オワタゲームのオフラインモードがとんでもねぇ!
隣の家に住んでいる学生時代の先輩から、既に終わったゲームの機械を押し付けられてしまった。
『ユグドラシル』とかなんとか言う一昔前のゲームに使われていた“ソレ”。今となってはただのゴミである“ソレ”も、発売当時は大層な人気でなかなか手に入らなかったそうだが。
「やってらんねー」
さして広くもない室内。そこに邪魔な物など置いておくスペースはない。明日には捨ててしまおう。要するに、先輩から「ゴミ捨てとけ」と言われただけなのだから。
本当にハラが立つが、この程度の事でイチイチたて突くことも出来ない。あんなでも、先輩はそれなりに影響力がある人物なのだ。
ガリガリと頭をかいてから、“ソレ”を見つめる。
特に何か期待していたわけではない。ただ、本当になんとなく、それを身に着けて起動してみた。
強いて言えば、“もしかして、オフラインモードでもあれば、少しくらいは暇つぶしになるかもしれない”程度の気持ちだった。
◇ ◇ ◇
目の前にゲームの開始画面らしきものが浮かび上がった。
あまり期待していなかったが、オフラインモードがあったらしい。
『あなたの性別を教えて下さい』
システムメッセージの後に示されたのは、“男”、“女”、“その他”の3つ。
さて、どれが有利なのだろうか。
脳内埋め込まれたチップと、首から繋がるケーブルを通じてネットを検索する。さすがに古い上に人気のあったゲームだ。情報が多い。オフラインの基本部分だけなら、全く問題ないだろう。
オンライン後の難しいところは、関係がないことでもあるし。
どうも一昔前は、ゲーム内情報を巡って揉めたりなどの出来事があったらしいが、そこは既に終わったゲーム。末期にはかなりの情報が公開されてしまっているようだ。あまり関係ないが。
“男”には、男性専用装備と男性専用の職業がある。“女”には、女性専用装備と女性専用職業がある。“その他”はどちらの専用装備も、職業も可能で、その上にその他専用種族まである。
“その他”一択だな。
『あなたの種族を選んでください』
これは、総合的に考えると“人間”が最も優秀なようだ。人数が最も多かったので、運営からのテコ入れが多かったらしい。オフライン部分だけだと、どの種族でも大差ないようだが、これは“人間”でいいだろう。
『初期職業を選んでください』
簡単な回復魔法が使え、武器での攻撃能力もある。そんな職業が良い。ただの好みだ。
これまた検索すると、初期に選べる中でそれに近いものは“モンク”のようだ。武器が無くとも素手で十分に強く、魔法は無いが“気”を使って様々な効果を得られる。治療も早めに出来るようになるらしい。
性別“その他”。種族“人間”。職業は“モンク”が1レベル。
『名前を入力してください』
名前は難しい。悩み始めると終わらなくなってしまう。
だが、これは明日には捨てるゲーム。適当でいいだろう。
名前入力“ブルー・チャン”。
うん、格闘家っぽい。“ジョッキー・リー”と悩んだが、こっちで良いだろう。
いや、性別不明だから、“リー・チャン”とかでも……。
やめよう。こんなところで考え込んでも仕方がない。今日だけの付き合いなのだから。
『初心者“大”歓迎キャンペーンの効果を適用しますか?』
検索。検索。レベル60まですぐにレベルアップ可能。その上、そのレベル帯でも通用する、“そこそこに強い”装備も付いてくる。ついでにその後の経験値稼ぎをサポートするアイテムも盛りだくさん。
末期のゲームらしいと言えばらしい。ここからハマって、少しでもお金を落としてくれればバンザイというワケか。
まぁ、もう終わっているのですけどね。このゲーム。
はいはい、適用、適用っと。
『開始地点を選んでください』
帝国、王国、法国……人間用の国は、この辺りのようだ。
検索結果とは、何故か一致しない。
帝国ルートで成れる“ワーカー”は、影の仕事人っぽい。
王国ルートの“冒険者”はファンタジーの王道だ。王国だけに。
法国ルートは特殊部隊。いろいろと口うるさく言われそうだ。
よし、帝国にしよう。そういう設定、キライじゃない。
『ブルー・チャン。私の世界にようこそ。私はあなたを歓迎します』
◇ ◇ ◇
『バハルス帝国の帝都アーウィンタール。そこには、権力の中枢である皇城を始め、大学院に帝国魔法学院、その他軍事行政に関わる重要施設が集中している。まさに帝国の中心と言える都市だ』
まるで、昔の日本のような設定だ。ここに大規模な破壊兵器を使用されたら、一発でアウトじゃないか。
リアルではないな。と、ファンタジーなゲーム世界に思わず突っ込んでしまう。
ここは、帝都アーウィンタールと言うらしい。システムメッセージがそう告げて来るのだから、そうなのだろう。
周りを行き交うNPC達は、とても良くできている。本物の人間のような質感と動くし、雑多な喧騒さえも、よくよく聞けばキチンと意味がある会話になっている。
臭いまで再現とか……とんでもないな。
今までこういったゲームをあまりしたことがなかったが、こんなすごいゲームが時代遅れになっているとは。まったく……とんでもないな!
最新のものは一体全体どうなっているのやら、だ。
とりあえずは――レベル上げか。お金も装備も、回復用のアイテムもある。至れり尽くせりのキャンペーン仕様だが、レベルアップには一応戦闘が必要だ。
サクサクと上がり過ぎるので、プレイヤースキルがまったく身に付かないと評判のようだが。
よくできた街並みや、NPC達は眺めているだけでも面白いが、それは後でもいい。
街を出てしばらく行けば、いかにもモンスターの出て来そうな森が見えて来た。
しかし、意外と移動に時間がかかる。リアル過ぎて、移動だけで遊べる時間が終わってしまうのではないだろうか。
こういったところが、このゲームがサービス終了になった理由なのかもしれないな。オンラインだと、また違うのかもしれないが。
最初の内は出来ることが少ないので、出会った相手をとにかく殴る、殴る、殴る!
装備が優秀なおかげもあって、大体の相手は一発で終了だ。倒すたびにレベルがぐんぐんと上がっていくので、そっちの対応の方により多くの時間を消費する始末。
しっかし、モンスターの死にざまや、殴った感触、これがまたなんともリアルだ。R18つけなくて大丈夫だったのか? このゲーム。
とりあえず、ここまでの30レベル分は、検索した情報を元にビルドしてきた。ただし、攻略情報にあるような装備品はオンラインモードで入手することが前提になっている。そのため、それらの装備品で補うはずの回復や、状態異常への耐性は、全部モンク系のクラススキルである“気功術”関係でカバーするしかなかった。
物理アタッカーのはずの格闘家が、どうにも半端な性能と化している。パーティプレイではお邪魔虫にしかなれないね。まぁ、もうオフラインしか出来ないのだから関係ないけど。
ソロ特化、ソロ特化。
30レベルまではアッと言う間だった。
そこからが、サッパリ上がらない。上がらないと言うよりも、上げられない。
適度な強さの敵がいないのだ。60レベルまでバリバリレベルアップのキャンペーン効果があってこれなのだから、もうなんとも耐えられない。
これがオフラインの限界か……。普通は10レベル前に卒業だったらしいからね。オフラインモードは。
レベルアップのためには、たくさんの経験値が必要だ。程よい敵を求めて森や山や、街道、荒野に草原を駆け抜ける。ゲームなのに何故か腹が空いたので確認してみたところ、このゲームには空腹度なんてものまで存在していたようだ。無駄に芸が細かい。
異形種系の種族なら食事不要なんてものがあるらしいが、人間にはそんなものはない。というか、種族スキルなんてとってない。
最初の内は適当に倒したモンスターや採取した植物などをかじっていたが、どうにもマズイ。なので、これも気功術でカバーすることにした。大気や大地の気を取り込んでうんぬんかんぬんというヤツだ。霞を喰って生きる仙人になったわけだ。もはや、モンクでもなんでもないな。
味まで再現するとか、やりすぎだろうこのゲーム。おかげでガチビルドのはずが、変なロールプレイビルドのようになってしまった。
いい加減、1人でさまよっていてもレベルが上がらなくなってきたので、一度ゲームを終了した。
トイレに行かないと、もれてしまう。
用を終えてから時計を見ると、ゲーム開始から2時間が経過していた。ゲーム内では数か月が過ぎ去ったと言うのに、リアルはゆっくりしたものだ。体感時間まで誤魔化してくれるとか、この“ユグドラシル”はとんでもない機能を秘めている。
これでどうしてサービス終了になってしまったのだろうか。まったくもってわからない。
出すものを出してスッキリしたところで、改めてレベル上げについて考えてみる。
…………。
バカの考えは休むのと似ている。昔から言われていることだ。
つまり、検索、検索のお時間だ。
オンラインでのアレコレは役に立たん! 何かないのか……。
発見。――クエストの達成で、それなりの経験値が手に入る模様。
クエスト、クエスト、何かあっただろうかと考えてみる。すると、最初に帝国地方で活動する”ワーカー”になると選択したことを思い出した。
多分、ゲーム開始時に突っ立っていた街に行けばいいのだろう。何かあるはず。
適当に話していたら、”ワーカー”になれた。
強いことは良い事らしい。
30レベルなんて雑魚も雑魚のはずだが、オフラインモードに実装されているお試しクエスト程度には十分過ぎたようだ。楽勝である。
4人組、10人組、もっとたくさん組などのライバルを押しのけ、バリバリ達成していきます。
まぁ、余裕だね。NPC相手なので激しくむなしい。
成功をねたんで突っかかって来た奴らは、全員ぼろ雑巾に変えてやった。人間の姿をしていても所詮はNPC、動きがトロ臭くていけない。カルマ値なるものがあるので、皆殺しには出来なかったが、それ以降は無駄な面倒がサッと無くなった。中立中庸の仙人様は、極悪な行いも、見返りの無い善行もしないのだ。目には目を、歯には歯を。ガン飛ばされたら目をふっとばし、歯をむいて威嚇されたら全部へし折る程度だ。
ストレス解消にいいね。このゲーム。
ちょっと時間をかけてがんばったら、簡単にトップクラスのワーカーとして認められていた。世の中パワーよ。気功術の前には、毒もマヒも精神攻撃も通用しないのだ。
あ、上位の魔法ならサクッと貫通される程度の耐性らしいけどね。もっと極めないと、それは無理。そんな強敵、まったくいなかったけれど。
そんなこんなで、どうにか40レベルに到達。30レベルまでの上昇速度と比べると、おそろしくしょっぱい。
オンラインがやりたかった……。
そろそろリアルでは、また2時間くらい経過しているはずだ。もうちょっとだけやってみよう。ワリと楽しいし。
カッツェだかカッチェだかという言い難い名前の平野で、ひたすらアンデットをボコり続けた。このアンデット退治、実入りはあまりよくないが、国家プロジェクトのクエストらしく、何回やっても無くならないのが良いところだ。
どうにかこうにか45レベルになった。冒険者やってればアダマンタイトになれただのと言われたが、45レベル程度でもらえる称号と考えると、本気でどうでもいい。
50が見えて来たころ、隣の王国の領土にある”地下墳墓らしき遺跡の探索”クエストが発生。雰囲気的に、今までのものよりも経験値が期待できそうだ。
大仕事! という体裁のためかかなりの人数がクエストに挑むメンバーとして依頼主の下に集められた。これまでの付き合いでボコボコにしたヤツラも結構いる。さすがNPCと言うべきなのか、やはりNPCと言うべきなのか、ほとんど成長していない。
プレイヤーの活躍を彩るための飾りつけってことなのだろう。演出的に。
エルなんとかというヤツが性懲りもなく絡んできたので、ポンとはたいたら首が飛んでしまった。剣には拳を、刀には手刀をなので仕方がない。他のヤツラも、アレはアイツが悪いと言っていたので、問題なしだ。
なぜかカルマ上がったので、善行だった可能性すらある。
探索するワーカーの”護衛”として、なんだか強そうな黒い鎧の大男が出て来た。”漆黒”のモモン。
黒い鎧だから”漆黒”。わかりやすい。思わず笑ってしまった。このゲームの製作者は良い趣味をしている。
どうも、アレだ。いかにもなイベントキャラです! って感じだ。最後の最後で、「実はこのオレこそが、今回のクエストのボスだったのだ!」とかやって来てもおかしくない。黒いし、顔隠しているし。
情報集めを適当にしていたので知らなかったが、周りのNPCがわかりやすく「強い、強い」と教えてくれた。アダマンタイトらしい。ということは、冒険者だったらアダマンタイトになれた自分とは同格ということか。
腕試しに挑んだら、普通に負けました。
あんまり技量は高く無さそうなのに、身体能力だけで上を行かれた感覚。負けたけど……死んでいないし経験値がドバっと入って来た。うますぎる。
それに味をしめ、道中に何度か挑んでいたら、周囲からかなり批判されてしまった。でも、レベルが上がったので後悔はしていない。NPCのクセに正論言うなよ……。
目的地に到着し、作戦会議のマネごとを行う。結局のところ、ゲームのNPCと上手く連携など出来るわけもないので(感知系の魔法なんて持っていない)、自己判断で勝手に突入することになった。
仲間外れにされたワケではないと思う。アイツら、NPCのクセに最もなこと言って責め立てるなよ。泣きそうになっただろ。
というか、このゲーム、涙が流せるのだ。スゴイ。
先陣を切って墳墓に突入、ワラワラと湧き出るスケルトンを粉砕し、エルダーリッチの団体を粉々にする。罠を殴り飛ばし、悪辣なバッドステータス地獄を気功術で切り抜ける。
やがて、たどり着いたのはゴキブリ部屋。なんかワープさせられたのだ。
無限わきの超ザコモンスター美味しいです! もちろん、食べているわけではない。経験値的な話だ。まだまだ経験値超アップキャンペーンが有効なので、カスみたいな経験値しかくれない相手でも、これだけ湧いてくれればウマーである。ソロ専門のビルドなので、範囲攻撃も習得してるからね!
ゴキブリ大王をイジメて稼いでいたら、なんだか、ものすごく強い虫が出て来てサクッと斬り倒されてしまった。ダメージによる朦朧状態を防ぐ”痛覚遮断”のスキルが無かったら、痛みで気絶していたかもしれない。
その後、シブトイヤツダとかどうとか言われて、ゴーモンルームへと連行された。
気色の悪い拷問モンスターによる、超拷問プレイの数々。このゲーム、ホントに成人指定じゃなくていいのだろうか。もしかしたら、これが原因で終了したのかもしれない。
脱出不能っぽかったので、ゲームを止めた。
その後、もう一度オフラインモードをスタートしてみると、大墳墓の近くに立っている自分に気付く。
これまで見かけた中では、最高難易度ではあるが、それに合わせて経験値もウマい。しばらくはココでレベル上げしてみよう。
オフラインモードには経験値のロストが無いので、気楽なものである。
しっかし、このゲームはものすごい。オフラインだけでこの面白さ。他の人と一緒に遊べるオンラインはどれほど面白かったのだろう。
先輩が”ルシファー”とかなんとかって名前をキャラに付けて、徹夜して遊び倒していたことも納得である。
お わ り
リアルでは真面目なだけの公務員。
異世界の存在は、全てゲーム内のキャラクターとしか思っていません。
ナザリックの異形達よりもヒドイ認識です。
こんな感じのお気楽な話も読んでみたい。