いつもより少し長めです。
防波堤、一七○○ーー
浦波「…………」
浦波は一人で海を眺めていた。
「隣いいかしら?」
浦波「?」
突如声をかけられた浦波は声の主を確認すると、そこには早霜が立っていた。
浦波は「どうぞ」と早霜に先程の返事をすると、早霜は静かに浦波の隣に腰を下ろした。
この二人もまた、一九四四年のこの日に違う場所で沈んでしまった艦である。
駆逐艦『浦波』は当時、鬼怒と担った輸送作戦『多号作戦』の第一次作戦で、述べ九度に渡る輸送作戦の先陣を切ることになった。
第一輸送隊に輸送艦三隻、第二輸送隊に輸送艦二隻、そして浦波と鬼怒の二隻の計三隊でレイテ島への輸送任務になった。
アメリカ潜水艦の襲撃もあり、出遅れた浦波と鬼怒は十月二十五日に輸送艦五隻だけが先に出発することになり、浦波と鬼怒は急ぎ目的地へ向かい、そこで兵員を乗せ、先を行く輸送艦を追い掛けた。
その日の朝に出発した輸送艦に対して、浦波と鬼怒は午後五時半程に出発したにも関わらず、二十六日未明にはそれぞれがレイテ島へと到着した。
そして兵員を揚陸して第一次輸送を終えた二隻は、その帰りでアメリカ軍の機動部隊の空襲に晒され、そこで浦波、鬼怒は共に海へ沈んでいった。
早霜「真っ暗になる前の海も綺麗よね」
浦波「そうですね……」
その後も一言、二言の言葉を交わしていると、浦波がふと早霜に切り出した。
浦波「いざ艦娘としてあの日を迎えてみると不思議ですね……あの時沈んだ私は今もこの海の中に居るのに……」
早霜「そうね……私も今回が初めてだから、その気持ちがよく分かるわ」
浦波「いいんですかね……」
早霜「言いたいことは分かるわ」
浦波が自分に何を言いたいのか大体理解していた早霜はすぐにそう返し、更に続けた。
早霜「でも現にこうなった以上は、今の私達が今やるべきことを全うするべきだと思うの。あの日亡くなったあの人達のためにも」
浦波「早霜さん……」
早霜「私はあの人達とのあの時を決して忘れない。そしてあの人達があの日、最後まで信じていたように、私も最後まで自分を信じて今を生きるわ」
海を見つめる早霜の瞳は強い決意に満ちていた。浦波はそんな早霜に『自分もそうする』と言うように力強く頷き、あの日の英霊達のことを思い、また海を見つめた。
「もうすぐ暗くなりますよ、二人共」
「今はもう風も冷たいから、風邪引いちゃうよ?」
二人が海を眺めていると、そう声をかける者達がいた。
その人物は工廠から帰る途中の不知火と浦波を呼びに来た磯波だった。
浦波「あ、ごめんなさい、今行きます!」
磯波の姿を見た浦波はそう言って立ち上がると、早霜に「ありがとうございました。また」と笑顔で言ってから磯波と寮へ戻って行った。
不知火「早霜はまだ戻らないのですか?」
早霜「どうしようかしら?」クスクス
不知火「…………置いていって風邪を引かれても困るので、不知火も残ります」
そう言うと不知火は早霜に寄り添うように隣へと腰を下ろした。
不知火と早霜は艦時代にとてつもない経験をした。
駆逐艦『早霜』は十月二十六日、能代や他の艦と共に、サマール沖海戦での傷を負ったままアメリカ軍からの空襲にあった。
二水戦旗艦の能代が空襲と魚雷を受けて沈没した後、敵は早霜を標的とした。
早霜は先の海戦にて爆撃を受けたことにより、爆撃によって出来た穴から海水が入り込み、燃料タンクに海水が混じってしまう事態に発展。
分離を待ちながら上澄みをすくい出すしか方法がなく、この作業のために高速運転もままならない状態で空襲を受けた。
早霜は波状をわざと大きくして速度を誤認させるなどの作戦を試みるも、集中攻撃をそれだけで切り抜けることが出来るはずがなく、次々と直撃弾や魚雷が命中。
艦首と二番煙突が吹き飛ばされた早霜は、その足が止まってしまう前になんとか浅瀬に擱座させ、沈没するのを防いだ。
その後も機銃で抵抗する早霜だったが、その機銃を撃つ者達も次々と負傷。そして敵からの攻撃が止むも、擱座した早霜は前述のようにまともに使える燃料は無く、自力でこの状況を脱することは出来ず、敵の脅威に晒され続けた。
不知火「……あの時は本当に驚きました」
早霜「私も驚いたわ」
不知火「ご忠告も聞かずすみませんでした」
早霜「謝ることないわ。私だって何も出来なかった訳だし……」
早霜が擱座した状態のままで朝を迎えた十月二十七日のこと、早霜の前へ駆逐艦『不知火』が姿を見せたのだ。
不知火は前日の十月二十六日に軽巡洋艦『鬼怒』の救助に向かったが発見することは叶わず、その帰途の途中であった。救助任務が空振りに終わった不知火は早霜を見つけると、すぐに救助のために接近するが、早霜は自身が置かれる状況がいかに危険であるかを十分に分かっていたため、不知火に対して『ワレ早霜、敵襲ノ恐レアリ、来ルナ』と信号を送った。
それでも不知火はこれを無視し、早霜の元へ近付いて行った。その矢先に早霜が危惧していた通りのことが起きた。
敵襲が不知火に襲い掛かったのだ。
何も出来ない早霜の前で不知火は一方的に攻撃を受け、最後には船体が真っ二つになって大きな爆発と共に海へ沈んでいった。
大きな火柱が上がった不知火の姿を見て、早霜の看板からは悔しさから怒号が発せられという。
しかし早霜が見たものはそれだけでに留まらなかった。先の海戦で沈んだ重巡洋艦『鳥海』の乗員を救助した駆逐艦『藤波』が、不知火と同じように早霜を発見し、そして同じように接近し、また同じように空襲を受け、為す術なく沈没し、救助した鳥海の乗員を含めた全員が死亡。
早霜の目の前で、味方艦達とその乗員達が無残に散って行くのをただ見つめることしか出来なかったのだ。
その惨劇から四日後の十一月一日。重巡洋艦『那智』から発艦した水上偵察機が早霜を発見し着水。そこで初めて、不知火と藤波の沈没が告げられることとなり、その後に早霜の乗員達は救助され、早霜自身はその場に放棄された。後にアメリカ軍が早霜を調査したことまでは記録が残っているが、それ以降は不明である。
不知火「艦娘となった今はあんな失態はしません」
早霜「だからご指導とご鞭撻をみんなから受けているんだものね。ずっと見てたから分かるわ」ニコッ
不知火「はい」ニコッ
すると不知火は早霜の右手をキュッと掴んだ。
不知火「ですから、今度こそ仲間が危ない時はこの不知火が救います。そして一緒に生還します」
早霜「そうね……今の私達の司令官は『どんな姿でも生きて帰ること』をご命令だから」ニコッ
早霜の言葉に不知火は「はい」と頷いた後で、更に続けた。
不知火「その前に司令は不知火達がそんな状況にならないよう指揮してくれますけどね」ニッコリ
早霜「ふふ、そうね」クスクス
そして暫くお互いに笑い合った。
不知火「ふぅ……では、本当にそろそろ戻りましょう。大分冷え込んで来ましたから」
早霜「そうね……」
不知火に促され、早霜が立とうとしたその時だった。
不知火「どうぞ」
不知火が早霜へ手を伸ばした。
早霜「ありがとう」ニッコリ
その不知火から差し出された手を、早霜は今度こそしっかりと握った。
そして二人は手を繋いだまま、寮まで仲良く歩いて行ったーー。
後編終わりです!
この日沈んだ、駆逐艦『浦波』と『早霜』。更に明日ですが、二十七日に沈んだ駆逐艦『不知火』と『藤波』。そしてこの二日で亡くなられた多くの英霊の方々に心からお祈りします。
本編での情報はWikipediaと『大日本帝国海軍 所属艦艇』から得ました。
そして今日はそんな暗いことばかりではなく、間宮さんの進水日と天津風ちゃんの竣工日です!
二人共おめでとう☆
二日続けて長編となりましたが、どうかご了承を。
読んで頂き本当にありがとうございました!