BLEACH El fuego no se apaga.   作:更夜

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BLEACH El fuego no se apaga.45

 

 

 

 

「……コヨーテ・スターク。 只の……新入りさ……」

 

 

軽くもなく、かといって重くもなく、いたって凡庸に響くその声。

誰かと問われたから答えた、下手に出て取り入る心算も、まして自分を大きく見せるつもりなど皆無の声。

ネロの放った虚閃から逃れた高い闘技場の壁、その上からネロを見下ろすようにしている顎鬚の男。

風貌はいたって凡庸、どちらかと言えば見るものにやる気がないと断じられるような男は、ネロの問に答えた後もその黒髪を無遠慮にガシガシと掻いている姿は、何か面倒ごとでも抱えたかのようだった。

 

 

「新入り、だぁ? オイコラ、テメェ…… 誰の邪魔したか判ってんだろうな!オレ様はお前等塵屑が、到底たどり着けない高みにいる“神”だぞ!新入りの目立ちたがりが! 塵の底辺はオレ様の威光の前に隅で縮こまってるのが礼儀だと知らねぇのか!」

 

 

まさしく吼えるかの如く、見下ろされるというネロにとって耐え難い行為、そらに彼の最も愉悦の時である搾取の瞬間を邪魔された事がそれに拍車をかけていた。

先程と同じ霊圧を伴った咆哮がスタークを襲う。

しかしスタークに動じた様子はなく、それどころかその咆哮に対して小さく溜息をつく始末だ。

 

「……別に目立ちたくはなかったし、出来りゃ隅っこの方でゆっくりとでもしてたかったんだが……な……」

 

 

溜息の後に続いたのはそんな呟きだった。

反論するどころか、出来ればネロの言う通りにしていたかったと。

字面、言葉だけを聞けばなんいう面倒くさがりの言葉か、だがしかし、彼の行動はその言葉通りではなく寧ろ逆。

ノイトラ、そしてアベルを救出するということは今この場において何より目立つことであり、そして隅でゆっくりしたいといっていた彼は行動を起していた。

表面だけを見れば面倒くさがりの言葉、しかしその語尾にはこう続いているのだ、していたかった(・・・・・・・)、と。

 

 

「テメェもだ小蠅! 覚えてるぞ! テメェ昔オレ様の頭を足蹴にしただけじゃなく、またオレ様に触れやがったな!あの時痛めつけてやったのを忘れたか!あぁん!?」

 

 

スタークの小さな呟きは彼には届かなかったのか、ネロの矛先はもう一人の乱入者、フェルナンドへと向けられる。

なんだかんだと罵るネロ、しかしフェルナンドの視線は先程までのネロと同じくスタークの方を向いていた。

その顔には大げさではないにしろ確実に喜色が浮かんでおり、たった一度の邂逅の後、再び現われたその男がやはり自分の睨んだとおりの強者である事を確認できた事が、その理由なのだろう。

 

そうしてネロに一瞥すらくれないフェルナンドの横を、緋色の弾丸が通り過ぎる。

実際にはフェルナンドを狙っていたのだろうが、それは寸前で彼に避わされ、着弾を見ることはなかった。

 

「無視してんじゃねぇよ小蠅…… 殺されてぇのか?」

 

「ハッ! そいつは笑えるな、クソデブ。 だが喧嘩を売られたなら買わねぇ理由は無ぇなぁ」

 

 

一瞬にして温度の下がったネロの声、目の前に神たる自分が居り言葉を発しているにも拘らず、それを無視する。

それだけでも万死に値するが、更には一瞥すらくれないなど自身に対する冒涜以外ないと、ネロは怒っていた。

対してフェルナンドもまた若干の怒りを抱えていた。

粛々と進んでいた決闘、好敵手たる男の全力の戦いと、戦士としての熱。

この場には怨念が満ちている、と藍染は言ったが、フェルナンドには一対一で戦う破面達の戦士としての意地が、その熱さが満ちているように感じていた。

 

眼を閉じればそれは顕著に感じられ、肌を刺すようなその熱は決して悪いものではなく、寧ろ彼の中の熱さを更に加速させる。

出場者として控え室に入るようにいわれてはいたが、そんな事は知ったことではないと、暗い壁に囲まれた部屋に閉じこもるくらいならばこの熱さを感じている方が、よっぽどイイと彼は観覧席に居座っていたのだ。

順番が後ろへと送られる中、それでもフェルナンドはそれが苦ではなかった。

グリムジョーとドルドーニ、更にはアベルとノイトラ、違いすぎる戦場ではあるがその熱は同じ。

グリムジョーの野生の熱さも、ドルドーニの嵐風の熱さも、ノイトラの激情の熱さも、そしてアベルの冷たい熱さも、その全てがフェルナンドにはどこか心地よく、昂ぶりを加速させるものだった。

 

 

しかし、その熱で満ちた闘技場は穢れを孕む。

 

 

理由なき介入、それもただ愉悦を満たすためだけの蛮行は、それだけで熱を奪い、泥を塗る。

数年間という歳月の経過、それぞれが何かしらの成長と変化を遂げる中で、その男はまったく変化を見ることがなかったのだろう。

いや、変化を拒み、今が完成しているという考え。

それは沈み、凝り固まり、遂には強靭な鉄をも凌ぐ硬さの“欲”の塊となるかの如く。

欲望、自身の愉悦を満たす、それが全てであり他は消費される手段であると考える思考の持ち主であるネロが、全てを台無しにしたのだ。

 

 

まさに衆人環視の中、暴威を振るうネロ。

愚味その戦場は見るに絶えず、一気に気勢をそがれたフェルナンドは沈黙を選択した。

耳に届く声に不快感を感じながらも、黙っていたとてこの場には藍染がいる、明らかな蛮行であるネロの行動を咎めないはずもない、と。

しかし藍染は沈黙を護り、立会人である東仙もまたネロの凶行に対し割って入る気配は無かった。

自分が出ればややこしくなる、と珍しく気を利かせてみた結果は見事裏切られ、フェルナンドの眼下では魔獣が猛威を振るい続ける。

 

そこが限界点だった。

 

いい加減下衆の行いを見ているのはフェルナンドにとって不快でしかなく、それは彼の内で極まり、彼の中で一瞬でもこの場を収める間を与えたにも拘らずそれは為されなかった。

ならばそれは彼にとって遮るものは何もない、という事。

誰も止めずにいるのならば、誰もが眼を背けるのならば、自分があの愚味な獣を殴り飛ばしたとて一体何の問題があるのかと。

 

 

そうして闘技場へと降り立ったフェルナンド。

もとより目の前の魔獣を倒すつもりでいる彼と、コケにされて我慢出来る筈のないネロ。

緊張、一触即発の雰囲気が辺りを包み込み始めていた……

 

 

 

 

 

 

――――――――――

 

 

 

 

 

 

 

フェルナンドとネロの睨み合いが始まった最中、前しか見えないネロから忘れ去られた様子のスターク。

ネロの中では出しゃばった只の新入りである故に、それが顕著だったのかもしれない。

そんなスタークの元に一人の男が息を切らし走りよってくる。

 

「ノイトラ様! ご無事ですか!」

 

 

スタークの横を通り過ぎ、一直線に血塗れのノイトラの下へ駆け寄ったのは、彼の従属官であるテスラ・リンドクルツ。

己が主と定めた男の無残な姿に動揺しながら、無事とは言えずとも生きている、という事に安堵の息を零す。

 

「すまない…… そして、感謝する…… 」

 

 

ノイトラの安否を確認したテスラは、意識を失っている主を支えて立ち上がりると振り返り、スタークにそう告げた。

言葉を受けたほうのスタークは若干ではあるが何故か驚いたような表情をみせる。

しかしそれを直に仕舞い込むと、先程と同じように頭を掻きながら空いている方の手をヒラヒラとテスラに対して振ってみせる。

 

「あぁ~別に…… 俺が助けたかっただけだ、お前さんに感謝されるような事じゃないよ……」

 

 

なんともバツが悪そうにそれだけ告げると、ノイトラを連れて行くようテスラを促すスターク。

テスラはその言葉にもう一度頭を下げると、急ぎノイトラを治癒するために運んでいった。

それを見送り小さく溜息をつくスタークに今度はもう一人、彼に助け出されたアベルが話しかける。

 

 

「貴様は…… 一体、|何だ……?」

 

「言っただろ? 只の新入り……ってな 」

 

「そうでは、ない。 貴様……貴様程の霊圧に……何故、私が気付かなかった、のだ…… 」

 

 

アベルの言葉はスタークが誰か(・・)、ではなく何か(・・)と問う。

探査回路の鈍いネロは気がつかなかった、そしてこの場にいる多くの破面も別の理由で気がつく事はないだろう。

だがアベルは気がついた、その卓越した探査回路故に気ががついたのだ、目の前の男の異常性(・・・)に。

フェルナンドはそれを気配と直感で感じていたが、感じるのではなく理解していた。

明らかに自分よりも上、自身が十刃最弱であるということを差し引いてもスタークの力は彼女を著しく超えていたのだ。

 

 

「人より影は薄い方でね…… まぁそんな事気にしなさんな、お嬢さん。さて、俺は用事があるもんでね、だがお前さんを抛って置く訳にもなぁ……」

 

「ならば彼女は私が、責任を持って預かろう」

 

 

アベルの問いをはぐらかす様に答えるスタークは、用事があると言う。

しかし傷ついたアベルをそのままにするのも気が曳けるのか、どうしたものかと思案していた。

助けたいから助けた、といった割にはその後のことは特に考えていないようで、先程の事は本当に衝動的な行動だった事を伺わせる。

そうして悩むスターク、そんな彼に助け舟の声がかかった。

 

 

「お前さんは?」

 

「第3十刃 ティア・ハリベルだ。 第5十刃、そこにいるアベルとは同じ十刃、という事になる」

 

 

助け舟として現われたのはハリベルだった。

座り込むアベルの隣まで歩み寄ると、ハリベルはそのままアベルに肩を貸すようにして立たせる。

ハリベルに寄り掛かるようにして立ち上がったアベル、ハリベルの行動に対し特に抵抗する素振りを見せないのは度重なった心労と疲労が噴出し、その消耗具合が限界寸前といったところなのだろう。

そんな彼女達の様子を確認したスタークは、「さてと」と小さく呟いた後、ハリベルへと視線を向けた。

 

 

「すまんね…… だが、お前さんなら大丈夫そうだ」

 

「あぁ、任せてもらおう。 同じ女だ、それに……此方も一人逃がしてしまったからな、手が空いている」

 

 

スタークの言葉にハリベルは苦笑しながら答える。

彼女が逃がしたというのは、言うまでもなくフェルナンド。

態度を正す事も然ることながら、フェルナンドを大人しく観戦させる為に彼女は彼の下へ行ったのだ。

だが結果としてハリベルが止めるより早くフェルナンドは闘技場に降り立ち、そして次の瞬間にはネロに痛烈な蹴りを見舞っていた。

もくろみの失敗したハリベル、結果手が空いた彼女は従属官がいないアベルを引き取る為スタークの下へと向かっていたのだ。

 

苦笑交じりだったハリベル、しかしスタークが踵を返し背を向けた瞬間に彼女は彼に声を掛けた。

 

 

「行くのか?」

 

 

ただ一言、何処へ、何故、どうして、そういった類のものを排し、ただ簡潔に放たれた言葉。

それはハリベルがスタークのとろうとしている行動を確信しているためなのか。

誰もが思い、そして実行しないだろう選択肢、今まさにフェルナンドがとったその選択肢をこの男も取ろうとしているという確信が。

 

 

「あぁ…… アイツは……やりすぎた(・・・・・)

 

 

それだけを言い残し、スタークの姿はハリベルの前から消えていた。

去り際にみせた表情は硬く、何かしらの決意めいたものをハリベルに感じさせる。

そし再びスタークが現われたのは眼下の戦場。

ネロと対峙するように、そしてフェルナンドに並び立つようにして彼はその身を戦場へと投じたのだった。

 

 

 

 

 

 

――――――――――

 

 

 

 

 

 

その場に満ちる空気はチリチリと音を立てるように張り詰めている。

それは霊圧の衝突以前に互いが放つ“気”の衝突によるもの。

気勢、気合、気運、気概、怒気、そして殺気、そうした内在的なもの全てを総じて“気”と表現するならば、この場はまさしく気に満ちていた。

 

睨み合うフェルナンドとネロ。

互いに()る気の面では充分すぎるだろう。

ふとした拍子、例えば壁が崩れ、小さな破片が落ちるといったそんな些細な事で二人は殺し合いをはじめる。

そういった緊張感が其処に満ちていた。

 

 

「両者とも待て。 お前達が戦う事は許可されていない」

 

 

そんな緊張感の二人に割って入ったのは立会人である東仙要だった。

両者の丁度中間、その場所にたった彼は二人が戦う事を許可されていないとし、止めようとする。

そんな東仙の登場に笑い声を上げたのはフェルナンドだった。

 

 

「ハッ! 今頃登場とは随分と怠慢な立会人だな。なら、なんでそこのクソデブが入ってきた段階で止めねぇんだよ。そいつが横槍入れるのは許可が下りてた、とでも言う心算か?」

 

「そうだ。 藍染様より第2十刃への許可は下りている。」

 

 

皮肉気に笑いながら東仙へと言葉を投げつけるフェルナンド。

確かに立会人という公正の立場にいる東仙の行動は不可解なものだった。

ネロという決闘にとって異分子の乱入、今の状況を認めないというのならばネロが介入した時点で止めないのはおかしな話。

それを皮肉ったフェルナンドの言葉に、東仙はアッサリと答えた。

藍染様が許可している、と。

 

それが全てなのだろう。

この虚夜宮においてそれが全て、藍染惣右介の意思こそが絶対であり、この場での真理に違いないのだから。

 

 

「ゲハハハ! 当然だな! オレ様は誰にも縛られねぇ!そもそもオレ様は“神”だ。藍染程度に許可を貰う必要すらねぇんだよ!!」

 

 

一人ご満悦といった風で笑うのはネロ。

その言葉には東仙も眉間を寄せ、若干の不快感を示している。

対してフェルナンドは視線を上へ、遥か上にいる藍染へと向けていた。

そうしたとて藍染が見えるわけではない、しかし、それでもフェルナンドはそうして睨み付けねば気が済まなかったのだ。

 

 

(無粋だな…… テメェの都合のためには真剣勝負にだって平気で水をさす……かよ。反吐が出るぜ、藍染…… )

 

 

見えぬ相手、しかしそれに向かって意思を乗せたかのような眼光を向けるフェルナンド。

だがいくら睨んだところでそれは無意味、藍染にその意思がとどくことなどありはしなかった。

視線を戻し東仙を睨むフェルナンド、東仙はただ必要なことは言ったと、そして藍染の決定である以上闘うことを認めはしないと続ける。

 

 

「フェルナンド・アルディエンデ。貴様には強奪決闘が控えている。それ以外での戦闘は私闘に過ぎず認められない」

 

「私闘……かよ。 だがそれの何が悪い。 俺もアイツも互いを殺る気だ、それだけで殺し合いには充分だろうが」

 

「それは関係ない。 藍染様の決定である以上それ以外の戦闘は許されない。もし第2十刃に手を出せば、その時は私が貴様を誅殺する」

 

 

無粋な思惑によって穢された熱。

心地よかったそれを穢された事は、フェルナンドにとって許しがたいものだった。

 

故に怒る。

 

フェルナンドの周りにあった小石が弾ける様にして消えていく。

霊圧でもなく、ただ彼から漏れ出した怒気に押しつぶされるようにして。

そんなフェルナンドを前にして、東仙もまた退く事はなかった。

藍染への忠義、藍染の言葉こそ彼の最も優先するべきものであり、それを守らぬと言うのならば即ちそれは悪であると。

そして自分の前で悪を行うというのならば誅するのみと。

 

 

 

「まぁ落ち着けよ、フェルナンド。」

 

 

フェルナンドの重心が僅かに前に傾き、今まさに飛び出さんとした瞬間、声と共に彼の肩に手がかかった。

軽く置かれたその手、だがその効果は絶大、背後を取られるという最大の不覚とそれに気がつかなかった自分の加熱ぶり、フェルナンドにそれを理解させるのにその手だけで充分な効果があった事だろう。

 

 

「スターク…… アンタも俺を止めるのか?」

 

 

冷えた声がフェルナンドから零れた。

怒りによる過度の加熱、それは視野を狭める要因の一つであり総じて未熟さの具現である。

普段の彼ならそんな事はないのだろうが、彼とて戦いに生きる者、戦いを穢すような行いは許せるはずもない。

ましてその戦いとは彼の捜し求めるもの、“生きているという実感”を得るために彼が持つ唯一の手段なのだ。

戦いの穢れとは即ち彼にとって、求めたものまでも穢れるような、そんな感覚といえばいいか、故にフェルナンドは怒りを燃やしていた。

 

しかしそれは突如彼の傍へと現れたスタークによって鎮火される。

怒りによって狭められた視野、そうでなくともこの男ならば可能だったかもしれないが、こうして接近を許したのはフェルナンドの未熟だ。

戦場で未熟を曝す事、その先は死以外なくフェルナンドはこの場で一度死んでいても不思議ではない。

それが逆に彼を冷静にした、冷静に怒気を納め、しかし殺気だけは収まる事無くフェルナンドを包んでいた。

 

 

「そうだ。 お前さんの気持ちもわかるが……な。此処は、俺に預けちゃくれないか?」

 

 

顔だけをスタークに向け、彼を睨むようにしているフェルナンドにスタークは真剣な眼差しでそう答えた。

気持ちはわかると、しかしそれでも自分はお前を止めると、そう答えるスターク。

真剣で、静かで、僅かな憤りとそして悲しみを綯交ぜにしたその瞳、それは彼の優しさでありそしてそれ故に感じる痛みなのか。

その痛み、何の理由もなく失われていく命への痛み、そしてその失われゆく命とはスタークにとって等しく、漸く手に入れたものなのだ。

 

 

「…………チッ! そういう眼は苦手だ、他人の為に悲しむ……かよ。物好きめ……」

 

 

スタークの自分を見る眼を覗いたフェルナンドは、視線を切り吐き捨てるようにそう呟いた。

どこか苦い表情のフェルナンド、他人を思いやる、他人の為に悲しむ、他人と手をとり合う、そのどれもがフェルナンドには難解すぎるもの。

彼に理解できない感情を映すスタークの瞳、その瞳にフェルナンドは不快感と言うよりむしろ責められているとすら感じていた。

自分にはそういった瞳はつくれない、自分に出来るのは他人の戦いを穢した存在に怒りを燃やす事だけだったと。

それが悪いとは思わない、しかしフェルナンドには、自身の怒りがその瞳の前では酷く薄いものに見えてしまう気がしてならなかった。

 

だがそれは同じ事なのだろう。

フェルナンドが感じた怒りも、スタークの瞳に映る悲しみも、根源は同じなのだ。

 

 

「立会人さん。 悪いんだが藍染サマに、俺とこのデカイのが戦う許可をくれないか、と聞いちゃもらえないかい?」

 

 

フェルナンドの肩を二度ほど軽く叩き、スタークは東仙に向かって一歩前に出る。

そして彼の口から出たのは、この場にいるほぼ全ての破面の想像を超えるものだった。

あまりに軽く放たれたその言葉、しかしその意味は重い。

十刃、それも第2十刃、破面の頂点から数え2番目にいる者に対してのそれは挑戦状だった。

ざわめきが包む闘技場、しかしその中で東仙は冷静なままだった。

 

 

「悪いがそれは出来ない相談だ。 義憤に駆られた心意気は素晴らしいが、安易に命を捨てる選択をするのは愚かしい。藍染様に問う事もないだろう、私の権限でそれは了承できッ!……暫し待て」

 

 

スタークの願いに対し、東仙はそれを一刀の下に斬り捨てようとする。

確かにそうだろう。

スタークの提案は無謀でしかない、数字すら持たないそれも新入りが、第2十刃に挑むことの愚かさは誰もが判る事だ。

特にネロという破面はその暴虐な振る舞いの数々から、ただでさえ恐れられる存在。

皆が腹の底に不満を抱えながらも、それを形にすれば待っているのは死、だけだ。

 

スタークのとった行動は、多くの破面から見ればその我慢ならない状況を打破すべく起したもの。

暴虐の限りを尽くす振る舞いに、それを正す為の義憤に駆られた尊い行為であり、同時に最も愚かな行為だった。

それを知るが故に東仙は斬り捨てる。

無用に命を落す事は愚かしいと、その選択は義憤ではなく特攻の類だと。

そうしてスタークの願いに否を突きつけようとする東仙、しかしその寸前、彼はその言葉を止めスタークに向かって掌を向けると暫し待て、と言い放った。

 

 

「っ! ……本当によろしいのですか?はい…… いえ、そのような事は…… はい、承りました」

 

 

スタークに向けた掌と逆の手を軽く耳に当てるようにして、何事か呟き続ける東仙。

その間も闘技場のざわめきは収まらず、決して大きくないそれは(さざなみ)のように辺りを包む。

 

 

「ゲハハハ! 面白い冗談だなぁ、新入り。 オレ様と戦いたいだと?相手の力も計れねぇのか? テメェじゃぁオレ様の相手は2秒ともたねぇよ!ゲハハハハハ!!」

 

 

その漣の中、ネロはスタークの発した言葉が心底おかしいと笑い声を上げていた。

口からは微量の血を撒き散らし、しかしそんなものにすら気をとめず笑うネロ。

只の新入りが自分と戦うと豪語する現実、常のネロなら自身を甘く見られ激昂するような場面だが、ネロから見ればあまりにも傲慢な自負を見せるスタークの姿は滑稽ですらあった。

この只の新入りは、自分と戦い尚且つ何故か勝つつもりでいる、ということが。

 

 

「冗談だったら、よかったんだがな…… 」

 

 

高笑いを続けるネロの声にまぎれ、スタークのその呟きが彼にとどくことはなかった。

悲しみの浮かぶ瞳、しかしその瞳には同時に決意めいたものも浮かんでいた。

その決意が、スタークにそう呟かせたのかもしれない。

決意はある、しかしそれでもその決意は彼にとっては辛く、悲しいものでしかないのだから。

 

 

「静粛に! 簡潔に伝える。 藍染様は第2十刃とこの破面との戦闘を許可された。よってこの二人の戦闘は咎められるものではない」

 

 

東仙の言葉で一瞬静まり返った闘技場。

その後に起こったのは再びのざわめきだった。

歓声でも怒号でもなく、只ざわざわと空気が揺れるような音。

それは戸惑いの音だろう、藍染惣右介という絶対の君臨者が降した許可、何故それを許すのか、何故フェルナンド・アルディエンデではなくこの初めて見る新入りなのか、そういった戸惑いがざわめきとして音を持ったのだ。

真意は見えず、しかし下された許可は何にも増してこの場で絶対の力を持ていた。

 

 

ざわめきが支配する闘技場。

そんな漣の中、それを断ち切るように一筋の光が奔る。

光の色は緋色、それは只真っ直ぐに奔りそして砂漠は爆ぜた。

 

 

「ゲハハ! 言っただろうが2秒ともたねぇ、ってなぁ!テメェが欲しがってた藍染のお許しが出たんだ、その後死んだなら文句は言えねぇよなぁ!」

 

 

緋色の光り、それはネロが放った虚弾(バラ)であり魔獣の最初の、そして終わりの一噛み。

ネロに藍染の許可など意味はない。

彼にとって藍染は詐術で全てを支配しようとする弱者であり、それに従う理由などないのだ。

故に整えた戦場を待つ必要など彼にはない、戦いたいならばやってやる、しかしお前の思い通りには動いてやるものかというネロの意思がそこにはあったのだろう。

 

砂煙収まると、そこには一人の人影があった。

そこに立っているのはフェルナンド、見れば片方の拳の甲から白い煙が立ちこめ、足元には砂が弾けて陥没した後が見える。

おそらくはネロの放った虚弾をその手の甲で叩き落し、砂漠へとぶつけた後であろう。

だがそこにいるのはフェルナンド一人、フェルナンドより一歩前に立っていた件の破面、コヨーテ・スタークの姿は既になかった。

 

 

「なんだぁ? テメェは生きてんのか小蠅。 お前ごと消し飛ばす心算だったが失敗したな、お前程度の塵ならカス程の霊圧の虚弾で死ぬと思っていたんだがなぁ」

 

 

ニヤニヤと下卑な笑いを浮かべながらそう口にするネロ。

フェルナンドを甘く見ている、というよりは自身の絶対的力への自負がそうさせたのか。

さほど霊圧を込めていないという言葉とは裏腹な虚弾、充分な威力のそれをカス程度と呼ぶことがその証拠だろう。

自負、絶対的、そして圧倒的である自身の力への自負こそこの男の歪んだ人格の一端と言える。

 

 

「だぁがぁ……あの新入りは消し飛んだらしい。ゲハハ! 塵めが! 口ほどにもなさ過ぎるぜ!」

 

 

フェルナンドが生きていることを意外がりながらも、それ以上にスタークを消し飛ばしたことに愉悦するネロ。

彼にとって所詮は雑魚である相手、取るに足らない存在であると断じたスターク、しかし殺したという喜びは同じといわんばかりに笑うネロの姿は一層醜いものだった。

搾取するものの愉悦、その快楽に浸る姿、狂気に見開かれる瞳、割れるように裂ける口元、それがネロだからではなく誰もが畏怖と恐怖を感じる表情。

それをして笑うこと自体が既に狂っている証明であり、化物の証明。

 

 

「だから……テメェには探査回路、ってもんが無ぇのかよ、クソデブ」

 

 

フェルナンドの声、怒りが収まり常の彼に戻った彼の呆れを含んだ声が落ちる。

その言葉に怪訝な表情を浮かべるネロだが、その理由は直にわかった。

 

 

 

「お前さんはやりすぎる…… ここで暴れられると余計な犠牲が出るんでね。悪いが付き合ってもらうぜ 」

 

 

 

その声はネロの直ぐ傍、まさしく眼下といっていい場所から聞こえていた。

ネロが視線を向ければそこには黒髪の男、彼が消し飛ばしたと、そう思っていた男はその実生きており完全にネロの間合いの内側に立っていたのだ。

半ば反射といった具合で、間合いの内にいるスタークに攻撃を試みるネロ。

しかしそれが彼に届くよりも随分と早く、スタークの手がネロの首を鷲掴みにした。

 

「グェ……!」

 

 

筋肉と贅肉で武装された首は太く、スタークの手でも締め上げるには至らない。

しかし今必要なのはそれではなく、スタークはガッチリとネロの首を掴むと次の瞬間響転(ソニード)によって彼等二人は衆目の前から消えていた。

スタークが目指したのは上空。

遥か遥か上空の偽りの空、虚夜宮の天蓋のその外。

このネロという破面の力は侮るべきでなく、それによって生じる被害を最小に納めるため、そしてなにより自分も全力を振るう為(・・・・・・・・・・)にスタークは虚圏の夜空の下を目指していた。

その響転はまさしく風の如く、ぐんぐんと天蓋は近付き、スタークはその天蓋に向けて何の予備動作も無く虚閃を放ち穴を穿った。

バラバラと崩れる天蓋の欠片を通り過ぎ、遂に青空ではなく暗い夜空の下へと至ったスタークとネロ。

其処が彼等の戦場。

 

暗い暗い夜に浮び、燐光放つ三日月が見守る、静かな静かな戦場だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

ネロという災害が消え去った闘技場は一瞬弛緩していた。

誰もが少しの安堵を感じ、スタークを哀れみ、極少数は彼の見せた力の片鱗に戦慄を覚える。

しかし命を繋いだ、という安堵が大半を占めるその戦場で一人不完全燃焼の男がいた。

 

 

「チッ! 結局スタークの野郎にクソデブは持ってかれちまった……かよ」

 

 

そう、フェルナンドだ。

獲物はスタークに譲る形となり、いい具合に昂ぶっていた自身の熱は彼にとって不様な怒りでその熱さを若干下げていた。

だがそれは仕方が無い事、此処で怒りに任せ暴れれば彼はおそらく手に出来ない。

求めるもの、生きているという実感、ただ忘我の内に戦う中でそれを見つけられるのならば、彼は大虚の頃とっくにそれを見つけられていただろうから。

 

 

「まぁいい。 俺も漸くだと思えばよぉ……」

 

 

まるでスタークのように、その金色の髪を掻きながら呟くフェルナンド。

気持ちを切り替え、逃がした魚を思うよりも目の前にいる魚を見ることにしようと考える。

そう、目の前にいる魚を。

 

フェルナンドはおもむろに腕を上げる。

上げた先にあるのは闘技場の大扉、その大扉に向かって掌をかざすようにするフェルナンド。

そしてかざした掌には直ぐに変化が現われる。

紅い霊圧、フェルナンドの紅い霊圧がその掌へと集中し、紅い砲弾を作り出す。

 

弛緩し、安堵した闘技場に吹き荒れる再びの戦いの香り。

そう、ネロの登場はあくまで不測の事態。

本来ならばこの戦場は第5十刃対第8十刃の決闘の場であるが、二人がいなくなりそれはもう叶わないだろう。

ならば次は、次は一体誰の戦場だったか。

 

決まっている。

一人はこの男フェルナンドアルディエンデ。

荒れ狂う自身の霊圧にその髪を靡かせながら立つ紅い修羅。

 

 

「なぁ、そう思うだろう……?」

 

 

そして紅い霊圧の砲弾は完成し、何を待つでもなしに大扉へと向かって放たれた。

紅い流星の如きその虚閃(セロ)は一直線に大扉へと向かい、結界という守りを失っていた大扉は容易く貫かれ崩れ去る。

バラバラと崩れ落ちる大扉、粉塵がたちこめるもゆっくりとではあるがそれは収まっていく。

 

そんな粉塵に映る影、人型の影は周りの惨状に動じる事無く佇んでいた。

そうして立つ人影に対し、フェルナンドは言う。

熱が冷めた、といってもそれは微々たるもの、この男の熱が消えるはずもなく猛禽類のような瞳は揺れる事無くその人影を射抜く。

 

 

 

「アンタも…… よぉ!」

 

 

 

晴れた粉塵から現われたのは、この強奪決闘最後の十刃。

泰然とした風で立つ十刃第7位の男。

第7十刃(セプティマ・エスパーダ) ゾマリ・ルルー。

この戦場に立つ資格を有する最後の男がそこに立っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

忠義の剣

 

断頭台

 

愛とは平等

 

愛とは与えるもの

 

そして愛とは

 

支配する事

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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