BLEACH El fuego no se apaga.   作:更夜

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BLEACH El fuego no se apaga.78

 

 

 

 

 

「俺が……王になる 」

 

 

 

響いた言葉には揺るがぬ確信と自信が溢れていた。

自らが投げつけ、突き刺した白い天鎖斬月の柄を握り、不敵な笑みを浮かべるのは白い一護。

髪も、肌も、死覇装も全てが白で塗り固められ、しかし白という色が持つ清らかで高潔な印象とは裏腹に、全てを黒く塗りつぶす様な狂気を放つその存在は、黒崎一護がその身の内に抱え込んだ内なる虚。

姿形が同じでありながら一護を圧倒的な力で蹂躙した内なる虚は、自らが一護の腹に突き刺した剣を握り、ゆっくりとそれを引き抜いていく。

引き抜いた後にあるのは一閃だろう。

その一閃をもって“王”と“騎馬”は決し、黒崎一護はその身を完全に虚という化物に堕とす事となる。

決着の光景、内なる虚にとっては完膚なきまでの勝利であり、疑う余地の無い勝利。

これで自分が王となる、弱き王を追い落とし、強き自分が王として君臨する。

力、本能という根源を主とする自分こそが立つべき境地であり、剥き出しの本能を振るう自分にこそ相応しい王の座へと。

 

 

そうして王と騎馬、それを決する戦いが今まさに決着を見ようとするなか、一護は不思議な感覚に囚われていた。

身体の感覚はある、眼も見え耳も聞えている、しかしその眼に映る光景はひどく他人事のようで。

まるで俯瞰するかのように視線を落とした先に見える自分の腹と、其処に突き刺さる白い剣、傷口からは血が流れそれが肌を伝う感覚はあるが痛みは無く、ただ自らの血に濡れた白い剣とその刃だけが異様に彼の目を引いていた。

 

 

(何……だ……? 何で、俺の腹に……剣が…… )

 

 

それは一種の錯乱状態だったのかもしれない。

内なる虚にひどく打ちのめされ、実力の違いを思い知り、圧倒的な狂気の前に彼の意識は混乱していたのだろう。

この場は精神世界、即ち精神が支配する世界であり精神が剥き出しに存在する世界。

そこで求められるのは武力よりもむしろ心の、精神の強さ。

折れない心、揺るがない精神、突き立てた覚悟、それらこそが精神世界において重要な因子でありしかし、一護はその全てにおいて内なる虚に敗北しようとしていた。

 

 

(剣…… 白い剣…… 何だ?……引き抜かれてる……のか?俺の、腹から…… )

 

 

一護の感覚だけが引き伸ばされていくかのように、彼の時間の流れだけが遅くなっていく。

内なる虚が剣を引き抜くよりも更にゆっくりと、一護の感覚は引き抜かれゆく剣の動きを感じていた。

腹を貫き背中へと抜け、それが再び背から腹へと彼の身体の中を移動する。

奇妙であり本来ならば痛みが伴うそれを、一護は何処までも他人事のように感じていた。

 

 

(痛みは……無ぇ…… 剣だ…… 白い、剣だ…… でも……誰の剣、だ……? )

 

 

伸びる精神、引き抜かれていく剣をただ眺めるかのような一護。

白かった刀身は引き抜かれていくにつれ一護の血に濡れ赤に染まり、痛々しさを見せ付ける。

感覚はあるがだがしかしそれだけを、傷から襲うであろう痛みだけを一護は感じなかった。

気が付けばいやに周りは静かで、ただ呟くような自分の声だけが彼の頭には響き、そして埋め尽くすかの様に。

 

 

(赤……俺の血、か? ……それよりも、誰のだ……?誰の剣だ……? だが剣だ…… こいつは……剣だ…… )

 

 

眼に見える自分の血も、今の一護には全て他人事のように見えていた。

剣が引かれる事で新たに血は流れ出ししかし、ドクドクと流れるそれよりも一護の視線は剣だけに注がれ、流れる血など眼中には無かったのだ。

剣に、自分の身体を貫き、今引き抜かれようとしている剣の刃、それに彼の眼は釘付けになっていた。

 

 

(そうだ、剣だ…… だが何の為のだ? この剣は……何の為の剣だ?それに俺は……俺は、何故こんなにも、この剣から眼が…… 離せねぇんだ……? )

 

 

理解は追い着かずしかし疑問は沸き上がる。

剣、自らの腹を突き刺し貫き、いま目の前にあるそれは一体何の為にあるのか。

その剣は一体何の為に存在し、自分は何故こんなにもその剣から目を逸らすことができないのか。

まるで失いたくないように、誰にも渡したくない(・・・・・・・・・)ように。

 

失う、渡す、誰かに、他人に、そんな思考が浮かんだ瞬間、一護の思考は少しずつ加速を始めていく。

それはダメだ、それだけはダメだと。

加速する思考が、そしてその思考の奥にいるモノ(・・・・・・)が、それだけはダメだと彼に叫んでいた。

その叫びは呟く言葉より強く一護の頭に響き、その響きが彼の頭を満たしていく。

 

 

(剣…… そう、剣だ…… 剣は、護る為にある。大事なもんを護る為にある…… 護る為に戦う(・・・・・・)、その為に……その為に俺は剣を取ったんじゃねぇのか?誰に頼まれた訳じゃない、俺が護りたいから(・・・・・・)…… 俺は剣を取ったんじゃねぇか。 そうだ、剣だ…… 俺の……戦う為の…… 護るためのッ…… 渡さねぇ…… 誰にも渡さねぇ……! こいつは、俺の剣(・・・)だ!)

 

 

引き抜かれ行く白い剣、白い天鎖斬月。

腹部から引き抜かれていく剣の感覚を、一護は奪われるように感じていた。

自らの剣、自らの一部、自らが自らの誓いの為に振るう筈のそれを奪われてゆく感覚、喪失感と同時に忌避が一護の内を駆け巡る。

 

渡さない。

加速を始めた思考に浮かんだのはそれ一つ。

誰にも渡さない、誰にも渡せない、この剣だけは渡せないと。

誰にも奪わせない、誰にも譲らない、この護り戦うという意思だけはと。

 

一護の手が引き抜かれ行く白い刃を掴む。

強く強く、自分の手が斬れる事等お構いなしに強く。

引き抜かれる事を阻止するように、それ以上に奪われる事を拒むように強く。

それは理性から来るもの以上に一護の根源的な部分が拒んでいるのだ。

剣を、戦う為の手段を、己が身の内より奪われる事を。

 

 

「あぁ? 何の心算だ、一護…… ッ!! 」

 

 

不意に掴まれた刃に、内なる虚は不可解さと不愉快さを滲ませた。

今更そんな事をしたとて、この如何ともしがたい戦力の差を埋める事は叶わない筈だと、それ以上にまだ食い下がり、甘い思考のまま自分に勝てる気でいるお前の無能振りに反吐が出ると。

刃が握られ引き抜く手を止められた内なる虚は、その刃を握る強さ以上の力で剣を引き抜こうと力を込めようとする。

引き抜き直後斬り伏せれば全ては片付く、王を斬り伏せ、王を引き摺り落とし、空いた玉座に自分が座れば全て片付く。

それだけの事、この何処までも無意味で無駄な足掻きに付き合う心算などもう内なる虚には無く、決着だけを見据えた彼にしかし。

 

 

王は内に秘めた牙を剥いた(・・・・・)

 

 

刃を握った一護の手、強く握られたそこから黒い霊圧の奔流が流れ出す。

まるで堰を切ったようにあふれ出した霊圧は瞬く間に刃を呑み込み、黒く染めながら内なる虚に迫りゆく。

刃を呑み込み鍔を呑み込み、柄を呑んだ黒い霊圧はそのまま柄を握る内なる虚の手も呑み込んで黒に染めた。

 

これはまずい、一も二も無くそう直感した内なる虚は、即座に柄から手を離し飛び退くと一護と距離をとる。

黒い霊圧の残滓が残る彼の右腕、見れば純白の死覇装は袖口だけが黒く染め上げられ、病的な白だった肌もまた健全なそれに変っていた。

驚きの表情を浮かべるのは内なる虚。

彼はその現象を理解していた、自らの白い刀、天鎖斬月が再び黒に染め上げられそして自分もまたそうなった現象。

 

それは“ 侵食 ”だ。

 

消失した一護の黒い天鎖斬月が示していたのは、力が内なる虚に傾いたという事実でありそして白い天鎖斬月が再び黒に染まり、彼もまた黒に染まったという事は、一度崩れ彼へと傾いた均衡が再び均衡を取り戻すどころか、今度は一護に傾きつつある(・・・・・・・・・)という事。

一護から溢れた黒い霊圧は、力の象徴である天鎖斬月を呑み込むどころか、そのまま内なる虚すらも呑み込もうとしていたのだ。

 

 

(ちくしょう……! 何だ…… アイツ…… いきなり気配が変りやがった…… )

 

 

距離をとった内なる虚は内心で零したのは驚き。

先ほどまで欠片の脅威も感じず、ひどく揺らぎ女々しく儚さすらあった一護の霊圧。

しかし今はその儚さや揺らぎは消え、何か大きなものが一護からは発せられていた。

俯き加減で表情は橙の髪に隠れて見えないがしかし、まるで別人のようだとすら思う内なる虚。

劇的な変化変貌を遂げるのにはあまりに短く、その切欠すら無いはずの一護が見せるその変化に眼を見開く彼。

 

変貌を見せる一護、しかしそれは未だ表面的なものに過ぎず。

精神的な部分よりも寧ろ反射的に肉体的な面が起した目覚め。

そして黒崎 一護という人間、それを形作る精神と人格はこの精神世界よりも更に奥の部分にいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ここは…… どこだ? 」

 

 

眼をあけた一護、その光景は彼にとってまったく馴染みの無いもので、見えるのは空と宙に浮かぶビルの数々。

縦横斜め、何の統一性も無く宙に浮かぶビルはまるで空に浮かぶ雲のようで、そして彼もまたそのビルの一つに何故か仰向けになっていた。

先ほどまで自分が戦っていた場所、自らの精神世界である横倒しの摩天楼とはまた違うその場所。

あの場所よりも、今自分のいる場所の方が更におかしなところだと思いつつ、仰向けのまま辺りを見回した一護の視界の端に影が映った。

そして直後、彼の頭の横ギリギリにひどく刃毀れをおこしてはいたが、それに見合わぬ鋭さをもった刃が突き刺さる。

 

 

「なッ!! 」

 

 

それに慌てて起き上がる一護。

何が起こったという事よりもまず身に迫った危険に彼は飛び起き、距離を取ると突き立てられた剣の方へと背中に背負っていた斬月を構える。

この時彼は気が付かなかったが、彼の手に握られた剣は先ほどまでの卍解である天鎖斬月ではなく始解状態の斬月。

それは一重に彼が元々の斬月への信頼と懐古であるのと同時に、天鎖斬月を使う事は内なる虚を呼び込むことに繋がると彼の深層心理が働き、無意識に始解状態を欲したが為ともう一つ。

 

“ 彼 ”と出会った時の自分は、まだ卍解を習得していなかった(・・・・・・・・・)、と彼自身の記憶がそれを再現した為なのかも知れない。

 

 

「おう、やっと目ェ覚ましやがったな、一護…… 」

 

「ッ! 剣八……! 何であんたが…… 」

 

 

先程突き立てた剣を引き抜き、その刀身の背を肩に乗せるようにして立つ男。

六尺六寸を越える身長と細身ではあるが、その身長に見合った見るからに頑強そうな身体つき。

顔は面長で彫りが深く眉は無く、左の額から顎に抜ける大きな傷と右目を覆う眼帯が印象的だった。

身を包むのは死神の証である黒い死覇装と、その上から纏うのは裾や袖口がボロボロではあるが間違いなく白い隊長羽織。

獰猛さと何より餓え、満ちる事の無い瞳、獣の如き気配を微塵も隠す事無く、ただその場に立つだけで辺りを戦場のそれへと塗り替える狂気を全身から放つこの男こそ、護廷十三隊十一番隊隊長更木(ざらき) 剣八(けんぱち)

護廷十三隊きっての戦闘部隊である十一番隊の長であり、前任者を斬り伏せ殺害しその地位を得た尸魂界(ソウルソサエティ)一の戦闘狂であり、かつて一護が尸魂界へと侵入した際、圧倒的なまでの力をもって一護の前に立ち塞がり、命がけの死闘を演じた相手である。

 

護廷十三隊を代表する狂獣 更木剣八、しかし何故この男がこの場所にいるのか。

言うまでも無く今、一護の目の前に立っている彼は彼本人ではない。

此処は一護の精神世界、その中でも本人すら知らぬその最奥。

余人が立ち入る事など出来る筈も無く、故にこの場に立つ剣八は本人ではなく一護が生み出した幻想なのだろう。

しかし一護にそんな認識は無く、幻想であろうとその気配、霊圧、眼光の全てが更木剣八のそれである以上一護にとって彼は本人だった。

そして突然の剣八の登場に驚く一護を他所に、剣八は一護の首目掛けてその手に握ったボロボロの斬魄刀を躊躇い無く振り抜いた。

 

 

「知らねぇよ。 細けェ事ァ…… 俺はただ…… 」

 

 

突然の凶刃を間一髪で避わした一護。

その一撃は間違いなく彼の首を狙い絶命させようという一撃であり、手抜きの一切が存在しない本気の斬撃(・・・・・)だった。

あまりに突然の攻撃、状況がまったく呑み込めない一護であったがそんな彼の戸惑いなどこの剣八にはなんら関係は無く、再び片手で剣を大上段に振り被ると叫びと共に一護目掛けて振り下ろした。

 

 

「てめぇを殺しに来た(・・・・・)だけだ!!」

 

 

振り下ろされた剣に乗るのは猛威を振るうような濃い殺気。

その殺気だけで判る、剣八の言葉が嘘でない事、その刃が殺すという意思の下振り下ろされているという事、そしてその対象が間違いなく一護であるという事が。

再びの凶刃を一護はその手に握った斬月の刃で受け止める。

鋭く重く、なにより波濤の如き霊圧を纏った剣八の斬撃、受けた一護は苦悶の表情を浮かべ受けきる事叶わず後ろへと弾き飛ばされてしまう。

剣八の斬撃はそれでも勢いを失う事無く足場であるビルの壁面を叩き割り、周辺を消し飛ばしていた。

 

 

「いきなり何すんだよ! それに殺しに来た…… だと? どうしたってんだ!? あんたとの戦いは終わったじゃねぇか(・・・・・・・・・)

 

 

強力無比な剣八の一撃に弾き飛ばされた一護は、素早く体勢を整えると剣八に向かって声を上げる。

あまりに突然の事、それが連続したために彼の精神は混乱をきたしていた。

突然の攻撃、殺しに来たという言葉、そしてそれを裏付けるような殺気と眼光に宿る狂気。

ありえない、そんな思いだけが一護には浮かび続ける。

確かに一護は一度剣八と戦ったことがある、一護の家族を護るため朽木ルキアが自分に死神の力を譲渡した事によって処刑される、それを阻止しようと仲間と共に尸魂界へと侵入した一護。

その彼に立ちはだかった数多の敵、その中でも最も一護の命を脅かしたのがこの更木剣八だった。

戦いとは暇潰し、自分の命を敵の刃に晒しどれだけ楽しめるかこそが戦いの全てだとする剣八との戦いは熾烈を極め。

結果両者共に倒れ、どちらが勝者でも敗者でもなく戦いは終わった。

 

そう終わったのだ、一護からすれば彼との戦いは既に終わった事。

敵対する事で生まれた戦いの構図は、両者とも死神というひとつの陣営に収まったことで終わりを見ていると。

少なくとも一護はそう考えていた。

 

 

「あぁ? 終わった…… だ? ズレた事言ってんじゃねぇぞ一護。 “ 戦い ”に終わりなんてもんがあってたまるか。戦い(コイツ)は喧嘩じゃ無ぇんだぞ?どっちかが生きてりゃ永遠に終わる事は無ぇ(・・・・・・・・・・)んだよ」

 

 

だがその一護の考えは剣八の言葉で否定された。

戦いに終わりはない、どちらかが生きている限り戦いに終わりなどないと。

喧嘩と戦いを混同するのは甘い考えであり、それは戦いに、戦場に立つ者にとってどこまでもズレた思考であると。

剣八はその狂気の宿る眼で一護を見据え、言い切ったのだ。

 

 

「そうじゃねぇ! 俺にはあんたと戦う理由が無ぇ(・・・・・)って言ってんだ!」

 

 

剣八の言葉に一護は動揺を募らせる。

永遠に終わらず、命尽きるまでそして命奪うまで続く戦いの螺旋。

それが戦いの真理とでも言いたげな剣八の言葉、しかし一護にそれは理解できない。

何故なら行動には理由が必要だからだ。

少なくとも一護にとって“ 戦う ”という行動を起すためにはそれに足る“ 理由 ”が必要だった。

何の理由も無しに戦う事は出来ない、何の理由も無しに誰かを斬り、傷つけ、そして命を奪う事など出来る筈が無い、それが例え敵であっても。

そう考える一護にとってこの場で剣八と戦う事は考えられなかった。

理由の無い闘争、それは一護にとって避けるべきただの暴力に映っていたのだろう。

その優しさは大切なものであるし、何より日常というありふれた風景を生きる中では重要ですらある。

 

だがしかし、今この場でそれは必要とはされていなかった。

 

 

 

 

理由が必要か(・・・・・・)? 戦いによぉ…… 」

 

 

 

 

 

その言葉に一護は思わず息を呑んだ。

瞳は驚きと戸惑いで見開かれ、頬を嫌な汗が伝い落ちる。

その言葉を言い放った剣八の眼には何も無かった。

戸惑いも、後ろめたさも、後悔も疑いも何も無かった。

あったのはその言葉は間違いない真実であると言う確信と、それを支える積み重ねられた経験。

理由など何一つとして必要ない、それどころか戦う事に一体どんな理由が必要なのかとすら言いたげな瞳は一護を貫き、そして見透かしていた。

 

 

「いい加減認めろ、一護。 てめぇは戦いを求めてる。(こっち)じゃなくて、(こっち)で……なぁ……!」

 

「何…… だと……? 」

 

 

認めろ、と。

剣八は一護の目を見据えたまま言い放った。

お前は戦いを求めている、いくら言葉で否定しようとも、いくら理屈で押さえ込もうとも間違いなくと。

何故ならそれはいくら頭で考え否定したところで無意味な事なのだからと。

自分の頭を指差し、そして次に胸の中心を強く叩く剣八。

それが答えだという彼の行動、頭では違うと考えながらも胸の奥、魂がそれを欲していると。

魂という根源からの叫びをたかだか十五年程しか生きていない頭が抑えきれる筈など無く、どれだけ言葉を重ねたところでお前の本質は、お前の根源はどうしようもなく戦いを求めているのだろうと剣八は言うのだ。

 

 

「てめぇは力を欲してる! そして力を欲する奴は、たった一人の例外も無く全員戦いを欲してやがるのさ!戦いを欲するのが先か力を欲するのが先か、そんな事はどうでもいい!だが! ただ一つ判ってるのは! どうやら俺達は、そういうかたち(・・・・・・・)で生まれついたらしいって事だ!戦いを求め続ける(・・・・・)かたちになぁ……!」

 

 

両腕を大きく広げ、高らかに宣言するかのような剣八。

ニィと釣り上がった口元とそこから覗くまるで牙のような歯、戦いという行為の全てを肯定し受け入れ、それを何一つ恥じずそれこそが己のあるがままの姿であるとする彼にとってその言葉は真理だった。

力を欲する者、戦いを欲する者、そこには幾許の差も無いと。

理由はどうあれ力を求める者は、その理由の行方を戦いの先に見出し、戦いを求める者は更に上の戦いに焦がれるあまり今以上の力を欲する。

どちらもが結局は戦うという結論に達する以上、どちらが先かなどという議論に意味は薄く。

求めるものは戦い、そうして戦いを求め続けるというかたちこそ自分達の本来の姿でありそして、あるべき姿(・・・・・)なのだと剣八は叫ぶ。

 

その言葉は、理性を持ってそれを否定しようとする一護に深く突き刺さりそして瞬時に染み渡っていった。

頭でどれだけ否定の言葉を捜そうとも、どれだけ自分は違うと拒んで見せても意味など無く。

頭よりも先に胸の中心から指の先、足の先までを駆け巡る心臓の鼓動にも似た熱い脈動。

ドクンドクンという脈動は次第大きくなり一護の内側をそれだけが満たしていく。

 

 

「どうしてもってんなら敢えて理由をくれてやろうか?俺がてめぇ(・・・・・)と戦いたてぇ!それが今、俺とてめぇが戦う理由だ! 理屈じゃ無ぇだろうが!俺の魂が叫びやがる! 斬れと! 殺せと戦えと!だから俺は戦う! てめぇに理由が無ぇからと、敵は退いちゃくれねぇぞ?敵に理由を求めんじゃ無ぇ! てめぇに言い訳をするんじゃ無ぇ!初めて剣を握ったその時から! てめぇは終わりの無ぇ戦いの渦の中に居るんだよ!!」

 

 

理由などどうでもいい。

所詮は後付け、魂が戦えと叫ぶのならばそれに従えばいいと、剣八は叫ぶ。

理由や理屈は必要ではなく、なにより自分にも敵にもそんなものは求める必要も意味もないと。

敵を斬る事に理由を求めるのは、自分への言い訳でしかなく、敵を斬った自分は間違っていないと思いたいからでしかないと。

だが、言い訳などせずとも理由など求めずとも、敵を斬る事のどこに間違いがあると剣八は叫ぶのだ。

そういうかたちで生まれた自分達は、それ以外に術を持たず、故に敵を斬伏せ、戦い続けるより他進む道などないと。

 

 

「一護! てめぇはどうしようもなく戦いを求めてる!それ以外の方法を知らねぇからだ! 力を手にする為には戦うしかねぇと判ってるからだ!認めろ一護! 戦え一護! てめぇを制する(・・・・・・・)力が欲しけりゃ剣を取って奴を斬れ!奴を斬っててめぇが“ 王 ”だと! 奴自身に刻み込め!それ以外に道は無ぇぞ! てめぇの後にも、先にもなぁ!!」

 

 

もう一護に剣八の姿は見えてはいなかった。

いや、剣八どころかこの雲の如くビルが浮かぶ空間の風景すらその眼には映っていないだろう。

見開かれた眼には何も映らない、今彼はその内に脈打つ大きな鼓動に全神経を集中していた。

胸の中心から広がった心臓のような脈動と力、それらは既に彼の身体を満たしそして遂に理性でそれを塞き止めようとする頭にまで至ろうとしている。

それに恐怖は無かった。

彼自身も既に判っているのだ、この脈動がなんであるか。

内から込み上げるそれが自らを害するものではないという事が。

 

戦う

 

戦う

 

戦う

 

内側から叫ばれる声はきっと彼自身のもの。

誰に命ぜられる訳でも、誰かに捧げる為でもない。

ただ自分がどうしたいか、それが全て。

ただ自分が何をしたいのか、それこそが全て。

 

戦う

 

戦う

 

戦う

 

満ちゆくそれに恐怖は無い。

何故ならそれは解放だから、自分という、黒崎一護という一人のあるべき姿の解放。

そういうかたちに生まれついた、そして今求められるものがそれであるのなら迷う事などありはしないと。

だが同時に浮かぶ思いもあった、本当にいいのかと、本当にただこの熱い脈動に身を任せるだけでいいのかと。

熱き脈動と僅かな疑問、脈動という名の内なる虚が言う“ 本能 ”が一護の身体に今まさに満ちようとするとき、一護には剣八ではない誰かの声が聞こえていた。

 

 

 

《戦いたいか?》

 

 

 

脳に直接響くようなその声はひどく不安定。

壮年の男性のようでありながらどこか年若い青年のような、そんなどちらともつかない声だった。

響くその声は一護にとってひどく懐かしくそして真新しくあり、しかし懐かしいと思いながらも、一護はその声の主が誰なのかを思い出せないでいた。

 

 

 

《戦いたいか? 勝ちたいか? それとも生き残りたいか?どれだ…… 》

 

 

 

声の主は問う、お前はどうしたいのかと。

その問いはかつて一護にかけられたそれと同じ。

おそらく問う人物も同じであろうが一護にそれを結びつける事は出来ず、故にその問いは初めてかけられるも同じ問い。

示された三つの道、どれを進むも一護の自由でありその選択は彼に委ねられている。

戦いたいのか、勝ちたいのか、生き残りたいのか、どれが正しくどれが正解なのかは判らない。

そもそもその問いに正解があるのかすら怪しく、正しさを問うというよりも寧ろ示した道のどれを選択するのかを知りたい、とでも言うかのようなその問い。

声の主はそれきり沈黙し一護の答えを待つ、焦れ急かす事も無くただ、一護の答えを待っている。

 

 

 

 

「勝ちたい…… 」

 

 

 

 

沈黙と深慮、本能という熱に浮かされながら一護が出したのは“ 勝ちたい ”という答え。

静かな声だったがしかし、迷いの無い声で呟かれた答え。

戦うという衝動、本能という根源衝動にその身を染めながら一護は戦いたいではなく勝ちたいと言ったのだ。

 

 

 

戦いに(・・・)勝ちたいのか? 》

 

「……違う。 勝ちたいのは戦いにじゃねぇ…… 俺自身(・・・)にだ 」

 

 

 

一護が出した勝ちたいという答え。

その一護の答えを受け問いの主は、その勝ちたいという答えは戦いにか、と続けた。

戦いに勝ちたい、戦いたいという答えでは足りない自分の勝利を見据えた答え。

勝つのだという強い意思を持って戦いの望まぬ者に勝利は無く、故にこの答えは意味ある答えだといえるがしかし、一護の答えは戦いに勝ちたいというものではなかった。

一護が勝ちたいと願ったのは、戦いではなく自分自身だと言うのだ。

 

 

内なる虚(アイツ)の言った事、今なら判る気がするんだ。戦いに必要なのは本能だって…… 敵を前にしてあれこれ余計な事考えながらじゃ戦えないって。剣八の言う事も判るんだ、俺はきっと戦いを求めてるんだって…… 誰かを護りたくて強い力を求めるのは、戦って護りとおせる様になりてぇからだって。だから今、俺に満ちてるこの本能と性はきっと俺に強い力をくれる。アイツを倒せるだけの、アイツを制するだけの力をくれる…… 」

 

 

静かに語る一護、その言葉は問いの主に語るのと同時に彼自身もその言葉を一つ一つ確かめるように呟かれる。

今ならば判る、そう語る一護の声に揺れは無く。

他者より大きな力を発揮するための鍵は本能にあるとする彼の内なる虚の言葉も、そして戦いに理由など必要なく、戦いを求めるというかたちに生まれた以上、それに従えばいいのだという剣八の言葉も一護は否定しなかった。

本能、戦いを求める性、そのどちらをも受け入れた自分はきっとこの後の戦いを、内なる虚との戦いに勝利し彼を制するだろうとする一護。

それは予感ではなく確信に近く、しかし。

 

 

「けど…… けどそれでいいのか? 本能のまま剣を振って敵を斬って、そういうかたちだからと安易に納得して戦いを求める…… 本当にそれでいいのか? 俺には……とてもそうとは思えねぇ。ただ本能のままに身を任せて、そういうもんだからって戦い続ける…… そんな仕方ないとかしょうがないって思いながら、自分を騙すような(・・・・・・・・)事はしたくねぇ(・・・・・・・)。だから…… 俺は勝ちたいんだ、自分の本能に、性に、そいつ等に呑まれるんじゃなく俺が俺として(・・・・・・)戦えるように…… 」

 

 

一護が勝ちたいと願った自分自身、それは本能や性を肯定しながらも戦う事をそれ任せにしない(・・・・・・・・)為の願い。

本能によって敵を斬りその衝動のまま敵を倒す事、戦いを求めるというかたちに生まれつきそれ故に戦いを求めるという事、それらを本能なのだから仕方が無いや、そういうモノなのだからしょうがない、といった言葉で済ませる事は出来ないと。

それは本能や性を言い訳に使っているだけに過ぎず、自分を騙し、欺き、自らを護りたいという弱い心だと一護は言うのだ。

戦うと決めたのは自分、敵を斬ると、倒すと決めたのも自分。

それは本能でも性でもなく、黒崎 一護という一人の人間の決断でありその為に用いる力もまた彼の責任。

ただ本能に呑まれ性に呑まれて戦うのではなく、黒崎一護という人間が戦うという事の重要性、故に勝ちたいのは敵との戦いではなく自分自身との戦いだと一護は言うのだ。

 

 

 

《……甘いな、一護よ。 だがお前がそう在りたい(・・・・・・)というのならば何も言うまい…… 戦え一護、そして自分の本能と性に勝つのだ。それらがお前を呑み込もうとするのなら、逆にお前が呑み込んでしまうがいい。お前は“ 王 ”だ、お前がそうだと信じる限り、この世界においてお前に不可能などありはしない。退くな、臆すな、お前が進みたいと願う道ならば、我等は(・・・)それを開く力となろう…… 》

 

 

 

問いの主は一護の導き出した答えを甘いと言った。

戦いにおいて必要なのは自分自身として戦う事よりも敵を倒す事、戦いとは須らくそれに集約されそこに自分の意思があるかどうかなどは本来ならば必要とはされないのかもしれない。

しかし、問いの主はそれでも一護がその道を進むのならばそうするが良いとも言った。

どちらかと言えばきっとこちらが本心なのだろう、二つの声が重なったかのような問いの主の声が僅か柔らかくなっていたから。

本能、性、どちらもが一護に力を与えしかし一護という人格すら呑み込もうとするのならば、逆にお前がそれを呑み込んでしまえと。

何一つ恐れることはない、何故ならばお前はこの世界の王であり、王に不可能などありはしないと。

全てを決めるのはお前次第、そしてそれを成すために必要なのは成そうとする強い意思のみなのだと。

言葉の一つ一つに思いを込めるかのような問いの主。

それは一重に彼等が一護を想う心の現われだったのだろう。

 

問いの主の言葉、それが終わるか終わらないかの際に一護の精神は急速に浮上を始める。

精神世界の最奥から表層へ、横倒しの摩天楼、一護が抱える内なる虚との内在闘争の舞台へと再び彼の精神は復帰し、覚醒した肉体面へと戻っていった。

最早一護の精神に迷いは無い、本能も性もその全てを開放ししかし自分というものは見失わず。

黒崎一護が本能に任せるのでも、性故にでもなく黒崎一護として自らの分身たる内なる虚と相対するために。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

舞台は再び精神世界表層。

一護が自らの腹に突き刺さった剣の刃を握り締め、そして白かった剣を己が霊圧で再び黒に染め上げた瞬間へと戻る。

俯き加減で刃を握る一護を驚きの表情で見るのは白い一護の姿をした内なる虚。

純白の死覇装は右の袖だけを黒に染められ、剣から伝った霊圧によって成されたその現象は即ち浸食。

力の均衡、その揺らぎが大きくなり自分へと傾いていたものが再び一護へと傾いた事を示していた。

 

内なる虚が見つめる一護の姿。

傷だらけで弱々しく見えていたそれ、しかし今は傷だらけでありながら気圧される。

そう彼は気圧されているのだ、先ほどまで圧倒的優位に立ち戦いの主導権を握り、どちらが強者で弱者なのかを宣告した相手に。

 

一護の手に再び力が篭るのを内なる虚は見た。

それはほんの少しであるが一護自身に突き刺さった剣を引き抜き、そしてその後は一息に剣を切っ先まで全て引き抜く。

剣が刺さっていた事で押えられていた傷口は顕となり、封を失った傷口は大量の血を噴出すがそんな事はお構いなし。

その出血すら霊圧にものを言わせて押さえ込み、天を仰ぐ一護。

ほんの僅かの瞬間ではあるが内なる虚はその姿に目を奪われた。

それはまるで祝福の光景、生まれ出でた者が身に降り注ぐ祝福を受けるかのように、少なくとも内なる虚にはそう見えた光景はしかし、天を仰いでいた一護が彼へと向き直り、その眼を見た瞬間消えうせた。

 

その眼には先ほどまであった“ 怯え ”が無かった。

自分の力に対する怯え、自分を失うかもしれない事への怯え、敵の力への怯えと、力に呑まれる事への怯え。

内なる虚が一護の瞳に見ていた後ろ向きで弱々しい感情、彼をイラつかせ落胆させる感情の類が今の一護には無かった。

あったのは純粋な闘争本能と、戦うことへなんら言い訳をもっていないであろう意思。

 

 

「チッ…… 」

 

 

舌打ちが内なる虚から零れる。

彼は何もかも判ってしまった、今の一護の瞳を見た瞬間に。

どちらが上でどちらが下か、どちらが強者でどちらが弱者か。

 

 

そして、どちらが“ 王 ”でどちらが“ 騎馬 ”なのかを。

 

 

一護は右手に握っていた刃を放すとくるりと回転させ器用に剣の刃を握り締める。

その間一瞬たりとも内なる虚から視線を外す事はなく、瞬きすらしていないだろう。

今の一護にそういった隙は存在しなかった、戦う事を求める性が、本能という根源が一護にそれを許さない。

一護は剣を腰の辺りに構え、空を一蹴りすると一直線に内なる虚へと迫る。

瞳には雑多な感情は浮かばず、ただ敵を、お前を倒すという一念だけがありありと、そして鮮烈なまでに浮ぶ。

切っ先が目掛けるのは内なる虚の胸の中心、柄尻に左手を添え斬るのではなく貫く為に構えられた剣は吸い込まれるように内なる虚の胸へと深々と突き刺さり、そして黒い切っ先は背中へと抜けていた。

 

背中へと突き抜けた切っ先、そして傷口から滲むのは赤い血ではなく黒。

じわりと滲んだ黒い霊圧は瞬時に内なる虚を包むように広がると、瞬く間に彼を呑み込みその白い死覇装を黒に染め上げる。

それが決着、相手の生死ではなくどちらが力の主導権を握るかを問うこの戦いにおいて、相克を象徴した黒と白の死覇装、その一方が黒に染まった事こそが、何よりも雄弁に戦いの決着を物語っていた。

 

 

「……くそッ………… どうやらテメェにも少しくらいは残ってたらしいな、戦いを求める本能ってやつがよぉ…… 」

 

 

黒い天鎖斬月に貫かれ、その身に纏う死覇装を黒く染められ内なる虚は戦いの終わりを見た。

見れば彼の身体は足元から徐々に霊子の粒となって解けて消えていく。

そして零れるのは負け惜しみではなく本心の言葉。

戦いを求める本能、彼が一護に圧倒的に欠けていると言ったものを一護は示したのだ。

ならば戦いの決着はこうなるより他無いと内なる虚は思っていた。

それは一護が本能を見せたから勝った、という訳ではなく内なる虚自身が一護の内に眠る本能の存在に気がつかなかった為。

一護の内側に眠っていたものに気が付いていたならば、余計な時間をかけ下手にそれを起すことなどせずに決着を着ければよかった。

しかしそれをしなかったのは彼の失敗、一護にそれほど強い闘争本能などありはしないと高をくくってしまった彼の失敗。

故にこれは当然の帰結だと、下手を打った自分の当然の帰結だと打ちなる虚は結論付けていた。

 

 

想い(・・)だ…… 」

 

「あぁ? 想い……だと? 何の話だ……? 」

 

 

視線を合わさず、一護は唐突にそれを呟いた。

それを訝しむ内なる虚、想いというその言葉が何を意味するのか、彼には皆目見当は付かない。

ただその言葉を発する一護の言葉には、何の疑問もありはしなかった。

 

 

「王と騎馬の違い…… それは想いだ。 同じ力、同じ姿、まったく同じ二つの存在、その二つを別ける違いはどっちの想いが強いかなんだと、目の前の戦いに懸ける想いの強さなんだと、俺は思う…… ただ相手を倒せばいいんじゃない、ただ戦い続ければいい訳でもない。俺は俺の大事なもんや大事な場所を護りたい、その為に戦わなきゃならないってんなら俺は迷わず戦う。大切なもんを護る、その想いの強さはお前の言う本能にだって……負けやしねぇよ…… 」

 

 

一護の言う想いとは、内なる虚が彼に問いかけた王と騎馬の違いに対する彼なりの答えだった。

本能という殺戮衝動、その強さこそが王と騎馬を分ける違いだとする内なる虚に対し、一護は王と騎馬を分けるのは戦う為の想いの強さだと答えたのだ。

戦いに臨むという事、それは一護にとって常に誰かを、何かを護るという行動に他ならず。

その為に必要なのはただ敵を斬り伏せる事でも更なる戦いを求める事でもなく、背にしたものを護り抜くのだという強い想い。

本能や性に流されるのではなく、自分の内から沸きあがる護りたいという想いこそが自分にとって王と騎馬の違いなのだと。

 

 

「ヒャハハハ! この期に及んで“想い”だと?とことん頭のユルいヤローだな、テメェはよぉ…… だがしょうがねぇ、どうあれ結果的にテメェは俺を倒したんだ。欠伸が出る程ユルいヤローだろうが取り敢えずはテメェを“ 王 ”と認めてやるよ、一護…… だがなぁ…… 」

 

 

一護の語った言葉を内なる虚は緩いという言葉で斬り捨てた。

そんなものは弱いと、想い等といううつろうもの(・・・・・・)は本能という根源衝動の前ではあまりに弱々しいと。

しかし、その想いの力で一護はこうして彼を呑み込もうとしている、如何に否定しようともその結果に変わりなど無く彼の本能は一護の想いの前に敗北したのだ。

その事実、変えようのない事実に内なる虚はしぶしぶといった様子で一護を王として認めた。

彼とて愚かではない、少なくとも自分の方が一護よりも優れていると思っている節がある彼が、一護の前で自らの愚かさを曝け出す事はきっと無いだろう。

だがそれでもと、内なる虚は自らが完全に消えゆく前にこれだけは叫ばずにいられなかった。

 

 

「忘れんじゃねぇぞ一護。 俺とてめぇはどっちが王にも騎馬にもなるって事を!テメェがそれ以上隙を見せてみろ! そん時は俺がいつでもテメェを振り落として、そのユルい脳味噌ごとテメェの頭蓋を踏み砕くぜ!」

 

 

足元から袴が消え肉が消え、そして骨が消えていく。

音も無く風に吹かれる砂のように霊子の粒へと帰っていく内なる虚。

だがその顔に恐怖は無い、彼にとってこれは一時の消滅に過ぎないのだ。

彼はこれからも常に一護の傍にあり、そして一護が隙を見せれば再び彼の精神と魂を喰らって自らが王となろうとするだろう。

決して従順な騎馬になどなりはせず、しかし絶大な力をもって一護の戦場を切り開く、相容れず背中合わせの王と騎馬、それが彼等なのだ。

 

崩壊は腹部から左腕へ、そして遂には内なる虚の顔の半分にまで至っていた。

だがそれでも彼の顔には狂気に満ちた笑みが浮かぶ。

まるで一護を未だに嘲うかのように、いつか自らが王になる事に微塵の疑いも無いかのように。

 

 

「それとこいつは忠告だ…… 俺も餓鬼じゃねぇ、騎馬になったからにはそれなり(・・・・)にテメェに力は貸してやる。甘ちゃんの“王”には俺ぐらいの“暴れ馬”が似合いだろうさ。だがなぁ…… 本当に(・・・)俺の力を支配したけりゃ、次に俺が現われるまで…… せいぜい死なねぇように気をつけな!!ヒャハハハハ!! 」

 

 

顔の半分と胸から下を既に失いながら、内なる虚は叫ぶ。

残った右手で一護の剣を強く握り、最後の最後までその狂気に満ちた瞳で一護を捉えて放さない。

その言葉が真実であるかなど王である一護にすら判らず、しかし断末魔の如きその言葉は一護の耳にいつまでも残っていた。

決して一護に屈したのではないと、自分の意思で従ってやるのだと語る内なる虚の瞳。

そして狂気が滲む笑い声を残し、内なる虚はその存在の全てを霊子へと戻し消え去った。

 

その場にもう彼の姿は無く、いるのは一護一人だけ。

刀を突き刺した体勢のままだった一護は、残心の後自然体へと戻った。

辺りはとても静かでただ青い空に奔る雲が少しだけ速い。

少し考え込むようにしてその場に佇んでいた一護は、右手に握った天鎖斬月を胸の前辺りに持っていき、視線をそちらへと落とす。

そして呟くように、しかし強い拒絶ではなく何故か確信をもっているかのように薄く笑みを浮かべ、手に握る剣へと語りかるのだった。

 

 

 

― 忘れんじゃねぇぞ、一護 ―

 

 

 

 

「悪いな…… させねぇよ…… 」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

例え破滅を呼ぼうとも

 

只の一つも後悔は無い

 

何故ならそれは

 

己の為

 

己を満たす

 

戦の為

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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