BLEACH El fuego no se apaga.   作:更夜

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BLEACH El fuego no se apaga.11

 

 

 

 

 

「クソがッ!」

 

 

吐き捨てられた言葉と共に前へと繰り出される蹴り、その脚が砂漠に乱立する巨大な円柱の一部を粉々に粉砕する。

虚夜宮の天蓋の下に広がる砂漠、そこで破面No.12(アランカル・ドセ)グリムジョー・ジャガージャックは湧き上がる怒の矛先を見出せず、その身の内に激しく荒ぶる感情を溜め込み続けていた。

彼のその怒りの理由は数週間前にあった一つの出来事、たった一体の破面に自分と同じ十刃以下の『数字持ち(ヌメロス)』が大量に殺されたのだ。

 

 

それもただ一方的に、そして圧倒的に。

 

 

大量殺戮の引き金となったのは彼らの主、藍染惣右介によって出された一つの提案。

 

『この破面に勝てた者には第4十刃の席を与える』

 

という十刃以下の者達にとってまさに破格の条件、グリムジョーにとってもそれは同じであり自らの力で十刃の座を勝ち取る絶好の機会と見た彼が、それに手を伸ばさないなどという事はありえなかった。

“力”こそがグリムジョーが信じる唯一にして無二のものであり、彼は自らの力にも絶対の自信を持っていた。

広間の中央へと歩み出た破面はグリムジョー以外にも大量に居り、その総てが転がり込んできた好機を逃すまいという野心を剥き出しにし藍染の横に立つその破面、ウルキオラを睨みつける。

高い位置にある藍染の座る玉座から音も無く広間の床へと降り立ったウルキオラは、その広場にいる破面達を一瞥すると一言呟いた。

 

塵だな、と。

 

明らかにその場に居並ぶ者達を見下したその言葉、激昂するに足るその言葉、その一言で戦いは始まりそしてそれは直ぐに終わった(・・・・・・・)

いや、其処に戦いと呼べるものは一瞬たりとも存在しなかったのだ。

ウルキオラの言葉を切欠に彼へと襲い掛かる破面達は攻撃に移る動作の最中、既に絶命していたのだから。

 

刹那の惨殺劇をグリムジョーが生き残ったのは偶然だった。

ウルキオラの言葉に怒りを覚え、他の破面同様に彼に向かって襲いかかろうとした瞬間、グリムジョーは己の探査回路を何かが掠めるような感覚を覚えた。

その正体はウルキオラが放つ霊圧だったのだろう、その場を支配するように一帯総てを覆い尽くすような重苦しい霊圧ではなく、ただ薄く研ぎ澄まされたまるで針の様な霊圧、それを感じたグリムジョーの頭が考えるよりも早く彼の身体は反応していた。

正しく野生の勘とでも言えばいいのか、それは我武者羅に抜き放った刀を身体の前に翳し霊圧を解放する、そして瞬間訪れる衝撃、何かが見えた訳ではなくただ前に出した刀は、グリムジョーの命を刈り取らんとしたウルキオラの刃を偶然にも防いだのだった。

そう全ては偶然の産物として。

 

それがグリムジョーには我慢ならなかった。

自らが本能的に察知した命の危機、そしてそれを回避しようと抜き放った刃は確かにグリムジョーの命を繋いだ。

しかし、自らの命を危機へと追いやったウルキオラの刃は明らかに手加減されていたものだと、グリムジョーは判ってしまったのだ。

ほんの一瞬の間に大量の破面を斬殺するだけの力を持ったウルキオラが、ただ我武者羅に突き出した刀にその攻撃を阻まれる筈は無い。

 

では何故グリムジョーが生き残っているのか、考えられるのはウルキオラが相手を殺す心算で(・・・・・)攻撃した訳ではない為。

ウルキオラはただ試しただけだったのだ、広間にいる破面達がどの程度の者なのかを。

自らが振るった刀にどの程度対応できるかを見ただけ、無論避けねば命を刈り取る軌道で放たれた刀をどう避けるのか、そもそも避けられるのか、彼はただそれを見ただけなのだ。

結果としてその場にいたグリムジョー以外の数字持ち破面は皆絶命してしまったのだ、唯の小手調べの一撃で。

そしてその小手調べの一撃に命の危機を感じ、唯必死に防ぐ事しか出来なかった自身の“弱さ”にグリムジョーは怒りを燃やす。

その怒りは渦を巻き荒れ狂い、グリムジョーの身の内でのた打ち回り、今も彼を焦がし続けていた。

 

 

「……いい加減に落ち着いたらどうだグリムジョー。そうして荒れたところで何も変わりはしない」

 

「ウルセェぞシャウロン…… ぶち殺されたくなかったら黙ってろ…… 」

 

 

無軌道に荒れ、事ある毎に当り散らすかの様なグリムジョーのやや後ろ辺り、彼に付き従うように佇んでいた破面が見かねたのかグリムジョーを諌めようと声をかける。

左目を覆いつつ横長に伸びた兜のような仮面に面長で痩身の破面、シャウロンと呼ばれたその破面は背筋を伸ばし手を腰の後ろで組んで居り、自身を睨みつけ、ドスの利いた低い声で凄むグリムジョーの様子を眼にしながらも更に言葉を続ける。

 

 

「そういう訳にもいかない。 お前は我らの王(・・・・)なのだ、破面化する前の我らを従えその身の内に我らの血肉を取り込んだお前が、こんな事で何時までも燻ってもらうわけにはいかっグァッ!」

 

「黙ってろと言ったろうが…… 俺は今機嫌が悪い、ホントに殺すぞ…… 」

 

 

荒ぶるグリムジョーを諌め様としたシャウロンの首を、グリムジョーの右手は指が首にめり込むほどの力を込めて締め上る事で彼の言葉を遮る。

もう少し力を込めれば如何に破面の身体といえど首は折られ、命は潰えるだろう。

燻っているなどということはグリムジョー自身言われるまでもなく判っていた、現実として己の力より遥か高みに居る者が現れグリムジョーの信じてきた自分自身の絶対的“力”というものを、いとも簡単に打ち砕いていったのだ。

敗北、それも今まで経験したことのない程圧倒的なそれをグリムジョーの自尊心は許容しきれず、しかしどこかでそれを受け入れてしまっている自分が居るような錯覚が彼を苛み、その敗北を受け入れている自分はグリムジョーにとって何よりも恥ずべき存在であり、それこそが彼を焦す怒りの根源であった。

 

 

「ッ殺したければっ、殺すが、良い…… グッ!しかし、それで、その……怒りが、ッ収まらない、ことはッ。お、おまえ自身が…… 一番わかって、いるだろう…… !」

 

「ッ! ウルセェと言ってんだろうが!!クソッ!」

 

 

締め上げられ今にも首を折られそうになって尚、シャウロンは言葉を止めずその眼はしっかりとグリムジョーを捉えていた。

まるでなにか見透かされているようなその視線にグリムジョーはギリッと奥歯をかみ締める。

声を荒げ、グリムジョーは首を掴んでいたシャウロンをそのまま円柱へと投げつけた。

背中から円柱へと叩きつけられるシャウロン、円柱には蜘蛛の巣のように罅が入り、地面に倒れこむシャウロンに崩れたその破片がパラパラと降り注ぐ。

 

「ゴホッ!ゴホッ!ッハァ、ハァ…… お前は、数字持ちなどで終わる器ではない。ゴホッ!我らの王としていずれ十刃となる存在だ。何時かはあのウルキオラすらも凌駕する筈…… そうあって貰わなければ、我らの王足りえない」

 

 

よろよろと起き上がり、掴まれていた首を摩りながらシャウロンはグリムジョーにそう告げた。

シャウロンと、他に数体の破面は破面化する前からグリムジョーと行動を共にしていた。

大虚として最上級を目指していた彼らは同じく大虚だった頃のグリムジョーと出会い、その強さこそ自分達を牽引する王たる存在とし、彼に付き従っていたのだ。

しかし何時の頃かグリムジョー以外のシャウロンを含めた大虚達は自らの限界を感じ、最上大虚へと至る事を諦めていった。

それ故に力を得ること叶わず、進化の道半ばで立ち止まってしまった自分達より遥かに強大な力を得た王が、こんなところで立ち止まってしまうのは我慢なら無かった。

それが今この場にいない他の者達の、お前を王と仰いだ者達の総意だとシャウロンはグリムジョーに訴える。

 

 

「チッ、ごちゃごちゃとウルセェ奴だ。……そうだ、俺が王だ、俺こそが王だ!いずれウルキオラの野郎には借りを返す…… 総てはそこからだ」

 

 

そう、総ては其処からなのだ。

敗北を感じたのならばその原因を打ち倒すより他無い、敗北を打ち消すには勝利以外ありえない。

即ちウルキオラを打倒して地に這い蹲らせその頭蓋を踏み潰す、それ以外この屈辱と怒りを静める方法などありはしないと。

だがその為には力が要る、更なる力、圧倒的な力が、総てを超越する純粋な破壊の力が。

渦巻いていた怒りはその向かう先を見出し、グリムジョーの瞳には総てを破壊する狂気の兆しが見え始めていた。

 

 

「それでこそ我等の王。 いイールフォルトやエドラド達も喜ぶだろう」

 

「あぁ? ヤツ等まだ回復して無ェのか 」

 

「あぁ、未だ全快には至っていない。 この様な事…… 一体何が目的なのか…… 」

 

「そんなもん関係ねぇ。 襲ってくるなら返り討ちにして殺すだけだ」

 

 

そう、この場にはシャウロン以外のグリムジョーに付き従う破面はいない。

グリムジョーとシャウロン以外の数字持ちは、その全てが程度は違えど負傷しその回復を図っていた。

その原因となったのは少し前から始まったある怪事件、その内容は虚夜宮内といういわば破面の領土にあって数字持ちが数字の大きい者から順に何者かに襲われ、そのこと如くが打ち負かされるというもの。

独りになったところを狙われ一対一で勝負を挑まれる、はじめは唯それだけの出来事だった。

破面同士の唯の小競り合いの延長かと思われたそれは、次第にその襲われる数字が小さくなるにつれ明らかな作為を感じさせるに至り、奇妙な噂としてまことしやかに虚夜宮全体へと広まった。

 

しかし、多くの数字持ちが襲われているというのにに誰一人としてその姿形を語ろうとしない、それこそがこの嘘のような怪事件を買い事件たらしめる理由。

基本的に破面はプライドが高い、(ホロウ)より大虚(メノス)、大虚より破面(アランカル)となまじ強大な力を持っているが故にそれが敗られるという事は、先のグリムジョーの例のようになかなかに許容しがたい事なのだ。

それ以前に自分が負けたことを声高に語りたがる者が何処にいるだろう、それ故にこの襲撃犯の姿は未だ謎のままだった。

 

 

「残る数字持ちも私とお前のみ…… 用心に越した事はない、暫くは独りにならないことだ」

 

「用心だ? そんなモンは必要無ぇ。 俺に楯突くヤツは誰だろうと殺す。それに鬱憤を晴らすにはちょうどいい…… 」

 

 

いずれ自分達の前にも現れるであろう襲撃犯、それに対して警戒しておけと言うシャウロンに対し、グリムジョーは獰猛な笑みを浮かべて答えた。

グリムジョーの中に仲間がやられた敵討ち、などという考えは欠片も存在していない。

今あるのは闘争を求める本能。

ウルキオラを超える更なる力を求めるグリムジョーにとって、その力を得るための手段とは闘争以外なかった。

相手を殺しその命を奪う、それこそが自らの優性を証明する手段であり、自らの力を確認しまた高める唯一の手段だとグリムジョーは考えていた。

ならばこの犯人は丁度良いと、自分以下の総ての数字持ちを打ち倒すその力、その命を奪う事は己の中で確実な力となって戻ってくる。

グリムジョーの中に用心や警戒といったものは無い、あるのはこの犯人が目の前に現れるのを心待ちにする感情、それだけが彼の内を占めていた。

 

早く来い、早く俺の目の前に、俺がその喉笛を噛み千切ってやる、と。

 

 

「あまり侮るなよグリムジョー。 相手は手錬れだろう、足元を掬われかねんぞ」

 

「俺がやられるとでも思ってんのか? テメェは自分の心配だけしてやがれ、狙われてるのはテメェも同じだぜ」

 

「……分かっている。 私とてそう易々とやられはせん」

 

 

互いに己が立場を確認する二人、残る数字持ちは自分達のみであり今までの犯人の傾向から独りの時を狙い番号の大きいものから襲うだろうと。

グリムジョーの番号は『12』、そしてシャウロンは『11』、数字持ちの番号は単純に破面として生まれた順番で決まる、数字の小さい者ほど古く、大きい者ほど最近になって生まれたという事だ。

しかし小さい数字の者が死亡、或いは戦力にならない場合はその数字は剥奪され番号は繰り上がる。

よって従属官となり、数字持ちとしての上位にいる必要がなくなったなどの例外はあるが、数字が小さい者ほどその実力は高くなり、そう容易く倒すことはできなくなる。

更に言えば虚夜宮には彼等の数字に関する特別な措置(・・・・・)も存在するが、今はあまり関係ない。

 

数字の大小で彼等二人を見たとき、数字の上ではグリムジョーよりシャウロンの方が上になるが実力から言えばそれは逆転する。

破面化の折、未知の事象にいきなり自分達の王を曝す事を良しとしなかったシャウロンは、その身をもって破面化の安全性を確認する為、グリムジョーよりも先に破面化したシャウロンの数字の方が小さい、というのが実力と数字が逆転している理由。

数字の上では次に狙われるのはグリムジョー、しかしこの犯人が見ているのが数字ではなく別のもの(・・・・)だとしたら、或いはその順序は反転する可能性を孕んでいる。

それを踏まえた上でシャウロンも気を引き締める、彼とて今となっては古参の破面、易々と敗れる事はあってはならないと。

 

そんなほんの少し張り詰めたような空気の二人に、突然声は降ってきた。

 

 

 

「よう…… 話は済んだかよ? だったら今度は俺と遊んじゃぁくれねぇか?」

 

 

 

唐突に降注いだ声に驚き、その声の主を確認すべく声のする方を向くグリムジョーとシャウロン。

虚夜宮の天蓋に存在する紛い物の太陽を背にするようにして、その声の主は聳える円柱の上に片膝を立てて腰掛けていた。

逆光になり姿ははっきりとは確認できない、しかしこの距離までグリムジョーとシャウロンの探査回路を掻い潜って接近したその人影に二人は自然と身構える。

 

 

「テメェ…… 何者だ…… 」

 

「ハッ! 随分と殺気立ってるねぇ…… 言ったろ?ちょっと遊んじゃァくれねぇか、ってよ。コッチにもそれなりに事情ってもんがあるんだ、さっさと終わらせたいってのが本音さ。なぁ?破面No11.(アランカル・ウンデシーモ)シャウロン・クーファン、そして破面No12 グリムジョー・ジャガージャック 」

 

 

視線に殺気を滲ませて睨むグリムジョー、人影はそれを鼻で笑うと『遊んでくれ』と言い放つ。

それも二人の番号と名前を言い当てた上で、だ。

これだけでこの人影が少なくとも何を目的としている(・・・・・・・・・)かは判断出来るだろう。

 

 

「貴方が数字持ちを襲って回っている犯人ですか?この様な事…… 全く持って理解不能です 」

 

「別にアンタ達に理解してもらう必要は無ェんだよ。コッチの事情だ、アンタ達には関係無ェ。そもそも世界なんてそんなもんだろが、無関係で理解の外の出来事で世界は出来てんだよ」

 

「……襲撃犯、ということは否定しないのですね。では私達も襲いに来たと考えていいのですね?」

 

 

殺気を滲ませて相手を睨み続けるグリムジョーに代わってシャウロンが人影に向かい話しかける。

数字持ちを襲う襲撃犯、恐らくはあの人影がその犯人なのだろう、現に襲撃犯かとシャウロンが尋ねたが人影は肯定も否定もしない。

数字持ちを襲撃するその行為にいったい何の意味があるのか、シャウロンにはまったくもって理解不能だった。

自らの力の誇示か或いは何者かの差し金か、はたまた彼が重い至らぬ更なる別な理由なのか、それを尋ねたところで答えが返って来る筈もなくその問は無関係と言う言葉で切り捨てられてしまう。

 

 

「ハッ! 確かに否定はして無ぇ……な。 今んところ戦ったヤツ等は全部ハズレでね、アンタ達二人の内どっちかがアタリじゃねぇとコッチとしては割に合わねぇって話ではあるがな」

 

「ハズレ?それはどういう意味です?」

 

弱かった(・・・・)って意味だよ。コッチだって好きでこんな面倒な事してる訳でもねぇのに、その上愉しむ事も出来やしねぇんじゃ時間の無駄だぜ全く。……まぁいい、そろそろ始めようじゃねぇか。ヨッと!」

 

戦ってきた全ての数字持ち達をハズレ、弱いと斬って捨てたその人影。

決して数字持ち達の全てが弱い訳ではない、十刃には遠く及ばないものの唯の破面がその総てを一人で倒せるほど弱くも無いのだ。

それをして尚この人影はそれを弱いと言う、そしてその言葉に嘘偽りはない、本当にこの人影が襲撃犯だとしたら数字持ち達はこの人影に総て敗北しているのだから。

 

いい加減話すことに飽きたのか、円柱の上から人影が飛び降りた。

高所から飛び降りたというのにその人影はふわりとしゃがむ様に着地し、足元の砂がほんの僅かに舞い上がる。

舞い上がった砂が光を反射し、その白い光の中降り立った人影はゆっくりと立ち上がった。

 

グリムジョーとシャウロンの瞳は驚愕で見開かれていた。

降り立った襲撃犯、短めの金色の髪と左目を縁取るようにして存在する仮面の名残、そして額の中心にある菱形の紅い仮面紋、比較的標準的な破面の白い死覇装の袖を上腕の中程で折り、黒い裏地が関節のあたりまで覗いている。

猛禽類を思わせる鋭く紅い瞳は二人を射抜き、その腰に斬魄刀は挿していないものの外見だけを見れば破面であることは疑いようが無かった。

 

しかしその降り立った襲撃犯は明らかに幼く、大人とは到底言えず少年と言う言葉がその姿を形容する一番正しい言葉であり、その容姿は二人が想像していた襲撃犯のそれから大きく逸脱し、いっそ何かの冗談だと言われた方がよほど納得がいくもの。

そう、彼等の前に現れた破面は子供の姿(・・・・)をしていたのだ。

 

 

「……失礼、本当に貴方が襲撃犯なのですか?とてもそうは見えないようですが 」

 

 

シャウロンはその姿を見た素直な感想を口にする。

いや、誰もがそう言うだろう。

目の前に現われた少年はその何倍もの体躯を持ち、何倍もの膂力を持つ破面を打ち倒して来たと言うのだ。

俄かには信じられない、そう思うことは異常ではなく寧ろ正常にすら感じられるがそんなシャウロンの言葉を聴いた襲撃犯の少年は、心底落胆しつまらなそうにその言葉に答えた。

 

 

「成程、結局アンタもその程度か…… 興醒めだ、アンタも今までの奴等と同じ見た目に惑わされる三流……かよ。まぁ仕方ねぇか、こんな(なり)じゃぁよ。悪かったな、とりあえずさっさと終わらせるぜ」

 

 

少年の落胆振りに困惑しながらも身構えるシャウロン。

見た目で惑わされる三流、そう評価された事に多少の不快感を感じながら尚もシャウロンの瞳には疑念が篭っていた。

シャウロンとて少年の見た目だけで襲撃犯かどうかを疑った訳ではない、その身のこなしは強者のそれである事位は彼にも判る。

しかし少年から感じる霊圧はそれほど大きくなく、所詮子供が霊圧を解放してもそれほど大きくなるとも思えず斬魄刀すら携行していない姿は戦いに身を置く者として考えられない浅慮、一対一の状況を作ったとして一度ならば勝利を掴めようが、多くの破面総てに勝てるとはとてもではないが考えにくかった。

本当にこの少年が襲撃犯なのか? 本当の犯人は別に居てこの少年は此方の油断を誘う罠ではないのか?シャウロンの頭に多くの可能性が浮かんでは消えていく。

 

 

しかしシャウロンがそれ以上思考することは無かった。

 

 

彼が最後に見たものは自分の想像を軽く超える霊圧を放ち、眼前へと迫った襲撃犯の少年の紅い拳だけ。

彼の意識はその拳の映像を最後にプツリと消え、次に目を覚ますその時まで深く沈んだままだった。

 

 

「またハズレ……か。 この姿で油断してたってのを引いてもいくらなんだって脆すぎんだろ…… アノ女ならこんな一撃軽く避けやが…… クソッ、余計な事思い出しちまった」

 

 

シャウロンを一撃の下に叩き伏せた少年、殴り飛ばされたシャウロンは砂漠の地面と平行に移動し、乱立する円柱の一本にその身体をめり込ませていた。

打ち負かした相手に不満を述べながら、一人自ら思い出したであろう不快な記憶に顔を歪める少年。

 

結局シャウロンは対応を間違えたのだ。

自らグリムジョーに対し侮りは足元を掬うと諭しておきながら、襲撃犯の姿を見て彼はどこかで侮ってしまった。

明らかに自分より小さく脆いその姿に、感じる霊圧も大きさに、それらを鑑みた時自分が負ける要素がどこにある、と。

故に彼は目の前の少年から半ば意識を逸らし自らの思考に没頭してしまった、脅威足りえないモノから意識を逸らし、居もしない別の脅威の存在を自らの中に作り出してしまったのだ。

結果として彼は今その意識を闇へと落とし瓦礫の山へと埋もれるはめとなったのだが、それは須らく彼の自業自得。

破面とは決してその姿形で力の優劣が決まる事はない。

戦闘となれば尚の事、根拠の無い自信、自負を持ち込めば忽ちにその命は潰えるのだ。

 

 

「で? アンタはどうするよグリムジョー・ジャガージャック…… 一応力は見せた(・・・・・)心算なんだが……な。というよりアンタがハズレの場合全滅だ、それだけは俺も避けたッツ!?」

 

 

思い出した不快な記憶と折り合いをつけた少年がもう一人の標的、グリムジョーに話しかけながら振り向く。

少年にとってシャウロンはハズレだった、いや、総ての数字持ちが彼にとってハズレ。

だが最後に残った一人、グリムジョーだけは違うと少年は確信していた。

少年は見ていたのだ、あの硝子のような緑の瞳の破面によって創られた斬殺空間、そこからたった一人だけ生き延びたその破面の姿を。

故に少年は期待していた、此処で退いてしまう様な相手ではない事は分かっている、今までの戦いは総て消化試合のようなもの、ノルマをこなしただけの事だと。

しかしこれから始まるのは唯一自分が望んだ戦い、それだけのために此処まで続けてきたのだと少年は再確認する。

軽口を叩きながらもその胸は期待に踊る、早く始めろと早鐘を打つ。

言葉と共にグリムジョーへと振り返る少年。

 

 

 

 

 

 

次の瞬間、鮮血が宙を舞った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

砂時計を返そう

 

逆転する流れ

 

現在から過去へ

 

地に伏す少年

 

見据えた未来

 

何を得るのか

 

 

 

 


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