発しようと思うのですが、その前にクエスト内容の確認を――」

 初めてあった人、どこかで見かけたことのある人、敵だったことのある人。そんな人たちと一緒に遊んだ。かつての最高の仲間達との思い出程には面白くは無かったし、連携も上手くは行かなかった。

 それでも、それなりに楽しめた。ユグドラシルが楽しかった。

 そんなことが何度かあり、モモンガのプレイスタイルはそれまでとかなり変わった。
 よく野良パーティで遊ぶようになった。その内、ある程度贔屓して誘ってくれる人も現れ出した。ゲーム内に居るフレンドのリストが久しぶりに増えた。
 誘われても所属ギルドを変えるようなことは無かったが――そんなことをしたらアインズ・ウール・ゴウンが消えてしまう。ギルドに対する執着は、前ほどにはなくなっていた。

 そうして迎えた、”ユグドラシル最後の日”。
 モモンガは運営の用意したイベントに参加していた。
 あの日、あの時、あの場所を通りかかって、なんとなくあの声に応えていなければ、こんなところには居なかっただろう。そんな風に思いながら。

「――じゃーな。オレ、向こうにアイサツしてくるわ」
「あ、はい。また……じゃなくて、おつかれさまでした。……楽しかったですね」
「楽しかったな……。オレ等は最後はみんなでカウントダウンしようって言ってんだけど、あんたも一緒にどうだ? なんならラスト3秒にその玉ぶっ放して全滅ENDとかでもいいぞ?」

 そう言って、彼はかつて自分が吹き飛ばされミンチにされたモモンガの切り札を指差した。

「いやですよ! また空気読めクソホネとか言われるじゃないですか! 最後の1時間は、ギルドを見て回ってゆっくり懐かしもうって決めてるんで」
「そっか。そんじゃ、じゃあな。イロイロあったけど、あんたらが居て良かったよ。面白かった」
「それはこっちもですよ。またどこかで会えたらいいですね」
「ああ、でもそん時はこっちが勝つ!」
「いえ、負けませんから」

 そう言い合って、二人は怒りと笑顔のアイコンを並べて表示して別れた。



 〇



 モモンガは自身のギルド拠点――ナザリック地下大墳墓――の宝物殿に居た。
 かつてここに山脈ををなしていた財宝たち。それらの量は全盛期と比べ随分と減ってしまった。
 失われた宝物は、ギルドを維持するための経費へと変わっていったのだ。もしもこれらを消費することなく、1人の稼ぎで巨大なこの墓を支えようとしていたのなら、モモンガの日々はただただそのための金策に費やされることになっていただろう。
 最初の頃は、申し訳ない気持ちもあった。だが、じきにそんなものは消えていった。

 文句があるなら言いに来れば良い。

 そうすれば、モモンガは喜んで謝っていただろう。結局、誰も来なかったし、何の咎めも受けはしなかった。それを望んでいても――。
 もっとも、去って行ったギルドメンバーたちは「好きに使ってくれ」と言って遺して行ったのだから、最初からそんな可能性はなかっただろう。
 モモンガは、仲間の遺した物を売り飛ばし、ギルドの維持費にあてた。仲間達の遺したNPCの稼働を止め、かかるコストも抑制した。
 今のナザリック内では、特別な外装を施され、詳しく設定を書き込まれたNPCは1体しか動いていない。

「パンドラズ・アクター。今日は……今日は……今日はもういいか。”始まり”」

 モモンガの命令に従って、最後のNPCがその姿を変える。白銀の騎士から、軍服を着たタマゴ頭のドッペルゲンガーへと。
 パンドラズ・アクター。モモンガが設定制作したNPC。ナザリックの中で、彼だけは確実にモモンガのモノだった。
 他のNPC達は、モモンガのモノではない。少なくとも、モモンガはそう考えていた。
 だから、維持することを止めた。製作者が面倒を見れば良いのだ。

 文句があるなら言いに来い。

 そうすれば、モモンガは喜んで再起動させただろう。でも、結局誰も来なかった。だから、パンドラズ・アクター以外の制作されたNPCは動いていない。

「パンドラズ・アクターよ。今日は素晴らしい土産があるぞ。聞いて驚くなよ? なんと、ワールドアイテムだ! バカげた話だ。これが金で買えてしまうのだからな!」

 独り言と共に、モモンガは1つの指輪を取り出して見せた。物言わぬ自身のNPCの目の前に。
 どんな願いも叶う指輪。全盛期なら――いや1年前でも――こんな風に手に入れることは出来なかっただろう代物。
 ユグドラシルの制作会社にシステムの変更を頼むことが出来るそのアイテムの価値は、計り知れないものだった。
 だが、今日はそのユグドラシルが終わる日。しかもその時間が刻一刻と迫っている。
 今これを使ってみても、その願いの結果が反映されることはないだろう。

 もう、価値の無いガラクタだ。持っていたと言うだけの意味しかない。

 モモンガには少しばかりの蒐集趣味が有る。その発露が、この指輪だった。
 宝物殿にあった物の内、モモンガの独断と偏見で「いらないかな?」と感じた物を売り払って出来た金の大半が、そんな指輪の購入資金として消え去っていた。何年もかけて、少しづつ売りに出し、コツコツと金貨に変えて来たものが一晩でパッとなくなったのだ。

「まぁ、ユグドラシル自体がもうすぐ消えてなくなるんだけど……」

 自身の独り言に気付いたモモンガは、骨だけの口に手を当てた。特に意味は無い。
 それを聞いていたのは、物言わぬパンドラズ・アクターだけだ。
 そんな卵頭をチラリと見た後、モモンガは宝物殿の奥へと進む。最奥につくった、自分のための空間に。


 みすぼらしい、なんの魔力も込められていない布のローブ。
 そこらの木を適当にそれっぽい形にしてみました、といった趣の木の杖。
 少しだけ装飾の施された絹のローブ。
 銀の指輪。
 先端に僅かな魔力を宿した小さな宝石を取り付けたワンド。
 少しだけ宙に浮かぶ魔力のあるサンダル。

 そこには、それまでの部屋にはなかった粗末な代物が丁寧に並べられていた。
 それらをモモンガは順に眺めて行く。
 始まりは、ただの骨男だった。ボロを羽織って、木の杖だけを持っていた。
 少ししてようやく手に入れたちょっとカッコイイ装備。今となってはゴミくず同然。だが、その当時のモモンガにとっては高級品だった。リアルでは、そのことで数時間はニマニマしていたはずだ。自分では見えなかったが、自覚はしていた。
 その後、ようやく付加効果のある装備を入手した時は――――。

 モモンガ円形の室内。何もない0時から始まり、時が進むごとに展示されている装備品が豪華なモノになって行く。視線が回る。グルリと身体ごと向きを変えながら、モモンガはユグドラシルというゲームの思い出を順に思い出していた。
 その当時の装備を見て、その時々のことを。
 ユグドラシルの装備品は、宿しているデータの量によって階級がある。
 始めたばかりの最下級時代、駆け出しの下級職、少しは慣れた中級、痛い思いをした上級のころ、輝かしい最上級、そして遺産級(レガシー)聖遺物(レリック)伝説級(レジェンド)の武具。

 一周回った。
 そろそろ時間だ。0時の隣、最後の場所には”何もない”。
 そこに展示するべき神器級(ゴッズ)の装備品は、モモンガ自身が今身に着けている品々だ。

「冒険の終わり、か」

 また、ひとり言をもらすと、モモンガはその空いたスペースへと歩む。
 そして、終わりの時を静かに迎えようとして――ふと、手にした指輪に顔を向けた。

「せっかく手に入れたんだ。何も頼まないのはもったいないか……」

 指輪を掲げる。

「願わくば、もう一度冒険を。モモンガとして、俺はまだ遊び続けたい。もっともっと楽しみたい。終わるな、ユグドラシル。俺はまだ、鈴木悟に戻りたくない!」

 0:00:00

 こうして、鈴木悟のYGGDRASIL(ゲーム)は終わった。

 0:00:01

 こうして、始まった。
 モモンガの新しい世界での冒険(ユグドラシル)が。


 



 ユグドラシルのサービス終了時刻を過ぎた。しかし、予想していた強制ログアウトがいつまでたってもやって来ない。

「あれ……?」

 モモンガはそう口にすると、周囲を見渡した。
 そこはリアルの鈴木悟の部屋ではなく、未だにナザリックの宝物殿。
 モモンガの宝物おもいでの間。

「……終わってない?」

 ワケが分からなかった。どうなっているのかと首を何度も左右に振り、それからふと自らの手に視線を落とす。

「無い」

 無かった。さっきまでそこにあった物が、今は手の上に無い。
 モモンガが最終日に競り落として来た――大量の金貨を支払った――大事な大事な指輪が無い。

「え、まさか……願いが叶った? 延期になったのか?」

 永劫の蛇の指輪(ウロボロス)
 そのワールドアイテムの効果は、ユグドラシルの制作会社にシステム変更などを要求できるというもの。
 運営は頭がおかしい。これのせいでバランスがおかしくなった。神の涙によって、過去幾度も天地魔界に争乱が起きて来た、それをまた繰り返すつもりか……もう辞めます! などとユグドラシルというゲームに様々な話題をもたらしてくれた究極の1つ。
「ファンタジーで”ひとつの指輪”がすごいのは当然」とは運営の見解だが、まさかサービス終了日すら変更できたのだろうか? モモンガはそんなことを考えていた。
 ここはナザリック宝物殿の最奥、彼の思考を妨げる者はこの部屋にはまだ誰もいない。

「はは……あはははははっ!」

 まだ遊べるのか。まだモモンガでいられるのか。
 モモンガは、久しぶりに運営に感心した。まさかこんなことを仕込んでいたなんて、と。

「はは……ははは……ん?」

 何かがオカシイ。口が――と言うよりも顎あごの骨が――動いている。
 これは今までにはなかったこと。出来なかったことだ。ゲーム内では、感情表現は感情エモーションアイコンによってするもので、実際にキャラクターの顔が変化することはなかったのだ。
 部屋の中央まで進み出ると、モモンガはそこで様々な動きをためしてみた。
 ラジオ体操第一。いつからあるのか、いつまであるのか分からない伝説レジェンドも試してみる。

「どうなっている?」

 リアルなのだ。どうしようもなく、リアル過ぎる。
 異常を感じたモモンガはGMコールを試そうとしてみたが――出来ない。伝言メッセージも誰にも通じない。
 宝物殿に1人、モモンガは骨を鳴らして悩む。

「どうなってる!? なんだこれ!」

 悩んだ末にモモンガが声を荒げたその時、扉の向こうから声が聞こえて来た。

「モモンガ様、如何なさいましたか?」

 それは耳慣れない、いや、聞いたことの無い声だ。だが、不思議と親しみを覚える。
 そのせいで、モモンガはつい「どうぞ」と言ってしまった。

「失礼いたします」

 扉の向こうから現れたのは、初めて聞いた声とは違い見慣れた卵頭のNPC、パンドラズ・アクター。

「え、なんでお前動いてんの? てか、なんでしゃべってるの……」

 魔王ロールプレイ時以外は、ギルドメンバーも含めて他人には基本丁寧な口調のモモンガ。そんな彼の口調は自然と砕けていた。意識はしていない。
 その声を聞いたパンドラズ・アクターはピタリと動きを停止した。まるで時間が突然止まったかのように、前に歩こうと足を上げた姿勢でカチンと凍り付いている。

「あれ? なんで止まってんの?」
「モモンガ様のお言葉から、動いてはいけないのだと判断いたしました」
「いや、もういいから、動いていいから……」
「ありがたき幸せ」

 そう言うと、卵頭は大仰に頭を下げて感謝の意を示した。
 その姿を見たモモンガは、内心で「うん」と1つうなずく。モモンガはパンドラズ・アクタ-をマネキンとして使用していた。自分では身に着けることの出来ない装備品を装備させ、その組み合わせを楽しんでいたのだ。
 そして、衣装が映える様にと大仰な動作を聞き習った知識で仕込んだ。動いてしゃべる今のパンドラズ・アクターの姿を見て、苦労した甲斐が有ったと感じたのである。

「悪くないな」
「お褒めに預かり恐悦至極」

 そんなモモンガの内心を知っているのか、パンドラズ・アクターはとても嬉しそうに――身振りで分かる――もう一度腰を曲げた。


「して、モモンガ様、先ほどの御声はいかがされたのでしょうか? モモンガ様があれほど取り乱した声を上げられるとは、余程の事態かと考えまして、失礼を承知でここまで参りましたが」
「んー、ああ、GMコールが出来ない。伝言メッセージが誰にも届かない。何か、こう、雰囲気のようなものが今までと違う。その原因がサッパリわからなくてな」
「なるほど……。モモンガ様は常々情報を制することが大切だと仰っておられました。ですので、まずは情報を集められてはいかがでしょうか? あ、いえ……出過ぎたことを申しました」

 言った後に申し訳なさそうな素振り――本当に身振りだけでそれが良く伝わって来る――をするパンドラズ・アクターに、モモンガは小さく手を動かして「気にするな」と伝える。
 そして、顎に手を当てどうするかと考えた。

「パンドラズ・アクター……長いからもうパンドラと呼ぶか……。パンドラ、ここに遠隔視の鏡ミラー・オブ・リモートビューイングは有ったか?」
「少々お待ちください。すぐに用意いたします」
「頼む」

 パンドラはすぐに鏡を持って来た。瞬きするほどの間にだ。モモンガには目蓋は無いが。
 遠く離れた場所の景色を映し出す魔法の鏡。それを目の前にしたモモンガは小さく呻く。

「む……」

 どうしよう使い方が分からない、と。
 それを聞いたパンドラが大げさに慌て見せる。

「もしや何か不具合が!?」
「いや、これの使い方が思い出せない。お前、これ使えるか?」
「お任せください!」

 モモンガに命じられたパンドラは、凄まじく嬉しそうに作業に取り掛かった。

「まずはナザリックの入り口、地表周辺から――なんと! これは一体」

 鏡には草原が映っている。パンドラが大きく驚いているのは、ナザリックの地表部分は本来沼地に面していたはずだからだ。
 鏡を操作するパンドラの後ろからのぞき込んでいたモモンガ。彼もこれにはそこそこに驚いたが、それはついさっきのパンドラが現れた時と比べるとさほどでもなかった。異常事態が連続し過ぎてマヒ気味なのだ。

「これは、ナザリックごと転移しているのか……?」
「その可能性がありますな。一旦高度を上げたのち、何かめぼしい物があればそちらに寄せてみます」
「ああ、それで頼む」

 鏡の中の視点がグングンと高くなり、草原の草木がただの緑となる。そこからさらに少し高度をあげると――

「モモンガ様、道らしきものが見えます」
「よし」

 草原はその端から徐々に林となり、林は森となり、その森の向こうに”道路”らしき筋が見えた。今度は視点が下がり出し、道がグングンと大きくなって行く。

「人間らしき姿が見えます」
「少し待て、対策をする」

 鏡面ごく小さな人影が見えてきたところで、モモンガはいくつかの魔法を使用した。収納空間からも――無意識に――スクロールを引っ張り出している。

「念には念を……さすがモモンガ様」
「いや、基本だからな。のぞき見とかバレたら嫌われるからな」
「なるほど。バレ無ければ問題ないと!」
「まぁ……問題ないな」

 そんなやり取りの後、モモンガが許可を出したことによりパンドラは鏡の視点を人影へと近づけて行く。

「どうやら人間のようですな」
「そのようだな。なんというか、商人っぽいな。ユグドラシルのクエストで見かける典型的な普通の商人」
「診ますか?」
「そうだな。どげざえもんさんの姿が良いだろう。あの人は、のぞきのプロだった……」
「畏まりました」

 パンドラズ・アクターの姿が変わる。空中に浮かぶ巨大な眼球、まつ毛のような触手の先端にも無数の小さな眼が付いている恐ろしい外見のモンスターの姿へと。
 ドッペルゲンガーの力により、彼は”眼球皇帝(ゲイザー・ツァーリ)”とも呼ばれる巨大な目玉の怪物へと変身したのだ。
 目玉皇帝は、見ることのエキスパート。ビームだって発射する。
 なお、パンドラズ・アクターは基本となるドッペルゲンガー本来の”始まり”の卵頭の他にも様々な姿になることが出来る。その数、実に45。45の外装をコピーし、その力を――オリジナルと比べて8割ほどに落ちるが――使いこなすのだ。
 パンドラズ・アクターが1人いれば、大抵のことは事足りる。彼では足りないことは、もうその道の専門家に頼むしかないことだ。

「この商人、レベルに換算して2程度でしょうか。相手にならない弱さかと」

「そうか」とやや安堵した声をもらすモモンガ。もしかして弱そうな外見をした強敵で、詳しく見た瞬間にカウンターで大被害ということも在り得たのだ。

「その商人らしき人物の向かっている先を見せてくれ。街か何かがあるかもしれん」
「畏まりました」

 道を伝うように、鏡の中の景色が流れる。
 そのまましばし、見えて来たのは人間がそこそこに行き交う街らしき風景。

「行ってみるか。話を聞いてみたい」

 モモンガがそう言うと、すぐさまパンドラが共を申し出る。

「モモンガ様、どうか私をお連れ下さい。万一の場合もありえます故」
「……そうだな、それならナイトウさんの姿で頼むか。デス・ナイトなら死亡ダメージも一度だけなら耐えられるからな」

 再び変わるパンドラ。今度の姿は漆黒の全身鎧(フルプレート)と、巨大な剣、同じく巨大な盾で武装したデス・ナイト。死の騎士とも称される身長2.3メートルほどの人型をした中位アンデッドモンスターだ。
 通常の敵として湧く(ポップ)場合のトータルレベルは35。攻めれば25レベル程度実力だが、守りに関しては40レベル台に匹敵すると言う、攻撃力よりも防御力に優れた性能を持っている。
 そして、それを活かすように、デス・ナイトという種族は一度だけならどんな攻撃を受けてもHP1で踏みとどまる能力と、敵の攻撃を自身に引きつける能力を備えていた。まさに盾役にうってつけの存在である。
 その上、パンドラの変化したデス・ナイトは普通のデスナイトではない。デス・ナイトを種族として、100レベルまで鍛え上げたプレイヤーを写し取ったものである。当然ながら、普通の35レベルのものよりも遥かに強い。
 真剣ガチビルドの前衛タンク野郎の8割程度の能力。本物よりはずっと弱いが、防御力だけならばその装備も相まって対100レベルモンスター戦でもある程度は通用するだろう。

「もし危なかったらすぐに逃げる。まぁ、大丈夫だとは思うが……。お前の見立てでは、街の人間はほとんどが10レベル以下なのだろう?」
「念には念を、でございます」
「そうだな。ああ、そうだ。――では、行くか」

 宝物庫から2人の姿が消えた。
 向かう先は人間の街。彼らはまだ、街の名前を知らない。
 エ・ランテルの人間達はまだ知らない。自分たちのすぐ近くに、オーバーロードとデスナイト(の姿をしたドッペルゲンガー)の恐ろしい影が迫っていることを――。


 



『願わくば、もう一度冒険を。モモンガとして、俺はまだ遊び続けたい。もっともっと楽しみたい。終わるなユグドラシル。俺はまだ、鈴木悟に戻りたくない!』

 ――世界級(ワールド)アイテム:永劫の蛇の指輪(ウロボロス)が使用されました。使用者の要望に応え、世界法則(システム)を変更します。


 



 北東には戦の続くバハルス帝国。
 南にはスレイン法国。
 そして南東に恐るべきカッツェ平野。
 リ・エスティーゼ王国の都市、”エ・ランテル”はそんな何かと物騒な土地に位置していた。
 そのため、この都市は防衛のための三重の城壁をもった”城塞都市”として知られている。
 三重の壁の一番外側、最も強固かつ巨大な壁にはそれに相応しい門が設けられていた。敵対する帝国に攻め込まれても容易に破らせはしない、そんな気概を感じさせる造りだ。
 もしも立て籠もっての(いくさ)となればその頑強さをもって敵を阻むその門も、今は平時のため開け放たれている。
 ただし、開いているからと言って誰もが自由に通過できるワケではない。門の横手には検問所が設置され、そこに詰めた兵士たちが通り抜けようとする者と物をチェックしているのだ。

「あ……なんだ、ありゃ?」

 そんな兵士たちの中の1人が見つめる先に、”死”があった。
 巨大な――人間にしては少々大きすぎる程度――人影と、それを従えるようにして歩く人並みのサイズの人型の存在。
 しかし、そいつらが”人間”であるはずがない。なぜなら、彼らはどう見ても”生きてはいない”。

「ア、アンデッド……。あれは、まさか……死者の大魔法使い(エルダーリッチ)!?」


 もう一体の化け物(アンデッド)の正体は分からない。騎士のようにも見えるが、徐々に大きくなってくるその姿はどう見ても巨人の死体だ。
 巨人ではなくオーガなどかもしれないが、そんなことはどうでもいい。
 問題は、兵士たちではとても勝てそうにない相手だという事だ。エルダーリッチの時点でもうどうにも厳しい。

 どうする?
 どうすればいい?

 ほんの少しの思考のあと、兵士は大声で叫んだ。
 
「て、敵襲ぅー! アンデッドが攻めて来たぞー!」




なんとかプレイアデス読めました。