思いつき短編集   作:御結びの素

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サモンナイト
最初から魔王ルート


 

 

 ある日突然、アヤ先輩の様子が変わった。

 別に髪を切ったとか、染めたとか、化粧が濃くなったとか、そういうわけじゃあない。

 言葉遣いは少し変わったような気もするが、それもそんなに大きいわけじゃあない。

 雰囲気が、違うのだ。圧倒的に。

 以前の先輩には、どこか気の弱そうなイメージがあった。本当は、芯のある女性だと知ってはいたが、それでも、守ってあげたくなるようなところがあった。

 今は、それがない。

 恐ろしい位の自信。何が来ても絶対に負けない、そんな自負を感じさせる。

 先輩がそんなことを言ったわけじゃあない。でも、そんな風に感じてしまう自分がいる。

 周りの人間に聞いてみると、男が出来たのではないか、と返って来た。

 そうかもしれない。自分たちくらいの年齢だと、急に変わったとなると真っ先にそれが思い浮かぶ。

 

「誰かと付き合いだしたのか、ですか?」

 

 先輩に憧れる気持ちが無かった、と言えばウソになる。

 急に変わった先輩の様子に、やきもきし過ぎるのはバカらしい。もう、自分ではダメってことなら、さっさと知ってしまった方が良い。それで、楽になれる。

 

「そう言われると、そうなのかもしれませんし。そうではないのかもしれません。この場合、どう言ったら、ウソにならないのでしょうね?」

 

 長い黒髪を揺らして、先輩は見えない誰かにたずねた。

 先輩の目はこちらを見ていない。どこかに居る誰かを見据えているのだ。

 なぜか、そんな気がした。そして、それがきっと合っていると思えた。

 

「信じてもらえるかわからないけれど、少し話をしましょうか。あの日、私が見た、長い夢の話を」

 

 他に誰もいない図書室。そこで、先輩は小さな、だけどよく通る声で語り始めた。

 夢の世界リィンバウムの話を。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 あの日、ちょうど帰りが一緒になった、あの日。

 二人と別れて一人になった私は、近くの公園に行きました。

 そこで、これから先の人生について考えたりしていたのです。

 このまま、流されるようにして、無難な道を進み続けてしまうのだろうか。そんなことで、本当に良いのだろうかって。

 将来への漠然とした不安。私は結論の出ないことをグルグルと考え続けていた。

 そんな時、どこからか声が聞こえて来ました。

 その声は、助けを求めていたと思います。よく聞き取れなかったのですが、なんとなく、そんな気がしました。

 でも、周りを見ても誰もいない。私しかいない夕暮れの公園。

 もしかして、これは幻聴なのだろうか? 変なことを考えすぎて、少し疲れてしまったのだろうか?

 一瞬、そんな風に考えました。

 そして、私がその考えを吹き飛ばす前に、目の前の景色が、白い光に塗りつぶされたのです。

 いきなり目の前が、真っ白になって、それが消えて。

 いつの間にか閉じていた目を開けた私は、見知らぬ場所に立っていました。

 クレーターって言えばいいのかな? 隕石が落ちた跡みたいな、すり鉢状に抉れた地面の真ん中に、私は立っていた。

 上を向くと、真っ青な空に白い雲が流れていて、どうにも夕方には見えない。

 周りには、隕石に吹き飛ばされた土の壁。本当は、隕石じゃなかったのだけれど。その時はそう思った。

 しばらく呆然とした後、そのままそこに居てもどうにもならないと思って、クレーターの上まで昇ることにしました。

 上に登る途中には、西洋の鎧みたいな物を着こんだ人の死体が転がっていて、その近くには綺麗に光る宝石のような物が落ちている。

 ビクッとして周りをよく見ると、あちらこちらに人だったような形をしたものが転がっています。それが全部そうだったとしたら、一体何人くらいの人が隕石の被害にあったのか。私には見当もつきませんでした。

 でも、不思議なんです。そのときの私は、それが全然怖くなかった。

 死体の近くにあった光る石を、いくつか拾い上げてそのまま上へ、上へ。

 ようやくクレーターから脱け出すと、周り一面が荒野。ついさっきまで、街中の公園に居たはずなのに。

 川を探しました。

 どっちに行ったらいいのか、どうしたらいいのか、全くわからなかったので。

 とりあえず真っ直ぐ進んで、川を見つけて、川伝いに進んでいけば、人と出会えるかもしれないって。

 川はすぐに見つかりました。

 運が良かった。少なくとも、そのときの私はそう思えました。

 本当は大変なことになっているはずなのに……。

 

 見つかった川は、ずいぶんと汚くて、何か染料みたいなものが溶けているみたいでした。

 だから、きっと上流に行けば、人がいるのではないかって思って。誰かが川上で染物をしているのだろうって。

 それも、川がこれだけ染まっているのなら、結構大きな規模のはずです。

 川の流れに逆らう方向に歩き続けるうちに、日が暮れて来ました。やがて夕日も落ちて、月の頼りない光だけが、道を照らしています。

 でも、不思議と困ることはありませんでした。なぜか、良く見えるのです。空気が綺麗だから? そんなことを思いながら、どれぐらい歩いたのか、やがて私の目の前に、城壁が見えてきました。

 城壁です。西洋のお城を囲んでいるみたいなアレが、街をぐるっと取り囲んでいたのです。

 壁伝いに進むと、大きな門がありました。ただ、その門はもう閉められていて、大声で呼んでみても誰も返事をしてくれません。

 もう開けてはもらえないのでしょう。仕方がない今夜はここで座っていようか、そんなことも考えたのですが、その時、私の耳に狼の遠吠えのようなものが飛び込んできました。

 慌てて周りを見ても何もいません。でも、たしかに遠くで獣の吠える声がしたんです。

 怖くなって、私は何度も何度も門の向こうに声をかけました。でも、誰も返事をしてくれません。

 城壁の内側、その上の空だけがぼんやりと明るいので、きっと誰かが住んでいるはずなのに。

 声を出すのに疲れてしまったので、それからはまた城壁を伝って歩きました。どこかに違う入り口があるかもしれないと思って。

 そうしたら、夜もだいぶ遅くなったころに、ようやく壁の内側に入れそうなところを見つけたんです。

 そこだけ、城壁の石が崩れてしまっている場所があって、私はその石をなんとか乗り越えて、街へと入って行きました。

 

 街の中も、やっぱり石造りの家が並んでいて、どうも日本とは違う雰囲気です。

 建物が並ぶ道は、あまり清潔とは言えない状態で、そこら中にゴミが転がっています。石の壁が邪魔をして、月の光が届かない所には、とても濃い影がわだかまっていて、その中に何かいるのではないだろうかって、ひどく怖かった。

 そうやって、ビクビクとしながら歩いていたのが悪かったのでしょうか。気が付いたら、私はとてもガラの悪そうな数人の男たちに取り囲まれてしまっていました。

 その中のリーダー格と思われるのは、上半身ハダカでものすごく力の在りそうな大男です。そして、その近くに居た、上着をはだけてその下から素肌を見せている比較的小柄な少年が、私に向かって何か言って来ました。

 正確になんと言っていたのかは、わかりません。日本語でも、英語でもない、聞いたことの無い言語だったので。

 ただ、彼の機嫌がとても悪そうなこと、そして、何か欲しがっていることはわかりました。なんとなくではありますけど。

 やがて、話が通じないことにイラだったのか、話しかけてきた男がナイフをチラつかせて来ました。周りの男たちも、それに合わせるようにしてナイフや棒などを見せつけて威嚇してきます。

 そして、大男がそのことに怯える私に向かって、やさしげな表情で何か言って来ました。たぶん、大人しくしていろとか、そんなことを言っていたのだと思います。

 私は、彼らに財布を差し出しました。全財産です。

 でも。渡した財布の中身を見た彼らは、今まで以上に大きく恐ろしい声を出して脅しきて。半ば分かっていたことではありましたけど、日本のお金は、彼らには意味が無かったようでした。

 それだったらと、私はあの最初のクレーターで拾った綺麗な石を見せたんです。宝石のようでしたから、もしかしたらこれで助かるかもしれないって。

 でも、ダメでした……。何が悪かったのか、彼らはそれまで以上に恐ろしい形相になって、あの1人だけ優しそうに見えた大きな人も、ひどく怖い顔になってしまって。

 すぐに刃物をもった男たちが、襲って来ました。

 手元にあったペーパーナイフで必死に抵抗したんですけど、やっぱりどうしようもなくて……私は棒で叩かれ、痛みでうずくまったところにナイフで刺され、大男に殴られて石の壁にぶつかって、動けなくなってしまったんです。

 こちらがもう抵抗できないことがわかったのでしょう。男たちはいやらしくニヤニヤと笑いながら、私を取り囲みました。

 そして、その中の1人、最初に話して来た小柄な男が、私に向かって手を伸ばして来て……。

 

 あたりに血が飛び散りました。私の顔にも、かかって……。

 最初は、何が起きたのかわかりませんでした。自分が刺されたのだろうか、斬られたのだろうかって思ったのですが、痛みがありません。

 それで、よく見てみると、目の前に居た男の腕がなくなっていたんです。

 状況を理解すると、男は石畳の上でのたうちまわり始めました。

 私がそれをやったと思ったのでしょう。腕を無くした男の仲間が、さっきまでの笑いを消してこちらに向かって来ました。私が見えたのは、彼らの手にした刃物ばかりです。

 死ぬ。殺される。嫌だ。なにがなんだかわからなくて、その時の私は大声でわめいていたと思います。

 そうしたら、声が聞こえて来ました。

 

 助けてやろうか? って。

 

 それは、とても大きな存在感があって、この声に任せれば安心だって、そう確信できるものでした。

 だから、私は願ったのです。

 

 助けて! と。

 

 返事はありませんでした。

 代わりに、襲い掛かって来ていた男たちが一斉に悲鳴を上げたんです。地面から生えて来た、たくさんの大きな蛇……いえ、竜が彼らの身体に牙をたてたから。

 あまりのことに呆然としている内に、竜たちも、男たちもいなくなってしまいました。

 竜は現れた時と同じように、地面の中に潜って消えて。男たちは、竜の口の中に飲み込まれて消えて。残ったのは、私と、竜が食べ残した男たちの身体の一部と、飛び散った血。

 何が起きたのかわからなくて、でも、助かったことだけはわかって。

 そのまま壁に背を預けて、へたり込みたい。私は、そう思った。

 でも、まだそこからおかしなことが続いて。

 今度は、険しい表情の男の人が出て来たんです。さっきまでの男たちが居て、竜が暴れていた場所の向こうの道から。

 新しく出て来た敵は……そう敵です、そうわかりました。なぜって、新しく出て来た人の表情は怒りに満ちていて、そして抜き放った剣を手にして居たのですから。

 鎧のようなものを着て、抜身の剣を手にした敵が何か言って来ました。でも、やっぱりなにを話しているのかわかりません。

 でも、その言葉に込められた憎しみの気持ちだけは、はっきりと分かりました。

 私が何を言っても、どうやっても、きっとこの人は襲って来る。そんな未来をくっきりと思い描くことが出来た。

 だから、もう一度、願った。

 

 助けて、と。

 

 そうしたら、また地面から、いいえ……月の光に照らされて出来た私の影から、あの子たちが出てきてくれたんです。

 竜が敵を迎え撃ってくれました。今度の相手は、さっきよりもずっと強くて、竜の頭が1つだけだと上手く剣で弾いてしまってなかなか消えてくれません。

 しょうがないので、前後左右の4方向から攻撃して、それでようやく彼に竜たちの牙に届きました。一度噛みついてしまえば、あとは簡単。

 腕に牙をたて、脚をかみちぎって、頭から。それでおしまい。

 このときの私の気持ちは、なんて表現したら良いのかわかりません。でも――

 ああ、もう帰らないといけませんね。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

『下校時間になりました。校内に居る生徒は――』

 

 下校時間を告げる放送が響いてくる。先輩の話は、途中で終わってしまった。

 さっさと帰り支度を始めた先輩に置いて行かれないように、荷物を素早くまとめる。

 並んで校門を出て、夕暮れの道を先輩と2人で歩く。

 

「夢の話の続き……聞きたいですか? まだ」

 

 そう聞いて来た先輩の影は、夕日を受けて長く、長く伸びている。

 その影の中に、無数の光る眼があったように見えたのは、気のせいだろうか。

 





年越しの酒は”大魔王”

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