BLEACH El fuego no se apaga.   作:更夜

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BLEACH El fuego no se apaga.26

 

 

 

 

 

フェルナンド・アルディエンデの日常は自由だ。

その日の気分によってその行動が大きく変ってしまう事もしばしばあるほど、彼は何にも縛られない。

生活の基盤、というか衣食住の全ては彼が現在やっかいになっている第3十刃、ティア・ハリベルの下で充分事足りている。

フェルナンドの方もただやっかいになっているのも癪だ、と彼女の従属官の戦闘訓練などの相手をすることも少なくない。

だが、そうして彼が自分で決めた事以外、彼は何一つ縛られる事はなかった。

 

日がな一日屋上で寝転がり、天蓋に映る偽物の空を眺めてみたり。

フラッといなくなったかと思えば二、三日後に何事もなかったかのように戻ってみたり。

それをハリベルがいくら問い詰めようと、ヒラリヒラリと追及を避わし煙に巻き、まるで掴み所のない雲のように彼女をあしらってしまうのだ。

 

そして今日も、フェルナンドは思い立ったように第3宮を後にし、虚夜宮の天蓋の下に広がる砂漠を何処を目指すでもなく歩いていた。

別に目的があった訳ではないのだろう、あえて理由を問われればなんとなく、答えるしかないようなそんな思い付きの散歩。

だがしかし、その何となくの行動がフェルナンドの下に些細な厄介事を呼び込んだ。

 

 

「……で? アンタ達いつまで俺の後を付いて来る心算だ?いい加減鬱陶しいんだが……な 」

 

 

フェルナンドが軽く頭を掻きながらそんな呟きを零す。

彼が今立っているのは何処とも知れぬ白い砂漠、打ち捨てられたような太い柱や瓦礫がそこかしこに散在する場所だった。

おおよそフェルナンドだけしかいないその場所、しかしそのフェルナンドの呟きから少し間を置いてそれらは現れる。

 

柱の影や瓦礫の影から現れたのは、フェルナンドと同じ白い服を着た破面達。

そのどれもが成長したフェルナンドの身体と比べても大きく、屈強な身体つきをした破面、それらがフェルナンドを囲みまるで逃がさぬよう包囲するかのように佇んでいた。

 

 

「フェルナンド・アルディエンデだな?」

 

「ハッ! ようやく……かよ。それにしてもぞろぞろと…… 一体俺に何のようだ?」

 

 

その内の一体、長い金髪で顔の殆どを仮面で覆い隠した破面がフェルナンドの名を呼び、本人かどうかを確認するように話しかける。

それを鼻で笑いながら、現われた見知らぬ破面達をぐるりと見回すフェルナンド。

その全てが険しい表情をし、明らかに自分に対して敵意を抱いているという事をフェルナンドが理解するのにそれほど時は必要としなかった。

 

 

(随分と殺気だってやがる…… しっかし何なんだ?コイツ等…… こんだけ大勢に恨まれるような事した覚えは…… そういえばある(・・)……な。 まぁお礼参り、ってのが妥当な線かよ…… )

 

 

内心、何故自分が殺気を向けられているのか見当が付かなかったフェルナンド。

なにか自分が恨みを買うようなことをしたか、と考えてみればあっさりとその答えは出た。

数字持ち(ヌメロス)狩り』

ハリベルの指示と自身の研鑽の為に行ったそれ、それによりかなりの人数を倒したフェルナンドが恨みを一つもかっていない、という方がふざけた話だろう。

それに思い至り、改めて自身を囲む破面の顔を見るフェルナンド、しかしそこで彼は違和感を覚えた。

 

 

(……違う……な。 あの時戦った奴等じゃ無ぇ…… コイツ等何者だ……? )

 

 

そう、フェルナンドを囲む面々は彼が打ち倒した数字持ちではなかった。

ならば一体彼等は何者なのか、フェルナンドの内にかすかな疑問が残る。

そんなフェルナンドを他所に一人の破面が声を上げる、しかしそれはフェルナンドの疑問に対する答えでは当然なく、開戦の合図だった。

 

 

「その“力”、試させてもらう 」

 

 

その長髪の破面の言葉と共に、フェルナンドを囲むうちの一体がフェルナンドに向かって正面から突進する。

しかし、フェルナンドはその破面を視界に捉えているにもかかわらす、何の反応もせず立っているだけだった。

 

 

結果から言えばその破面は違えた(・・・)のだ。

 

 

真正面から挑む様は勇敢ではある、しかしそれは下策。

それはフェルナンドに対してという訳ではなく、どんな戦い、どんな相手に措いてでもそうなのだ。

格下が格上に挑むというならば、真正面は下策中の下策でしかない。

そう、その破面は違えたのだ、どちらが上で(・・)下なのか(・・・・)を。

そして結末はあっさりと訪れる。

 

 

「グハッ!!」

 

 

あまりにも哀れな断末魔を残し吹き飛ばされる破面。

真正面から対格差で押し潰しにかかったその破面、しかしフェルナンドはそれに動じる事無く相手の攻撃が届くよりも早く相手の顎、胸部、そして鳩尾に連続で蹴りを見舞っていた。

それは何の変哲もないただの蹴りであり、しかし連続といってもほぼ同時と見紛う速さで繰り出されたその蹴り、衝撃自体もほぼ同時、ある意味三乗の威力で破面は吹き飛ばされ、あっさりとその意識を手放していた。

 

 

「まぁ、なんだっていい…… アンタ達が俺に仕掛けて来た、それが重要だ。何より丁度良かった(・・・・・・)、コッチも少し試したい事があって……な。いい練習台が転がり込んできたもんだぜ、まったく…… 」

 

 

襲われた、というのにフェルナンドは相変わらず自然体のままで構えようとしなかった。

そしてあろう事か、その転がり込んできた厄介事を歓迎するかのような態度をとるフェルナンド。

だが、そんなフェルナンドの態度を見ても彼を囲む破面達は殺気を強めることこそすれ、激昂し、後先もなく飛び掛ってくるようなことはしなかった。

それは強烈な自制心か、或いは激昂すら凌駕するほどの強制力なのか、どちらにせよフェルナンドには関係のない話。

 

周りを囲む破面達、最初の一体が倒されて後、それほど間を置かずに別の破面がフェルナンドへと挑みかかる。

先程の光景を見ていたであろうその破面、正面から仕掛けるようなことはせずフェルナンドの周りをぐるぐると回り彼の死角、死角へと移動する。

対してフェルナンドはあいも変わらず自然体のまま、ただ立っているだけ。

一見隙だらけに見えるその姿、しかしフェルナンドの周りを回る破面は一向に仕掛ける様子を見せない。

 

ただぐるぐると回るだけの破面、機を伺い続けるその破面は今、手を出さないのではなく出せない(・・・・)のだ。

見えるのは打ち込んだ瞬間倒される自分の姿のみ、何処から攻めようとその姿しか破面には思い浮かばなかった。

 

そんな破面とフェルナンドの視線が一瞬合う。

その視線に、紅く鋭いその視線に一瞬()ぎった闘気、それにその破面は瞬間耐える事が出来なくなり堪えきれず攻めに転じた。

フェルナンドの頭を狙った一撃が奔り、しかしそれはあえなく避けられる。

 

その一撃を避けたフェルナンドは頭の横を通り過ぎた破面の手首を握ると、旋風の如き素早さでその破面の懐に身体を潜り込ませ、もう片方の手で襟を掴むとそのまま背負い込むようにその破面を投げ、頭から砂漠へと叩きつける。

砂漠、砂といってもやわらかく弾力に優れている、という訳ではない。

力こそ分散されるが、頭から叩きつけられれば叩きつけられた者の意識、そして下手をすれば命を刈り取る事すら簡単なのだ。

 

 

「さて、これで二人目……か。 しかし今のは思ったより今一だな。 場所に左右されるってのがうまくねぇ……」

 

 

難無く二人目も倒すフェルナンド。

頭から叩きつけられた破面は顔の半分ほどを砂漠に埋没させ、痙攣していた。

動いている事から殺してはいないようだが、とうのフェルナンドといえば何事か思案するようにコメカミの辺りを指で掻きながら考え込んでいる。

だが、そんなフェルナンドの思案など関係ないとばかりに、更にもう一体の破面が輪から進み出るとフェルナンドに対峙した。

それに気付いたフェルナンドは訝しむ様にその破面を睨みつけ、声をかける。

 

 

「また一人だけでやる心算か? 来るんなら全員で来た方がまだ(・・)マシ、だと思うが……なぁ」

 

不正解(ノ・エス・エサクト)。 コチラにはコチラの事情、というものがある。貴様には関係ない。」

 

 

フェルナンドの問に答えたのは進み出た破面ではなく、最初と同じ長髪の破面だった。

周りを囲めるだけの人数、その数の有利というものを彼等は生かそうとしていない。

それがフェルナンドには理解できなかった。

最初は仕方が無い、二度目も破面の自尊心の高さを考えれば許容範囲だろう。

しかし三度目、此処までくれば自分達と相手の実力差がどれ程のものか判る、というものだが彼等は頑なにそれを貫く。。

おそらく実力でフェルナンドに劣っているであろう彼等、ならばその不足を補うには、自分達が現状フェルナンドに勝っている部分で補うというのが定石であり、そしてそれは今数の有利(・・・・)以外なかった。

 

だが彼等はあくまで一人ずつフェルナンドに挑んでくる。

矜持か、信念か、或いは別の何かなのか、とにかく一人ずつ挑んでくる彼等に対するフェルナンドの疑問、それへの長髪の破面の答えは事情はあるが、貴様には関係ないというそっけない回答だった。

 

 

「そうかい…… まぁ、俺としても相手が多いに越した事はないんだが……な」

 

 

そう呟くとフェルナンドはやや半身気味に体勢を変え両足を開き、両腕をやや拳を開いた状態で目線より少し下にし、初めて構えを取った。

そして構えると共にフェルナンドから発せられる“気”

霊圧ではなくただ気迫が発せられているだけだが、その場にいる者は肌が粟立つような感覚を味わっていた。

そして思う、目の前にいるのはただの破面ではないと、それは今までの動きで判ってはいたがしかし実感として今、彼等は感じているのだ。

 

 

この破面は普通ではないと。

 

 

それでも、それが実感できていても彼等が退く事はなかった。

囲みから一人出てきてはフェルナンドに挑みかかり、呆気なく倒されるという繰り返しを続ける。

最早それは個人の意思というよりも、もっと大きなものに突き動かされているような様相を呈してきた。

おそらく金髪の破面がフェルナンドに言った、コチラの事情というものが大いに関係しているであろう事は明白であり、しかしそれはフェルナンドにとってはまったく関係のない事。

 

 

挑みかかってくる破面達、一対一の連続の中フェルナンドはそれに飽きる事無く、寧ろ愉しむようにそれを続けていた。

最早戦っていると言えるかすら疑問ではあるが、そんなフェルナンドの戦い方に次第に若干ではあるが変化が現れる。

拳脚を用いた“打撃”をもって戦ってきたフェルナンド、しかし今フェルナンドは打撃を主体としながらも、それに新たな要素を加えた戦い方をし始めていた。

それは先程破面を頭から砂漠へと叩きつけた投げ業であったり、拳といった近接攻撃よりも更に内側の間合い、肘による斬撃にも似た一撃を相手に見舞う事もあった。

更には相手の手足の関節などを、稼動方向とは逆に曲げて間接を極める事や、またそのまま骨を折るなどといった相手の外部的破壊以外の内部的破壊を目的とした戦闘方法も模索している様子だった。

 

そう、それは模索。

フェルナンドは今、この襲い来る破面達を練習台として使い模索しているのだ、自分の戦闘スタイルというものを。

それは数字持ち狩りの時にも行った研鑽の延長線上にあるものなのだろう。

だがしかし、あの時と今でフェルナンド自身が決定的に違っているもの、それは体格(・・)だ。

 

子供の身体と小柄ではあるが大人の身体、それには大きな差が生まれる。

一つは筋肉や骨格の量や強度、もちろん上昇した霊圧もその一つに数えられるだろう。

だが、戦闘において近接格闘を主体とするフェルナンドにとって最も重要な点は、身体的成長によって得た射程距離の延長、間合い(・・・)であった。

射程距離、格闘でいえば拳や蹴りが届く距離といえばいいのか、身体が成長したことによりフェルナンドの間合いは子供の姿のときと比べ飛躍的に伸びていた。

 

成長した身体、伸びた手足、模索とは即ち昇華でありフェルンドが彼等を相手取る理由はこの点がやはり大きかった。

今までと同じ動作を今までと違う身体でする、それに伴う感覚的な差異を埋め、さらに成長によって可能となった動きを確認する。

今までどおりの動き、しかし今のまま(・・・・)でいることをフェルナンドは良しとはしない。

昇華とは今以上という事、それをフェルナンドは貪欲に目指しているのだ、普段飄々とした態度をしてはいてもその本質、“生の実感”を求め戦うという彼が求めるのは戦うための“力”なのだから。

 

 

「今のも違う……な。 とどめの前に一拍入るのはよくねぇ。それにただ背負って投げるだけじゃぁそもそも投げる必要が無ぇ……かよ」

 

 

また一体、フェルナンドへと挑みかかった破面が倒れる。

今度の破面は一番初めと同じようにフェルナンドに背負われるようにして投げ飛ばされていた。

しかし、今度は頭から叩き落すのではなく背中から砂漠に落とすようにして投げるフェルナンド。

衝撃は確かにあるだろうが、それのみで相手を倒すほどの威力はその投げにはどうしても乗りづらかったのか、投げられた破面はその衝撃に耐えてみせた。

だが次の瞬間、砂漠へと投げ伏せれれたその破面が目にした光景、その破面が意識を失う直前に見た光景は、まさに眼前にまで迫るフェルナンドの足だった。

 

フェルナンドは相手を砂漠へと叩きつけると、仰向けに倒れる相手の顔面をその足で強かに踏みつけたのだ。

顔を踏みつけられた相手は一瞬大きく痙攣し、その後意識を失ったかのように動かなくなった。

だが、殺してはいない。

フェルナンドは先程から相手をしている全ての破面達を意識を刈り取るまでに留め、命まで奪う事まではしていなかった。

 

 

「そもそも決着なんてもんは一瞬だ…… 投げた、蹴った、倒した、これだって一瞬には多い。理想は全てを限りなく同時に……か 」

 

一人考え込むフェルナンド、模索するのは新たなる自分の戦い方。

こうして戦う中で彼はそれの糸口を掴み始めていた、朧気に見えるのは理想、相対した敵をどうすれば完殺出来るかというそれだけを追求した理想の動き、ただ殴って殺す、蹴って殺すのではなく、絶命に至るまでの間で更に殺している、いや殺しきっている(・・・・・・・)という理想像。

 

囲みも薄くなり始めた頃。

最早突破は容易く、そもそも捕らえられているというよりは自分からこの場に留まっている、と言った方が正しいフェルナンド。

そして彼の前にまた一体、破面が進み出て挑みかかってくる。

さすがに今までの戦いをその目で見ていたその破面は、ある意味で善戦していた。

それはフェルナンドが今も思考にその重きを裂いているということが一つと、彼が見計らっている(・・・・・・・)為。

 

そうとは知らず自分が圧していると感じたのか、その破面は攻勢を強める。

対する破面から繰り出されてくる拳と蹴り、その全てがフェルナンドからすれば不用意極まりないものに見えていた。

破面はその肉体自体が武器となる、鋼皮(イエロ)と呼ばれる鋼鉄のような皮膚と圧倒的膂力を持って相手を打倒出来る身体、振り回せばそれだけで拳は凶器と化すだろう。

だが、既に凶器である拳を更に(まが)つものに、殺すためだけに研鑽するフェルナンドにとってそれはあまりに不様で不用意であり、愚かしく映っていた。

 

そしてフェルナンドが動く。

またしても不用意に迫り来る破面、その勢いを中段の蹴り一発で止めて奪い去ると、旋風の速さで相手の懐へと潜り込み先程と同じように投げを打つフェルナンド。

そこからはまさしく一瞬だった。

先程とは違い、両手で相手の手首を掴み捻り上げると同時に腕の二の腕辺りを自分の肩に乗せ、担ぐようにして投げを打つ。

すると捻り上げられていた破面の腕の肘は本来曲る方向とは逆方向に無理矢理に曲げられ、挫かれ、そしてかかった加重に耐え切れず肘は(ひしゃ)げる様に砕け耳障りな音を上げる。

そうして相手の腕を極め、そして折り壊しながらも止まらず投げを打つフェルナンド。

投げ飛ばされた相手は天地が逆転し、頭が下、足が上という逆様の状態、そしてその頭部は砂漠へと吸い込まれるように墜ちて行く。

そのまま叩きつけられても、また万が一立ち上がろうとも腕を折られ、戦う事は不可能であろうその破面。

 

しかしフェルナンドはまだ止まらない。

先程垣間見た朧気な姿を今、己うちに確たる姿として確立するため実行に移したのだ。

フェルナンドの内に雷光が奔る、天から地へまさに神速にて降る(いかずち)の光、そのイメージはフェルナンドに“力”を与える。

投げをうつと同時に腕を極めそのまま折り、破面の片腕は完全に破壊されていた。

天地上下を失い目に映る景色が逆転しているであろう破面、その頭部が砂漠へと激突する前にフェルナンドは手首を取っていた両手を放し、破面を投げの体勢から放り出す。

相手を叩きつける事を目的とした投げならばそれは不完全、叩きつけるから落ちるに変わったそれでは敵を倒すにも殺すにも至らないだろう。

 

無論、それが投げ技(・・・)だったのなら。

 

フェルナンドは投げによって腕を破壊した破面の手首を放す。

そして彼は逆様となり今まさに砂漠へと激突するであろう破面の顔面に真正面から雷光の如き下段蹴りを突き刺した(・・・・・・・・・・)のだ。

 

極める、投げる、折る、蹴る、間接と投げ、そして打撃が壊し殺すという一連の動作の中に集約した一撃。

それぞれが単体ではなく一連の動作の中に納まり、連動し、調和しているということの重要性。

その一撃をもって相手を完殺する為だけの動き、荒削りではあるがまた一つ、フェルナンド・アルディエンデの求める“力”が昇華しその姿を現した瞬間だった。

 

 

「……まぁ、悪くは無ぇ……か。 まだまだ甘いが、単体じゃなく、一連の動作として集約し殺しきる……かよ」

 

 

残心の後、スッと立ち上がったフェルナンド。

その一撃の評価は彼の中でも上々といった様子で、連動と集約という一つの道筋が見えるものだった。

しかしフェルナンドが視線を向ける先、其処に転がるソレを見ながら彼は一瞬悔いるような眼差しを見せる。

其処に転がるのは死体、腕があらぬ方向へと曲り、そして顔は潰れ鮮血に染まり動かないそれは死体以外の何者でもなかった。

そしてソレはフェルナンドの一撃の犠牲となった存在であり、フェルナンド自身まさに編み出したばかりの業に加減など出来る筈も無く、全力で放ったそれは容易にその破面を絶命たらしめたのだった。

 

 

「感傷かい? フェルナンド・アルディエンデ。それとも殺した事を後悔しているのか? 不正解(ノ・エス・エサクト)!愚か過ぎるぞそれは。 そんな事では、君の“評価”は最低だと報告せねばなるまい」

 

 

そんな一縷の後悔を見せるようなフェルナンドに、長い金髪の破面が声をかける。

顔の殆どを仮面で隠し、口元意外はほぼ見えていないがその口元には明らかな嘲笑が浮かんでいた。

感傷に浸ると言う破面として愚かしいとすら言えるフェルナンドの様子に対する嘲笑が。 

 

 

「ハッ! 別にコイツ等が自分から(・・・・)()りに来たってんなら何も問題無ぇさ。その時はキッチリ殺してやる。 ……だがな、“覚悟”も何もなくただ命令された(・・・・・)から戦うなんてのまで相手にしてられるかよ。覚悟の無ぇ奴のまで背負える程、俺の背中は広く無ぇ…… それにそんな中途半端をいくら殺したところで、俺の欲しいモンは手に入る訳が無ぇから……な」

 

 

長髪の破面の言葉を鼻で笑い、フェルナンドが悔いる様だった視線の理由を話す。

本来、フェルナンドは殺す事を躊躇わない。

それは戦いというものの中で見せる躊躇いとは“死”を招く源であり、そもそも戦いとは互いに自らの勝利と、そして“死”を覚悟して臨むべきものであるというフェルナンドの考えに基づくものだった。

 

しかし、先程から相手をしている数多くの破面達、フェルナンドにはその中にただ一人としてその“覚悟”の視える者はいなかった。

それは自らの勝利、そして“死”を考えていないという証であり、自らの意思で戦場に立つ者としてあり得ない行為。

ならば何故彼等は戦場に、フェルナンド・アルディエンデという男の前に立ち塞がったのか、それが自らの意思でないとするならば答えは他者の意思によってという事に、つまり命じられて(・・・・・)戦場に立っているという事ではないか。

それが誰の意思か、何の目的があるのか、そこまではフェルナンドにはわからない。

 

だが、フェルナンドにとって彼等が彼らの意志でこの場にいない、ということだけで充分だった。

己の意思なき者、“覚悟”なき操り人形などいくら殺したところで彼の求めるものは手に入る訳がないのだ。

自己と自己、拳と拳であり拳と刀、そして魂と魂、その全てをかけ戦ったその先だけに彼が求めるものはあるのだから。

 

故にフェルナンドは彼等を殺す事はしなかった。

そして悔いたのは殺した事ではなく、覚悟なき死(・・・・・)を背負ってしまった事へのそれだったのだ。

 

「なるほど…… 求めるのはあくまでも高潔な戦い、という事か。いいだろう合格だ。 フェルナンド・アルディエンデ、然る御方が貴様に会いたいと仰せだ、拝謁の許可を誉れと思い、大人しく我等に着いて来い」

 

 

フェルナンドの言葉から彼の意思を読み取ったのか、長髪の破面は納得したように頷くとフェルナンドにとんでもない発言をぶつけてきた。

それはフェルナンドと会いたいと言う者がいる、誰かは明かさないが光栄な事だから大人しく言う事に従え、というなんとも不遜な言葉だった。

有無を言わさぬ発言、逆に感謝すら求めているような物言い、それを浴びせられたフェルナンド。

そんな物言いにこのフェルナンド・アルディエンデという男が謙り、跪き、感謝の言葉を述べる姿が想像できるだろうか。

 

言うまでもなく答えは『否』だ。

そもそもフェルナンドは誰にも縛られない。

ハリベルに戦う術を教わる事はあっても決して“下”ではなく、あくまで“対等”として接し、創造主たる藍染にすらその態度を変える事はない。

そんなフェルナンドに対して上から物を言う、そんな相手に対するフェルナンドの答えはやはり判り切ったものだった。

 

 

「ハッ! 寝言は寝て言え。 アンタ等のご主人様が誰かなんて俺は知らねぇし知る必要も無ぇ。態々雑魚をあてがって物見遊山気分が知らねぇが、こんなもんは命じた奴の底が知れる(・・・・・)。会いたいなら呼びつけるんじゃなく、テメェの足でテメェが来いと、そう伝えろ」

 

 

そう言い残すとフェルナンドはその場から立ち去ろうと歩を進める。

フェルナンドにとってもうこの場に留まる理由は何一つなかった、この場で彼は予想以上の収穫を得たからだ。

模索と昇華、その前段階程度と捉えていた彼にとって、この場で得た一つの到達点への(しるべ)と得た新たなる“力”の片鱗、それだけで彼には充分でありその他は余分、その余分の極致がこの不遜な招待だった。

 

 

「……それは困る。 これも我等が陛下の望み、逃がす訳にはいかない…… 多少手荒な事をしてでも共に来てもらおうか!」

 

 

立ち去ろうとするフェルナンド、しかし長髪の破面は当然それを良しとはしない。

彼の言葉に呼応し、フェルナンドを囲んでいた破面達は一斉に動きフェルナンドの行く手を塞ぐように立ち塞がる。

歩を止めるフェルナンドの前に生まれたそれは壁、一対多の壁であった。

 

彼等はこの時初めて『数の有利』を活かしたのだ。

いかな目の前で一対一で圧倒的に、そして次々と仲間を打倒するこの男であってもこれだけの人数で一息に攻めれば勝てる、と。

 

そんな夢想を彼等は描いていた。

 

 

 

「勝てる…… そう思ってるな? だったら俺も容赦はしねぇ、俺の間合いに入れば…… 殺す(・・)…… 」

 

 

その彼等を夢想から一気に現実へと引き戻す言葉が紡がれる。

高揚した精神に冷水を掛けられたかのように一息に、彼等は目の前の破面を注視した。

彼等に見えるその破面の顔は、しかし紡がれた言葉とは裏腹の無表情に近いもの。

殺す、という強い言葉を口にしながら、その顔は波も風も無い湖のように静けさを湛えていた。

それが逆に彼等に恐怖を刻む。

その静けさ、しかしその破面 フェルナンド・アルディエンデが放つ“気”は、紡がれた言葉が本当であると告げている。

 

 

 

間合いに入れば殺す

 

 

 

それが真実であると彼等は理解する。

そして彼等の恐怖の源はゆっくりと、彼らの壁に向かって再び歩を進める。

誰が最初に動いたかはわからない、しかし気がつけば壁を形成していた全ての破面が左右に別れていた。

その中心、ぽっかりと空いた壁の穴を、フェルナンドは悠々と進む。

彼等は呑まれたのだ、フェルナンドという男が放つ静かながらも有無を言わさぬ圧力を持った彼の闘気に。

 

だがその前にたった一人、立ち塞がる者がいた。長い金髪のあの破面だ。

 

 

「逃がす訳にはいかない、そう言った筈だ…… 」

 

 

そう口にし、腰を落として抜刀の構えをとる金髪の破面。

対してフェルナンドは淀みなくその歩を進め、ぐんぐんと間合いを詰める。

次第に詰まる二人の間合い、互いの間合いた近付き、そして重なった。

瞬間動いたのは長髪の破面だった、鞘に添えていた手の親指で斬魄刀の鍔を弾き、それを起爆剤として一息に刀身を抜き放とうとする。

 

 

「なん…… だと!?」

 

 

しかしそれは叶わなかった。

抜き放とうとした長髪の破面の刀は、その刀身の中程までしか鞘から顕われる事はなかった。

柄を握った腕に力を込める長髪の破面、しかし刀は一向に抜ける気配は無い、いや抜ける筈がないのだ。

彼の斬魄刀は今、フェルナンドによって完全に押さえ込まれている(・・・・・・・・・)のだから。

 

 

フェルナンドは間合いにはいった相手が刀を抜くと同時に間合いを潰し、その足で刀の柄尻を押さえ抜刀を阻止していた。

本来ならばこのままもう一方の足で跳び上がり、相手の顔を蹴りぬくなどしてとどめを刺すのだが、フェルナンドはこの長髪の破面に関してはそうはしなかった。

 

 

「今、一回死んだ(・・・・・)ぜ。 ……わかったか?俺とアンタの“差”が、己と命令の“差”がよぉ。アンタは殺さないでおく。 だから必ず伝えろ、さっきの言葉をアンタのご主人様に……な」

 

 

そう言い残し、長髪の破面の斬魄刀の柄を踏み台にして跳び上がり、その場を去るフェルナンド。

長髪の破面はそれを追う事はしなかった。

その場に残された長髪の破面、ギリッという奥歯を噛締める音だけが後に残るのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

勅命

 

その重さ

 

跪く流断の士

 

囀るのみが

 

使命と知る

 

王とは

 

座してこそ王である

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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