code:4 「それが、あたしの責任だから」
1.
帝竜・スペクタスの急襲から5日が経過した頃、ノーデンス社内では時空転移装置の最終調整を始め、対ドラゴンを想定した準備が行われ続けていた。
そんな中、帝竜との戦闘で重傷を負い医療室にて入院していた紫苑は、ノーデンス専属医のホリィの診察を受けていた。
「………本当に、信じられんよ。君は全治1ヶ月…いや、本当ならそれ以上かかるような怪我をしていたのに」
「でしょー? あたし、昔からケガの治りだけは早いのよ! 腕だってほら、もうバッチリよ!」
と言いながら、紫苑は得意気に右腕で力こぶをつくるポーズを取った。
「早い、なんてもんじゃないさ。まさか、たった5日でほぼ完治するなんて…君みたいな患者は見たことがないよ。いったいどうなってるんだか…」
「ふふふ、それはナイショ!」
運び込まれた時点で紫苑の負っていた怪我は、肋骨4本と右腕上部の骨折、及び右腕全体の火傷。さらに折れた肋骨が内臓を傷つけており、それが吐血の主な原因となっていた。
それらの大怪我を、紫苑はたった5日で治してしまったのだ。今となっては火傷の痕すら残っていない。ベテランの医師であるホリィが困惑するのも無理はない話だった。
「さて、呼ばれてるからあたしそろそろ行くわね。…あ、お金いくらぐらい?」
「要らんよ。君の治療費はアリーさんが持つそうだ」
「あらまぁ」
「なにぶん、君はドラゴンを倒して大勢の人を救ったからね。…怪我しないに越したことはないが、何かあったらすぐここに来なさい」
「はぁーい、ありがとう!」
診察を終え、すっかり何事もなかったかのように紫苑は医務室を出た。
そこから紫苑が真っ先に向かったのは、3階にある会議室の手前にある、インフォメーションカウンターだった。
そこには双子のような2人の少女───チカとリッカがおり、片方は爛々としながら肩で電話を取り、左手でパソコンのキーを叩き、空いた手で書類にサインをするという
そしてもう片方の大人しめな少女は、寝不足なのか目の下に少しクマができており、仕事の速さもそこそこといったところだが、逆にこちらの方がまともに見えるくらいだ。
「あっ、紫苑! お疲れ様ー!」と、紫苑に気付いてリッカが先に気さくな挨拶を飛ばしてきた。
「注文の品が届いてるよー! ブレザーの替えと、予備のスカートを5着ずつ。それから対竜仕様の刀とマグナム2挺、専用ホルスター。50口径の弾丸を50ダース。チョコバーも大量に仕入れてあるからね!」
「うん、ありがとリッカちゃん! 支払いはカードでいいかな?」
「大丈夫だよ! それにしても、随分とすごいモノを頼んだね?」
「ドラゴン相手には、これくらいキツめのヤツじゃないと効かないのよねー」
電子カードでの支払いを済ませると、早速紫苑は真新しい上着に袖を通した。帝竜との戦いでボロ布と化してしまったものと、ほぼ同一のデザインだ。
軽く腕を伸ばしてサイズを確認すると、大口径の銃を収める為のホルスターを両脚につけ、注文した拳銃2つをそこに仕込み、腰に刀を装備する。
「…うん、胸もきつくないしばっちりだね」
「ほぇー 紫苑さんは着痩せするタイプですね」と、顔色の悪いチカが感想を口にした。
「ふふふ、ありがと! がんばる2人にハイこれ!」
紫苑は何を思ったか懐からチョコバーを2本取り出し、チカとリッカに1つずつ渡した。特にチカに対してはややバツが悪そうに、後頭部を掻きながら言う。
「…ところでチカちゃん、こないだは怒鳴っちゃってごめんね?」
「ふぇ? い、いえ…私は気にしてませんから」
「そう言わないでさぁー。お詫びに、良かったら今夜デートしようよ! あたし何でも奢るからさ! 予定空いてる?」
が、いつの間にか紫苑は平常運転へと戻ってチカを口説こうとしていた。
しかし疲労や寝不足に祟られているチカはやや思考が鈍っているのか、
「す、素敵な提案なのです…。でも確か紫苑さんは女の子が好きな…うぅ、でもこの溜まりに溜まった仕事の疲れを癒してくれるなら、いっそ紫苑さんのふかふかおっぱいに身を任せるのも……」
「まっかせてよー! もう女の子の温もりなしじゃ生きられないカラダにしてあげるからさ!」
「こ、怖いけど興味をそそられるのは何故なのでしょうか……ごくり。待ってください、たしか今晩なら空いて…」
と、チカがわざとらしく手帳を開いてペラペラとめくっていると、その隣でハードワークをこなすリッカが気づいた。
「空いてないよー!
「そ、そんなぁ〜…チカはもう2日も寝てないのです…」
「リッカは3日だよ! ほら手ぇ動かす! チョコバー食べて元気に働こー!」
…普段は余程の事でもない限り、それこそ帝竜が特攻でも仕掛けてこない限りは動じない(つもりの)紫苑でさえも、リッカの社畜根性の前には平伏せざるを得なかった。
「あ、あはは……頑張ってね〜…あとで栄養ドリンク持ってくるよ!」
「あっ、ま、待って……」
そそくさと視線を合わせたまま後ずさり、チカ達の死角に入ると同時に、紫苑は脱兎の如くその場を離れた。
「アリーにも呼ばれているし、これでなかなか忙しい身なのだ」と自分に言い訳をしながら、紫苑はインフォーメーションカウンターから4メートル先にあるモニタールーム…アリー達が待つ、作戦会議室へと向かって行った。
2.
ノーデンス3階・作戦会議室───
5日前に紫苑が破壊したドアは綺麗に修繕されていた。紫苑はドアの横に備え付けられた網膜認証式のセンサーの前に立ち、ドアのロックを正しい手順で解除して中へと入る。
「来たわね、紫苑」と、第一声をかけたのはジュリエッタだった。
「……驚いたわね。ドクターから報告は受けていたけど、本当にピンピンしてるなんて……」
「んっふっふ、あたしは不死身の女の子だからね!」
「…アンタが言うと冗談に聞こえないから困るわ。さて、本題に入ろうかしらね」
ジュリエッタはデスクの上のデバイスを操作し、巨大モニターに画像を表示した。
画面端には電子文字で【BC12000】と記され、現代のものとは大きく形が異なる地球の大陸図が表示される。
その中の一点、現在で言うとオーストラリア大陸の上あたりの箇所に記された大陸だけが、赤色で表示されていた。
「アンタが入院している間に、ようやく時空転移装置が完成したのよ。…ポータルの運用には膨大なエネルギーが必要なんだけど、アンタの倒した帝竜から採取した検体を使ってそれを補充したの」
「ま、あたしが苦労した甲斐があったってわけね」
「…血まみれで運ばれたくせに随分ケロっとした顔してくれるわね。大事ないなら早速で悪いけど、今からアンタにはアトランティス大陸に行ってもらいたいの。目的は前にも言った通り、ニアラの検体の採取よ」
「…本当に早速ね。まだあたし朝ごはん食べてないんだけど?」
仕方ない、と紫苑は懐から新たにチョコバーを取り出し、わざとらしくジュリエッタの前で封を切ってかじりついた。
が、所詮は1本10円の駄菓子。その程度では空腹など収まるはずも無い。
『フヒヒヒ……相変わらず、すっとぼけた女だなお前は』
そこに、どこから沸いたのかナガミミが背後から現れ、紫苑に苦言した。
『初ミッションの前に、ジュリエッタ。少しこいつを借りるぞ』
「あら、どうしたのナガミミ」
『一応、部屋くらいは案内しとかねえとな。こいつ、
「…あらまあ、悪いことしたわね紫苑。わかったわよナガミミ、案内してあげて。ついでにラウンジでご飯でも食べて、しっかりと準備してきてちょうだい」
「はぁーい!」
紫苑は口元にチョコバーの食べかすをつけたまま気のいい返事をし、すたすたとナガミミについて行き会議室をあとにした。
「……はぁ…」
ジュリエッタは、紫苑の破天荒っぷりに慣れつつある自分を自覚しつつあった。対してアリーは、多くは語らないがにこにこと笑顔で紫苑を見ていた。
「全く……ドラゴン相手になると別人みたいになるくせに、普段はあのふざけ
「んふふー☆ まあいいんじゃないかな? 既に紫苑ちゃんの実力は知れた。あの娘は、誰かを守る為なら全力を惜しまない、そういう娘だよ。…だからこそ、そういった意味でもあの娘は役に立つ」
「あのオペレーター候補の娘の事ね。…ウチのレストフロアに泊めさせたのは、そういう魂胆だったワケ? つくづく、ボスは侮れないわね」
「ジュリエッタ、何も私は人質をとったつもりじゃないよ☆ …私にはわかる。あの2人は、今はちっぽけな存在だけど、いつか世界だって変えるような存在になる。そんな気がするの」
「それも、いつもの第六感ってやつ? …まぁ、紫苑の場合はある意味間違っちゃあいないけどねぇ…」
「んふふふふー☆」
ノーデンス社が数年かけてようやく探し出した"竜を狩る者"───天地 紫苑。まさしく世界の命運をかけた存在を、アリーはまるで母が子を見守るかのように、微笑ましく見ていた。
3.
ナガミミに案内されて紫苑がやってきたのは、会議室のひとつ上の階・レストフロア。その奥にあるやや大きそうな部屋だった。
さらにその奥にはもうひとつの部屋らしき扉と、テラスに繋がる小さなドアがぽつんと立つ。
そこには他の社員たちはおらず、ナガミミと紫苑の声だけが4階全域に響いていた。
『そうそう、お前にコイツを渡しておくぜ』
と言うと、ナガミミはポケットの中から時計のような小型の装置を取り出した。紫苑はその場にかがんでナガミミからその装置を受け取る。
『そいつはウチの新商品、ノーデンスウォッチ。どこにいても俺様と通信できるシロモノだ。どうだ、嬉しくて涙が出てくるだろ?』
「えっ、どこにいてもミオちゃんと通信できるの!? うわぁ最っ高! 鼻血止まんないわ!」
『俺達がいつあのコムスメの名前を出したよこの変態!? …まあ、そいつはポータルのシステムと同期してるから、アトランティスに跳んでも繋がる。作戦が始まったらそいつでお前をナビゲートしてやる、って寸法だ」
本当に、ふざけた女だ。ナガミミは今日何度目かのため息をつきながらぺたぺと歩き、紫苑をとある部屋の前まで連れてきた。
「ここは、何なの?」
『フヒヒヒ……お前の部屋だよ。作戦が始まったら家に帰るヒマなんてねーからな。今日からしばらくはここが
「何から何まで悪いわね、ナガミミ様。…あ、お金は…」
『ばぁか、これから命張ってもらうヤツから宿賃なんざ取るかよ。いいからさっさと部屋ん中チェックしてこい。俺様は先にポータルフロアで待っててやるからよ。…それと、とっておきのプレゼントがあるからな、フヒヒヒ……』
「プレゼント? なんだろ……わかった、見てくるね!」
扉の横には会議室のものよりもシンプルな電子ロックが備わっていた。
しかしどうやらノーデンスウォッチに専用のパスコードが仕込まれているようで、ウォッチをつけた紫苑が右手首をかざすと扉のロックが外れる音がし、自動的にドアが開いた。
「おぉ〜……」
紫苑の為に用意された
右手には丸型の大きなテーブルと小さなソファがあり、その奥にはバーカウンターのようなものが壁沿いに並んでいる。
左を見れば紫苑の背丈よりも高い仕切りがジグザグに置かれており、その奥には42型のテレビと、L字に置かれた長いソファ…と、ちょっとした居間のような造りだ。
部屋に入って真っ直ぐ左に進んで居間を抜ければシャワールームがあり、左奥にはベッドが3つ並んでいる。
それは千葉にある紫苑の住まいの倍近い広さであり、とても紫苑1人には余るようなものだった。
しかし何より、紫苑の目を特に惹きつけたのは居間の方のソファの上にある"何か"だった。
「………うそ、なんで…」
正確には、それは"人"だった。というかミオだった。
ソファの前にある机にはみかんが数個置かれ、ミオは口元をほんの少し黄色くしてソファの上に横たわってすやすや眠っている。どうやらみかんを食べながら眠ってしまったようだ。
(………まさか、"プレゼント"って!?)
…反射的にミオの唇を見てしまったのは、つい先日あんなコトがあったからだろうか。気がつけば紫苑は、年甲斐もなく胸を高鳴らせて顔を赤くしていた。
できるなら、その唇にもう一度触れてみたいけれど。
「……だめだよ、それだけは」
自分は普通の人間ではないという自覚はある。それだけでなく、キスをされたとはいえ、ミオが自分と
それなのに、どうして好きになってしまったのか。「もう誰も
愛した人は、いつも紫苑のそばからいなくなってしまう。守れずに失うばかりで辛いだけだ、と。
なのに、
「………ふふっ。可愛いね、ミオちゃん。ほんと可愛い……」
傍へと歩み寄り、しゃがみ込んで翡翠色の髪をさらさらと撫でてみる。お気に入りのシャンプーなのか、前と同じライムの香りがほのかに鼻をくすぐった。
「……んん………」
紫苑の手に反応したのか、ミオがかすかに声を上げた。
起こしてしまったか。そう思った紫苑はとっさに手を引っ込めて様子を見る。
「………ん、ふわぁぁ……寝ちゃってたよぅ…………えっ」
「あははは……おはよ、ミオちゃん」
「…あれ? なんで、しおんが……うん、おは、よ……うぇぇぇっ!?」
寝ぼけ
「な…な、ななな何で紫苑が!?」
「えーとね…ナガミミ様に"ここがお前の部屋だ"って言われてきたんだけど、ミオちゃんがいたからびっくりしちゃった。んとね……寝顔、すごく可愛かったよ?」
「ひゃあぁぁぁっ!!?」
ミオは沸騰したやかんのように顔を赤らめ、それから色々な事を思い出して半ばパニックになっていた。
(ど、どうしよ…寝顔見られた!? 恥ずかしい……!)
が、そんな所作さえも可愛いと思いながら紫苑は尋ねた。
「ミオちゃんがここにいる、って事は…もしかしてナビゲーターの件、受けたの?」
「う、うん………私、なんにもできないけど紫苑の力になりたくて…ナガミミちゃんに色々教わってるんだ」
「そっか…ふふ、ミオちゃんが助けてくれるなら、あたしはいくらでも頑張れるよ」
「もう…! 紫苑って、いっつもそういうコト簡単に言うよね……」
「……簡単なんかじゃ、ないよ」
「えっ?」
ふと、紫苑の言葉尻が弱くなったように聞こえた。
ミオはその違和感に気付いて紫苑の顔を見直すが、ほんの少しだけ、いつもの明るい笑顔とは違う憂いのようなものを感じ取った。
「あたしにとって"大切な人を守る"って事は、簡単なんかじゃないんだ。守りたいものはたくさんあった。…けれど、守れたものはほんの一握りだった。だからあたしは、ミオちゃんの事は絶対に守りたい…って、本気で思ってる」
「紫苑……?」
「……はは、ごめんね変な話しちゃって。ご飯まだだったら、今から一緒に食べに行かない? このビル、上の階においしいレストランがあるんだって!」
「う…うん」
紫苑は、いつも通りの笑顔でミオの手を取って立ち上がった。どこかへ消えてしまわないように強く、壊れてしまわないように、弱く。
けれどその姿は本当の紫苑ではないような…例えば、どこか無理をしているように、ミオには感じとれた。
(……私、紫苑はとっても強くて、かっこ良くて、怖いものなんて何もないのかな、って思ってた。…けど、きっと紫苑にだって怖いものがあるんだね)
そんな風に思いながら、ミオは紫苑に手を引かれてマイルームをあとにした。
4.
ノーデンス最上階にあるスカイラウンジでのランチを終えた紫苑は、エレベーターの途中でミオと別れて、ノーデンス東館へと向かっていた。
本館と比べると小ぢんまりとした横長のビルだったが、中に入ればやたらと間隔を空けて大部屋の扉が3つ並び、入口付近にやや広めの休憩スペースがあるだけの、シンプルなものだ。
ここの1番手前の部屋こそが"ポータルフロア"。既にノーデンスの間取り全てを頭に叩き込んでいた紫苑は、一切迷わずに扉の前までやって来て、ウォッチをパネルにかざして扉を開いた。
『よう、思ったより早かったな』
ポータルフロアに入って飛んできた第一声は、皮肉っぽい言い回しのナガミミのものだ。
その横にはアリーとジュリエッタも並んでいる。
『そのままシケ込んで夕方になるかと思ってたぜ』
「……あのねぇ、ナガミミ様。ミオちゃんは特別なの! 傷つけるような真似なんてしないよ? あくまで合意の上で、ちゅっちゅしたりぷにぷにしたり朝まで可愛い声で鳴かせたりしたいの!」
『言ってろ、変態。…いや、お前の場合はムッツリスケベだな! どーせ口ばっかりで、手ェ出す度胸なんかねえんだろ? フヒヒヒ………』
「う…な、なんでそう思うのかしら?」
『今のお前と似たような事を、昔ジュリエッタも言ってたからだよ。やっぱ"ソッチ"のヤツらは考える事が同じってコトなのかねぇ? フヒヒヒヒ…』
「な…っ、余計な事言わないでちょうだいナガミミ!!」
ナガミミが小馬鹿にしたように笑い声を上げると、ジュリエッタが食いついて叱責してきた。
しかしナガミミは聞かぬふりを通して『ほらさっさと進め』と雑な風に紫苑を促す。
ポータルフロアの中央にある巨大な装置の前に紫苑が立つと、ジュリエッタが改めて解説を始めた。
「…こほん。これが時空転移装置よ。燃料はアナタの倒したドラゴンの資材。座標は1万2千年前のアトランティス大陸。…わかってるわよね?」
「予算も桁違いで倒産した子会社もたっくさんあるけどね☆」
「ちょっ……そ、その分セブンスエンカウントでしっかり黒字出してるじゃないアリー! と、とにかく紫苑! 頼んだわよ!」
「ばっちりだよ。あたし、一度見聞きしたことは絶対に忘れないからね」
紫苑がポータルの中央に立ちスタンバイを終えると、ジュリエッタがデバイスを操作し始めた。
あらかじめ入力された座標を再補正し、転送対象のデータを代入して、転送用のデータを組み上げてゆく。
「コードATL、入力……よし、行くわよ! オペレーション・code:VFD───本時刻を以ってスタートよ!」
およそ1分足らずで入力が終わると、いよいよ転移装置が唸りを上げ始め、紫苑の周りにプラズマのような光が走りだした。
「それと、ひとつ最後に言っておくわよ」
「?」
「今回の目的はあくまで"検体の採取"。…あまり、深入りし過ぎないようにね」
「ふぅん…でももしあたしがニアラを倒したら、アトランティスの人達にも何か影響が出るんじゃないの?」
と、率直な疑問をぶつける紫苑に対し、代わりにナガミミが答える。
『ふん、そういうことは倒してから考えやがれ。なんたって、あの"13班"が3人がかりでやっと倒したようなバケモンなんだ。お前も大概バケモンだけど、1人でそう簡単に勝てるわけがないだろ?』
「……そうだね。あたし独りじゃ、ちょっときついかな」
『"ちょっと"かよ…まあいい、死なない程度に頑張って来い』
稲光が、さらに鋭さを増してゆく。視界が霞み、ナガミミ達の声も遠くなる。まるで冷たくも熱くもない、温度のない水の中に漂っているような感覚に襲われながら、紫苑の初めての時間旅行が始まった。
5.
気がつくと、宙に浮いたような感覚から解放されて地に足をつけていた。
感じるのは潮の香りと、川のせせらぎのような穏やかな水音。中世の石造りを思わせる長い回廊が目の前に走っていた。
「………ここがアトランティス大陸、か……」
"ルシェ"と呼ばれる先史民族が存在していた、幻の大陸。一般には"存在しない大陸"として認識されていたが、2020年の竜災害を機に文献の洗い直しが行われ、その結果、過去に真竜に襲撃されて滅びた大陸であると一般に知れ渡ることとなった。
もっとも、ムラクモ機関含む一部の特権組織の人間達は、竜災害以前からその事実を認識していたようだが。
その"ルシェ族"も、アトランティス大陸と運命を共にして絶滅した、とされている。
「……見せてあげたかったな、ここを」
紫苑はひとりぼやきながら、水の上に立つ石畳の回廊を道なりに進んでゆく。
しばらく歩き、大通りに面したあたりで右手に嵌めたノーデンスウォッチから着信音が鳴った。
『……───っし、繋がった。おい紫苑、聞こえるか?』
「あら、ナガミミ様。こっちは無事に着いたっぽいよ?」
『みたいだな。そこはアトランティス海洋王国の首都・アトランティカ。紀元前12047年……ちょうど、ニアラに滅ぼされるおよそ数日前、ってとこか』
「…そうだね。街のあちこちにフロワロが咲いてる。たぶん、ドラゴンも奥にいると思うよ」
『さっきも言ったが、深入りはするなよ。あくまで検体優先だ。やばいと思ったら中継点まで逃げて帰ってこい』
「りょーかい。まあ、無理しない程度にがんばるよ」
『フン……もっとも、俺様はお前が大人しく言うこと聞くなんて微塵も思ってねえけどな? ま、死なないようにサポートはしてやるよ。フヒヒヒ……ん、何だぁ!?』
ナガミミが怪訝な声を上げると、ウォッチ越しの通信に大きなノイズがかかり始めた。
同時に、激しい地響きが街中を大きく揺らし、紫苑も軽くふらついてしまう。
「きゃっ…な、なに? 地震!?」
1分ほど揺れただろうか。よく見ると石畳には亀裂がいくつも入っており、今の地震でその亀裂がまた増え、少し拡がってしまっていた。
街の奥にいる、特徴的な耳を持つルシェ族と思しき住民達もざわついていたが、どうやら初めてのことではないようで、もはや大きく取り乱す様子はないように見える。
『───……ぃ、オイ! 聞こえるか!?』
「な、ナガミミ様!? なんかいきなり地震が起きたんだけど!?」
『そんだけわめけりゃ大丈夫だな。ふぅ……いきなりノイズかかるし、ヒヤッとしたぜ。いいか紫苑。その地震と同時に、アトランティスの奥から真竜の反応が検出された。…言うまでもないな、アイツだよ』
「……ニアラ、ね」
『そうだ。……ま、とりあえず街に行って軽く情報を集めてみろ。ああそれと、ジュリエッタから伝言だ。くれぐれもルシェの女とシケ込もうなんざ考えんな、ってな。フヒヒヒ……』
「し、しないわよ! …………たぶん」
『いや、そこはハッキリと否定しろよ………』
紫苑はナガミミと緊張感のない会話をしながら大通りを見回し、現代とは全く異なる景観に息を呑んだ。
所々にフロワロが咲いているが、それとは異なる街路樹が等間隔に植えられており、まるで雪化粧のような淡い白さが心にじわりと伝わる。
しかし一番目についたのは、大通りに何人かいたルシェの人々の表情だ。
ニアラに怯えているのもあるのだろうが、それとも違う感情が含まれているようにも見える。そう、まるで何かを諦めてしまっているかのような。
「……なんか、様子が変だね」
ひとまず、紫苑は近くにいるルシェの女性に声をかけて話を聞こうと考えた。
「あ、すいませ〜ん」
「……あら、あなたルシェじゃないみたいね」
「えっと、あ、はい。実はちょっと大事な用事があって」
「…悪いことは言わないわ。すぐに帰りなさい。もうすぐこの国は…滅びるから」
女性もやはり達観したような顔をして答えた。
「滅びる」とはニアラに攻め込まれているからだろうか、と思った紫苑はさらに質問を続ける。
「えっと…それって、ドラゴンのせいで…ってことですか?」
「詳しいのね。…今、この国は"真竜"に襲撃されているの。タリエリ様のお話だと、真竜は高度な文明が好物で、だからアトランティスが真っ先に狙われた…らしいわ」
「"タリエリ"さん…?」
「アトランティスの執政官様よ。ユトレロ国王が真竜に敗れてすぐにウラニア様が即位されたけど、まだお若いから…実際に指揮を執っているのがタリエリ様。…タリエリ様は、真竜をここで野放しにしたらアトランティスだけでなく、この星そのものが滅ぼされる、と判断したの」
「……あなた達は、一体何を…?」
「…この国は、もうすぐ真竜を道連れに自爆するの。わかったら早く自分のお国に帰りなさい」
それだけを最後に言い残すと、ルシェの女性は後ろを向いてさっさと立ち去ってしまった。
そして紫苑は、ルシェ族がなぜああも諦めてしまったかのような顔をしていたのかを、数秒遅れて理解した。
「自爆、ですって…!?」
『やれやれ、連中も穏やかじゃねえな』
「…ナガミミ様。アトランティスは、確かニアラと相討ちになって滅びたんだよね」
『そういう事だな。まさか相討ちどころか、心中だったなんて思わなかったけどな…ま、おかげで手負いになったニアラを13班が倒して、世界の危機を救った。連中の死も無駄じゃなかったってことだ』
「………だめだよ、そんなの」
『…紫苑?』
「真竜を倒すのはあたしだ。…他の誰も傷つけさせない。死なせたくない。…それが、あたしの責任だから」
『…まあ、検体さえ取れればいいけどよ。ニアラが自爆に巻き込まれてからじゃあ検体がオジャンだ。回収するなら自爆の前に済ませるんだな』
「大丈夫だよ、ナガミミ様。……自爆なんか、絶対にさせない」
それはもはや、単なる紫苑の意地のようなものだった。紫苑は"誰かの犠牲の上に立つ"ことをひどく嫌う人間だ。今日までの平和がアトランティスの民の犠牲の上にあったのだと知った紫苑は、改めて決意した。
「………ニアラは、絶対にあたしが殺す」
6.
遠くから、ドラゴンの咆哮が響いた。
大通りを抜けた紫苑は現在、西居住区に足を踏み入れていたが、実にひどい有り様となっていた。
魔物やドラゴンによって住居は踏みにじられ、潮騒の香りに混じって腐臭もかすかに漂っているようにも感じる。
フロワロもより多く咲いており、そこから溢れる瘴気が澄んでいたはずの空気を腐臭と共に汚染しているのがわかった。
「……ひどいね、これは。ん、あれは…!」
さらに前方を見渡すと、アトランティスの衛兵と思しき男が、やや大型の魔物と交戦しているのが見えた。どうやら、苦戦しているようだ。
紫苑は頭で考えるよりも先に駆け出し、脚に引っ掛けた2挺の拳銃をとり、引き金に指をかけた。
「これでも喰らいなさいっ!」
ドン、ドォン!! と、とても拳銃から響いたとは思えないような重く鈍い銃声が、2回木霊した。
世界最高峰の威力を誇る50口径の拳銃───デザートイーグルをモデルに対竜用のカスタマイズが施された銃から放たれた弾丸は、衛兵達を苦しめていた魔物に吸い込まれ、1発は胴を、もう1発は頭に直撃して、頭部を柘榴のように散らせて血飛沫を周囲に跳ね飛ばした。
「……まあまあ、ね。おーい! 大丈夫ー!?」
新装備の威力を確かめた紫苑は、突然のことに呆気をとられた衛兵の元へと駆けつけ、声をかけた。
「…すまぬ。まさか余所者の手を借りることになるとは……」
「まあまあ、困った時はお互い様よ! あたしは紫苑。よろしくね!」
「シオン、と申すか…変わった名だな。しかしお前は、ここにいても何ともないのか?」
「えっ、何が?」
「フロワロだよ。ここなんかはまだマシな方だが、ほとんどのルシェ族はフロワロの毒にやられた。鍛えた我々でさえも、ここではまるで身体に力が入らんでな……」
「…そっか。普通の人にはこれは結構きついもんねぇ……で、あなたはここで何を? ただ魔物を退治してた…ってわけじゃないんでしょ?」
「…なぜ、わかる?」
と、衛兵は紫苑の的確な指摘に少し驚いたようだった。
「ここはもう廃墟同然だよね。…それに、この街はもうすぐ自爆するって聞いた。なら、捨て置いてたって構わないはずだよ。違う?」
「…その通りだ。この奥にはまだ何人か、逃げ遅れた者がいる。私だけじゃない、他の兵達も救出に向かったが…大抵が帰ってこないか、すぐ手前で引き返してしまう始末だ」
「………わかった。それ、あたしに任せてくれないかな?」
「な……なぜ、お前が?」
「放っておけないんだ、そういうの。…あたし、諦めることだけは絶対にしたくないから。ドラゴンはあたしが倒す。だからあなたはもう少し仲間を連れてついて来て、逃げ遅れた人達を連れ出してほしい」
「……わかった。兵達ももう何人かしか残っていないが、できるだけ集めよう。少しだけ待っていてくれ」
衛兵は軽くふらつきながら、大通りの方へと仲間を呼びに戻った。
『………あー、紫苑。聞こえるか?』
そこに、ナガミミからの通信が入った。
『面倒なことになった。ヤツらがウチに来やがったぜ』
「やつら?」
『…ISDFだ。ノーデンスが独自にドラゴンの調査をしていると嗅ぎつけて、情報開示を要求してきてる。ポータルの存在もバレちまった。もしかしたらそっちにISDFの隊員が何人か行ってるかもしれん』
「………なるほどね。あたし、あいつらあんまり好きじゃないんだけど…」
『なら先に言っておく。くれぐれも揉め事は起こすなよ? まあ、ISDFごときがお前に勝てるとは思わないけどな…』
「おーけー、
「なぜ」というよりは「やはり」といった風に紫苑は思った。もとより、ムラクモ機関を基盤として作られた組織だ。第3次竜災害の発生を受けてか、あるいは第7真竜・VFDの出現の兆しを見出したからか。どちらにせよ、いずれは避けられないとは覚悟していた。
が、そんな事は捨て置き、紫苑は軽く周りを見回して群がる魔物の掃除に取り掛かる。
「さぁ、この紫苑ちゃんにかかってきなよ! 全員ぶった斬ってやるかんね!」
銃を仕舞い、腰元にある刀へと手をかける。
風を斬るかの如き速さで打ち出される斬撃の嵐が、魔物へと牙を剥き始めた。
7.
『全く、「深入りしすぎんな」って言ったばかりだってのによ』
と、ノーデンスウォッチからナガミミの呆れたような声が届けられた。
しかし当の紫苑は魔物、あるいはドラゴンとの戦闘に集中していて、ろくに返事も返さない。
紫苑とアトランティスの兵達は既に中央居住区を抜けて東居住区の奥にまで進んでおり、その間に8名ほど逃げ遅れた住民の救出に成功していた。
代わりに、紫苑に続く兵も少しずつ数を減らしており、現在は2人だけが残っている。
それまでの道に転がるドラゴンの屍体は首を斬り落とされたり、八つ裂きにされたり、急所に執拗に弾丸を撃ち込まれたりと、様々な形で事切れている。
そのどれもが、紫苑自らが手を下した結果によるものだった。
「これでトドメッ!!」
紫苑の十八番・十六手詰め───音速の居合斬りから放たれる16発の斬撃が、ドラゴンを襲う。
『ギャオォォォォ!!』
手足を斬り落とし、首を刎ね、それだけに足らず残る胴すらもぶつ切りの肉片と化して散らす。
それらの動作をほんの一瞬の斬撃で、しかも同時多発的に繰り出すその一撃はとても人間業ではなく、アトランティスの兵達も紫苑の圧倒的な強さに対して、畏怖を感じていた。
「……凄まじい。我々が手も足も出なかったドラゴンを、こうも簡単に……」
「ふふ、これくらいのヤツなら余裕だよ! 真竜に比べたら雑魚みたいなもんでしょ」
「残るは天空廊……この分だと祭壇の方にもドラゴンがいるかもしれんな」
「祭壇?」
「星晶石が祀られているポイントだ。…星晶石は、アトランティスを支えているいくつかの魔石だ」
「おーけー。じゃあとりあえず、その祭壇の方まで行こう!」
居住区にもう逃げ遅れた人々がいないことを確かめると、紫苑たち3人はその奥…祭壇へと続く、天空廊へと足を踏み入れた。
星晶石と呼ばれるモノが最奥にあるせいだろうか、居住区に比べると気持ち程度フロワロが少ないような気がした。それにより、空気も幾分かマシになっている。
が、少し入り組んだ回廊を道なりに進んでゆくと紫苑は違和感に気付いた。
「……ドラゴンの死体…? いったい誰が?」
回廊の道中には、小型のドラゴンの屍体がいくつも転がっていた。フロワロが少ないのは、ドラゴンの頭数が減っていたからだ。
しかし、この国の兵達にはドラゴンと戦うだけの力はないように見える。
この先に、紫苑と同等か、もしくはそれ以上の手練れの者がいる。そう直感で感じ取った紫苑は、より警戒心を強めた。
「…2人とも、少し下がってくれる?」
「どうしたのだ、シオン殿」
「この先に誰かいる。…敵か味方か、わからないけど」
それに、この背筋を撫でるような悪寒はなんだ。アトランティス兵達は全く気付いていないが、紫苑の身体中が、この先に立つ者に対して警鐘を鳴らしている。
それは、決して初めて味わうものではない感覚だった。そう、まるでこれは───
「……似てる」
まっすぐに祭壇へと伸びる最後の回廊に差し掛かり、紫苑はやや早足で歩き出した。その時、
『グォォアァォォォッ!!』
奥の方からドラゴンの悲鳴が響いてきた。
その傍らには軍服を来た1人の男がおり、手を叩いて軽く埃を払っている。
「…あの腕章……ISDF?」
紫苑は、自分の目を疑った。まさか自分以外にドラゴンと戦い、討ち倒せるような人間がいるとは思ってもみなかったからだ。
しかもそれがISDFの軍人ともなると、妙な焦燥感をも感じてしまう。
さらに近づくと、意外と若い男であると気付く。武器すらも持たずに、汗一つかかずに、事切れた大型のドラゴンを踏み台にしてその男は立っていた。
「───はじめまして。…といっても、俺は前にあなたと会ってますけどね」
男は、余裕たっぷりに紫苑達を見下ろして言う。
「まあ、あなたは帝竜を倒したあと気を失っていたから、憶えてないのも無理はないですけどね」
「うーん…ごめんね。あたし、可愛い女の子にしか興味ないから憶えてないや」
対して紫苑は、いつもの調子で軽口で返事をした。しかし、
「そう殺気立てないでください。俺はあなたの敵じゃない。少なくとも"真竜を倒す"という共通の目的があるはずだ。そうですよね? 伝説の13班の子孫───
「…あっはは〜。あたしってば、知らない間に有名人になっちゃったみたいだね」
「その身ひとつで帝竜を倒してみせたんです、有名にならない方がおかしいでしょう。…おっと、申し遅れました。俺は如月
ユウマ、と名乗った男はドラゴンの屍体から軽く飛び降り、音もなく紫苑達の前に着地した。
「驚いたわねー。ISDFにもあなたみたいなのがいたなんて」
「それは俺の台詞ですよ。13班の孫…とは聞いていましたが、ここまでの腕前とは正直思ってませんでした。やはり帝竜を倒しただけはある」
「まあー、おかげでけっこう怪我しちゃったけどね」
「怪我…ですか。俺の見立てでは、とても5日で治るような怪我には見えなかったですが」
「あたし、そういう体質なの」
飄々とした言い回しを多用するのは、紫苑が警戒心を解いていない証拠だ。
ユウマはただの人間ではない。そう本能的に感じ取っていたからこそだ。
『……オイ、聞こえるか?』
そこに、ナガミミからの新たな通信が入った。
『その奥から興味深い反応が出てる。たしか星晶石…だとか言ったか?』
「そうだよ。奥は祭壇になってて、星晶石ってのはアトランティスを支える動力源みたい」
『なるほどねぇ…連中がどうやってニアラを道連れにしたのか、やっとわかったぜ。その奥の星晶石からは、"オリハルコン"と同じ反応がする。そいつらはオリハルコンを自爆させて、ニアラにダメージを与えたんだ』
「えっ…オリハルコンが、この先に……!?」
『ん? そのリアクションからすると…お前、知ってたのか。オリハルコンは真竜にとっての弱点。ソレでつけられた傷は決して治ることはない…らしいぜ』
「……そっか。なら、この国には"アレ"があるはずよね」
『"アレ"ってなんだよ』
「ふふ、それはまたあとで話すよ」
紫苑は通信を終えると、ユウマに対しての警戒心を解かないまま、祭壇へと続く長い階段を見上げた。
「…シオン殿」
「どしたの?」
「…その、我々の身分では祭壇に足を踏み入れることは許されておらぬ。入れるのは、基本的に王族のみだ」
「そっか…じゃあ、あなた達は引き返して、助けた人たちを保護しといてくれるかな? あたしはちょっと、この先に用ができたから」
「何をされるつもりなのだ?」
アトランティス兵のひとりが、不敵な態度ばかりをとる紫苑に疑問をぶつける。
恩義があるとはいえ、余所者には違いない。滅びゆく国だとはいえ、狼藉を働こうというのなら止めねばならないからだ。
しかし、紫苑の返事は兵の予想とはまるで異なるものだった。
「ニアラをぶち殺すには、オリハルコンが必要だからね」
まるで神をも恐れぬように、微笑みながらさらりと言葉の爆弾を落とした。
「…本気で言っているのか。ニアラを倒す、だと…」
「この国を救うには、それしかない。あなた達だって、自爆なんて本当は望んでないんでしよ?」
「…しかし、ここでニアラを止めなければ世界が……我々アトランティスだけの問題ではないのだ」
「わかってるよ。…それに、あたし達の国を救うためにも、ニアラを倒す必要があるんだ。大丈夫、あたしは絶対に負けない」
「ううむ……しかし、ユトレロ王でさえも敵わなかった相手だ。それに、オリハルコンが必要とは…?」
「ただのオリハルコンじゃあダメ。あなた達ルシェの一族の中でも、限られた人のみが造れるモノが要るの」
いつしか、ユウマも紫苑の話を真剣に聞き入っていた。
ユウマ自身にも紫苑にも、ドラゴンと戦うだけの人間離れした能力が備わっている。では、これ以上何を求めるのか、興味があったからだ。
そして、紫苑が出した答えは。
「純度の高いオリハルコンから造られる、最強の殺竜兵器─────"竜殺剣"がね」
唯一にして絶対の、真竜を倒すための答えだった。