BLEACH El fuego no se apaga. 作:更夜
「
「蹴散らせ…… 『
互い叫ぶのは自らの銘。
切り離し、別ち、封じた本性。
今それを再び結び、合わせ、解き放つための儀式。
膨大な霊圧は互いの境界線で火花を散らすように弾け、それでもお互いを主張するように相手を押し込めようと鬩ぎ合う。
破壊という単一の方向にしか向かないその力、しかし今必要なのはまさしくそれ。
どちらもが憎しみを持って相手と対し、それをもって打倒する為。
それだけの為に今、彼等は叫ぶのだ。
リリネットの頭に手を置いたスターク。
撫でるわけではなくただ置かれたその手、そしてその手を感じたリリネットはその瞳を閉じた。
苦痛も恐れもその表情には無い、ただあるのは安堵。
彼女にとってそれは呼吸にすら等しい感覚、何か特別な事をするわけではない、ただ
瞳を閉じたリリネットの姿は瞬時に消えた。
霧散したわけではなく、ただ頭に置かれた手のぬくもりに還る、リリネットが消えたのはそんな理由。
そう、リリネットは今その身体という器を脱し、スタークの中へと還ったのだ。
これが彼、いや、彼等の解放の儀式。
彼、コヨーテ・スタークと彼女、リリネット・ジンジャーバックは誰よりも特別な破面。
破面化時に他の大虚がその身体と斬魄刀へと分ける肉体と能力、しかし彼等は本来刀として分けるその能力を
一人で二人、二人で一人の
それが彼らという存在、そしてその彼等が再び一つに還る時、彼等はその真なる姿を顕現させるのだ。
「ふぅ…… よっこいしょ……っと。」
巻き起った霊子の嵐、その中から聞こえたのはやや低い男性の声。
わざとらしく声を上げ、嵐の残滓を纏いながら立ち上がったのはコヨーテ・スターク。
左目には眼帯と照準機が合わさったような仮面を着け、黒い髪は相変わらず癖毛で波打っている。
纏っていた白い死覇装は白のコートと黒革のパンツに、白いコートの背中からは分厚い黒のベルトが二本長く延び、両腕の肘辺りに一本ずつ繋がり垂れ下がっていた
服装的な変化、和装から洋装へと変った彼、そして今の彼を色で評するならばそれは“灰色”だった。
膝から脛、踝にかけてと、そして白いコートの襟元、肘から袖口に、そして腰から膝の裏辺りまでに至るコートの裾の全てを灰色の毛皮が覆っていたのだ。
それは煌びやかで
灰色の男スターク。
その彼の変化として最も最たるものはその両手に握った二丁の拳銃だろう。
弾倉は見られず、黒で塗り固められたような大きな銃身とその中程から伸びた独特な引き金、そして銃把には銀の狼の意匠が刻まれていた。
両手に握った二丁拳銃、その片方で軽く肩を叩きながら上を見上げるスターク。
彼から発せられる霊圧は先程の非ではなく、しかし上空から押しつぶす霊圧はそれに拮抗していた。
そしてスタークの眼に映るのはその霊圧の主であろう者の姿、しかしそこにあるのは人の姿ではなくただ巨大な一枚岩。
空中に浮かぶ巨大な岩の姿だった。
空中の巨岩、ただただ巨大なそれが空に浮かんでいるという怪、ありえざる光景がそこに広がる。
やや楕円形で表面は整っているわけではなく凹凸のある岩肌、その姿は只の岩であると同時に何処か卵の様な印象すら与える。
浮かぶ岩という奇怪な物体、しかしそれはその巨岩が本物の岩だったなら、の話であり実際は違う。
その巨岩、固く、大きく、雄々しいその岩は紛れも無く霊圧を放つものであり、その霊圧は緋色、そしてその色の霊圧の持ち主などしれている。
ネロ・マリグノ・クリーメン、全てを思うとおりと信じる暴慢の神、贅肉を纏うかのような巨体の彼は今、その姿を常以上の巨大な岩へと変えていたのだ。
宙に浮かぶ巨岩、スタークはそれを注意深く睨む。
解放という戦闘能力の格段の増加、それを前に気を抜く事は自殺行為に等しく、解放とはえてして特異な能力の発現と同義である。
故の注視、ただ霊圧が噴出すのではなく突如として現われた緋色の霊子を振りまく巨岩は、それを更に厳にさせるには充分すぎた。
(さて…… 鬼が出るか蛇が出るか……まぁ、どっちが出ようとやる事は変らない……か)
内心そう呟くスターク、どんな姿となって現われるかは未知数、しかしそれでもやる事など変わらないと。
既に”敵”と定めた相手、姿形がなんであれ彼が取るべき道は既に一つ、そしてその一つは何にも増した怒りの行く先なのだ。
そして遂に、スタークの視線の先で巨岩に変化が起こる。
巨岩の頂上部、岩の卵の先端から小さな欠片が弾けるように砕けた。
その小さな欠片、小さな罅は呼び水となり罅は加速度的に巨岩全体へと広がっていく。
罅割れ、そしてそれにより所々が崩れ始める巨岩、そうして巨岩を日々が覆いつくしたその時、巨岩は内側から爆発するかのように四方八方へと爆裂したのだ。
「ゲハ! ゲハハハハハ!! “神”の降臨に歓喜しろ塵共!!見やがれこの漲る力を!神々しい姿を! 誰にも屈しないまさしく神以外の何者でもないこの姿を!!そして呪え!このオレ様に解放させた愚か過ぎるテメェをなぁ……新入りぃぃぃぃぃいい!!!」
放たれる言葉はまるで衝撃波のように大気を震わせ、歪ませるかの如く。
巨岩の卵を割り、その中から現われたのはやはりネロ、ネロ・マリグノ・クリーメン。
そしてその姿は解放前にも増して大きく見え、そして何処までも攻撃的だった。
何より見る者の目を引くのはその左腕、巨体であるネロをして更に巨大だと言わざるを得ないその左腕は彼の身長を易々と超え、倍に届くほどの長さにまでその姿を変えていた。
そしてその巨大さに負けじと存在を主張するのは左腕の先、本来、手があるべき場所に彼の手は無く、代わりにあるのは
閉じられて尚その牙は鋭く光り、眼光は鋭く、荒々しいその威容は何にも増して捕食者という言葉が似合うような竜の頭に変っていたのだ。
左腕の約三分の一をしめる巨大な竜頭、そこから伸びる上腕もまた太く大きく、何よりまるで切り立った山のように乱立するまるで鉱石のような岩が覆い。
左肩もまた隆起した無骨な岩、触れずとも見ただけで硬いと判るような岩の剣が如き太く無骨に尖った棘に覆われ、上へと長く伸びる。
巨大な左腕、多大な衝撃を見るものに与えるそれ、しかしネロの変化はこれだけにとどまらない。
左腕を覆っていた黒く尖った岩の如き鎧、それは彼の身体全身に及び、左腕ほどではないにしろその棘は隆起し彼を包み込む。
背を丸めたようなその姿勢、背中にも多くの岩の棘は生い茂り、正面から見るとまるで胸から首が生えた様、人というより獣に近い外見へ。
右腕は人型ではあるものの棘で覆われ固く鋭い爪を持ち、顔には竜の牙を模した額宛が顔の輪郭に沿って顎までを覆いつくす。
足は既に人型ではなく竜脚そのもの、無骨な棘に覆われた脚は人とは逆に膝が曲がり三本の鋭く大きい爪がつま先で光る。
身体全体が前傾姿勢、その巨体の崩れた重心を一手に保つのが長く、そして太く伸びたまるで岩でできたような尾。
そのほぼ全てを黒く硬い岩で覆われたネロ。
見えるのは顔の僅かな部分と、そして緋色に染まった風に靡かぬ硬い髪だけであり、まさしく今の彼は黒い岩山のようだった。
神々しさよりも寧ろ禍々しさが際立つその姿、『暴君竜』の名に相応しき黒き竜は今、この場に岩の殻を破り生まれ落ちたのだ。
「どうした! 神を前にして竦んだか! 今更遅ぇんだよ塵がぁ!!このオレ様の姿を拝めた事を誇って死に曝せぇぇぇええ!!!」
黒き暴竜となったネロ、まさしく人より竜に近い身体となった彼が動く。
踏みしめられた脚、三本の爪がまるで空に食い込んだかのようにしっかりとそれを踏みしめ、そして彼の身体は隕石となって一息にスターク目掛けて落ちた。
空を蹴ると同時に振り上げられた顎の左腕を叩き付けるネロ。
それだけの作業、叩き付けるというそれだけの作業で頑強な虚夜宮の天蓋は容易く砕け、そしてその地点を中心として放射状に深く長い罅とそれに伴う隆起した瓦礫を産み出す。
天蓋の巨大な罅、それはそのまま左腕の威力を物語るがしかしその一撃はスタークを捉えてはいなかった。
ネロが振り下ろした左腕をさもなく避けたスターク。
そして避けざま彼は左手に持った銃の銃口をネロへと向け、それを引き絞った。
放たれたのは群青の砲火だった。
大虚、そして破面、その全てに共通し誰しもが撃つ事ができるそれは基本的能力。
誰もが扱えるが故にその技はどこか軽んじられ、個々が持つ固有能力こそが有用であると決め付けられる。
しかし、基本的で単純な攻撃であるからこそ意味はある。
只の破面ならばそれは取るに足らぬ一撃、しかし、超絶たる霊圧を持った者が放つそれは違うのだ。
霊圧を撃つというただ単純な攻撃は単純であるが故に、それだけに弱点がない。
放たれた放火の名は『
だがネロを飲み込んだにも拘らずスタークの砲火は止まない。
二回、三回と引き金を引くごとに虚閃は銃口から放たれ、その全てが寸分の狂いもなくネロがいる地点を飲み込んでいく。
更に数度の砲火の後スタークはその銃口を下げ、腰に下げた灰色の毛皮で覆われた
《よっしゃ! ザマみろ! アタシとスタークにかかればあんなヤツイチコロだぜ!》
響いた声はスタークが手に持つ黒い銃から。
幼さを残したその声は彼の片割れ、リリネット・ジンジャーバックのものでありどうやら彼等が一つになったとき、リリネットはその銃へと姿を変えた様だった。
「ちょっと黙ってろリリネット……」
《えぇ! なんでだよスターク。 もう終わっただろ!》
「……こんな簡単に終わるなら最初にやり合ってた時にケリはついてる。たとえ俺の剣に迷いがあったとしても……な」
自分とスターク、一つになった自分達の能力、その強さをリリネットは理解していた。
そしてそれ故に勝利したと彼女は言ったのだ、強力な虚閃を一度ではなく何度も浴びせかけそれでも生きていられる訳がないと。
自分達の力を理解しているが故にその勝利は確定し、故に終わったと。
しかしスタークは毛先程もその緊張を緩めてはいなかった。
確かにリリネットは自分達の力を理解しているだろう、それはスタークも同じことでありしかし、スタークにはもうひとつ知っている事がある。
それはネロという破面の力、解放前、躊躇う刃の行く先すら定まらなかったスターク。
確かに躊躇い、迷いのある刃では敵を斬ることなどできない、しかしたとえ迷っていたとしても実力が懸離れていれば刃は敵にとどき、その実力差故にその勝負は決してしまうだろう。
だがそれは起こらなかった。
ネロはスタークと対峙し、運ではなく確実な実力で生き残りそして攻め立てていたのだ。
それはネロという破面が純粋に力持つ者であるという証明、その力の向く先がすてべを殺す暴虐であったとしても今は関係なく、その力を持つ者であるが故にスタークには確信があった。
この程度でネロが死ぬ筈がないと。
「ゲハハハッハハ! 終いか? 足りねぇなぁ~、この程度じゃ“今の”オレ様の鋼皮は抜けねぇんだよ!!」
スタークの予想通りネロは生きていた。
爆風と霊子の奔流から現れたネロの姿は健在そのもの、巨大な左腕を盾にするようにしてスタークの群青の弾丸を防いだのだろうか、しかしその左腕に傷などは見当たらなく、それどころか何故か彼の腕に乱立する岩の棘はその鋭さを
(やっぱり……か。見た目通り硬いな、それにどうやら厄介な仕掛けもありそうだ……)
ネロの健在ぶりにスタークは冷静だった。
相手が生きていた、その程度で揺らぐような精神を今の彼は持たない。
あるのは一つ、敵を倒すという目的の下にある冷めた理性、燃え上がりながら加速するフェルナンドとは違う、どちらかといえばハリベルの様な戦いへの考え方がそこには伺えた。
「塵がぁ! いくらテメェが解放しようと、カス程度の虚閃じゃぁオレ様に届くはずが無ぇんだよ!!判ったならオレ様にさっさと殺させろ!何度も何度も何度もなぁぁぁああ!!」
天蓋をその長い尾でしたたかに叩き、その反動でスタークへと向かい跳び上がるネロ。
叩きつけられた天蓋はまた大きくひび割れ、大小の瓦礫となってあたりに飛散する。
巨体が生む存在的圧力、壁というより寧ろ山が迫ってくるような感覚はそれだけで重圧となり相手の足を竦ませるだろう。
しかしスタークにその気配は無い。
再び自身へと突撃してくるネロに対し、今度は右手に握った銃を向けその引き金を引き絞る。
放たれるのは再びの群青の放火、しかし今度は先程の比ではなく程太く、速く、そして力に満ちた虚閃が放たれる。
同じ銃というものから放たれたそれは先程のものを弾丸とするならば、まさしく砲弾であり一発で先程の数発を凌駕する程の威力が見て取れた。
再び砲火に沈むネロ、群青の光に飲まれその姿は見えなくなる。
しかしそれでもスタークの砲火がその銃口からおさまる事はなく、太く強力な虚閃の放出は続いた。
そんな群青の放火、光の帯から最初に見えたのは鋭いものの先端、まず上下から四本、そこから順々に現われたのは牙だった。
黒く光る鋭い牙、虚閃の奔流から現われたのはまさにそれであり、その牙の正体は顎を開いた竜のそれ。
開かれた顎、スタークの強力な虚閃の中をものともせずその竜の頭は進み、今その姿を現しそしてそのままスタークを丸呑みにせんと迫っていたのだ。
「っと!」
竜の顎はその頑強で力強い輪郭に違わず、猛烈な勢いを伴って閉じる。
それは咬むというより寧ろ削り取るかのような印象、そこにあった空間というものをすべて削り取り口の中に収めたかのような、そんな規格外の一撃。
それをからくも避わしたスターク、虚閃の放出を瞬時に中断して回避を選択した彼、ほんの一瞬でもその判断が遅れれば彼の身体は今頃あの顎の中にあったかもしれない。
「避けるのだけは上手いらしいなぁ、新入りぃ。だが頭の方は随分と弱いらしい……オレ様にテメェの虚閃は効かねぇと、今言ったばかりだろうがよ!」
吼えるのネロの声には何処か優越感が滲んでいた。
それもそうだろう、放たれる虚閃は確かに強力なものに分類されはするが、彼自身を傷つけるには至らないのだ。
怒りもあろうがそれをして尚その愉悦は大きく、そしてその愉悦は彼にまた自身が神という盲質を強める要因となっていく。
「なるほど……な…… 」
「あぁん? 何がなるほど、だ。 今更理解したのか塵が!これだから塵は困るぜ…… まぁ、神である俺と同じ次元で話が出来るはずも無いがな!ゲハハハハ!!」
何かに納得したのか、スタークは小さく呟く。
スタークの様子をネロはそれをただ見下し笑い飛ばすが、それはまた別の方向、スタークが納得したこととは別である。
そんなネロの様子に構うことなくスタークは納得の理由を明かし始めた。
「アンタのその鋼皮、そいつはどうやら
「なんだぁ? テメェもうそれが判ったのか。ゲハハハ!テメェの言う通りオレ様の『
スタークが見抜いたのは先程、虚閃連射後のネロの変化。
外見上そう変ったわけではないがただ一つ、彼の身体を覆う無骨な岩の棘が何故かその鋭さを増していた、ということの理由だった。
何故ネロの黒い鋼皮がその鋭さを増したのか、それは微々たる変化ではあったが捨て置けるほど軽い変化でもなく、ではそれが起こったのは何が切欠で変化が起こる前後には一体何が起こっただろうか、スタークが考えたのはそんな事。
単純にネロの意思による変化なのかとも考えたが、それはあまりに考えづらい事柄、その意思で変化出来るというなら何も段階を置いてする意味が無い。
霊圧の上昇なども見られない事から肉体的変容という線も消え、では一体何が残るかと考えたスタークが思い至ったのは、変化の前と後の間にあった事柄。
自身の虚閃という答えだった。
しかしそれはあくまで仮説の域を出ず、おそらくそうだろうという決め付けの思考のまま戦う事は敗北を招きかねない下策。
故にスタークは確かめることにしたのだ、もう一度ネロに、今度はより強力な虚閃を撃つ事によって。
結果は重畳、予想通り自らの虚閃をものともせずに現われたネロの姿はより鋭利な印象へと変り、なによりその黒い岩のような鎧がパキッと音を立て、より鋭利な断面をつくっていく様を彼はその眼で捉えたのだ。
『黒曜鋼皮』、スタークの指摘にアッサリとその正体を明かしたネロ。
彼の全身を覆う岩山の如きそれは彼の鋼皮であり、切り立った岩山を連想させるその鋼皮は硬く、そして割れやすいという矛盾した性質を持っていた。
敵の攻撃を防ぐには充分であり、しかし敵の攻撃によって割れていく鋼皮。
しかし割れれば割れるほどその鋭さは増し、敵の、そして自身の放つ霊圧によってその鋭い岩は砥石で研がれていくかのように更に鋭利さを増していく。
時が経てば経つほどその姿は鋭くなっていき、ただ腕を振るう、ただその尾を振るうだけでそこには何十もの刃が付いて来るのだ。
触れる事すら叶わなくなっていくであろうその身体は、まさしく自身を“神”と自称する彼の思想そのもの、と言えるかもしれない。
「判ったらいい加減さっさと死ね! 塵がぁ!!『竜吼虚閃(ドラゴ・グリタール・セロ』!!」
「チッ……!」
スタークに己への攻撃の無意味さを語ったネロは、そのまま戦いを決しようとする。
巨大な左腕、その竜の顎が再び開き、スタークの方へと向けられる。
何かを感じ取ったのかスタークはその場から上へ、上空へと移動するがそんな事などお構い無しにネロの左腕は彼の後を追いかけ、そしてひらかれた巨大な顎の中にはこれまた巨大で禍々しい緋色の光を放つ砲弾が形成された。
形作られた緋色の砲弾、それは充分な溜めをもって一息にスタークに向けて放たれる。
巨大な砲弾から産まれるのは巨大な虚閃、ではなく普通よりもやや太い程度のもの、しかしその数は尋常ではなく、十や二十ではきかない数の虚閃がスターク目掛け、いや、スタークだけではなくまるで夜空全てを撃ち貫かんと闇夜を駆けた。
上空へと移動したスタークは自らに迫る緋色の壁が如き虚閃郡を確認すると、右手の銃を銃嚢へと納め先程納めた左の銃を抜き放つと、緋色の壁に向かって構え、そして引き金を引く。
放たれるのは先程と同じ群青の砲火、だがそれはあまりにも非力に見えた。
面を制圧するネロの緋色の砲火に対し、スタークのそれは点、それもまるで針が壁を穿とうとしているかのごとく何処までも非力。
しかし退く事などできない、そもそも退く場所が無い、空を消し去らんとさえしているかのようなネロの虚閃、何処に退く場所、逃げられる場所があるというのか。
進むしかない、穿つしかない、無闇に迎え撃つのではなくただ細く、研ぎ澄まし細く細く、壁を穿つしかないのだ。
だがその姿は非力なる抵抗だったのか。
スタークの姿はあえなく緋色の壁の中へと消えてしまう。
壁の中は荒れ狂う攻勢の霊子、ただ敵意だけを向ける暴虐の檻、その只中にスタークはその身を沈めるよりほかなかったのだ。
「ゲハハハ! 呆気無ぇ! オレ様の! 神の一吼でテメェら塵は存在すら残さず消え去るんだ!まさに神!命を片手に握るこの感覚! 握り潰すこの感覚が堪らねぇんだよ!!ゲハハハハ!!!」
緋色の砲火はそれ程長くは続かずに治まった。
その後に響くのは笑い声、もう幾度と無く響いたそれはしかし、いつまで経っても耳障りな下卑なもの。
その声に、その言葉に見えるのは何処までも傲慢な色、命というと尊いものを何の躊躇いも無く殺し、その感覚に酔いしれる怖ろしき色。
掌に乗った命、生かすも殺すも掌の持ち主次第となったとき、ネロは躊躇い無くその手を握る、力の限り、そして笑みを浮かべたまま。
それはある意味彼の生き様、自分以外の命に娯楽以外の価値を見出さない彼の生き様そのもの。
掌から伝わる砕け、潰れ、そして滴る感覚こそ彼が何処までも求め続ける命が終わる感覚、命を奪ったという感覚。
それに酔い、震え、更に求めるという破綻した者、それこそがネロ・マリグノ・クリーメンなのだろう。
「悪いが……そう簡単に握り潰されちゃやれねぇな……」
声がしたのは高笑いを上げるネロの左側から。
そしてその声の持ち主は言わずもがなスタークであった。
ネロが放った緋色の壁と見紛うばかりの虚閃、竜吼虚閃。
その虚閃郡の中をスタークはからくも生き延びたのだ。
壁、といっても実際は虚閃の群れであり少なからずではあるが隙間はある。
スタークは左手に構えた銃から発射される自身の虚閃で持って自分に都合の悪い虚閃、自身に直撃するであろう虚閃だけを撃ち落しその群れの中を進んでいたのだ。
ネロの放った技は確かに強力無比であり、とみに大量虐殺に関しては頭一つも二つも抜きん出た性能を誇っている。
しかしそれはあくまで
それを生き延びたスタークは言うが早いか言葉と同時に右手を振り上げる。
すると彼の背中から右腕へと繋がった黒い革のベルトから霊子があふれ出し、瞬時に彼の手の中に霊子で構築された刀が出来上がった。
既に振り上げるという動作が終わっている右腕、そして後はただ振り下ろされる右腕。
振り下ろされた霊子の刀はそのままネロの黒岩の棘を目掛けて奔り、数本を根元から両断した。
「グオラァァ!!」
棘が斬り飛ばされた後、ネロはその巨大な左腕を払うようにして横薙ぎに振るうが、スタークはからくもそれを避ける。
見た目以上にネロの動きは速く、巨大であるということは愚鈍であるという考えは彼には通用しないようだった。
「テメェ新入り! 塵の分際でダラダラ生き延びてんじゃねぇよ!」
「…………」
ネロはそう叫びながら二、三度スタークに対し追撃を加えるが、反撃ではなく何故か避ける事に重きを置いたかのようなスタークの軌道には流石についていけない様子だった。
近付いたとてスタークはその右手に握った霊子の刀で攻撃を弾き、また距離をとるを繰り返す。
大きく速いとは言っても流石に大きすぎるネロ。
小回りという点では圧倒的にスタークに分があり、弾かれ、距離を置かれればそれ故に追いきれていないというのが現状なのだろう。
「ちょろちょろとぉぉぉぉ!! 逃げてんじゃねぇ!!」
ネロの叫びと共に今度は彼自身の口から虚閃が放たれる。
吼虚閃ではなく通常の虚閃、一条の光となって進むそれをスタークは右手の霊子の刀を消し、素早く右の銃嚢に納まった銃を抜くと引き金を引き応戦した。
ぶつかり合う虚閃と虚閃、緋色と群青の鬩ぎ合いはしかし一瞬で、緋色の砲火は群青に圧し負けネロはその身体をまたしても群青色の光に沈める。
しかしそれは彼にとってなんら問題のない事。
それどころか攻撃を浴びれば浴びるほど彼はより鋭く、研ぎ澄まされていくのだ。
「効かねぇ!効かねぇ!効かねぇんだよ! 塵がぁぁぁぁ!!」
叫びを上げながら尚スタークに追いすがるように迫るネロという名の岩の山。
しかしスタークの方といえば、ネロの激情を他所に冷静に戦況と状況を見定めていた。
(なるほど…… 棘を斬っても後から後から生えてくる、いや、岩が生まれてくるって寸法かよ。それなら幾ら割れようが問題は無い……か。ったく面倒な事だ……)
そう、スタークはただ逃げ回っている訳ではない。
ネロの虚閃を逃れて後、斬り落とした彼の岩の棘。
時を置き観察すると、斬り落とされたネロの棘はその根元から再び隆起し始め、またはじめの無骨な岩の棘へとその姿を戻していった。
それはつまり、ネロの鋼皮は再生、いや、新たに生まれ続けているという事。
割れて後、斬られて後、そのしたから馳走が隆起していくかのように次々と新たな岩の鋼皮は生まれ、ネロの身体を覆い続けているという事だった。
幾ら割れようが傷つけられようが問題ない、割れ続けて短く、そして無くなる事も無い。
まるで無限に再生しているかのような鋼皮、攻撃に特化し、しかし強力な護り、それをして黒曜鋼皮ということなのだろう。
「だがそれでも…… 俺が……俺達が勝つ……!」
背中合わせ
常に二人
常に一人
翻り覗け