BLEACH El fuego no se apaga. 作:更夜
その報が
どれもが鮮烈な形での交代劇となった前回の
前第7十刃 ゾマリ・ルルーを一握の灰すら残さず焼き尽くしたその様は、見る者を圧倒したと言っていいだろう。
再三の危機に見舞われながら、それをまるで苦も無く覆して魅せた彼。
その彼の姿は、多くの者達から見れば号を得た事への嫉みと羨みの対象でありながらも、ある種希望めいた姿でもあった。
だが、その彼が号を剥奪される。
罪状は多岐にわたり、彼に遠く及ばぬ一介の破面達から見れば、傍若無人なその振る舞いが招いた自業自得。
力ある者、その罰の裏を見抜いた者達からすれば、出来の悪い茶番劇に。
そして虎視眈々と十刃の座を狙い続ける者達からすれば、愚かな罪による号の剥奪は好機であった。
十刃の号が剥奪される。
それは即ち十しかない限られた至高の座が一つ、空位となるという事。
そして十刃の座に空きは許されない。
埋められねばならない空位、あってはならない空位、そしてそれを埋める事が出来るのは等しく力ある者である。
本来ならば強奪決闘以外での位の移動は、特例を除いた場合以外は無い。
だが今回こそその特例にあたり、そして戦って勝ち得るのではなく埋める事を目的としたそれは、自然と現在最も明確に示されている力の序列に依存する事となる。
そう、即ち
だがここで言う位階とは只単純に
言うなれば真なる数字持ちの位階、といった所か。
元来
曰く
前者は文字通り生まれた順番、数字が小さい者ほど早く破面化した古参であり、在位は長い。
後者は“力”、強奪決闘により自分より上の数字を冠する者を打ち破り殺し、その全てを奪い去って得た数字である。
だがここで、彼等破面が持つ号は矛盾を孕む。
数字が小さい者ほど強いのか、それともそれはただ早く生まれただけなのか。
数字が小さい事とその分力が強いという事は決してイコールではない、という事なのだ。
ただ早く生まれたから強く位階が上、などという事があるはずも無く。
言ってしまえばグリムジョー、ノイトラなどの例外を除きほぼ全ての破面に当て嵌まるのは、後期に生まれた者ほど性能は上だという事。
破面化技術の進歩、破面化する
では数字の小ささと力の強さを真に見分けるにはどうするべきか。
一つの答えとして上げられるのは、現在の数字の大きさと生まれた時期である。
数字が小さく生まれが古いのは当然の事、生まれが遅く数字が大きいのもまた当然の事。
では
数字の小ささは力の証明、そして生まれが遅いにも拘らずそれを得ているという事は即ち、その者が真に力を持って居る事の証明となるのではないか。
確かに数字が小さく古参の者が弱い、という訳ではないだろう。
挑まれその座を守る事もまた難しく、力を持つ者にしか出来ない事だ。
しかし、ただその座を
更に言えば地位と保身に固執し上を見なくなった者と、ただ己が力を信じて上を目指し続ける者のどちらが
答えは言うに及ばないだろう。
では真なる数字持ちの序列の一つの見方をそれと定義したとき、今現在誰が最も明確に力が上であるのか。
数字だけを見れば、先のグリムジョーの現世侵攻によって数字持ちの上位は軒並み失われており、最も数字が小さいのは
しかし彼は最初期型の破面、なにより破面化後に人間よりも大虚に近い外見をしている言わば出“来損ない”の類である。
それでも彼等が上位の号を得ていたのは単に生まれが早い事と、彼等以外の破面に見逃されていた、いや、相手にもされていなかった為であった。
彼が戦力として配置されている場所は虚夜宮の外、第22号地底路という辺境である事もまた、期待値の薄さとしては明白。
そんな彼の力が他の破面に劣る事もまた明白であり、彼を倒して号を得られるのは当然の事。
例え強奪決闘に措いて彼を倒しても、号を奪い取ったのだという力を証明するには至らず、そうして得た号を声高に叫ぶのは自らの愚かさ、滑稽さを吹聴するのと同じ事。
その様に見逃されている上位者がとてもではないが十刃たる資質があるとは思えず、それは同じく22号地底路に配置されている
では誰が今最も十刃の空位を埋めるに相応しいのか。
その答えとなる名は
後期型の破面、完全な人型として破面化した彼は驚くべき速さでその位階を上げ、前々回の強奪決闘では当時のNo.19 イドロ・エイリアスを圧倒的な力の差で下し、更に嬲る余裕すら見せて勝利していた。
数字としての序列、生まれの時期、そして何より短期間でここまで位階を上げた事、そのどれもが示すのは一つ。
「あれ~? キミまだこの宮殿に居たのぉ?ここはもう
小柄な背丈でなで肩、見ようによっては男性にも女性にも見える中性的な容姿。
男性ではあるのだろうが青年というよりは、寧ろ少年に分類されるような容姿の男が、開口一番彼等にそう言い放った。
人受けの良さそうなにこやかな笑顔、しかし発せられた言葉は存外辛辣であり、それが本来の彼の在り様なのだという事を伺わせる。
巨大な門をくぐった先、そこに広がる広大な広間の奥から今まさに彼へと向かって歩いてくる二人の人物に向けて語りかけられたその言葉は、まるで彼らこそその場に居る事が間違っている、と言わんばかりだった。
その二人を見やりながらやや長い袖口に隠れた手を口元に持っていく言葉の主。
にこやかな笑顔は趣を変え、まるで他者を見下し嘲うかのような笑みえと形を変えて、彼へと向かい来る二人へと言葉は向けられる。
そして言い放つのだ、充分に引き付け確実に聞こえる距離にまで近づいた彼等の一方に、明確な嘲りを込めて。
「あ、ゴメ~ン。 “最速”の十刃って
あくまで明るい口調で語られた言葉は、その端々に隠す心算も無い様な嘲りが浮かんでいた。
“最速”、それは今やただ早さを表す言葉ではなく侮蔑の類の言葉。
虚夜宮、そして十刃という存在が生まれ今日に至るまで多くの十刃が入れ替わり存在した中で、彼はもっとも速くその座を追われた。
故に最速、前任者であるゾマリ・ルルーの速力にちなんだそれは賞賛ではなく侮蔑でしかない。
しかし誰もが密やかに、決して本人の前で言う様な事はしないそれを言葉の主は易々と、そして盛大に言い放った。
彼こそがルピ・アンテノールであり、その侮蔑と皮肉を正面から向けられたのが元
「…… 」
向けられた侮蔑の視線、そして皮肉の言葉にフェルナンドは何の反応も示さなかった。
どちらかと言えば、彼の後ろに従うようにして歩いていた巨躯の男、サラマ・R・アルゴスの方が若干であるが眉を顰め、ルピに険のかかった視線を向けてはいたが、ただフェルナンドを嘲うルピがそれに気が付く事はない。
ルピからしてみれば今回の十刃就任は、あるべき位置に全てが収まったと言ったところ。
所詮ぽっと出の破面に十刃は務まらず、ゾマリという厄介な能力を持つ十刃が居なくなった事で開けた十刃への道は、やはり自分が歩む事を望んでいるのだとすら彼は考えていた。
ゾマリを倒した力は認めるがしかし、しかし十刃に相応しい者がどちらかなど比べるべくも無いものであると。
「なんだよ、ダンマリ? それともさ~、ぐうの音も出ないってやつ?アハハ。 ま、当然だよねぇ~ 調子に乗って現世に乗り込んで死神の一人も倒せないで連れ戻されるとかさぁ?マジで信じらんないよね~。 十刃を降ろされるのも当然だよ。ホント 」
彼の横を通り過ぎようとするフェルナンドを、ニヤついた笑みを浮かべて見やるルピ。
ルピからしてみればそれは楽しくて仕方が無い事なのだろう、自分の言葉に何の反応も示さないフェルナンドもその実内側では悔しさに顔を歪ませ、それを見せぬよう必死に無表情を装っていると。
それが事実かどうか分かりはしないのだが、少なくともそう思っているルピにとってフェルナンドの内心についてはそれが真実であり、その必死さはどうしようもなく彼の食指に触れ、嘲る思いを擽るのだろう。
ルピの横を通り過ぎ門をくぐるフェルナンドとサラマ。
その背中には第7宮に密やかにだが木霊する嘲笑が聞こえていた。
ルピ・アンテノールの笑い声が、力も地位も何もかもを手に入れた者の声がただ、背を向けるフェルナンド達に向けられていたのだった。
「何も言い返さなくて良かったんですかい? 」
第7宮を後にしたフェルナンドとサラマ。
十刃落ちとなったフェルナンドが向かうのは虚夜宮の外れ、虚夜宮の外周を囲む巨大で分厚い外壁内部にある一角である通称『
十刃落ちという言わば
一級の戦力としては既に不足であったとしても、足止め程度には使えるだろうという支配者の意思が見え隠れするその場所。
そこへと向かうフェルナンドに言葉をかけたのはサラマだった。
あの破面にああも好き放題言わせていてよかったのかと。
普段己が本当の感情を隠し遂せる事に長けるサラマですら、不快感を表に出すような物言いにフェルナンドがああも黙っているというのは、サラマからすれば驚くべき事ですらあったのだろう。
「何だ? ならあの場であのガキを殺せばよかった、とでも言う心算かよ」
「いや、そりゃ極端ですがね…… 普段のニイサンなら皮肉の十やら二十やらはポンポン出たんじゃないかな……と」
フェルナンドが何も言わなかった事に僅かに不満を見せるサラマに、フェルナンドは少々極端な答えで返す。
その答えもある意味彼らしい極端さではあったが、流石にサラマもそこまでを望んでいるわけでもなくしかし皮肉が出なかった事には納得はいっていない様子であった。
「別に俺が落ちてアイツが座った事に嘘は無ぇ。言いたい事があるなら言えばいいし、口でどうのこうのと言ってるなら放っておけばいいだろうが。
……それに 」
「……それに? 」
サラマの僅かな不満もフェルナンドには何処吹く風。
ルピが語る言葉に嘘は無いのだと、その内容に幾ら毒と嫌味が含まれていようがその本質は、彼が座を追われ代わりにルピがそれを得たということになんら変りも嘘も無いのだと。
言葉が幾ら鼻につくからといっても事実は事実であり、それに一々取り合うことも馬鹿な話。
何より元からそう拘りが無い場所を、追われたからといって悔しさなど浮かぼう筈も無いのだ。
言いたい者には言わせておけばいい、それで相手が満足するならば放っておけばいい、自分の矜持に、譲れぬ一線に触れない限りは。
だがフェルナンドの言葉には続きがあった。
それを促すように聞き返すサラマに、フェルナンドは何ともつまらなそうな声でこう答えた。
「あのガキには
「あぁ、そういうことですかい」
その答えにサラマは、フルフルと頭を振りながら納得してみせた。
言葉を聞いたサラマからしてみれば、途端に先ほどのルピが哀れとすら思えてしまう。
あの言葉、蔑み優位を確信して放たれた侮蔑も皮肉も全て届いてすらいなかったのだと。
そう、フェルナンドにとっての絶対的基準。
彼の物差しは全てにおいて戦う事によって構成されている。
戦いの先にこそ求めるものがあると信じるフェルナンドにとって、それは非常に敏感な感覚。
ただ戦いの気配を察するのではない、敵の強さを察するだけではなくその戦いが自分にとって如何に意味があるものかを、命削る戦いとなりその先にあるものに手が届くかもしれない可能性を秘めているかを察する感覚。
直感、所詮根拠も何も無い感覚ではあるがしかし、それを重要視するフェルナンドにとってルピは取り合うに値しないのだろう。
何故なのかは彼にしか判らない。
しかしフェルナンドにとって今のルピはその程度の存在でしかなく、それが如何に囀ったとて届かない事は明白だったのだろう。
故に彼はルピの言葉になんら反応を示さなかった、言ってしまえば
「それより…… テメェは何処まで付いて来る心算だ?」
言うべき事は言い終ったフェルナンド。
しかしそれとは別にもう一つ問題があった。
それは今だ彼の後ろを付いて来る無視するには少々大きすぎる体躯の男。
言わずともかなサラマ・R・アルゴスである。
先日の殴り合いを経たとてフェルナンドの考えに微塵の揺らぎなど無く、サラマの言葉は届かないだろう。
そして十刃ですらない自分を藍染が監視する必要性も彼には見出せず、首輪としての役目も無いサラマが彼の後を付いて来る必要はもう何処にも無い。
故のフェルナンドの言葉だったが、それを聞くなりサラマは小さく笑った。
「ケケ。 何を今更…… 俺はニイサンの“子分”なもんでね。
「ハッ! よくよく吼えやがる…… 確かに口
「ケケ、
従属官ではなく子分。
サラマは何も号に仕えた訳ではないと、フェルナンド・アルディエンデという男に自分は仕えているのだと。
自分が居なければ何処でなりとも敵しか作れない様なこの男を放り出すのは、この男の死期を近づけるも同じ事。
彼が求めるものを最早サラマは否定しない。
しかし、求めるだけで終わる事はきっと彼には許容できないのだろう。
求め、その先をフェルナンドが歩む事を、その姿を彼は何処かで望んでいるのだ。
今は“死にたがり”でも何時かは“生きたがり”にこの男がなれるように、出来る事はきっと少ないがしかし、自分が居ないよりはきっと幾分かはマシだろうと。
そんなサラマの言葉。
内心を浮かばせる事は少ない彼の言葉。
それを背に受けたフェルナンドは、振り返る事無く笑うとただ一言だけ呟く。
「ハッ! なら……勝手にな、
その言葉にサラマは一瞬呆けたような顔をしたが、直に軽く指で頬を掻くと俯き加減で、僅かに気恥ずかしそうに笑うのだった。
――――――――――
視線を上に向ければ空は澄み渡り青く、雲はゆっくりと流れている。
そしてそれは虚夜宮の天蓋に映される偽りの空ではなく、文字通り何処までも抜ける青い空。
上へと向けた視線を下ろせば、白と黒しかない
その極彩の世界が一角、
空座第一高等学校指定の制服に身を包む彼は非常に小柄で、言ってしまえば高校生というよりも中学生、見ようによっては小学生でも通ってしまうほど小柄であった。
しかしその容姿はただの少年と片付けるには些か異彩を放ち、何より日の光を浴びた銀色の髪が見る者の目を引くのは言うまでもないことだろう。
そして幼さの残る容姿とは裏腹に眉間に刻まれた深い皺と、強い意思と理性の宿る翡翠色の瞳は彼の精神が成熟を見せている事を感じさせる。
そう、彼は只の高校生でもまして現世の一人間でもない。
彼の名は
高校の校舎、その屋上の縁に腰掛けながら手に持った一見携帯電話のような死神の通信機、
唯一人で何か言葉を発するわけでもなく、ただ手元からピッピッという操作音だけが響く屋上。
指を動かし、時折何か思案しながらまた指を動かすを繰り返す冬獅郎。
その顔は真剣そのもので、それだけに誰も居ない筈の屋上の空気はどこか張り詰めたようだった。
「だ~~~れだっ!? 」
だがそんな空気などお構い無しに一人の人物が現われる。
その人物、声からして女性であるその人物は現われると同時に冬獅郎を後ろから目隠しし、更にはその豊満すぎる胸で冬獅郎の頭を挟み込むという荒業をやってのけた。
「……なに遊んでんだ、松本ッ ……」
そんな男ならば十中八九羨むような状況の中、冬獅郎は肩を震わせこめかみに青筋を浮かべながら若干の怒りと呆れを声に乗せ、彼を目隠しした人物に話しかける。
普通ならばこのような状況に陥れば動揺の一つもしそうなものだがそれが見られない辺り、こんな事は彼にとって既に日常に近く、それでも諦めではなく僅かでも怒りが浮かぶのは彼の真面目が原因なのだろう。
「 すごい隊長、一発正解じゃないですか!さっすが~! 」
だがそんな冬獅郎の浮かべた怒りすら意に介ないのか、どこかふざけた風で一発で自分を言い当てた冬獅郎を褒めるのは『
その姿は一言で言えば色香漂う大人の女性、大きな瞳に厚めの唇、口元にはホクロがありウェーブのかかった長い金髪が風に僅か靡く。
豊満な胸にすらりと伸びた手足、角が無く流線的で皇かな身体を冬獅郎と同じように空座第一高校の制服に押し込んでいる姿は一部の者からすれば凶器ですらあるだろう。
だが彼女もまた人間ではなく死神であり、その役職は護廷十三隊十番隊副隊長、要するに冬獅郎の副官なのだ。
「何してたんですか隊長~。 駄目ですよ?
「報告書だッ! 」
ややお茶目が過ぎる副隊長、乱菊の言葉に冬獅郎は声を強めてそれを否定する。
乱菊が現われて後、冬獅郎の眉間の皺がまた一段深くなったのは、常日頃からこういうやり取りが続いているからなのか。
有能で生真面目な天才児と、常に仕事をサボる理由を探しているかのような副隊長。
一見明らかに馬が合わず、正反対のような二人であるが今日まで隊長副隊長として隊を率いそれが機能しているあたり、ある種正反対過ぎで逆に上手くいっているのかもしれない。
「報告書? だったらこんな感じですか?
報告書と聞いて先日の破面現世侵攻とその撃退についてだと悟った乱菊は、どこか軽口のようにそう口にした。
一度目の破面侵攻の後、再びの破面侵攻に備えて尸魂界より送り込まれた一団こそ冬獅郎を筆頭とする死神達であり、先遣隊として空座町を守護するため先日破面達を激闘の末、五体屠った彼等。
その報告として乱菊が言ったのが、破面との戦闘は限定解除のおかげで楽に勝つことが出来た、という事。
“ 限定解除 ”
尸魂界を守護する護廷十三隊、その中でも隊を預かる隊長そして副隊長達は、皆一般の死神とは比較にならない程の霊圧を誇る。
しかしそれは転じて害を成す事もあるのだ。
特に尸魂界ではなく現世、そういった強力な霊圧への耐性がまったくない魂魄、
故に隊長格の死神は現世に赴く際霊圧を極端に制限される。
その制限率、実に本来の“五分の一”。
それを解放する事で彼らは破面を撃退することに成功したのだった。
以上の経緯を持って乱菊は楽に敵を、破面を撃退できたと言ったのだが、冬獅郎の考えは違っていた。
「……違う。 連中は
苦々しい思いで発せられた言葉はしかし何より真実なのだろう。
真実であるが故に冬獅郎の表情は何時も以上に険しい。
そう、限定解除をしたから楽勝だったのではないと、限定解除をしなければ勝つ事すら出来なかったと、それこそが真実であると冬獅郎は言うのだ。
乱菊の表情も僅かに曇る、彼女とてそんな事はわかっているのだ。
自分と比べればまだ年端も行かぬといった部類の若い隊長、しかしその若さを頑なに押し殺し懸命に隊長として自分を律し続ける少年の姿。
若さに甘える事を自ら封じるような目の前の少年は、一見して強く見えるがその実どこか張り詰めているようにも見え、その張り詰めた空気は周りにも伝播する。
それは隊に過ぎる程のものであり、彼と同じように隊を預かる身として見過ごす訳には行かないもの。
しかし頑なで、そして必死に隊長たらんと自らを律する少年の姿を知るだけに、乱菊はこうして時に自ら道化を演じるのだ。
少年の張り詰めたものが、ほんの少しでも緩まってくれれば良いと。
そしてそれ以上に彼女は事実を認識した上でああ言ったのだ。
道化を演じたときの自分ではなく、副隊長として、何より松本乱菊という一死神として賭けた一縷の望み。
もしかすれば、本当にもしかすればこの隊長がそうだと、楽勝だったのだと言ってくれさえすれば自分は進んでいけるから、と。
如何に普段ふざけた態度をとっていたとしても彼女とて副隊長、敵の力を見誤るほど愚かではない。
それでも現実から僅かでも目を逸らしたくなる現実が彼女の、彼女等の前には横たわりしかし、彼女の信じる日番谷冬獅郎という隊長がそうだと言ってくれるなら、自分は信じられるからと。
「それに本当にヤバイ奴等は他に居る…… 黒崎が戦った
言葉を続ける冬獅郎の表情は依然険しいまま。
冬獅郎達が直接対した訳ではないが、後に集めた情報によれば彼等死神の中でも最上位の実力を誇る死神代行黒崎一護は、破面の中の最上位、十刃と呼ばれる破面と相対したという。
そして殆ど成すすべなくあしらわれた、と言うのだ。
更にその後、協力者という位置付けである浦原喜助によって、四楓院 夜一が破面と戦闘を行った事実も彼らには知らされていた。
そこで一度言葉を止めた冬獅郎、その先を語ればおそらく乱菊に辛い思いをさせるかもしれないという思いが彼に浮かんだが、それでも言わねばならないと、私人としての感情を公人たる今挟む事は出来ないと続けた彼の言葉に出てきたのは、尸魂界を裏切った一人の死神の名。
冬獅郎の副官である乱菊とは浅からぬ仲であった市丸ギンの名、その市丸の言葉によればその破面もまた十刃であると。
夜一も全力ではないとは言え尸魂界で有数の実力者である事は事実、彼ら十刃を止める為だけに市丸、東仙の両名が現世に現われるという事を考えれば敵のレベルは自然と推し量れるというものだろう。
そしてもしそれら全ての破面を倒したとしてもその上には裏切りの死神、東仙要と市丸 ギン、そして破面を組織し多くの死神を裏切り殺した大罪人藍染 惣右介が居る。
未だその全ては掴めずとも顕となりつつある敵の戦力、そして自分達との戦力差。
先に待つ戦いは容易で無いという事は想像に難くなく、しかし彼らは戦わねばならない。
それを理解しているが故に、冬獅郎はこう口にするのだ。
「松本。 お前も判ってると思うが一応言っておくぞ。 ……この先、
「ハイ……! 」
冬獅郎の言葉に静かにだがしかし力強く答える乱菊。
重く圧し掛かるのは言葉と責任の重さ、それでもそれに潰される事なく彼らは立たねばならないのだ、護る為の戦場に。
味わった苦々しい思いと知ってしまった事実。
しかし彼等に撤退は無い。
何故なら彼らは護る為に今この場に居るのだから。
全ての霊なる者を、世界の均衡を、そして命の営みを。
その為に彼らは踏み込むのだ。
そこが死地だと判っていても。
彼等が、死神であるが故に。
――――――――――
(わかってる…… ダメなんだ、このままじゃ……)
太陽はもう直空の一番高い場所にさしかかろうとする中、一護は一人ある場所に立っていた。
眼を閉じ、何時も以上に深い皺を眉間に刻む一護。
そこは初めて空座町に破面が襲来した場所、大地を抉った痕が生々しく残るその場所は、一護がもう一人の自分に負けた場所でもあった。
“ 内なる虚 ”
彼が彼自身の中に巣食うもう一人の自分が、そう呼ばれるものだと知ったのはつい最近の事。
一護が自らの内側に虚を抱えることになった原因は正確には誰にもわからない。
後天的な問題か、或いは先天的な要因に起因する問題なのか。
先天的な部分を一護が知れるはずも無く、しかし後天的な部分に関しては一護にもある程度予想は付いていた
一護は一度死神としての力を失いかけ、それを取り戻す過程で自らの魂魄が整としての魂魄から、虚への変容を体験していたのだ。
結果としてそれは寸前で事無きを得、一護は死神の力を取り戻しはしたが、その後彼の一側には彼の知らないもう一人の自分が芽生えていた。
そのもう一人の自分は一護が力を付けるのと同じように成長し、そしてそれ以上の悪意を持って彼の中に巣食い続ける。
まるで自分こそが真にこの身体の所有者であると言うように、一護の顔を虚の仮面で覆い隠し押し込めるように、一護を嘲いながら日に日に大きくなり続けていったのだ。
日々大きくなりそして自分を押し退けようとするもう一人の自分。
幾ら多くの戦いを経験したといっても、内側に救う悪意に一抹の不安を感じていた一護。
そんな一護の前に現れたのが、彼と同じように虚の仮面を携えた男、
“
自らをそう呼んだ平子は自分が一護と同類だと彼に告げる。
自らの内側に虚を抱える者、それは既に人ではなくそして死神ですらないと、そしてお前は“そちら側”に居るべきでないと告げる平子を一護は否定した。
自分は死神だ。
そう言って否定する一護に、しかし平子の言葉の多くは深く突き刺さる。
― オマエはいずれ必ず内なる虚に呑まれて正気を失う ―
― そうなればオマエの力は全てを壊す、仲間も未来もオマエ自身も全て巻き込んで粉々に ―
― 本当はもう気付いているんだろう? オマエの内なる虚が、もう手がつけられないほど
それでも、その言葉を振り払うように否定する一護。
違う、違うと、そんな事にはならない、自分は誰も傷つけない、傷つけてたまるものかと。
しかし現実は非情に彼に襲い掛かる。
破面の現世侵攻。
現われたたった二体の破面、そのうちの一体に一護の仲間は悉く傷つけられる。
駆けつけた一護は戦いに身を投じ、そして敗北したのだ。
それがこの場所、破面にいいように殴打され血にまみれ、そして何より内なる虚に敗北した場所。
戦いの最中、一護を蝕まんとして現われた内なる虚。
それを必死に押さえ込もうとした一護であったが、自分を拒否する一護を嘲うように内なる虚は戦う一護の思考を、身体を、そして霊圧を掻き毟り乱したのだ。
その後に残ったのは傷ついた自分、そして傷ついた仲間の姿。
自分のそれよりも一護にとって辛かったのは仲間の姿と、そして腹の底に重く残る護れなかったという思いだった。
内なる虚にいいように乱され、満足に戦うことも出来ず、内なる虚を抑えることすら出来ずに仲間を危険に晒した。
このまま内なる虚を、もう一人の自分を抑える事が出来ずに自分は消えていくのだろうか、そして消え去った自分の身体は大切な者を悉く傷つけるのだろうか。
自分がもっと強ければ、そして自分はなんと弱いのだろうと思う一護。
抗う事も叶わず、抗う手段すらなく、ただ精神を徐々に侵食され続ける日々。
聞こえる笑い声は日に日に大きくなり迫り続ける。
遠くから響くようだったそれは次第大きくなり、何時の日か声の主は自分の肩に手を掛けるのだろうかと。
そうなった時、自分はどうなってしまうのだろうと。
一護の中に芽生える不安。
自分が消えてしまう事よりも、その後に誰かを傷つけてしまう事への不安。
護る事が出来ない事への恐怖。
その後、
しかしそれは根本的な解決にはなんら至らず、内なる虚は巨きくなり続ける。
死神になればなるほど、卍解をすればするほど、そして戦えば戦うほど巨きくなる内なる虚。
だが襲い来る敵を前に戦うこと以外護る術を持たない一護に選択肢など無い。
そして戦いに終わりはないのだ。
二度目の破面現世侵攻。
それも今度ははじめからこちら側を皆殺しようとする敵の襲来。
今度こそ護る為にと戦場へと向かった一護に、再び現実が牙を剥く。
現われたのは前回とは違う二体の破面。
水浅葱色の髪をした破面 グリムジョーともう一人は金髪紅眼の破面。
一護が感じた率直な感想は一言、“化物”だった。
放つ霊圧、殺気、気迫、そのどれもが明らかに異常。
なまじ人間と同じ外見をしているだけにそれは顕著で、それだけに怖ろしく、身が竦む。
だがそれでもと前に出た一護に突きつけられたのは、純粋な実力差であった。
刃が、彼の斬魄刀である斬月の刃が幾ら振り下ろされようとも、敵である破面グリムジョーの肌に一筋の傷も付くことはなかったのだ。
幾ら強く踏み込もうとも、どれだけ鋭く振り下ろそうとも、まるで意味を成さない敵。
突きつけられた圧倒的な差、敵が零す落胆の言葉、どれもが重く圧し掛かる現実。
内なる虚を気にしながらも行った卍解も然したる意味を成さず、それでも放った技『
そして卍解し、技を使ったことで活発に蠢くもう一人の自分。
狂ったような声が耳に、頭の奥底から頭蓋に響くように届き神経を逆撫でる。
だがそれでも、護るために戦わねばならないと。
幾ら自分が傷ついても良い、仲間が傷つくよりは何倍もマシだし自分には力があると。
誰かを護れる力があるのにそれを使わず、ただ見過ごす事だけはしたくないと。
全てを救えずとも、手の届く人達だけは救って見せると誓った自分に恥じる事だけはしたくないと柄を強く握る一護。
しかし戦いは唐突に終わりを告げる。
東仙 要の登場、グリムジョーの撤退、去り際に言われた「命を拾ったのはお前の方だ」という言葉が全てだった。
そう、あのまま戦ったとておそらく一護に勝ち目は無かった。
霊圧は揺らぎ、精神は揺らぎ、なにより自分自身の力に不安とそれ以上の恐怖を感じながら戦う一護に勝つ事など出来る訳が無かったのだ。
自分を支持られ無い者、戦いに不安を持ち込む者に勝ち目などありはしない。
なにより
後に残ったのは敗北感だけ。
自分は誰も護れなかった、傷つけた者を倒す事も出来なかった、自分は敗けたのだ、と。
何一つ出来なかった自分、全力で挑んだのかと問われれば「そうだ」と答えるが、しかしそれが本当の全力だったのか、と問われれば言葉が出ない一護。
外から襲い来る敵よりもまず、内側から襲い来る敵の存在。
自分を乱し、侵食し、自らがこの肉体の”王”であると言うもう一人の自分という存在。
何処かで眼をそむけていた存在が今、一護の行く末にはどうしようもなく立ちはだかっていた。
太陽は既に直上にあり、佇んでいた一護はゆっくり眼をあける。
心は既に決まっていた。
どうするかなど悩んだところで、始めからそれしか道は無かった。
だが何処かで、彼等の力を借りる事は自分が彼等の“同類”であり死神とは別の存在である事を、“仲間”でなくなる事を認める気がしてならなかった。
故に拒んだ、拒み続けていたとのだと思う一護。
しかし今となってはそんなものは子供の駄々と同じ。
胸にあるのは仲間の言葉。
一護の世界を広げ、多くを教えてくれた女性の言葉。
― 敗北が怖ろしければ強くなればいい。 仲間を護れぬ事が怖ろしければ、強くなって必ず護ると誓えばいい。内なる虚が怖ろしければ、それすら叩き潰せるほど強くなればいい ―
その言葉を思い出し、「 相変わらず無茶言いやがる」と小さく笑う一護。
だがその言葉に随分と楽になった自分が居たとも思う一護、そして今その言葉は確かに彼を支えるものとなって彼の中にある。
言葉を叫ぶ女性の瞳に揺れはなかった、あったのは”信じる意思”でありそれが自分へ向けられたものだという事は一護に強く伝わっていた。
― 他の誰が信じなくとも、ただ胸を張ってそう叫べ!私の心の中に居る貴様は、そういう男だ! 一護!! ―
自分が疑う自分を、自分以外の誰かが信じている。
言葉にすればきっと安っぽいのだろう、しかしそれでもその言葉に力は確かに宿る。
そして気付かされるのだ。
怖ろしいと怯える事に今意味はないと、出来る出来ないではなく、自分は何時も
他の誰でもない、ただ自分の魂に。
誓いは既に立てた。
もう
後はただ進むだけ、進んで掴み取るだけ。
― オレ等と来い、一護。 正気の保ち方を教えてやる ―
手がかりは一つ、本当に出来るのかは判らないがそれでも道は一つ、ならば進むしかない。
彼が何処に居るのか、一護には何となくだが判っていた。
それが自分が彼等の同類だからなのか、それとも彼等がそうしている為のかは定かではないが、一護にとって今はどちらでも構わない。
重要な事はひとつだけ、彼等が知る内なる虚を抑える唯一の手段だけなのだ。
「
そう呟いて歩み出した一護の背中にはもう、迷いは欠片も見えなかった。
暴風紳士
宝飾鉄燕
轟拳龍牙
無意ノ姫
混沌を成す
集いは今