7th DRAGON Ⅲ 夢幻の葬花   作:アレクシエル

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code:6 「全部、無かった事になるのかな」

1.

 

 

 

 

 

 

様々な数値やデータが目まぐるしく次々と表示されては消え、また新たなデータが表示され…を繰り返す巨大モニターを背に、ノーデンスの2大巨塔・アリーとジュリエッタ、そして役職不明(むしろ正体不明)のナガミミが横長のデスクで待ち構えていた。

そこにやって来るのは、1万2千年前のアトランティス大陸より帰還したばかりの紫苑。

赤紫色の髪はどうしたわけか天辺から肩先までが白くなっており、ここに来るまでの間に何人もの社員達に尋ねられていた。

そしてそれは、ここでも例外ではない。

改修したばかりの分厚いドアが開かれて紫苑がオペレートルームに入ると、まずジュリエッタが紫苑の髪を見て口を開いた。

 

「…あら、その髪どうしたのよ?」

「いやぁ、ちょっとね。あたし変わった体質だから」

「ふうん…ま、あんた自体が変わり者だから今更驚かないわよ」

 

ジュリエッタは軽い含み笑いをしながら答えるが、その胸中では紫苑の体質についての推測が思い浮かんでいた。

怪我の治りが速すぎることと、色の抜けた髪。ファッションにも精通しているジュリエッタは、紫苑の髪色は天然ではなくカラーリング剤によるもの、しかも色の入り具合から見て、脱色してから染めた髪色なのだろうと見抜いてはいたが、その部分に関してだけは異なっていたようだ。

今見て確かめたとおり、紫苑の地毛は白髪なのだろう。

そうした様々なファクターから導き出した推測───異様なまでに活発な新陳代謝…むしろここまで来れば"自己再生能力"と言っても差し支えないだろう。それがジュリエッタの見解だった。

ともあれ、今重要なのはそれではない。何しろ紫苑は天地 久遠という[[rb:13班 > バケモノ]]の血を引くという存在。特異体質のひとつやふたつあってもおかしくはない。

 

「アンタがアトランティスに行ってる間、こっちもめんどくさいコトになっちゃったのよね」

「何? …もしかして、ISDFが?」

「そのまさかよ。…連中、第1真竜アイオトの検体をよこせだなんて言ってきたわ。ポータルの独占も許さないだなんて…呆れたもんよね。世界保全機構の決定だなんて…笑わせてくれるわ」

「アイオトの検体を? …まさか、ISDFも検体集めをしてるのかな」

「さあね。ま、連中には"人竜ミズチ"の前科がある。まさか同じバカをやろうだなんて思ってはないでしょうけど」

「…うん、そうだね。ミズチの件ならおばあちゃんから聞いたことがあるよ…ひどい事件だった、って」

 

ISDFの前身───旧ムラクモ機関の長、日暈ナツメの起こした事件。

竜災害にかこつけて13班に帝竜の検体を集めさせ、解析し、人類の危機を救うための最後の希望の開発を進めていた。

それこそが、ムラクモ機関の"ドラゴンクロニクル"。

…が、ナツメはそのドラゴンクロニクルを自らにインストールし、人の身でありながら竜となり、私欲の為に力を振るい大勢の人々を殺した。

自分自身が、この世界の頂点に君臨する為に。

 

「…人の身で竜になろうだなんて、ほんと馬鹿げてる」

 

紫苑は苦虫を噛んだような顔をし、拳を強く握り締めながら零した。

 

「まあいいよ、もし同じバカをやろうっていうなら…あたしがそいつを殺す」

「アンタ、ISDFが苦手……というよりは、キライみたいね。正直アタシも連中のやり方はキライよ。研究の名の下にどれだけの非道が繰り返されてるのか…なんて噂にもなる位だしね」

「気が合うわね。まあでもさっきの2人くらいなら問題ないかな? どうせ腐ってるったって、組織の中枢の部分だけなんだし」

「よくわかるわね」

「わかるわよ。だってそういうの、刑事ドラマとかの定番でしょ?」

 

などと言いながらも、既に紫苑の表情は朗らかな笑みへと切り替わっている。

竜に対しての怒りを決して表に出さぬよう、己の感情を制御する。手っ取り早いのは、こうして砕けたキャラクターでいることだ。

あまり怒ってばかりだと、また白髪が増えてしまうから───などと、紫苑は思っていた。

 

『───来たぞ、ジュリエッタ。例の2人だ』

「…早いわね。このまま門前払いしたいくらいよ」

『そういうわけにもいかねえだろう。開けるぞ』

 

ジュリエッタが渋々としながらも手で合図をすると、ナガミミの操作で電子ロックが解かれ、分厚い扉が開いた。

現れたのは先程までアトランティスで紫苑と行動を共にしていた2人、ヨリトモとユウマだ。

 

「失礼する。……その顔だと、ドクター・ジュリエッタから話を聴いたようだな、紫苑」

「つい今聞いたところよ」

「ならば話は早い。ドクター・ジュリエッタ。我々の要求を呑んでいただけただろうか」

「冗談じゃないわよ! あんた達に渡すくらいなら、全部破棄した方がマシよ!」

「…こちらは正規の国際軍。あなた方はあくまで民間企業ですよ? 正当性がどちらにあるかは明白です」

 

涼やかな顔をして事務的な言葉を放つユウマ。それに補足を付け加えるようにヨリトモはさらに続ける。

 

「誤解を招いたようだが、事を荒立てるつもりは無い。ただ、検体と時空転送技術の独占利用は(・・・・・)許可できんと言っているだけだ」

「白々しいわね! アンタ達こそ、検体を手にして何を企んで─────」

「ストップ、ジュリエッタ」

 

不意に、アリーがようやく重い口を開いてジュリエッタを制した。

 

「オケオケ、そっちの言い分は解ったよ。第1真竜アイオトの検体のみなら渡そう」

「アリー!? アナタ、何を言って……」

「…ただし、ウチらもそれなりの犠牲を払って手に入れたものだからね。第5真竜フォーマルハウトの検体……それと引き換えだよ。アリーはそれ以外の交渉には応じない☆」

「…ふむ。ギブアンドテイク、というわけですか。ですがそのような民間流が我々に通じるとでも?」

「んふふー、若いねぇキミ。でも、あんまり組織の力を過信してると成長できないぞ☆ アリー達がただの民間企業かどうか…試してみたっていいんだよ?」

 

相手が国際組織の一員だとしても、アリーは一切臆することなく、むしろ余裕さえ含ませながら軽々と喋った。

しかし、その眼差しは絶対的な自信が感じられる程に鋭く、2人に刺さる。

 

「……うむ、そちらの言い分は了承した。あとは司令部の判断次第だ。明日またここを訪れる。その時に返事を持ってこよう」

「では行きましょうか、提督」

「ああ。……それと、紫苑。これは軍人としてではなく、あくまで俺個人としてだが」

「なに? ヨリトモ君」

「……お前の性癖にケチをつけるつもりは無いが、その…くれぐれも、あの[[rb:娘 > むすめ]]を泣かせるような真似だけはするな」

「あったり前でしょー? ミオちゃんは一生を懸けてあたしが守るわ」

「そういう事を簡単に言うから不安だというのに……まあいい。帰るぞ、ユウマ」

 

やれやれ、と呆れ返りながらもヨリトモは踵を返し、ユウマを連れてオペレートルームから退出していった。

 

「流石はアリーね!」

 

ジュリエッタはしてやったり、といった顔をして物怖じしないアリーを絶賛するも、

 

「…でも、連中が大人しくフォーマルハウトの検体を差し出すと思う?」

「もちろん、それだけじゃあ済まないと思うよ。十中八九、ポータルシステムにも干渉してくるはず」

「…それこそ、冗談じゃないわ。仮に強制接収でもしようっていうなら、その場で壊してやるわ」

「うんうん、ジュリエッタならそう言うと思ってたよ☆ …でも、それは連中も同じ。ニアラの検体が欲しいなら、ウチらを逆撫でしてポータルをオジャンにするような真似はしないはずだよ。それに、ウチには規格外のエースもいるからね。帝竜を単独で倒せるような存在を敵に回すようなことはしないよ☆」

「そうである事を祈る他ないわね…明日になってみないと、なんとも言えないわ。ごめんなさいね紫苑、つまらない事に付き合わせちゃって」

「あたしは平気だよ。…ナガミミ様から聞いてると思うけど、明日もう一度アトランティスに行ってくる」

「低層区クラディオンね。今、座標の解析を進めてるところよ。お疲れ様、紫苑。今日はもうゆっくり休んでちょうだい」

「はぁーい!」

 

気のいい返事をし、両腕を上に伸ばして「うーん…」と唸りながら肩をぐるぐると回した。

先のアトランティスで人間離れした太刀捌きを何度となく振るったため、少しばかり肩が疲れたのだろう。

が、作戦自体は今日はもうこれ以上の進展はないとはいえ、紫苑にはもうひとつだけ問題が待っている。

ミオは何故ご機嫌ナナメだったのか。話したい事とは何か。知りたいような、知りたくないような、はたまた愛故に知りたいような…と、既に紫苑は頭を悩ませ始めていた。

 

 

 

 

 

 

2.

 

 

 

 

 

 

ノーデンス本館 4F レストフロア─────

 

 

いくつかの部屋があるが、その大半が空き部屋ばかりのその階は基本的にひと気がなく、静かだ。

バルコニーに通じる方角からは、ガラスの扉や窓越しに夕焼けが差し込んでくる。と言っても既に空は殆ど真っ暗で、東京各所で微かに咲いたフロワロの瘴気の影響か、その夕焼けもかなり薄暗い。

たった数日で、世界は変わってしまった。

第3次竜災害と称された今回の騒動により外は戒厳令が敷かれ、ISDFの下部組織部隊が陣を取って、ドラゴンや魔物に備えてパトロールを繰り返していると聴く。

そんな夜空を遠目から眺めながら、紫苑は独り言を呟く。

 

「………もし、あたしがニアラを殺したら……どうなるのかな。全部、無かった事になるのかな」

 

ニアラが地球へと襲来しなければ、世界は平和のままだったろう。あわよくば、ニアラの"食い残し"にありつく為に地球へとやって来たとされるフォーマルハウトも、地球へと来なくなるのでは…と、淡い希望を抱く。

 

「……もう、誰にも死んで欲しくないのにな……」

 

自分は、あまりにも多くのものを失い過ぎた。それなのに、こうしてのうのうと今も生きている。その事が時折どうしようもなく許せなくなる。

だからこそ、タリエリ達のように自ら命を捨てにゆく者に対して、憤りを覚えてしまうのだろうか。

とはいえ、自分までもが下を向いてしまっては元も子もない。己の内に宿る、竜を狩る為の力。その身を刃とし、例え折れ砕けようとも竜と戦う。そう決めたのだから。

目尻にわずかに滲んだ滴を拭い、紫苑は愛する人の待つ部屋(マイルーム)の電子ロックへと指をかけた。

プシュ、と空気の抜けるような音と共に扉が横にスライドし、そのまま部屋に上がり込んでみると、左方にある長いソファに腰掛ける2人の少女の姿があった。

 

「あっ……お姉ちゃん、おかえりなさい!」

「ふふ、ただいまミルラちゃん。いい子にしてたかな?」

「うん、ミオお姉ちゃんに色々教わってたの」

「そっかそっか。えらいね」

 

近づき、優しい手つきで髪を撫でてやると、ミルラはくすぐったそうに、しかし心地良さそうに弛緩した表情になった。

…が、ふと目元を見てみるとほんのりと赤くなっている。

 

(…泣いてたんだね。無理もない、か……)

 

ミルラにはもう肉親と呼べる存在がいない。両親も、祖母も、ドラゴンに殺されてしまったのだ。

その哀しみは簡単に拭い去れるようなものではない。まして、ミオよりもほんの僅かに幼いくらいの少女にとっては尚更だろう。

紫苑とて、今後も真竜を倒すために出撃せねばならず、部屋を留守にする事も多いだろう。そういった意味でも、ミオが傍についていてくれる事はありがたかった。

 

 

「……それで、ミオちゃん。お話って何かな」

 

紫苑は視線をミオの方へと戻し、改まって問いかけてみた。

 

「……ねえ、紫苑。……私の事、好き…なんだよね」

「あははは〜……うん、そうだよ」

「………あっ、あのさ。私…まだ、誰かを好きになった事とかなくて…その、女の子同士だからとかじゃなくて…好きとか、そういうのよくわからないんだ。…紫苑は、私のどこを好きになったの?」

「…………色々あるけど、一番は"笑顔"かな?」

「えっ…?」

「ふふ、自分でも馬鹿みたいだけどさ。ミオちゃんが笑いかけてくれると、それだけで癒される気がするんだ。…だから、この笑顔を守りたい…そう思ったの」

「そ、そっか………」

 

本人の手前そうは言ったものの、実際はそればかりではない。確かにミオの朗らかさは紫苑にとっての癒しになってはいるが、ミオを意識してしまうようになったのは、唐突にキスされてしまったからだろう。

あくまで「友達だから」と言われたが、どうしても期待してしまう自分がいる。

 

(……なんて言っても、こんな変わり者(あたし)を愛してくれるわけなんてないよね。頭では分かってるのに…)

 

話していない事は山ほどある。だが、その内のどこまでなら打ち明けても避けられないか、今の紫苑には判断しきれない。

愛し愛されたいと思うからこそ、いっそ全てを話せば楽になれるのかもしれない。ただ、今はまだその時ではない。

紫苑にはまだやるべき事がある。ニアラを倒し、アトランティスを救い…あわよくば、ニアラの消滅を以って未来を変える。

せめて、その時までは。

 

(……自分でもよくわかんない。ほんと、なんでこんなに好きなんだろ……)

 

もう何度となく紫苑の胸をくすぐる、きゅう、と締め付けられるかのような感覚。

今こうしている時も、やや血色の良くないミオの唇へと目移りしてしまう自分が少し情けなくも感じた。

その唇がかすかに動き、小さな声を発する。

 

「……あのさ、紫苑」

「ん?」

「私、紫苑の事好きだよ。あ…その、友達として…だけど」

 

顔を真っ赤にしながら、一生懸命に紫苑に応えようとするその姿を見て、紫苑の心臓はさらに早鐘を打つように鼓動する。

というか、色々と我慢の限界だった。

 

「─────ミオちゃあんっ!」

「きゃあ!? し、紫苑!?」

 

つい反射的に、むしろ本能的に、ミルラが隣で直視しているのも構わずにミオに抱きついてしまった。

タイトなブレザーを脱いで開放された紫苑の豊満な感触に包まれ、その気のない筈のミオの表情も、熟れた果物のように真っ赤になる。

が、華奢に見えるが意外と力強い腕にすっぽりと抱きしめられ、妙な安心すら感じてしまう。

総じて、ミオには色々と刺激が強かった。

 

「あーもう可愛いなぁ……ずっとこうしてたい。…大好き」

「紫苑っ……や、柔らかいのが当たってるよぉ!?」

「ミオちゃんにならいつでも触らせてあげるよー? …なんなら、吸いたい?」

「そういうコトじゃなくてっ!?」

 

確かにこれだけ柔らかいなら、男はおろか女子すら紫苑に容易く堕とされてしまうだろう。

むしろ、紫苑が女性しか愛せない人間でよかったかもしれない。男遊びに慣れた紫苑の姿などという、生々しい想像をせずに済んだからだ。

…などと考えながら、ミオの心臓は爆発寸前にまで達していた。

 

(まだ聞きたいコトがいっぱいあるのにぃ…)

 

アトランティスの祀り場で語っていた紫苑の昔の好きな人とか、"ウラニア"というルシェの王女を見て涙した理由とか、白くなった髪とか、怪我の治りが速い理由とか、どうしてそんなに強いのかとか、そういった疑問がミオの頭の中でぐるぐると回っているのだが。

10センチ程の身長差のせいで、ブラウス越しにふっくらとした2つの山にミオの顔がジャストフィットし、女子特有の甘い香りに包まれ、次第に茹だってゆく頭ではそれ以上考えることはできなかった。

そこに、

 

「…ミルラも抱っこして!」

 

ぽふっ、と可愛らしい音を立ててミルラまでもが参戦してきた。

ミオよりもさらに少し背の低いミルラは、ちょうど紫苑の脇腹あたりに抱きつくが、流石に鍛えただけあってお腹周りは硬く引き締まっていた。

 

「ほら、おいで」

 

夢中で柔らかいポイントを探してもぞもぞと動くミルラに気付き、ミオを抱いていた腕の片方だけで胸元に抱き寄せた。

 

「ふふっ、幸せだなぁ……」

「…それって、女の子2人抱きしめてるから?」と、ミオが少し呆れたように答えるが、表情は変わらずだ。

「それもあるけど…あたしもずっと独りだったからさ。こういう家族っぽいの、憧れてたんだ」

「……好きな人がいたんじゃないの?」

「あはは、そういえば通信聴いてたんだっけ。…そうだね、いたよ。でもダメだった」

「振られちゃったの?」

「ううん、違うよ。…告白する前に死んじゃったの。………ドラゴンに、殺されたの」

「えっ……!?」

 

紫苑の口からぽろりと零れた一言は、しかしミオにとっては衝撃的なものだった。

紫苑は昔、想い人を殺されている。その一言が何を意味するのかを考える前に、紫苑がなぜああもドラゴンに対して憤りを抱くのか、守ることに執拗にこだわるのか、その片鱗を垣間見たような気がした。

 

「……どんな人だったの?」

「うーん…あたしの後輩だったんだけどね。お菓子が大好きで、たまにドジやっちゃうけど、明るくて元気いっぱいで、笑顔がすごく可愛い女の子だった。あたし、そういう女の子に弱いんだろうね」

「…そう、なんだ」

「ふふ、妬いちゃった?」

「ち、違うよ!? …私、よく考えたら紫苑のことなんにも知らないから。ちょっとずつでもいいの。紫苑の事、ちゃんと知りたい。…"好きだ"って言ってくれて、嬉しかったから」

 

たどたどしくも、やや上目遣い(抱きつかれているから仕方なく)で応えようとするミオの姿は、紫苑の目にはとても感慨深く映っていた。

 

「ミオちゃーん! …ねえ、ちゅーしていーい?」

「だ、ダメだよっ!? 友達! 友達なんだからっ!!」

 

そんな2人のやり取りを見て───正確には、ほんの少しだけ過去を語った紫苑を見て、ミルラは聞こえるか聞こえないか怪しいくらいの小さな声で、ぼそり、と呟いた。

 

 

 

「…………お姉ちゃん、寂しそう…」

 

 

 

 

 

 

3.

 

 

 

 

 

 

神奈川県の一角に位置する、元米軍基地跡───現ISDF極東地区・横須賀駐屯地。

基地周辺には建物自体はごまんと有るのだが、竜災害による被害を被った事で現在はひと気は殆どなく、半ばゴーストタウンと化しつつある。

オスプレイの発展系である最新鋭の軍用ヘリのエンジン音と、管制塔から度々聴こえてくる誘導用のサイレン。そして演習に励む兵達の足音ぐらいしか普段は耳につかないような場所だが、ここ数日は厳戒態勢をとっている。

第3次竜災害に伴い、ISDF極東地区の総司令・阿久津(アクツ) 宗司が横須賀に拠点を移し、ここを対策総本部として定めたからだ。

その地下深くに増設された研究施設に、つい先程ノーデンス本社から舞い戻ったヨリトモとユウマ、そして白髪の高齢だが、威厳と威圧感に満ちたスーツの男の姿があった。

 

「…報告は以上です、アクツ総司令」

「フン、ヤツらめ…やはりアイオトの検体を持っていたか」

「連中は、我々ISDFの所持するフォーマルハウトの検体についても知っているようでした。それと交換ならば、アイオトの検体を渡す……そう主張していました」

 

ヨリトモは厳かな空気に背筋をぴしりと張り詰めながらも、ノーデンスにて聞き預かった内容をアクツ総司令へと伝達する。

しかしアクツは気分を害するでもなく、むしろ実に愉快そうに、

 

「─────クハハハハ! そうか、ドラゴンクロニクルと来たか!」

「……100年前から続く、大いなる幻想ですね」と、ユウマは淡々と答える。

「フン、夢を追うのは夢想家共に任せておけ。今の人類に必要なのは、第7真竜に立ち向かうだけの圧倒的な力だ。そしてそれは他ならぬ我々ISDFの使命。ユウマ、お前の使命なのだよ」

「しかし、総司令」

 

と、ヨリトモは不意に浮かんだ疑問を口にしてみた。

 

「ノーデンスには例の(むすめ)がいます。…伝説の13班の孫娘、天地 紫苑が」

「報告書は読んだよ。帝竜を一撃で倒した怪物、らしいが……それがどうかしたかね。所詮はノーデンスのイヌに成り下がった旧時代の遺物に過ぎん。それに、今更帝竜など…ユウマの敵でもあるまい」

「検体は、いかがされますか」

「くれてやれ。連中とて、既にアイオトの検体などには用はないだろう。検体ひとつでアイオトと時空転移装置の2つが手に入るなら、安い買い物だよ」

「…承知しました」

 

ヨリトモはもう一言だけアクツに尋ねたい事があったのだが、それ以上発言するのを止めた。

ノーデンスに属する少女・天地 紫苑は、なぜユウマとほぼ同等のスペックを(・・・・・・・・・・・・・・)持っているのか。孫、というだけであれだけの能力を持つ事などあり得るのか。

…もしかすると、彼女もまたユウマと同じような存在なのではないか。

様々な憶測が交錯するが、それらをひと纏めにして伝えるには、まだ判断材料が少なすぎたからだ。

 

「引き続き、アトランティスの調査を進めろ」

 

アクツはさも満足げに、老齢とは思えないような自信に満ちた声で言う。

 

「当面はノーデンスに協力するフリをしてやれ。ただし、ニアラを倒すのはユウマ、お前だ。13班の孫だが何だが知らんが、真竜フォーマルハウトの力を持つ(・・・・・・・・・・・・・・・)お前には敵わんだろうよ」

「ええ、その通りですね。…ですが総司令、ひとつだけ宜しいでしょうか」

「? 構わん、言ってみろ」

「紫苑はただ強いだけではありません。彼女には、まだ底知れぬ力が眠っていると思います」

「なんだ、惚れたのか? 天地 久遠と瓜二つで、美人らしいが」

「その感情はまだ俺には備わっていません。………ただ、かすかに感じるんです。彼女の奥底に眠る、"竜の息吹き"を」

「………なんだと?」

 

アクツの目の色が変わった。ユウマの口にした単語を聞き、わずかに押し黙る。

やがて口角が歪み、腹の底からこみ上げてくる感情がそこから少しずつ漏れだし、

 

「─────ハッハッハッハッハ!! そうか、夢物語は未だ続いていたという事かな!? 面白い! …だがな、ユウマ。新世界に英雄は2人は要らんのだよ」

「…それは、どういう意味でしょう」

「ドラゴンクロニクルなど、所詮はまやかしに過ぎんということだ。我らの障害になるようならば、お前の手でその夢を砕いてしまえ」

 

ISDF極東地区総司令・アクツは野心家であることで有名だ。度重なる竜災害によって混沌に満ちた世界を、ISDFの名のもとに力で統一する。

それは代々続く彼の悲願でもあった。第1次竜災害でワシントンD.C.が消し飛んだ時、アメリカは世界の警察としての権威を失った。

続く第2次竜災害においても、ムラクモ機関によって事態は終息を迎え、世界のパワーバランスは必然的に日本───正確には、ムラクモ機関に集まった。

齢にして74、彼はその年の近くに生まれた人間だ。

しかし程なくして国連が介入し、ムラクモ機関は国連に吸収。"ISDF"と名を変えられ、日本のパワーバランスは半減してしまった。

アクツは、それが許せなかった。故に第7真竜・VFDの出現の兆候を聞きつけた時、彼の心に再び火が灯された。

極東地区総司令の身だが、竜災害当事国の代表として、今の彼にはISDF全体の指揮権のうち、約7割が譲渡されている。

誇り高き日本人として、かつて竜から世界を救った民族を代表して、ISDFを指揮して竜災害を解決する。その時こそようやく世界のパワーバランスをこの日本へと取り戻す事ができる。アクツはそう考えていた。

故に、利用できるモノは何でも利用する。たとえそれが、真竜の力だとしてもだ。

 

 

「フン、天地 紫苑か………」

 

 

アクツの思い描く理想に、過去の遺物の姿はない。

 

 

 

 

 

 

4.

 

 

 

 

 

 

翌朝、まだ陽が昇る前だというのに、部屋(マイルーム)の片隅にあるユニットバスルームから滴る水音が聴こえてきていた。

部屋には3つのベッドがあり、ひとつはミオが、もうひとつはミルラが、最後のひとつは未使用の状態で置かれている。

バスルームの方からはほんのりと花のような香りが漂い、ゴミ箱の中にはヴァイオレットカラーの染料剤の空き箱が2つ放り込まれている。

キュッ、と蛇口を締める音がし、それから遅れてユニットバスのカーテンを開き、湯気と共にシャワーを終えた紫苑が出てきた。

艶やかな肌の上には玉のような雫がついているが、洗面台に備えられていたタオルをひったくって、まず長い髪の水分を丹念に拭き取り始める。

とはいえ、紫苑は昨晩もちゃんとシャワーを浴びてから就寝についていた。だがユニットバスである以上、長時間占領していては同居人に迷惑がかかる。

 

「………っし、バッチリね」

 

髪の水分をある程度拭き取った紫苑は、洗面台の鏡に映る自分の頭を見て、きっちり元の赤紫色に髪が染まったのを確認してひと息ついた。

昨晩のうちにリッカに注文しておいた染料剤(予備用も含め10箱)を朝一で取りに行き、まだミオ達が眠っているうちにユニットバスに籠もり、小1時間ほどかけて白髪の部分を染め直したのだ。

それも随分と手慣れたようで、これだけの長い髪が一切のムラなく染まっている。

 

「………さーて、今日も忙しくなりそうね」

 

仕上がりに満足した紫苑はタオルで髪を括り、今度はバスタオルを使って全身の雫を拭き取り始めた。

 

 

 

 

 

 

5.

 

 

 

 

 

 

その数時間後、ノーデンス社内は昨日と比べて少し張り詰めた空気に満ちていた。

アクツ総司令の命により、正式にISDFのノーデンス・エンタープライゼス本社への駐留が決定したからだ。

時刻は午前8時過ぎ。既に広場にはISDFの専用車両が2台停まっている。

髪を染め直し、ミオ達と共に朝食を摂り終えたあたりで紫苑の方にも招集がかけられ、3階の会議室兼モニタールームへと詰めていた。

電子ロックが解かれた状態の分厚いドアを開いて中に入ると、既にISDFよりの使者・ヨリトモとユウマの姿があった。

 

「………確かに、第5真竜フォーマルハウトの検体、確認したわ。でも意外ね。そっちがアタシ達の要求をすんなりと呑むだなんて」と、ジュリエッタは半信半疑でヨリトモに尋ねる。

「大元を辿れば、我々の目的は同じだ。ならばお互いに協力し合う方が話が早いだろう。…無論、時空転移装置の独占までは認めたわけではないが」

「素直に言いなさいよ、"使わせて下さい"って。…ま、いいわ」

 

互いに穏やかそうな表情の下に打算を秘めて会話を交わしているが、ジュリエッタだけは妙に肩に力が入っているように見える。

先日の話からすると、ジュリエッタ自身もまたISDFに対して何かしらの嫌悪を抱いているようだが、それを心の内に押し留めているのだろうか、と紫苑は感じ取っていた。

 

「おはよー、紫苑☆」

 

睨み合うような2人に構わず、入室してきた紫苑に気付いたアリーが声をかけてきた。

それに同調するように、ジュリエッタも得意げにヨリトモ達に言う。

 

「───改めて紹介させてもらうわ。この娘がウチのエース、天地 紫苑よ」

「先日は世話になったな、紫苑。…我々ISDF特殊戦術部隊は、本日よりノーデンス・エンタープライゼス社と合同で真竜討伐の任に就くこととなった」

 

突如アトランティカに急襲してきたウォークライを撃破する場面を直に目撃した2人だ。ジュリエッタに紹介されるまでもなく、既に紫苑の実力は承知の上だった。

そんな2人に、紫苑は少しだけ険しい顔をして告げる。

 

「…そっか。じゃあ今日からあたし達は仲間ってことね」

「そうなるな」

「……先に言っとくけど、簡単に死んでくれないでよね。わかるよね? あたし、誰かが死ぬのが一番キライなの。あなた達が軍人だとしてもそれは同じ。…死ぬ覚悟をしてるような甘ちゃんには背中預けられないからね」

「無論だ。ならば俺からもひとつだけ言っておく。……守りたいものがあるのはお前だけじゃあないんだ。まあ、よろしく頼む」

「うん、よろしく!」

 

ああ、またか。とヨリトモは紫苑の表情を見て思った。

基本的に笑顔でいる事が多い紫苑だが、時たま見せる険しい表情…ドラゴンに対する強い怒り。人の死を嫌い、守ることに異常な程にこだわる姿勢。

そしてそれを隠すかのように、すぐに笑顔を作る。或いは、そうやって感情を切り替えて自分を律しているのだろうか。

 

『うーし、じゃあ作戦会議始めっぞ』

 

と、ナガミミの気だるそうな声が2人の間に割って入った。

その声を聴いたヨリトモは顔色を変えて、

 

「…ぬ、ぬいぐるみが喋った? いや、着ぐるみか……?」

「いえ、提督。特殊AIを積んだ最新鋭のロボットという可能性も………」

『うるっせえッ!! 俺様はぬいぐるみでも着ぐるみでもましてやロボットでもねえ!! 俺様はナガミミ様だ! それ以上でも以下でもねえ! 憶えとけこのスカタン共ッ!』

「……う、うむ。了解した……」

「…さすがは、エンターテイメントを追求する企業といったところですか…」

 

困惑する2人を尻目に、ナガミミは軽く咳払いを入れてから解説を始めた。

 

 

『さて、まずは軽く状況整理といくか』

 

手元のデバイスを操作して、背後にあるモニターへ情報を表示してゆく。最初に大きく映されたのは、全身が金色に煌めき、機械質ながらも威圧的な雰囲気を醸し出す巨大なドラゴンの画像だった。ただし、どうやら実物を捉えたものではなく3Dモデルで再現した画像のようで、その片翼は一部が欠損している。

 

『まず、本作戦のターゲットは"第3真竜ニアラ"だ。コイツを討伐し、検体を手に入れる事が今回の作戦の主旨だな。いいか、倒して検体ごとうっかり海の藻屑…なんてことにはならんように気をつけろよ』

「それに当たって、アタシ達は新たに転送地点を拡張したわ。紫苑が入手してきた情報を元に、同じアトランティスの中の違うエリアへと繋がるルートをね。

…新しい転送ルートは、"低層区クラディオン"。ルシェ族繁栄の基盤となった採掘場や鍛治場が集まる、労働階級者達の住むエリアのようよ。調べたところ、すっかりドラゴンの巣窟になってるようだけれど…紫苑が聞き出してきた"エーグル"という人物の捜索と、"竜殺剣"に関する情報の入手。それが今回の目的よ」

「……!」

 

ジュリエッタの言った単語に先に反応したのはユウマだった。頭の中にインプットされた情報を元に、それが何であるのかを語り出す。奇しくもそれは、まさに紫苑が以前天空廊で語っていた内容とほぼ同じだった。

 

「…ルシェがその能力の限りを尽くし、高純度のオリハルコンを鍛えて造り上げる最強の竜殺兵器…」

「しかしドクター・ジュリエッタ。クラディオンはもう既にドラゴンの巣になっているんだろう。竜殺剣なんてものがそんな所に残っているとは考え難いが……?」

「そんなことは百も承知よ。だから、造る方法を探すの。全く…ほんと、軍人ってのは頭がカタいのね?」

「むぅ………」

「アナタ達に探して欲しいのは、竜殺剣の材料になるオリハルコンよ。あとは…そうね、作成方法を知っている人物。ルシェ族の鍛治職人ね。現代の技術じゃあとても造れやしないから、探してもらう他ないの」

「…成る程。確かに竜殺剣を手に入れれば、戦局は大きく有利になりますね」と、ユウマは冷静に分析した。

「では我々もクラディオンへ向かうとしよう。…紫苑、よろしく頼む」

 

報告書を目にしただけのアクツ総司令は紫苑の力について懐疑的だったが、実際に紫苑が帝竜を一刀両断してしまう場面を目の当たりにしていたヨリトモは、その力を素直に認め、受け入れていた。

逆に、ISDFの力を疑っているのは紫苑の方だ。

 

「……頼むよヨリトモ君。極力、無駄な血は流させないでね」

「む…我々特殊戦術部隊は、来たる竜災害に備えて然るべき訓練を積んでいる。お前の思う程ヤワな連中ではない。では───本刻を以って、アトランティス攻略作戦を開始する!」

 

入口付近に待機していた部下に号令を出すと、ヨリトモとユウマは先にモニタールームを退出し、攻略作戦の準備をとる為にひとまず戻っていった。

そうして男性陣がいなくなった室内は、少しばかり広くなったようにも感じた。

 

「……共同作戦、ね。でも紫苑、ヤツらは腐っても軍人。いざという時に何があるかわかったもんじゃないわよ」

「あはは…ジュリエッタ、あなた本当にISDFがキライなんだね?」

「んふふー。ジュリエッタは昔、ISDFに研究員として所属してたんだよ☆」

「え……?」

「上司とトラブってニートしてたのを、アリーがスカウトしたの☆」

「へー…そうなんだ」

「んふふー、ちなみに本名は渡真利(トマリ)十郎太っていうんだよ☆」

「………トマ、リ……!?」

 

アリーがその名を口にした途端、ゴフォッ!? という野太い咳き込み声が部屋に響いた。

 

「ア、アリー!! その名前はもう捨てたって言ったでしょ!? アタシはジュリエッタ! トマリなんて男、知らないんだから!」

「んふふー、メンゴメンゴ☆」

「全く、もう…」

 

本名を暴露されたことでジュリエッタは慌てふためいていたが、それを聞いていた紫苑の頭の中では別の思考が巡っていた。

つい最近になって耳にした情報だ。あらゆるものを完全に記憶…否、"記録"し、絶対に忘れない紫苑にとって、その情報を脳内から引っ張り出してくることは実に容易い。

 

「……ねえ、ジュリエッタ。ひとつ質問」

「何かしら? 紫苑」

「"那雲 三喜夫"っていう名前に聞き覚えはないかな?」

「……!」

 

その時、紫苑はジュリエッタの顔つきが一瞬だけ険しくなったのを見逃さなかった。

 

「……さあ、知らないわ」

 

ジュリエッタはそう続けるが、それは嘘だろうという事は丸わかりだ。

とはいえ、この様子だとおそらくジュリエッタは過去を語理はしないだろう。余程イヤな事が過去にあったのだろうか。

ミオが捜していた"トマリ"という人物がジュリエッタだった事は意外だったが、このノーデンスの最新技術もISDFで培ったノウハウを活かしたものだと考えれば、全て合点がいった。

今はそれ以上の事を聞き出すことはできないだろう。

 

(……ごめんね、ミオちゃん。お父さん捜すのはちょっと先送りになるかも……)

 

が、紫苑はこれでも義理堅いと自負している人間だ。記憶力もそうだが、交わした約束は決して忘れない。ましてや、それが愛する人の願いならば尚更だ。

今はただ、やるべき事があまりにも多すぎるのだ。

 

 

「………よっし、あたしも行ってくるね」

 

 

武器の手入れは完璧だ。これから身を投じるのは、昨日までのような小手調べではない。

本当の意味での真竜との戦いが、これから始まるのだ。

胸の内に秘めた竜への憎しみと、無力さに奥歯を噛んだ記憶。それらを束ね、時を越え、摂理に逆らい、滅びの運命に抗う。

 

全ての竜を狩り尽くし─────未来を取り戻す。その願いが叶う時まで、紫苑は決して足を止めることはない。

 




アクツ総司令の年齢が判明したので、一部修正を加えました。

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