【ラーイシュタット】〔9/5〕
(ふぅ、やっと再編成と労働力の振り分けが終わったよ。でもこれで武器や食料に困ることはないな。)
前々から小傘が準備していた地下農業施設が稼働したのだ。
小傘が食料、弾薬管理に当てられなかったのはこの研究と実験が忙しかったからだ。
これにより食料は小傘が、弾薬管理は電子殺せんせーが担当するようになった。
(地下農業なので条件が色々とつきます
1.水が大量にいるものはダメ
2.光が大量に必要なものはダメ
メリットは
1.ジャガイモ等の土にダメージを与える作物を育てる時に土を全部取り替えることができること
2.温度調整がしやすいこと等です)
編成が完了したと同時に私達ミレニアム独立軍団は再び東部戦線でロシア第一軍とにらみ合いとなるのだった。
【ベルリン】〔9/17〕
この日私はドイツの首都ベルリンに来ていた。
(数年ぶりだな~。ここも。・・・食料事情が悪化しているのがよくわかるな。)
影でこそこそとパンを売っていたり、ジャガイモを1個見つからないようにスル男性がいたのだ。
(・・・まだだ。グレーナーがまだなんとかできる範囲だし、貯めていた食料をここで出すと飢餓が来る再来年が酷いことになる。)
もうそこには、土蜘蛛のヤマメではなく、天才戦術運用家であり、政治経済学者のヤマメがいた。
【ベルリン王宮】
私はヴィルヘルム2世から異例の1級鉄十字勲章を授与され、その後元モルトケ参謀総長がマルヌの戦いにより失脚し、後任のファルケンハイン参謀総長から2級鉄十字勲章を授与された。
さらにファルケンハイン参謀総長から
「女性だ、どうだとは今のドイツには言ってられない状態だ。これからも東部をよろしく頼む。」
と言われた。
この言葉の意味するのは、東部なら活動可能ということだ。
また、西部には来るなとも意味した。
(まぁ、時代が時代だもんね。仕方ない。)
と半分あきらめて私は戦場に向かうのだった。
〔9/18〕
東部においても色々な変更点があった。
1つ目は東部方面司令部が設立されたことだ。
東部においての参謀本部のようなもので、司令官はヒンデンブルクさんがあてられた。
実態はルーデンドルフ閣下が全ての権力を握っていたが・・・。
2つ目は、タンネンベルクの戦いで私達がおこなった浸透戦術をルーデンドルフ閣下が興味を持ち、私は東部方面司令部に無許可で出入りできる特殊作戦顧問に選ばれたのだ。
表向きの階級こそないが、実質私は少将クラスにいっきに出世した。
〔9/23〕
発言力を確保した私は次の戦いに浸透戦術の実験をルーデンドルフ閣下に提案するのだった。