17:06 比企谷八幡:逃走中
判明参加者
城廻めぐり
予想参加者
平塚静
雪ノ下陽乃
由比ヶ浜結衣
一色いろは
めぐり先輩から逃げ出した俺はむやみに校舎内を走っていたが、これじゃすぐに俺の体力は底をつくだろう。つか、既に息が上がっている。
廊下の真ん中辺りで俺は一度足を止め、周りを警戒しながら壁に体をあずけて一息ついた。
さて、これからどうすべきか。小町が参加者だったなら、今すぐにでも俺の小町アンテナで探し出してこのふざけた遊びを終わらせることができるんだが。あ、小町は家族だからキスをしてもノーカンだからな。
それよりも、俺のファーストキスはどうでもいい。いや、どうでもよくないが、俺を好きでもない奴にくれてやる道理はない。ならば消去法で言えば俺は逃げ切り、第二回を開催させないように小町に説教する事が最重要事項だ。
方針が決まったところで、俺はどこに逃げればいいのだろうか。確実に制限時間まで隠れきれる場所ならば隠れる意味が出てくるが、やはりこれはやめておいた方が得策だろう。
逃げると言う事を考えれば一番確実だと言えるのは、参加者全員に追いかけられながら制限時間まで逃げ切ることだ。これなら不意を打たれる確率が低くなり、行き止まりにさえ気をつければ成功したも同然だ。ただし、俺の体力が最後までもつことが前提であり、参加者全員が素直に追ってくると言う条件が付いてくる。え、なんなのこのクエスト、無理ゲーも真っ青だよ。
で、だ。考えつくかぎり逃げ切る確率が高そうなのは、見通しの良い場所でなおかつ逃走経路の確保できる場所での待機。
そして、ペナルティ覚悟で校舎の外にわざと逃走することによっての強制終了。ペナルティ次第じゃ逃げ切らなくてもいい可能性が出てくるが、正直なところ碌でもなさそうなので却下だ。なら完全に選択肢はもう一択じゃねぇかよ。
とりあえずこの場所は俺の条件からはいささか当てはまらない。よって、俺はこの場から移動しようと体を浮かした瞬間、視線を感じ廊下の先を確認すると、一人の女子生徒が俺に向かって近づいてくるのが見えた。俺は反射的に逃げ出そうとしたが、確認したところおそらく参加者じゃないだろう人物だ。そいつはいつもの仏頂面を引っ提げて、俺の前で立ち止まると話しかけてきた。
「何してんの、こんなところで」
か、かわ……かわさ……そうそう、川越さんだ。
「そう言うかわご……」
「川崎だよ。まったく、いい加減あたしの名前を覚えてほしいんだけど」
川崎は呆れたように、まぁ実際呆れてため息をついている。ため息をつくと川崎は一歩俺の方へ近づき、すれ違うような立ち位置でなぜか片手で肩を掴んできた。
「ん、どうした?」
「悪いね、あたしも参加者だから」
「……おい、ちょっと待て。どう言う事だ」
「安心しな、あたしがあんたを助けてやるよ」
そう、川崎は俺に語りかけてきた。俺は瞬時に冷静になり、川崎に顔を向けた。
「どう言う事だ」
「まぁ、あの時の貸しを返したいだけさ」
あの時、つまり川崎はスカラシップの事を言っているのだろう。あれは俺が何かをやったわけじゃない、きっと川崎は自分で気がついていただろう。だから、俺は貸しを作ったと思ってはいない。
「別に、俺はお前に貸しを作ったと思っちゃいねぇよ」
「あたしが借りだと思ってあたしが勝手に返すだけだから、あんたは気にしなくていい」
「そうか」
そう言われてしまえば、俺がこれ以上言う事はない。それよりも、川崎が言っていたことの方が気になる。
「それで、俺を助けるってのはどう言う事だ?」
「……その、あんたと、キ、キスして終わらせるって事だよ!」
「は?」
ちょっとまて、いま川崎はなんて言った? キスをする? 何を考えてんだ。あと、さらっと俺の両肩を掴むんじゃない!
「まてまて、なんでそうなるんだよ!」
「いいから、あたしの提案を受け入れな」
「別に本当にやらなくてもいいだろ。した振りをすればいい」
そうか、参加者の一人と協力すれば早々に終えることができたんじゃねぇか。デートは、まぁ、この状況を打開する代償として休日一日くらいは安いものだ。なら、さっきめぐり先輩に持ちかけりゃ良かった。
「それができりゃ苦労はしないよ。
あんたの妹、簡単に嘘を見破れるってなに?」
どうやら小町は口裏を合わして誤魔化そうとしてもその嘘を見破ることができるらしい、小町恐ろしい子。いや、本当に恐ろしいって。え、つまり今までの俺の嘘も全部バレてたって事か、八幡激怖いよ。
俺が小町の特殊能力に戦慄している最中、川崎は意を決した顔を浮かべた後、顔を真っ赤に染め上げて徐々に俺の顔に向かって唇を近づけてきた。
「……あたしは、気にしないから」
「お前が気にしなくても俺が気にすんだよ」
「いいから!」
完全に川崎は無理をしている。これは完全なる間違いで、なら、俺がやるべき事は一つしかない。
「すまん、川崎」
「え、きゃ!」
両肩を掴まれて迫られており、無理やり引きはがす事ができないこの状況下での俺の勝利条件はキスをされないことだ。なら、どうすればいいか、
「一旦落ち着け」
顔を横にずらし、勢いに身を任せて抱きしめてやればいい。この体勢なら無理にキスをすることが難しく、それにちょっとした拘束力が期待できる。
あとは、まぁ、気持ちを落ち着かせる効果があると聞いたことがあるからな。ただ、俺とじゃ効果は薄いだろうけど。
「……悪い」
「別にいいさ。俺を助けようとしてくれたんだろ」
どうやら落ち着かせることに成功したらしい。まったく、やれやれだ。
落ち着いてくれたのならこうしている意味もなくなっただろう、俺は川崎の体から手を離れようとしたが川崎の方が俺を離そうとしない。
「おい、川崎」
「もう少し、いいかな」
「……分かったよ」
ああ、そうだな。こいつも俺と同じで一番上だ。早いうちに甘えることができなくなっただろう。
俺は川崎の頭をやさしく撫でてやることにした。
どうやら落ち着いたのか、これまた真っ赤に染まった顔を片手で隠してちょっと伏せ気味な川崎が俺から少し離れて立っている。
「聞きたいことがあるんだが、いいか」
「な、何でも聞きな」
「このゲームの参加者って分かるか?」
「悪い、口止めされてる」
「ま、だろうな」
小町ってか、陽乃さんの事だ、当然そこら辺は教えてくれないだろう。それじゃ面白くない、と言いそうだ。
「でも、人数なら教えてもいいらしいから」
人数だけか、でも何も情報が無いよりはましだろう。
参加者は総勢九名、なんか多いんですけど。
「はぁ、んじゃ俺は逃げるわ」
「ん、捕まらないようにね」
「あたりまえだ。つか、そいつらはなんで好きでもない奴とキスがしてぇんだよ」
俺は川崎に同意を求めるが、川崎は苦虫を噛み潰したような表情を浮かべるだけで何も言う気はないらしい。
「ああ、そうだ。
川崎、俺にしようとしたことは本当に好きな奴のために取っておけよ」
男のファーストキスと女のファーストキスの価値はかなり違うからな。
俺はそう言い残し、できる限り逃げやすい場所に移動する。移動する前に川崎の方に振り向くと、川崎の口元が動いているのが見え何か呟いていることに気がついた。だが、読唇術ができるわけもない俺がそれだけで何を言っているのか分かるはずもなく、そのまま足を動かしその場を離れた。
17:15 比企谷八幡:逃走中
参加者:九名
城廻めぐり:現在不明
川崎沙希:陥落
残り、45分