真・女神転生Ⅲ デビルサマナー橘千晶
これは、“東京受胎”によって滅びた世界を駆け抜けた一人のデビルサマナーの姿を、ある仲魔の視点から見た物語である。
サマナーの名前は橘千晶。アームターミナルと銃を駆使する強気な女子高校生。
仲魔の名前は間薙シン。普通の男子高校生だったが、受胎の際に悪魔にされてしまった千晶の幼なじみ。
◇
「シンくん……よね?」
聞きなれた声があなたの耳に届いた。
「その格好、どうしたの?」
ほんの少し前、あなたは金髪のこどもと喪服の老婆によって虫のようなものを植え付けられた。
それからの、激痛にのたうち、上着を引き裂いて床を転げまわった時間は、もう過ぎ去っていた。
今のあなたは、もう人間ではない。全身にぼんやりと光る文様を浮かべ、首の後ろから角のようなものを生やした魔人だ。
「わからないの? そうね……わたしも何もわからないわ。何がどうなっているのか……。窓の外はおかしな感じだし、先生も勇くんもどこを探してもいないし。見つけたあなたはそんな姿になっているし……」
千晶は、あなたが怖くないのだろうか?
こんな恐ろしい姿に変わってしまったというのに。
「外の風景と比べたらね。話し方も変わっていないし――それとも、外にいたバケモノみたいに、マガツヒがどうとか言いながら襲って来るつもり?」
マガツヒ? バケモノ? いったい何の話だろうか。
「すぐそこの部屋に、ヒジリって男が居て。ソイツにもらったのよ。コレ」
千晶の手には拳銃が握られていた。オモチャのようには見えない。
「本物みたいよ。コレでバケモノを撃ち殺してやったのよ。音がしなかった?」
あなたの額に、ひんやりとした千晶の手のひらの温度が伝わる。
「――あれが聞こえなかったなんて、よっぽど苦しかったみたいね。大丈夫? 歩ける?」
あなたは起き上がり、手足を動かして身体の状態を確かめた。
どこも悪くはなさそうだ。むしろ、今までになく調子が良い。
「とりあえず、大丈夫みたいね。見た目がおかしなことになっている以外は……」
千晶に「ついてきて」と言われ、あなたは彼女の後ろを歩く。
薄暗いこの通路は、病院の地下なのだろうか。
気温は寒くはないが、上着がないせいなのか妙な寒気を感じる。
「戻ったわ。探していた友達も見つけた。ちょっと、おかしなことになっていたけれどね……」
連れていかれたのは、少し前にあなたがスーツ姿の男と出会った部屋だ。怪しげな文様の描かれたドラム缶のような物の前に座っていた冷たい雰囲気の男のことを思い出すと、背筋に震えが走った。
「おまえは……代々木公園で会った小僧か? その姿はどうした?」
部屋の中にいたのは、あの冷たい男ではなかった。あなたが病院に来る直前に代々木公園で会話した、魚のウロコのようなジャケットを着た、怪しげな自称ルポライターだ。
「わからないみたい。……ホントにどうなっているのよ。シンくんはこんなことになっているし、廊下にはバケモノが出るし……」
また、バケモノの話だ。
「“悪魔”だ。実物を拝むハメになるとは思いもしなかったが、コイツが本物だった以上、間違いないだろう」
そう言いながら。ヒジリはドラム缶のような物を曲げた指の関節で叩いた。
コツン、コツンと音が響く。
「アマラなんとかって言っていたわね、コレ。ターミナルとも言っていたけれど……」
千晶は、“ターミナル”の文様を指でなぞる。
「おい! うかつに触るな! 何が起こるかわからんぞ!」
ヒジリが叫んだ時には、もう遅かった。
“ターミナル”が赤や白の光を出しながら回転を始める。回転の速度はどんどんと速くなり、それに合わせて発光も激しくなる。
「ちょっと、なに!?」
あなたは、腕で顔をかばっている千晶を引きずって、“ターミナル”から距離をとる。
「くそっ! 何かが出てくるぞ!」
ついさっき、話題に上がったばかりの“悪魔”だろうか? それとも、別の何かだろうか?
あなたが緊張しながら身構えている目の前に、“ターミナル”から何かが転がり出てきた。
それの大きさは、あなたの手首から肘までぐらいだ。長さも太さも。
それは、どうやら“動く”ものではなさそうだった。転がり出てきた状態のまま、その場にゴロンと横たわっている。
少しして、“ターミナル”の回転と発光が徐々に収まっていく。光が出なくなり、回転が遅くなる。
「なんだったの?」
千晶が出てきた物をこわごわとのぞき込む。
「コイツは……」
ヒジリは、ソレを足のつま先で何度かつついた後、さらに手の指で何度かつついた。そして、どうやら危険物ではなさそうだと判断したようで、ソレを拾い上げた。
「ふむ……。ほう……。これは、これは……」
さまざまな角度からソレを眺め、一人わかった様子のヒジリ。
千晶は、そのヒジリの態度に苛立ちを感じたようで、少し距離を詰めて何か言おうとした。
「ちょっと――」
「ああ、スマンスマン。コイツは、小型のターミナルだな」
「ここを見てみろ」と差し出されたソレの一部には、あのドラム缶と同じようなものが組み込まれていた。
「でも、画面とキーボードみたいなものがついているわね」
腕に装着するパソコン。そんな代物があったら、こんな形になるのかもしれない。
「どうやら、コイツはこの画面とキーで小型のターミナルを操作するようだな。お前の言う通り、腕に着けて使うみたいだ。腕に着けるターミナルだから――まぁ、ひねっても仕方がないからな。アームターミナルとでも呼んでおくか」
「安直ね」とは、ヒジリの命名に対する千晶の感想だ。
わかりやすくて良いと思うのだが。
「そうね。まぁ、呼び方なんてどうでもいいわ。それで……それ、何に使う物?」
ヒジリに質問する千晶の話し方は、完全に上から目線だった。
「ちっ……。それを俺に聞かれても、分かるわけが無いだろうが」
千晶は腕を組むと、ヒジリから顔をそらして、わざとらしくため息をつく。
「はぁ……。月刊アヤカシなんてオカルト雑誌を書いているクセに、肝心なところで役に立たないわね」
ヒジリは、相当イラついたようだ。表情がかなり変わっている。
「お前な、俺がこの部屋で見つけた銃。そいつがなけりゃもう死んでたんだぞ。ちょっとは感謝とか、そういうものはないのか?」
「感謝はしているわよ。でも、それとこれとはまた別の話よね? 分からないなら、ソレこっちに寄越しなさい。何か役に立つことがあるかもしれないし」
「この小娘が――ほら、持ってけ! 中から悪魔が出てきても俺は知らんぞ!」
千晶は、ヒジリが突き出してきたアームターミナルを、むしり取るように奪った。
「行きましょう。ここに居ても何もわからないわ」
あなたの幼なじみは、こんなときでもゴーイングマイウェイだ。
それに付き合わされて、色々と苦労するのがあなたの役目だ。
そんな関係は、2人が幼稚園の頃から変わっていない。もう、このまま変わらないような気がしている。
「とりあえず、この部屋は安全そうね。――幽霊がいるけれど」
何故か普通に会話が出来て、そのうえ傷の手当までしてくれる親切な幽霊(思念体と呼ぶらしい)のいる部屋で、あなたたちはとりあえず腰を下ろして休んでいた。
「ふーん……これ本当にパソコンみたい。って、何これ? やだ、悪魔召喚プログラムですって」
その物騒な名前のプログラムが本物なら、ヒジリの捨て台詞が本当になってしまう。
だが、警戒するあなたを無視して千晶はそのままキーを操作している。大丈夫なのだろうか?
「ねぇ? わたしたち友達よね?」
友達というよりも、腐れ縁といった感覚だが、友達ではあるだろう。
「じゃあ、ナカマよね?」
よくつるんでいるのだから、仲間には違いない。
「そうよね。それじゃあ……今後ともよろしくね」
千晶の指が、キーを叩いた。
その直後、あなたの身体を、魂を、何か得体のしれないものが駆け抜ける。
「魔人・人修羅……か。種族の名前だけは強そうね。実態は、ただのシンくんだけど」
何かトンデモナイことになってしまった気がする。
取り返しのつかない状況に追い込まれてしまったのではないだろうか。
フルフルと拳を震わせるあなたの手に、千晶の両手が重ねられた。
「悪いようにはしないわよ。今までだってそうだったでしょ?」
確かに結果は悪くないことが多かった。
ただ、過程は大変なことばかりだった。
「ある程度の困難は、成長するための糧よ。あなたの好きなゲームでも、経験値とかあるじゃない」
本当なら、現実とゲームを一緒にするな、と言いたいところ。
「それ、わたしがいつも言っていることよね? ちゃんと勉強しなさい、ちゃんと身体を鍛えなさい、ちゃんと身だしなみにも気を使いなさい、ゲームじゃないのだからって」
おまえは俺の母親か、と何度かケンカをしたものだ。
「わたしは、ね。隣を歩く人には、それなりのものを求めているのよ。やっぱりつり合いってあるでしょ?」
言葉が出てこない。確実に耳まで赤くなっている。
からかわれているとわかっていても、反応してしまうのが思春期の悲しいサガだ。
そんなあなたを見て、千晶はニヤっと笑った。
「シンくんが、わたしの仲魔第一号よ。何が起きたのかサッパリわからないけれど、いつまでもここにいても仕方がないわ」
観念したあなたは、了解の意志を幼なじみに伝えた。
いつもいつも、だいたい最後はこうなるのだ
「さあ、行きましょう。とりあえず、ヒジリの言っていたヒカワを探さないと」
右手に銃、左手にアームターミナル。そんな姿になった千晶は颯爽と歩き出す。
あなたは、その後ろ姿を急いで追いかけた。
ヒーローする千晶様と、幼なじみ設定を活かしてヒロインする人修羅さんとか、そんなの誰か書いてくれないかなと思っただけです。
別作品で、うっかりすると千晶さまがヒロインになってしまいそうだったので、その気持ちをここに置いて行きます。
では、ごきげんよう。