7th DRAGON Ⅲ 夢幻の葬花   作:アレクシエル

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CHAPTER:2 底に燈る火
code:7 「とぼけるんじゃないわよ」


 

 

 

 

1.

 

 

 

 

 

2021年・某日─────第2次竜災害末期。

 

 

 

国会議事堂内を極秘に改装して設けられた、旧ムラクモ機関本部。その縦横に広い施設内のとある一室にて、最後の戦いへと向けて身支度を整えている3人の姿が見られた。

 

「いよいよだな。…ここまで、本当に長かった」

 

そう軽くぼやいたのは、白い髪を隠すようなフード付きのパーカーが特徴的な男、藤原 楽斗(ガクト)だ。

彼はテーブルの上に愛用の2挺銃を並べ、念入りに手入れを重ねている。

 

「そうだね。…辛いこともたくさんあったけど、よくここまで来れたと思う」

「ハッ、なぁに今更お通夜みてえな顔してやがんだよ頼香(ライカ)

「……君こそ、強がってないかい?」

「フン、どうだかな。…俺はオマエ等と違って、失うモノなんざ何もなかったからな。強いて言えば、オマエ等ぐらいだよ」

「…素直じゃないねえ、君は」

 

鈴を転がしたような甘い声でやれやれ、といった風に肩をすくめるポーズを取ったのは、金のツインテールが印象的でゴシック調の服を纏う少女・仙道 頼香(ライカ)。彼女はベッドの上に腰掛けながら、その小柄な体躯にそぐわない太刀を抱きかかえている。

同室の3人の中で唯一の名家の出身であり、代々受け継がれてきた独自の流派の剣術を体得している。

故に小柄といえど馬鹿に出来ず、3人の中でも特に秀でた戦士(スコアラー)としての活躍を見せていた。あまり女らしからぬ口調を好むのは、ライカ自身の性分故にだろう。

…が、彼女の家も帝竜の襲撃に遭い、ライカは一族の中で唯一の生き残りとなってしまっている。

 

 

「………守りたい、もの………」

 

部屋の片隅には、そんな2人をただ無言で眺めている黒髪の少女の姿があった。

 

「………そんなもの、私にはない」

「あん?」

「私には何も守れない。…何も、守れなかった」

「……オマエ、まだ"あのコト"を引き摺ってんのか。アレはオマエが悪いんじゃねえ。それに、ナツメのクソ野郎ならちゃんとオマエがぶち殺したじゃねえか」

「そうよ。私にはそれしかできない。…殺すことしか、能がないの」

 

黒髪の少女は、同じチームの2人とは出自が大きく異なっていた。

物心つく前からムラクモ機関に拾われ、親の顔さえも知らず(恐らく他界していると思われる)に育ち、内に秘めた才能を買われて特殊な訓練を重ね続けてきたのだ。

基本的に武器を持たず、洗練された彼女だけの"対竜格闘術"を駆使して戦う。それが彼女のスタイルだ。

 

「……だから今度も同じ。世界とか、大事な人とか、そんなのもうどうだっていい。…殺すことしかできないなら、私が真竜(アイツ)を、この手で殺してやるわ………!」

 

彼女は、虚ろな瞳と共にうっすらと笑みを浮かべていた。度を過ぎた哀しみは、彼女の中で狂気へと昇華し、底の見えぬ程に深い憎悪となる。

多少は慣れたものだが、ライカとガクトは彼女のそんな氷のような微笑みを見て、背筋を張り詰めてしまう。

 

「………そんな風にあまり思い詰めるなよ。マリナが悲しむだろう」と、彼女を気遣うようにライカが言う。

「───っ、マリナは関係ない!!」

「関係なくはないさ。彼女は君を慕っている。…それとも、あの子(・・・)に似てるから苦手、かい?」

「黙れ………それ以上言ったら…!!」

「よせよ、ボクはドラゴンじゃない。君に殺される道理はないよ。……それに、君が殺したい相手は他にいるんだろう?」

 

言いながら、ライカは人差し指で低い天井を───正確には、遥か空の彼方"真竜の領域"に座す存在を指した。

互いに鋭い視線を飛ばし合ってはいるが、激情に任せて動く事はない。

 

「真竜フォーマルハウト─────ヤツを(ほふ)らなければ、この世界は終わる。…ま、君にとってはそんな事はどうでもいいんだっけか。"ドラゴンを殺す"───その目的さえ果たせれば、ね」

「……そうよ」

「ふぅん……でもそれって、君のキライなエメル女史と同じじゃないのかな? …彼女も大概メチャクチャな人だったけどね。ドラゴンと刺し違えた点だけは評価に値するけれども、人を人とも思わない彼女のやり方は、正直今でも反吐が出る」

「あの女と一緒にするな!! …私はエメルとは違う……!」

「なら、もう一度よく考えることだね。君は何の為に戦うのか。…その拳が誰かを守りたいと願うなら、ボクは喜んで君に背中を預けるよ」

「………私は……!」

 

彼女は冷酷なのではない。あまりにも多くの大切なものを失ったが故に、誰かを愛する事を極端に恐れ、拒絶しているのだ。

その一方で、ドラゴンへの強い憎しみが彼女の心に募り続け、歪みを生んでいる。

 

「忘れるなよ、竜殺剣を託されたのは君だ」

 

ライカは自前の太刀を大事そうに抱えつつも、まるでそれ自身に対して関心がないかのように言う。

 

「はっきり言って、剣の扱いでボクの右に出る者はもうこの世には存在しない。…けれど、竜殺剣の力を100%出し切れるのは…マリナに選ばれた"英雄"は、紛れもなく君なんだ」

「………だから、何だというの」

「マリナの想いを無下にするようなことは許さない、と言っているんだよ。友人としての忠告だ」

「…関係ない。私はただ、ドラゴンを殺す。それだけよ」

 

彼女はライカの言葉にもさして態度を変えずに、すたすたと歩いて部屋を出て行ってしまった。

行き先はわかっている。2人が彼女を追うことはなく、己の身支度をきっちりと整える事を優先した。

 

「おー怖い怖い。女同士の争いは醜いねえ」と、呆れたようにガクトがぼやいた。

「ふふ、喧嘩するほど仲が良いというじゃないか。少なくともボクは彼女の事を好きでいるつもりなんだけどね?」

「それをアイツに言ったらまた拗ねんぞ? まあいい、俺達も行こうぜライカ」

「そうだね。…そろそろ、作戦開始時間が近い」

 

身支度を終えたライカとガクトも、彼女に続くように部屋を出て執務室へと向かっていった。

 

 

そうして、後世に名を残す存在となる"ムラクモ13班"の最期の戦いが始まった。

激闘の末に、彼らは真竜フォーマルハウトの打倒に成功する。

 

だが、真竜の領域より生還したのはただ1人───より深い業を背負ってしまった黒髪の少女、天地(あまつち) 久遠(くおん)のみだった。

 

 

 

 

 

 

 

2.

 

 

 

 

 

 

 

紀元前12047年・アトランティス大陸下層区──────

 

 

 

持ち帰った手掛かりを元にして算出された時空転移装置の新たな座標に従い、紫苑と、ヨリトモ・ユウマの3名は、どういう原理なのか宙に浮かんでいる岩盤地帯の上へと転送されてきた。

低層区クラディオン。今回の目的は引き続き竜殺剣に関する情報収集と、アトランティス王女・ウラニアより教えられた"エーグル"なる人物とのコンタクトだ。

既にISDF特殊戦術部隊が先行しているようだが、

 

「…………なんか、イヤーな感じがするわね」

 

そう呟いたのは、染めたばかりの赤髪がやけに目立つ少女・天地 紫苑。

帝竜を一刀両断する程の圧倒的な戦闘能力を擁する彼女が何気無しに呟いた一言は、その場に居合わせる2人の気を惹いた。

 

『あん? 今日はコムスメがいねぇから機嫌が悪いってか?』

 

が、ナガミミはわざとらしく茶化すような通信を飛ばしてくる。

 

「そうなのよー! ミオちゃんってば、今日はおじいさまに呼ばれたから一旦帰るって言ってて…あたしもいつかご挨拶に行かなきゃ!」

『挨拶だぁ? なんたって………』

「だって、あたしの嫁になるんだから当然でしょ?」

『…………ハァー……聞いた俺様が馬鹿だったよ。それはさておき、だ』

 

ナガミミは呆れて海よりも深いため息をつきながら、センサーが探知したデータを読み上げる。

 

『オマエの勘は正しい。現在、クラディオン内部からは大量のドラゴンの反応が検知されてる。最奥部には……ほんの僅かだが、帝竜の反応もアリだ』

「……やっぱりね。生存者は居るかな?」

『それはまだわからん。オマエ達がもっと奥に進んでくれなきゃな』

「…帝竜が近くにいるなら、急がないと………」

 

紫苑は宙に浮かぶ岩を見上げながら、その岩がまるで道を作っているかのように等間隔で浮いている事に気付いた。

うまく飛び移って行けば、その先にある洞穴からクラディオン内部へと進入できるだろう。

 

「ナガミミ様、他のISDFの隊員達の状況はわかる?」

『現在、クラディオン内で待機中だ。ざっと見てドラゴンの数は15、6……連中だけだと、ちと厳しそうだな』

「…わかった。ヨリトモ君、ユウマ君! 行こう!」

 

紫苑はもう一度だけ浮かんでいる岩群を観察し、一番手前にある岩に触れてぐいぐい、と押してみた。

しかし思った以上にしっかりとしているようで、浮いている割にはぐらつく様子が全くない。

周囲には相変わらずフロワロが咲き乱れているが、不思議と特有の不快感は薄く、むしろこの周辺の空気の流れ自体はアトランティカの祀り場のものとよく似ている。

恐らく、この岩が浮いている原理も星晶石の力によるものなのではないだろうか、と紫苑は考えた。先行しているISDF隊員達も、恐らくこの岩の上を通っていったのだろう。

軽く2〜3回深呼吸をし、身体を軽く伸ばす動作をとると、その場から勢い良くジャンプして手前の岩へと飛び移った。

 

「………とと、」

 

何となしに下を見下ろすと、なかなかの強風が吹き上がってくる谷の底が見える。普通の人間ならば、落ちれば確実な死が待っているだろう。

 

「…さすがのあたしも、落ちたらタダじゃ済まないなぁ………」

 

とんだ場所に転移させられたものだ、と内心でぼやきながら、紫苑は次々と岩の上を移動してゆく。

 

「……負けてられんな。俺達も行くぞ、ユウマ」

「ええ、提督」

 

残るISDFの2人も、紫苑に負けじと移動を始める。

紫苑と同様に単独でドラゴンを狩れる程の戦闘力を持つユウマはともかくとして、紫苑にとって意外だったのはヨリトモだった。

特殊戦術部隊長の名は伊達じゃない。流石に長年軍に勤めているだけあるのか、ヨリトモもまた岩の上を何の苦もなく乗り越え、ユウマと共に紫苑に追いついてきた。

 

「あら、やるわね2人とも」

「見くびっては困ると言っただろう。お前も相当鍛えているようだが、俺達とてただ平和ボケしていたわけじゃあない」

 

ヨリトモのその言葉の中に、紫苑は兼ねてからの疑問を見出し、訊き返してみる。

 

「ISDFも、以前から第7真竜の出現の兆候を確認してたってこと?」

「その通りだ。もっとも、80年前の第1次竜災害の時点で"真竜は全部で7体存在する"という情報があったからな。来たるべき時に備えていたに過ぎん」

「ふぅん………別に、ヨリトモ君を悪く言うわけじゃないけど。ISDFって昔、ドラゴンを使った実験をしてたって噂じゃない?」

「……噂は噂に過ぎんだろう」

 

と、ヨリトモはやや声のトーンを落としながら答えた。

その間にも3人はどんどん岩の上を移動してゆき、ついにクラディオン内部へと繋がる洞穴へと差し掛かった。

紫苑は地に足を下ろし、改めて後ろを振り返りながら、通信越しに軽く愚痴り始める。

 

「もしもし、ナガミミ様ぁー?」

『あん?』

「もうちょっと安全な場所に転送ポイント作れなかったの?」

『仕方ねえだろ、その周辺は座標が細かく絞り込めなかったんだよ。オマエらがもっと先に進めば、新しく転送ポイントを作れるかもしれねえけどな』

「むぅー……」

 

などとぼやきながら、少し入り組んだ造りの洞穴を歩み進んでゆく。

ほんのりと周囲の岩壁が青く光っているよつに見えるのは、やはり星晶石の影響なのだろうか。

そうしてある程度進むと、先行していたISDFの隊員達が連なって待機している姿が目に入った。

彼らは紫苑を…というよりも、ヨリトモ達の姿を確認すると、一斉に敬礼をして指示を仰ぐ体勢に変わる。

 

「状況は、どうだ」

 

それに応えるように、ヨリトモが隊員達に問いかけた。

 

「現在、5体程のドラゴンの姿が確認できました。恐らく奥にはあと何体か………」

「5体…か。数自体はまだ少ないが………… 」

 

と、そこでヨリトモは紫苑の方をちら、と見た。

ドラゴンの襲撃の報を受け、横須賀基地から初めてノーデンスへと駆けつけた時、中央広場には数体のドラゴンの屍体があった。その中には帝竜も含まれている。

ドラゴン数体ともあれば、如何に訓練を積んだ特殊部隊だとしても苦戦を強いられる。それが普通なのだ。

 

「あたしはいつでも行けるよ」

 

ヨリトモの視線に気付き、紫苑はさっきまでの飄々とした態度とは打って変わって、真剣な表情で言う。

 

「提督、指示があればいつでも」

 

そんな紫苑に同調するように、ユウマも続けて答えた。

 

「俺達3人を筆頭に。他はその援護に回る。…それで構わんか?」

「任せて。あなた達にも期待してるよ」

「…うむ。では、突入を開始する!」

 

ドラゴンの余計な気を引かぬよう、隊員たちは声ではなく素早い敬礼で、ヨリトモの指示に応える。

それぞれが火器類を構え、予め定められていた配列につく。基本的には、ドラゴンに対して特効的とも言える戦力を持つ2人を援護する形にだ。

 

「行くよ、ユウマ君」

「ええ、行きましょう」

 

紫苑はやはり真剣な顔つきで、ドラゴンを全て葬るという覚悟の元に剣を抜く。

それに並ぶユウマもまた、ようやく自分の出番だとばかりに、体の奥底から湧き上がる闘志と力を確かめるかのように拳を握り締めた。

 

2人の戦士の戦いが、始まる。

 

 

 

 

 

 

3.

 

 

 

 

 

 

 

同刻─────東京都内某所。

数十年ぶりにドラゴンの襲撃を受けて間もないせいもあり、表通りを歩く人の姿はごくわずかしかいない。

多くの建物はひび割れており、また、アスファルトにも幾つかの亀裂が走っている。

ISDFの特殊部隊がある程度の除染作業を行ったようだが、それでもまだ路肩には鮮やかな紫の毒花・フロワロがわずかに顔を出している。

フロワロの放つ瘴気は少しずつ人々の身体を蝕む。"竜斑病"と呼ばれる病の原因もまた、それによるものだと言う。

そんな事を脳裏に思い浮かべながら、翡翠色の髪の少女・ミオは護衛として追随してきた双子の受付嬢の片割れ・チカと共にとある場所へと車を走らせていた。

 

「ここが、ミオさんの家…?」

 

意外そうな面持ちで見上げたチカの視線の先には、やや古びた造りの建物があった。小さな看板には"那雲診療所"と記されいるが、今はどうやら休診中のようだ。

そこの少し脇に車を停めてもらい、チカとミオだけが降りて建物の前まで近づいてゆく。

 

「うん、おじいちゃんがお医者さんなの」

 

言いながらミオは診療所の正面玄関ではなく、脇にある勝手口へと回り、ポケットから鍵を取り出して戸を開けた。

外観こそ古臭そうだが中に入ってみるとそうでもなく、やや新しい設備と病院特有の薬品の匂いが目立つ程度だ。

2階へと続く階段もすぐ近くにあり、恐らくその上がミオ達の住居となっているのだろうか。

 

「…………?」

 

耳をそばだててみると、奥の方から話し声が聞こえて来た。方角からして、診察室の辺りからだ。ミオもそれに気付いたようで、階段ではなく診察室の方へと向かって歩いてゆく。

 

「おじいちゃーん…?」

 

ミオがひょっこりと診察室へと顔を出しながら呼びかけると、そこには白衣を着て椅子に腰掛ける老人と、一風変わった出で立ちの少女が丸椅子に座って向き合っていた。

 

「おお、ミオか! おかえり」

「ただいま、おじいちゃん」

「ふむ………そっちのお嬢ちゃんは…?」

「は、初めまして…私、ノーデンス・エンタープライゼスに勤める橘 散花(チカ)と申します」

「! そうかそうか、いやぁうちの孫が世話になっとるようで!」

 

カッカッカッ! というどこか特徴的な笑い声を上げながら老人───那雲 三喜夫は言う。

対してミオは逆に、まるで診察でも受けているかのように三喜夫の前に座る少女について問いかけた。

 

「…おじいちゃん、あの人は…患者さん?」

 

ミオの視線の先にいる少女の姿は、重ねて言うが一風変わっていた。

今はもう小春日和の終わりかけで、 風も少し冷たいというのに、やや薄手の動きやすさを重視したようなメイド服を着込み、目を惹くオレンジのショートヘアをしているのだ。

 

「……いいえ、私は患者ではありません」

 

と、三喜夫が答える前に少女の口から答えが出た。

 

(わたくし)は神崎 (あきら)と申します。竜斑病について、那雲博士にご相談が有って参りました」

「! 竜斑病に、ついて………?」と、ミオは少しドキッとしたような顔で言った。

「はい。こちらに居られる那雲三喜夫博士は、かつての生物学の権威であったと存じ上げております」

「ふん……ワシはそんな大それたモンじゃあない、今はしがない町医者じゃよ。…しかし、竜斑病についてはワシも独自に調べてはいる。ミオ、今日お前を呼んだのは、その事についてなんじゃ」

「え……?」

 

(あきら)、と名乗る少女と三喜夫の2人に板挟みにされたように困惑するも、ミオはどうにか頭の中で情報を精査する。

 

「ワシはしばらくここを留守にする。ここじゃあ設備が足らんからな、古巣に戻って設備を借りようと思う。ミオ、お前もしばらくはノーデンスに残るんじゃろう」

「………うん」

「じゃから、もし荷物があるなら今日のうちに持って行くといい。それと、"イチロー"の世話も頼みたいんじゃが……」

「……ねえ、おじいちゃん。私がノーデンスで働くのには反対しないの?」

 

言われて三喜夫は、「ふむ」と顎を指でいじりながら考える。そして、前に電話越しにミオから聞いた名前を思い出し、

 

「……天地 紫苑といったか。"お前を守る"と約束してくれたんじゃろう」

「…そ、そうだよ」

「カッカッカッ! なら大丈夫じゃ。彼女なら、何があっても絶対にお前を守り通してくれる。ワシが保証する!」

「……おじいちゃん、紫苑のこと知ってるの?」

「おぉ知っとるとも! 以前、世話になったからのぅ!」

「そ、そうなんだ………」

 

どういうことだ、とミオは思った。確かに紫苑については知らない事は沢山あるが、まさか自分の祖父と面識があった、などとまでは考えてもなかったからだ。

それにその口ぶりからすると、三喜夫は紫苑がとんでもなく強いという事も承知しているようだ。

 

「………失礼。今、"天地(あまつち)"と仰いましたか」

 

と、不意に晶がミオの言葉に反応して問いかけてきた。

 

「その方は現在、ノーデンス・エンタープライゼス社に居られるのでしょうか?」

「は、はい。えっと……今は任務中だから居ませんけど……」

「任務、ですか。一体何をなさっているので?」と、やけに食いついてくる晶。

ミオはほんの一瞬だけチカの方へと目配せし、軽く頷き返してくれたのを確認してから、

 

「…ドラゴンを倒しに行ってます」

 

と、やや気まずそうに答えた。

すると晶は、先程の三喜夫宜しく軽く腕を組んで考え、それから口を開いた。

 

「…差し支えなければ、私もノーデンスへと同行させていただけないでしょうか。天地 紫苑さんにお会いしたいのですが」

「え、ええと………」と、流石に返事に困るミオ。それに代わるようにチカが一歩前に出て、

「紫苑さんにどういった用件があるのでしょうか」

「…これは失礼しました。実は、私達の仲間の多くが竜斑病にかかっている疑いがありまして…こちらの那雲博士と、天地さんにも力をお借りしたいのです」

「竜斑病と紫苑さんにどういう関係があると?」

「竜斑病は、第7真竜出現の兆候であるという事は既に調査済みです。つまり、真竜を打破することこそが竜斑病への最善の対抗策。…しかし、それだけではありません。かつて"13班"と呼ばれた方々は、フロワロの毒に対して強い耐性を持ち得ていたそうです。13班の一員の孫である天地さんにもその体質が受け継がれているのならば、それは竜斑病に対するもう一つの手掛かりと成り得るでしょう」

「……ふむふむ、つまりあなたは紫苑さんの体質にヒントがあると睨んで、一度会いたいというんですね」

「おっしゃる通りです」

「…………?」

 

ふと、ミオは今の会話の流れに少しばかり違和感を感じた。

晶は竜斑病への対抗策を求めてノーデンスに訪れたい。ひいては、紫苑と体面したいという。しかし今の様子だと、晶は紫苑について既にある程度の情報を集めていたように思える。

13班の孫だという事実も承知しているようだ。それに彼女は"仲間の多くが"とも口にしていた。

恐らく晶は、それなりの調査力を持つ何らかの組織にでも在しているのではないだろうか。ミオは今の会話の流れでそう疑念を抱いた。

 

「…あの、神崎さんって……」

「"晶"で結構です。ミオさん」

「えっと、晶さん。紫苑の事はどこで知ったんですか……?」

「私達が存じ上げているのは、もはや噂話程度の情報にしか過ぎません。伝説の13班の"唯一の生き残り"である天地 久遠…彼女は戦いの後、属していた"ムラクモ機関"を去り、関東のどこかで平和に暮らし、子孫を残した。

実際、私達の仲間の古株の何人かは、天地 久遠の娘…天地 紫苑さんの母にあたる人物と、過去に1度だけ対面したことがあるようなのです。

そしてその娘もどこかにいる。奇しくもそれは、先の第3次竜災害でその姿が目撃されるという形で、所在のヒントを得ることになりましたが」

「………そ、そうなんだ。えと、晶さんの仲間って……?」

「…今は多くは語れません。しかし一つだけ、私の属する組織の名をお教えしましょう」

 

ごくり、とミオは無意識のうちに息を呑んだ。

晶の口からすらすらと語られる言葉は、ミオもまだ知らない紫苑の一面が見え隠れしているように思えたからだ。

ミオは、未だに紫苑が"13班の孫"という事実と、人並み外れた戦闘能力と自己治癒力を持っている事…そして同性愛者であるというぐらいしか知らない。

晶と関わる事で、ひょっとするとまだ見ぬ紫苑の一面を知る事ができるのかもしれない。そんな淡い期待を抱いたからだ。

そして気づけばチカや三喜夫までもが、晶に注目して次の言葉を待っていた。

そんな期待に応えるかのように、晶の口から新たな事実が溢れる。

 

 

「───私の所属する組織は、"世界救済会"。同会のエージェントを勤めております」

 

 

 

 

 

 

4.

 

 

 

 

 

 

「はあぁぁぁぁぁぁぁっ!!!」

 

 

 

 

 

もう何度目にかになる、刀を振るうと共に放たれる紫苑の怒号が洞窟内に響き渡る。

一切の容赦をかけるつもりもない一撃は、確実にドラゴンの体躯を両断し、次々に地へと沈めてゆく。

その姿に圧巻されたISDFの隊員達は、それぞれが小型・中型のマモノを相手取りながらも、改めて紫苑の強さを実感する。

先陣を切る歴戦の軍人であるヨリトモでさえも、背筋がぞくりとしてしまう程だ。

だがそんな中、唯一毅然としてドラゴンと対敵する男がいた。

 

「──────この程度、大した事はありませんねっ!!」

 

如月優真(ユウマ)。ISDFに属する戦闘員の1人であり、文字通り同軍の"最終兵器"である彼は、いつかの紫苑にも似た、さらなるアレンジが加えられた"対竜格闘術"を操り、ほぼ紫苑と同じペースでドラゴンを打ち倒していた。

ナガミミの情報によれば、クラディオン内部に潜むドラゴンの数は総計でおよそ15〜6体。

そのうちの6体は既にユウマと紫苑によって撃破され、当エリア内に残るドラゴンはあと1体───ドラゴハンマードという、巨大な槌上の頭蓋を持つタイプのドラゴンだけだった。

 

「………ふう。あれでひとまず最後のようですね、紫苑」

「そうだね。…てゆーかユウマ君、なかなかやるわね。ここまで戦える子は久し振りに見たわよ?」

「そうですか。一応言っておきますけれど、これでもまだ本気を出してませんからね」

「あら、余裕たっぷりじゃない」

「そうじゃありませんよ。必要に備えて力を温存しているんです。…まあでも、アレは俺がやらせてもらいます」

 

紫苑のリアクションを待つまでもなく、ユウマは一歩前へと踏み出した。

マモノもあらかた片付いている。ヨリトモを始めとするISDF隊員達も、一応ユウマを援護する構えをとっているが、どうやらその必要はないだろう、と紫苑にはわかっていた。

それよりも、紫苑にはひとつ気がかりな事があった。

 

(………ユウマ君から感じる、よくわかんないモヤモヤした気配…オーラ? 何だろう……)

 

先の戦闘を省みるに、ユウマは"ただ強い"というだけではない。紫苑自身も大概人間離れした戦闘能力を持っているとは自覚しているが、どうやらそれとも少し違うように思える。

例えば、ISDF流に改良されたのであろう対竜格闘術は、かつて天地 久遠が遺したものである。

故にユウマの格闘術は、紫苑の使う格闘術に実に似通っている。だが、ユウマがドラゴンに打撃を加える瞬間、得体の知れない別の力を感じたのだ。

その力が何なのかを、この戦いで見極める。

 

「………では、行きます! おぉぉぉっ!!」

 

ドラゴハンマードと対峙したユウマは、ようやくその力の片鱗を見せるつもりになったのか、雄々しい唸り声を上げて目をより一層見開いた。

ドクン、と紫苑の心臓の音が一段高く鳴った。ユウマの身体の奥底から溢れ出る力を、肌で感じ取っていたからだ。

 

(……そんな、あの力は…!? 有り得ない!! でも……)

 

 

そうして、ユウマの右の拳が強く握られる。紫苑が呼吸法を用いて力を集約するのと同じように、ユウマから溢れ出る謎の力がその右拳へと集まってゆく。

 

『グアォォォォッ!!』

 

ドラゴハンマードもまた、ユウマの力に慄いたのか少しくぐもった咆哮を上げる。だがその叫びには力が今ひとつ感じられず、両者の力関係を暗に示しているかのようだった。

まるで、敵うはずのない絶対的な存在を目の当たりにしているかのように。

その数秒後───ユウマの姿はそこから消え、瞬きすら許さない程の速さでドラゴハンマードの懐へと飛び込み、

 

「はぁっ!!!」

 

ドパン!! とまるでコンクリートの壁が泡立って破裂したかのような音が、ドラゴハンマードの胴体から響いた。

 

『ギャオォォ!!』

 

悶えるように一瞬だけ叫ぶが、既にその胴体はユウマの拳によって中心部が大きくへこみ、背中の皮を突き破って内臓が吹き出ていた。

それから遅れて、その躯体が静かに地面に倒れ込む。

 

「──────ふぅ………こんなものですかね」

 

ユウマはまるで何事もなかったかのように平然としているが、額にほんの少し汗をかいたようで、グローブを嵌めた手で軽く拭いながら(うそぶ)く。

その姿はさながらに、先日ノーデンス本社前で、同じく拳ひとつで大立ち回りを見せた紫苑の雄姿とも重なって見えただろう。奇しくも、その場面を目撃した者はこの場には居ないが。

 

「………ユウマ君!!」

「どうしました、紫苑。…これで少しは、我々ISDFも無能ではないと理解してくれましたか?」

「それはもうわかってる! けどあなた、その力………!」

「はて、何の事ですか」

「とぼけるんじゃないわよ!」

「………そうがなり立てないでくださいよ、紫苑。うまくやっているつもりでしょうが、俺にはわかりました。あなただって俺と同じ(・・・・)じゃないですか」

「………ッ…!」

 

それ以上、何も言い返せなかった。

今の戦いで、紫苑はユウマに宿る力の正体を垣間見ることができたからだ。そしてその力は、ユウマ1人だけが持っているものではないという事も互いに理解している。

だが、今は有事中だ。それをこの場で打ち明けてまで問い詰めれば、指揮に影響が及ぶやもしれない。

 

「………今度、ゆっくりと聞かせてもらうからね」

「ええ。俺もあなたから色々と聞きたい事がありますから」

 

行きましょう。ユウマはそう付け加え、視線を前へと戻す。

最後の障壁が取り払われ、この場にいる全員はその更に奥へ───低層区クラディオン・居住区へと向かって、ずらずらと歩き出していった。

 

 

 

 

 

 

5.

 

 

 

 

 

 

 

現代時間にして、小一時間程経過した頃。

大体の荷物(とはいえ、さほど多くはないが)をまとめ終えたミオは、チカと共に乗ってきた車のトランクに荷物を積み、那雲診療所を出発しようとしていた。

車には待機していたノーデンス社の運転手と、助手席にチカが既に乗って待機している。これからノーデンス社へと訪問する手筈の整った晶は、ミオの搭乗を待って車の側に立っていた。

そのミオは、旅立つ前の最後の挨拶を三喜夫と交わしている。

 

「……じゃあ、おじいちゃん。行ってくるね」

「無理をするんじゃあないぞ、ミオ。お前は優しいが、どこかミハルに似て強情な所があるからの」

「だ、大丈夫だよ! …あのね、おじいちゃん。私、ちょっと前まで諦めてたっていうか……どうにもならない事もあるんだって思ってたの」

 

と、ミオは胸の内に湧き始めた決意を伝えようと、語り始める。

 

「だからせめて、生きてられるうちに(・・・・・・・・・)お父さんに逢いたいなぁ…って。そう思ってた。けど、今は違うの」

「…?」

「こんな私の事を"好きだ"って言ってくれる人がいるの。…まだ私は、ちゃんと返事できてないんだけど。でも、その人はドラゴンに殺されかけた私の事を必死に守ってくれて…どんなに傷ついても真っ直ぐ前を見て……すごく、かっこいいの。

だから私も、ちゃんと前を向こうって思ったの。簡単に諦めたりなんかしないで、私のやれる事を一生懸命やろう…って、そう思えたの」

「……そうか。まだ小っちゃいと思っとったが、いつの間にか大人になっとったんじゃなぁ…ミハルも喜ぶぞ?

それに、安心せい。ワシが必ずミオを助ける。…だから、お前も負けるんじゃないぞ」

「うん!」

 

孫娘の成長を喜び、三喜夫は柔らかい微笑みを浮かべながらミオの頭を撫でてやった。

 

「…では、ミオをよろしく頼んだぞ。預けたカルテはホリィ君にちゃんと渡してやってくれい」

 

三喜夫は、窓越しに助手席に腰掛けるチカに念を押すように言った。

どうやら、ノーデンス専属勤務の医師であるホリィとは過去に面識があるようだ。

 

「ワクチンの目処がつき次第、そちらへすぐにデータを送る。渡真利君にもよろしく言っておいてくれ」

「わかりました。…しかし、ドクターが何と仰られるか…」

「なぁに、ヤツは組織(・・)を嫌ってはおるが、ワシの言うこととなれば無視はすまいよ」

「…わかりました。ではミオさん、晶さん、乗ってください」

 

そうして後部座席に2人が乗り込んだのを確認すると、いよいよ車はノーデンス本社へと向かって静かに走り出した。

……正確に言えば、2人と"1匹"だが。

 

 

 

『ニャー』

 

静かに揺られる車の中でミオが両手に抱きかかえているのは、那雲診療所で飼っていた猫の"イチロー"だ。

三喜夫もしばらく留守にする為、ミオが引き取って面倒を見る事となったのだ。

人懐っこい性格をしているのか、ミオだけでなく隣に座る晶にも愛想良く鳴いていた。

 

「可愛いですね、その仔」

「えへへ……イチローっていうんですよ」

「ふふ…触っても構わないでしょうか?」

「はいっ」

 

"世界救済会のエージェント"などという謎の多い肩書きだが、そこは意外と普通の女の子らしいというか、とても柔らかな表情でイチローの額を撫でだした。

 

「…猫、好きなんですか?」と、ミオは思い立って尋ねてみた。

「ええ。だって可愛いじゃないですか。それに何というか……猫を見てると、癒されるんです。特にこの耳がかわいくて………」

 

後部座席で猫談義を始めた2人をミラー越しに見ながら、前に座るチカも晶への警戒心を緩めつつあった。

しかし、今は竜災害を迎えている真っ只中。紫苑についてそれなりに調べているのだとすれば、ノーデンスがただの民間企業ではない事くらいは承知している筈だ。

"世界救済会"という名前自体は、実はチカは以前データバンクの中で何度か目にした事があった。

第1次及び第2次竜災害時、ムラクモ機関が先立ってドラゴンに立ち向かっているさなか、一般市民の救助を、ひいては壊滅した国の復興を主としてあちこちで暗躍していたとされる組織だ。

それから約80年経った現在も組織自体は存続しているという噂だったが、まさかこんな場所でその一員とお目にかかれるとは思ってもなかった、というのがチカの本音だ。

だが、

 

(仲間の多くが…と言っていましたね。ということは、)

 

世界救済会のメンバー内で、竜斑病が蔓延しているという事だ。

厳密に言えば、竜斑病は伝染病等とは異なり感染したりはしない。原因はフロワロから放たれる毒…瘴気による身体の機能不全だ。

そしてその治療法は確立されておらず、唯一目に見えている対処法は、全てのドラゴンを倒してフロワロを根絶させる事のみだ。

もし、晶の話が事実ならば。どういう形であれどノーデンス側の…少なくとも紫苑の味方にはなるだろう、とチカは思った。

それに懸念すべき事はもう一つある。それは、現在チカの手元にある、三喜夫から託された書類─────数年分の医療記録だ。

 

(………まさか、ミオさんが……紫苑さんが知ってしまったら、どうすれば……?)

 

紫苑がミオを溺愛しているという事は、ごく一部の社員達に知れ渡っており、チカやリッカもその中に含まれる。

その事実は想像するに難くない。もし、自分の一番大切な人が"不治の病に冒されていた"としたら。

 

(………言えない。こんなの、あんまりだ………!)

 

今も後部座席で自前の猫を愛でる少女が、既に竜斑病に冒されている───そんな事実を、少なくともチカの口から紫苑に伝えるなど、できる筈もなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 







多忙につき、更新が大幅に遅れてしまいました…

当初から予定変更して、今回から新キャラクター参戦です。

それと、前回、原作にない場面で帝竜を出しましたが、+α的な要素で、今後もこういった場面を設けようと思います。

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