思いつき短編集   作:御結びの素

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もこっちの学校に、天使が舞い降りた。


エンジェル伝説 と わたモテ
僕が怖がられるのはだいたい顔のせい


 

 

 夢も希望も枯れ果てる世紀末を越えてはや十余年。

 世には未だ外道がはびこり悪人が栄えるばかりであった。

 そんな世知辛い二十一世紀にあって、天使のように清く正しい心をもったひとりの少年がいた……。

 

 彼の名は北野誠一郎――この物語の主役である。

 

 威張らず驕らず、騙さず、貶さず。困っている人を決して見捨てず、人を恨まず、己の身に不幸が訪れても他人のせいにせず。

 学業成績も優秀で、運動能力も高く、まさに文武両道の好青年であった。

 

 さて、北野君の話はとりあえず置いておこう。読者の方々は彼が素晴らしい人格者であるということだけ覚えておいてくれればいい。

 

 

 黒木智子と言うモテない女の子がいた――こちらもまた、この物語の主役である。

 

 黒木智子は身だしなみに無頓着で、何か悪いことがあれば他人のせい、良いことがあれば私のおかげ、困っている人を見て内心で嘲笑い、そのくせ他人から笑われることを極度に恐れていた。

 弟に代表される身内に対しては傲慢に威張り散らし、騙して貶して、己のために尽くすことを当然と考えていた。

 彼女は濁って、よどんで、汚い、実に人間らしい心の持ち主であった。

 

 

『もし、もこっちのクラスに北野君が転向してきたら?』

 

 

 もこっちが高校に入学して二か月が過ぎ去った。

 

(このごろ誰とも話してない……。友達とかどうやったらできるんだ?)

 

 クラスの喧騒からひとり取り残された智子は、弁当を食べながら官能小説を読むなどという、実にアブナイ昼休みを過ごしていた。

 彼女の辞書に恥や外聞の文字がないわけではない。単に周囲に気が回らないだけなのだ。

 クラスメイトたちが楽しそうに話しているを聞いて羨みながら、ご飯を口にかきこみながら、小説の内容に鼻息を荒くする。

 実に忙しなく、あさましく、恥じらいが無い。

(くやしくねーし。あんなクズどもと群れるぐらいなら、一人の方が全然マシだし)

 

「ね、ね、聞いた? 転校生来るんだって」

「あ、聞いた、聞いた。このクラスらしーね」

「え、マジ? 転校生って女の子? 美人?」

「男子らしーよ。てか、すぐそうやってがっつく、なんかキモ」

「キモイ言うな! 傷ついて死んじゃうだろーが」

 

 キャッキャワハハと智子の耳に届いた風のウワサによると、どうやら転校生がやってくるらしい。

(こんな高校始まって二か月しかたってない時期に転校とか……あれか、いじめられて逃げて来たとか、そういう根性なしのヘタレとかなんだろーな。そういうヤツはちょろっと優しくしてやればすぐ懐くだろーから、そうしたら……って男子かよ!)

 勝手に見ず知らずの人間の事情を推測し、上手いこと友だちと言う名の子分にできないかと妄想し、ヘタレ男子は趣味じゃねーとダメ出し。

(あーあ、つまんねーの。どうせなら宇宙人とか、異世界人とか、超能力者とか未来人とかが転校してくればいいのに……。そんでもって実は私が異世界の王様だったとかそう言うストーリーが……)

 話す相手がいないと妄想もはかどる。

(転校生は金髪美形でさ、そんでもっていきなり私の前に膝をついて「御前を離れず忠誠を誓うと誓約する」とか言い出すわけよ……) 

 脳内の光景にうへへと笑う黒木智子、彼女は高校一年生。まだまだ中二の病が抜けきっていない年頃の女子であった。

 

 

 翌朝、智子のいる教室は凍り付いていた。

 

「北野誠一郎です。趣味は掃除や人助けです。何か困ったことがあったら手伝いますので、ぜひ声をかけてください」

(掃除って、何を掃除するんだ? 人間か?)

(やべぇ、コイツはやべぇ。人殺しの目をしてやがる)

(困ったことがあったらって……あれかな、みかじめ料を払えとか、そういう意味かな……)

 

 最初に書いた通り、北野君は天使のような人格者で、成績優秀なまさに優等生オブ優等生だ。

 ただ、彼の顔は――とても怖かった。

 一重でキツク吊り上がった目つきに極端に小さな黒目と、薄すぎるぐらいに薄くほとんど見えない眉毛の組み合わせはそれだけでも怖い。

 その上、目の下には濃いく(・)ま(・)があり、それと病的な白さの肌の色があいまって麻薬中毒者のような風貌。さらに、自分の外見が怖いことをある程度自覚している彼はせめて強烈な寝癖だけでもおさえようとして、髪の毛をポマードでガチガチにかためていた。

 これ以上くどくどと書き連ねても仕方がないので、ただただ「怖い」顔をしているのだと、そこだけ理解してもらいたい。

 

(金髪美形どころか、悪魔じゃねーか! どういうことだよ、いつからこの学校は地獄になったんだよ)

 

 クラスの皆は恐れおののいていた。智子とその近くの席に座っていた生徒たちは、その中でも特に恐怖していた。

 

(私の隣の席が空いてるんですけど……。転校生がくるって日に休んじゃうなんて、ホントに残念なヤツだなー。病気だったりしたら、心配だなー。お見舞いに行かないとなー)

 

 要するに黒木智子の隣の席は、とても都合良い事態になっているわけである。

 

「き、北野君の席は黒木の隣だ、ですので、何かわからないことがあったら、黒木に限らず近くの生徒に聞いてくれ、下さい。せ、先生は忙しいのですので、最後でいいです」

 

 担任の白石先生は、生徒を悪魔に売り渡しました。

 

(白石ー! おま、なに、なに言ってんの。うわらばばばばば……)

 

 悪魔のような天使は、担任の先生の言うことよくきく良い子なので、当然のように「はい、わかりました」と礼儀正しく――ただし怖い――返事をして、自分の席へと向かった。

 北野君が一歩歩くたびに人が左右に割れる。席から離れて逃げ出すような生徒こそいなかったものの――そんなことをして目をつけられたくなかったので――皆が皆、心もちなんて言葉では済ますことはできないほど引いた。うっかり足が触ったなんてことになった日には、もう明日の朝日を拝むことができなくなりそうな気配が北野君から漂っていたからだ。

 無論すべては勝手な思い込み。北野君は転校初日で緊張しているだけなのだが、普通にしていても怖い顔が、緊張のあまりひきつってしまい、とんでもなく怖い顔になっているだけなのだ。

 

「黒木さん……よろしく」

 

 ニタァーと口の端を吊り上げて嗤う悪魔のような天使の笑顔。北野君は自分の顔が怖いことを知っているので、少しでも愛想良くしようと努力しているだけなのであるが、その努力は残念ながら真逆の方向へと全力疾走で働いていた。

 

(ど、どどどどどうし。「よろしく」って言えば? タメ口なんかしたら殺されるんじゃ……。ああああ、って考えてる間になんだか不機嫌な顔に、あわわわわ)

(どうしたんだろう……ああ、ぼくの声が小さくて聞こえなかったのかな? もう一度言った方がいいよね)

 

 北野君はとても性格が良いのだが、少しばかり、いやかなり鈍い。世の中には緊張するとうまく話すことができなくなる人間もいるのだと――自分もそうであるのに――理解していないのである。

 繰り返しになるが、北野君は緊張するとうまく話せなくなる上がり症な小心者なのである。そして彼の場合、うまく話せない時に口から出てくるのは奇声なのだ。まことに困ったことに。

 転校初日、初対面の異性相手、一度話しかけて無視されたかも知れない――と思っている――状況で、そんな北野君がうまく話せるはずもなく、加減を間違った大音量で恐怖の雄叫びが教室内に響き渡った。

 

「くろきへー! よろききゅー!!」

 

 黒木智子、花の高校一年生。極度の恐怖と緊張により、吐いて戻して気絶して、保健室送りになる。

 これが北野誠一郎の伝説の始まり。

 

「北野君マジやべー。転校初日のあいさつで女子を病院送りにしたらしーぞ」

「マジかよ……。女子にも容赦なしかよ……」

 

 伝説1:転校初日、朝一で女子をあられもない姿にして病院送り。


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