BLEACH El fuego no se apaga.   作:更夜

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BLEACH El fuego no se apaga.20

 

 

 

 

 

“暴力”

まさにそうとしか表現出来ない程の霊圧の暴風、虚夜宮(ラス・ノーチェス)中心部にある『玉座の間(デュランテ・エンペラドル)』を暴れ回るようにそれは吹き荒れていた。

その発生源は広間の中心で叫び、喚き散らす巨大な破面ネロ・マグリノ・クリーメン。

頬を蹴られた、いや触られたというそれだけの出来事がこの暴力的なまでの霊圧の渦を作り出した原因。

 

その霊圧の中心から少し離れた位置、広間の中に在って円柱状の構造物が立ち並ぶ一角、ネロの霊圧解放により崩れたその場所に未だ立ち尽くすハリベルの姿があった。

ネロに挑みかかった事により返り討ちにされ倒れた彼女の従属官、アパッチ、ミラ・ローズ、スンスン。

その三人を、己の従属官である三人を見殺しにしてしまうところだった彼女、その事実が彼女を苛み続けていた。

そしてフェルナンドに突きつけられた言葉、「仲間がやられているのに何故直ぐ飛び出さなかったのか」という言葉が、彼女の思考の中で広がり彼女を思考の海に埋没させていく。

 

 

(何故私はあの娘達を見殺しにするようなことを…… そんな事が許される筈が無い…… では何故だ?私は“力”を求めた、力を求めそれを示し、十刃の座まで上り詰めた…… それに私は固執したというのか? 立場と責に固執するあまりあの娘達を犠牲にしてしまったのか?求めた力が、示した力が私を縛るというのか…… ならば…… ならば私が力を求めた事自体が既に、間違いだったというのか…… )

 

 

ハリベルはひたすら自問を繰り返す。

理解しがたい己の行動、その理解出来ない行動を理解しようとひたすら思考し、自問した。

結果としてアパッチ等従属官達を見殺しにするところだったハリベル、それがそもそもの間違いであるのは言うまでも無かった。

では何故そうなってしまったのか、今ハリベルにその答えは無くただ繰り返される自問は己への呪いと化す。

負の思考連鎖、考えれば考えるほどに深みに嵌るそれ。

 

ハリベルは自問する、自分は何故“力”を求めたのかと、求めたのは自身の理想の為、そして自分はそれを手に入れたと。

辛酸を舐め、傷つき倒れながらも力を手にしたと。

そしてその力に見合う立場を得、そしてその立場と責任に恥じぬ振る舞いをしてきた、と。

しかし現実に目の前に広がった光景、傷つき倒れ臥すのは己の従属官、それはまさしく彼女に再びの理想の崩壊を告げる光景だった。

それは手に入れた立場に、地位に、そして負うべき責任に重きをおいた、いや固執してしまった彼女への罰なのだろうか。

上に立つ者が負うべき責任、その重さが判るハリベルだからこそ、判り過ぎてしまう彼女だからこそ陥った悲劇、そしてなにより戦う者としての在り方を尊ぶ彼女だからこそ陥った悲劇、それが彼女に襲い掛かったのだ。

 

故に彼女は思う。

ならば、理想を追い求め手にした力が何の意味も持たず、それにより得た地位と責が自身を縛り今再びこの悪夢のような光景を見なければいけないというならば、そもそも自分が力を求めた事すら、力を手にした事すら間違い(・・・・・・・・・・・・)だったのか、と。

 

 

彼女、ティア・ハリベルは力を、それも強大な力を手にした。

しかしそれは何のためだったのだろうか、彼女が手にしたものは一体何のための力(・・・・・・)だったのであろうか、彼女が求めたものは、理想は、力によって得られる地位だったのか、それともその力と共にその内に築き上げた戦士としての誇りと在り方だったのか、だがそれは『否』だ。

真に彼女が求めたものは、その理想は力を手に入れることでも、戦士としての誇りと在り方を全うする事でもない。

 

未だ悩み続けるハリベル、負の思考、螺旋、連鎖、その只中にいる彼女は未だ答えに届かない。

しかし時間は無限ではなく有限、むしろそれは迫り来るのだ。

迫り来る時間、それは彼女に更なる悲劇を齎す秒読み、そしてハリベルに時は然程残されてはいなかった。

 

 

 

 

 

「グォォオォオォオォォオオオオ!!! 死に曝せ!!薄汚ねぇ小蠅がぁアァァアアアア!!!」

 

 

雄叫び、咆哮という言葉すら生ぬるい怨嗟を含んだその叫び、それと共に繰り出された拳に尋常ではない霊圧を纏わせたネロの一撃が床を粉々に粉砕する。

粉砕されたのは先程までフェルナンドの立っていた床、フェルナンドはその攻撃を紙一重で避けるが込められた凄まじい霊圧の余波でその場から吹き飛ばされてしまう。

 

 

(クソ! 霊圧だけで吹き飛ばされる……かよ)

 

 

吹き飛ばされた方のフェルナンドはその事実に悪態をつく。

自身とて霊圧を解放しているにも拘らず、それをして尚吹き飛ばされたネロの霊圧の凄まじさ、余波を受けるだけで身体が軋む程の威力、グリムジョーとすら真っ向から殴り合いを行えた霊圧解放状態のフェルナンドが、いとも簡単に弾き飛ばされた事実からそれが如何に凄まじいかが伺える。

対して吹き飛ばした方のネロは未だフェルナンドが死んでいないと見るやその巨体に似合わぬ速度でフェルナンドへと肉薄し、再びその拳を振り下ろす。

その拳には鍛錬を積み重ねたような洗練された動きは皆無だった、本能のみで振るわれる拳、ただ殺す為に振るわれるだけのそれはまさしく暴力の具現と言えるだろう。

それに対し反撃を試みるフェルナンドだったがネロの纏う圧倒的な霊圧の前にそれはあまりに無力、フェルナンドは拳と蹴りを数発ずつネロに対して叩き込みはしたが、そのどれもが急所を狙い捉えたにも拘らずネロは無傷だった。

 

結局のところ霊力、霊圧を用いて戦う破面、虚、そして死神の三者において共通する事柄がある。

それは、戦いとは戦闘の技術も然ることながら霊圧の大きさによる『霊圧の戦い』が大きく関わってくる、という事。

霊圧の高さは有利に働く事は多々あるが、それが不利になるという事はまず無い。

高い霊圧はそれだけで相手に対しての大きな利となり、戦闘におけるひとつの勝利への要因となりえる。

それだけが勝敗を分けるかといえばそれはありえない、だがあくまでひとつの要因として純然と存在する『霊圧の戦い』、そして今フェルナンドとネロの間でその戦いはネロの圧勝だと言わざるを得なかった。

それでもフェルナンドは攻撃の手を緩めない、ネロの大振りの一撃を避わしては拳を放り込む。

それには彼なりの目的がった。

 

 

(アイツ等は…… 大分離れた、か。 これでこっちの目的は達成だ。 ……にしてもハリベルの奴、ウジウジと悩みやがって…… テメェが譲れねェことなら、他の事なんてのはかなぐり捨てちまえばいいものを…… )

 

 

戦いの中、探査回路を使い三人の位置を確認するフェルナンド、そして彼の目的は最早半ば達成されていた。

アパッチ等三人を回収するのが彼の目的、何故そうしようと思ったのかは定かではないが結果としてフェルナンドは彼女等を助ける事を選択した。

そして方法はどうあれそれは既に完了したといっていい状態。

怒り狂ったネロが解放した霊圧によって、彼女たち三人はそれぞれ遥か壁際までその身体を吹き飛ばされていたのだ。

結果としてネロの手の届く範囲から離脱した三人、そして彼女等の代わりにネロの新たな標的となったフェルナンドの存在により、彼女等はその命を繋ぎとめたのだ。

 

そんなフェルナンドに過ぎる思い、それはハリベルの姿だった。

何かを悩むようにそして必死に押さえ込むようにするハリベルの姿、そんな彼女の苦悩する姿はフェルナンドからすれば然も無い事だった。

彼女の考えやその悩みをフェルナンドは判っていた、判った上でフェルナンドにとってそれは然もない事なのだ。

それも当然だろう、彼は自分の欲求、求めるものにはとても素直なのだ。

求めるものが手に入る、その可能性があるのならばそれを一切躊躇わない、その彼から見て自分を押えつけるハリベルの姿は、その思いは判るが理解出来ないものであった。

そんな彼女の姿勢にどことない不快感と、消化しきれぬ様な複雑な思いを感じるフェルナンド。

 

 

束の間の思考、それは現状からの意識の乖離、しかしそれは彼らしからぬ一瞬の緩み(・・・・・)

戦闘の最中に別の事にその思考を裂くという愚行、命がけの戦いの中でその一瞬の隙は超一流の戦いの中では隙だらけ(・・・・)であると言い換えてもいいものだった。

 

そしてそれは確実にその一瞬を捉えた。

 

 

「余裕じゃねぇか…… 小蠅がよぉ。」

 

「ッ! カハッ!!」

 

フェルナンドにとってまさに一瞬の隙をネロは確実に捉えていた。

フェルナンドの背後から張り手の要領で、その大きな手がフェルナンドの身体を床に叩き付けた。

避ける隙すらなく無残に叩きつけられるフェルナンド、その身体が床にめり込むほどの威力、そして霊圧の猛威による圧力はその一撃でフェルナンドの身体を戦闘が困難なほど傷つけていた。

 

 

「ゴフッ! ゴホッ! ゴフッ!」

 

 

ネロがその手を退け愉悦の表情を浮かべる中、フェルナンドはうつ伏せの状態から仰向けへと何とか体勢をかえる。

そしてその直後、内臓に損傷を負ってしまったのか、フェルナンドがその口から何度も血の塊を吐き出した。

体勢を変え、そして血を吐くフェルナンドの姿を先程までの怒りは何処へ行ったのか、というほどニンマリとまるでそのフェルナンドの姿が滑稽であるかのように醜悪すぎる笑みを浮かべるネロ。

苦悶の表情を浮かべるフェルナンドを眼下にするネロ、しかし彼がこの程度で止まる筈などなかった。

 

 

「漸くだ…… チョロチョロと逃げ回りやがって小蠅が。テメェみてぇなゴミムシは! オレ様の前で飛ぶ事すら許されねェ!二度と飛べねェ様に潰してやる!こうやって!!何度も! 何度も! 何度もなァ!!」

 

 

そう言うとネロはフェルナンドの頭を鷲掴みにして掴み上げ、高々と振り上げるとそのまま一息にフェルナンドの頭を床に叩きつけた。

砕ける床がその衝撃の凄まじさを物語る、だがそれは一度では終わらない。

フェルナンドの頭を掴んだまま叩き付けたネロは、再びフェルナンドを持ち上げると先程同様床に叩き付けたのだ。

何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、加速するように繰り返し行われる凶行、そしてそれが愉快で仕方が無いといった風に狂った嗤い声を上げるネロ、狂った暴力がその場を支配していた。

 

 

 

 

 

思い悩むハリベルの耳に届いたのは轟音だった。

“力”という彼女を構成する柱の一つが揺らぐ中届いたその音、それはまさにフェルナンドがネロの一撃の下に叩き伏せられた音だった。

そして落としていた視線を上げた彼女が見たのはまたしても悪夢だった。

フェルナンドを叩き伏せたネロが、狂ったように嗤いながら何度もフェルナンドを叩きつける光景、それは彼女に近しい者がまたしても犠牲となるその光景だった。

 

 

「ッ! フェルナンド!!」

 

 

咄嗟に出た言葉と踏み出された足、そして伸ばされた手、それに気付いたハリベルはその瞳を大きく開いた。

不測の事態、咄嗟の出来事というものはその者の本質を見る上で非常に有効な手段だ。

いくら理性で捻じ伏せようとも、押えつけ自制し、そして目を逸らそうとも、咄嗟に出てしまう“理性”ではなくその者の“感情”による行動。

そして今、フェルナンドが曝されている暴力とその光景がハリベルの感情による行動(・・・・・・・)を引き出したのだ。

 

その伸ばされた手は、踏み出した足は一体何のためか、フェルナンドの危機に無意識に出たそれは何のためなのか。

 

それは『守る為(・・・)』だ。

 

ハリベルの理想は力を得る事でも、地位を得る事でも、まして誰かに認められることでもない。

立場などは後からついてきたものだ、誰からも認めてもらわなくても構わない、そして力とは目的ではなく手段でしかなかったのだ。

彼女の理想は『仲間が犠牲にならぬ事』、犠牲を強いれば何れ自らも犠牲を強いられる、自ら誰を殺める事も無く、仲間の為に他者の抑止力となりそして盾となり『守る』事、それが彼女の理想の姿なのだ。

 

求めた力に、立場に、在り方に固執するあまり彼女が忘れていた彼女自身の最初の思い、求めたのは力ではなく守る事だった。

力とはそのための手段、アパッチ、ミラ・ローズ、スンスンの三人を、自分に付き従いそして支えてくれた彼女等を、『仲間』を守る事こそが彼女の、ティア・ハリベルの真の願いだったのだ。

 

 

(あぁ…… 本当に簡単な事だったのだな。何一つ関係ないのだ、私の内にあったこの願いに、思いに比べれば……な…… お前の言うとおりだったよフェルナンド、私のくだらない固執が全てを曇らせた…… それに気付かせてくれたのはお前だ…… 故に、お前を死なせはしない!)

 

 

瞳を閉じたハリベル、暗く重たかった彼女の内側は今や晴れやかに澄み渡っていた。

簡単で、単純で、しかし忘れがちになるほど当たり前で些細な願い、後から後からと迫り来るものに覆い隠されるようになりがちな、しかし本当に大切なたった一つの願い。

それを再確認したハリベル、そしてそれを思い出させたフェルナンド、そして一瞬の瞑目の後ハリベルの瞳が開かれる。

それは決意の瞳、そして覚悟の瞳、今だ行われる凶行を見据えハリベルは大きく一歩を踏み出す、決して死なせはしないという思いを胸に。

ハリベルは思う、力に固執した事は間違い(・・・・・・・・・)だったと、しかし力を手に入れた事は間違いではなかった(・・・・・・・・・・・・・・・・)と。

それがあるから今自分は彼の下へ駆けていけると、力無く止める事叶わずただ見ているのではなく、己が力をもって彼を救うために駆けて行ける、と。

いまだ半年の付き合いに満たない彼女と彼、言葉を交わすより拳と刀を交わした方が多いかもしれない二人、しかし彼女にとって彼はもう『仲間』だった。

ならば守る、何をおいても、それが彼女の理想であり求める些細な、しかしかけがえの無いものなのだから。

 

 

 

 

 

「ゲヒャヒャヒャヒャヒャ!! 死ね! 死ね小蠅が!このオレ様に! “神”に逆らった報いを受けろ!頭蓋が割れ!目玉が飛び出し脳漿が零れ!無様に変わり果てた姿で許しを乞え!神の前に跪け! そうすればその頭を一息に踏み砕いてやるぞ?ゲヒャヒャヒャヒャ、ヒャ…… あん?なんだぁ?何処に消えやがった?」

 

 

口汚い言葉でフェルナンドを罵りながら、ネロはその手を止めず、フェルナンドを床に叩きつけ続けていた。

ネロにとってこの凶行は当然の行為、自身を神と称して憚らない彼にとってそれに逆らったフェルナンドに対し、罰を与えるのは当然の事だった。

何度も叩きつける事で次第に頭蓋に罅が入り、砕け、飛び散る感触を夢想するネロの顔は命を刈り取る優越感と娯楽を愉しむが如き喜色が溢れ、その心根の醜さを表すが如き笑顔が浮かぶ。

 

しかしそのネロに違和感が走る。

その手にしかと握り、存分に叩きつけていた筈のフェルナンドの身体がいつの間にか彼の手の内から消えているのだ。

ネロは自分でも気付かぬ間に殺してしまったかと、陥没した床を見やるがそこにフェルナンドの姿は無く、周囲を見回す。

そして彼が視線の先に捉えたフェルナンドは自分の足で立つ事無く、何者かに抱えられるようにしてそこに居た。

 

 

「なんだぁ? 元4番。 そのクソムシはオレ様が罰を与えている最中だ…… そこに置いてさっさと失せろ淫売女!……あ~ぁ、そういえばそのゴミムシもお前が飼ってるんだったな、じゃァそれはテメェの小姓か?こいつはイイ! 淫売にはお似合いだぜ! 」

 

 

ネロが見たのはハリベルに抱えられたフェルナンドの姿だった。

左の脇に抱えられるようにしているフェルナンド、そしてハリベルの右手にはなぜか彼女の斬魄刀がしかと握られていた。

そのハリベルの姿を見たネロは彼女にそしてフェルナンドにすら侮蔑の言葉を惜しまない。

自分以外の全てが彼にとって下の存在、それを罵って何が悪いと言わんばかりの彼の態度、しかしハリベルは冷静にそして冷え切った声で呟いた。

 

 

「愚かな…… 」

 

「……なんだと? 良く聞こえなかったなぁ…… このオレ様がなんだって?」

 

 

ハリベルの口から零れたその言葉、ネロはそれを聞き漏らす事無く彼女に問う、その答えを間違えばおそらく次はハリベルがフェルナンドと同じ目に合うであろうその問、しかしハリベルは真っ向からそれを言い放った。

 

 

「愚かだと言ったのだ、ネロ・マリグノ・クリーメン。その言葉も、振る舞いも、そのその全てから愚かさが滲み出ているぞ」

 

「そうか…… どうやらテメェは死にたいらしいな、元4番よぉ」

 

 

ネロに対しまったく退かずに言い放たれたハリベルの言葉、ネロという存在を全否定するようなその言葉は明らかに彼に突き刺すための言葉であり、その効果は充分。

ネロは手を組み骨を鳴らしながらハリベルの言葉に青筋を立て怒りを顕にする。

だがその威嚇と怒りを顕にする行為すらもハリベルからすれば愚か極まりない行動に見えていた。

 

 

「やはり愚かだ…… 自分が斬られている事すら(・・・・・・・・・)気付いていないとは……な」

 

「あぁ? 何を言って…… なっ! 無ぇ…… オレ様の指が無ぇ!! この売女がぁぁああ!!!やりやがったなぁああ!!!」

 

 

ハリベルの握る斬魄刀から一滴の雫が落ちる。

それは血の雫、ハリベルはフェルナンドを掴むネロの手の指の数本をその斬魄刀を持って斬り落とし、フェルナンドを助け出したのだ。

それはあまりに一瞬の出来事、興奮状態だったネロは己の指が落とされた痛みすら感じる事無く今に至っている。

ネロは眼前で手を組み指の骨を鳴らす仕草をするその時まで、自分の指が落とされている事に気づく事すらなかった。。

そしてそれに気がつくや訪れる激昂、触れられただけで引き起こされる理性の暴走と暴力の渦、それが指を落とされた等という事態となれば如何ほどのものか、しかしそれを前にハリベルは一歩も引く事は無かった。

 

それは唯一心に『守る』と決めた彼女の強さか、何者にももう二度と傷つけさせないと、アパッチも、ミラ・ローズも、スンスンもそしてフェルナンドも、誰一人自分の目の前で傷つけさせてたまるかと言う彼女の強い決意がその場を退く事を許さない。

 

激昂し、喚き散らすネロ。

そしてその原因を作ったハリベルに、自身の体の一部を斬るという大罪人に神罰を与えるべく動き出そうとする。

しかしその直前、数箇所ある出入り口から暴虐の舞台と化した広間に、数体の人影が足を踏み入れた。

そしてその惨状と、中心に居りその原因であろうネロを確認すると、その中の一体であるがっしりとした身体つきの老人が声を張り上げた。

 

 

「この悪ガキが!! 暴れるなら他でやらんか!!儂の往く道を瓦礫で埋めるとは何事じゃ!!!」

 

「うるせぇ! {叔父貴《おじき》は黙っててくれ!この売女オレ様の指を斬り落としやがった! 殺さねぇとオレ様の気が収まらねぇんだよ!!」

 

 

ネロに叔父貴と呼ばれたその老人、そして彼に続くようにまた別の入り口からも人影が広間の中心、ネロの方へと集まりはじめる。

その数は老人を含め“八体”、一様に個性と異彩を放ちネロの霊圧吹き乱れるこの場所にあって顔色一つ変えぬ豪胆さ、それだけでこの八体の強さが伺えた。

 

 

「………… 」

 

「無意味な…… 」

 

「なんと粗暴な…… まったくもって美しさというものが無いですな……」

 

「藍染様の宮殿に傷をつけるとは…… 些か浅慮が過ぎるのでは?第2十刃殿 」

 

「ケッ!」

 

「これはずいぶんとハデニヤッタモノダネ 」

 

「なんだよ終いか? もっとやれよ、つまらネェなぁ」

 

 

思い思いにその惨状への感想を口にする人影たち、唯の破面ならばその言葉すら口に出来ない状況でそれでも彼等は平然としていた。

それは一重に自負が在るゆえ、己の力に対する絶対の自負、唯の破面ならば戯言のようにしか聞こえないそれは彼等には当てはまらない。

彼等は示したのだ、この虚夜宮に巣食う全ての破面にその実力を、その圧倒的な力と殺戮能力を。

彼等こそハリベル、そしてネロと同じ破面の頂点の一角を担う者達、十振りの剣、暗黒の座を担う『十刃』達なのだ。

 

 

破面No.1『第1十刃(プリメーラ・エスパーダ)』 ”大帝” バラガン・ルイゼンバーン

 

破面No.2『第2十刃(ゼグンダ・エスパーダ)』ネロ・マリグノ・クリーメン

 

破面No.3『第3十刃(トレス・エスパーダ)』ティア・ハリベル

 

破面No.4『第4十刃(クアトロ・エスパーダ)』ウルキオラ・シファー

 

破面No.5『第5十刃(クイント・エスパーダ)』アベル・ライネス

 

破面No.6『第6十刃(セスタ・エスパーダ)』ドルドーニ・アレッサンドロ・デル・ソカッチオ

 

破面No.7『第7十刃(セプティマ・エスパーダ)』ゾマリ・ルルー

 

破面No.8『第8十刃(オクターバ・エスパーダ)』ノイトラ・ジルガ

 

破面No.9『第9十刃(ヌベーノ・エスパーダ)』アーロニーロ・アルルエリ

 

破面No.”10”『第”10”十刃(ディエス・エスパーダ)』ヤミー・リヤルゴ

 

 

以上十名をして『十刃』、折れる事なき創造主藍染惣右介の剣達、その十刃が今荒れ果てた『玉座の間』で一堂に邂していた。

 

 

 

 

 

そうして十刃がそろい踏みした玉座の間、しかしネロの暴走は止まりはしない。

老人、バラガンの言葉に反しハリベルに襲い掛かろうとするネロ、しかしその行動は先程よりも大きさを増した声がに止められる。

 

 

「だからお前は阿呆なのだ!! 唯振り回すだけで何も考えておらん!蟻の方がお前より幾分マシじゃ!それにそろそろ終いの時間だぞ、悪ガキ共…… 」

 

 

一喝、ただ気に入らないとその拳を振り回すネロをバラガンが一喝する。

しかしそれは彼のため、と言う訳ではなくそれを見ることが不快極まりない、というただそれだけの事。

そして何かに気がついた様にバラガンが事の終わりを告げる。

ネロはその意味がわからない様子だったが、次の瞬間否応無しに彼は理解した。

 

 

「縛道の九十九 “禁” 」

 

 

広場に静かに響いたその言葉、それと同時に変化は劇的に現れた。

 

 

「ッ!? クソ! なんだこいつは!!」

 

 

声を張り上げたのはネロ、見れば彼の腕いや全身に分厚く黒い帯のようなものが巻きつき、更にその上から鋲が突き刺さる事で彼の身体を拘束していた。

しかし拘束されたネロはその有り余る力を持ってその黒い帯を引き千切ろうとする。

だがそれも続いて響いた言葉によって無意味なものとなった。

 

 

「縛道の九十九 二番 ”卍禁(ばんきん)” 初曲『止繃(しりゅう)』、弐曲『百連閂(ひゃくれんさん)』、終曲『卍禁大封(ばんきんたいふう)』…… 」

 

 

一息の内に紡がれた言葉、まるで歌うように連なった言葉はそれだけでネロを完全に拘束した。

『止繃』により何処からともなく発生した布はネロの顔以外を何重にも包み込み、『百連閂』で数十本に及ぶ鉄串がネロの身体に突き刺さり止繃の布を完全に固定、そして『卍禁大封』で空気中の霊子を収束し出来上がった巨大な石柱がネロの身体を押さえ込み、その場に捻じ伏せ拘束したのだった。

 

 

「クソ! クソ! なんだってんだ! 畜生!」

 

 

最早もがく事すら出来ないネロ、地に這い蹲らされた彼、そしてその彼の遥か上から声が降って来た。

 

 

「久しいね、ネロ。 こうして顔を合わせるのはどれくらいぶりかな?」

 

「テメェ…… 」

 

 

その声の主を睨みつけるように見上げるネロ、その怒りの感情を隠そうともしない彼はそれを声の主へとその視線に乗せてぶつける。

しかしその視線を真正面から受けた声の主は、その顔に貼り付けた柔和そうな笑みを崩す事無くただネロを見下ろしていた。

声の主は“神”を自称するネロにその力を授けた者、彼いや彼等全ての“創造主”たる者。

 

この広間にいる全ての破面の視線先に居るのは、目を逸らす事が許されないほどの圧倒的存在、その後ろにもう一人破面ではない者を従えた男、藍染惣右介の姿だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

暴虐が過ぎ去り

 

十の剣は集う

 

時は満ち

 

全ては掌の上

 

世界を崩し

 

いざ至らん天の座へ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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