思いつき短編集   作:御結びの素

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雛見沢に天使がやって来ました。


エンジェル伝説 と ひぐらし
けーちゃん? いいえ、せーちゃんです。


 

 

『嫌な事件だったね……』

 

 

 北野君が学校から帰ろうとすると、道路にたくさんゴミが落ちていた。

 

「ああ、ポイ捨てなんてひどいや。掃除しないと」

 

 こうして、北野君は少しだけ帰宅時間が遅くなった――そのせいで、不幸なことになるとも知らず。北野君は一生懸命に道路の清掃作業に励みました。

 

(ああ、ずいぶん遅くなっちゃったな。もうすっかり暗くなってるや。……そういえば)

 

 日が落ちて暗くなってきた道を歩いていた北野君は、ふと、今朝母親から言われたことを思い出した。

 

(このあたり、通り魔が出るって言ってたなぁ。エアガンで子供を撃つだなんて、なんてひどい人なんだろう)

 

 北野君が逢魔が時の道路を歩いていると、お約束のように通り魔らしき人物を見つけてしまった。

 物陰に隠れるようにしている怪しい様子。手にはエアガン。その不審人物が見つめる先には――塾の帰りだろうか? 小学生の女の子がキョロキョロと不安げに周りを見回しながら歩いていた。

 

(あの人、すごくあやしいけど……。いや、ちょっとエアガンを持っているってだけで、通り魔扱いなんてしたらダメだよね。僕はなんてひどいことを考えてしまったんだろう)

 

 北野君が自己嫌悪に陥っていたその時、不審人物(未成年なのでKと呼ぶことにする)が動いた! 北野君が見ているとも知らず、Kは女の子に向けて銃を構え今にも撃ちそうな姿勢を取った。

 

「けぇぇぇぇぇい! (そんなことしたらダメだよぉぉぉ)」

 

 緊張すると言葉がおかしくなってしまう北野君。相変わらずの奇声を発しながら、Kに向かって犯罪行為を阻止しようと走り出した。

 

「なっ! なぁあああ! 悪魔ぁっ!」

 

 北野君の顔はいかにも悪魔のようであるが、心は天使のように澄み渡っているのだ。それなのに外見でしか人を判断できないKは北野君に向かって「悪魔」と叫ぶと、手にしたエアガンを何度も発射した。

 

「けぇぇぇい! (あぶないよ!)」

 

 北野君は思った。自分に向かって撃つのならいい――殴られるのも、石をぶつけられることも慣れているから。でも、そんなやたらめったらと撃ってしまったら、女の子に当たってしまうかもしれない。

 

「く、来るなぁぁ!」

 

 痛みに耐えながらKの腕をつかみ上げた北野君は、女の子が無事に逃げ出したのを確認して一安心。一方、悪魔のような形相の男に腕を掴まれたKは必死で逃げだそうともがいていた。錯乱したKがあまりにも暴れまわるので、彼の手や足がコンクリートの壁などに当たってしまっている。

 興奮している今は気になっていないようだが、これでは後から痛くてつらいだろうと考え、北野君はKに暴れないように伝えようとした。

 

「大人しくしないと……」

「ひっ……」

「……痛いことになるよ」

 

(こ、殺される! ここで逃げないと殺されてしまう。オレはちょっと調べて知ってるんだ。この悪魔のようなヤツの顔は、麻薬中毒者のそれに違いない! そいつに向けて何発も当てちまったんだ……逃げないと殺される!)

 

 暴れるKを抑えようとしていたため、北野君もかなり力を振り絞っていた。そうして、力を振り絞る北野君の顔面は血管が浮き上がり、いつもよりもさらに迫力が増していた。青筋を立てた悪魔のような男が、「大人しくしていれば、楽に殺してやる」と言って来たのだ。その恐怖でKが大声を上げてしまったのも仕方がなかったのかもしれない。

 

「たすけてくれえぇぇ! 殺されるー!」

「きぃえええええええ! (何もしないよ!」

 

 そしてその声は、女の子の通報によって駆け付けた警察官の耳に届くこととなった。

 

「おい、お前! 何をしている!? (なんて凶悪な顔をしてやがるんだ。通り魔事件の犯人確定だな)」

「お、お巡りさん! たす、たすけてー!」

「けぇぇ、しゃっかああ (警察の人だ)」

 

 警察の人が来てくれた。これで通り魔も捕まるし町が平和になるね。そう考える北野君なのだが、事態は読者の方々の予想通りの展開となる。

 

「現行犯逮捕だ」

 

 ガシャリと手錠がかかったのは、やはり北野君の手だった……。

 

 町を騒がせ、小学生を恐怖に突き落とし、それを見咎めた勇敢な少年に暴行を加えようとした凶悪な少年。

 

「なにかやらかしそうな顔をしていると思ってました」

 

 そんな言葉を言ったのは誰だっただろうか、ご近所づきあいもすたれた都会の生活では、北野君が本当は良い奴だなんて伝わるはずもなく――北野家は田舎に引っ越すことになった。

 ああ、無情。この世に神も仏もないのだろうか。天使のような少年が悪魔と呼ばれ、人の中から追い出された。悪魔が向かう先は田舎町。

 

 

 

 『鬼のなくまち雛見沢』

 

 

 田舎に引っ越して来た北野一家。ご近所の方々との付き合いが深くなる土地でなら、きっと「あの子は顔は怖いけど根の優しい子でなー」とわかって頂けるに違いないと、そう考えていた。

 少しだけ田舎をなめていたことは、家から歩いていけるような場所にはスーパーの一つも無かったことなどの、今まで住んでいた都会には無かった苦労などがある。それでも、それはまぁ、そういうものなのだろう、むしろそれを楽しもうと北野家の人々は前向きに考えることにした。

 

 引っ越しの片づけで忙しい両親の手伝いとして、北野君は自転車をこいで結構離れた少し大きな町まで買出しに出かけた。

 

「ふぅー、ふぅー、結構大変だ。でも運動になるし、これはこれでいいものかもしれない」

 

 帰りの坂道なんのその、それなりに体力のある北野君は急な上り坂でも、グングンとペダルをこぎ続けた。

 と、坂の途中でなにやら難儀をしている様子の女の子が一人。どうも自転車が故障してしまっているようだった。

 

「みぃ、これは困ったのですよ」

「困っているなら、何か手伝おうか?」

 

 どうせまた、「悪魔ー!」だの「きゃぁぁ」だのと言われて逃げられる展開だと思っているでしょう。いいえ、そうではありません。

 

「あっ、誠一郎。ちょうど良い所に来てくれたのですよ」

「あ、え? (僕はこの子に自己紹介したっけ?)」

 

 北野君が混乱するのも仕方がない。単に古手梨花(ループたくさん)がうっかりしていただけなのですから。最初に会った時はそれはもう怖がった梨花さんですが、今となっては累積何年の付き合いになるのかもわからないぐらいの一方的な古なじみ。当然ながら性格もわかっているし、こういう時に頼れる人材だとも理解している、ついでに「きぇぇえええ」の声だってある程度は解読できるくらいだったりする。

 

「どうして、名前を知っているのかって思っていますか?」

「きひゃい」

「田舎をなめたら、お腹を壊してしまうのですよ。知らない人たちが引っ越して来たら、その日の内に噂は広まって、家族構成から、性格性癖までバッチリ知れ渡ってしまうのですよ。にぱぁ」

 

 田舎ってスゴイ、北野君は素直にそう思った。魔女にごまかされただけだとも気付かずに。

 梨花さんの自転車がパンクしていたので、北野君の自転車を梨花さんが引いて、梨花さんの自転車を北野君が持って、二人で仲良く並んで雛見沢まで帰りましたとさ。

 北野君は人助けをしようとして、普通に受け入れられたことがこれまで無かったので、大変感動しました。

 北野君の目から涙があふれました。鬼の目にも涙です。

 助けられて感動したのではなく、助けることが出来ただけで感動できるあたり、これまでの悲しい境遇が思い起こされます。

 

 でも、大丈夫。これからは頼れる通訳が一緒にいてくれます。

 

 

 例えばヤクザの娘に絡まれた場合――

 

「梨花ちゃん、そいつから離れて! そいつの顔、麻薬やってる顔だよ!」

「人を見かけだけで判断してはダメなのですよ」

「いや、そいつどう見たって!」

「ダメなのですよ。誠一郎は怖くないのです」

 

 ほら、こんな風になるかもしれません。

 

 

 ああ、忘れていました。どうして古手梨花さんが北野誠一郎を大事にしてくれるのかを伝えておきましょう。

 普通に、むしろ非常に善良な人物であることがわかっているので、そもそも邪険にする理由もないのですが、梨花さんにとって、北野君は非常に重要な人物なのです。

 

「さぁとこぉー!」

 

 なんて怒鳴るおっさんがいますけどね……。

 

「きぇえええええ(女の子に何するんですか!)」

 

 そんな場面を見過ごすような、恐れて引き下がるような、そんな北野君ではないのです。

 

(な、なんじゃあアイツは! ヤバイ、あれはヤバイ顔じゃあ。わかる、わかるぞ、ちったぁ修羅場くぐった身じゃけんの、アレは関わっちゃあなんねぇヤツじゃあ)

 

 そうなのです、北野誠一郎がやって来た場合においては、鉄平は逃げ出してしまうことが非常に多いのです。

 まれに北野君の家族に仕返しをしようとするのですが――

 

「ごぉぉぉおおお」

 

 北野君のお父さんは、見た目大物のヤの人です。

 

(園崎の関係者か!? なんかわからんが、とにかく関わっちゃならん!)

 

 と、このように概ね問題ありません。

 

 

 

『おはぎ』

 

「ごめんなさい」

「ごめんなさい」

「ごめんなさい」

「ごめんなさい」

「ごめんなさい」

「ごめんなさい」

「ごめんなさい」

「ごめんなさい」

「ごめんなさい」

 

 ある日、教室でお互いに頭を上げ下げし続ける北野君とレナさんの姿がありました。

 

「なにやってんの? せーちゃんたち」

「おはぎの中に、何かイタズラした悪人がいるのですよ」

 

 あとからやって来た魅音さんに、梨花さんは言いました。お前の悪戯のせいでああなってるんだと。

 

「えっ? 何かあったの、アレ?」

「友だちを一瞬でも疑ってしまったことが申し訳なくて仕方がない人と、悪い人の共犯になったせいで謝られていることにいたたまれない気持ちになっている人がいるのですよ」

「あーあ、本当に悪い方もいたものですわね。どうにかしませんと、ずーっと続きますわよ、アレ」

 

 かなり年下の二人から責め立てられる悪い人の姿がありましたとさ。


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