BLEACH El fuego no se apaga.   作:更夜

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BLEACH El fuego no se apaga.71

 

 

 

 

 

「おかえり、グリムジョー 」

 

 

降注ぐ声は何処までも威厳に満ち、ただその声を聞くだけで皆一様に萎縮するような感覚さえ覚えさせる。

深く玉座へと腰掛け、見下ろす目と口元に僅かな笑みを湛えた男が彼等を迎えていた。

彼等が立つ床よりも随分と上に据えられた玉座に座る男。

立つ場所、座す場所の違いはそのまま位の違を告げる様であり、更に言えばそれは力の違い。

隔絶。

同じ地平に立つ事などありえないと告げるかの様なその差は圧倒的で、決して縮まる事など無いと言うかのよう。

誰がそれを指摘した訳でもない、誰がその差こそが地位の差だと明言した訳ではない。

しかし、それを見た者が皆一様にそう感じてしまうほど、高くに据えられた玉座に座す男の存在感は圧倒的だった。

 

 

「只今戻りました。 藍染様 」

 

「あぁ、ご苦労だったね、要。 それにサラマも」

 

「ケケ。 まぁ俺の場合は自分の尻拭い、ですからねぇ……(ま、働いちゃいませんが)」

 

 

一礼し、高きに座る自らの主、藍染 惣右介に帰還の報告をしたのは東仙(とうせん)(かなめ)

浅黒の肌に黒髪を編みこんだ髪形をした盲目の将は、恭しくその頭を下げる。

現世より戻って後、数時間の間を挟んでのそれであったが許された謁見。

規範正しく、礼儀正しく、忠節を重んじるその男にとってその行為は当然で、チラと気配に感じる隣に立つ破面が頭の一つも下げないのは、その破面が自分の犯した罪を少しも省みていない事を彼に存分にうかがわせ、東仙に不快感で眉をしかめさせるには充分だった。

東仙の言葉に労いの言葉をかける藍染、その言葉はもう一人にも向けられ、しかし向けられた方のサラマ・R・アルゴスの方はといえば別段畏まった様子もなく、そしてそれ以上に悪びれる事も無くその言葉に答える。

 

 

そして残る一人、水浅葱色の髪をした破面グリムジョーだけが今だ沈黙を保ったままであった。

 

 

「どうした。 謝罪の言葉は無いのか、グリムジョー」

 

 

その沈黙、連れ戻され尚憮然としたその態度に東仙が口火を切る。

何をしている、何故黙っている、何故その口を鎖し、あって然るべき謝罪を述べないと。

東仙からすれば謝罪の言葉などで済まされる問題ではないのだが、まず言うべき事があるだろうとグリムジョーに言葉の刃を向けたのだ。

だが、当然のように返って来るべき謝罪は、別の言葉に置き換えられていた。

 

 

「……別に 」

 

 

謝罪は無いのか、という東仙の言葉にグリムジョーが返したのはそんな一言のみ。

多くを語る事はせず、しかしそれでいて言外に謝る事など無いと告げるその言葉。

尽くす事無くしかし伝わる意思の存在、並び立つ東仙とグリムジョーのやや後ろで一人、ヒュゥとおどけて口笛を吹くサラマを他所に東仙の言葉には心なしか熱が篭る。

 

 

「ッ! 貴様ッ…… 」

 

「いいんだよ、要 」

 

「しかし藍染様ッ 」

 

 

明らかに謝る心算などない、というグリムジョーの態度に僅か怒りを見せる東仙であったが、それは他ならぬ藍染の言葉によって遮られる。

それでもと食い下がる東仙であったが、藍染の気配を察し口をつぐんだ。

なまじ彼は目が見えない分敏感に人の気配、それらからくる感情の機微を察する事が出来る。

それ故に判るのだ、藍染に彼の言葉を受け入れる心算が無いという事が。

 

 

「私は何も怒ってなどいないよ。 今回のグリムジョーの(・・・・・・・)行動は、彼の御し難いまでの忠誠心からのそれだと、私は考えている。……そうだろう?グリムジョー 」

 

「……そうです 」

 

 

僅か眼を細めるようにして問われた藍染の言葉に、グリムジョーはほんの一瞬間を置いて答えた。

まるで値踏みするような藍染の視線、それを真正面から見据え答えるグリムジョー。

そしグリムジョーが答えると同時に彼の襟首を何者かの手が握り捻りあげる。

その手の主は東仙、眉間には深い皺が刻まれ、光を解さぬ眼光はしかし鋭くグリムジョーを睨みつけていた。

 

 

「藍染様! この者を処刑する許可を!! 」

 

 

許し難い、東仙に浮かぶのはそんな思い。

この男には無い、この男には存在しないと。

忠義、忠節、忠心、忠誠、忠順。

その全て、主たる藍染 惣右介へと向けるべき全てがこの男には欠落していると。

だが今、グリムジョーはそれを常に持っているかのように平然と口にした。

まるで予てからそうであったかのように、自分が常にそうあったかのように、そしてこれからも続くかのように。

 

東仙の前で、何より主である藍染の前で大胆にもそう(うそぶ)いたのだ。

 

故に許せない。

東仙からしてみればグリムジョーの言葉は、ただこの場を助かりたいが為に発した薄い言葉。

自らの保身、助命を考えたただけの言葉、虚飾の言葉。

その為に、命惜しさに藍染への形ばかりの忠誠を口にする事。

言うなれば藍染 惣右介を命助かりたいが為に利用するという事。

そう考える東仙にそれは許されていい筈が無いのだ、少なくとも彼にとっては絶対に。

 

 

「フン! 私情だなァ…… テメェが俺を気に喰わねぇ、要はそれだけの話だろうが」

 

「私は貴様のような調和を乱す者を許すべきではない、と考えているだけだッ!」

 

 

ぶつかり合う意見は交わる事無く反発する。

無表情だったグリムジョーの顔には、彼からしてみれば自らの意思を大義名分で飾り立てる東仙への嘲笑が。

東仙には大局を見る事無く、ただ“個”としての感情に囚われるグリムジョーへの憤懣が浮かぶ。

どちらもが相手を見下し、どちらもが相手を愚かだと断ずる。

正しいのは自分のみだと主張する。

そこに和解は生まれず、和解が成らないと言うのならばこの虚圏に残された選択肢は、そう多くはないのだ。

 

 

「組織の為か? くだらねぇ…… 」

 

「違う。 全ては藍染様の為だ 」

 

「ハッ! お飾りの大義を掲げるのだけは巧いらしい……」

 

 

噛み合わない会話、交わらない意見、落とし所の見えぬそれらが場に満ち向かう先は一つ。

重んじるものが違う、信じるものが違う、個人を形成する根底が違いすぎる。

それは何もグリムジョーと東仙にだけ言える事ではない。

死神と破面、破面と人間、人間と死神、そして人間と人間。

誰もが自分以外の誰かと真に理解し合う事など出来る筈もなく、統一が図れないからこそ人は言葉を尽くす。

少しでも自分の意思を伝える為に、自分以外の誰かの意思を少しでも理解する為に、誤解無く誰とも理解など出来ないが故に。

 

だが此処にはそれが無い。

 

理解できないのなら、伝わらないのなら、ぶつかり合うのなら方法は一つ。

自分以外のそれを捻じ伏せるのだ、己が持つ“ 力 ”によって。

理解などする心算は無い、伝え合う必要性も無い、ぶつかり合う二つ、二人がいるのならば殺しあえばいい話。

死んだ方の意見は通らず、伝わらず理解される事もない。

二者択一、生と死、裏か表、正しさと間違いをもしこの虚圏で二分するとしたらその境界線、二つを分ける定義は一つ。

 

 

殺した者こそ正しく、殺された者は皆、間違っていたという事なのだ。

 

 

それが摂理。

数多有る諍いのもっとも根源的な解決法。

獣のそれであるがしかし、この虚圏にある数少ない法則の一つ。

故にこの二人が言葉を尽くすのはそう長くない。

後はどちらがはじめるか、それだけの問題なのだ。

 

 

 

 

「……そうだ、大義だ。 貴様にはそれが欠けている。大義無き正義は殺戮に過ぎない、だが…… 大義の下の殺戮は…… 」

 

 

 

 

静かに語りながら左手に握った刀の柄へとその右手を伸ばす東仙。

それを横目で見咎めるグリムジョー。

戦る心算なのか、それともただの威嚇か、どちらにせよグリムジョーとてタダで殺される心算など毛頭ない。

死神の少年との戦いで傷を負いはしたが戦闘に支障など皆無であった。

そんなグリムジョーを他所に柄を握った東仙。

語られる言葉は正義と殺戮の違い、共に結果として凄惨な風景を残すそれを正義と呼ぶか、それとも殺戮と呼ぶか。

その二つを分けるものを東仙は大義であると論じた。

 

大義、人が守るべき道義であり主君への忠義。

それの有る無しが正義と殺戮を分ける境界だと、東仙は言う。

あまりに抽象的、そして感覚的である事柄。

しかし、東仙 要にとっては少なくとも隣に立つ男、グリムジョー・ジャガージャックに大義は無いのだ。

 

 

「……正義だッ! 」

 

 

その言葉が終わると同時に光が抜き放たれる。

刃は奔り一路グリムジョーへ、正確には彼の左腕の付け根目掛けて最短を駆けた。

それに迷いは無い。

斬り落とす事になんら迷いは無く、大義をもって誅する為にその刃は駆けていた。

 

 

「なにが大義だ! 殺戮は本能だ!もってまわった理由なんぞ意味は無ぇんだよ!!」

 

 

が、グリムジョーとて易々と腕を斬り落とされるのを許す筈も無い。。

なまじ東仙が刀に手を掛けているのをその目で見ているのだ、警戒していないという方がおかしな話である。

グリムジョーがとった行動は至極簡単。

斬られる前に殺してしまえばいい、そんな単純で簡潔な行動。

身を翻し東仙を迎え撃つと、その腕を突き出し東仙の頭蓋を打ち抜かんとする。

大義などなく、ただ殺戮という本能に身を任せて。

 

腕を庇うのではなくそれより先に仕留めんとするグリムジョーと、迎え撃って来たグリムジョーに些かも怯む事なく刀を振るう東仙。

防御は双方無い、敵のそれよりも自分の方が速いという自負が互い共にあり、それ故に防御は選択されない。

 

どちらも止まらない、止まる事など考えてもいない。

気に入らない、気に喰わない、和を乱す、忠を解さぬ。

ならば滅する、今この時をもって。

簡潔にして強固な意志、自ら止まれない意地が彼らにはあった。

 

 

 

 

 

 

「おっと、ハイハイ。その辺で止めといてくれますかい? じゃないと怖~い御人が出張ってくるじゃないですか」

 

 

 

 

 

激突は成る。

しかしそれは彼等二人が望む形とはならなかった。

ぶつかり合うであろう二人の間に立つ者があったからだ。

突き出されたグリムジョーの腕は東仙の頬を深く抉りはじめる寸前、振り下ろされた東仙の刀はグリムジョーの左腕に深々と食い込んでいたが、刎ねるには至らない。

そう、それはどちらも決定的ではないのだ。

突き出される腕と振り下ろす腕、その両方を寸前で掴み、止める者があったが故に。

 

 

「貴様 ……サラマ・R・アルゴス。 何故邪魔をする」(私の斬撃を止めた、というのか……)

 

「誰だ?テメェ…… 邪魔すんならテメェから殺すぞ」(何だ、コイツ…… 俺の腕をとりやがった)

 

 

二人の腕を掴んだ者、それは彼等二人を後ろから眺めていた人物、サラマであった。

サラマの巨躯からそれに見合った強さで握られる両者の腕、彼等二人からすれば振り払うのは容易いのかも知れなかったがそれでも、掴まれたという事が彼等の動きを止めていた。

 

サラマからすれば二人がぶつかり合う前、グリムジョーの腕に刃が入る前に止められるのが最善ではあったのだが、それは高望みというもの。

こうして決定的な状況(・・・・・・)となる前に止められたのが、寧ろ僥倖であるとさえサラマには思えていた。

形式上グリムジョーは東仙よりも下であり、その東仙にグリムジョーが傷を負わせたとなれば事が荒立つのは必定。

対して大義を掲げる東仙ではあったが、それは突き詰めれば彼だけの意見、大義とは所詮掲げる人の数だけあり、それだけで十刃の一角を欠いてしまうのは視野狭窄気味。

そしてサラマがこれから此処に戻って来る(・・・・・)であろう人物を刺激するような状況はあまりよろしくない、と考えたからかもしれない。

 

まぁもう一つはこのまま殺し合いなぞ始まれば、自分諸共彼の王に霊圧で押しつぶされるのは目に見えており、出来ればそのとばっちりは御免被りたいというのが本音なのかもしれないが。

 

 

「フフ、その怖い人、というのは私の事かな?サラマ」

 

「物の例え、ですよ。 まぁ、わざと(・・・)こういう状況を見逃してる辺り、怖い人だってのはあながち間違ってるとは思えませんがねぇ」

 

「キミならば止めてくれる、と思えばこそだよ。キミの実力は評価している 」

 

「ケケ。 たまたま運良く、ってやつですよ。もう一度同じ事が出来る、とは思ってもらわない方がいい…… ってやつです 」

 

 

上辺、互いが互いを煙に巻き合うかのような言葉の応酬。

藍染も、そしてサラマも何処までが本気なのかをつかませないそれは、フェルナンドやグリムジョーといった“武”に依って立つ者達には一生出来ないであろう掛け合いだった。

腹の底は見せない、底の深さも測らせない、主と臣であるというのにそんな応酬をする二人。

だが藍染はこういった持って回った言い回しを好み、サラマも存外こういった言い回しは嫌いでは無いのだろう。

場を治め、また言い方はおかしいが場を和ませる事で、藍染からの霊圧による鎮圧を回避するにはこの会話までが全て必要なことなのだ。

 

 

「さて、統括官サマ、自分で許可求めておいて許可無く斬りかかったんじゃ意味無いですぜ?それじゃ大義じゃなくて独善ですよ。 確かまだ許可は降りていない……そうですよねぇ?藍染様? 」

 

「……そうだね。 要、刀を退くんだ 」

 

 

その言葉に一度眉間の皺を深くする東仙であったが、彼はそれ以上食い下がる事は無かった。

主の命は“退け”、それに更に食い下がるような事があればそれは不忠、彼にとって許し難い行為なのだから。

少々乱暴にではあるがサラマの腕を振りほどく東仙。

グリムジョーの腕からどろりと血が流れ、それが付いた刀を素早く一振りして血を払うと東仙は納刀し、藍染に深く頭を下げる。

 

 

「申し訳ありません。 御前を穢しました事、深くお詫び申し上げます」

 

 

王の前での刃傷沙汰、仕える者として恥ずべき行為。

如何に大義の為といえ場を弁えなかったのは自分の非であると、東仙は藍染に頭を垂れる。

その様子に藍染も一言構わないと告げ、東仙の方は一応の落とし所となっただろう。

 

 

「クッソがぁ……! 東仙! テメェこれで終わりだとでも思ってんのか!ただ斬られて黙ってる程俺は微温(ぬる)か無ぇんだよ!!」

 

 

収まりが付かないのは寧ろこちらの方。

グリムジョーも力任せにサラマの腕を振りほどくと叫びを上げ、腰に挿した斬魄刀へとその手を伸ばす。

左腕は深く斬りつけられ、そう易々とは動かせはしないだろうが刀を抜くのは右腕、振るうのも右腕、ならば何の問題も無く。

敵は無傷で自分だけが傷を負い、そのままで終わらせられるほど彼は腑抜ではない。

寧ろ逆、戦いは既に始まっており、もう東仙を殺すより他はグリムジョーに選択肢など無いのだ。

 

 

「止めるんだ、グリムジョー。 サラマが要よりキミの攻撃を先んじて止めた意味が判らないか?お前がまた要を攻撃するのなら、私はもうお前を許す訳にはいかなくなる……」

 

 

だが、グリムジョーが刀を抜こうとするより早く声が響いた。

常の藍染とは違う、霊圧を存分に纏っている訳でもないただ言葉だけが響き。

しかし霊圧を纏わぬというのにその言葉は圧倒的な威厳と重圧で、グリムジョーの行動を止めたのだ。

 

藍染を見上げるグリムジョー。

彼を見下ろす藍染の瞳は些かも揺れず、その顔にも笑みは無い。

いっそその笑みのない顔の方が珍しいとさえ思わせる藍染という男、それだけにその真剣みを増した表情が語るのは真実。

もしその刀を僅かでも抜けば、藍染はその瞳に宿った冷酷さでグリムジョーをあっけなく処分するだろう。

 

それが容易く出来るだけの力を、この男が持っているが故に。

 

 

「チッ! クソがッ……」

 

 

藍染を見上げていたグリムジョー、彼は一つ舌打ちをするとギリっと奥歯を噛締め踵を返した。

片腕からは尚も血が流れ続け、ボタボタと床に流れ落ちるがしかしその痛みではなくグリムジョーの顔は怒りに歪む。

瞳に浮かぶ怒りは未だ消えず、だがその怒りは東仙にではなく自分へと向かう怒り。

 

何故、何故こんなにも。

 

何故こんなにも自分は弱いのかと。

 

力が欲しい、力が欲しい、何者にも屈さない力が欲しい、そして何者をも屈服させる力が欲しいと。

彼の視線の先にいた藍染 惣右介は今、彼が望むモノに最も近い場所にいる。

だがその場所に、その男に自分のなんと遠い事かと。

それが腹立たしくて憎らしくて、グリムジョーは怒りの炎を燃やしているのだ。

 

怒りの炎を湛えた瞳に、野望の薪をくべる様にして。

 

 

 

 

 

 

 

 

グリムジョーがその場を去り、残ったのは藍染、東仙、そしてサラマのみとなった。

再び笑みを湛えた藍染と、無表情となり沈黙した東仙、残るサラマはこういう空気は苦手なのか、はたまたこの後に起こるであろう惨事に頭を悩ませている様に見える。

 

 

(市丸のニイサンも人が悪いったら無い。 怒らせるだけ怒らせて閉じ込めるとか何考えてんだか……それでいて自分はさっさとフケるとかありえないですぜ……ったく、割に合わねぇなぁ…… )

 

 

そう、彼がこの場にいるのは彼の親分たる男の帰還を待っている為。

反膜の匪(カハ・ネガシオン)、破面の懲罰用閉次元幽閉展開装置であるそれに、彼の親分たるフェルナンド・アルディエンデは囚われているのだ。

といってもそれはあくまで数字持ちクラスを永久に閉じ込められる程度の強度しか持たず、それ以上の力を持つ者を長い間閉じ込めて置けるような代物ではない。

彼の親分もおそらくそのうち閉次元より脱出し、予め繋げられたこの場所に出てくる事だろう。

 

だが問題となるのは出てきた後だ。

サラマには大人しく閉次元より帰還し大人しく藍染に罰せられるフェルナンドの姿が、それこそ欠片も想像できなかった。

比較的落ち着いていたグリムジョーとて今の騒ぎ、市丸によればそれはもう怒っていたというフェルナンドならどうなるか、最早及びも付かないといったところなのだろう。

 

それでも止めるのは彼、サラマの役目。

巻かれた首輪、なにより子分として親分の暴走を止めるのもまた良い子分の仕事であると。

そんな事を考えるあたり律義者ではあるサラマ、だがその律儀さが悉く報われていないのが彼らしいと言えば彼らしいのだが。

 

 

「不服かい? 要 」

 

 

サラマの心労を他所に藍染が東仙に声を掛ける。

沈黙を守っていた東仙、その顔に表情はないが藍染にはその無表情にこそ、不満が浮かんでいるのが見えていたようだった。

 

 

「……いえ、藍染様が決められた事、私が何を申し上げるものでは御座いません」

 

「フフ…… キミらしい答えだ 」

 

 

僅かな間を置いて答える東仙に、藍染は微かに笑う。

自分の意思はある、考えも有る、しかし忠節の前にそれは無意味と斬り捨てられる潔さ。

確固たる信念と己を持ちながら滅私をもって使える臣、それが東仙要の姿なのだ。

 

 

「だが私は本当に彼を罰する心算は無かったんだ。現世無断侵攻、破面戦力の無断投入及び損失、露呈…… そんなものは些細な事(・・・・)だよ。グリムジョーはそれに勝る功をしっかりと上げているんだ。彼と…… 黒崎 一護と戦い、彼の成長を促す(・・・・・・・)切欠となる、という功を……ね」

 

 

サラマは元より東仙もその言葉には怪訝さを浮かばせる。

多くを語るようでその実、多くは語っていないのが藍染惣右介という男の性。

秘するべきは秘す、明かすべきも正しく明かす事はせず、相手には常に疑念と欺瞞を。

その性故に、今語られた言葉すらそれに順ずるものなのかはたまた本心なのかを誰もが測りかねる。

 

おそらくだが本当に正しく藍染 惣右介を理解できる者など、この世には存在しないのだろう。

そして存在しないからこそ彼は孤高足りえるのだ。

 

 

 

「フフッ。 さて、話はここまでとしよう。どうやら……戻って来た(・・・・・)ようだ……」

 

 

 

怪訝さが浮かぶ二人の表情に笑みを深める藍染。

言葉に意味があったのか、ただそうやって他人を欺瞞に陥れたかっただけなのか。

真実は常に見えず、そして藍染の言葉と共に東仙とサラマの前、何も無い空間に突如として罅が入った。

 

まるで欠ける様に空間の一片が砕け、次の瞬間まるで硝子が割れるように大きく空間が砕けると、次いで噴出したのは紅い炎だった。

噴出した炎はそれだけに留まらず、四方へと流れ出し一面を炎の海へと変えていく。

それは狭い場所から解き放たれた事による反発のようで、藍染等の存在などお構い無しに溢れ出していた。

 

 

(あ~~~もう…… マジですかい。 この霊圧にこの炎、こりゃ完全に帰刃(レスレクシオン)してるじゃないですか、ニイサン……)

 

 

そう、この場にいる全員がこの霊圧と炎に覚えがあった。

サラマの場合は直に相手をしただけにその思いは強いだろう。

第7十刃(セプティマ・エスパーダ)をいとも容易く、そして消炭すら残さず燃やし尽くした炎、地獄の業火を思わせるようなその炎の持ち主は一人。

 

現第7十刃 フェルナンド・アルディエンデであると。

 

暴れる炎はまるで獲物を求めるように吹き荒れ、東仙、そしてサラマは襲い来るそれを跳び退いて避わしていた。

だが、藍染だけは今だ座したまま動く必要などないといわんばかりに、頬杖を付きながら軽くトンと肘掛を指で叩く余裕さえ覗かせながら、ただ笑みを浮かべたまま紅く燃える炎を見ていた。

 

一頻り暴れまわった炎、既にあたりへと燃え移り普段そう明るくない虚夜宮の室内を常よりも煌々と照らし出す。

割れた空間の穴より噴出していた炎も次第収まり、次いで炎は急速に引き寄せられるように穴の中へと戻った。

ぽっかりと空いた穴とその奥に広がる暗い空間、今もまた穴の端の方が硝子片のように砕けて落ちる。

そしてその空間の穴から姿を現したのは、自ら燃やした炎に煌々と照らされる金髪の男。

衣服は千切れ破けてはいるが、確かにその足で立っているフェルナンド・アルディエンデ。

 

その姿は人のそれであり、彼の解放状態ではなかった。

どうやら先程までは解放していたようだが、出てくるにあたり解放を止め、再刀剣化した様子。

一度解放したことにより、数時間前に戦闘で受けた傷は解放による超回復によって、粗方ではあるが治っている様子であった。

そしてフェルナンドが解放状態でなかったことに、内心一人ホッと胸を撫で下ろすサラマ。

いくら自分も破面となったからといって、アレの相手はそう何度もするものではないという想いからか、再刀剣化は彼にとって救いといえるものだったらしい。

 

 

「おかえり、フェルナンド。 キミには随分と窮屈な思いをさせてしまったかな?」

 

「ハッ! 」

 

 

グリムジョーの時と同じようにフェルナンドを迎える藍染。

だが彼の時とは違い、反膜の匪という決して良い待遇とはいえないものでの帰還を強いてしまった事に、形ばかりとはいえ気遣いを見せる。

その言葉に何を今更といった風で鼻で笑うフェルナンド。

窮屈など今に始まったことではないと笑うフェルナンドを他所に藍染は話を進めた。

 

 

「ギンは随分とキミの怒りを買った様だね 」

 

「知るか。 戦いの邪魔をされて気分の良い奴なぞ居るものかよ。だが俺もだいぶ頭に血が上ってたのは事実だ、だから解放して発散したんだよ。あそこは丁度御誂え向きだったから……なぁ」

 

 

藍染がちらと零した話題、市丸ギン。

だがフェルナンドはその名に苛立ちを覚えた様子だったが、それは激昂には程遠く。

熱しやすくそして冷めやすいのか、その雰囲気は常よりも多少機嫌が損なわれている、といった印象であった。

先程の解放もその実、怒り狂っての事ではなく自分を諌める為に力を発散させたという事。

本来解放せずとも脱出できたのだろうが、不完全燃焼であったそれを燃え上がらせ、一応の決着を彼なりに試みた結果である様子だった。

苛立ちは浮かべど激昂ほどではなく、精神的にはある程度安定していると判断した藍染は、僅かに口元の笑みを深めるとついに本題へと入っていく。

 

 

「さて、早速だが今回キミは私達に無断で現世へと侵攻した。グリムジョー達も同じように侵攻を行った訳だがキミ達が内応したとも思えない。今回の事は偶々時が重なった……という訳だ。その目的も彼等と違うとは思うが……一応(・・)訊いておこうか。フェルナンド、キミの今回の現世侵攻は私への忠「違ぇよ……」 」

 

 

藍染の言葉は間髪入れずにフェルナンドに遮られる。

それはありえない、という意思がそこからは存分に感じられるようで、荒げるでもないその声は確かなもの。

藍染の言葉を遮り、忠誠を否定するその言葉に東仙の眉間に皺がよるが、先の事もありその鞘を握る手に力が篭るにとどまっていた。

 

 

「俺は只あの体術使いの女と戦ってみたかっただけだ。俺の欲を満たしたかった、ただそれだけでテメェのためじゃ断じて無ぇ」

 

「フフッ。 あくまで自分の飢えの為……と。その答えは実にキミらしいね、フェルナンド」

 

(……確かにらしい(・・・)っちゃらしいですが……ねぇ。でも、ただ真っ直ぐ進むだけじゃ世は渡れませんぜ?ニイサン…… )

 

 

確かにその答えは、自分が自分の為だけに起こした行動だというフェルナンドの答えは真実だ。

そして藍染の言う通りその答えは実に彼らしく、何に気を使うことも恐れる事もない己を貫く答えだった。

忠義、忠節ではなく全ては自分の欲望を、飢え焦がれるそれを満たす為の行動に過ぎないと。

何に恥じる事も無く、真実を曝け出し自らにのみ忠実に、“今”を求めた結果であると。

 

だがそれは不器用な生き方だ。

 

サラマにはそれが良く判った。

強く強靭な意志、決して曲らず折れない鉄の意志。

だがそれは同時に自らを曲げられない(・・・・・・)という事であると。

どんな状況に陥っても自らを曲げられず、死ぬと判っていても踏み込んでしまう鉄の意志。

サラマにとって自分とは縁遠いその意思、考え方。

彼にも曲げられないものはある、しかし死ぬと判っていても曲げないという確信がサラマには持てない。

 

 

死んだらそこで終わりだろう、次も続きも無いだろう、なら逃げたっていいじゃないか、挫けたっていいじゃないか、死ぬよりは、終わるよりはずっとずっといいじゃないか。

 

 

サラマに消えず残るそんな思い。

俗世的であるがしかし、それもまた真実であり誰もそれを笑う事は許されない。

自らの曲げられないものに殉じられると言い切れない理由。

器用であるが同時に悲しさがそこにはある。

 

今のフェルナンドもそうだ。

サラマからしてみれば態々本当の事を言う必要などここにも無い。

十中八九藍染はフェルナンドの理由を知っているだろう、だが知っていて尚、道を用意しているのだ。

忠誠心故の行動、それに頷くだけで事は終わるというのに。

 

グリムジョーはそれを選択した、彼とて実際は忠誠心の欠片も持ってはいないだろう。

だが、こんな場所で彼は躓く訳にはいかないと、その為に有りもせぬ忠誠心を騙らねばならぬのであれば幾らでも騙ろうと。

所詮は言葉、内にある真実は誰にも曲げられはしないのだからと。

 

だが彼は、フェルナンドはその言葉すら曲げられない。

自分というものにあまりにも正直すぎる。

サラマがこのフェルナンドという男を見続けて感じた印象は正にそれ。

確かに強い、驚くほどに、そして怖ろしい程に。

 

しかしそれと同時に危ういのだ、この男は。

 

無用な争い、無用な恨み、そういった本来集めずに済むものまでこの男は集めてしまう。

争いに関しては意図的な部分すらあるがそれでも、サラマにそれは危うく映るのだ。

この男に“長く生きる”という選択はきっと無い。

刹那を、ただ刹那を生きるこの男は、フェルナンドという男はそれ故に危ういのだ。

 

 

「だが如何にそれがキミらしい答えであるからといって、易々と許してしまっては示しが付かないのが現状だ。私はキミに生き方を変える必要はないと言った。だがキミが掴んだ不自由も認めなくてはならない、とも言ったね。キミは十刃、その責は重い…… 好む好まざるではなく、その責を負う者として自覚無き行動は、罰をもって処するより他ありはしないよ」

 

「ハッ! 不自由の責任……かよ……」

 

 

フェルナンドの回答、それを彼らしいと口にしながらも藍染は言う。

責任ある者として罰は受けねばならないと。

フェルナンドは十刃、彼が望んだ地位ではないがそれでも彼は十刃なのだ。

その十刃が命令を無視して好き勝手に行動し、戦端を開くという事の重大さ。

最高戦力というものはそう易々と動かすものではなく、その戦力が強大であるが故に統制と管理が成されなければならない。

個々の意思によって暴れまわる力など戦力とは呼べず、その状況を許す事は戦力を統括し支配する者の無能を晒す事に他ならないのだ。

 

今回の現世侵攻、グリムジョーは東仙による粛清を受けた、という事で事態は処理されるだろう。

些か甘くはあるが藍染の語った“功”による影響が大きいのかもしれない。

だが、フェルナンドに現状“功”と呼べるようなものは存在しなかった。

只好きなように暴れ、敵を討った訳でも戦力を減らした訳でもない。

私情により戦端を広げ、ただ戻っただけなのだ。

 

それで何もお咎め無しでは全ての破面に示しが付かないのだ。

 

 

 

「……だが、正直私も困っているんだ。キミに罰を与える、と言ってもキミにとって罰らしい罰、というものが思い当たらなくてね」

 

 

 

だが、罰という言葉に些か緊張を増していた空間はおかしな方向に推移し始める。

玉座に深く腰掛けた藍染、その彼が僅かに肩をすくめながら言うのだ。

 

罰らしい罰が思いつかないと。

 

なんとも似つかわしくない言動、天の座に立つ男は配下の処遇に窮していると、そう彼等に告げるのだ。

だがよくよく考えればそれは仕方が無い事、と言えなくも無い。

フェルナンド・アルディエンデにとって“罰”となり得るものは何か。

これを考えた時、何が適切かはそう判るものではない。

 

まず一つは十刃としての階級剥奪、おそらく処罰としては重いものであるのだが、フェルナンドにとって十刃の位は不自由の足枷でしかなく、剥奪はある種解放に近く罰として意味を成さない。

もう一つは階級ではなく肉体的に罰を与えるという手はどうか。

これも懲罰的観点からみれば有効であるのだが、如何せんそれは圧倒的強者の存在が不可欠。

藍染自らが完膚なきまでにフェルナンドを痛めつければ、肉体、そして精神的に叩き伏せる事は充分可能ではあるが。

加減を間違えば貴重な戦力を失う事に繋がり、万が一にも反撃を受けることがあればそれこそ意味が無い。

最後、そして落し所として最も有効に思えるのは、連反膜の匪(カハ・ネガシオン・アタール)を使用した幽閉。

かつて暴君ネロ・マリグノ・クリーメンすら捕らえ遂せた(くだん)の匪ならば、フェルナンドを長期間幽閉する事も充分に可能だろう。

が、これもまた戦力の低下であり、今回の現世侵攻により死神側もより強力な対策を練る事を考えれば、十刃の一角が欠けている状況は避けたい。

 

言ってしまえば手詰まりなのだ。

 

 

「罰は与えねばならず、しかし罰は罰足りえない……なかなかに難問だと思わないかい?」

 

 

困った、といった雰囲気を言葉に乗せる藍染だったが、その顔はやはり笑っている。

何が楽しいのか、常人では判らない琴線が彼にはあるのだろう。

判らない事が楽しいのか、それとも自分が判らないと言った事に惑う配下が面白いのか。

それともこの欺瞞に巻かれる者達が滑稽なのか。

しかし彼の本当の考えが判らない以上、全ては憶測の域を出なかった。

 

 

「罰……ねぇ…… 俺が俺のやりたい様にした結果、それを不自由で清算する……か。……まぁそれなりに愉しんだのは事実だ。なら落とし前をつけるべきは市丸じゃなくて俺自身……かよ」

 

 

思いのままに生きる事、その自由。

望まざるも手にした責任、その不自由。

どちらもがフェルナンドの手にはあり、片方だけを掴み取る事は出来ない。

自由を握れば同じ掌に乗る不自由もまた同じだけ握られ、自由を謳歌すればするほど不自由は圧迫されるのだ。

 

認めた筈の不自由、仕方なくとも渋々でも認めた事には変わりはなく。

だがあまりにも楽しく、満たされた時間はそれを忘我の彼方へと押し遣っていた。

その代償、そのツケは払わねばならない。

そして落とし前をつけるべきは戦いを無理矢理止めた市丸ではなく、自ら止まる事をしなかったフェルナンド自身にあるのだと。

 

望んでいないが認めた不自由に、今求められる責任。

 

 

 

 

「目を潰す…… 」

 

 

 

 

唐突に発せられた声はフェルナンドのもの。

だがその内容は耳を疑うものだった。

目を潰すと、彼の声は確かにそう言ったのだ。

誰の、という事は言わずもがな彼自身であろうその言葉の意味。

どう考えても重過ぎる、釣り合いなど取れていないという声が他から上がるよりも早く、彼の声はまだ続いた。

 

 

「腕を刎ねる、脚を刎ねる。 ……いや、要は何だっていい。俺が払える代償なんてこの五体しか無ぇんだ、不自由を握った俺が払えるもんなんて端からそれだけ、好きなとこをくれてやるよ……藍染」

 

「なっ! 」

 

「はぁ…… 」

 

 

代償、罰、責任。

重さには重さを。

どんな罰が適切だ、という藍染の問いにフェルナンドは自らの五体の一部を差し出すという。

自分が持っているもの、自分にとって価値があり失う事が罰となるもの。

フェルナンドがそれを考えたとき、思い至ったのはそもそも自分が持っているものはその五体だけだと気が付いたのだ。

地位も階級も興味など無く、固執もする事無く、煌びやかな崩玉を持つ訳でも愛しい者が居る訳でもない。

掌には何一つ無く、だがその掌を握った拳こそが彼の持つたった一つ。

罰が失う事だというのなら、失う事を躊躇うのはきっとこの拳、ひいてはこの身体だけだと。

 

故に差し出す。

 

上手い責任の取り方を彼が知らない為に。

愚直なる鉄の意志は、サラマが思った通り危うく。

自らがとるべきと判断した責任に、より過分をもって答えてしまった。

 

等価で済むものを、過不足無く行われるべきものを。

 

 

「少々…… 驚いているよ、私は。 こんな感覚は随分と久しぶりだ…… だがフェルナンド、キミの言うそれは些か過分が過ぎる。それにキミの力を損なう事は私も本意ではない。私も少し座興が過ぎた…… 詫びよう、フェルナンド」

 

 

驚きの声を漏らした東仙と、何故か溜息をついたサラマ。

それに次いで言葉を発したのは藍染であった。

元々彼の中ではフェルナンドの処遇など決まっていたのだ、彼の能力は藍染にとって価値あるものであり、それをみすみす手放すような事を彼が選択するはずも無い。

だがしかし、この教唆と欺瞞に満ちた男はふと見てみたくなってしまったのだ。

もし、自分自身への罰をお前が決めろと自分が言ったとき、眼下の破面はどんな罰を選択するのだろう、と。

 

結果は藍染の予想の斜め上を行ってしまった。

可能性として無い訳ではないが、早々に斬り捨てた答え。

まさか罰として自身の五体を引き裂くような真似を選択するとは、現実的にありえないと。

 

ありえない事などありえない、等という言葉もあるがそれでもありえないと。

 

何処の誰がただ一度の命令無視で、自ら身体を失う選択をするものかと。

だが、現実フェルナンドは逡巡なくそれを選択した。

罪、不自由の責任に対する罰としては過分すぎるそれを。

馬鹿げているとしか言いようが無く、彼という男をある種よく表している選択を。

 

 

しかしここで、はいそうですか、とフェルナンドの自傷を許す訳にはいかないのが現実だった。

何も言わずにフェルナンドが目を潰すなり、腕を刎ねるなりの行動を起さなかったのがせめてもの救いか。

まだ止める余地は充分にあり、故に藍染は詫びたのだ。

弘法も筆の誤り、たてた道筋から僅か逸れたそれを修正するために。

座興が過ぎたというのは藍染惣右介にしては珍しく本当の言葉なのだろう。

そして彼はその座興を詫びたのだ。

今彼の、フェルナンドの力が損なわれるのは藍染にとって望ましくないが故に。

 

 

「遠慮は要らねぇよ、藍染。 下手を打ったのは俺だ、落とし前はつける。俺がそう決めた…… 何処でもいいなら取り敢えず腕をッ!ガハッ!!!」

 

 

だが止まらないのがフェルナンド。

決めたと、自分がそう決めたならばやるのだと。

鉄の意志は貫き通してしまう。

決めた道、決めた結末、その代償もなにもかも。

故に止まらぬフェルナンド、そしてその腕を刎ねる為に腰の後ろの斬魄刀に手を掛けた瞬間、彼は糸が切れたように崩れ落ちた。

 

 

「やってられるか、馬鹿馬鹿しい…… 藍染様、ニイサンは俺が連れて戻ります。処遇は追って下官にでも伝えさせてください。どんな内容でもこの御人に文句は言わせませんからご心配なく」

 

 

崩れ落ちたフェルナンドの後ろに立っていたのはサラマ。

見ればその手には鞘に入ったままの彼の斬魄刀が握られ、どうやらその鞘でフェルナンドの延髄を欠片の躊躇い無く思い切り打ちぬいた様子だった。

さしものフェルナンドも解放による傷の回復はなされていても、体力や霊圧までは戻っていなかったのか、それともサラマのまったく遠慮の無い渾身の一撃のためか、意識を失った様子。

崩れ落ちたフェルナンドを抱えるようにして持ち上げたサラマは、藍染にそう言い放つとその場から立ち去ろうとする。

 

 

「随分と過激な方法だね、サラマ。 あまりキミらしい様には見えないが……」

 

「あんまりらしさの押し付け(・・・・・・・・)はしない方がいいんじゃないですかい?それに、ちょっとばっかし怒ってるのかもしれません。この御人は本当に…… 自分の命を粗末にし過ぎるんですよ、まったく…… 」

 

「フフッ。 それは悪い事かな? そうやって命を賭け続け、削り続けて来たからこそ彼は今、それだけの力を手にしている……とも言えるとは思わないかい?」

 

フェルナンドを脇に抱えたままのサラマに語りかける藍染。

サラマは背中を向けたままではあったが、足を止めそれに答えた。

彼らしからぬ行動、常に言葉による解決を念頭に置くかのようなサラマという人物からすれば、強硬な手段というのは確かに珍しくある。

それに及んだ経緯にサラマは自らが怒っているのかもしれないと、自分でも掴みきれていない部分を口にした。

だが一つ、彼に判っている事があるとすれば、それは彼にはフェルナンドがあまりにも自分の命を簡単に投げ出そうとしている、という事だった。

 

戦いの中でも、更にこうして戦いの外でも。

賭けの供物、代償に容易く自分の命を賭けるフェルナンド。

それしか持たぬからという理由で、あまりにも呆気なく。

そうして命を賭けてきたからこそ、賭け続けてきたからこそ彼は強いのではないか、という藍染の言葉は確かに一つの側面としてある。

だがそれでも、それを差し引いてもサラマにはフェルナンドが余りに容易く命を粗末にするように映ったのだ。

価値観の違いと言われればそれまでだが、しかしサラマにとってあまり気分のいいものではなかったのだろう。

 

 

 

「死にたがりよりも生きたがり(・・・・・)の方が幾分かマシだ。 ……そう、言われた事がある気がするんですよ、ずっとずっと昔に……ね……」

 

 

 

そんな台詞を残し、フェルナンドを抱えたサラマはその場を後にしたのだった……

 

 

 

 

 

 

 

 

得られて死ぬなら

 

それでいい

 

 

得ても死んだら

 

意味なんてない

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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