この島国でかなりの国土を持つ国となった大和には、幾つかの大きな社がある。
その内一つはこの国の一端を治める神である、八坂神奈子を祭る場所。
もう一つは、近年新しく領土となり、洩矢の国から守矢の地と名を改めた、洩矢諏訪子の神社。
片や太陽や天候などの陽を司り、方や生きとし生けるものの感情の、最も暗き陰を司る者。
その国の名の下には、有象無象の権力者や中~下級の神々。そして人間達と、僅かではあるが、妖怪が名を連ねている。
言葉で並び立てるだけならば、それは無敵の帝国と言い換えても間違いではないだろう。
そんな国に、こじんまりとした社が一つ。新たに建造されていた。
何を祭っているのかも分からず、けれどもはや絶対的な存在となった二神の命令により、速やかに。
ある人物の希望もあり、とある温泉の付近に据えられたそれは、お世辞にも大きいとは言えないが瀟洒な作りが施されており、居住性を特化させた結果の機能美とも言える出来栄えであることが窺えた。
そこに、幾人かの息遣いが聞こえてくる。
一、二、三……。全部で四人、と一匹。
うち三人は社の中にある、広間とも言えない小さな部屋の中央に位置しており、そこに、一人の人間―――村の男が入ってきた。
格好はこの国の人間なら誰でも着ている、イグサ、ヤマブドウの蔓、樹皮などを編んで作られたものだ。
ただ、その入ってきた村人はおかしい。
言動や格好が、ではない。……いや、ある意味格好がおかしいのだが、そのおかしさが問題なのだ。
足が、無いのである。
右の膝から下。本来あるはずのものが欠けている。
足りない箇所を補うように松葉杖を不器用ながらも操り、三人の前に崩れ落ちるように座り込み、頭をたれた。
丁度、三対一の面接のような図式になったその場で、部屋の中心に構える村人は、額が床についてもなお頭を下げようとし、
「止めなさい」
部屋の横。村人から見て右側にいた人物によって静止の声が掛けられた。
青黒い袴のような着衣の下半身に、純白とは言えないものの、ぬめる様な光沢が見て取れる白を基調とした上半身の服。肩からは同じく白の外套を羽織り佇むその人は、八坂の神でも洩矢の神でもなく、彼女らに力を貸していると言われている、神でも人でも……まして妖怪でもない、正体不明の者――――白い男。
頭を上げる村人。
それを何の事はなく見つめる二神。
村人の顔には脂汗が滲み、これから起こるであろう出来事に不安と期待が入り混じっているのだろう。
「なに、そう身を堅くする必要はない。すぐに終わるさ」
言って、白い男は村人を見ながら目を細める。
……効果は、すぐに現れた。
「あっ、ああっ……!」
村人の口から、驚嘆と歓喜の言葉が漏れる。
それは失ったものが取り戻せた際に発せられる、感謝の言霊。
―――足が、生えている。
もしくは、戻ったといった方が正しいか。だが、男にとってはどちらでも良いことだ。
目の前にいるこの国の最高神の事など、対面していただけで畏怖で気絶してしまいそうな過去の自分を忘れたかのように、座っていた姿勢から足の感触を確かめ、恐る恐る立ち上がる。
指は動くか、感覚はあるか。筋力は、肌の色は、爪は。
一つ一つ目を皿の様にしながら確認し、足を軽く床に下ろす。
木製の床を軋ませながら、板張りを触るように、叩くように。
何度も、何度も。足を打ち付ける。
神々達は何も言わず、白い男もその様子を見守っていた。
そして、最後にしっかりと大地へ立つかのように足を床へと踏み込んだ村人は、再び膝を折り、頭を下げて、
「……っ」
何か言おうと嗚咽のような声を漏らすが、けれどそれは言葉になって出てこないでいた。
「これで終わった。さぁ、帰れ。皆に無事を知らせてくると良い」
その言葉に突き動かされたのか、村人はふらふらと立ち上がると、しゃんと一礼をし、入ってきた場所から出て行った。
遠ざかる足音が聞こえ、入れ違いになるように一匹の大きな白狗が入ってくる。
通り過ぎる村人を横目で見ながら、その狗は白い男の横に座り、差し込んでくる夕日に目を細めた。
もう、日も暮れる。
これから朝までは、恐らくこの国の民は誰もこの場所に立ち入る事はないだろう。
夜の帳が近づき、虫達も騒ぎ出す。
そろそろ明かりが必要になる刻限だ。
暗闇が大地を侵食s
「さて、九十九。飲むか」
……も少し語りの脈絡なんかを考えて言葉を発してほしいです、神奈子さん。
「腕……無いと不便だな」
当然といえば当然な感想を溢す。
つぶやく様に言ったにも関わらず、一緒に温泉に入っていた勇丸は、目を細めながら同意の意思を送ってくれた。
良いですなぁペット同伴の温泉。ペットじゃないが。
湯にやんわりと広がる勇丸の純白な毛を見ながら、のぼーっと今の状況を思い返す。
俺がぶっ飛ばされてから、幾日の月日が経ち、その間、一応の休養も兼ねて諏訪子さん御用達の温泉に再びお世話になっていたのだが、兎に角、不便なのだ。
バランスが悪い。無い感覚が気持ち悪い。幻痛は無いものの、どうも腕のある感覚で生活を送ろうとしてしまう、等々。
『じゃ、生やせば良いじゃん』と古今東西全ての者が思い、けれど諦めて来たそれを行うべく、俺はそれが可能なカードを思い描く。温泉に浸かりながら。
何とも罰当たりな感想な気がするが、それを咎める者はいないので意味はない。
(腕を生やすねぇ……【再生】? ライフの回復? ……再生方面でやってみるか)
手ぬぐいを絞って頭に載せながら、脳内wikiを使い考える。
『再生』
かなり簡潔に述べるのなら、言葉の通り、腕や足が『再生するだけ』とも言える。
MTGの定義で説明すると難解になる為、やや緩めた噛み砕き方で説明すると、カードが破壊された場合、この再生が発動すると、受けたダメージ含む、そのカードの破壊効果を上書きし、無効にする。あくまで上書きである為、破壊されなかった事にはならない。
ちなみにルールに乗っ取りきとんと表記すると(MTG wiki丸写し。スルー推奨)。
●キーワード処理の1つ。パーマネント(場に出ている全てのカード)の破壊に対する置換効果を作るということを意味する。
●呪文や能力の解決による効果の場合、「[パーマネント]を再生する」とは、「このターン、次に[パーマネント]が破壊される場合、代わりにそれから全てのダメージを取り除き、タップし、(戦闘に参加しているなら)戦闘から取り除く」を意味する。次の破壊1回だけに対して有効。
●常在型能力の効果の場合、「[パーマネント]を再生する」とは「[パーマネント]が破壊される場合、代わりにそれから全てのダメージを取り除き、タップし、(戦闘に参加しているなら)戦闘から取り除く」を意味する。
能力が有効である限り何回でも有効。
なんて壮大な説明になり、専門用語が乱れ飛び、文章だけだと何とも頭の痛くなりそうな解説である。
(再生系のカードかぁ。あんまり多様してなかったから、いまいち想像し難いなぁ)
再生能力は、元々カードに備わっている場合が多い。特に多いのが体感的に緑、次点で黒、といったところか。
緑は植物や野生といった力強い生命力を。黒は不気味に蘇る闇の力を意味しているのではないかと思われる。
ただ、これらの色には後天的に能力を付随させる事はコストが高くなるのだ。
というのも、この手の能力はやはり継続して効果を発揮させたい場合が多く、【エンチャント】の形をとっている場合が多い。
要約すると、
●継続して再生能力が欲しい→【エンチャント】呪文→平均使用コスト3~4
●一度だけ再生能力が欲しい→【インスタント】呪文→平均使用コスト1~2
といった具合になる。
前者は戦闘面でのクリーチャーの強化による生存率UP&攻撃力増加。後者は本来備わっていない能力を瞬間的に付与する事による【コンバット・トリック】に使えるのだ。
『コンバット・トリック』
戦闘を自分に有利に運ぶ目的で戦闘中に使用される呪文や能力のこと。奇襲の類だと思ってもらっていいだろう。
よって、呪文を継続させるだけでも体力を消費するこの世界のルールで当てはめるなら、【エンチャント】系は避け、【インスタント】呪文系を行使するべきか。
そして、その手の補正を与えてくれる代表格が『白』である。
ダメージを軽減し、ライフを回復させるといった、プレイヤーやクリーチャーの生存率を高める、防御面に優れたカードが多い。
先に述べた緑や黒が再生の代表格なのは間違いないなのだが、そのどれもがコスト2以上のものばかりなのだ。
勿論例外はあるものの、それは今の状況下では制約があり、発動するか怪しいので除外する。
その中で今回の条件に合うものとなると、1つ該当するものがあった。
(頼む。効果発揮されてくれよー)
内心不安に押しつぶされそうになりながら、まだ選択肢はあるのだからと勇気をちょびっと振り絞り、選んだカードを実行する。
そのカードは【蘇生の印】
白が1マナの【インスタント】呪文。効果は、対象のクリーチャー1体を【再生】する。というもの。
だいぶ前に、俺は自分がプレイヤーでもありクリーチャーでもあるのではないか、という仮説を立てた。
クリーチャーにしか効果のないカードを自身に使用した際に、変化が見受けられたからだ。
なので、今回も効くのではないかと思い、実行してみる。
これだめなら、次はライフ回復系かなと思いながら。
そしてそれは、瞬きをする間に終わってしまった。
光った? と思った瞬間、俺の左手は元通り。
握って開いてを繰り返し、ぶんぶんと振り回して見たり、お湯をすくって宙に放り投げることも、背中を掻くことも出来た。
もっとこう壮大な、『腕再生劇場!』って感じで効果が表れると思っていただけに若干の戸惑いはあるものの。
きちんと生えてきてくれた左手に、胸の前で拳を握りこんで、目を瞑る。
あぁ、腕がある。
たったそれだけのことなのに、どうしてこうも涙が溢れ、止まらないのか。
数日。たったそれだけで、このザマなのだ。
―――ならば、と。
俺が世話になっていた人達のことを思い出す。
諏訪大戦では、実質、死者は一人もいなかった。だが、俺が見た光景には、体の各所を失った、あるいは機能しなくなった者が、多数居た筈なのだ。
気を許した相手が悲しんでいる姿は見たくない。
よし、と一声。
勇丸と一緒に湯から上がる。
こちらから少し離れ体中の水を身震いで飛ばす勇丸を横目に、俺も木に掛けてあった衣類を着込む。
心身ともに回復した俺達は、身支度を整えながら、政務をこなしているであろう土着神の元へと向かった。
太陽が頂上に昇り、これから傾きかけるかなと言った刻限に、俺は諏訪子さんの住居に辿り着いた。
あの戦いの後もこれといって変化の無い社を見ながら、ちょっと嬉しい気持ちになりつつ中に入る。
何の理由だかは分からなかったが、諏訪子さんの社に訪れていた、体の一部の無い村人に協力してもらい、カードの効果が現れるのかどうかを実験した。
といっても、いきなり『治してしんぜよう』なんて真似は出来ない。
治ったのなら良いのだが、もし治らなかった場合は余計に落胆させかねないからだ。そんな希望を奪うような真似など、俺には無理。
なので諏訪子さんに事情を説明し、二人が謁見している間に、こっそりさりげなく、忍者のように呪文を行使した。
辻斬りならぬ、辻回復。
右の手首から先が無かったその村人は対話の最中、突然の発光に驚き、それを確認しようとして、生えていた右拳に驚愕した。
何度も右拳の感触を確かめ、そしてそれが頭でしっかり理解出来たであろうと同時、何かが決壊したかのように涙を流す。
その事に諏訪子さんも、民の前だから。と表情は威厳を保ちつつ、けれど目だけは驚きを隠せないようで、大きく見開かれていた。
むせび泣きながら感謝する村人に、神様っぽい(神様です)対応をして、退室させる。
そんな出来事の影で、カードがきちんと効果を発揮してくれた事でガッツポーズをしている俺に近づき、凄い。良くやった。これで皆……等々。傷ついた者達が、五体満足に戻れる喜びを分かち合った。
それから三日。俺は休まず再生呪文を使いまくった。
1マナで再生出来る【蘇生の印】を筆頭に、それと類似したカードを片っ端から実行する。
この時に分かったのだが、俺の1日最大マナ保有量が1つだけだが増えていた。
これは有り難い。と喜びよりも先に、救いの手が広がった事への感謝が湧き上がる。
だが、1マナ再生カードは俺の知識の中では一枚だけ。それ以外だと2マナ以上かかってしまうものになり、一日に回復させられる人は三人しか出来ない計算であった。
これは不味い。時間が迫っている訳ではないのだが、俺の心情的にこんな悠長な現状は許せなかった。
よって、個別ではなく全体に効果を及ぼすカードを考える。
なんでもっと早くその結論に辿り着かなかったのか疑問が尽きないが、とりあえず前進はしているのだし、と、次に生かす事にした。
初めは人。
選んだカードは【活力の覆い】
自軍全てのクリーチャーを再生する能力を持つ、2マナの緑カード。
この自軍、というのがどう機能するのか不明瞭なところはあったが、問題はなかった。
諏訪の社に集められた彼らは、瞬時にその効能に驚き、そして感謝する。
―――これならいける。
五体満足になった村人達を見ながらそう思い、諏訪子さんにお願いして、四肢のどれかが欠けている者などの括り無く、外傷を負っている者全てを日数を分けて呼んでもらった。優先順位はあるが。
それからは、徐々に人数を増やしてもらった。
まずは十人。もう十人。更に十人。まだまだいけるかと、一気に百人。
話を聞きつけた神奈子さんから、大和の民も見てほしいと言われ、承諾しながら日々を過ごす。
千人以上を超えた辺りから大まかにすら数えるのを止めて、さらに数ヶ月。国中の怪我人が俺の元に押し寄せる事態になった。
最初の頃はこちらから各地へ向かおうとしたのだが、どうも俺が思い立った時には皆こちらへ向かっている最中らしく、ここで待っていた方が早いと言われ、回復職に精を出す。
来る人来る人がお礼(貢物?)だと言って海山の幸を持ってきてくれたり、集まってきてくれた人の待機所としてなのか『いっそ社を建てろ』とか二神に言われて、俺の意思など無視して強引に建造されたり―――温泉の近くが良いって要望だけは通った―――そんな感じで一年くらい経ったか。
山が色づき、黄金色に田畑が輝き。
純白の化粧をした大地を眺め。
新たな生命の躍動を感じる緑と出会い。
天の存在を身を以って感じる熱を体感した。
世間じゃ俺は怪我や万病を治す神だと言われていたり、言霊を司る存在だと囁かれたり、百鬼夜行の主じゃないか、なんて噂も飛んでいたりと、もう言いたい放題。俺はスイカ(何故か変換できない)じゃねぇっつぅの。
厨二ネームが跋扈(ばっこ)し始めたのはスルーして、温泉に入っては怪我人を治し、温泉に入っては妖怪を倒し、温泉に入っては村人達と交流を深めた。
今の俺の血にはきっと温泉が流れているんじゃないか、ってくらい入ってるな。……生前は別に、そこまで好きじゃなかったんだがなぁ。
そんなこんなで今日、神奈子さんと諏訪子さんが言っていた人数の最後の一人の治療が終わり、一区切りが付いた訳なのだが……。
「今日は何食べよっか?」
諏訪子さんあんたもか。
ずるずると神奈子さんに引きずられる俺を眺めながら、楽しそうに、そう切り出した。
ってか酒を飲むならご飯食べてからにして下さい、神奈子さん。
「そうですね……。しらす丼と……白身魚の赤だし味噌汁なんてどうです?」
今更逃げられないと分かっているので、観念して返答してみる。
もっとも、本気で逃げたい訳ではなく、少し呆れているだけなのだけれど。
「おぉ、しらすどんってのは聞いた事無いけど、なんだか興味が掻き立てられる名前だねぇ」
期待して下さいな。とっても美味しいですから。
北陸の……何処だったか。信越? 江ノ島辺りで有名だった筈だ。多分。
―――兎に角、旨いのだからノープログレムってもんよ。
いい加減引きずられるのにも嫌気がさしたので、神奈子さんの腕をタップして放してもらう。
諏訪子さんはニコニコ笑顔で、神奈子さんは柔らかく笑みを浮かべる。
それだけ見れば和む光景なのだろうが、その表情の裏には、食事と酒のつまみに対する期待があるのだと知っている俺にとっては、やや複雑な心境ではある。
ま、頼られるのは嬉しいですよ? 理由はどうあれ、ね。超美人だし。