借りた大鍋に、おじさん達から貰った海産物をごそっと入れる。
獲れた品物はカニ、サケ、つぶ貝、ウニなど。中々の高級食材に俺の期待値は鰻登りだ。
野菜も思ったよりたくさんあって、物足りないやつはジャン袋で補填。
50人分くらいは一気に作れるのではないかと思えるほどの大鍋でそれらは茹で、煮られ、徐々に完成度を高めてゆく。
そこへ、酒、昆布と、鰹節を少々………いや大量? と、日本が生んだ万能醗酵物の1つである味噌を加え、さっとひと煮立ちさせたら、出来上がり。
多分、後数十分もしないうちに、料理は完成するだろう。
(あぁ、この味噌と磯の香りのコラボが大和魂を揺さ振るぜ………)
やはり日本男児たるもの、米、味噌、魚に醤油は外せないのではないか。
いやいやそれを上げるのなら沢庵だって………そういえば梅干も………。うぅむ、上げてみればきりが無いな。
そんな事を思いつつ、木製のお玉で救い上げた浜鍋を味見しながら、魂に刻まれているであろう日本人としての心が、味噌に共振している気がする。
だから、周りで五月蝿くしている一角やその仲間達。
そして、村の方々が今か今かと首を長くしながらこちらに向ける視線も理解出来るというもの。
しかし。
(空気重っ!)
俺を取り囲むように、けれど決定的な溝がある、この状況。
初めは、本当に鬼達と俺と勇丸オンリーの宴会だった筈なのだ。
それが浜鍋を作っている際に漂う匂いに引かれたのか、続々と俺の周りを囲うように見守る村人達の輪が出来上がり―――けれど鬼と混ざる事は無く。
時折チラチラと鬼達に何か言いたげな目線を向ける村人に、何故か俺までバツの悪い心境に陥りそうになる。
あまりに居心地が悪いもんだから、料理へ没頭する事で現実逃避をした。
そうしていたら、いつの間にか人間vs鬼の構図で陣営が分かれ、俺はそのソードラインとでも呼ぶべき位置に、どっちに付く事もなく立ち往生するハメになっていて………。
方や村長率いる村人集。
方や一角率いる鬼軍団。
睨みあっている訳ではないのだが、どう表現したものか。あの自由奔放な鬼の一角ですら、周りと一緒で、互いに『ここにいたらまずいんだろうな』といった空気を醸し出していた。
(なに、この嫌な上司と来る飲み会的な空気)
そも宴会をする場所をココにしたのが最大の原因なのではないかと自分の安直さを後悔し、なら解決しなきゃいけないのは俺なんじゃ………と嫌な結論に達した。
本当、嫌な結論だ。忘れてしまおうか。
など思ってみても、このギスギスとした空気が和らぐ事も無く。
これでは折角の浜鍋の味が台無しになってしまう。
食事は、調理側の努力が半分、食べる側の努力が半分。なんて何処かのドラマで言っていたのを思い出す。
どんなに美味しいものでも気分最悪では完全に楽しめるものではないし、気分だけでも料理が美味くなる訳でもない。
泣いている人を食事1つで元気にしてあげたり、心の持ちようでクソ不味い食事も最高の一品に変わる場合もあるらしいが、一々そんな屁理屈なんて考えていられない。
都合の良い言葉だが、ケース・バイ・ケースを今回は適応しよう。
ということで、今の俺の前には独身男自慢の一品、男の浜鍋が出来上がりつつある訳だが、食べる側の雰囲気が最悪では、どちらにとっても良い結果にはならないだろう。
そして、解決出来るのだとしたら、村長か一角か―――人側、妖怪側のトップと、完全な第3者である俺の3名以外に居ないだろう。
だが、一角は動かず、村長は尻込みし、どちらともこの場を解決する気配はない。
………ガラじゃない。
今しようとしているのは、人と妖怪、双方の和解―――の助力。
力を示すでも、知識をひけらかす場でもない。
敵を負かした時の決め台詞とか、その手の類だったのならば、言いたい台詞も使ってみたいポーズも湧き水のように思いつくというのに、こういった出来事とは とんと無縁だった為、どうやって仲裁に入れば良いのか分からない。
でも、やる。
経験も無い。自信も無い。
あるのはただ“どうにかしない”という意思のみ。
鉄は熱いうちに打て、だ。イザコザは時間が経てば経つほど拗れるだけ。
だったら、双方共に決定的な、決め付けとも言える考えが定着する前に畳み掛ける。
このままでは、俺が何もしなくとも、悲惨な結末に向かっていくであろう事は想像に難くない。
「―――皆さん、聞いて下さい」
口火を切る。
こういうものは、気持ちが大事。
何を言おうか頭の中で考えに考えた挙句、口にしない、というような真似はしない。
ポツポツと、情けなくても、子供が積み木で幼稚な建造物を作り上げるかのように形にしていけば、きっと分かってもらえるだろう―――という願望に乗せて。
「みんな、それぞれ思うところはあるでしょう。人間なんか、鬼なんか―――と。
それを忘れろとは言いません。我慢しろとも言いません。
ただ、その思いを黙って胸の奥に潜ませて、相手を騙す、裏切るといった行いは止めて下さい。
村人の皆さん。鬼達は、決して嘘を言いません。なので、話して下さい。嫌な事があるなら嫌と。助けて欲しい事があるのなら助けてと。
そして、感謝する事があったのなら、ありがとうと。はっきりと感謝の言葉を言って下さい。
相手は鬼です。妖怪のまとめ役です。鬼は―――少なくともココにいる一角達は、もうこの村を襲ったり、危害を加えたりしません。
ですので、話してみて下さい。どのような形であれ、こちらに害を為す事無く、きっと彼らは応えてくれるでしょう」
一息。
「鬼の皆さん。人間は弱い生き物です。………ある国の大名―――支配者の言葉で、こんなのがありました。
『飯が食えれば、尊厳などなくとも人は生きられる。尊厳があれば、飯が食えなくても人は耐えられる。―――だが、両方無くなると、人は“何にでもなる”』と。それら条件が達成された時………私達人間は、容易く禁忌の向こう側へと足を踏み出します。
愛した者を、信念を、時には―――己の命すらも対価にして。
人間を追い詰めすぎないで下さい。
もし、それをやり過ぎてしまったのなら―――あなた達は、あなた達が最も嫌うもので武装した人間を相手にしなければならなくなります」
本当に、ガラじゃない。
なんでこんな取ってつけたような、辛気臭い話をしているんだろうか。
ここは酒の席だ。宴の中心だ。人外魔境の酒池肉林だ。
どんちゃん騒いで楽しむ場ではなかったか。
―――いや、だからこそ、か。
だからこそ、俺は言わなければならない。
恐らくこの機を逃したのなら、少なくとも今この場所では、人と妖怪を交えて話をする場など訪れるとは思えない。
人だけと話しても、妖怪とだけ話しても、俺が目指すものには到達しない。
だからこそ、今。
人魔が混合する、この宴をおいて他にはない。
「簡単にまとめると………“持ちつ持たれつ”を目指してみて下さい。
そしてどうしても駄目だった場合は―――また、その時に考えてみませんか。少なくとも、まだ何も相手の事を理解していないのに切り捨てるには、とても勿体無い関係だと思うのです。
ですので、悪い所ではなく、相手の良い所を見つけてみませんか。
もう少し具体的な案を出してみるのなら………。
鬼の皆さん。珍しい物や食材を人間に預けてみませんか。きっと、あの手この手で加工や細工をして、素晴らしい変化を与えてくれる筈です。服や装飾品が綺麗になったり、料理が美味しくなったりして、きっと、もっと楽しい生涯になるでしょう。
村の皆さん。自分達の技術を彼らに使ってやってみませんか。きっと人間からは想像も出来ない発想が生まれてくる筈です。その受けた恩恵を、彼らに返してやることが出来たのなら、さらに大きな利益になって返って来る筈です」
相手を理解しろ。
自分ではそう言っているつもりなのだが、はたしてちゃんと言葉に出来ているだろうか。
何とかどもらずに、それなりの形で口には出しているつもりだが、頭の中は今でも真っ白。
話した台詞は半分も覚えちゃいないし、途中から、『相手を利用してやれ』なんて方向にまで行っているような気もしてくる。
(ど、どうしよう。『今のはなしで』とか言って訂正入れてみようか………)
自分で話した内用の所々が虫食いのように記憶から消えているので、いっそ全部無かった事にしてまた始めからやりなおしたほうが良いだろうか。
誤解されて関係が拗れるよりは断然良いのだが、場の空気的に言い出し辛い事この上ない。
………と、テンパっている間に動きがあった。
俺の左右。
鬼側からは一角が、村人側からは村長―――ではなく、おじさんが、それぞれ中央に歩み出す。
互いに顔を見ながら、まるでこれからコロッセオで決闘でも行うかのように距離を詰めていく。
鬼達も、村人達も、それぞれ一角やおじさんと同じ表情をしており、何か覚悟を胸に秘めて事へ当たるようだ。
切欠は作った。
後は、野となれ山となれ。
―――この出来事は、あくまで俺“だけ”が望んだ事。手と手を取り合い笑いあって過ごせるのならそれが一番だとは思うが、だからといってそれを強制する事態は、いずれ破綻する。
最も望ましいのは、どちらも自発的に俺の言った状態を目指してくれる事。
各々が自分で考え、行動し、責任を負わないといけない。
だから、この一歩は大変大事なものとなる。
何としても成功させるべく………、最悪、関係が罅割れたものになったとしても、殺生沙汰にまで到達する事態は、切欠を生み出した者として避けなければならないと考える。
それ系の、捕縛やら無力化やらのカードを思い浮かべながら、対話の成り行きを見守るとして。
「………俺はお前らが嫌いだ」
開口一番。
一角に対して会心の一撃とも思える挑戦状を叩き付けたおじさんに、俺はどんな反応をすれば良いのやら。
「奇遇だな、おいらもお前らが嫌いだ」
一角も一角で、売り言葉に買い言葉なのか、とてもステキなお言葉でいらっしゃる。
「勝手に人の土地に踏み込んできて、俺達を襲って、攫って、食って飲んでまた襲って。こんなに我が侭な奴らは他の妖怪でも居ない」
「勝手に自分の土地だと決め付けて、自分より弱い動物を狩って、食って、増え続けて。こんな独り善がりの種族は他に見た事が無い」
どっちも一歩も引かず、抱えていたものを吐き出すかのように相手にぶつけている。
「力があるからって偉ぶりやがって。何も出来ずにただ為されるがままでいるしかない奴らなんかこれっぽっちも気にしちゃいない」
「弱いことを理由に何でもかんでも好き放題やりやがって。木を切って、空き放題猟をして、妖怪を殺して。しかも自重する気配すらねぇじゃねぇか」
それぞれの主張を宣言しつつ、相手の宣言を胸に刻みながら。
「「だから俺(おいら)達はお前の事が嫌いだ」」
一刀両断に言い切ってくれやがりましたよこの方達は。
さて、次は乱闘だろうか。いやパワーの差があり過ぎるから虐殺か。
まずは勇丸で牽制しつつ、使うカードは何にしようかなぁ、と思い描いていると。
一角とおじさんは、互いに手を取り合い、がっしりと堅い握手をしていた。………あれ?
ちょっと状況が飲み込めない。
そのまま不適に笑みを浮かべたかと思ったら高笑い………ってこっち見たぁ!?
「「九十九(兄ちゃん)!!」」
「はい!」
「酒(飯)だ!」
「………はい?」
………あの二人の間で一体何があったのだろう。
ちょっと怖いが問い質してみようかしら。
「だから酒だよ、酒。こんな美味そうなものまで用意して酒が無いってんじゃ、画竜点睛を欠くを体言しているもんだぜ」
その四問文字熟語は、今の時代的にはアリなんだろうか。
「もう良いんだ兄ちゃん。怨み辛みは言った。後は互いにそれを解決するよう努力するだけだ。ここまで最低な関係なんだ。後は上を目指すだけ。楽なもんさ」
それに、とおじさんは言葉を続ける。
俺が切欠を作った事で、このまま敵対関係を続けるのは好ましくないと思ったそうだ。
というか、そもそも今後の事で鬼と対話する為に、この場所へ村人全員で集まってきたのだとか。
言われてみれば幾ら良い匂いを漂わせているとはいえ、危険極まりないこの地帯に、全員が集合するという事態は考えられない。
おじさんの台詞には村の総意が籠められていて、今後の対応として、出来るだけ良い方向に―――もっと卑下するなら、悪くならないよう交渉をしようとしていたのだそうだ。
どちらにしろ話し合う気では居たらしいのだが、どうやって一声掛けようかと悩んでいるうちに、どんどん空気が悪くなっていって、ますます言い出しづらくなっていった挙句に、俺の語りで決意を固めたのだらしい。
………うーん、元から話し合う気でいたのならもっと早く行動して欲しかったけれど、俺だってそんな立場だったのならおうそれと交渉なんて出来る訳がないと思うので、あまり強くは言えない。
で、鬼側は鬼側で今後の対応を決めていたらしく、余程変な話でなければ応えようと思っていたのだとか。
要約すると『一度命を失ったようなものだが、信念まで失った覚えは無い。だから、それから外れなければ、話し合いに応じよう』という事らしい。
どっちもそれなりの覚悟を以ってこの場に集まっていたようで―――まだ貢献少しは出来たから良いようなものの、危うくまた俺の独り善がりになるところだった。
兎も角、流れは円満に終わって、その後の打ち上げに移行しようとしている。
人妖の相互が相手を理解しようと努力する姿勢を見せて、今までの理を崩したことにより、新たな展開が見えてきそうだ。
ならば、今は―――今宵は、それの第一歩。
人外魔境と化したこの宴に相応しく、混沌と、されど嬉々とした状況を作り上げよう。
「二人がそう言うなら私―――俺としても嬉しいかぎりです。………よっしゃ、今からぶっ倒れるまで出しまくるぞー!」
心機一転。自身の気持ちを切り替えて、真面目モードから宴会モードへと移行させた。
皆も何を出すのか具体的に言わなくても分かってくれたようで、周りからは歓喜の声が響き渡る。
特に鬼側。もう地震でも起きてるんじゃないかと思えるほどの地響きとなって周りと俺の体を揺らす。
勇丸なんか、器用に耳をぺたんと倒している。俺もそれやりたいなぁ。耳いてぇッス。
「じゃあまずは、料理をちゃっちゃと配っちゃいましょうかね。おらガキ共~! お前らは配膳係りだー!」
村人達の後ろ。大人達の影に居た子供達に声を掛ける。
「な、何かお兄ちゃん前と喋り方違う!?」
「あんなに乱暴じゃなかったよね?」
「ちょっと………怖い………」
「これが俺の素だぁー! もう色々取り繕うのも面倒になったのよ! ってことでキリキリ働けぇい!」
「うわーん! お兄ちゃんが変わっちゃったー!」
ぐはははは! 一仕事終えて心が磨り減ってるから、色々と気を抜ける所は抜いておかないと持たないんだぜ!
何だかんだ言いながらテキパキと働く子供達を見ながら、今後の展開を考える。
恐らく体力の限界に挑戦するであろう、この宴。
鬼が全部で20数人。村人達が4~50人位。
鬼を計算に入れて作らなければならないので、食べ物は兎も角、酒はかなりの人が飲める量を作っておきたい。
具体的にはビアタンク200本。
………嫌な数だ。あまりに量が多すぎて絶望しか思い浮かばない。100に訂正しておこう。
しかし、既にある食材を使って浜鍋を作っておいて良かった。
これなら食事の方はバカスカ出さなくて済みそうだ。逆は湯水の如く出さなければならないが。
おぉ、おっかなびっくり鬼達に渡して回っている子供達の反応も面白いなぁ。
鬼も『食っちまうぞー』とか言ってからかっている。………それは洒落にならんぞおまいらの種族的に。
「お兄ちゃん~、全員に配り終わったよ~」
村の子供の1人がそう教えてくれた。
どかり、と全員が胡坐をかき、それぞれの前には浜鍋がよそわれたお椀が置かれていて―――あぁ、酒がまだだったか。
「今更だけど、一角よ」
「何だ?」
鬼側陣営の中央に、再び戻っていた一角へ呼び掛ける。
「鬼って、酒は自前のとか持ってないのか?」
「あるぞ。酒虫って言ってな。水を酒に変えてくれる奴を、瓶や瓢箪の中に入れておくんだ」
「じゃあ、酒出すのも結構大変だから、初めはそれ使って酒盛りやってくr」
「駄目だ」
「………理由は?」
「飽きたんだよ。あんなのもう唾と一緒だ。お前の酒の味を知った後じゃあ、特にな」
何でも、酒虫によって味は色々あるそうだが、希少な為にとっかえひっかえ試す事も出来ないんだそうだ。
で、10年に1回くらいの頻度で酒虫が手に入るのを、楽しみにしているのだとか。
「そうなのか………ちょっと照れるな」
俺自身が精製した訳ではないが、居た時代の物を褒められて嬉しくなる。
よっしゃ、どうせなら前回のと違う奴でも出してやるべ!
「ってことで、再びおいでませ。ジャン袋様~」
再度俺の手に握られるジャン袋。といっても浜鍋を作る時から出していたので、足元に置いてあったのをそれらしく言って胸元まで持ち上げただけである。気分が大事だよね、こういうものは。
何処も異常な箇所は見られず、1度破れていたなんて微塵も感じさせない状態だ。
中に手をいれ、思い描く。
前回は万寿だったか。
今回は、どうせなら名前もちょっと掛けて、十四代『大吟醸』双虹としておこう。
メロンのような香りに独特の甘み。そして万寿と同じように、あっという間に口の中から消えてなくなる後味スッキリ過ぎな素晴らしい酒だ。
鬼と人。二つの種族の間に掛かる、互いの理解の意味を込めて双虹。
酒のレパートリーなど大して持っていなかったが、丁度良い語呂合わせ的な名前の酒があったものである。
………あれ、俺はこの手の酒で何か失敗したような………まぁいいか。
(いつかは『鬼ころし』とか飲ましてやるかねぇ)
俺が知るだけでも4種類以上ある酒、鬼ころし。
本来は鬼をも殺すような悪酒―――つまり、不味い酒の代名詞として使われていた言葉なのだそうだが、ある蔵元がそれを逆手に取って販売した所、大好評。それに肖ろうとした同業者が挙って………といった流れだったか。上司の受け売りだが。
コンビニで売られている紙パックの粗悪品から(これはこれで良い味だしてると思う)、しっかりと木箱と高級和紙に納められた特級品まで多種多様に渡って世に送り出されているそれの、どれを飲ましてやろうかと内心で笑みを浮かべながら、双虹の詰まったビアタンクを取り出していく。
それを、子供達は重量の関係から2人1組になって配って回る。
鬼達へは1人1つ。人間へは10人位の前に立つ。
『やっぱり鬼は量がネックだよなぁ』と思いながら、全員にタンクが行き渡り、鬼がタンクの蓋を。村人は持参していた湯飲みに並々と注がれた酒を確認してから、自分も瓶で出しておいた双虹を掲げる。
「それでは―――」
さっと皆が俺と同じようにタンクや湯飲みを掲げ、
「―――新しい出会いに、乾杯!!」
乾杯、と言葉は続けてくれなかったが、各々『おお!』だとか気合の掛け声だとかで応えてくれた。
野球の祝勝祝いをやっているようだ、と割れんばかりの歓声の中で思いながら、手にした双虹を一口。
―――美味い。これなら何杯だって飲めそうだ。
そう思いながら、足元にいる勇丸へと酒を進める。
前に置かれた茶碗に注いでやると、静かに顔を傾けてペロペロと飲み始めた。
それがしばらく続き、ふと、顔を上げて、瞼を閉じる。
まるで酒の味を噛み締めるかのような印象に、犬にも酒の味が分かるものなのかと思い尋ねてみると、『美味い不味いの判断は出来ないが、また飲みたくなる味』という返答が来た。
犬に酒ってのは本当はいけなかった筈だが、いざとなったらカードに戻すなり再生やライフを回復させるなりして対処しようと思う(注:犬はアルコールが分解出来ないので毒物として体に残るようです。絶対に与えないで下さい)。
(しかし、常温の酒ってのも飽きてきたな)
ラッパではなく湯飲みに酒を移しながら、新しい方面への探究心が湧き出てくる。
これはこれで良いとは思うのだが、キンキンに冷やしたものか、熱燗にして飲みたいと思うのは、日本人ならではの感覚なのだろうか。
中国だか韓国では、嘘かホントか、常温ビールが主流なのだそうだ。理由は腹を壊すから。
(うぅん、否定する気は無いが、俺はノーサンキューだなぁ)
なんてぼけっと考えていると、視界の隅には、この状況が面白くなさそうな子供達。
酒によって馬鹿になるのは大人だけな為、必然、彼らは取り残された形になっている。
1人だけでは無いにしろ、普段は自分達によく構ってくれる大人達が皆自分達を無視、もしくは軽視して自分勝手に騒いでいるのは、何とも言い難い気分になっているだろう。
(たはは、仕方ないねぇ)
見てしまったからには放っておけない。
酒瓶を置き、勇丸と一緒に彼らの元へと向かう。
その気持ちは、よく分かるから。
俺だって、子供の頃、親戚が一同に会する場所でハブられた事があった。
当時は大人だけがクソ不味い無色や黄色の液体をガブガブ飲みながら、煙たいだけの紙の筒に火をつけ、口から白い煙を吐く。
そうしながら話し合っているだけで笑いあっているあの場は、何が楽しいのか全く理解出来なかった。
そんな事をしなくても、一緒に遊ぶだけで充分に笑い合い、楽しめるのに、と。
そんな嫌っていた筈の大人達の行為の方が、今の俺は楽しくなっているのは、少し寂しいものを感じながら、彼らに声を掛ける。
「詰まらなそうだな。何かして遊ぶか?」
「え、本当!?」
子供の1人が、まるで今までのしょげていた雰囲気を一気に吹き飛ばして表情を一転させた。
陳腐な表現だが、花の咲いた様な顔だな、と嬉しそうにしているこの子達を見ながら、そう思う。
「しっかし、こんなに暗いと体を動かす系は危ないしなぁ」
「じゃあ、手遊びしましょうよ! 私、綾取りが得意なの!」
「それよりも、カゴメカゴメしようぜ! あれなら暗くても出来るよ!」
「暗いからこそ鬼ごっこでしょ!」
だから動き回るのは危ないって言ったやん。目が届きませんよ、それやられると。
わいのわいのと騒ぐ子供達を宥めながら考案していると、ふと、鬼達の姿が目に飛び込んでくる。
鬼→妖怪→異様なもの→非現実→別次元、という図式が俺の脳内に一瞬で成立して、ある結論に達した。
(そうか、遊びってのは、体を動かすだけじゃないもんな)
体を動かさない遊び。
しりとりや山手線ゲームといった類ではなく、もっと別の、俺の時代では普通の遊び。
「よし、じゃあ今から、俺が面白い話を聞かせてやろう」
それは、物語を知る事。
ぶっちゃけアニメや漫画。趣味の欄に記入すると映画鑑賞と言える類の行為。
ただこの面白さを分かってくれていないようで、子供達はぶーぶーと不満を言ってきた。
ふふん。アニヲタを舐めるんじゃねぇぞガキ共。その手の知識なら腐るほど知ってるのだ。
昔小学校で、国語の音読をした際に先生から『気持ちが良く伝わってくる表現ですね』と褒められたのは伊達じゃないぜ!
きっとカチカチ山のタヌキが背中を燃やされている時の声、とか入れたのが良かったんだと思う。
「まぁまぁ。じゃあ1つだけお話するから、それが面白くなかったら綾取りなりカゴメカゴメでもやろう。何事も好き嫌いは良くない。少なくとも1度は体験してから物事を判断しなさい」
口調が先生っぽくなったのは、構図がそれっぽいからと脳内で変換されているからだろうか。
素直に『はい』と返事をしてくれた事に俺は満足げにうんうんと頷きながら、子供達を自分の正面を囲むように座らせて、話し始めた。
「何が良いか………。よし、題名は『こいしのドキドk(がぶり)』ぎぃっ!?」
タイトルを言い終える前に、俺の尻に勇丸が牙を立てた。
何? いけない気がしたので止めたかった? 囁きを感じた?
そ、そうか。囁きなら仕方ないな。………おーいてぇ。歯型が残りそうだ(汗
「お兄ちゃん、どうしたの?」
「気にするな。ちょっと天罰を受けただけだ」
痛む尻を摩りながら、悪乗りも程々にせねばと、改めて子供達に向き直る。
「そうさなぁ………まずは長編は避けて短編の、今の子でも分かるような………鬼とか出てくるのは今はあれだし………。よし、では俺の名前と似てる奴で」
子供の昔話といえば、国語の教科書然り、NHK日本昔話然り。
ネタは豊富にあるのだ。
どうせならためになる様な話が良い。
「おほんっ。昔々………じゃねぇな。ありゃ江戸時代の話だったか。えー………。あるところに、一休さんという小さな子坊主―――神職の者がおりました―――」
まぁ、多少の時代背景は前後しても大丈夫だろう。
そんな事を考えつつ、大人達の笑い声をBGMにしながら、人魔両方での団欒という他に類を見ない宴会の熱は高まっていった。