BLEACH El fuego no se apaga.   作:更夜

27 / 106
BLEACH El fuego no se apaga.25

 

 

 

 

 

玉座の間、破面の創造主たる藍染惣右介の目の前で起こった暴虐の坩堝(るつぼ)から数日。

第2十刃(ゼグンダ・エスパーダ) ネロ・マリグノ・クリーメンが幽閉された、という噂と共に虚夜宮には平穏が訪れていた。

それは此処第3宮(トレス・パラシオ)でも変らず、しかし虚夜宮全体は平穏であれどここに居る者達の心中は決して穏やかではなかった。

 

 

「イテててて…… クッソ~、ネロの野郎め~~!」

 

 

身体を動かすと奔る痛み、その痛みを与えた者の名を忌々しげに呼ぶのは肩口程の短い黒髪、左右違う色の瞳を持った女性、エミルー・アパッチ。

 

「五月蝿いね。 痛いのはみんな一緒なんだよ…… 少しは静かにしなアパッチ。」

 

 

そのアパッチの恨み声に反応し、それを窘めるのは筋肉質な身体つきにウェーブのかかった黒髪を背の中ほどまでのばした女性、フランチェスカ・ミラ・ローズだった。

そしてそれに続くように最後の一人が言葉を発する。

 

 

「そうですわ。 その耳障りな声は傷に障りますの。」

 

「テメェ!スンスンふざけんじゃねッ! イテテ…… 」

 

 

最後の一人、ミラ・ローズよりも長い黒髪に髪飾りのような仮面の名残を飾り、長い袖で口元を隠しながらアパッチに対し毒舌を発揮するのはシィアン・スンスン、そのスンスンの言に噛み付くアパッチだが痛みによってそれどころではない様だった。

 

彼女等三人、第3十刃(トレス・エスパーダ)ティア・ハリベルの従属官(フラシオン)は無謀にも第2十刃ネロに挑み、なす総べなく返り討ちにされ、その傷を第3宮の一室で三人並んで寝台に横たわり癒していた。

 

繰り広げられるいつものやり取り、アパッチとミラ・ローズの小さな小競り合いにスンスンが毒舌で割って入り大きくなるいざこざ。

しかし、そのいつものやり取りも今日この場に限っては、語弊はあろうがどこか精彩を欠いている印象を受ける。

それは彼女等が傷付き臥せっている、ということも一つの理由としてあろう。

だが本当の理由、彼女等が常の快活で活発な雰囲気を纏っていない本当の理由は別にあった。

 

その理由はやはり良くも悪くも彼女等の主、ハリベルへと帰結するのだろう。

彼女等の内にあるのは悔しさ、そしてそれ以上にハリベルに対する申し訳ない(・・・・・)、という気持ちだった。

 

彼女等の主ハリベルは私闘を好まない。

理由無き争いは獣のそれと同じ、理性を持ち己の“力”を律する者こそが戦士であり、戦士たる者無闇な戦いは避けるべきであるとするハリベル。

その彼女の従属官たるアパッチ等もその考えを充分理解し、そうあろうと振舞ってきた。

しかし、玉座の間で今や彼女等の怨敵とすら言えるネロが放った言葉は、彼女達の怒りを瞬時に業火へと変じさせたのだ。

 

彼女等とて判っていた、私闘の愚かさ、そして相手と自分達の実力の如何ともし難い“差”の存在を。

それでも挑まずには、いや殺そうとせずにいられなかったのだろう、尊敬し敬愛するハリベルを“淫売”と呼んだ憎き者を。

 

結果として彼女等は当然とも言うべき敗北を喫した。

傷つき、倒れ臥してからの事を彼女等は覚えていない、しかし自分達が目指す戦士としての在り方に反した事だけは判っていた。

アパッチ等三人に後悔はなかった、もしあの場でネロの言葉を甘んじて受け退いていたら、彼女等はその不義から二度とハリベルの目を見ることはできなかっただろう。

しかし戦士としての在り方に反したものまた事実、それはアパッチ等にとって今まで自分達にその在り方を説き、導いてくれたハリベルに対する裏切りですらあった。

故の後悔、申し訳なさが満ちる彼女等の内、だが現実としてこうして生き残りかといってネロを倒せたわけでもない彼女等、ハリベルの為、彼女の“誇り”を守るための戦いだった、しかし彼女等の前に立ちはだかる問題もまた、ハリベルであった。

 

 

「……ハリベル様…… やっぱり怒ってるよな……」

 

「「…………」」

 

 

意を決し、今まで三人の誰もが避けていた話題を口にしたのはアパッチだった。

それを聞いたミラ・ローズとスンスンは黙り込む、おそらく二人とてアパッチと同じことを考えていたのだろう。

 

「怒ってるな…… きっと…… 」

 

「えぇ。 教えを守れず、その上生き恥まで曝してしまっては…… ね……」

 

 

沈黙の後アパッチに同意するミラ・ローズとスンスン。

己を律する事も出来ず、かといって相手を討ち取る事も出来ず討ち死にすらできなかった彼女等。

結局のところ三人ともハリベルにあわせる顔がないのだ。

そして彼女等にある一抹の不安、“怒り”ならまだいいと、だがもし最初に見るハリベルの顔に映るのが“怒り”ではなく“落胆”だったら。

それはアパッチ等三人にとって恐怖でしかない、主の為、ハリベルの為に生きると決めた彼女等にとってそれは恐怖なのだ。

 

 

「「「 ハァ~~~~~~~ 」」」

 

 

奇しくも三人が同時に溜息をつく。

だが邂逅は避けられず、その時は刻々と迫っていた。

 

 

 

 

 

――――――――――

 

 

 

 

 

「…………フゥ 」

 

 

響くのは靴音と溜息のみ。

一定の間隔で続くそれは、既に大分長い時間続いていた。

ハリベルは自分の宮殿の廊下を、正確にはアパッチ等彼女の従属官が休んでいる部屋の近くの廊下を、何度も行ったり来たりしていた。

その行動に見えるのは躊躇いの感情、ただ彼女達に、自分の従属官である彼女達に会うというただそれだけの事が躊躇われる。

理由などハリベルにも判っているのだ、それは自分の愚かさが生んだ罪であると。

 

彼女は自分の中の矜持、戦士としての在り方と誇りに囚われるあまり、自らの従属官を見殺しにしてしまうところだった。

だがそれはフェルナンドという替え難き存在により回避する事が出来た、しかしそれはただ彼女等の命が助かったということであり、ハリベル自身が彼女等を見殺しにしてしまったかも知れないという事に変りはない。

 

そしてフェルナンドが危機に曝された時、自分の本当の願い(・・・・・)というものを思い出したハリベル。

その願いを、『仲間』というものを再確認した彼女であったがそれ故に躊躇いが生まる。

なんとしても、何をおいても“守る”という決意は確かにハリベルの内に何よりも深く刻まれたろう、しかし深く刻まれたが故にその対象たるアパッチ、ミラ・ローズ、スンスンの三人に今顔を合わせ、なんと言えばいいのか彼女には判らなくなっていた。

 

戦士としての在り方、ハリベルはそれに固執した、しかし彼女はその在り方自身は今でも間違ってはいないと思っている。

間違ったのは自分自身、そう在ろう、そう在らねばならないと無意識に思い込み、自身をその枠に押し込めていた自分自身なのだと。

そして彼女が積み上げて来た戦士としての在り方や、それを誇りに思う事は間違いではないと。

 

だが、彼女の従属官である三人がそれに反したからといって、ハリベルに彼女達を責める権利はない。

そもそも彼女達に非はないのだ、在り方を強要してしまった自分、それに従ったまでの彼女達を責める権利など無いとハリベルは考えていた。

ならば気さくに、ただ加減はどうだと聴けばいい、切欠などその程度で充分なのだろう。

しかし今のハリベルにそれは出来なかった。

 

 

《何故? 何故助けてくれなかったのですか…… 》

 

 

そんな台詞が彼女には聞こえた気がした。

それは幻聴であろう、しかしハリベルにとってそれは現実あり得る事であり、ハリベルの内より木霊するそれを彼女の従属官達は言う権利を持っているのだ。

それは恐怖、戦いの中で感じるそれとは別の恐怖。

『仲間』故に、大切な存在であるが故にもしそれを言われたら、という恐怖は計り知れない。

大切だ、と再度自覚したからこそその言葉はハリベルを抉るだろう、故の躊躇い、何度も何度も廊下を足早に行き来するハリベル、自分はこんなにも臆病だったのかと自覚するほどの躊躇いが其処にあった。

戦場ではなく、ただあの三人に拒絶される事(・・・・・・・・・)がこれほど怖ろしい事か、と。

 

しかし何時までもこうしていたとて事態は好転するはずもない。

 

「………… ヨシッ 」

 

 

小さく呟くハリベル、その呟きは己への鼓舞だった。

彼女等は自分を許さないかもしれない、なじられ、罵倒され、拒絶されてしまうかもしれない。

それでも構わない、それでも自分が謝らねばならない、と。

ただ一言「すまない」と、自分のせいで傷つけてしまった彼女等に謝らねばならないと。

そうしなければ、きっと自分は一生彼女等に真正面から向き合う事ができないのだから、と。

 

意を決し踏み出すハリベル。

邂逅は直ぐ其処まで迫っていた。

 

 

 

 

 

――――――――――

 

 

 

 

 

コンコンと扉を叩く音がする。

 

 

「は~い、開いてるよ 」

 

 

その音に反応し、ミラ・ローズが入室を許可する。

三人しかいない部屋、他の二人、アパッチとスンスンもさしてそれを咎める事はない。

第3宮、十刃の宮殿であるこの場所に客など来る筈もなく、ミラ・ローズはおおかた下官かなにかだろうと思い気軽に許可を出した。

当然の行為であるそれ、なんら不自然でもないその行為だがしかし彼女は失念していた、此処が誰の宮殿であるか、唯一人、下官ではなくこの部屋を訪れる可能性がある人物がいた、という事を。

 

扉を叩く音がしてから数瞬、やや入室の許可が下りて後間を空けてゆっくりと扉が開く。

そしてその扉から入って来たのは、焦げ茶色の服を着た下官ではなく、白い死覇装を着た人物、スラリと伸びた手足と褐色の肌が死覇装に栄え、金色の髪は艶やかにその人物の頬を撫でていた。

 

 

「あっ…… 」

 

 

三人のうち誰ともなしにそんな呟きが零れる。

それは何時か来る邂逅ではあった、それが今訪れたに過ぎない事、彼女達の前に現れたのは下官ではなかった。

彼女達の主、敬愛する主であるティア・ハリベルが彼女達の前に立っていたのだ。

 

 

そして訪れるのは沈黙、二、三歩入って入り口辺りに立つハリベルと、それぞれ寝台の上で上半身を起し硬直している三人。

普段ならば彼女等にこんな沈黙が訪れる事はない、ただ今だけは、この微妙なシコリを抱える今だけは違っていた。

沈黙が部屋に満ちる、四人それぞれに何とかきっかけを作ろうとしてはいるようだがうまくいかず、声を発そうとしては躊躇い、止めてしまう、といったことを繰り返していた。

 

それがどれほど続いただろうか、一瞬だったかもしれないし長い時間だったかもしれない、だがいい加減このままではマズイと全員が思った頃、意を決しまるで頃合を見計らったかのように全員が同時に声を上げた。

 

「「「ハリベル様!」」」  「お前達……」

 

「「「申し訳ありませんでした!」」」  「すまなかった…… 」

 

 

全員が同時に声を上げ、そして頭を下げていた。

謝罪、何を措いてもまずは、と全員がそれを口にする。

互いを大切に思うからこそ、相手に対する裏切りとすら取れる行為をしてしまった事への謝罪を、言い訳も何もなくただ申し訳ないという気持ちを伝えなければならないと。

 

 

「「「……え?」」」

 

 

頭を下げる四人のうち、先にその異変に気がついたのは従属官三人の方だった。

確かに彼女達に聞こえたのは“怒り”による叱責ではなく、すまなかったという謝罪の言葉。

恐る恐る頭を上げる三人、そして目に飛び込んできたのは自分達の主が、よりにもよって部下である自分達に深々と頭を下げる姿だった。

 

 

「え? ちょっ、えぇ!?」

 

「御止めくださいハリベル様! 何故(わたくし)達などに頭を下げられるのですか!」

 

「そうです! 止めてください!」

 

 

混乱するアパッチ、そして寝台から身を乗り出さんほどの勢いでハリベルに止めてくれと懇願するスンスンとミラ・ローズ。

それもその筈だ、彼女等が覚悟していたのは叱責でありまさか自分達の主から謝罪される、などということは露程も考えてはいなかったのだ。

頭を下げるのをやめてくれという二人と混乱状態の一人、しかしハリベルはその頭を下げたまま言う。

 

 

「いや、愚かだったのは私だ…… お前達は何一つ悪くない、“守る”と誓いながら戦士としての在り方に固執するあまりそれを忘れ、お前たちの危機を救う事もできず傷つけさせてしまった…… どうか、許して欲しい…… 」

 

 

ハリベルの口から語られるのは彼女等が思っていたのとは真逆の言葉だった。

悪いのは全て自分だと語るハリベル、しかし彼女等にとってそれは違うのだ、悪いのはハリベルではなく自分達、真に頭を下げ許しを請うべきは自分達なのだ、と。

 

 

「違いますわ! 悪いのは私達の方です。 誇り高きハリベル様の従属官たる私達が私闘にはしった事こそ責められるべきですわ!」

 

「スンスンの言うとおりです! ハリベル様は何も悪くない!アタシ達が馬鹿だったんです!申し訳ありませんでした!」

 

 

スンスンとミラ・ローズは叫び、再び深く頭を下げる。

ハリベルは何も悪くないと、悪いのは自分達だと叫び頭を下げる。

悪いのは、責められるべきは自分達だ、だから顔を上げてくれと願うかのように頭を下げる二人、そしてその二人に続くように、いや二人以上に悲痛な叫びがそこに木霊した。

 

 

「やめてくれよ…… なぁ…… やめてくれよハリベル様! 何で謝るんだよ!悪いのはあたし達だろ!? なのになんで謝るんだよ!それなのになんで、なんで…… なんでそんな風に震えてんだよ!あたし達が好きなのは!誰にも負けない“強い”ハリベル様なのに!なんで!」

 

 

混乱の中、アパッチが見たのは頭を下げ、その肩を小刻みに震えさせているハリベルの姿だった。

アパッチにはそれがどこか幻にすら見えた、ありえないと、自分の知っているハリベルは、理想像たるハリベルがこんな姿を自分達に見せる筈は無いと。

アパッチの言葉にスンスンとミラ・ローズも再び顔を上げる。

そして眼にするのはアパッチの言葉通りのハリベルの姿、それは二人、いや三人にとってとても衝撃的な光景であった。

 

 

「私は…… お前達を傷つけさせてしまったことが、そしてそれを許してしまいそうだった自分が許せない。故にもう二度とあんな事はさせはしない。……だが同時に私は怖いんだ…… お前達を失う事が、そして今、お前達に拒絶されるかもしれないと思うと、私は怖くてたまらない」

 

 

独白、己の内にある弱さ、本来誰にも見せるべきではないその弱さ、しかしそれを見せられる相手を前にハリベルはそれを語る。

自分が怖れる事は何か、決意と、そして再認した尊さゆえの恐怖に苛まれるハリベル。

 

 

「そんな事ある訳ない! あたし達がハリベル様を拒絶するなんてある訳ない!あたし達はハリベル様が来るなといっても何処までだって着いていく!」

 

「そうです! そんな事、怖がる必要なんてこれっぽっちもないです!アタシ達はハリベル様の(・・・・・・)従属官なんですから!」

 

 

アパッチとミラ・ローズが矢継ぎ早にハリベルの言葉を否定する。

ありえないと、自分達がハリベルを拒絶するなどということはありえないと、それは誇りなのだ、彼女等にとっての。

ハリベルの従属官、その地位にいることが彼女等の誇りなのではなく、彼女の傍で彼女を支える事が、共に歩む事が彼女等の誇りなのだ。

 

 

「…・・・ハリベル様、顔を上げていただけますか?」

 

 

スンスンが静かにハリベルに頼む。

ハリベルもその言葉に漸く下げていた頭を上げ、再び三人と目を合わせる。

 

 

「私達は常にハリベル様のお傍にいますわ。そして今回と同じ事があればまた同じように行動(・・・・・・・)するでしょう」

 

「それは……」

 

 

静かに語るスンスン、常の毒気も無く、しかし口元を隠す癖はそのままにハリベルを真っ直ぐ見据えて語る。

 

 

「それが私達の誇り(・・・・・)だからです。ハリベル様に教えて頂いたもの、そして自らが考え実践していく上で生まれた“誇り”ですわ。それによってまたこうして傷つく事もあるでしょう、でもそれをハリベル様が気に病む必要はありませんわ。ハリベル様はただ一言『付いて来い』と言って下さればいいのです、そうすれば私達は何処までも、そして何時までもお傍にいますわ」

 

 

スンスンの言う彼女達の“誇り”、それはハリベルのために生きるという誇り、彼女に害をなし貶めようとする者のこと如くを排する事、そして常に彼女の傍で彼女を守り通す事、それこそが従属官たる三人の誇りなのだ。

そして自分達の傷を気に病む事は無いと、ハリベルにはただ一言、その一言をくれれば自分達は何処までも共にいけると。

貴女に必要とされている(・・・・・・・・)という感覚、それだけがあれば自分達は貴女の為に生きられると。

そんな自分達が貴女を拒絶するはずが無い、とスンスンはハリベルに伝えたのだった。

 

そのスンスンの言葉に力強く頷くアパッチとミラ・ローズ。

それを見たハリベルは思う、やはり自分は愚かで、しかしそれ以上に幸せなのだと。

最早多くを語る必要など無く、それでもただ一言、このすばらしき従属官達に言葉を送ろうとハリベルは口を開く。

 

 

「お前達…… 本当に…… ありがとう 」

 

 

そう言って再び頭を下げるハリベル、しかしそれは謝罪ではなく感謝の礼だった。

それを見たアパッチが悪戯な笑みを浮かべる。

 

「だ・か・ら、頭下げないでくださいよ、ね?ハリベル様」

 

 

その声に顔を上げるハリベルだが、目に映るのは歯を見せニカッと笑うアパッチ、そしてミラ・ローズとスンスンの二人もまた笑顔だった。

それを見たハリベルもまた「フッ」と小さく笑う。

 

「これは一本とられた……か 」

 

 

そう零したハリベルの言葉で部屋の空気からしこりは取れ、常の彼女達の雰囲気へと戻りつつあった。

互いの想いというものを再認した彼女等、その結束は今後更に強固となるだろう。

だが今は、ただこの掛替えの無い時間を過ごす事だけが、彼女達にとって何より重要であった。

 

 

 

 

 

 

「よう。 しぶとく生き残ったじゃねぇか、三バカ」

 

 

 

 

 

 

その四人に、正確には寝台へ横たわる三人へと声がかかる。

四人がそちらに視線を送ると、そこには入口に立ち、三人へと声を掛けた男性の姿が眼に映る。

 

ハリベルと同じ金色の髪、短めで後ろに跳ね上がるように、そして少し長めの後ろ髪は紐でぞんざいに縛られ一纏めにされている。

白い死覇装は袴はハリベルらと同じ様式で、しかし靴は履いておらず裸足、上着は袖が七分丈で正面はファスナーになっており、それを腹の中ほどまで下げており胸の中心に開いた孔が見えていた。

背の高さは大体165~170cm程度か、男性にしては小柄であるがその身体つきは華奢ではなく、しなやかで強靭そうな筋肉に適度に覆われていた。

そして何より目を引くのはその瞳、紅い、紅い瞳が四人を射抜くかのように鋭く彼女等を見据えていた。

 

 

「あ、アンタ…… もしかしてフェルナンドかい?」

 

 

その青年にいち早く話しかけたのはミラ・ローズ。

青年にフェルナンドか?と問う彼女はまさに半信半疑だった、自分の知るフェルナンドはどう考えてもあそこまで大きくなく、もっと華奢な子供の姿なのだ。

では何故ミラ・ローズが青年をフェルナンドだと思ったのか、それは青年が言った『三バカ』という台詞によるもの、常フェルナンドはハリベルの従属官である三人を一纏めに呼ぶときは『三バカ』と呼んでいたのだ。

何度彼女等が拳を交えた“注意”を行おうともそれが改善されたためしは無く結果、そう呼ばれる事が定着してしまった呼び名。

そしてそれを呼ぶのは唯一人、フェルナンド・アルディエンデ以外ありえなかった。

 

 

「ハッ! よく判ったじゃねぇかよ。で、どうだ?クソデブにこっ酷くやられた感想は 」

 

 

自身の変化をいち早く見抜いたミラ・ローズに感心しながらも、フェルナンドは彼女等三人に近付いていった。

スッ、とハリベルの横をすり抜けて。

 

 

「おいコラ、フェルナンド! デカくなったからって調子に乗ってんじゃないよ!いい加減『三バカ』って呼ぶの止めろ! 」

 

 

近付いてくるフェルナンドに向かっていち早く食って掛かったアパッチ。

いい加減その呼称は止めろと怒鳴るがフェルナンドは何処吹く風だった。

 

「そうですわ、フェルナンドさん。おバカなのはこの二人(・・・・)だけです。一括りにされては私この上なく心外ですわ 」

 

「「テメェ、スンスン!喧嘩売ってんのか!」」

 

 

アパッチの言葉に同意するように話すスンスン。

しかし内容はまったく違う、バカなのは自分以外の二人だけで自分は違う、一緒にされては迷惑だといわんばかりに言う彼女。

どうやらもうその毒は復活し、常のように二人へと振り撒かれている様だった。

 

 

 

そうしてギャァギャァと騒ぐ面々をハリベルは一歩下がった位置から見ていた。

目の前に広がるこの光景、喧騒、静謐とは無縁とも思える光景ではある、しかしこれが自分が望んだ光景でもあると、ハリベルは思っていた。

 

(守ろう…… 私はこの光景を、何時までも…… この命が続く限り )

 

 

決意とは覚悟、そしてそれは自分との契約、誓いである。

誓いも新たにハリベルは、己の理想を求める事を決意した。

 

しかしそのハリベルにも一抹の不安は残る。

それはフェルナンドの事、彼女は彼を落胆させてしまったのだ、あの玉座の間で。

 

 

《今のお前は、俺が殺す価値もねェよ》

 

 

フェルナンドがハリベルに言い放ったその言葉、それがハリベルに未だ不安を残す。

愚かだった自分、それを認め乗り越えた今の自分、果たして今の自分は値するだろうか、再び彼の前に、フェルナンドの前に立つ者として値するだろうか、と。

喧騒、たった四人の喧騒を見つめるハリベル。

その守るべき風景の中に今や確かに居る一人の青年、その青年にとって今の自分はどう映るのかと、ハリベルはそれだけが気がかりだった。

 

 

「ハッ! あいも変わらずうるせぇヤツラだ。……で?憂いは晴れたかよ、ハリベル? 」

 

 

喧騒の中、フェルナンドが不意にハリベルの方へと振り返る。

振り返った肩越しに見える彼の表情、どこか人をくった様な薄い笑みを浮かべ、力強くしかしどこか澄んだ紅い瞳でハリベルを見るフェルナンド。

『憂いは晴れたか』、その言葉に込められたフェルナンドの思い、それにハリベルはなんと答えようかと暫し悩む。

 

言いたい事は多くあった、傷の加減はいいのか、どうしてあんな無茶をしたのか、だがその言葉のどれもがどこか違う(・・・・・)気がハリベルにはしていた。

だからただ純粋に、再びの邂逅で自然に浮かんだその言葉をハリベルは口にしたのだろう。

 

 

「あぁ、晴れたよ。 ……よく戻った、フェルナンド」

 

 

着飾った言葉ではない、気の利いた台詞という訳でもない。

だがそれが今、ハリベルが最も伝えたい一言だった。

無事に戻った『仲間』に対し、ただ一言伝えたかった言葉はそれだけだったのだ。

 

そんなハリベルの様子を見たフェルナンドは、一瞬だが口角を上げ笑みを深くしていた。

 

「そうか、晴れた……かよ。 ならいいさ、それでこそハリベル……だ」

 

 

そしてフェルナンドが発したその言葉、それだけでいい、それだけでハリベルには充分伝わっていた。

故にそれ以上をハリベルは語らない、後は来るべきその日のためにただ研鑽を積むのみなのだから。

 

一度は脅かされた日常、紆余曲折の後、それは再びこの場所に戻る事ができたのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そういえばフェルナンド・・・… 」

 

 

再開より程なくして、なにか思い出したかのようにハリベルはフェルナンドに話しかける。

 

「あぁ? なんだよ 」

 

 

その言葉に身体ごと振り返り、ハリベルへと向き直るフェルナンド。

ハリベルはフェルナンドの正面まで近付くと、その手をフェルナンドの頭の上に載せ、ポンポンと二回ほど軽く叩く。

そしてなにかを確認したように「ふむ」と小さく呟くと、どうにもズレた事を口走った。

 

 

「お前………… 少し(・・)背が伸びたか?」

 

「「「…………え~~…… 」」」

 

 

なんとも言えない微妙な空気がその場を一瞬で支配する。

アパッチ等三人ですら気が付いたフェルナンドの見紛うばかりの成長。

フェルナンドからすれば念願の著しく成長した、本来あるべきであろう姿と言える今の身体。

それがハリベルにしてみれば、ただほんの少し背が伸びた(・・・・・)程度になってしまっていた。

戦士として完璧であるハリベル、しかし一歩底から離れると途端に何かがズレてしまう様だ。

 

 

「ほぅ……そうか、そうか、そうか…… やっぱりその辺はアンタらしい(・・・・・・)よハリベル…… どうにもアンタは、俺の、神経を、逆撫でするのが、うまいらしい…… 上等だ! 今すぐ此処でぶん殴ってやる!!」

 

 

ポンポンと頭を叩かれた体勢のまま俯いていたフェルナンド、その怒りが一気に膨れ上がる。

それを察知したアパッチ等三人は痛む身体をおして、フェルナンドの身体にしがみ付く様にしてそれを押さえ込んだ。

 

「落ち着けフェルナンド!」

 

「そうだ!ハリベル様のアレは、今にはじまった事じゃねぇだろが!」

 

「そうですわ! 落ち着いてくださいまし!」

 

 

必死に止める三人、それを何とか振り切ろうと「放しやがれ!!」と叫びながらもがくフェルナンド。

そんなフェルナンドの様子をハリベルはまるで理解できず、小首を傾げるようにしていた。

 

 

「一体何を怒っているんだ? お前は。」

 

 

心底わからない、といった風で呟くハリベルを他所に、フェルナンドの叫びは虚夜宮へと響き渡るのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

値踏み

 

興味

 

好奇心

 

代償の支払

 

 

雷が降る

 

 

 

 

 

 

 

 

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。