BLEACH El fuego no se apaga.   作:更夜

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BLEACH El fuego no se apaga.16

 

 

 

 

 

白い部屋。

床、天井、四方の壁の総てが白一色で統一されたその部屋。

それ程広い訳ではないが総てが白一色のため床と壁の境目が曖昧なその部屋は、一瞬距離感を失うような部屋だった。

 

その部屋の中心、これまた白い寝台の上に横たわるのは一人の少年。

純白の衣を身に纏い眠る少年はその皺一つ無い衣とは裏腹に、身体のそこかしこに傷痕が見て取れる。

その傷を癒やすためなのか眠り続ける少年、その彼が眠る寝台を囲むように三体の人影が立っていた。

丸みを帯びたその人影は女性のようで、その中の一体が呟く。

 

 

「……ホントにコイツが? 」

 

「そうらしいね、とてもそうは見えないけど 」

 

「でも事実は事実ですわ 」

 

 

物珍しそうにしげしげと少年を見る人影達、その視線の先にいる少年は眠ったまま動かない。

本当は死んでしまっているのではないかと思えるほど微動だにしないその身体、顔立ちは整っている方であるため横たわるその姿は人形のようだった。

そんな三体の人影の中、少年の顔を覗き込むようにして見ていた一番背の低い影が勢いよく上体を起こす。

 

 

「アタシは信じられないね! こんなガキがアイツに勝てるわけがねぇ!」

 

「勝ったんじゃなくて引き分けたんだよ、アパッチ。それぐらい覚えときな! 」

 

「うるせぇんだよ! ミラ・ローズ! 」

 

「なんだとこのヤロォ! 」

 

 

声を張り上げるアパッチと呼ばれた影を、三体の中で一番背の高い影、ミラ・ローズが制するが効果は無く逆にその間で小さな諍いが起こる。

そんな二人を一歩下がって見ていた最後の人影が、服の袖でその口元を隠しながら大声で罵りあう二人に話しかけた。

 

 

「およしなさいな、二人とも…… はしたないわ。まるで品性というものを感じないわね 」

 

「「ンだと! スンスン! てめェコラ!! 」」

 

 

スンスンと呼ばれた最後の人影が二人を嗜める、というには些か辛辣な言葉を二人にぶつける。

そんなスンスンの言葉に今まで喧嘩腰で罵り合っていたアパッチとミラ・ローズの二人が、同時にスンスンの方へと顔を向け今までの喧嘩腰が嘘の様に声をそろえて怒鳴りつける。

しかし二人の視線を向けられたスンスンの方は、私は何も言っていませんといった風でそっぽを向いていた。

 

 

「スンスン! あんたはどう思うのさ!ホントにこんなガキがグリムジョーに勝ったと思えるのかよ!」

 

「だ・か・ら! 勝ったんじゃなくて引き分けだって言ってんだろうが!この馬鹿女! 」

 

「だからおよしなさい、と言っているでしょう。(わたくし)だって驚きましたわ…… でも他ならぬハリベル様がそう仰られたのよ?それだけで私達にとっては充分(・・・・・・・・・)なのではなくて?」

 

 

ミラ・ローズの突っ込みにまたしても食って掛ろうとしたアパッチは、スンスンの言葉にグッと押し黙る。

それもその筈だった、彼女達にとっては俄かには信じられない出来事であったとしてもそれを彼女達に告げた人物は、彼女達がただ一心に信じ、忠節を誓った人物。

その人物、ハリベルの語った言葉を疑うなどという事は彼女らにとって不義であり、不忠であり、許されざる大罪ですらあるのだ。

彼女達、アパッチ、ミラ・ローズ、スンスンの三体の破面は彼女達が破面化するずっと以前より、その主たるハリベルすら最上大虚だった昔より彼女に仕え、共に虚圏の砂漠を駆けた者達。

主の(めい)を絶対とし、傍を離れず、剣としてまた盾として主への絶対の忠誠を示す者。

彼女達は、第3十刃(トレス・エスパーダ)ティア・ハリベルの誇り高き『従属官(フラシオン)』なのだから。

 

 

 

 

 

ハリベルが彼女達の前にこの眠れる少年を抱えて現れたとき、この少年は身体中が傷だらけで意識を失っていた。

抱えられている少年は言うまでも無くフェルナンド・アルディエンデ。

彼女達が一体この少年はなんなのかと問えば、数週間ほど前ハリベル自身が虚圏の砂漠へと赴き、連れて来た大虚が破面化した姿だと言う。

その言葉に彼女達は驚いた、彼女達はその大虚が大虚でありながらハリベルに手傷を負わせた恐るべき存在であると知っているからだ。

そしてそんな彼女達を前にハリベルが発した言葉が、彼女達を更に驚愕させる。

 

 

「コレは私の下で鍛えると決めた。 手始めに今まで従属官を除いた総ての数字持ちと戦うように言ってあったのだが、最後に戦ったNo12. グリムジョー・ジャガージャックとの戦闘でこの有様だ。何とか分けた(・・・)様だが身体の損傷が深い…… 下官に伝えて回復させてやってくれ 」

 

 

驚愕、それ以外彼女達の感情を表す言葉は無かっただろう。

自らを傷つけた者を鍛えるという主の言葉もそうであるし、何より彼女達を驚かせたのが『グリムジョー・ジャガージャックと分けた』という一言だった。

ハリベルから見ればグリムジョーという破面はそれ程脅威ではない。

しかし彼女達からしてみればそれは別だ。

破面の序列において従属官だからといっても能力が高いわけではない、従属官とは数字持ちの中から十刃が選び直属の兵とした存在、力は数字持ちとさほど変わりはしない。

もちろん十刃に選ばれるだけあって基本的に戦闘力は高い、だがそれは必ずしも数字持ちの中で最強(・・・・・・・・・) という訳ではなく、現時点でその言葉に最も当てはまるのは間違いなくグリムジョーであろう。

 

従属官であろうとも彼に勝てるものは居ないのではないかというのが、十刃以下の従属官を含めた破面達の大半の認識。

それは己の力を絶対と信じ戦う彼らにとって決して口に出してはいけない考え、零す事は己の非力を曝し認める愚かな行為、しかし覆しがたい本当の感情、それはアパッチらハリベルの従属官である彼女達も同じであった。

だがそんな彼女達の考えをハリベルの一言はあっさりと破壊したのだ。

 

彼女の脇に抱えられた少年が、グリムジョーと引き分けたという一言が。

 

到底信じられるものではないその言葉、他の誰かが吐いたならば一笑に伏すであろうその言葉、しかしその言葉を放ったのは己が信義の剣を捧げた尊き主。

信じられない、しかし疑う事は許されない、二律背反、そんな感情が彼女達にこびり付いていた。

 

 

 

 

 

「……まぁそれも仕方がないですわ。 貴方達二人(・・・・・)の小さな脳でハリベル様の高尚な御言葉を理解しろ、という方が酷でしたわね…… ゴメンナサイ 」

 

 

信じられないがやはり信じるしかない、そんな一瞬沈みかけた場の空気を和ませようとしたのか、それともただ思った事が零れただけなのかスンスンからまた辛辣な言葉が漏れる。

十中八九後者であろうその言葉、語尾についた謝罪の言葉は完全な棒読み状態で気持ちの欠片も入ってはいなかった。

そして何気なくアパッチだけではなくミラ・ローズまで馬鹿にしているあたり、彼女にはある意味『毒舌家』として天性の才があると言えなくもない。

 

 

「「てめぇスンスン! アタシに喧嘩売ってんのか!」」

 

 

またしても声をそろえ互いの額に青筋を浮かべながら叫ぶアパッチとミラ・ローズ、普段は反目し合っているがその実気が合うのかもしれない。

そしてその二人の怒りを理解した上でまたスンスンが言葉の爆弾を投下し、喧騒は次第に大きくなっていった。

“姦しい”という字の如く、字の成り立ちを的確に表現したようなその構図は見物ではあるが、傷を負って眠る人物が居る前でするようなものでは無いだろう。

 

 

「お前達、一体何の騒ぎだ…… 」

 

 

ハリベルが治療を終えたフェルナンドがいる部屋へ入ると、その中で自分の従属官が言い争いをしていた。

もっとも、正確にに状況を説明するならばアパッチとミラ・ローズの二人が大声で叫びスンスンに食って掛かるが、当のスンスンは何処吹く風、アパッチかミラ・ローズが隣で大声を上げている一方に食って掛かれば売り言葉に買い言葉、二人の感情の勢いは増しそこにスンスンが焚き火に木をくべるより性質が悪い言葉の燃焼促進剤を投げ込み、また二人がスンスンに食って掛かるという無限地獄が展開されている、といったところか。

どちらにせよハリベルが呆れるのも仕方が無いだろう。

 

 

「「ハ、ハリベル様!?」」

 

 

大声を張り上げていた二人、アパッチとミラ・ローズが同時に入室してきたハリベルに気がつき慌ててハリベルに向き直る。

そんな二人を他所にスンスンはハリベルに軽く一礼し、二人の横にスッと並んだ。

その顔には『暴れていたのはこの二人で私は関係ございません』といった表情、寧ろ自分は無関係で被害者ですという強かなそれが浮かんでいた。

 

「……一応此処には怪我人がいる。 あまり大きな声は出してやるな、いいな?」

 

「「ハイ…… 申し訳ありませんでした 」」

 

 

ハリベルの軽く窘めるうな言葉に頭を下げるアパッチとミラ・ローズ、沈痛な面持ちの二人だが隣に立っているスンスンが二人に追い討ちとばかりにボソリと呟く。

 

 

「ホントにもう、お馬鹿さん達ね…… 」

 

((後で覚えとけよ!スンスン~!!))

 

 

そう呟いたスンスンを頭を下げた姿勢のままアパッチとミラ・ローズが首だけを回し、物凄い形相で睨みつける。

ハリベルに窘められた直後という事もあり大げさに反応できない二人、歯をギリギリと噛締め視線だけでこの後やり返してやると語る二人だが、当然のようにそっぽを向いているスンスンであった。

 

 

「……まぁいい。 で、具合はどうだ?フェルナンド」

 

 

「ハッ! まぁそれなり、って所だ。 まぁ寝覚めは最悪だったが……な」

 

 

その声に寝台の方へと振り返る三人、そこには先程まで眠っていた筈の少年が起き上がり、寝台の端に片膝を立てて腰掛けていた。

それは先程まで間違いなく寝台に横たわり、瞳を閉じた生気なき人形の如く眠っていた少年。

 

しかし今三人の瞳に映るそれは別物だった。

皮肉気に歪んだ口元、一気に血色のよくなった肌、そして圧倒的なまでの意思と存在感を放つ鋭い紅い瞳、それを見て三人は理解した。

これこそがこの少年の真実の姿、先程までの軽く触れば壊れそうな人形は幻だったのだと、主たるハリベルに一太刀浴びせ数字持ち最強のグリムジョーと引き分けたという破面、フェルナンド・アルディエンデの真の姿だという事を。

 

 

「で? ハリベル…… このギャァギャァとうるせぇ女共は一体なんなんだ?傍でこれだけ騒がれたんじゃ、おちおち寝てもいられねぇ」

 

 

フェルナンドは驚きの表情で自分の方へと振り返っているアパッチらを指差しながら、ハリベルに話しかける。

当然の疑問だろう、傷ついた身体は治療を施されたとはいえ全快には程遠く、その傷を癒すためフェルナンドの身体は彼の意思とは関係なく休息を欲していた。

そしてフェルナンドの身体は眠る事で余計な力の消費を抑え、より早い回復を行おうとしていたのだ。

しかしその眠りは妨げられる、身体の治癒を優先させるため深くへと沈み込んだ意識を何かが無理矢理に引き上げるような感覚、一度それに気付いてしまえば例え無視しようとして耳に届くその喧騒、そしてそれは意識の浮上と共により大きく、鮮明に届く。

 

かくして覚醒へと至ったフェルナンドの意識、あまり良い目覚めとは言いがたいその原因を作った者達が一体何者なのかを知りたいと、思うのはごく自然な事だろう。

そしてフェルナンドの背後から薄らと立ち昇る”怒気”もまた、きっとごく自然な事だろう。

 

 

「すまんなフェルナンド。 だがそう怒ってやるな、彼女達は私の従属官。アパッチ、ミラ・ローズ、スンスンという。大虚の頃より私と共に歩んできた私の“仲間”だ。」

 

「仲間、ねぇ…… 」

 

 

怒気を隠そうともしないフェルナンドをハリベルは軽く宥めながら、アパッチら彼女の従属官を紹介した。

大虚の頃より共に歩んできた仲間、そう紹介されたフェルナンドは彼女の従属官一人ずつに視線を移す。

 

最初に視線を向けたのは一番大きな声を張り上げていたアパッチと呼ばれた破面、額に仮面の名残が一本角のように残り、肩口辺りで切り揃えられた髪の色は黒、左目の周りを縁取るように仮面紋(エスティグマ)が残り、左右の瞳の色が違っていた。

死覇装は比較的標準型で半袖で淵が黒く、手には手袋を嵌めており両の手首には大きめの腕輪が嵌められている。

そして恐らくは短気で攻撃的な性格であろうことは、先程までの言動で明らかだった。

 

次に視線を向けたのはこれまた先程のアパッチと同じように大声を上げていたミラ・ロースと呼ばれる破面、頭部そして首に仮面の名残を残し、背の中ほどまで伸びた黒髪には全体的にウェーブがかかっていた。

身長は高く身体つきは筋肉質、そしてその鍛えられた身体を見せ付けるかのように非常に露出度の高い服装、上腕と腰の辺りに宝石のような装飾品を付け、斬魄刀は腰には挿さずその手に握られている。

こちらもアパッチ同様攻撃的な性格であろうが、まだこちらの方が落ち着いた雰囲気といったところだろう。

 

最後の一体はスンスンと呼ばれる破面、髪飾りのように頭部に残る仮面の名残、黒髪で腰にまで届くかといったほどの長髪で前髪は真っ直ぐに切り揃えられ、右の頬に桃色の仮面紋が点々と縦に三つ並んでいた。

死覇装はロングのワンピースの様で腰の辺りにベルトのようなものが二本交差しており、特徴的なのは膝まで届くかという長い袖、癖なのかその長い袖で口元を隠すようにしている。

前の二人とは違い言葉遣いは丁寧でどこかしとやかな雰囲気を出してはいるが、その丁寧な言葉で紡がれるのは相手の神経を逆なでする為だけの言葉であり、毒舌に関しては天性のものを持っているようだ。

 

 

「そうさ!あたしがハリベル様、第一(・・)の従属官!エミルー・アパッチ様よ! 」

 

 

それぞれを値踏みするようにしてみていたフェルナンドの方へ、アパッチは一歩踏み出すと声高に叫ぶ。

胸を反らせ、親指で自分の胸元を差しながら、自慢げにそして誇らしげに自らがハリベルの従属官であるとフェルナンドに示した。

その様子は自分がハリベルの従属官である、という事に何より誇りをもっている証拠だろう。

 

 

「ハッ! 馬鹿をお言いでないよアパッチ!アタシ、フランチェスカ・ミラ・ローズこそがハリベル様第一(・・)の従属官さ!」

 

 

アパッチの叫びを隣で聞いていたミラ・ローズが、それを鼻で笑う。

どうにも『第一』という部分が引っかかったのかコチラも一歩前へと踏み出し、フェルナンドに自分こそがそうだと宣言するようにアパッチと同じように胸を反らせ、自慢げにハリベルの従属官であると名乗った。

踏み出した際アパッチよりも僅かに前に出る辺り、彼女の自信と自負がうかがえる。

 

 

「いやですわ二人とも、遂に数まで数えられなくなるなんて…… お初にお目にかかりますわ、私がハリベル様の真の第一従属官(・・・・・・・)、シィアン・スンスンです。 ……この二人はそのオマケ(・・・)ですわ」

 

 

前の二人にワザと哀れむような視線を向けるスンスン。

こちらもミラ・ローズ同様『第一』という部分が気になったらしく、その称号は自分こそが相応しいと『真の第一従属官』という言葉で他の二人との差別化を計ろうとしているようだった。

さらに二人をオマケ扱いし、感情を逆なですることも忘れない。

 

 

「「「………… 」」」

 

 

三者ともに自分こそがハリベルの第一従属官であるとして譲らない、それぞれがそれぞれを無言で睨む。

半眼で睨みあう三者、アパッチとミラ・ローズはギリギリと歯と歯を擦り合わせイラついた様子で、スンスンは口元を隠しているので表情は読みずらいが、「貴方たち何を言っているの?」という感情がその瞳からありありと伺えた。

 

 

「あたしだ! 」 「アタシさ! 」 「私に決まっていますわ。」

 

 

同時に声を上げる三人、本来従属官の中で立場の上下などありはしない、従属官は皆同じ十刃直轄の兵である事に変わりは無いのだ。

彼女たちとてそれは知っている、他の十刃の従属官がこの様な事で争っていたら笑い飛ばしている事だろう。

しかしいざ自分達の間でそれが起これば話は別だ。

他の二人より立場が下なのが嫌なのではなく、他の二人の上に立ちたいという訳でもない。

ただ他の二人に劣っていると認めたくない、彼女たちの中にあるのはそれだけなのだ。

 

他の二人に劣っているという事は、それだけハリベルの役に立てない(・・・・・・・・・・・)という事、それは彼女達にとってこの上ない罪だった。

 

 

アパッチもミラ・ローズもスンスンも大虚の時代は、ただ『メス』であるが故に『オス』の大虚の標的となっていた。

固体統計的にメスの大虚はオスの大虚に比べ身体が小さい、故に大型のオスの大虚の標的となりやすいのだ。

殺し殺される事が当たり前の虚圏の砂漠で、メスの大虚がただ一匹で生き残る事は至難の業、それは三人にとっても例外ではなく、狙われ、襲われ、それでも生き延びしかしもうどうしようもない状況になった時、彼女達がそれぞれ自らの死を確信した時彼女は現れたのだ。

 

自分よりも小さく、自分よりも細く、自分よりも脆そうに見えた彼女は、自分を遥かに凌駕する莫大な霊圧を放ち自分が覚悟した死の瞬間を呆気なく振り払ってしまった。

同じメスの大虚、しかし自分からでは未だ遠く遥か向こうに立ち、たどり着けるか判らない場所である『最上大虚(ヴァストローデ)』にそのメスの大虚は到達していた。

その出会いは彼女たちそれぞれにとって自らの理想との遭遇であった。

強く、ただ強く、何者よりも強く、逃げる事無く怯える事無く虚圏の砂漠をいく姿、それが彼女たちの理想。

その理想の姿であるハリベル、彼女と共に虚圏の砂漠を生きる内に彼女たちは互いに話し合うでもなく、それぞれその内に同じ思いを決意した。

 

 

 

この人の役に立ちたい、この人の為に生きたい、この人が進みたいと思う道を支えてあげたい、と。

 

 

 

三人は決してそれを互いに口に出したりはしない、本当に大切な思いや決意は己の中にしっかりとしまって置くものだから。

どんなに強い決意でも、言葉で零し、形を持たせてしまえば途端に色あせてしまう。

言葉に出す事で強まる決意とそうでないもの、不退転の覚悟と秘めたる決意、安っぽい言葉に乗せてしまえばその決意の重さまで軽くなってしまう。

故に三人はその決意を口には出さない、その秘めた決意は三人にとって己の命より重いのだから。

 

だから彼女たちは常に張り合う。

どんな些細な事でも、他人からすればどんなにくだらない事でも、この二人にだけは負けられないと、自分が一番ハリベルの役に立ちハリベルの為に生きているのだと、そう証明するために。

 

 

「あたしだって言ってんだろうが! このデカ女!!」

 

「アタシに決まってるだろうが! 単細胞!!」

 

「いい加減にしてくださいます? 私に決まっているのですから低脳同士、二番と三番を取り合ってくださいまし」

 

「「根暗は黙ってろ!! 」」

 

「ネ、根暗…… 」

 

 

秘めた決意は大したものだが、それを証明するための手段が些かそれを霞ませるような罵り合いを続ける三人。

最早互いの悪口の応酬と始めたそれは収まりがつかない状況へと加速しているようで、それを目の前で繰り広げられている寝起きのフェルナンドにとっては苦痛以外のなにものでもなくかといって軋む身体では割って入る事も叶わずただ一言。

 

 

「うるせぇなぁオイ…… 」

 

 

と力なく呟くぐらいの事しか出来なかった。

 

 

「……フ ……フフ、フフフフフフ。 いいですわ!それならこの際誰が一番なのかハッキリさせようではありませんこと?お馬鹿さん達には言葉が通じない様ですから、私が特別に肉体言語で教えて差し上げますわ!!」

 

 

アパッチとミラ・ローズに『根暗』と言われてさすがにショックを受けたのか、俯いていたスンスンが急に笑い出しガバッと勢いよく身体を起こすと、この際誰が一番なのかハッキリさせようと言い出した。

『根暗』発言で色々なものがが一気に振り切れたようだ。

 

 

「いいぜ! やってやろうじゃないか!ボッコボコにしてやんよ!!」

 

 

そのスンスンの提案に待ってましたと言わんばかりにアパッチが同意する。

左手を右の肩に置き右腕をブンブンと回しながら「ちゃっちゃとはじめようぜ!」と声を張り上げている。

その顔は獰猛な笑顔で、戦うことが本分である破面のある意味正しい姿と言えた。

 

 

「馬鹿だねアパッチ! こんな狭いところで戦れる訳ないだろうが、この単細胞め!外に出るよ! 逃げるなら今のうちだぜ! 」

 

「誰が逃げるか!」

 

「そうですわ! 私に歯向かった事を後悔させて差し上げますわ!」

 

「ハッ!上等!」

 

 

このままフェルナンドの寝台のある部屋で戦いを始めようとするアパッチをミラ・ローズが制する。

かといって戦い自体を止めるのではなく、もっと広い場所で決着を着けるということのようだった。

普段意見など纏まるはずもない人物が意気投合したときほど始末に終えないものは無い、といったところか。

逃げてもいいぞというミラ・ローズの挑発にアパッチも、そしてスンスンもその意気を増していく。

 

そんな三人を黙ってみていたハリベル、さすがにこのままにしておくのはマズイと考えたのか三人を制止しようと話しかけた。

三人とも常からこのようないざこざは多々あるがハリベルの前で此処までそれが大きくなるのは珍しい事であり、見ていたハリベルも止めるのが少し遅れたがハリベルの言葉は素直に聞く三人である、どうとでもなるとハリベルは考えていた。

 

 

「お前達、いい加減にやめな「「「ハリベル様は黙っててください!!!」」」いか……な!?」

 

 

予想外の返答に面食らった様子のハリベル。

制止の言葉に大分喰い気味で入ってきたその言葉にハリベルの思考はほんの一瞬停止する。

止めればどうとでもなると思っていただけにそのショックは大きかったようだ。

 

 

「オラ! じゃぁいくぜ! 」

 

「お馬鹿さん達に世の厳しさを教えて差し上げますわ」

 

「「てめェスンスンぜってェ泣かす! 」」

 

 

ギャァギャァ言い合いながら部屋を出て行く三人、その声が遠く小さくなるなか部屋に残されたフェルナンドと立ち尽くすハリベル。

急に静かになった部屋、何故か気まずい空気の中、なんとなしか哀愁が漂うハリベルのその背中にフェルナンドが話しかける。

 

「あれがアンタの“仲間”ってやつか? 随分とまぁ……賑やかなことだ」

 

「まぁ、な…… 」

 

 

フェルナンドの言葉にどこか力なく答えるハリベルだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

片割れの牙が戻り

 

双牙を得る

 

才無き者よ

 

貫け

 

 

 

 

 

 

 


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