BLEACH El fuego no se apaga.   作:更夜

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BLEACH El fuego no se apaga.41

 

 

 

 

 

虚空に響く遠吠え、それは静寂が満たす闘技場に残響を残しながら消えていく。

 

数多の感情をその声にならぬ音に乗せて吐き出す男、グリムジョー・ジャガージャック。

そしてその足元には、肩口から反対の脇に抜けるようにしてその胸をザックリと切裂かれ、倒れ伏す男、第6十刃(セスタ・エスパーダ)ドルドーニ・アレッサンドロ・デル・ソカッチオ。

 

いや、先の表現は適当ではないだろう。

正しく言うならば“元”第6十刃。

そうなのだ、彼が地に伏しているという事はそういう事なのだ。

この場で行われているのは強奪決闘(デュエロ・デスポハール)、互いが互いの“号”と“命”を賭けて競う殺戮舞台、そして第6十刃であったドルドーニが地に伏しているという事は彼が敗者であるという事を示し、それを両の脚で砂漠に立ち見下ろしているグリムジョーが勝者であるという証明する。

激闘の末に訪れた結末の光景、そしてその結末に終止符を打つ言葉が叫ばれた。

 

「勝者あり! 勝者破面No.12(アランカル・ドセ)グリムジョー・ジャガージャック! これにより第6十刃ドルドーニ・アレッサンドロ・デル・ソカッチオの号をNo.12が強奪!十刃越えを認め、以降彼の者を新たなる第6十刃とする!」

 

 

十刃越え成る。

普段よりも若干大きく声を上げた東仙によって宣言されたそれ。

誰よりも近く、ぶつかり合う霊圧を避けながらその戦いを見続けた立会人、東仙要。

何者も介入する事叶わぬ戦いに立ち会った男が告げた宣言と、その戦いを例え蚊帳の外とはいえ見ていた多くの破面達。

その眼に焼きついた光景、それが夢や幻の類でなく現実だという宣言が静まり返った闘技場に響くと、闘技場は一気に地響きにも似た轟音に包まれた。

十刃を倒した、数字持ちがそれを成した、例え自分達とは隔絶した力を持っていたとしても、それを成したグリムジョーの姿は彼等にとってある種、希望ですらあったのだろう。

故の歓喜、そして強力な力同士の激突は純粋に彼等の本能を揺さぶり、熱は最高潮となっていく。

 

だがその轟音の嵐の中心にあって、グリムジョーはそれをまったく意に介さない様子だった。

それもそのはず、彼はそんな賛美や歓喜の為に戦った訳ではないからだ、彼が求めたのは“王への道”、その第一歩。

それはこの決着までの過程であり、決着の後などさして意味は無く、彼にとって重要なのは己の力で打ち勝ちそして勝ち取ったという事実だけだった。

故にグリムジョーはその轟音に何一つ応える事無く、解放状態を解いて刀を鞘に納めると、先程と同じ大扉からその場を後にした。

 

 

対して地に伏しているドルドーニには、下官が通常の手続き通りそれを処理しようと近付いていく。

そう、それは最早作業、この強奪決闘において勝敗の後地に伏しているのは物言わぬ肉塊にほかならず、下官達もそういった意識でドルドーニへと近付いていった。

だが近付きその肉塊に触れた下官たちが大いに慌て始める。

何故ならただの肉塊だと思っていたものは今だ脈動していたからだ、弱くはあるがそれでも確かに。

その脈動は命の鼓動、ドルドーニという男は肩口から脇に抜けるようにその胸を深く切裂かれようとも生きている、という証拠だった。

 

下官達は慌てながらも数人がかりでドルドーニの身体を持ち上げ、その場を下がっていく。

死んでいるのならばただ処理するだけだが、生きているとなればその命は救わねばならない。

だがそれは慈悲などではなく、下官にとってそうしなければ自分達の首が飛ぶという事。

彼等破面の命は彼等個人のものではない、その所有権の全ては創造主たる藍染惣右介が握っており、例え敗けたといえど十刃まで上り詰めた者の命を自分達の怠慢で失った、となればその責は彼等の命で償いより他無いからだ。

運ばれていくドルドーニに意識は無い、この後彼が生きるか、それとも死ぬかはまだ誰にもわからぬ事柄であった。

 

 

そうしてドルドーニが運ばれる間も闘技場の熱は収まらず、轟音を響かせ続けていた。

彼等の内にあるのは十刃越えの衝撃も然ることながら、更なる殺戮を求める感情。

それは留まるを知らぬ感情、もっと、もっと、もっとと際限なく膨れ上がる快楽の叫び、より強い刺激を求め続けるあくなき欲望の坩堝

その坩堝の中、一等高い席に座していた男が静かに立ち上がると手を叩き、拍手を送る。

 

轟音と欲望の坩堝に居た多くの破面達、だがその半数が男が立ち上がったことで、更にその半分が耳に届いた上から降る拍手の音に、そして残った全ての破面は静まり返る周りとその視線の先に居る男の姿に叫ぶ事を止めていた。

再び静まり返る闘技場には、一定の間隔で打ち鳴らされる拍手だけが響く。

 

その音の先、破面達が見上げる視線の先に立つのは藍染惣右介。

暗い瞳に笑顔を造り貼り付けた男、静まり返った闘技場に響いた拍手が少しの間続いたかと思うと、藍染はどこか厳かに声を発した。

 

「素晴らしい戦いだったよ。 二人には私も心から賛辞を送ろう……」

 

 

にこやかに、そして本当にそう思っていると言わんばかりの言葉が降る。

しかし本当のところではこの男の言葉に真実があるかは判らない、そう誰にもわからないのだ。

あまりにもこの男が超越しているために、あまりにも懸離れているが故に。

 

「さて、皆。 これ程の戦いを見れば次の戦いにも、否応無く期待が高まるというものだろう……」

 

 

そうして藍染から放たれたのはグリムジョーとドルドーニの戦いと同じ十刃越え、もう一つの十刃越えについてだった。

だがその十刃越えはどこか毛色が違うもの、互いの全霊をかけた正しく決闘と言っていいグリムジョーとドルドーニの戦いとは、その趣を異にしている。

戦う事を望んだのは片方、その理由もまた酷く歪みをみせ、それを受けてたった者もまたその瞬間の滾りをぶつけるためという、おおよそ意地や信念、誇りをかけた決闘とは言いづらいものであるのだがそれを知るものは少ない。

 

 

「ゾマリ、そしてフェルナンドの二人には、先をも越える素晴らしい戦いを期待する事としよう」

 

 

そう、藍染の言葉通りこの第6十刃超えの後に控えるはもう一つの十刃越え、第7十刃(セプティマ・エスパーダ)ゾマリ・ルルー対 破面No.nada(アランカル・ナーダ)、所謂番号無しである破面フェルナンド・アルディエンデという本来あり得ない組み合わせの第7十刃越えが待っているのだ。

 

この時、藍染の言葉に対し闘技場の閉ざされた扉の前で控えていたゾマリは、藍染から下賜される言葉に対し深々と礼をとっていた。

彼にとってそれは当然の行為であり、“神”からの言葉、彼にとって啓示であるそれを賜ったとなればその胸中は語るべくも無い。

より一層の奮起と、彼にとって忌まわしき大罪人であるフェルナンドを誅する事を更に深くその胸に刻み込むゾマリ、だがそうして扉の前で深々と頭を下げていたのはある意味彼にとって僥倖だったかもしれない。

何故ならばその扉を開け放ったその先、闘技場の円を挟んで反対側の扉の上では、その憎き怨敵が事もあろうに寝そべったまま彼にとっての啓示である藍染の言葉を聞いていたのだから。

 

壁際に座り足を投げ出してそのまま後ろに倒れこむようにしているフェルナンド、不遜にも寝そべり瞳を閉じて藍染に一瞥すらくれない様はそれだけでゾマリの怒りの導火線に火をつける、いや、それどころか導火線に火薬をぶちまけ、松明を投げ込むように一息に爆発させるのには充分なものだった筈だ。

 

その不遜極まりない態度にそれを見た多くの破面達も一様に眼を見開き、そして目を逸らす。

普通に考えてあり得ない、そんなことをしていれば最悪そのまま殺されてもおかしくは無いといえるフェルナンドの態度、そんな相手とは関わり合いになりたくない、と考えるのは如何程も不思議なことではないだろう。

フェルナンドの近くに居た破面達も少しずつ彼の傍から離れるように移動し、遂には彼の回りに不可視の壁が出来たかのように其処だけがぽっかりと人影が消えていた。

 

そんな様子を睨むのは闘技場の中央でフェルナンドを見上げる東仙要、東仙の思考はどちらかといえばゾマリに近いものがあり不義や不忠、そして彼の“正義”に悖る者に対して欠片の容赦も無い部分があった。

その東仙の怒りを知ってかしら知らずか、いやおそらく知っていて無視しているであろうフェルナンド、そんな彼の下に不可視の壁を軽々と踏み越え、靴音を鳴らしながら近づく者があった。

靴音の主は壁の上に寝転ぶフェルナンドへと一直線に近付くと、腕を振り上げそのまま何の躊躇いも無くフェルナンドの頭目掛けて手刀を振り下ろす。

 

直後、激突音と破砕音。

音の後には少々の砂煙が起こりそしてパラパラと崩れる壁の角、そして煙が晴れたその壁に手の半ばまで食い込んでいる靴音の主の手刀があった。

一部始終を見ていた破面達からしても何が起こったか分からないという光景、いきなり現われた靴音の主、その金色の髪を靡かせながら近付いたその人物は、同じく金色の髪をしたフェルナンドの頭を何の躊躇いも無く叩き割ろうとしたのだ。

まったくもって理解不能、そんな出来事が起こったその場でしかし、混乱する周りとは裏腹に当事者達はいたって普通だった。

 

 

「なにしやがるハリベル。 今のは避けなけりゃ、そこそこ(・・・・)マズイ一撃だったぜ?」

 

「なに、避けたのだから問題あるまい…… それに当たったとてそこそこ(・・・・)マズイというだけで、死にはしないのだろう?

 

「ハッ! 確かに……な。 だが当たってやる理由にはならねぇよ」

 

 

混乱は輪をかけて大きくなる。

完全に頭を叩き割ったであろう一撃を放ったのは第3十刃(トレス・エスパーダ)ティア・ハリベル、そしてその一撃はフェルナンドの頭を割る事は無く、首を軽く動かした最小の動作によって避けられていた。

そして交わされる会話、一連の出来事に対してその会話はあまりにも日常という雰囲気を強く醸している。

故の混乱、見ている者達からすれば理解に苦しむ事の連続、しかしそれを他所に会話は続く。

 

 

「それで? 人様の頭をカチ割ろうとした理由は何だ?」

 

「あれぐらいせんとお前は起きんだろう?それに口で言って判らないと判っている相手に言って聞かせるほど、私は愚かではないのでな」

 

「……別に俺が寝てようが起きてようが関係無ぇだろ。第一寝ちゃいねぇよ、 目を瞑ってただけだ 」

 

「それが悪いと言っている。 普段なら許すがこの場は藍染様の御前だ、居住まい位正すのが礼というものだ」

 

 

会話から察するところ、ハリベルが手刀を叩き下ろした理由はフェルナンドの態度を正す為、という事のようだった。

理由だけ聞けばそれは正しく正論だろう、この場において最上位の存在である藍染を前にしてそれを寝転がって、しかも目すら開けずに居るというのは不敬ではある。

あるのだがそれを正そうとした行為が正しいのか、ということは別問題。

寝ているところを起そうという時の選択肢、その一番上に来るのが頭を叩き割る威力を持った手刀というのは如何なものか。

それが周りでその光景を見ていた破面達の総意、彼等とて血と殺戮を好む性はもっているがそれとはまた一線を隔す様なやりとりを平然と行う二人に、彼等は皆たじろぐように一歩下がった。

 

だが彼等にとって異常な光景に映るそれも、フェルナンドとハリベルの二人からすればある種日常の風景。

若干威力の違いはあれど、フェルナンドに言って聞かせるということを半ば諦めつつあるハリベルは、こうした直接的手段に出ることが多くあった。

だがその致死の一撃(注意)がフェルナンドに対して効果があったか、という部分はまた別の話でもあるが。

ハリベルの一撃と言葉を受け、フェルナンドはそれを小さく鼻で笑うと上体を勢い良く持ち上げ、片膝を立てるようにして座りなおす。

 

 

「ハッ! 別に関係無ぇだろうが、座って様が寝て様がよ。第一藍染が咎めて無ぇんだから問題ないだろうが。えぇ?」

 

「敬称をつけろ、それにそういう問題ではない。藍染様がお前の戦いに期待すると仰っているのだ、私はそれに対して礼の一つもとれ、と言っている」

 

「それこそ関係無ぇ。 何が素晴らしい戦い(・・・・・・・)だ、グリムジョーの野郎もあのオッサンも誰かに見せる為に戦った訳じゃねぇだろうが。人様の喧嘩に外野があれこれ期待してんじゃねぇよ。野郎は野郎の為に、俺は俺の為に()るだけだ」

 

 

応酬される言葉のどちらもが、ある種正論ではあった。

ハリベルは“礼”を説き、フェルナンドは“我”を貫く。

 

フェルナンドにとって周りの視線や評価など露ほども気にかけるものでなく、求めるのも、また通すのも全ては己の内から沸きあがる衝動。

自分に対する他者の期待などは彼にとって煩わしいものでしかなく、それに応える義理も、そして意義も見出せるものではないのだ。

だがそんなフェルナンドだからこそハリベルは礼節を説く。

半ば言葉で語ろうとも伝わらない事を知りつつも、それを止めることはない。

己を貫く事は難しく、そして時としてそれは無用の敵を多く作り出す結果を招く。

フェルナンドならばそれすらも薙ぎ倒し進むだろう、だがそれでは何時か彼という存在が磨り減ってしまうような、そんな感覚をハリベルは覚えていた。

故に、それはあまりにも惜しい故にハリベルはフェルナンドに最低限の礼節は教え込むべきだ、と考えていたのだ。

それが彼女の生真面目な性格と相まって、先程のように限度を超える注意にまで発展しているわけではあるが。

 

そんなフェルナンドの答えにハリベルが更なる追求をしようとする。

だがそれは藍染の言葉によって遮られてしまった。

 

 

「いいんだよ、ハリベル。 私は気にならないし、その程度の事で彼を咎めはしないさ。それにそれでこそ彼らしい、とも言える。 キミはキミの思うまま存分に戦ってくれ、フェルナンド」

 

 

ハリベルの行動を遮った藍染の言葉にフェルナンドは、口角を上げ皮肉気な笑みを浮かべただけで答えはしなかった。

だがその笑みは明らかに「言われるまでも無い」という意思を浮かべ、それを見るハリベルは一人小さく溜息をつく。

そしてフェルナンドが壁の上から闘技場へと飛び降りようとした瞬間、今度はその行動を遮るように再び藍染が言葉を発した。

 

「だがその戦いの前に、私から皆に一つ提案がある。数字持ち対十刃、番号無し対十刃、どちらも皆にとって血の沸き立つような組み合わせだろう。だが…… 君達は見たくはないかい?十刃(・・)十刃(・・)の戦い……というものを」

 

 

闘技場は再び静寂に包まれる。

だがそれはほんのひと時の静寂、藍染が投下した爆弾の如き言葉。

それは数瞬の間を置いて闘技場の中心に、いや彼等多くの破面の脳へと直撃し、そして爆発を起す。

内側で起こった爆発、そしてそれは彼等の喉からまさしく魂の叫びとなって、肯定の意を轟かせた。

 

それはそうだろう、十刃対十刃、本来十刃の地位に着いたものはそれ程上を目指すことは無い。

正確にはその意思があろうとも、それを表に見せる事はまず無い、と言うべきか。

彼等十刃の序列は殺戮能力の高さ、そして隣り合った数字とてそれが持つ力の差は大きいのだ。

例え彼等に上を目指す意思があろうともそれは容易なことではなく、その意思を表し上位に挑むには完全な勝利の確信と自負がなければなせるものではない。

それがあろうともその戦いの後、自分が五体満足であるという保証は無く、最悪勝つには勝ったが十刃に留まることが叶わぬほどの傷を負い、十刃の地位を剥奪されるという本末転倒な結末すらありえる。

それはあまりにも不様な結末、そしてそれを選択するのはあまりにも愚かだ。

十刃に与えられる数々の特権、そして頂点から眺める景色を知ってしまえばそれを失う事は恐怖ですらある。

故に動かない、いや動けない、十刃がこの強奪決闘で同じ十刃を指名するなどと言う事は本来ありえないことなのだ。

 

だが、その十刃対十刃の決闘が藍染の口から提示される。

それは十刃の位にとどかぬ者達にとって見果てぬ頂の激突であり、そして打算的な者からすれば一度に2つの席が空くかも知れないという事でもあった。

血飛沫舞う殺戮劇、血で血を洗う惨殺劇、そして潰える命と生まれる空席、どう転んだとてその場にいるほぼ全ての破面に利が大きいこの提案と、なによりもその戦いを見たい、という純粋な欲望が闘技場で叫びを上げていた。

 

その叫びの中、藍染はそれを制するように軽く手を上げる。

ただそれだけの動作で闘技場は再び野静寂を取り戻す、正しく完全なる支配を示すかのような光景がそこにはあった。

 

 

「皆の気持ちはわかった。 ではゾマリとフェルナンドの戦いの後に…… と思っていたのだが…… どうやらもう来てしまった(・・・・・・)ようだね…… 」

 

 

藍染がそう零し、そして視線を下へと向ける。

そこにあるのはフェルナンドが座る壁の下にある大扉、その奥におそらくは藍染が来てしまった、といった者が近付いているのだろう。

一度送った視線を切ると、藍染は黒い笑みを浮かべたまま再び声を発する。

 

 

「さて、本来これは予定していなかった決闘だ、十刃の皆にもこの事実は伝えていない。そのなかで誰か戦ってもいい(・・・・・・)、と言ってくれる者はいるかい?」

 

 

驚く事に藍染は自分で十刃対十刃を提案しておきながら、まるで組み合わせを決めてなかったと口にする。

そして誰か十刃の中から舞台に上がってくれないか、と言うのだ。

この場に居る十刃は、バラガン、ハリベル、アベル、アーロニーロ、そしてヤミーの計5人。

ネロが来ないのは当然、ウルキオラもまた任務によってこの場には居ない、既に地位を追われたドルドーニ、決闘を控えるゾマリを除けばおのずと一人、誰がこの決闘に出場してくるかは判り切っていた。

ならばその相手を誰がするのか、藍染はそれをあえて彼等十刃に任せたのだ。

 

いや、任せたように見せたのだ。

 

 

「ブハハ! だったら俺が()ってや 「私が、戦いましょう。」んだコラ! アベル! 横取りかよ!」

 

 

最初に大声をあげたのは第10十刃(ディエス・エスパーダ)ヤミー・リヤルゴだった。

おそらくはグリムジョーとドルドーニの戦いを見ていて、見ているだけではつまらないとでも思ったのだろう。

大きく笑いながら名乗りを上げよとしたヤミー、それを遮ったのはさして大声ではないにしろ明確な意思の篭った声を上げた第5十刃(クイント・エスパーダ)アベル・ライネスだった。

 

「その無意味な大声で叫ぶな第10十刃(ディエス)、耳障りだ。それに横取りと言うならば寧ろ貴様の方だろうな…… 」

 

「あぁん? どういう意味だコラ 」

 

 

十刃用の観覧席、そのテラスから身を乗り出すようにしてアベルに食って掛るヤミーだったが、アベルはもう話すことなどないという雰囲気でそれを無視する。

そしてヤミーの存在を消し去ったかのように、藍染に話しかけた。

 

 

「宜しいでしょうか、藍染様。 ……おそらくそれが御望みかと」

 

 

藍染に軽く頭を下げ、礼をとった体勢のアベルがそう告げる。

自分が戦う、という事でいいだろうかと、そしておそらくはそれが貴方の望みなのだろうと。

見透かしている、と言うよりは考えを汲み取ったというようなアベルの物言い、そしてそれに対して藍染は笑みを深くして答えた。

 

 

「あぁ、構わないよアベル。 それが適任(・・)というものだろう、君のように聡い部下を持てた事に感謝しなくてはいけないね。 ……ヤミー、君もそれでいいね?」

 

 

アベルの申し出を快諾した藍染は、どこか満足そうにも見えた。

所詮児戯ではあるが思い通りに事が運ぶ、というのは誰だろうと悪い気はしないだろう。

そうして戦う事を申し出たアベルに形ばかりの感謝を述べると、ヤミーにはどこか言い含めるように、しかし拒否は許さないといった風で退く事を了承然る。

ヤミーはどこか納得いかない様子ではあったが、渋々藍染の言葉を了承した。

 

 

ヤミーが退いた事を確認すると、アベルは再び藍染に一礼しテラスからそのまま砂漠へと音も無く飛び降りる。

白い外套のような死覇装が落下によって靡くが、ゆっくりとした落下速度はそれが靡くだけにとどまり、バタバタと音を立てるものではなく。

落下するというよりは、むしろ水底へゆっくりと沈んでいくかのようにすら見えるアベルの姿。

そして如何程の砂煙すら立てずに砂漠へと着地するその姿は、見る者をどこか近寄らせず遠ざけるような雰囲気を纏っていた。

 

アベルが闘技場の砂漠に着地するのと時を同じくして、アベルの立っている場所よりも離れている方、フェルナンドの足元にある縦長の大扉が音を立てて開き始める。

扉の奥から空気が流れ込んだのだろうが、幾分砂を巻き上げるようにして起こった風がアベルの髪を揺らす。

冷気を感じさせるそれはその扉の奥に居る者の持つ雰囲気ゆえなのか、だがアベルは特に気にする事も無く中央へと向かって歩を進め始めた。

 

「無意味だ…… 何もかもが……」

 

 

歩を進めながら小さく呟くアベル。

それは虚空に消える独り言なのか、それと扉の奥にいるであろう者に対する独白なのか。

『諦観』という死を司るアベル、全てを諦め希望など見出さずただ緩やかに死んでいく精神の死、それがアベルの司る死なのだ。

 

 

「私に倒され、今までどうやって私の“千里眼”から逃れていたかはあえて(・・・)問うまい……」

 

 

尚も呟くアベル、そしてその呟きに呼応するように開いた大扉の奥から音が響く。

それは鉄がぶつかり、擦れるような音、そして何かを引き摺るような途切れ途切れに起こる音だった。

踏み出した脚の一歩に応ずるように生じる音、それがゆっくりと、しかし確実に大きくなっていく。

 

 

「だがそれは無意味だ。 時を重ねたとて埋まるものなどありはしない。貴様に出来るのは諦めるより他ありはしないのだ……」

 

 

その音はアベルにも聞こえていた。

もう少しで中央へとたどり着くアベルに対し、その音ももう少しで扉の奥の暗がりから日のあたる場所に出ようとしている。

だがそれをアベルは無意味と断ずるのだ。

もうアベルにはその扉の奥の人物が誰かわかっていた、いや、そんなものはこの闘技場に来た瞬間に判っていたのだ。

この2年間まったく捉えられなかった霊圧がこの会場に足を踏み入れた瞬間、鮮明にアベルには感じ取れた。

その霊圧の持ち主にそんな技能は無く、ならばアベルという十刃最高の霊圧知覚の持ち主に数年の間毛先程の霊圧も掴ませない、などという事が出来る人物は一人しかいない。

理由もその他一切の何もかもが判らない、何故こんな事をしたのかという疑問すら。

だがアベルにとってそれはさして重要ではなかった。

 

 

アベルにとって、全ては無意味でしかないのだから。

 

 

鉄と、何かを引き摺る音が止む。

音の主は大扉の外、砂漠へとその足を踏み入れていた。

背を曲げ、その顔は髪の毛に隠れ見ることは出来ない。

肩口程度までだった髪は長く伸び背の中程までに達し、数年の時を置いたせいなのか細い腕や脚も幾分太さを増したように見える。

そして見た目の変化の最たるものはその手にしっかりと握った斬魄刀、巨大な三日月を思わせたそれは更に大きさを増し、その形状も三日月を二つ、背中合わせにしたようなものへと変化していた。

昔の斬魄刀とくらべ明らかに増した重量であるそれを砂漠へ下ろし、後ろには引き摺った跡が残る。

その姿を確認し、中央へと至ったアベルが改めて呟く。

 

 

「そう言った筈だ、 第8十刃(オクターバ)よ」

 

 

大扉を背にし、どこか幽鬼を思わせるような気配を纏う男。

かつてアベルに挑み、虚圏の砂漠において手も足も出ずに惨敗を喫した男。

そしてその砂漠で慟哭の叫びを上げた男。

 

第8十刃(オクターバ・エスパーダ)ノイトラ・ジルガがそこには立っていた。

 

 

 

 

「さぁ、舞台は整った。 アベル、ノイトラ、二人とも存分に……殺しあってくれ……」

 

 

 

舞台に役者が揃う。

舞台には天上より降る藍染の言葉。

そしてその藍染の顔にはやはり、黒い笑みが浮かぶのであった……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

毒蟲の晩餐

 

黙する蟷螂

 

黒の橙

 

白日の下に

 

その眼、背けるなかれ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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