東方ギャザリング   作:roisin

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10 対話と悪戯とお星様

 

 

 

 

 

 

 有象無象の者が私に仕えている。

 神やら人やら妖怪やらが、私の傘下であり、力であり、守るべきもの。

 だが、この者は何だ。

 諏訪子の眷属ではないという。かといって、妖怪の類でもなく。

 ならば人かと問われれば、首を傾げざるを得ない。

 奇跡、と。

 この男―――九十九はそう言った。

 様々な異形の者を呼び出し、今私の身に起こっている事態を目の当たりにして、なるほど。これは人の身に出来る事ではないと判断する。

 覚悟しろと言った後、私の体に光が集まり、四散した。

 何をしたと眼力を込めて気負そうと睨み付けるものの、効果はなく……いや、効果が現れず、九十九にだけは効果がないのかと思いきや、周りの者―――狗神や諏訪子も何をしているのかとばかりに、表情に変化はない。

 私の身に何が起こっているのかを知っているようで、九十九とやらはゲスな目を向けてきた。

 神に牙をむき、後一歩のところまで追い詰めたあの面は見る影もない。

 

 ……いや違う。追い詰められたのではない。もはや殺す殺さないの殺生権を奴は握っていた。

 今の私は、コイツに生かされているようなものなのではないか、と僅かながらの疑問を抱く。

 なれば多少なりともコイツに良くしてやるのが神というものだろうが………

 

(その視線は我慢ならん!)

 

 その視界を遮るように、大樹ほどあるオンバシラを具現化し、奴と私の間を隔てるように出現させた。

 だが、どうだ。

 

(なっ!?)

 

 出てきたオンバシラは私の腕ほどしかない、か細いもので、しかもそれは出現させた途端に神気を失い、無造作に床へと突き刺さった。

 派手な音が響き、それに対して九十九はそのゲスな表情を引っ込め、今度は顔を青くしてこちらに顔を向ける。

 その事自体は気分が良いが、力が上手く行使できない事に気がついた。

 確かめるべく、体中に神気を行き渡らせ、確認を行う。

 神格が大幅に低下。

 それに伴い、神気もかなり失われ、能力の発揮にも支障を来たしている、この状況。

 

(……何だ、これは)

 

 これではもはや、そこいらにいる下、中級の神々と変わらない。

 流石に雑多な大妖怪程度には負けないだろうが、苦戦してしまう水準だ。

【お粗末】と、九十九はそう言った。

 文字通り、私がお粗末になってしまった、と考えるべきか。

 奴が言う奇跡とやらは、言霊を現世に呼び出す事なのではないか、とあたりをつける。

 

(くくくっ。たった一言呟かれただけで、名だたる神々とも渡り合え、打ち据える力を持つこの私が、こうも削がれるとは)

 

 油断していたから、といえば聞こえはいいが、体に変化が起きたことすら意識しなければ気づかなかった。

 一つの奇跡でこれだ。

 多少の疲れは見て取れるが、奴の矍鑠(かくしゃく)とした態度はまだまだ健在。

 九十九は色々なものを実現させるのだと言った。―――恐らく、言霊を実現させるようなものだろう。

 人ではない? あぁ、確かに人ではない。人でなどあるものか。

 人でも妖怪でも諏訪子の眷属でもないのだとしたら、自然とそこに考えがたどり着く。

 

 ―――神。

 それ以外の何だと言うのか。

 

 神にしては人間のように表情をころころ変え、まるで強大な自分を偽らんとするが為に、わざと下賎な行動をとっているようだ。

 何の為にそのような行為をしているのか分からないが、きっと退屈しのぎの類だろう。そうでなければ余程偏屈な神だと言える。

『九十九』とは『憑く物』と韻を踏んだ名前であるところの、物に宿る神を表していた筈だが、名前は諏訪子が命名したと言っていた。ならば、本来は別の名が付いていたのだろう。

 ただ、言霊を操る大神なぞ聞いた事がない。少なくとも、この大陸では。

 その神―――九十九自体は人間と変わらぬ体力しか持ち合わせていないようだが、その程度、こやつの持つ奇跡を行使する力を前にすれば霞む。

 

 欲しい。

 ミシャクジの統括者を従え、鉄を精製する技術を獲得し、そして言霊を実現さる神を手中に収めれば、この大陸はおろか、海の向こうの国々まで制覇出来てしまえるのではないか。

 笑いが込み上がる。

 弱体化した自分のことなど棚に上げ、九十九を誘う事にした。

 このような態度なのだ。色好い返答はないであろうが、伝えずにはいられない。

 

「九十九。お前―――我に仕えよ」

 

 我ながら、とても簡潔な一言であったと思う。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 さて、わたくしこと九十九は、現在、神様からの勧誘を受けている真っ最中な訳でして。

 日本でも最高位に近い神様なもんだから、本当なら諸手あげて嬉しさアピールタイムなのだろうが、この前の戦闘の相手が相手なだけに、そんな訳にもいかず。

 あれか、【死の門の悪魔】とか【死の影】とか勇丸とかを傘下にしたいとかその手の類か。

 それとも『歯向かって来るとは中々に見所がある云々』みたいな反骨心が好物なお方なのか。

 ま、なんにしても答えは1つ。

 

「嫌です」

 

 もっと遠まわしな拒否の仕方があったとは思うが、俺の心をストレートに表した結果がこれである。

 第一、この八坂神奈子って神に仕えたのなら、息抜きとかだらけるとか出来ない―――ゲフンゲフン、ではなく。

 アニメ版ジャイアンに対して、初見で好意を持てるのか? といった感じだろうか。

 だって、まだ一度もこの神様の良いとこを見たことがないのだ。

 キャラ背景も性格も将来も知っているが、だからって、俺の大切なものに手を上げた奴に対して、全面的に好意を持って接する事など、出来る訳がない。

 性格に関しては二次設定を多分に含んでいる印象を受けるが、あまり反れたものではないだろう。

 だって、言動がまさにそれっぽいから。

 きっと、ここから親しくなっていったのなら、もっとフランクな口調になるのだろうが、別に求めてはないのだし、今は無関心。

 嫌だと答えた自分の心情を分かって欲しい。

 

「神奈子、いきなりそんな事言ったってダメだよ。せめてお互いに、ある程度相手の事を知っておかないと」

 

 諏訪子さんが、もう少し手順を踏んでから勧誘しろと言っている気がする。

 あれぇ、諏訪子さんは俺が八坂陣営に行くのに賛成なんですか? と思ったが、単純に会話をスムーズに成立させる為だけに言っただけっぽい。顔が呆れてたし。

 

「それもそうか……。九十九、何故私の誘いを断る」

 

 お前、人の話を聞いてないだろ! ココは普通、自分語りとか始める流れじゃありませんでしたか!?

 

「そりゃあ俺自身ボロボロにされましたし、諏訪子さん刺されましたし、国乗っ取られましたし、国のみんな傷つけられましたし、勇丸殺されましたし」

 

 ぶーぶーぶー。

 とりあえず、思いつく限りの嫌な出来事を脳内再生しながら言ってみる。

 これだけやられて、逆にどうして好意的な態度をとれるのか聞いてみたいもんだ。ってか聞いてやる。

 勇丸がその時の事を思い出したのか、尻尾がいつもより垂れ下がっている気がする。

 よしよし、お前のがんばりは無駄にすまいぞ。

 

「これだけの事をされて、どうしてそれの原因である相手に従わなくちゃいけないんだ」

 

 どうだ参ったかお前の提案は受け入れねぇぞ、と自分を通す男、九十九。

 ふっ、俺はNOと言える日本人だ!

 

「まぁいいではないか。楽しいぞ、領土拡大やら統治やら」

 

 ……うわぁい、俺の意見が一言でバッサリだぁ。

 ここまで唯我独尊だと、これはこれで親しみが沸くものなのではないかと思えてきてしまう。

 そういや原作でも、やれ産業革命だとかやれ太陽神の力だとか好き勝手やってたもんなぁ……流石、神様。

 む、いかんいかん。

 あまりに感覚の認識がずれ過ぎてて、段々と憎悪が薄れていっている。

 自慢じゃないが、俺は怨みやすくもあるが、情に流されやすくもあるのだ。こんな美人と会話出来るだけでもテンション上がるってもんよ。

 ……といった理由は後付けで、俺の中に八坂を怨み続ける燃料が無い事が、態度軟化の最大の原因だろう。

 国としては負けてしまったものの、諏訪子さんや国民は健康になっており、勇丸も無事に記憶を引き継いでいる事が分かった。

 俺自身はボコボコにされ隻腕となってしまったが、それは、悪意からではない根源からの発生による暴力だと、原作を見ていて分かっているので、相手の事を考える余裕の出来た今となっては、八坂の出方次第で俺は許してもいいと思っている。

 もっとも、負けた側が許す許さないと判断しているのは、このデスマッチ日本の中では些か滑稽だとは思うが。

 なので、とりあえず八坂に何かを提案させて、それを俺が受け入れて怨み辛みはチャラにする。という流れで事態の収拾……というか、俺の気持ちに区切りをつけることにしよう。

 

 諏訪子さんも、既にこの大和の国へ尽力する覚悟を決めているのだ。

 俺一人が反骨心を持っていても、この国の人は誰一人幸せになることはないだろう。

 

「……八坂の神。あなたは俺に対して、何をしてくれますか?」

 

 遠回りな意見を口にしていると、この神様はスルーしてしまうのだと判断して、本心をストレートにぶつけてみる。

 一応、雇用形態の確認というか契約という名の交渉をやっている形になるので、好かない相手といえど、口調はフランク過ぎず丁寧すぎず。諏訪子さんを相手にしている時より幾分忠誠心ダウンな感じでいく。

 領土とか政治なんかは興味がない訳でもないのだが、そういったものはMTGの能力を把握してからでいい。

 

「そうだな……。子孫繁栄を約束し、無病息災を確定し、この国の誰よりも富を持たせてやることも出来る。勿論限度はあるが、大体の事は出来ると思うぞ」

 

 話に食いついてきたのが嬉しいのか、八坂は楽しそうに、そう話す。

 しかし困った。

 子孫なんて悲しいかな、まず相手がいない時点でピンとこない。無病息災は確かに嬉しいが、それだけの為にずっと従僕になるというのはナンセンス。財はあって困るという事は無いだろうが、金銀財宝とかは能力を使えばザクザク出せそうなので却下。

 

(参ったなぁ、惹かれる提案がない……。八坂にも服作ってもらうか? もしくは便利なアイテム貰うとか……ん?)

 

 ――――ここまで考えて気がついた。

 さっきもさらっと思ったのだが、何か条件を飲んだ時点で俺はこの国に、八坂に仕えなければならなくなる、という流れなのは間違いない。

 誰かに忠誠を捧げるというのも悪くはないと思うのだが、今はまだアウトロー、もしくは一匹狼をしていたいお年頃。

 多分やる事は諏訪子さんのところで働いていた時と同じように、妖怪退治をするのだろう。

 となれば、長い間の休職は出来なくなる。この仕事ってのはそういうもの。

 それはそれであり……だとは思うのだが、諏訪大戦という重大な原作分岐点の1つに巻き込まれてしまったのだ。

 どうせなら、見れる範囲は全て行ってみようかという気持ちが湧き上がっている。

 

(でも死にたくねぇしなぁ)

 

 ストーリーは大まかにしか覚えていないが、この後のビックイベントは《かぐや姫》から始まって《西行寺》と向かってる……筈だ。多分。

 

 正確に何年に起こる事態なのかは分からないが、生死が関わるものは、かぐや姫には月からの迎えの場面にさえ居なければ問題ないとして、西行寺に向かうのなら戦闘云々ではなく、幽々子さんと出会ったら能力で死ねそう。

 

 ……いや、俺の事だから出会う前に死ぬんじゃないだろうか。庭師に切られたりとかで。

 

 ガチンコ戦闘する機会は薄そうだけれど、やっぱり、もっと経験値積んで強くなっておかないと、後々で苦しむ羽目になるのは予想できる。

 どうせなら、情けない姿ではなく、真逆の態度で出会いたいもんだ。

 俺の中にはスキル『格好付け(偽)』でも備わってるんじゃないかと疑いたくなるが、やるやらないは兎も角として、目指すだけなら構わないだろう。

 こう……ヒーロー的ポジションに位置する為には、今がんばらねば間に合わないくさい。俺の成長率的に。

 

 

 

 

 

「あなたっ! 誰!?」

「名乗るものの程でもない。ズガガガーン(←なんか敵をまとめて倒した音)! じゃあな○○(好きなキャラの名前を入れてね)」

「待って! ……あの人は一体……」

 

 

 

 

 

 ―――良い。

 痛いだけな気もするが、この流れは厨二を通り越してテンプレ……違う。もはや王道だ。一度くらいはやってみたい。

 

(うーん、じゃあやっぱり……俺の修行の為に付き合ってもらうとかぐらいかなぁ)

 

 洩矢に居た時は、RPG系で例えるなら、序盤の村とかでひたすら雑魚を倒しまくる作業。

 この間に俺の何のレベルが上がったのかは不明だが、体力はついたし、戦略の幅も多少は広がっている。

 ただ、あくまで自己流の戦い方を学んだだけであり、指南してくれる人はいなかった。

 もうそろそろ、次の段階へと進んでもいいだろう。

 

「そのどれも要りません。代わりに、俺の修行に付き合って下さい」

「ほう、あの悪魔や黒き影と、再び私が対峙するということか」

「意味合いは近いですけど、それだけじゃありません。もっと色んな相手と、ってとこです」

 

 八坂は顎に手を当て、ふむと呟く。

 油断からとはいえ、死の一歩手前まで追い詰めたものと再度戦えというのは、やはり躊躇われるものなのだろう。

 こりゃあもう少し条件緩めて、カードスペル効果の実験台だけでも良いかな、と考えを改めようとすると。

 

「お前が起こせる奇跡とやらは、まだ成長の余地があるということか?」

 

 なんて尋ねてきた。

 

「ええ。というか、むしろまだまだひよっ子です。やっとスター……出発地点に立ったところですかね。……ぁ」

 

 言った後に後悔した。

 八坂を首の皮1枚まで追い詰めてしまった俺がこのセリフを言うという事は、『成長すれば、お前を倒せるぞ』と同義なのだ。

 勧誘までしてくるのだから、理由はともあれ俺を必要としてくれているのは間違いないのだが、これが狭量な相手だったり疑心暗鬼に近い性質の性格だと、俺は消されかねない。

 

(た、頼むっ。『ははは気に入った』な展開になってくれっ!)

 

 原作基準の性格ならそうなってくれるとは思うのだが、微妙に思っていた展開と違った諏訪大戦を思い返してみると、今一歩踏み込めない心情に陥る。

 表情には出さずに、内心で神(諏訪子さん)に祈りまくりながら、八坂の顔を見てみれば………

 

「それは良い。楽しみが1つ増えた」

 

 くつくつと、いたぶる相手を見つけたかのように笑う軍神様がいらっしゃいました。

 

(あちゃー……バトルジャンキーな方でしたかぁー……)

 

 オラわくわくすっぞ! って感じで明るく対応してくれたのならまだ良かったんだけど―――それもそれで問題ありだが―――と、案にやっぱり辞めたい願いを祈ってみるも叶わず、漏れる神気にびびって言葉の続きが出てこない。

 

「では九十九の神。以後我の手足となり、奮起せよ。尽力する限り、対価を支払い続けよう」

 

 Nooo!!

 決まっちゃったくさいー!? ずっとなんて仕えたくないよ~。

 ……ん? 九十九……の『神』?

 

「ちょっとストップです八坂の神。色々聞きたい事はありますけど、まず1つ確認させて下さい。―――九十九の『神』ってのは何です? 俺、人間ですよ?」

「異国の言葉は分からぬ。―――神というのは、お前の事だ、九十九の神。何の酔狂で人間の真似事などしているのかは理解に苦しむが、私の下に就くからには、ある程度は神の役割をこなして貰うぞ」

 

 そういやストップって英語か……ってそうじゃない。

 八坂さんや、何を以って俺を神だと言っているのか、こっちの方が理解に苦しむわぃ。

 

「話を聞いて下さい。俺は神でも眷属でもありません。それに九十九神って他に居るでしょう、物に憑く奴が」

「ならばお前のその力をなんと説明する。様々な妖怪―――悪魔を従え、私の身に変化を来たすような奇跡を起こす者を人だとでも言うつもりか」

「(変化?)そう言われると、俺自身首を傾げたくなりますけど……それでも、カテゴリ……部類としては人間なんです。腕力がある訳でも神気を使える訳でもない」

「だが、その奇跡とやらは我々神と近しいものを感じる。魑魅魍魎を呼び出すその性質は真逆なれど、力は純然たるものだ。そんな力を、精々数十年しか生きていないただの人間が持ちえている訳がない」

 

 そこ突っ込まれるとキツいんですよねー(汗

 どうしたものか。諏訪子さん相手だとその事は空気読んで流してくれたけど、八坂相手じゃそれは期待出来そうもない……というか現在進行形で突っ込まれてる。

 

「神奈子。九十九は過去に関して決して話さない事を理由の1つとして、私の国の為に働いてくれていたんだ。もし仕えさせるのなら、それには触れない方がいいよ」

 

 ナイスフォローです諏訪子さん!

 ちゃんとした確約ではないけれど、俺と諏訪子さんの間にはそういった暗黙の了解があった。

 嘘は言っていない作戦ですね! 分かります!

 何度か『聞き出してやるぞ』って空気はあったのだが、全て冗談……というか、俺をからかう為にやっていただけという場合だけだった。

 おぉ、八坂が考え込んでいる。これで引き下がってくれれば良いんだが……はっ!? このセリフはフラグ踏んだか!?

 

「……致し方ない。だがいつか話せ。興味がある」

 

 フラグは回避したっぽいが、状況はあまり変わっていない。

 剛速球がスローボールに代わった印象だろうか。

 どちらにしろ相手にボールは届く的な意味で。

 ……何とかして忘れてくんないかなぁ。もしくは諦めてくれるか。

 どっちも無理だとさっくり諦められれば楽なんだが、きっと俺の事だからことある毎に悩むに決まっている。

 そこだけはさっくり諦められるな。ははは、情けない方向に自信満々だぜ。

 

「それへの返答は、否としか応えられませんが……助力は出来るだけやりますよ。ただし期間がありますけど」

「ほう、言ってみよ」

「(この時代の人の寿命ってどれくらいだったかな……)……百年。その間だけ、俺は尽力します。あなたの為ではない。この国の為でもない。……この国に飲み込まれてしまった洩矢の民と、諏訪子さんの為です。そこを履き違えてくださらなければ、私はあなたの下で働きましょう」

「(……百年、か。やはり人間ではないではないか)分かった。よく覚えておこう」

 

 そう言って、八坂はすくと立ち上がる。

 こちらにゆっくりと歩みを進め、俺の前で立ち止まった。

 目前で持ち上げられる右手。

 手を差し出すその行為は、握手を求めているからなのだろう。つられてこちらも立ち上がる。

 確か相手から名乗らせるのは、こいった友好関係を結ぶ際には失礼なんだったか。

 

「俺の名前は九十九。一応人間です。宜しくお願いします」

「八坂 神奈子。大和の国の一端を治めている。好きなように呼べ。人間と言ったんだ。私に対して敬う事を忘れるなよ」

「じゃあ……。神奈子さん、って呼ぶ事にしますね」

「ふふっ、そうやって呼ばれるのは初めてだな。ただし、諏訪子にもやっているように、私にも民達の前では呼称を変えておけよ」

 

『様』は付けろってことですね。了解です。

 色々と聞きたい事もあったが、何だか話の流れ的に聞き難くなってしまい、結局、まぁいいかとスルーすることにした。

 どうせ決して短くない付き合いになるのだ。

 尋ねる機会は、それこそ無数にあるだろう。

 

 

 

 さて、これで諏訪大戦という原作のビックイベントの一つが区切りが付いたわけだ。

 俺の心にも同時に区切りというか踏ん切りが付き………これで残すところ憂いは後一つになった。

 ……くっくっく。

 

「じゃ、早速ですけど神奈子さん。修行……というか、実験に付き合ってください」

「もうか。構わんが、何をするつもりだ」

 

 よっし。OK発言、確かに聞いたぞ。

 

「簡単です。少しの間、動かないでいてほしいだけです」

 

 うわぁ……。

 急に顔が強張って睨む様な視線になっちゃったよ。

 

「そうおっかない顔をしないで下さい。何もあの悪魔とかをまた召喚して殴らせようとかって訳じゃないんです。痛くも痒くもありません。むしろ楽しい事かと」

「ならば言え。何をするつもりだ」

 

 眼光緩まらねぇ。警戒心MAXだぜ。

 ふふふ、でもそれじゃあ俺の気持ちは止められない! 

 神気が強まって結構息苦しくなってきているのだが、流石に半年近く諏訪子さんの側に居たせいか、ある程度は無理が利くってもんよ。

 

「それを言ったら実験にならないもので。それともあれですか? 大和の国の一端を担っているお方が、自分の発言には責任が持てないと?」

 

 おぉ、神奈子さんの顔が面白い事に。

 美人の困り顔というのも乙なものだが、今回の目的ではないので残念ながらも安心させるよう言葉を続ける。

 

「別に害をなそうって訳じゃありません(ある意味害だが)。天地神明に誓います(信じてないが)。もし命の危険を感じたら、俺をぶっ飛ばして構いませんから(優しくお願いします)」

「……分かった。この場から動かなければ良いんだな」

「はいそうです。ただ、少し足を崩していただけると助かります」

「足……? ん、こうか?」

「ええ。そのままその足を揃えて、前に向けて下さい」

 

 一体何をするんだって表情の神奈子さん。

 それもそうだ。俺だって同じ立場ならば困惑している。

 ……うん、素晴らしい足だ。一点の曇りもない美脚は至宝と認定しても良いだろう。も少し雰囲気があれば、そのまま顔を埋めてしまいたいくらい。

 足を投げ出した神奈子さんの横に座る。

 何かしたら分かってんだろうな、と顔を向けてくるが、本当に、傷つけたり痛めつけたりといった類の事はする気は無いのだ。

 そっと、その二本の足の踝(くるぶし)を上から押さえつける。そして、

 

「勇丸! GO!!」

 

 満を持して、今勇丸が神奈子さんに突撃。

 思念で命令は既に伝えてある。

 元から近い位置に居たこともあり、すぐに側まで寄ってきた。

 そのまま俺が抑えてつけていた足に顔を近づけ……

 

 舐めた。

 

「―――っ!?!?」

 

 おぉ、悶えとる悶えとる。

 バタバタと足を動かそうとするが、自力での体力は男には適わないようだ。良かった、この辺は神様が規格外じゃなくて。

 諏訪子さん、洩矢のみんな。そして俺の清算は終わった。

 けれど、勇丸だけは、まだなのだ。

 さっきから、とんとん拍子で進む俺と神奈子さんの関係に対して『ご主人様が望むのなら』ってな具合に沈黙を保っていたけれど、晴らしたい恨みが無い筈がない! と俺が気持ちを汲んでやり(独断)、けれど血みどろな結果は避けたいなと考え、ハッピーな方面でそのストレスを発散してもらおうと、ペロペロ作戦を仕組んでみた。

 

「九十、九っ! お、おま、お前という奴はっ―――!!」

 

 こちらを必死に叩くものの、まるでノーダメージな俺。いくら女性だからって非力過ぎるにも程がある。

 ははは。可愛いですよ神奈子さん。

 あぁ、さっき言ってた変化ってこういう事なのか。

 恐らく先ほどの呪文、【お粗末】の効果なのだろう。本来なら問答無用で対象を雑魚にするスペルだが、原因は不明だけれど、中途半端に効果が現れているようで。

 能力の方は分からないが、力はまさに0/1に相応しい症状が発揮されている。

 

(……何だ、やっぱり効果あるんじゃないか。微妙だけど。……いや充分か? 最高ランクの神を相手に、この成果なら)

 

 湧き出す笑みを隠そうともせずに、俺は神奈子さんへと話しかける。

 

「そういえばまだ言ってませんでしたね。実験内容は、神様の弱点探しです。神様側からしたらとてもじゃないけど協力なんてしてくれないでしょうし、こういう手段をとらせて頂きました」

 

 なんて託けて言ってみるものの、結局は悶える姿が見たかっただけだったり。

 勇丸に足を舐めさせるなんて………。とも思ったこともあったが、そこはほら、俺の悪戯ゲフンゲフン。―――勇丸自身に恨みを晴らさせてやらねばらないので、このような形になったのだ。

 他にいくらでもやり様があるだろう、なんて気にしない。

 こういった、地味だけど効果がありそうな(相手が嫌がる)意地悪をするのが、俺は大好きなのだ。

 転生前の能力を考案していた時は、『水虫にさせる能力』とか『歯並びを悪くさせる能力』など、別に死にはしないし生きる上で支障は何も無いけど、やられたら嫌な能力の取得を一瞬だけだが本気で考えたりもした。広義解釈で『相手に嫌がらせをする能力』。これ結構汎用性高そうだなとも思ったんだよね。

 

 そんな話はさておき、現在進行形でペロペロの刑を執行中なのだが、いい加減そろそろ“来る”タイミングだと思うので、心頭滅却し、いつ起こっても良いように備える。

 正直すまんかった勇丸。こんな下らない我が侭に付き合ってくれて、お前ホント忠犬だわ。

 

 だから、こんなことをお前にさせた俺は、そろそろその対価を支払ってこようと思う。

 諏訪子さんだって、さっきから呆気に取られ、声を上げる事すら忘れているようだし。 

 ……あ、神奈子さんの目がこっちをロックオンした。

 

「このっ―――痴れ者がぁあああ!!」

 

 天井ではなく、後方にあった襖をぶち破り、空を飛ぶ。

『ふふふ、オンバシラって結構飛ぶんですね』なんて意味の分からない思考のまま、人生初のギャグパート修正による致命傷の無効化に思いを馳せつつ。

 

 

 

 ―――今日、俺は星になった。

 

 

 


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