BLEACH El fuego no se apaga.   作:更夜

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BLEACH El fuego no se apaga.76

 

 

 

 

「藍染の……真の目的? 」

 

《如何にも 》

 

 

驚きの声にしかし答えは淀みなく、明確に返される。

それを聞く者の瞳は大きく見開かれ、頬には一筋の汗が伝った。

冬獅郎、乱菊、そして織姫は総隊長 山本 元柳斎(げんりゅうさい)重國(しげくに)の言葉に息を呑む。

 

自らに向けられた全ての信を巧みに操り、利用し、友と部下と同胞の全てを裏切った男、藍染惣右介。

尸魂界(ソウルソサエティ)における最高司法機関、中央四十六室の四十人の賢者と六人の裁判官の全てを虐殺し乗っ取り、影から全てを操ることで尸魂界にかつて無いほどの混乱を招いた彼の男。

護廷十三隊の中で一組織の隊長を任されながら、度し難くも己が私欲の為に部下を駒とし、欺き、操り、護廷十三隊に甚大な被害を残し虚圏へと消えた藍染。

 

“私が天に立つ ”

 

不遜ともとれる言葉を残し消えた彼の真の目的、それが判明したという元柳斎の言葉に、冬獅郎らが少なからず動揺を見せるのも無理は無い。

 

彼らが知る藍染惣右介の目的、それは浦原 喜助が造り出した恐るべき物質、『崩玉(ほうぎょく)』の奪取。

朽木 ルキアの魂魄に埋め込まれるようにして隠されていた崩玉という名の小さな珠。

その能力は“ 死神と虚の境界を取り除く ”という規格外のものであり、死神が虚に近づき魂の強度限界を突破する事で更なる力を得られるというその物質を藍染は欲し、その為だけに尸魂界の中心、瀞霊廷を戦火に陥れたのだ。

 

自らが欲するモノ、それだけを手にする為に多くの命を危険に晒して。

 

故に多くの死神は藍染の目的は“ 崩玉の奪取”であり、彼の目的は達成されたと考えていた。

崩玉という力を得た藍染、そして彼が虚圏へと渡った事から虚と繋がりがある事は明白であり、藍染が何らかの形で虚を支配しているのもまた容易く想像できる事。

だがその後、現在冬獅郎らが駐屯する空座町へ成体の破面が現われた事実。

長年進歩が見られなかった虚の破面化が急激に加速し、遂に成体が現われた事を鑑みたとき、それに藍染がまったく関与していないと考える事にこそ無理があり、それは正しかった。

崩玉という力、崩玉により更なる力を持った破面の誕生、それが藍染の手駒であり藍染の目的だったのではないか、そんな考えが過ぎる中で告げられた藍染惣右介が真の目的(・・・・)の判明。

そしてそれは破面という軍勢を生み出すという事の更に先があるという事に他ならかかった。

 

 

「あ、な……なんか重要そうなお話だから……あたし外で待ってるね!」

 

 

自らも驚きながら冬獅郎、乱菊の様子と元柳斎の雰囲気を感じ取った織姫。

自分がこの場に居る事はどうにも場違いであると思ったか、はたまたこれから語られる事に本能的な恐れを感じたのか、そそくさとその場から立ち去ろうと巨大な画面に映る元柳斎に背を向ける。

 

 

《……待ちなさい》

 

「え……? 」

 

 

背を向けた自分に不意にかけられた声。

出て行こうとする織姫を呼び止めたのは、冬獅郎でも乱菊でもなく画面に映る老人、元柳斎だった。

不意の事にしかし身体は反応し、無意識に振り返る織姫。

画面に映る元柳斎の姿、画面越しでも相変わらず元柳斎が放つ威厳にどこか萎縮してしまう織姫だが、振り返ったときの元柳斎はそれが幾分か薄れているように彼女は感じていた。

 

 

《おぬし等人間にも関わりのあることじゃ、聞いていきなさい…… 》

 

 

それはほんの少し諭すような、どこか気遣うような声だった。

元柳斎の言葉に織姫は一瞬躊躇ったが返事をして先ほどまでいた場所に戻る。

彼女が感じ取ったのは二つ、一つは元柳斎が彼女の想像ほど怖ろしい人では無いという事。

本当に怖ろしく、己の放つ威圧感で有無を言わさず相手を閉口させるような人物は、総じて他者の意を解さず、また他者を思いやる事はできない。

元柳斎の声には僅かではあるが気遣い、また思いやるような深い深い場所にある優しさが見えたように織姫は感じていた。

 

しかしそれが手管である(・・・・・)という場合も存在する。

その最たる例が藍染 惣右介だろう、相手を思いやる素振り、気遣いと励ましに助言と己が行動で相手を思い通りに誘導し操る。

藍染が用いる手段として、相手の信を得、また心酔させるに足るものとして有効なものの一つに“やさしさ”がある。

だがそれはただの優しさではなく相手の望む優しさ(・・・・・・・・)

傍に居る事、突き放す事、助言を与える事、独りで考えさせる事、優しさにも種類がありそのどれを相手が望んでいるかを藍染は瞬時に理解し、最善の策として用いるのだ。

そして元柳斎の見せた優しさが、その類でないという証明は何もない。

 

だが織姫に不思議とそれを疑う思いは無かった。

 

理由の一つに彼女が同年代の女性に比べて非常に素直である、という点も確かにあるのだがもう一つ、彼女にはそういったものが本能的に(・・・・)判ってしまう部分がある。

いや、本能的というよりは経験に基づく推測、経験則と言った方が正しいのかもしれない。

 

“ 髪の色が気に入らない ”そんな些細な事が始まりだった。

兄に好きだと言われた胡桃色の髪、中学に入った彼女が伸ばしていた髪を無理矢理切られたのはそんな理由。

時を同じくして兄は彼女を残して他界し、彼女はますます独りになり、内向的になりそして彼女への行為は厳しさを増していった。

“ いじめ ”簡単に言ってしまえば彼女が受けた仕打ちはそれなのだろう。

自分とは違うもの、皆とは違うもの、人間はそれを全て受け入れられるほど寛容には出来ておらず、往々にして違うものは迫害される。

些細な切欠は次第に大きくなり、最終的にはその人物の人格すら否定しようという流れに姿を変えていくのだ。

何とも愚かしく、唾棄すべき行為であるがしかし、それは無くなることは無い。

幸い彼女はそんな状況を一人の友人によって救われ、今を笑顔で過ごす事が出来ている。

 

しかし過去に受けた傷は癒える事はあっても消える事はない、他者の害意、悪意に晒された事のある織姫は経験として判ってしまうのだ、他者の目に見える顔の奥にある本当の顔(・・・・)というものが。

 

それが織姫に元柳斎の気持ちは、自分を気遣ってくれている気持ちは本当だと告げていた、そして同時にその気使いの真意も彼女には判ってしまったのだ。

自らの奥底を容易に見せられないであろう立場に立つ元柳斎、その彼が見せた気遣い。

それは彼女に、いや、彼女だけではなく彼女の周りに居る大切な人達にとっても重要で過酷な現実(・・・・・)を暗示しているのだという事が。

 

 

《藍染が消えて早一月、彼奴が潜伏しておった中央四十六室地下の清浄塔居林(せいじょうとうきょりん)、及び大霊書回廊の捜査が続いておる事は知っておろう。中々に難儀しておる、何せ大半が禁踏区に指定されておって内部を知る者は殆どおらんのじゃからの》

 

「前置きはいいっす。 本題を…… 」

 

 

織姫が元いた場所に戻ったのを確認し、元柳斎は一拍おいて語り出した。

藍染惣右介の離反より一月、現在に至るまで一体何がなされていたのか、主に何処を重点的に捜査しているのかという捜査状況の説明は、大半が禁踏区と呼ばれる隊長格ですら立ち入りを制限されている区域の捜査であり、難航していると。

愚痴、というよりは忌々しさか、古き慣習に囚われた瀞霊廷の構造が此処へ来て彼等の前には立ちはだかり、そして自分もまたその慣習に囚われた一人であるという思いが元柳斎にはあったのかもしれない。

しかしそうして語る元柳斎の言葉を冬獅郎が遮る。

彼からしてみればそれは既に判りきった事、彼とて先遣隊として派遣される前はその任に就いていたのだ、それがそう簡単に進まぬ作業だという事は理解していた。

そして本題をせかす冬獅郎に、元柳斎は一つ頷くと遂に本題を語り始めた。

 

 

《よかろう…… 先日、大霊書回廊を捜査しておった浮竹(うきたけ)が妙な痕跡を発見した。崩玉、そしてそれに付随する研究記録にのみ付いておった既読記録が一度だけ…… 彼奴が消える二日前に、崩玉とはまったく関係ない書物に残されておったのじゃ》

 

 

それは大霊書回廊を担当する十三番隊隊長 浮竹十四郎(じゅうしろう)から上げられた報告。

藍染が熱心に閲覧していた崩玉とそれに付随する研究の資料、おそらく崩玉を得るための手段などが書かれたそれとは別にもう一つ、別の資料にも閲覧の記録があるというのだ、それも藍染が尸魂界を離反する二日前に。

今まで崩玉にのみ感心を見せていた藍染が閲覧した別の書物、それも離反の二日前、偶々ならばそれは問題ではないが離反する二日前というのがどうにも気にかかり。

何よりもしそれが偶々ではなく、わざと直前まで閲覧(・・・・・・)を避けていた(・・・・・・)のならば、事態は急変する。

 

そしてその書物の内容如何によっても。

 

無言の冬獅郎、乱菊、織姫。

誰もが次に続く言葉が藍染真の目的の核心部分だと感じており、それは間違いではない。

何故、どうして、そんな言葉が藍染 惣右介という男の行動にはそこかしこに見られ、そしてその最たるものが今明かされようとしているのだ。

少しの間を空けた元柳斎、硬く閉じられた口は遂に開き、藍染真の目的は今此処に語られた。

 

 

 

 

《 王鍵(おうけん)…… 》

 

 

 

 

その言葉、その名に戦慄を覚える冬獅郎と乱菊。

それが如何なるものか、何の為に存在するのか、それを知っているだけに驚きを禁じえない。

藍染が真に求めていると思われるモノの名前、明かされたそれは彼等死神を動揺させるに足る代物であった。

 

 

「あの…… その王鍵、って何なんですか……?」

 

 

死神の二人とは違い今一状況が飲み込めていない織姫。

名を聞いただけではそれが何なのかも判らず、だがただならぬ雰囲気だけを彼女は感じていた。

 

 

「 言葉通り『王家の鍵』よ…… 尸魂界にも王様は居るの。とはいっても一切コッチには干渉してこないし、隊長格の私達ですら一度も顔を見た事は無いんだけどね…… 」

 

《然様、王の名を『霊王』と言い、尸魂界にあって象徴でありそして絶対的な存在。尸魂界とも虚圏とも違う異界に王宮が存在し、王族特務がその守護を担当しておる。 ……王鍵とは、その王宮へと続く空間を開くための鍵なのじゃ…… 》

 

「じゃ、じゃぁ藍染……さんは、その王様を…… 」

 

《殺す…… それこそが彼奴の真の目的なのじゃろう…… 忌々しい事じゃ、隠そうと思えば隠せた既読記録をそのまま残していくとはのぉ……》

 

 

遂に真実は白日の下に晒された。

王鍵という名の鍵、文字通りそれは尸魂界の王、霊王の王宮へと続く道への鍵であり、藍染の目的とは王鍵を入手し霊王を殺す事にあると。

離反の原因となった崩玉の奪取、確かにそれ自体に力が宿り、兵として破面を精製した藍染ではあったがそれは目的ではなくあくまで手段。

本当の目的とは力を付け、兵をそろえ軍を成し、それをもって霊王を殺すこと。

不遜なる言葉、「私が天に立つ」というそれは、脅しでも肥大した妄想でもなく彼にとっての真実であり目的、実現するべき未来そのものだったのだ。

尸魂界に生き、霊王という存在を知りながらそれに翻意を抱く。

霊王よりも自分の方が遥かに天に立つに相応しい存在だと、そう言わんばかりの藍染、傲慢なまでの自尊心とその傲慢さを実現できてしまう並外れた力。

それをもってして藍染は実行しようというのだ、王鍵を得る事で己が望む全てを。

 

 

《じゃが、問題は其処ではない(・・・・・・)。藍染が見たのは、王鍵の在処を(・・・)示した記録では無かった 》

 

 

明かされた藍染の目的、しかしそれを明かした元柳斎はそれ自体は今問題ではないと。

尸魂界の象徴たる霊王を殺そうとしているであろう藍染を、問題ではないと言い放った。

そう、藍染が閲覧した書物、それに書き記されていたのは王鍵の在処ではなく別の事柄、そしてそれがおそらく忌諱すべきものだという事。

元柳斎の言わんとする事柄に察しが付いているであろう冬獅郎は、しかし動揺を見せる事無く言葉を待つ。

その中で混乱する織姫、しかし彼女を他所に話は先へ先へと歩を進めていく。

 

 

《そもそも王鍵の在処を示した書物など存在せん。王鍵の在処は代々、護廷総隊長に口伝でのみ伝えられるものじゃからの。彼奴が見たのは王鍵の造られた当時の様子を記した書物。彼奴が知ったのは…… 『王鍵創生法』じゃ……》

 

「……やはり 」

 

「どういう事です隊長? その創生方法に何か問題があるんですか?」

 

《否。 創生方法ではない、問題があるのは……その材料(・・)なのじゃ》

 

 

藍染が閲覧した書物、それは冬獅郎の予想通り在処を示すものではなかった。

王鍵創生、気が遠くなるほど遥か昔に行われたその様子を記した書物の存在。

そもそも誰かの興味を引くような書物ではないそれは、書庫の最奥で埃を被っていた事だろう。

しかしその書物は藍染惣右介によって日の光を浴びる事となる。

誰の興味も引かず、また誰も必要としない書物、しかし藍染惣右介にとってはこの上なく重要で意味のあるモノとして。

 

やはり、という冬獅郎の言葉に乱菊が疑問を投げかける。

王鍵を求める藍染、それを得て霊王を殺そうという藍染の目的、それを問題ではないと言い放った元柳斎の言から考え。

問題なのはその王鍵を得るための創生法にあると見た乱菊が、冬獅郎に解を求めるが、それは元柳斎に否を突きつけられる結果と成った。

王鍵創生に問題があるという見方は正しい、しかし問題があるのは方法ではなく材料である、と。

 

 

《王鍵創生に必要な材料は、十万の魂魄(・・・・・)半径一霊里(・・・・・)に及ぶ重霊地(・・・・・・)

 

「十万の……魂、魄………… 」

 

 

そう、その材料は。

王鍵を創生する為の材料は人間の魂。

その数なんと十万、書き表すだけでは実感などとても出来ない途方もない数の魂魄が王鍵創生には必要なのだ。

人を、それも無数の人を生贄として創生される王鍵、織姫は無意識にその大きさと重さから声を零していた。

彼女とて実感などない数ではあるがしかし、確かに生きている人間の犠牲が其処にあるのだと本能で理解してしまったために。

 

しかし、呆然とする彼女を更なる恐怖が襲う。

 

 

《そうじゃ。 じゃが、おぬし等に関わりあるのはそれだけではない》

 

 

元柳斎の言葉に織姫は自然と息を呑んだ。

魂魄だけではない、十万という途方もない数字をして呆然とする織姫に元柳斎は更なる言葉を続けるのだ。

 

そして織姫は直感した、自分が感じた元柳斎の気遣い、その正体がこの先にあるという事を。

 

 

《重霊地とは『現世における霊的特異点』を指す。それは時と共に移ろい、その時々で現世において最も霊なるものが集まりやすく、霊的に異質な土地をそう呼ぶのじゃ…… 井上 織姫、儂が何を言いたいか、もう判るじゃろう…… 霊的特異点たる当代の重霊地、それは…… 》

 

 

織姫は自分の手足の先が冷たくなっていくのを感じていた。

それが緊張なのか、恐怖から来るのかは今は問題ではないほど彼女の心は揺れている。

元柳斎の言葉、その先に続くものが判ってしまったから。

 

それが間違いならいいのにと思う気持ちとどこか確信めいた予感。

重霊地、霊的特異点、霊なるものが集まりやすく霊的に異質な土地、その全てに思い当たる場所を彼女は知っているから。

最初はぼんやりとしたものだった、新手の怪獣か何かだと思っていた時期もあった、しかし変わり果てた兄と出会い、橙色の髪をして黒い着物を着た彼と出会い、誰よりも大切な友を守る為に立ち向って彼女は日常とは違うものを知ってしまった。

それを特異ではないと、異質ではないと言う事は出来ず、それ故に元柳斎の言葉に続く場所がどこか、織姫は理解してしまったのだ。

 

 

 

 

 

《おぬし等が住まう『 空座町 』じゃよ…… 》

 

 

 

 

 

嗚呼やはり、と。

やはりどうしようもなくそれは正しかったと。

織姫はその場に崩れそうになる自分をしかし必死に繋ぎとめて立っていた。

告げられた言葉、告げられた場所はどうしようもない真実。

藍染惣右介が王鍵創生を行い、魂と場所を用いて目的を達するのは自分の町なのだと、織姫は知ってしまった。

だがそれでも、それが成されたときどうなるのかという想像は彼女には出来ない。

そしてそれが出来ない彼女に代わり、元柳斎は酷と知りながらも彼女にそれを伝える。

 

 

「十万の魂魄、一霊里の重霊地、どちらも現実離れしとって上手く掴めまい。然らば噛み砕いて説明しよう…… もし、藍染が文献通りの術式を再現し、王鍵を創生した場合…… 空座町と、それに接する大地と人の全てが、世界から消え失せる(・・・・・・・・・・)

 

「そ…… んな…… 」

 

 

何もかもが消え失せる。

元柳斎の言葉は要約すればそれに尽きるもの。

もし王鍵が空座町で創生されれば人も、大地も何もかもが消えてなくなる。

そんな絶望的な事実に織姫はひとり俯く事しか出来なかった。

織姫にとって空座町は特別な場所。

生まれ育ち、兄と共に暮らし大切な友達や大切な人が沢山住む町。

全てが良い思い出ばかりではないけれど、それでも楽しい事も悲しい事もその全てが詰まった大切な町が空座町なのだ。

それが無くなる、消えてなくなる。

まだ若い彼女にそんな未来を受け入れる事など出来る筈もない。

 

 

「手立ては…… それを止める手立ては何も……何も無いんですか……?」

 

 

声が震えていた。

あまりの恐怖に、失ってしまうものの大きさと尊さに。

何も無いのかと、少なくとも織姫には何も手立ても思いつかず、無力さを感じながらもしかし目の前に映る人物は別であって欲しいと。

どこか縋るような思いで織姫は元柳斎に問うたのだ、何か無いのかと、何か出来ないのかと。

だが織姫は顔を上げてそれを言う事はできなかった。

もし言葉を発した直後に元柳斎の顔が僅かでも曇ったら、それを考えると彼女は怖くて仕方が無かった。

手立てが何も無いと言われるよりももっと、悲しみが浮かぶ目は見たくなかったのだ。

 

冷たくなった手を知らず強く握る織姫、怖い、逃げ出したい、何も聞かず耳を塞いで。

そう思いながらも彼女は逃げなかった。

きっと逃げたら何もかもが悪いほうに転んでしまうと、そんな気がしたから。

背を向けることは容易く、立ち向かう事は困難ではある。

 

しかし、彼女が知る大切な人はいつも立ち向う事を選択していた。

どれだけ傷ついても倒れても、その瞳は濁らずただ前だけを見ていた。

そんな彼が誇らしくて、傍にいたくて、自分もそうなれたら良いと、だから逃げないと彼女は彼女の魂に誓いを立てたのだ。

不安と恐怖、それらと戦いながら立つ織姫、そんな彼女に元柳斎は力強い声でこう答えた。

 

 

 

無くとも止める(・・・・・・・)。 その為の護廷十三隊じゃ》

 

 

 

上げた視線の先の老人はやはり力強く威厳に溢れ、しかしその目は優しかった。

その心強さ、自身の不安を和らげるに充分な大きさと優しさ、織姫はそれが見えた気がして。

彼女は、胸の奥底から何か暖かいものが溢れるような、そんな感覚を感じていた。

 

 

《……時間は僅かじゃがある。 (くろつち)の報告によれば魄内封印から解かれた崩玉は強い睡眠状態にあり、完全覚醒までは少なくとも四ヶ月はかかる、ということじゃ。崩玉が覚醒せねば藍染も手駒をこれ以上揃えられぬ、彼奴が動くのはそれからとなるじゃろう》

 

 

力の篭った声、強い意思の乗った言葉。

そのどれもが信ずるにたるものであり、一つ一つが織姫に小さな勇気を与える。

力強い元柳斎の声がまるで彼女の不安を打払ってくれているかのように。

 

 

《決戦は冬! それまで各々力を磨き、戦仕度を整えよ》

 

 

一度、手に持った杖で床を突く元柳斎。

カンという小気味良い音が響き、一つの区切りがつく。

冬、それまでにどれだけの力を付けられるか、それが全てであると。

足りなければ残るのは敗北であり、敗北はあってはならない。

必ずや打ち勝ち魂の調節者としての死神の責務を果たして見せろ、元柳斎はそう言っているのだろう。

元柳斎の言葉に冬獅郎と乱菊は、おそらく尸魂界では自分達と同じ隊長格は既に力を磨いているだろう事を思い、気を引き締めている様子だった。

 

 

「……そして井上 織姫 」

 

 

冬獅郎たちへと檄を飛ばした元柳斎は、再び視線を織姫へと戻す。

名を呼ばれてほんの少し身を縮める織姫であったが、元柳斎の目は優し気であった。

 

 

《藍染が狙うのは現世じゃ、故に現世側の力添え、頼りにしている、と。 ……そう、黒崎 一護に伝えてくれるかの? 》

 

 

長く白い眉毛とそれ以上に長い髭。

それらに隠された顔に刻まれた皺と傷。

厳しさを感じさせる老人の顔は、しかし織姫には優しく微笑んでいるように見えた。

それは彼女への気遣いであると同時に、嘘偽りない自身の内側を元柳斎が織姫に見せた瞬間。

頼りにしていると、それが心からの言葉であると織姫に教えるために元柳斎がつくった隙間だった。

それを感じ取り、織姫は一瞬立ち尽くすが一度瞳を閉じ、深呼吸をしたあと元柳斎の目を真正面から見て「はい!」と強く返事を返した。

 

真なる藍染の目的、明かされたそれは尸魂界での動乱とは比べ物にならない命を脅かすもの。

 

故に止める、それが彼等の信念だから。

 

故に護る、それが彼等の矜持だから。

 

 

決戦は冬、それまでの僅かな時に欠片の後悔も残さぬよう、彼らは今走り出したのだった……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それは音も無く弾け周囲へと飛散した。

 

見える影はそのどれもが本来あるべき形から何かが失われ、奇形を晒す。

残された形から判断してそれは元は人型であったと推測され、 事如くが破壊しつくされたそれは一瞬の間を置いて全てが砂漠に崩れ落ちた。

奇形を晒した人型も森、崩れ去ったそれらは僅かな砂埃を立てるに留まり後には何も残らない。

そして奇形の森があった場所に残ったのは一人だった。

 

月の燐光を受け淡く輝く金髪と、苛烈さを秘めた紅い瞳の男。

手に武器は無くただただ硬く握られた拳だけに禍々しさを宿すかのような男が、先の光景を作り出した張本人。

フェルナンド・アルディエンデ、一時は虚夜宮(ラス・ノーチェス)が最高位『十刃(エスパーダ)』にまで上り詰めしかし、今は虚夜宮の辺境外縁部にて十刃落ち(プリバロン・エスパーダ)にまで落ちた彼。

傍から見れば十刃落ちとは須らく力に淘汰された過去の遺物でしかなく、栄光の座から転落した哀れな者達に見えるだろう。

だがフェルナンドにしてみれば元々欲しいと思って得た訳ではない十刃という称号、それが無くなったからといって別段困る訳でもなく、どちらかと言えば厄介なものがなくなったといった程度。

そもそも階級に意味を見出していないフェルナンドにとってすれば、十刃だろうが数字持ち(ヌメロス)だろうが十刃落ちだろうが何も変わりはしない。

 

皆等しく、同じ化物であるというだけの話なのだ。

 

 

「……(やわ)い」

 

 

砂漠に立つフェルナンドはふとそんな言葉を呟いた。

軟い、軟らかいとそう呟いたフェルナンド、それが何を指しているのか見当はつかないが、どうにも不満げな様子だけは見て取れ得る。

硬く握られた拳で先ほどまで立っていたもの達を歪な奇形へと変化させた彼、おそらく戦いにすらなっていなかったであろうその行為の後に呟かれた言葉が何を指すのか、その答えはすぐに判明した。

 

 

「おう、もう少しマシなの出せねぇのかよ、番人」

 

 

片足で軽く砂漠を踏みつけるようにして声を上げるフェルナンド。

見た目上彼だけしかいない砂漠で大きく声を上げる様は異様ではあるがそれも仕方が無く。

何よりこの砂漠で今、彼は一人ではない(・・・・・・)のだ。

 

 

「そう言われましても…… 破面No.106(アランカル・シエントセスタ)殿が望まれている硬さは、わしの限界を超えております…… 」

 

 

響いた声と同時に辺りに劇的な変化が起こる。

フェルナンドの前当たり、盛上った砂丘の一つが更なる隆起を見せたのだ。

ぐんぐんと伸びる砂丘、そしていつしか砂丘は巨大な壁のようになりよく見ればそれは壁ですらなく、王冠を被った翁の面のような外見の砂の巨人、その上半身に変化していた。

彼の名はルヌガンガ、虚夜宮の周りに広がる砂漠を守護する白砂の番人である。

その身体は全て砂で出来ており、斬られても突かれても死ぬ事はない。

そういった意味では大虚(メノス)時代のフェルナンドに性質は近く、しかし彼の方が長い年月を経ているのか人格は年齢を重ねているように思えた。

 

そう、先ほどフェルナンドが全てを歪に変形させまたは欠落を生じさせた人型は全て、ルヌガンガが自らの砂で作った人形。

フェルナンドが軟いといったのは、その人形の強度の事だったのだ。

 

 

「無理でもやれ。 今のじゃ良くて数字持ちだ、せめてウチの減らず口ばかり叩く子分位の強度は持たせろ。それ位でなきゃ態々テメェに木偶を作らせる意味が無ぇ。こっちも一々アレを捕まえるのは面倒で適わないんでな…… 」

 

「(無茶を言う御仁だ……) はぁ…… 承知しました…… 」

 

 

フェルナンドの有無を言わさぬ返答、それに辟易とした様子ながらも従うルヌガンガ。

彼の巨体が沈むと同時に砂漠から浮き上がるのは六尺程度の人型、先程よりも数が減っておりその分込められた霊圧が増えているのか、ルヌガンガがフェルナンドの無理難題に応えようとしているのが伺えた。

だが何故このような状況が展開されているのか。

フェルナンドに無理矢理相手をさせられているルヌガンガは、本来虚夜宮に近づく者を退ける任を帯びた大虚だ。

無論その全てをという訳ではないが彼の任務は守護にあり、こうしてフェルナンドの相手をする事ではない。

無い筈なのだが現実としてそれは繰り広げられている。

その理由は要点だけを言ってしまえば彼、ルヌガンガが貧乏くじを引いたという事に他ならない。

 

 

 

 

 

虚夜宮外縁部、通称『3桁の巣(トレス・シフラス)』に足を踏み入れたフェルナンド等を迎えたのは、彼よりも一足先に十刃落ちとなっていたドルドーニだった。

彼は3桁の巣の入り口でフェルナンド等を迎えると、彼に新たな番号や3桁の巣での基本的な任務を告げる。

だがその様子はひどく疲れており、見れば髭の所々が切り落とされているのが目に付く。

しかしフェルナンドがそんな様子に気を使うはずも無く、当然のようにその惨状を無視されたドルドーニは一人肩を落とすのだった。

 

フェルナンドに与えられた新たな番号は破面No.106。

偶然なのかそれとも意地の悪い創造主による意図的なものか、フェルナンドが好敵手と定めた男と同じ“ 6 ”という数字を背負う事となった彼。

だが別段それを意識している様子もなく、フェルナンドはただ黙ってドルドーニの言葉を聞いていた。

そしてドルドーニもそれに拘りを見せるでもなく淡々と任務についても説明する。

3桁の巣における十刃落ちの任務は難しくも無く外敵の排除、それに尽きると。

だがそれは明確に区分けされている場所を護るのではなく、” 見つけたら殺せ ”という程度の端的で簡潔なものなのだという。

元々強奪決闘に敗れるなどして十刃落ちとなった彼等、その戦力は既に必要とされてはおらず、それを末端でも運用できればそれでいいといった程度の認識が全てであり、責任の所在を明確にするかのように区分けする必要は無いと考えられていた。

そんなぞんざいな扱いを受けながらしかし彼らとて元は十刃、そんな命令もこなせてしまう実力がなまじある為に命令は緩いままなのだろう。

 

要はお前達の好きにしろ、という事なのだ。

 

 

「成程、好きにしていい……かよ。ならそうさせてもらうか…… おいオッサン、どこかこの辺で動ける広い場所は無ぇか?」

 

「オッサ!? 少年(ニーニョ)といい我が弟子(アプレンディス)といい、年長者はもう少し敬ってもバチは当たらんと吾輩思うのだがね…… あぁ、広い場所だったかい? なら外の砂漠がいいだろう、ここからなら直だよ」

 

「そういえばそうだな、此処は追いやられた端だったか。 ……まぁいい、おいサラマ、ちょっと付き合え」

 

「えぇ!? 」

 

 

ドルドーニの説明を一頻り聞き終えたフェルナンド。

十刃のときほど五月蝿く言われないと判っただけで充分だと言いたげな彼、動ける場所はないかと問うた。

その言葉にフェルナンドの後ろで若干嫌な予感を感じるサラマだったが、話は彼を介さずに進み結果、フェルナンドのお呼びが掛かってしまう。

 

 

「随分と隠す心算もなく嫌だって声だしやがるな…… 不満でもあるのかよ 」

 

「いやいや、不満というかなんと言うか…… ニイサンどうせ外で組み手の一つでもして身体動かしたいとか考えてんでしょう?残念ですがお断りです。 そりゃ偶には付き合ってもいいですが、なにせこっちは誰かのせいで身体がまだガタガタなんですよ。それにニイサンのアレは組み手なんて生易しいもんじゃないでしょうが。俺が毎回どんだけ必死に生き残ろうとしてるか知らないでしょう?」

 

 

やや睨みつけるようにしてサラマを振り返ったフェルナンド。

その目にはありありと、文句あんのかという意思が乗っていた。

サラマはその目を見て内心で、ほら、やっぱり、と思いながらも嫌だという意思だけははっきりと告げる。

フェルナンドにしてみれば組み手であるそれは、サラマからすればそんな生易しいものでは済まされないと。

組み手だからといってフェルナンドが手を抜いてくれる、などという甘い考えは当に捨てたサラマ、迫る拳も蹴りも怖ろしい威力で彼に迫り必死で避けるのがフェルナンドの言う組み手なのだ。

“生きた者勝ち”を信条とするサラマからすれば、自分からそれに飛び込むのは割りに合わなさ過ぎるのだろう。

 

 

「テメェの身体がガタガタなのはテメェのせいだろうが、それに手加減やら寸止めは意味なんて無ぇに決まってんだろう。ついでにテメェだって攻撃してんだから相子ってもんだ、それに強くなれるんだから儲けもんだろうが」

 

「攻めなきゃ自分の命が危ういんだ、当然の反応だと思いますがねぇ…… まぁどっちにしろ強くなるのに毎回死ぬ思いしなきゃならないなら、俺は他に方法を探そうって考えるクチなんでね。それに俺と戦ったってニイサンに意味があるとは思えませんよ」

 

「意味は無ぇかもしれねぇが、まぁ殴るには丁度いい(・・・・)……違うか?」

 

「ケッケケ。 また身も蓋もない言い方を…… 」

 

 

フェルナンドのいう事も理解は出来る。

手加減、手を抜いて、そんな戦いで力がつくとは思えずそれは何処までも力ある者の自己満足の世界。

相手に合わせて自分の力を落とす事にそう意味は無く、理由も無しにそんな事をし続ければそれは手痛い癖となるだろう。

だがサラマのいう事も一理あるのは確か。

それは彼の心情に由来する部分が大きい事ではあるが、死ぬ思いまでして力を得ようと彼が考えていない時点でフェルナンドの組み手はその考えに反する。

何も強くなる方法は命を賭けるだけではないと考えるサラマ、破面という命を搾取する側にありながら命を価値あるものとして考える彼らしい思考。

そして何より自分より強いフェルナンドが自分と戦う意味が無いだろうと言うサラマに、フェルナンドはなんとも身も蓋もない答えを返した。

 

だがそれはただ殴りたいという訳ではない。

フェルナンドとてそこまで横暴ではないのだ。

丁度いい、彼はそういった。

それは呼んで字の如く丁度いいのであって断じて誰でもいい(・・・・・)という意味ではないのだ。

直接的に言わないのは実に彼らしくはあるが、少なくともそれだけフェルナンドはサラマを評価している、という事なのだろう。

 

しかし、評価してもらっているからといって、ではしょうがないと殴られるほどサラマという男は素直でもないのだが。

 

 

「とにかく此処は逃げた方が良さそう、ってとこですねぇ」

 

「逃がす・・・とでも思ってんのか? 」

 

「ま、逃がしてもらう(・・・)んじゃなくて、俺が逃げ遂せる(・・・)ってのが正しい表現ではありますが……ねぇ」

 

「ハッ! 減らず口叩きやがる…… 」

 

 

サラマはあくまでいつもの飄々とした雰囲気で、フェルナンドはそれすらどこか楽しんでいるかのように挑発的に。

両者共に自分の考えを譲る心算など無い二人は確かに似通ってはいるが、ことこういう場合においては問題ではある。

どちらも身構えはしない、そこまでの大事でもなくしかし相手の一挙手一投足には注意を向けていた。

なんとも馬鹿馬鹿しくはあるがそれでも場の空気は僅か張り詰める。

 

 

「まぁまぁ少年、あまりお供の者を苛めるものではないよ。そんなに組み手やらがしたいのならば吾輩がうってつけの人物を紹介しようじゃないか。何せ彼ならいくら君が殴ろうが蹴ろうが死ぬ事は無い(・・・・・・)だろうからね」

 

 

そんな二人を見かねたのか、或いはさっさとこの場を離れて髭の修繕に取り掛かりたいのか。

ドルドーニは戦いたいフェルナンドとそんなものは御免だというサラマ両方への解決策を提示して見せた。

曰くフェルナンドがいくら殴ろうともそして蹴ろうとも死なない相手、まるで不死であるとでもいいたげな言葉はフェルナンドの興味を引くには充分であった。

 

 

「そいつは笑える冗談だな、オッサン…… 」

 

「冗談でもなんでもないよ少年。 いくら君の拳が全てを壊し、粉々に出来たとしても彼は死なないだろうさ。会ってみる価値はそれなりにあると思うがね。 ……まぁ、どちらにせよ君のお供は今の隙に逃げ遂せた様だけれどねぇ」

 

「チッ! 誰のせいだと思ってんだ…… 」

 

 

いくら君の拳が強く、全てを砕き、破壊し貫くものだとしても彼は死なない。

疑いの声を上げるフェルナンドにドルドーニはさも当然といった風にそう答えた。

自分の拳に絶対の自信を持つフェルナンドに対してその物言い、ドルドーニもそれだけ自分の言に自信があるという事なのだろう。

フェルナンドの意識がドルドーニの言葉に釣られ僅か彼へと向く。

それは仕方が無い事だったのかもしれない、ドルドーニの言葉を拡大解釈して捉えたとき、彼が言っている言葉はお前ではその相手を殺せず、勝つ事はできないと言われているも同じなのだから。

勿論ドルドーニにそんな意図はないし、フェルナンドも其処まで愚かではない。

だが、その僅かな意識の分散は隙と呼ぶには小さいものかもしれないがしかし、隙は隙だった。

 

フェルナンドの意識が僅か緩んだその瞬間、サラマはもうその場から撤退を開始していたのだ。

直にそれに気がついたフェルナンドだったがそれはほんの僅かに遅く、ただ逃げだけに徹するサラマを捉えるのは骨が折れる作業。

逃げる者と追う者、そこで最初に生まれた初動の差を易々とは埋められず、それはフェルナンドが”丁度いい”と評価した相手ならばきっと尚更の事だろう。

もっとも、そうして追う事もまた面白いかとも思うフェルナンドではあったが、今はドルドーニの言う相手の方に興味が割かれていた。

その点もサラマには味方したともいえるのだが。

 

 

「逃がしたのは何処までも少年の責任だろう?だが……中々面白そうなお供を連れているねぇ……」

 

「ハッ! 面白い……かよ。 あれが面白いで済むタマなら苦労はしねぇさ…… まぁいい、で? その死なねぇ相手ってのは何処にいる」

 

「砂漠だよ。 虚夜宮を取り巻く砂漠、そこを任された大虚。白砂の番人 ルヌガンガ。 彼は大虚だが存外理知的だからねぇ、吾輩らからの頼みならば受けてくれると思うよ」

 

「番人、ねぇ…… まぁどれ程のもんか、見るだけ見てみる……かよ」

 

 

 

 

 

 

そして場面は再び砂漠に立つフェルナンドへと戻る。

この状況が生まれた原因、それはサラマの逃走とドルドーニのお節介。

サラマは別としてドルドーニは良かれと思っての行動だったのだろうが、ルヌガンガの現状を見る限り大きなお世話に他ならないだろう。

全身が砂で出来たルヌガンガ、確かに殴れば弾け飛びはするが死ぬ事はないだろう。

こと肉弾戦においての不死性は高いと言え、フェルナンドがこうして今もルヌガンガを相手取っている事からもそれは立証されているといえる。

もっともそれはある一定の部分であって、決してフェルナンドが満足いくものとは違うのだが。

 

砂の人形、数を減らした事で強度を上げ、さらに操作性をも向上させたそれがフェルナンドに迫る。

砂から持ち上がったような人形は必ず砂漠と接し、どちらかの脚は必ず砂と同化してはいたが蹴りも打てる様子。

襲い来る砂の人形を迎え撃つフェルナンド。

人形の拳を避わしざまに懐に踏み込み右の拳を渾身の力をもって放つ一撃にて脇に突き刺して仕留め、また人形の顎を掌底で跳ね上げ、そのまま両手で頭を掴むと跳び上がり、膝を再び顎に叩き込む。

中段を狙った蹴りに人形が反応したのを感じれば、脚はそこから更に跳ね上がり上段から首筋に叩き落され、人形が亀のように防御を固めれば、防御する腕に拳を叩きつけ無理矢理に押し込み防御を下げると、空いた胸部に肘を叩き込む。

人形の悉くは次々とフェルナンドの攻撃でまたも見るも無残な形となり、対してフェルンドは息も乱さず時折嗤いながら砂の人形を破壊し尽くしていった。

 

最後の一体、再び拳を掻い潜り密着状態にまで持ち込んだフェルナンドは拳を人形の脇腹に添えるようにして構え、そして拳を添えてから一拍遅れて人形の上半身は爆散する。

弾け飛ぶようにして消えた人形の上半身、砂が先程よりも大きくそして広く辺りに飛び散る。

本気で打ち込んだのか或いは打ち方を変えたのか、いや、見ようによっては打ち込んですらいない(・・・・・・・・・・)様にも見えたその一撃、それすらも定かではないがニィと嗤うフェルナンドの顔は実に楽しそうであり、ルヌガンガには悪いがドルドーニの紹介はフェルナンドにとってある程度有意義なものといえたのだろう。

 

 

 

ただ思いのほか飛び散った砂は、こんなところまで飛んでくる筈もないと思っていた人物を見事直撃していた。

 

 

「ペッ! ペッ! おいおい…… 久しぶりに会った相手にいきなり砂ぶっかけるとか。どういう心算なんだ、お前さんは……」

 

「そんなとこに突っ立ってるテメェが悪いんだろう?まぁ軽い挨拶……ってやつだ 」

 

「成程、これはわざと……ってやつか。 いい性格してるな、相変わらず」

 

「避けられるのに避けなかった奴に言われたか無ぇが……な…… 」

 

「普通はそんな心配しないもんさ。まぁなんにせよ、だ…… 調子はどうだ?フェルナンド 」

 

「別に…… 良くも悪くも無ぇよ、スターク 」

 

 

 

 

 

 

 

炎と狼

 

語らいは月光

 

 

髑髏の仮面

 

覆いしモノを

 

曝け出せ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




主人公が関わっていない部分の大筋は変わりません。
しかし、今後主人公が居る事で、ちょっとした変化もあったりなかったり。

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