1.
首都アトランティカ・天空廊最奥───星晶石を祀った祭壇へと、紫苑とユウマは足を踏み入れた。
長い階段をゆっくりと1段ずつ上がりながら、先に口を開いたのはユウマの方だ。
「……あなたは不思議な人だ。その力、一体どこで身につけたものなんでしょうか」
「うーん…おばあちゃん譲りってとこかな? 真竜は全部で7体。いつかまた、この地球に真竜がやってくる日が来る…そういう風に聞かされてたし」
「才能だけではあそこまでは戦えませんよ。この前だってそうだ。あの女の子を庇って大怪我をしたようですが…本来のあなたなら、帝竜など敵ではなかったのでは?」
「やだなぁ、そんな事ないよ。君だって、好きな人が殺されそうになったら命懸けで庇っちゃうでしょ?」
真顔で話すユウマに対し、紫苑は得意の笑顔で場の空気を和ませようとする。が、ユウマの表情は逆にやや俯き気味になった。
どうやら冗談の通じない堅物タイプの人間のようだ、と紫苑は内心で思った。
「俺は、ドラゴンと戦う為に存在しているんです。庇うとか、好きだ、とか…正直、ピンと来ないんです。きっと、俺がまだまだ未熟だからなんでしょう」
「君にも、好きな人ができたらそのうちわかるんじゃないかな?」
「……よく、わかりません。というか…あなた今、あの娘の事を"好き"と…?」
「あはは……一目惚れしちゃったんだよねぇ」
「ふむ…同性同士、生物学的に見れば一見不毛な行為に思えますが…きっと、俺にはわからない不確定要素があるのでしょう」
「あ、あのー…そんなに難しく考えなくてもいいのよ? あたしが変わってるだけだから、ね?」
嫌悪するでもなく、純粋に理解が追いついていないような顔をして、ユウマは頭を悩ませた。
そんなユウマを見て紫苑は、
(こいつはなかなか面倒臭そうな奴ねー…冗談通じなさそうだし、堅物どころじゃないわ)
と、違った意味で頭を悩ませていた。
長い階段もいよいよ終わりが近づき、より一層厳かな雰囲気へと変わってゆく。遠目に映るのは、均一に切削されて祭壇に収められた巨大な結晶───オリハルコン。
階段を登りきり、伸ばせば手が届きそうな程の距離まで近づき、2人はオリハルコンの結晶を見上げた。
「…美しい、ですね」
「そうだね。うん、綺麗だよ。…このオリハルコンが、アトランティスを支える核のひとつなんだね」
それを自爆させ、ニアラへの攻撃とする。
アトランティス大陸自体は、広大な海上都市だ。しかし、遥か高台に位置する天空廊の祭壇から見回した大陸は、その殆どが海に沈んでいるように見えた。
恐らくは自爆攻撃も佳境に入り…それと引き換えに、次々と崩れ去ったのだろう。
そしてここも、いずれは。
「天地さん、どうかされましたか?」
「あ…う、ううん! なんでもないよ。それと…"紫苑"って呼んでくれればいいから」
「? わかりました、紫苑。して、あなたの言う竜殺剣とは─────」
ユウマは先程の紫苑の言葉を思い出したように問いかけた。
ISDFのデータバンクの中でも最高機密に分類されている存在、それが竜殺剣だ。
現代では失われてしまった、"ヒュプノスの姉妹"よりもたらされたルシェの極意にして、唯一真竜を打破でき得る兵器。
2021年の第二次竜災害においては、旧ムラクモ機関が独自に進めていた研究によって、DNAマップからルシェ族を復元することに成功し、その叡智を以って竜殺剣を創り出してフォーマルハウトを倒すに至ったという。
確かに、この世界にならまだ竜殺剣が、或いはその製造手段が残されている可能性は高いだろう。しかし、この世界の住人達がいきなりやってきた余所者に竜殺剣を貸し与えるとはユウマには思えなかった。
それに、猶予もない。本作戦に介入する際に得た情報では、現地時刻であと11日前後でアトランティスは跡形もなく崩れ去る。
つまり、"自分の手で"カタをつける方が確実だ、と。
その意思を伝えようと口を開いたその時、
「──────無礼者!!」
と、背後から怒鳴りつける声が聞こえた。
2人が声に反応して咄嗟に振り返ると、天空廊より続く長い階段を登ってくる数名の姿が見えた。
「…余所者にはただのオリハルコンでも、我らにとっては尊きアトランティスの魂。触れれば、その命は無きものと思え…!」
怒鳴り声を発したのはどうやらその中央におり先導しているかのような、浅黒い肌に長い髪を後ろで結った、どこか知性的な雰囲気の男のようだ。
「…なるほど、あなたが"タリエリ"ね?」
と、全く臆さず紫苑が聞き返す。
「いかにも。私がこの国の執政官、タリエリだ」
タリエリの傍らには紫苑に追随してきていた兵達とは違う衛兵が2人と、やや薄着ながらも華やかな雰囲気を醸し出しルシェの少女がいた。
恐らく齢にして10代後半といったところだろうか。その少女は万人の眼を惹きつけるかのような美しさを持ちながらも、どこか憂えいているようにも見えた。
「──────……!?」
そして、紫苑の眼もその少女へと向いていた。ただし、決して美しさだけに惹きつけられたのではなく。
「ここはまだ無事だったか……」と、タリエリが安心したように呟いた。
「この星晶石も"大星晶石"と連結し、時が来たら墜としましょう」
「…失礼。今、あれを"墜とす"と言いましたか?」と、ユウマが食いつくように尋ね返す。
「星晶石は、あなた方にとって大切なもの。そして、この国を支える核、と聞きましたが」
「そうだ。…ニアラの襲撃より数ヶ月。たったそれだけの期間で、我らルシェの王国はこの首都アトランティカひとつを残すだけとなった。そしてニアラは今も、この地の奥底…我らにとって最も神聖な場所を根城にして、滅びゆくこの国を嘲笑っているのだ。
絶対に許すことなどできぬ! この都と運命を共にしてでもヤツに引導を渡す……それには、そうする他ないのだ…!」
「そうでもありません。俺たちはニアラを倒すためにここへやって来たんですから」
「…なんと、不遜な。請うて命を捨てる者へかける情けなどないぞ。ええい、なぜあやつらは何故このような余所者を易々とここへ通した!?」
「彼らは悪くありませんよ。どの道、この国の兵力では
返事がない。不思議に思ったユウマは視線をタリエリから隣へと戻してみるが、そこにはただ一点を見つめて立ち尽くしている紫苑の姿があった。
その双眸に、かすかに雫を滲ませて。
「………?」
さらに疑問を感じたユウマが、紫苑が見つめている一点へと視線を向けてみる。どうやら紫苑はタリエリの隣に立つ少女へと見入っているようだった。
しかし何か様子が変だ、とユウマは直感的に感じた。確かにその少女は紫苑と謙遜ない程に美しいが、ユウマにとっては所詮その程度でしかない。まして、涙する程ではない。では、その少女の何が紫苑を惹きつけたのか。
「………あ、ごめんねユウマ」
ユウマの視線にようやく気付いたようで、大分遅れて紫苑が反応した。
「あの女性が、どうかしたのですか?」
「……ちょっと、ね。昔の友達に似てただけ」
「? もしや、恋人でしょうか?」
「もう…違うよ。そういうんじゃ、ないんだ」
「………ふむ」
それは嘘だ、と感情の機微に疎いユウマにさえも見抜けた。違うというのなら、何故造り笑いをしながら泣いているのだ。そう口から出かけたが、ひとまず堪えた。
目的はあくまでニアラ討伐と、その鍵となりうる竜殺剣の情報。紫苑への疑問は、あとでぶつければいい。
「……タリエリ、少し」
「ウラニア様?」
ようやく、タリエリの隣の少女───ウラニアが口を開いた。
「…少しだけ、あの者と話をさせて欲しいのです」
「なりませぬ、ウラニア様。お立場を弁えください。……あなたは、王家の最後のひとりなのですよ」
「わかっています。けれど、どうしても…気になるのです。我が儘はこれきりにします。だから……」
「…はぁ。亡き先代ユトレロ王も、あなたの我が儘には弱かったですな。…数分だけですよ、ウラニア様」
「ありがとう、タリエリ……」
ウラニア、と呼ばれた少女は、衛兵達に見守られながら一歩、また一歩踏み出し、真っ直ぐに紫苑へと近づいてゆく。
造り笑いをしていても戸惑いを隠しきれない紫苑は、どうにか平静心を保とうとして軽くため息をついた。
そうして、2人の距離はもう1メートルもないくらいにまで縮まる。
「…あなたも、このアトランティスの惨状に心を痛められたのでしょうか」
「うん、そうだね……あたし達の国も真竜に襲われた事があって、沢山の人が死んだけど…ここ程ひどくはなかったかな」
「…!? ここ以外にも、真竜が?」
「ううん、"この世界"じゃないよ。あたし達は違う世界…東京から来たの」
「トーキョー…? 聞いたことありませんね」
「まあ、そうだよね。…だからこそ、許せないんだ。あなた達がやろうとしている事を。…真竜と、心中しようだなんて」
「…それしかないのです。先王ユトレロ…私の父が王宮騎士団を率いてニアラに挑み、敗れた時…ルシェの運命は決しました」
紫苑は何かの犠牲の上に立つことをひどく嫌う。だからこそ、ルシェ族の行おうとしている事が許せなかった。他人事で、済ませられなかったのだ。
対してウラニアは全てを諦め、感情を押し殺したような表情で答えるばかりだ。恐らく父王が死んだショックもあるのだろうか。
「もう、時間がないのです。ここで仕留めなければニアラはアトランティスを滅ぼし、外界へと向かうでしょう。…アトランティスの民の誇りにかけて、それだけは阻止せねばなりません」
「街も、人も、みんなを犠牲にしてでも?」
「ええ。…でなければ、この世界が終わってしまいます。もはやこの海に眠る数多の魂を捨ててまで生き延びようなどとは望みません。かつて真竜に襲われたというあなたなら理解しているはずです。…もう、我らアトランティスだけの問題ではないのです」
「…そっか。じゃあひとつ質問しよっか。確かにあたしの世界は真竜に襲われた。じゃあ、どうして滅びずに生き残っていると思う?」
「……そういえば、そうですね。運良く一部の民が生き延びたのでしょうか?」
「んーん、違うよ。あたし達人間は、真竜に勝った。絶対に、最後の最後まで諦めなかった。だから滅亡せずに済んだんだよ」
「!? 真竜に……勝った…?」
「───ええい、世迷言を! なりませぬウラニア様、それ以上は!!」
信じられぬ、と言いたそうにタリエリが口を挟み、会話を遮った。しかし既に遅く、ウラニアは紫苑の言葉の続きを待っていた。
「…タリエリ、大丈夫です。もう少し、この者の話を」
「しかし!」
「大丈夫だ、と言っているのです」
「……わかりました。だがそこの女、少しでも怪しい素振りを見せれば即刻叩き斬る。覚えておけ」
が、紫苑はタリエリの威圧にまるで動じない。絶対的な自信があったからだ。ユウマの言うとおり、仮にこの国の兵を全員敵に回したとしても絶対に負けないという自信が。
「真竜フォーマルハウト。それが、あたし達の世界を襲った真竜の名前だよ」
「…聞いたことがありません。真竜とは、ニアラだけではないのですか?」
「ううん、真竜は全部で7体いるの。そして、あたし達の世界にまた真竜が現れようとしている。それを倒すためには、この世界のニアラを倒して情報を得る必要があるんだ」
「……待ってください。今、なんと?」
「だから、あたしはニアラを殺すためにこの世界に来たんだよ。…ニアラはあたしが倒す。心中なんて、絶対にさせないからね」
紫苑の瞳にはもう涙はなかった。こうして近くで見てようやく確かめることができたからだ。やはり、この娘が
「……そう、ですか」
対して、ウラニアの心は揺れていた。天空廊まで続く道々に転がっているドラゴンの屍体を見れば、2人の実力は圧倒的なものだとわかる。
しかしそれが真竜に届くものなのか。紫苑の言葉を信じたい反面、アトランティス王国を背負う立場としての葛藤にも悩まされていた。
だからこそ、せめて。
「……私からは、何も言うことはできません。ですがひとつだけ……」
「?」
「"低層区クラディオン"……そこにいる、エーグルという男を尋ねてみてください。彼なら、もしかするとあなたの力になってくれるかもしれません」
「ウラニア様!! 余所者に余計な事を教えては──────」
「タリエリ。この者は逃げ遅れた民達を救い出してくれたのですよ? 私には、その恩義に報いる責務があります。違いますか?」
「…ううむ。今回きりですよ…!」
「わかっています。……では、息災を祈っています」
タリエリに話を打ち切られ、ウラニアは名残惜しそうな表情をかすかに浮かべながらも天空廊へと降りていった。
あとに残されたのは紫苑とユウマ、ただ2人だけだ。
『───よう、話は聞かせてもらったぜ』
そこに、ノーデンスウォッチからナガミミの通信が入る。
『低層区クラディオン、ねぇ……座標を見る限り、首都アトランティカの下層部分にあるみてえだな。大方、労働階級のネグラってとこだろ』
「ここからだと遠いかな?」
『安心しろ、今こっちで調整してる。明日にはポータルからクラディオンに直接転送できるようにしておくぜ。その近くに転送ポイントを作ったから、そこから一旦帰ってこい』
「はぁーい!」
『……それと、あのルシェの姫サマ。オマエの昔の
「うーん、なんというか…昔好きだった女の子にそっくり……な娘にそっくり、っていうか…」
『……なんだそりゃ。そっくりそっくりって、訳わかんねえな』
「あっ! でもでも、今のあたしはミオちゃんラブなんだからね! きゃー言っちゃった!」
『はいはい、いいからさっさと戻れ変態』
もはやナガミミからの蔑称にも全く動じる様子がない。
隣にいるユウマがやや引き攣った顔をしているような気もしなくもなかったが、紫苑は気にせず祭壇から離れ、天空廊に設けられた転送ポイントへと向かって降りていった。
2.
「………遅かったな、ユウマ」
天空廊へと2人が戻ってくると、ISDFの軍服を来た大男が転送ポイントの近くで、仁王立ちして待っていた。
が、大男は紫苑を見て目を見開きながら言う。
「………驚いたな。退院したとは聞いたが、あれだけの傷を受けたというのにもうそれだけ動けるとは…」
紫苑自身は意識を失っていた為はっきりと見たわけではないが、帝竜スペクタスとの戦いで酷く傷付いた紫苑を救出したのは、この男とユウマだ。
「…申し遅れたな。俺は
「……あっ! もしかして、あの時あたしを運んでくれたのって……あなた?」
「まあ、運んだのはユウマだが……」
「いやぁ、恥ずかしながらちょっと油断しちゃって…迷惑かけちゃったね」
「謙遜することはないだろう。現にお前のお陰で、あの娘が助かったんだ。…俺からも礼を言わねばと思っていたところだ」
「いいのよ、そんな! あたしはただ、好きな女の子を守っただけなんだから」
「そうか………ん、今なんと言った…?」
「だから、好きな娘を」
「……んん?」
ヨリトモは、紫苑の言った事の意味を理解するのに数秒の時間を要した。
そして、そういう趣向の人間もいるのだと頭の中で再確認した上で、
「───そ、それはおかしいだろう。あの娘はまだ子供じゃないか!」
「あー、うん。だからまだあたしの片想いなわけで…」
「そういう問題ではなくてだな! ……ま、まあいい」
「それより、なんでISDFがアトランティスにまで出向いて来たの? あたしはそっちの方が気になるんだけど?」
「今回は、視察だ。お前たちが独自に行おうとしている真竜討伐計画…その是非を確かめにな。しかし、まさか本当に時空転移などとは……」
「ええ、俺もノーデンスの技術力には驚かされました。学会でも未だ理論の段階止まりだったタイムトラベルをこうして実現してしまうんですから、賞賛に値しますよ」
「…全く、その通りだ。1万2千年前…我々からしたら途方もなくかけ離れた時間だが、こうも美しい世界があったとは…」
「あら、意外ね」
見るからに純軍人、といった風貌のヨリトモから、アトランティスの景観を美しいと感じる言葉が出たことに紫苑は驚いた。
若者であるユウマの方がそういった美的感覚に敏感では、と思っていたが、どうやらその逆のようだ。
天空廊から見下ろす風景をヨリトモは複雑な表情で眺めていたが、対するユウマはどこか他人事というか、"美しい、だがそれだけ"といったような表情をしていた。
おそらくユウマは、戦うこと以外への関心が薄いのではないのだろうか。
「……この辺のドラゴンは全て狩りつくしたようだな。一度帰投するぞ、ユウマ」
「ええ、提督」
軍服の2人はナガミミが新設した転送ポイントへと向かって歩いてゆく。
グラヴィオンへの進入を明日に控えている紫苑も一旦帰ろうとして、その2人に追随してゆこうとするが、
「──────シオン殿ぉー!! おられるかー!」
やや遠く離れた天空廊の入り口方面の方から、紫苑を呼ぶ男の声が響いてきた。
紫苑は、その声色からどこか切羽詰まったような雰囲気を感じ、足を止めて声のした方角を見る。
すると、アトランティスの兵士のひとりがこちらへと向かって走ってくる姿を確認できた。
「ごめん、2人とも先に帰っててくれるかな?」
「いいんですか?」
「うん。あたしに用があるみたいだし、ちょっと行ってくる」
遠目から見た限りでは、兵は何やら只事ではないような素振りで紫苑を探して叫んでいる。
なんとなく嫌な予感がした紫苑は、ヨリトモ達に構わず単身で兵の元へと駆けつけていった。
「シオン殿!」
「あなた、さっきの…何か、あったのね?」
「大通り広場の方に大型のドラゴンが侵入してきたのだ! あそこには居住区から連れ出した民達が避難してきている。我々も総力を懸けて戦っているのだが…!」
「……おっけー、あたしに任せて。行くよ!」
「…すまぬ、さあこっちへ!」
兵の話によれば、避難民達が集まっているところにドラゴンが強襲をかけてきたという。
この国の兵力はもう既に殆ど残されていない。下手を打てば、全滅の危険性すらもあるだろう。
『フン、やっぱりな』
と、通信機から呆れたようなナガミミのぼやき声が聞こえてくる。
『一度手を貸せば、こういう事が何度も起こる。お前の性格を考えればわかることだったけどな』
「ごめんね、ナガミミ様」
『まあ、サポートくらいはしてやる。…けど、ひとつ聞いておくぜ。お前はそうやって、何もかもを救ってやらなけりゃ気が済まないような性格なのか? だとしたら…相当な傲慢ヤロウだな、お前』
「傲慢でもなんでもいいよ。…あたしはただ、もう2度と何も失いたくないだけなの。その為なら何だってするよ」
『……お前、正真正銘のバカだな。でもまぁ、そういうのは嫌いじゃないぜ。フヒヒヒ……』
紫苑はウォッチを前にかざして通話しながら、兵のあとに続いて大通り広場へ続く道を進んでゆく。
得体の知れない道具で何を話しているのか、と兵は疑問に思ったが、彼にとって未知の技術であるソレが何であるかまではわかるはずもない。
特に今は一刻を争う事態。彼らにとって唯一の希望である紫苑を少しでも早く連れてくる事の方が肝要だ。
そして、その背後では、
「……行くぞ、ユウマ」
「戻らないんですか?」
「俺はまだあいつの実力を直に見たわけじゃあないからな」
「放っておけないんでしょう、提督」
「む………まあ、そうだな」
アトランティスの民を救う為に戻って行った紫苑のあとを追うように、ユウマとヨリトモも帰路から外れて走り出していた。
3.
長く続く居住区を大急ぎで逆戻りし、大通り広場が近づいてくるにつれて、ドラゴンの咆哮がはっきりと聞こえてくる。
それに伴いフロワロもまた先程よりも数を増し、そこかしこから放たれる瘴気による、特有の重苦しい空気へと変わってゆく。
フロワロの量から見て、この先にいるのは恐らく帝竜───紫苑はそう予測し、気を引き締めていった。
『ガゴアァァァァァ!!』
既に大通り広場は薙ぎ払われ、一部が崩落しかかっていた。救出した民間人達は、どうやら兵達が道を塞いでいた別口へと一時的に避難をしたようだ。
その別口を守るように、そこに残存するアトランティスの兵達が立ち塞がって戦っていたが、1人、また1人と血祭りに挙げられ、紫苑が辿り着く頃にはいくつかの亡骸が転がされていた。
…その中には兵だけではなく、助け出したはずの住人の姿もわずかにあった。
「…………そんな…!」
ぎりぎり、と近くに聞こえそうな程に強い歯軋り音がした。
助けられた筈なのに、どうして。悔しさに打ち震え、次第に怒りが込み上げてくる。
「シオン殿、どうかヤツを……ッ!?」
振り返り懇願してきた兵が、怒りに満ちた紫苑の姿を見て言葉を失った。
朗らかで余裕に満ちた表情はもうない。睨みだけで生き物を殺せそうな程に鋭い眼差しには怒りが宿り、赤紫色の長い髪は
「シオン殿!? その髪はどうしたのだ…!?」
「…ああ、気にしないで。あたし、こういう体質なの」
「う、うむ……」
「…任せて。速攻でぶち殺してくるから」
そう言い残すや、跳ね飛ぶかのような勢いで戦火の大通りへと駆け込んで行った。
たじろいてその場から一歩も動けなかった兵のもとへ、遅れてヨリトモ達が駆けつけてくる。
「あれは…!」
「帝竜・ウォークライ…データベースに載っていた、かつて2020年にニアラが使役していたとされる帝竜ですね。この前のスペクタスもほぼ同系統のドラゴンだと記述されていましたが」
ヨリトモは大通りへ攻め込んできたドラゴンの姿を見て絶句し、対するユウマはあくまで冷静に分析をする。
「むう、援護するぞユウマ!」
「…待ってください、提督。これは彼女の実力を見定めるいい機会では?」
「…なるほど。では俺達は民間人の保護に回りつつ、援護に移ろう」
「了解です」
もっとも、援護の必要はないと思いますが───ユウマはそう言いかけたが、敢えて口にしなかった。
ユウマにとって、眼前にいるドラゴンなど容易く狩れてしまう程度のものでしかなかったからだ。
では、紫苑はどうだろうか。負傷しながらも、スペクタスを上下半身で両断したその実力は、どの程度のものなのだろうか。
ドラゴンを狩るために生まれた戦士として、紫苑の"竜を狩る者"としての力はどれ程のものなのか、純粋に興味が湧いたのだ。
最悪、ユウマ自身がウォークライにトドメを刺せば誰も傷付かずには済むだろうが、そんな事をヨリトモに言えば「不謹慎だ」とたしなめられそうだったので口を閉じた。
そして、
『グギャゴアァァァァァ!!』
激しいドラゴンの叫びが、広場中に響き渡った。が、その声色はだいぶくぐもった悲鳴のようにも聴こえる。
「……ふぅぅぅ………」
体内で生み出した力を自在に操る、紫苑の独自の呼吸の声が小さく、しかし力強く溢れる。
先んじて加えられた紫苑の刃による一撃で、既にウォークライの巨大な片翼は根元から斬り落とされ、ややバランスを崩しながらも構えていた。
そこへ、抜き身の刀を最小限の動作で取り回し、不動の構えをとり、集中力を最大にまで高める。
『ゴアァァァァッ!!』
目の前に立つ人間からまるで怪物か何かのように異様な殺気を感じ取ったウォークライは、対抗して威殺すように咆哮を上げる。
だが、それ如きで紫苑が臆することはなかった。
「─────斬り裂くッ!!」
瞬間、突風が巻き起こりそうな程の速さで、ウォークライの左脚へと居合切りが浴びせつけられた。
丸太のように綺麗に脚を断ち切られ、一気にバランスを崩すが、倒れこむ前に更なる追撃がウォークライを襲う。
「はぁぁぁぁッ!!」
ウォークライの足元に潜り込んだ紫苑は、そこから得意の一撃"十六手詰め"を放つ。
ヒュン、と風を切る音がウォークライの周囲から聞こえたかと思うと、鎌鼬のような斬撃が同時多発的にウォークライを襲い、分厚い外皮を切り刻み、血飛沫を散らした。
『グギャァァァッ!!』
そのひとつひとつすらも重く響き、激痛にウォークライは呻き悶えた。が、それだけではまだ致命傷には足りない。
既に紫苑は次の動作───最後の一撃を放つ為の構えをとり、刀を収め、力を練り上げていた。
「─────天地を、断つッ!!」
一度収めた刀を豪快に真上へと───ウォークライの腹越しに、空めがけて振り抜いた。
音も聞き取れぬ程の速さで振り抜かれた刃はウォークライの巨大な躯体へと突き刺さり、傷一つないままに祓われる。
『…グ…………!!』
カチャン、と振り抜いた刀を鞘に収めると同時に、紫苑の、そしてウォークライの周囲から突風が一瞬だけ吹きつける。
その次の瞬間、ズバン!! と激しい音が響き、ウォークライの身体が竹を割ったように縦に裂け、恐ろしい程に綺麗な断面から大量の血を吹き出し、断末魔すら上げずに地へと落ちた。
ウォークライの返り血が服や髪に飛んで赤黒い色をつけてゆくが、紫苑は全く微動だにせずに立ち尽くし、眼だけで周囲をもう一度見直す。
「……………ごめん…なさい………」
か細い声で呟いたのは、被害者達への懺悔の言葉だろうか。
ウォークライに殺されたルシェの数は約8人…その内、一般住人が3人。いずれも、先刻紫苑が自ら救出した者達だった。
その一方で紫苑の戦いを見て、ある者は感嘆とし、ある者は戦慄さえ覚えていた。
そして軍服の2人は、
「………なんて強さだ。あのウォークライをこんなにも容易く……こりゃあユウマ、もしかしたらお前と同じ、いやもしかすると…」
「そうですね、今回の件で確信しました。…彼女は強い。俺も負けてられませんね」
「そうだな…ん?」
ウォークライから住民を守るために立ちふさがっていたアトランティス兵とユウマ達の間を割るように、奥の方からまだ小さなルシェの女の子が飛び出していった。
「こら、危ないからまだ近づくな!」
気づいたヨリトモが止めに入ろうとしたが、その少女が叫んだ一言を耳にして動きが止まった。
「───おばあちゃん!」
「……!?」
ルシェの少女は、ウォークライに殺された住民のひとりの亡骸の方へと走ってゆく。
ウォークライの返り血に汚れ、鋭い爪によって腹部からズタズタに裂かれた凄惨な亡骸は、どうやらその少女の祖母のものだったようだ。
「………!」
それに気づいた紫苑が、血が滲む程に強く握りしめた拳をどうにか緩めて少女のもとへと歩み寄り、しゃがんで近づいた。
「………っ、おばあ…ちゃん………?」
少女はその亡骸の前にうずくまるようにして、静かに泣き出した。何も言葉にならず、ただ涙を流し続ける少女に、紫苑が話しかける。
「……キミの、お婆ちゃんだったんだね」
少女からの返事はなく、代わりにわずかに首が縦に動いた。
「…ごめんね。あたしがもっと早く戻ってれば……!」
「………お姉ちゃんは悪くないよ。おばあちゃんは私をかばって………私のせいで……」
「…そっか。ねえ、名前教えてくれるかな」
「………私、ミルラ」
「ミルラちゃん、ね。…パパやママは?」
「……いない。みんな、ドラゴンに………ぐす……」
「………………そっか…」
紫苑はそっと手を伸ばし、泣きじゃくる少女を優しく包み込むように、ぎゅっと抱きしめた。
「あたしと一緒に来る?」
「…?」
「ここを出て、あたし達の街に。ミルラちゃんだけじゃない。アトランティスのみんなも一緒に避難できるように頼んでみる。…あたしが、キミを守ってあげるから」
「………………うん……ぐすっ……うぅ…うわぁぁぁぁん!」
親を殺され、唯一残った祖母までもが殺され、何もかもを失ってしまった悲しみが爆発したかのように、紫苑の腕の中でミルラは泣き叫んだ。
それを窘めるでもなく、下手な言葉を投げかけるでもなく、ただ優しく髪を撫でて抱きしめる。
そこに、一連の会話を全て聞いていたナガミミからの通信が入る。
『……おい、本気でそのガキを連れて来る気か?』
「そうだよ。この娘の面倒はあたしが看る。ミオちゃんもいるし、寂しくなんかさせないよ」
『………そういうマネはジュリエッタからキツく禁じられてる。…アトランティスは滅びる運命だし、何よりキリがねえからな。俺達は神様じゃねえ。全てを救おうだなんて到底無理なんだ』
「…真竜はこの地球の創生に深く関わってる存在、言わば神様みたいなものでしょ。それに挑もうとしてる時点で十分おこがましいんじゃあないの? …それに、あなた達にとってもこの話は悪い事ばかりじゃないよ」
『あん?』
「ふふ、帰ったら話すよ」
『……仕方ねえな。空き倉庫を改修しておく。とりあえずケガ人を先に集めとけ。あとはこっちでやっておくからよ』
「ありがとね、ナガミミ様」
意外と良いヤツじゃないか、と紫苑はナガミミへの認識を今更ながら改めた。
粗雑な口ぶりでドライな性格を気取ってても、彼も結局放ってはおけない性分なのだろう。
それに、ノーデンス側に避難を受け入れさせる為のカードは既に見つけた。それを切れば、ジュリエッタでさえ紫苑の提案を受け入れざるを得ないだろう、と確固たる自信すら持っていた。
「…その娘、連れて帰るのか」
「うん。独りぼっちになんてさせられないもん」
戦いを終え、ようやく泣き止んだミルラの手を取りながら立ち上がった紫苑の元へ、ヨリトモとユウマが駆けつけた。
特にヨリトモは、こびり付くような血の匂いと横たわる骸達を見回して、疲れたように口を開く。
「………酷いものだ。俺も長年軍人をやっているが、人の死というものは何度見ても慣れるものじゃない」
「いいんだよ、それで。慣れちゃったら人としておしまいだよ?」
「…年下のお前にそれを言われるのも何か妙な気もするな。その髪は、どうした?」
「ああこれ? かき氷みたいで綺麗でしょ。でも帰ったらまた染めなきゃなぁ…」
それ、地毛じゃなかったのか…と、つい口を滑らせてしまいそうになったが、どうにか堪えた。
いつの間にかメンタルのスイッチを切り替えている紫苑のペースに巻き込まれてはならない、と頭の中で警鐘が鳴ったからだ。
しかし、悲しみに暮れてい少女の表情が少しずつ穏やかになってきているのもまた事実。良くも悪くも、紫苑の表情ひとつで周りの人間達も影響されているのは間違いない。
「…緊張感があるんだかないんだか………全く、お前さんは変わった奴だな」
「ふふふ、美人だと何でも許されちゃうのよ。ねー、ミルラちゃん?」
「う、うん…お姉ちゃん、優しくてきれいだもん…」
「あらやだ嬉しー! お姉ちゃんもミルラちゃんみたいな可愛い女の子大好きだよー?」
「失礼、それはどういった意味でしょう」
と、相変わらず真顔のユウマが直球の質問をぶつけてきた。
「あらやぁだ、別に深い意味なんてないわよ? 第一あたしにはもう嫁が……」
「……なるほど、あの娘のことですね。するとこの場合はあなたの方が夫、ということに? …ふむ」
「ユウマ! お前まで妙なことを口走るんじゃあない! あ…いや、別に理解がないわけではないが……と、とにかく! 早く帰るぞ!!」
何故か妙に取り乱しながらそそくさと転送ポイントの方へと歩き出したヨリトモ。
その後ろ姿は屈強な肉体とは裏腹に、どこか可愛げがあるようにも感じられた。
「……さて、ヨリトモ君も行っちゃったし。あたし達も帰ろっか」
「ええ、行きましょう」
こうして、海洋都市アトランティスで過ごす最初の一日は終わりを告げた。
4.
ノーデンス東館・ポータルフロア────
プラズマ状の光が部屋中に瞬き、ジリジリと空気を焦がすような音と共に、時空転移装置の中央へと4人の人影が浮かんだ。
「………ふう、何回やってもこの感覚には慣れそうにないなぁ」
「そうですか? 俺はもう慣れましたよ」
「…ホントに? あたしなんか、目がしぱしぱしちゃってダメよ。まあちょっとすれば治るけど」
紫苑は軽く両腕を天井に向けて伸ばしながら言うが、ユウマは微動だにせず、さらりと答える。
が、ヨリトモとミルラも盛んにまばたきをしているので、どうやらユウマだけが何も感じていないようだった。
「………ここ、どこ?」
狭いポータルフロアの中、見たこともない機材や白衣を着たスタッフ達を見渡して、ミルラは人見知りをしたように紫苑の腕にしがみついた。
ようやく視界がはっきりとしてきた紫苑が、ミルラの問いかけに優しく答える。
「んー、ここはね…"東京"っていうの。いいとこだよー?」
「とーきょー…?」
「そうそう! それじゃあとりあえず報告に行く前にあたしの部屋に………」
ふと、改めて室内を見回してみて、紫苑は自分の方に向いている視線に気付いた。
「…………おかえり、紫苑」
「ミオちゃん! 迎えに来てくれたの?」
「…うん」
が、その表情は心なしか不機嫌そうにも見えた。
ミオは紫苑から見ても朗らかで、笑顔が可愛らしい少女だ。そのミオが今も微笑んではいるのだが、非常に何かを言いたそうな含みのある顔をしているように見える。
「……どうしたの、ミオちゃん」
「! な、なんでもないよ。お帰りなさい、紫苑」
「…嘘。ねえミオちゃん、何かあったんでしょ? 隠さないで、言って欲しいな」
「……じゃあ、あとでちゃんと言うね。あと、アリーさん達が呼んでたよ」
「今から行くとこだよ。…あ、そうだミオちゃん。頼まれて欲しいんだけど…この子、部屋に連れてってくれないかな?」
「…うん、わかった」
やはり、と紫苑は確信した。ミルラは特徴的な狐耳を持つルシェ族であり、現代には存在しないとされている種族だ。
ミオはそのミルラに真っ先に関心を向けるでもなく、紫苑がどういった経緯で連れて来たのかを尋ねるでもなく、案内を引き受けた。
(………見てた、ってことね。大方、ナガミミ様と一緒にオペレーターとしての研修でも受けてたのかもしれないけど)
そして、アトランティスでのやり取りのほぼ全ては、ノーデンスウォッチを通じてオペレータールームへと伝わっている。
ナガミミに聴かれる程度ならば特に何も気にすることもないのだが、そこにミオが同席していたとなると話は別だ。
(……てことは、あたしがミオちゃん好きなのバレた!?)
ずっと隠し通せるとは思ってなかったが、本人に直接言うつもりもなかった。出逢った当初にミオに対して抱いていた即物的な欲求は、もう紫苑の中にはない。
その場限りの出逢いではなく、紫苑にとってミオは本当に大切な存在となってしまったからだ。
もし、それが通信越しにミオに知られてしまい、その事で機嫌を損ねてしまったのだとしたら。
(……と、とにかく。ここじゃあロクに話もできやしないわ。さっさと報告済ませて戻らないと)
「…お姉ちゃん、あの子だれ?」
「! ええと、その」
ふと、ミルラは4人の前にいるミオを見つめながら尋ねてきた。
東京にもアトランティスにも見られない翡翠色の髪は、しっかりとミルラの関心を惹きつけたようだ。
そして、会話の内容から紫苑と仲が良いのだろうという事まで察していた。誰、というよりは紫苑とどういう関係なのか、という問いかけだろう。
気恥ずかしくなった紫苑はミルラの狐耳に顔を近づけながら、
「………えーとね、ミルラちゃん。耳貸して」
「う、うん」
「あのね……………、それで…………」
「…? えっ、ええっ? それって…」
「うん………でね………」
「……紫苑? こそこそ何のお話してるの?」
流石に目の前でひそひそ話をしているのを快く思わなかったのか、ミオが一歩ずつ近付いてきて眉をしかめる。
そんな仕草さえも可愛い、などと思いつつも紫苑は「あはは…何でもないのよー」とはぐらかそうとした。
が、
「えっとね、お姉ちゃんがあなたの事大好きだって!」
ぶフォッ!? げほげほッ!! という見目麗しき女性から発されたとは思えないような、激しい咳き込み声がした。
「み、ミルラちゃん!? いきなり何を言ってくれちゃってるのかしら!!?」
「? どしたのお姉ちゃん」
「う…ッ、この純粋な視線が今は痛い…じゃなくてミオちゃん! これはそういう意味じゃなくて、あ、その、間違ってはいないけれど!」
「ふむ…紫苑、あなたが同性愛者だということは周知の事実のようですし、今更隠す必要もないのでは?」
「ユウマくぅーん!? 君はちょっと空気を読むってコトを覚えようかー!?」
まさに火に油を注ぐとはこの事だ。急に騒がしくなって、ヨリトモは手で眉間を押さえながら顔をしかめた。もはやユウマを窘める気力さえも起きない。
そして当のミオはというと、
「…うん、知ってるよ」
「ああもう、ミオちゃんに嫌われ……えっ?」
「…あのね、ごまかしてるつもりだったの? 普通気付くよ……」
「そ、そうなの…? じゃあ、あたしの事は……?」
「…だからね、あとでちゃんとお話したいの。ほら、早くしないとアリーさん達が…」
「あっ、そうだった! …ごめんね、ミオちゃん。すぐ帰るからミルラちゃんをよろしくね!」
ばたばた、と普段は余裕に満ち溢れている紫苑にしては珍しく、慌ただしい様子でポータルフロアから出て行ってしまった。
「…俺達も行くぞ。連中と交渉せねばならんからな」
「わかってますよ、提督」
そして、まるで親子のようなISDFの2人も紫苑を追って転送装置の上から降りてくる。
その中で、ミルラの手を取って話しかけようとするミオに、ヨリトモの視線がわずかに向いた。
それに気付いたミオが、思い出したように声をかける。
「あっ…この前は、ありがとうございました」
「…俺達は何もしちゃあいない。お前を救ったのは紫苑だろう」
「でも、紫苑を助けてくれたから……私、なんにもできなくて……私がいなければ、あんな大怪我をしなくて済んだ筈だったから」
「……そんなに気に病む事はないだろう。それにな、あいつは一見破天荒に見えるが…お前の話をしてる時、本当に嬉しそうな顔をしていたぞ」
「! …そう、ですか」
「まあ、俺が言うのも何だが……お前はもう少し、自分に自信を持て」
ヨリトモは返事を待たず、ユウマを連れてそのままポータルフロアから退出してゆく。
珍しく口数の多かったヨリトモに対し、ユウマがまたも素朴な疑問をぶつける。
「どうしたんです、提督。あなたらしくもない」
「まあ…少し、昔を思い出してな」
「昔、ですか。…そういえば以前、紫苑は提督の昔の知り合いに似てると仰っていましたね」
「よく憶えてるな……さすが、"完全記憶能力"は伊達じゃないといったところか」
「それはあくまで
まるで好奇心旺盛な子供のようだな…とヨリトモは内心でぼやいた。もっとも、ユウマの年齢を考えると無理もない話だが、とも思う。
「……ISDFに入隊するずっと前のことだ。俺が昔行っていたサロンにいた美容師に似ててな……」
「?? 提督が、
「俺の頭を見ながら訊くな! ああもう、だから言いたくなかったんだ!」
「失礼しました、提督。…つまり、その美容師に似てた…と。ふむ…年齢を逆算すると紫苑の母親、という可能性もありますね」
「それがわからんのだ。第一、あいつはあの天地 久遠の孫だろう。…あの美容師は
ぽりぽり、とすっかり寂しくなった頭皮を掻く仕草をしながら、ヨリトモ達はエレベーターにずかずかと乗り込んでいった。
まだまだ真竜との戦いは始まったばかりだ。願わくばこれから先も、こうして他愛のない話をするくらいの余裕があらん事を───と、まるで子を見守る親のように穏やかな顔をしながら、ヨリトモは願った。
約1ヶ月ぶりの更新となります。
基本的に不定期更新ですが、なるべく1ヶ月前後のペースで更新できるようにしたいと思います。