BLEACH El fuego no se apaga.   作:更夜

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BLEACH El fuego no se apaga.19

 

 

 

 

 

「ゲヒャ、ゲヒャヒャ、ゲヒャヒャヒャヒャヒャ!!」

 

 

破壊された床に柱、辺り一面に響く耳障りな笑い声。

その声に滲むのは喜色と愉悦、他の感情など皆無であり心底愉しくて、可笑しくて仕方が無いといったその嗤い声。

天を仰ぐようにして笑う声の主、その大きな笑い声は辺りに反響し更に大きくなってその場を支配する。

そうして嗤う声の主の足下には倒れ臥す人影が三体。

 

そしてその人影はアパッチ、ミラ・ローズ、スンスンの三人だった。

 

 

 

 

 

 

 

十刃(エスパーダ)

 

虚夜宮に居る全ての破面の中ならたった十体、彼らの主であり創造主たる藍染惣右介によって選ばれた精鋭中の精鋭。

たった十しかないその席は彼ら破面にとっては狭き門の先、だがその席に至るための選出方法は極めて単純でありしかしその方法は彼ら破面ならば、いや彼らが破面だからこそその誰もが納得する理由があった。

 

“殺戮能力の高さ”

 

それだけ、ただそれだけが十刃になるための条件、生きた年月、人格、序列の高さ、そんなものは二の次どころか三の次、必要なのはその余りにも単純な一つ、しかしその一つは彼ら破面にとって何よりも優先され何よりも意味を持つ絶対の真理だった。

 

そうして選ばれた十体の破面、No.0からNo.9までの数字を与えられた彼らにはそれぞれに司る『死の形』があった。

人間が死にいたる要因、それが『死の形』、十刃一体につき一つ与えられるそれは十刃の能力、思想、存在理由をも表すもの。

十刃の全てがそれを内包しているといって過言ではないその形、それは彼らを表す言葉であると同時に、人間がどう足掻こうとも逃れる事のできない、不可避の終わりそのものだった。

 

『老い』、『犠牲』、『虚無』、『諦観』、『野心』、『陶酔』、『絶望』、『強欲』、『憤怒』

 

人間が避けて通る事のできない事象達、それを内包する十刃。

そして最後に残った『死の形』、それに対応する十刃は未だ狂ったように笑い声を上げ続けるその声の主だった。

 

 

 

 

 

「これは…… 一体何があったというのだ……」

 

 

ハリベルがその巨大な広間『玉座の間(ドゥランテ・エンペラドル)』に入った瞬間目にしたのは、倒れ臥す己の従属官の姿。

十刃、そして藍染のみが参加する衆議、定期的に行われるそれに出席するためハリベルは一人で行動していた。

その衆議の後、藍染自らが十刃以下の破面への指示等を伝えるため玉座の間へと他の破面は集まる手はずになっており、彼女の従属官であるアパッチ、ミラ・ローズ、スンスン、そして何故かフェルナンドも一足先に玉座の間へと移動していた筈だった。

 

アパッチ達の乱入により中断となった手合わせより数ヶ月の時が経った頃。

あの後もフェルナンドとハリベルの三人の従属官はよく手合わせをし、その度にフェルナンドに倒され、アパッチなどが大声で悔しがるのが第3宮の常の風景となっていた。

だが今、その常の光景とは似ても似つかぬ光景、目の前の玉座の間に広がる惨状、それを見た彼女を困惑が支配する。

その場には他にも多くの破面がいた、その中で何故自分の従属官が傷つき倒れているのか、どのような経緯を辿れば今、目の前にある光景へと繋がるのか、理解とそして思考の外であるその光景にハリベルは立ち尽くしていた。

 

 

「よう…… 随分と遅かったじゃねぇかよ」

 

 

そうして立ち尽くす彼女に、少し高い位置から声がかかる。

声の主は腰の後ろに鉈のような斬魄刀を挿した金髪と紅い眼の少年、フェルナンド。

フェルナンドはハリベルの方へ視線を向ける事無く、倒れ臥すアパッチら三人から視線を外さずに彼女へ話しかける。

円柱状の構造物が立ち並ぶ一角に陣取ったフェルナンドは、その上で胡坐をかき頬杖をつくようにして三人のいる広間の中心を見ていた。

 

 

「フェルナンド、何なのだこれは!? あの娘達に一体何が…… 」

 

 

どこか取り乱した様子でフェルナンドの隣へとハリベルが響転を使い一瞬で移動する。

その常の彼女らしからぬ様子が彼女の動揺を如実に物語っている様に見えた。

そんなハリベルの様子を横目で確認したフェルナンドは、また直ぐ視線を戻し簡潔に、そしてありのままの状況を説明した。

 

 

「何の事はねぇ。 アイツ等が三人がかりであのデブに飛び掛って返り討ちにあった(・・・・・・・・)…… それだけの事さ 」

 

「なん……だと……!? 」

 

 

フェルナンドの淡々としたその言葉、それが簡潔にハリベルの耳に状況を伝える。

彼女の耳にはアパッチらが自分から飛び掛ったと聞こえた、ただそれだけの事だと。

ならば一体彼女達は誰に飛び掛ったのか、ハリベルの視線がもう一度地に臥す彼女達の方へと向けられる。

地に伏す彼女の従属官、そしてその倒れる三人の中心辺りにその人影は立っていた。

何故今まで聞こえなかったのか、辺りに響く醜悪で耳障りな嗤い声、その発生源は彼女の視線の先に立つその人影だったというのに。

そしてその人影を確認したハリベルの瞳が驚愕で大きく開かれる。

 

 

「何故だ…… 何故ヤツがここに居る…… 」

 

 

ハリベルから言葉が零れ落ちる。

それは否定の感情を含む言葉、今彼女の視線の先には居る筈の無い者が映っていたのだ。

 

 

「なんだ、お前あのデブの事知ってるのかよ 」

 

 

相変わらずハリベルの方へと視線を向けず、フェルナンドがハリベルに問う。

ハリベルが零した言葉から、彼女が件の者の事を多少なりとも知っているとみたのだろう、そしてその問にハリベルが答える。

 

 

「ヤツは…… ヤツの名はネロ。 ネロ・マリグノ・クリーメン…… 破面No.2 第2十刃(ゼクンダ・エスパーダ)だ……」

 

 

その人影の名をハリベルは苦々しく口にする。

名をネロ・マリグノ・クリーメン、破面No.2 そして第2十刃であるとハリベルは言った。

 

人影、ネロと呼ばれた破面はとにかく大きかった。

身長はゆうに2mを超え肥大したかのようなその身体は異常に隆起した筋肉、そして脂肪に覆われており重鈍な印象を見る者に与えている。

白い死覇装は上半身全てを覆うことは出来ず、腕から肩口の辺りまでで一杯、そして胸の中心にはその身体にみあった大きな孔が開いていた。

髪と瞳の色は緋色、長く伸びたそれは手入れなど皆無なのであろう逆立って剣山の様な印象、まるで獅子の鬣のように後ろに撫で付けられた髪は背の中程まで伸びており、胸には恐竜の下顎を模したかのような仮面の名残が首から垂れ下がっていた。

右頬から額にまで至るように、二本の線が交差しながら菱形を作った紫色の仮面紋(エスティグマ)が奔り、そして己以外の全てを見下しているかのようなその緋色の瞳が喜色に彩られながらアパッチ等を見下ろしていた。

 

 

「アレが、ねぇ…… それで? 何であのデブがここに居るのをそんなに驚く。十刃なんだろ?アレも」

 

 

相変わらず頬杖をつきながらフェルナンドがハリベルに問いかける。

十刃だというのならこの玉座の間に居てもなんら疑問など無いのではないか、と。

衆議に出ていなかった、などという些細な事でハリベルがあれほど驚くはずも無いと、フェルナンドは考えたのだ。

 

 

「ヤツは…… そもそも自分の宮殿から出てくること自体稀なのだ。何があろうと、それこそ藍染様がお越しになられていようとヤツには関係無い。自分以外の他者の存在などヤツにとっては塵芥も同じなのだ…… 自分の思い通りにならない事などヤツには存在しない、思い通りにならなければそうなる様にしてしまうのだ、力ずくで……な。 ……そして忌々しい事にそう出来るだけの力がヤツにはあるのだッ」

 

 

フェルナンドの問にハリベルは先程と同じ苦々しい口調、表情のまま答える。

その声には明らかに嫌悪が混ざっている、それはハリベルとネロという破面が永劫相容れぬ存在である、という彼女自身の考えを滲ませていた様にも見えた。

規律と戦士としての礼を重んじるハリベル、しかしネロは違う。

規律も礼も何もかもを壊し進む、全て己の思い通りに進みその他を蹂躙し生きるネロ。

それは真逆、真逆の方向性、進む道は決して交わる事のない平行線でありハリベルの語る声にはそれ故に彼女には珍しい他者への明確な嫌悪が含まれていたのだ。

 

 

「ゲヒャヒャヒャヒャ!! 弱ェ! 弱すぎるぜ!オラどうした! 立て! この雑魚メスが!さっさと立ってオレ様をもっと愉しませて…… みせろコラァ!! 」

 

 

そうしてハリベルがフェルナンドに状況を確認にしている間に、広間の中心で変化が起こる。

醜く耳障りな嗤い声を上げていたネロ、一頻り嗤い終え今度は倒れ臥す三人に罵声を浴びせる。

しかしその罵声にすら三人は反応しない、いや出来ないのだ、既に三人の意識は闇へと沈んでいるのだからそれも当然、だがネロは止まらなかった。

動かない三人を見るや動かない事が悪いと言わんばかりに、自分を愉しませろと罵りながら丁度目の前に倒れていたミラ・ローズを躊躇無く、そして容赦無く蹴り飛ばす。

路傍に転がる小石の如く蹴り飛ばされたミラ・ローズは、そのままの勢いで柱に激突し、床に投げ出されるように転がった。

 

 

「テメェも! ……テメェもだ! このオレ様が立てって言ってんだぞ!死んでいようが立ち上がれ! このクズ共が!!」

 

 

ミラ・ローズだけでなくアパッチ、そしてスンスンまでをも容赦無く蹴り飛ばすネロ。

そしてその口から吐き出される言葉は余りにも理不尽、死して尚立ち上がれ、自分が命じているのだからそれが当たり前だ、と。

その暴虐極まりない振る舞い、その場にいる他の破面は囃し立てるでも止めるでもなくただ無言、目を逸らしただその暴虐の嵐が過ぎ去るのを待つのみ。

しかしそれを責める者は誰も居ない、何しろ相手は第2十刃、数字持ちと更にそれ以下である彼らにとって万一いや億に一つの勝ち目もなく、飛び掛ったとて今目の前で繰り広げられる惨劇の、哀れな道化の一人となるのは明白なのだ。

 

 

 

その光景を見て一人、ハリベルは拳を強く握り締める。

眉は険しくなり、襟に、そして仮面に隠されたその下の唇も強く噛締められている事だろう。

何かを必死で堪えているかのようなハリベル、そんな彼女の姿を横で感じ取ったのかフェルナンドはハリベルに視線を向けぬまま話しかける。

 

 

「なんだ? 助けに行かねぇのか? あのままじゃ下手すりゃアイツ等…… 死ぬかも(・・・・)しれないぜ? 」

 

 

ありのまま、思った事を口にするフェルナンド。

必死で堪えるハリベルに、何故抛って置くのかと、助けに行かないのかと問いかける。

そして最後にこのまま行けば死ぬと、自分の大事な従属官は死んでしまうぞとハリベルに現実を突きつける。

 

”死”という言葉にハリベルはほんの少し、小さく反応した。

だがそれを何故か無理矢理押えつけるハリベル、そして戦士としての貌をした彼女はアパッチ等従属官に対して、そしておそらく自分に対しても残酷な一言を口にした。

 

 

「あの娘達は自分から手を出した…… 相手の力量も測れず、己が力量も弁えず…… その代償があの姿だ。 あの娘達が自分で選択した姿だ、私が割って入り、助ける道理(・・・・・)が…… 無い…… 」

 

 

それはおそらく彼女にとってこの上ない苦渋の決断だったのだろう。

何よりも、何よりも規律とそして戦士としての礼、在り方を重んじるが故の決断。

自分から挑んだ戦いならば自分で決着をつけるべきである、ハリベルとそしてフェルナンドにも共通する心構え。

戦士として己の戦いに責任を持つという事、それはハリベルの従属官である三人にも当然言える事であり、故にハリベルは彼女たちを助けないと決断したのだ。

 

たとえそれが感情というものを押し殺した決断であろうとも。

 

 

対してフェルナンドはそんなハリベルの苦渋の決断にもなんら反応を示さなかった。

相変わらず隣にいるハリベルに視線を向ける事はなく、ただ三人の方だけを見据えているフェルナンド。

そして「そう・・・かよ。」 と小さく呟くと、フェルナンドはゆっくりとその場で立ち上がった。

 

 

「お前がそう決めたんなら俺は何にも言わねぇよ。……仕方ねぇ、俺はちょっくら行って来るわ」

 

 

そう言うとフェルナンドは円柱の上から飛び降り、アパッチ等のいる方向へと歩き出した。

それを見たハリベルが驚き、慌てた様子でフェルナンドを止める。

彼がまるで散歩でもするように進む方向に居るのは、この上ない悪の塊なのだ。

 

 

「待てフェルナンド、一体何をしに行く(・・・・・・)というのだ」

 

「何をしに行く、だ? 決まってんだろうが、あの三バカ回収しに行くんだよ。お前が行かねぇって言うなら俺が行くしかねぇだろうが」

 

 

制止するハリベルの言葉にフェルナンドはその場で振り向き、それが当たり前だと言わんばかりの態度で答えた。

三人を回収しに行く、この状況でそれは助けに行くと言っているのと同義。

フェルナンドから出たとは思えぬその言葉、他者に対して手を差し伸べるかの如き行為。

その発言に驚きを深めるハリベルだが、しかし一方でそれは余りに無謀な事、向かう先は暴虐の渦も同然の場所でありいかなフェルナンドといえど、その渦から逃れる事など出来る筈も無い場所なのだ。

 

 

「止めろフェルナンド…… 今行けばお前まで殺されかねんぞ…… 」

 

 

故にハリベルは止める。

その余りに無謀な行為を止める。

十刃、それも上位十刃は別次元の存在、その中でも更に異質な存在に立ち向おうとするフェルナンドのそれは“勇”ではなく“無謀”だと。

制止の言葉をかけるハリベルにしかしフェルナンドは背を向け、そしてまったく別の言葉を返した。

 

 

「そういえば一つ言い忘れてた事があったな…… アイツ等があのデブに飛び掛った理由…… お前だぜ?ハリベル 」

 

「なに? 一体どういう…… 」

 

「“淫売”、あのデブはアイツ等の目の前でお前の事をそう呼んだんだ。実力じゃなく身体を使って藍染に取り入った淫売女、ってな…… それを聴いた瞬間アイツ等ブチ切れてヤツに飛び掛かりやがった…… それであのザマだ 」

 

「なん…… だと……? 」

 

 

フェルナンドが語るこの事態の根源、始まりはたった一言の侮蔑の言葉。

玉座の間へと突然姿を現した第2十刃たるネロの姿に、辺りにいた破面は困惑しそして戦慄していた。

破面ならば誰もが知っているその異常性、現れた災厄、彼等に緊張が奔る。

しかしその緊張など無意味な事だった、ネロは目に付いた破面に次々と難癖をつけては殺していく、それは余りに一方的であり弁明の余地無く掻き消えていく破面達、そしてそれを嘲うかのようなネロの姿。

その行為に理由も、そして意味も存在などしていないのだろう、ただその時殺したいと彼が思ったからそうしているだけ、感情を理性で抑制するという部分がこの男には存在していないかのような、その一瞬の感情が先走り続けるような暴虐の振る舞い、しかしそれを止めようとした者達がいた。

 

それがアパッチ等ハリベルの従属官三人だったのだ。

常よりハリベルから戦士としての在り方、そして戦う者への礼というものを教えられた彼女たちにとって、今目の前で行われている一方的な命の搾取はとても見過ごせるものではなかった。

ハリベルの教えに従い、戦士としてネロの前に立つ三人、そしてネロは彼女達の姿を見て暫し考えたようなそぶりを見せると、口元を歪め心底可笑しそうに彼女達に言い放った。

 

「ゲヒャ、メス共…… お前等の事知ってるぜ? ”元第4(クアトロ)”の奴隷(・・)だろ?しっかしあのメスもうまくやるもんだぜ…… 実力が無ぇもんだから無駄に育った身体つかって十刃に(・・・・・・・・・)なっちまうんだからよぉ。えぇ? 今だって藍染の野郎にしな垂れかかって御奉仕中か?とんだ淫売女(・・・)だぜ、テメェらの飼い主はよぉ!!」

 

 

嗤う、愉快そうに、心底愉快そうに耳障りな嗤い声を上げるネロ。

吐き出されたのは侮蔑と嘲笑の言葉、ハリベルを貶めるためだけの言葉、そしてそれを聴いた瞬間彼女達は三人同時に自らの斬魄刀を手にし、ネロに斬りかかっていた。

自分達のことならばいい、いくら馬鹿にされようが構わない。

だがしかし、コレだけは許せない、許す事ができないと、主たるハリベルを馬鹿にし貶めその存在を辱めるようなその言葉だけは許せない、と。

 

相手が第2十刃だと彼女達は理解していた、その実力が自分達が届かぬほど上である事も理解していた、だが目の前の者は言ってはならぬ事を口にしたのだ、それに対して実力が上だからなどという理由で彼女達は退かない、いや退けないのだ。

彼女達の誇り、彼女たちの夢であり、理想であるハリベルを馬鹿にされたまま退く事など出来なかったのだ。

彼女達はハリベルが、尋常ではない鍛錬によって今の地位を勝ち取った事を知っている。

メスだがらと卑下され、それでも一歩一歩力を示し、積み上げた地位だと知っている。

それ故に彼女達は許せない、その言葉だけは許せなかった。

ハリベルの積み上げた“誇り”に泥を塗る、その言葉が許せなかった。

 

清廉潔白で高潔なハリベル、その従属官であるという誉、それが彼女達にとっての全てなのだから。

 

そうして自体は冒頭へと帰結する。

怒りに燃えようとも決死の覚悟を持とうとも、そんな事で埋まるほど彼女等と十刃との溝は狭く、そして浅くない

無残にも倒れ臥す三人、悔しさと申し訳ないという思いを抱いたまま、彼女達の意識は墜ちていった。

 

 

 

 

 

明かされた真相にハリベルは更に強く拳を握る。

掌に爪が食い込み、握った拳から血が滴るほど強く、その拳を握る。

彼女に広がるのは自責の念、またしても自分のせいで彼女の周りに犠牲が生まれた事への後悔。

犠牲なき世界を自分が求めるほどに、犠牲が生まれるという矛盾。

それを生む自らの弱さ、自分が弱いばかりに強いてしまった犠牲、自分を慕い思ってくれた者が自らの犠牲となってしまう。

ならば自分は一体どうすればいいのか、苦悩がハリベルを苛む。

 

 

「別にお前が悩むような事じゃねぇさ。 アイツ等は自分のやりたい事、通したい筋を通したにすぎねぇ…… だがな…… アイツ等の姿を見て助けに行かなかったのは頂けねぇな。お前の立場も、心情も分かるさ…… だがよ、アイツ等はお前の『仲間』なんだろ?目の前で仲間がやられてるのを見て、立場だの心情だの矜持だの…… そんなもんは二の次(・・・)じゃねぇのかよ」

 

 

自らを責めるハリベルにフェルナンドが投掛けた言葉は、慰めではなかった。

自分の従属官が、それ以上に『仲間』だと言った者が倒れている。

それを見て何故直ぐに助けに行かないと、その姿を目にした時、その場の自分の立場や矜持などというものは関係無いのではないのか、と。

フェルナンドはハリベルに背を向けたまま問い、更に言葉を続ける。

 

 

「俺はずっと一人だった。 虚圏(ウェコムンド)の砂漠でたった一人殺し合いの螺旋の中にいた…… だがお前は違う、アイツ等っていう『仲間』がいた。俺はアイツ等とまだ数ヶ月の付き合いだ、だがアイツ等を見てりゃ俺にも『仲間』ってモンがどういうものか、ぼんやりとだが判った気はする。アイツ等は何を捨ててでも、それこそテメェの命を懸けてでもお前の“誇り”を守ろうとした…… それが『仲間』ってヤツなんだろうぜ…… 」

 

 

たった一人だったフェルナンド、彼が自分以外の存在とこれ程長い間いたのは初めてのことなのだろう。

そうしてフェルナンドがハリベルと三人の間に見たもの、それが彼が初めて見る『仲間』の姿だった。

その朧げな像を語るフェルナンドにハリベルは無言だった。

 

 

「勝てねぇなんて事アイツ等だって判ってただろうさ、だがそれでも戦わなきゃいけねぇ時(・・・・・・・・・・・・・・)ってもんがあるだろうよ。テメェの譲れねェもんの為に戦わなけりゃいけねぇ時があるだろうがよ。その結果が今のアイツ等の姿だ、俺は負けるのはキライだが今のアイツ等の姿は悪くねぇと思うぜ」

 

 

戦いとは勝てるから戦うのではない、勝たねばならない(・・・・・・・・)からこそ戦うのだ。

勝てないと、自分では勝てないと判っていても尚、挑まねばならない時がある。

それが自分の為ではなく自分が大切に思う人の為ならば尚の事、戦わなければならない時はあるのだ。

フェルナンドはそうしてネロに挑んだアパッチ等の姿を悪くないと言う、負ける事は嫌いだがそれでも今倒れ伏す彼女等の姿は決して無様でも惨めでもないと。

 

 

「それに比べて……この前、お前は俺に誇りで道を誤るのは愚かだと言った。なら今のお前は何だ? テメェを偽ってまでその“戦士の在り方”なんてもんに拘っていやがる……くだらねぇ(・・・・・)な…… まったくもってくだらねぇぜ…… ハリベル、今のお前は俺が殺す価値も無ぇ(・・・・・・・・・)よ」

 

 

そう言って歩き出すフェルナンドに、ハリベルは声を掛ける事が出来なかった。

 

『仲間』

 

何よりも守ろうと、そのために強く“力”を求めた存在を、彼女は己の矜持のために切り捨てようとしたのだ。

己の矜持の為に、ハリベルはその感情を無理矢理に押さえ込んだ。

フェルナンドはそれをくだらない、と一言で斬り捨てた。

そして今のハリベルは自分が殺すに値しない存在であると、フェルナンドは言葉を叩きつけたのだった。

 

守るべきものはなんなのか、戦士としての矜持か十刃としての立場か、それとも己の感情か。

ぐるぐるとハリベルの頭を巡る思考の波、何故自分は力を求めたのか、何故自分は誇りを尊ぶのか、何故自分は彼女達を見てすぐさま飛び出せなかったのか、何故、何故、何故、何故、巡る思考は渦を描きしかしその答えは一向に出ない。

 

 

(私は…… 私はどうして…… )

 

 

螺旋の思考に埋没するハリベル。

その下向きの螺旋の先に答えはあるのか、もしかしたら答え等無いのかもしれない、そして答えがあるとすればそれはその先でなく、もっと別の場所にあるのかもしれない。

俯くハリベル、そしてフェルナンドは更にその歩を進めていた。

 

 

 

 

 

「……なんだぁ? もう終いかよ。 奴隷の躾もまともに出来ないのか、あの淫売女は…… メスの存在理由なんてモンは!オスをどれだけ愉しませるかって事だけだろうが!木偶に用はねぇ!死ね雑魚メス共が!」

 

 

相変わらず倒れた三人に罵声を浴びせ続けるネロ。

しかしそれも飽いたのかその拳を目一杯振り上げ、近くに転がっていたスンスンの頭に振り下ろそうとする。

今までのように愉しむための攻撃ではなく、その頭部を叩き潰すためだけに振るわれるその拳、動かなくなったのならば要らないとばかりにそれを振り下ろさんとするネロだが、次の瞬間彼のその貌に強い衝撃が奔りネロはその手を止めてしまった。

 

 

「ようクソデブ。 動かねぇコイツ等と戦ってもつまらねぇだろ?俺が相手をしてやるよ…… 」

 

 

そうしてネロに声を掛けたのはフェルナンドだった。

身体に辺りを焦がすように燃え盛る紅い霊圧を纏い立つフェルナンド。

スンスンが殺されそうになったその瞬間、フェルナンドは響転によって一気にネロへと近付きその勢いのまま跳び上がると、全力でネロの頬を蹴り抜いたのだ。

対して蹴られた方のネロは拳を振り上げたまま止まっていた。

そしてゆっくりと空いているほうの手がフェルナンドに蹴られた頬へと伸びる。

二、三度頬を触ったネロは振り上げていたほうの拳を下ろし、両手を下げた状態で沈黙していた。

 

 

(チッ、クソが…… 霊圧解放して蹴ったってのにまったく効いてない……かよ。こいつはまた…… )

 

 

沈黙するネロを尻目にフェルナンドは内心舌打ちをする。

攻撃の瞬間、フェルナンドは己の霊圧を全開にして攻撃していた。

フェルナンドにとって霊圧解放は諸刃の剣、強すぎる霊圧と逆に不完全な肉体、肉体は自身の霊圧に耐え切れず自らの身体にも牙を剥くのだ。

それでもフェルナンドは霊圧を解放して攻撃した、それは今までフェルナンドが冷静にアパッチ等がネロと戦う姿を見て、そして彼女等を嬲り続けるネロを見て出た結論、霊圧を解放せねば自分の攻撃は届かないという結論故だった。

しかしその結論故の攻撃も、さしてネロにダメージを与えた風でもなく、フェルナンドはこれからの戦いが厳しいものになると確信する。

 

フェルナンドが内心で覚悟を決めている間に広間に変化が起こっていた。

ネロが暴れ、砕いた床や柱の欠片が弾けだしたのだ。

ネロを中心に広がるそれ、そして沈黙していたネロが不気味に呟きだす。

 

 

「蹴っ、た? このオレ様を? このオレ様が蹴られたのか?あんな小蠅に? …………許せねェ ……許せるはずがねぇ ……いや、許されねェ。許される…… 筈がねェェェェェェエエエエ!!!!!」

 

 

はじめ呆けたような表情だったネロ、その表情は呟きを零すにつれ変化し怒りから憤怒激昂の表情へと変わっていった。

そして怒りの咆哮と共にネロの莫大な霊圧が爆発する。

それはネロを中心に、その周りのものを吹き飛ばすほどの圧力をもって放出され、それにより壁際まで吹き飛ばされるアパッチ等三人と、その場で何とか耐えるフェルナンド。

 

 

「小蠅がぁ!! テメェ如きゴミムシがこのオレ様に触れただと?許されねェ!! オレ様は“神”だ! テメェ等如きカスは!このオレ様が許しているから生きていられる!そのカスがオレ様に触れたどころか蹴っただと?大罪だ!大逆だ! 死んで詫びる事すら許されねェ!!いや、カスの存在そのものが許されねェ!ここに居るカス総てが同罪だ!テメェを殺したら他も全て皆殺しだ! 神に逆らった罰を受けろ!カス共がァァァああ!!!」

 

 

咆哮、その異常とも言える自尊心により自らを“神”と称するネロ。

他の破面の存在すら自分が許しているから存在できている、と豪語する彼。

自らの力を、そして存在を絶対と信じて疑わない精神、しかしその異常な自尊心と歪んだ精神には歯止めが無く、際限なく加速した彼は遂にはフェルナンドのみならず、この場にいる破面全ての抹殺という余りに理不尽な答えを導き出した。

 

その言葉で玉座の間は恐慌状態へ陥った。

我先にと逃げ出す破面達、出口に殺到する彼らの姿はまさに必死、しかしそれもそのはず彼等が如何に戦いに生きる生物だとしても、やはり死にたくないのだ。

そうして玉座の間に残ったのは、ネロとフェルナンドを除き十数体となっていた。

未だその中心で霊圧を噴出し、叫び続ける男。

 

彼の名は破面No.2 ネロ・マリグノ・クリーメン、藍染惣右介の第2の剣であり十刃の第二位、第2十刃に座す者、そしてその彼が司る死の形は人が避けえぬ無軌道さであり、彼を如実に表すもの、それは。

 

 

 

『暴走』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

暴虐の嵐

 

総てを呑み込む

 

埋没する女神

 

答えは何処(いずこ)

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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