7th DRAGON Ⅲ 夢幻の葬花   作:アレクシエル

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code:2 「あたしが狩ってやる」

 

 

1.

 

 

 

 

ドラゴンを撃破して無事にゲームクリアした2人がカプセル型の筐体から出てくると、既に両端のカプセルがカラになっている事に気付いた。

どうやら2人の男達は、ドラゴンの一撃であっさり敗北し、ばつが悪くて紫苑達を待たずに先に退出したようだった。

しかし、基本的に可愛い女の子にしか興味がない女・天地(あまつち)紫苑は、

 

「あー…久しぶりに動いたわ。明日絶対筋肉痛ねこれ……」

 

などとぼやき、ぐるぐると左肩を回しながら筐体から降りる。そして遅れて筐体から出たミオも、すぐさま紫苑のもとへと近づいて来た。

 

「紫苑〜!」

「ミオちゃん! おつかれさま、怪我はない?」

「もう…"ゲームだから怪我しない"って言ったの紫苑だよ?」

「あっはは! そういえばそうだった!」

 

言いながら紫苑は、ミオがもう一つの大事な用件を抱えている事を思い出した。

ぽりぽり、と後頭部をかきながらミオに尋ねかける。

 

「それじゃあ、次はお父さんを探さなきゃだね」

「…憶えてたの?」

「忘れるわけないよ〜! 可愛いミオちゃんのコトだもん! それに私、一度見聞きした事は絶対忘れないタイプだし!」

「も、もう…紫苑ってばさっきからそればっかり……! 私なんかより、紫苑の方こそ強くて、かっこよくて……き、綺麗だもん…」

 

と、柄にもなくやや強気に言い返したが、最後の方は聞き取れるか怪しいくらいの小声になってしまうミオ。

しかし自称:地獄耳の紫苑がそれを聞き逃すはずもない。むしろ赤面しながら軽く目を逸らすミオを見て、

 

(…あーもう! ほんっと可愛いよぉ! 今すぐにでもお持ち帰りしたい! じっくりねっとりたっぷり朝まで可愛がってあげたいぃ!)

 

などと不埒な事を考える始末だ。

そんな事とは露ほども知らずにミオは続けて言う。

 

「おじいちゃんの知り合いの人だけど…渡真利(トマリ)さんって言うらしいんだ。たぶん今もノーデンスで働いてると思うんだけど…」

「トマリさんね、おーけー! それじゃあ取りあえず本社の方に行ってみよっか!」

「…紫苑も一緒に来てくれるの?」

「とーぜん! ミオちゃんのお父様にもご挨拶したいからね!」

「えへへへ…ありがと、紫苑」

 

そうして2人並んでセブンスエンカウントを出ようとして歩き出す。

すると紫苑とミオを迎えるかのように、筐体を降りてすぐのところに先程のウサギ人形がいた。

 

「あ! さっきの喋る人形だ!」と、紫苑が先に気付いて声を上げた。

『人形じゃないミミ〜、僕の名前はナガミミ! よろしくミミ』

「えっ、生き物なの!? やっぱりウサギ!?」

『ナガミミはナガミミだミミ〜。それより、君達はこのセブンスエンカウントをハイスコアでクリアしたミミ!』

「へぇー。ま、あたし()にかかりゃこの程度余裕よ」

 

ふふん、と紫苑は鼻を鳴らしながら得意気に笑い、ごく自然に、ミオの頭を撫でながら答えた。傍目から見ても、隣にいるミオの前で格好つけているのが丸わかりだ。

これでは紫苑もさっきまでチームを組んでいた男達と大差ないのでは、などと彼女自身は露ほども思っていないのだが。

そして頭を撫でられているミオは今にも火が出そうなくらい赤面しているが、どうにも紫苑の手つきが気持ち良くて抵抗できない様子だ。

 

『そこで、2人にお願いがあるミミ! これから君達には、ノーデンス本社にちょっと寄ってもらいたいミミ!』

「あら、表彰でもしてくれるのかしら?」

『まあ、そんなところだミミ〜』

「ふふ、藪から棒ねミオちゃん。まさか向こうから迎えてくれるなんて! よし、そうと決まれば早く行こ〜!」

 

紫苑は、もはや断りもなしにミオの手を繋いでナガミミの方へと歩き出す。

さっきから振り回されっぱなし(だが嫌な気はしない)のミオは展開について行くのがやっとだったが、とりあえず"トマリ"なる人物を探す大きな手がかりである、という事だけは理解できた。

が、その笑顔のウラで紫苑はさらに他の事を思索していた。

 

 

(……このセブンスエンカウント。ほぼ間違いなくS(クラス)の人材を掘り当てる為のものだった。ISDFとも関係なさそうなゲーム会社が、S級の戦闘力を持った人間を集めて、一体何を…? まさか、)

 

ドラゴン。その単語が紫苑の脳裏をよぎる。しかし、真竜フォーマルハウトが討伐されて以来、新たなドラゴンはもう80年近く確認されていない筈だった。

それなのに私設兵団でも作ろうというのか。そういった予想が、紫苑の中で組み立てられてゆく。

恐らくこの先で行われるのは表彰などではなく、S級集めの目的の説明だろう。

 

(……このまま、ミオちゃんも一緒に連れて行っていいのかしら?)

 

戦闘力は皆無、それどころか運動すら不得意に見えるミオだが、オペレーション能力に関しては紫苑の見立てでも十分にS級の水準に達している。

もし仮にきな臭い事態になったとしても前線に駆り出されるとは思えないが、

 

(……最悪、ミオちゃん連れてこっから逃げることも考えとかなきゃね)

 

戦うのは自分1人で十分だ。誰かが傷つくのは見たくない。紫苑はにこやかな笑みの下で、

奥歯をぎゅっと噛み締めた。

 

 

 

 

2.

 

 

 

 

ノーデンス・エンタープライゼス本社・エントランスホール─────

 

2人はナガミミと名乗る正体不明の生物(?)に案内されるままに、セブンスエンカウントを抜け、直通ゲートからエントランスへと連れて来られた。

直通ゲートのすぐ近くには購買店や簡易休憩所があるが、どうやらそこはノーデンス社員のみが使用しているようだ。

 

「そういえばお腹減ったわね〜…」

 

と、紫苑はぼやきながら懐からチョコバーを取り出し、器用に片手で封を切ってサクサクとかぶりつき始めた。

 

「………なに? それ」

「ん、ひょこはー(チョコバー)らよ。ミオひゃんもあえゆ(食べる)? ほい」

「わぁ…ありがと…!」

 

それは何の変哲もない、コンビニで10円かそこらで売ってそうなスナック菓子だった。それを実に美味そうに笑顔で食べるものだから、自然とミオの胃袋も食物を欲する声───"ぐぅ"という腹減り音を上げる。

 

「あ……!」

「あらあら、ミオちゃんもお腹減ってたのねー。あとで一緒にご飯食べに行こっか! ステーキでもなんでも、好きなの奢ったげるよ〜?」

「そ、そこまでしてもらったら悪いよう! それに、先にお話聞きに行かないとだし…」

 

これ以上、紫苑の好意にただ甘え続けるのは良くない───そう思いながらも、ミオはもらったチョコバーの封を切って、もそもそと食べ始めた。

 

「…これ、初めて食べたけどおいしいね」

「でしょー? おばあちゃんが昔、よくあたしにチョコバーくれたのよね。それであたしも気に入っちゃってさー」

「いつもチョコバー持って歩いてるの?」

「そりゃもう! あと10本くらいあるから、もっと食べたかったら言ってね?」

「あ、あははは…とりあえず、これだけでいいよ…」

 

きゃいきゃい、と2人で実に仲良さげに会話しながら、ナガミミのあとに続いて歩いてゆく。

…だが、エントランスの受付を横切り、突き当たって左に曲がったあたりで、ついにそれは起きた。

 

『………あーもう、うっせえんだよテメェら!! さっきから黙って聞いてりゃずうっとイチャつきやがって!!』

「ふぇ!? な、何!? …まさか今の、このウサギが言ったの?」

『ウサギじゃねえって言ってんだろ! "ナガミミ様"だ、覚えとけコムスメ共!!』

 

一向に静かにならない2人に対してついに痺れを切らせたのか、本性(?)を露わにした謎のウサギ・ナガミミ。

その口調は、やさぐれて路地裏にたむろするような若者そのものだった。有り体に言えば"ひどい"のだ。

 

「し、紫苑〜……」

 

いきなりぶち切れ出したナガミミの暴言に、すっかりミオは縮こまってしまっていた。

ミオにすがりつかれた紫苑は優しく髪を撫でてやり、お持ち帰りしたい衝動を必死に堪えながら、

 

(………ちょーっと、調子乗りすぎてやしない? このウサギやろう)

 

懐から小銭を1枚抜き取り、左手でぐっと握り締めた。

 

 

『───ったく、ジュリエッタのヤツ…めんっどくせぇ事ばっかり俺様に押し付けやがって。ホントにこんなガキ共が目的のブツだってのか? オラさっさとついて来いコムスメ! 俺様は忙しぬふぁっ!?』

 

瞬間、ナガミミの被っていたハットに向かって超高速で何かが飛んでゆき、ズバァン! と大きな音を立ててハットが遠くへと吹き飛んだ。

 

『な、なんだぁ今のは!? はっ、まさかテメェがやったのかコムスメ───うっ!?』

「あらぁ、ごめんなさぁいナガミミ様(・・・・・)! 手が滑っちゃったわ」

 

不気味なほどにこやかに嗤う紫苑の目は、まるで小動物を主食とする獣のように鋭かった。よく見ると、先程まで握り締めていた左手が空いている。

どうやら先程の小銭を投擲して、ナガミミのハットを撃ち抜いて吹き飛ばしたようだった。

 

『〜〜〜っ、バ、バケモンかオマエ!?』

 

"セブンスエンカウント内で、5倍の強度のドラゴン1体を一瞬で細切れにした女だ"とジュリエッタから聞かされていたが、まさかその腕前をこんなところで無駄遣いするとは。

ナガミミはあくまで態度は変えないように努めながら、そそくさと吹き飛ばされたハットを拾いに走る。

 

「あらやだ。そういう"バケモン"を"アレ"で探してたんでしょ?ほら、ミオちゃん。ナガミミ様が怒ってるから早く行こ!」

「あ…う、うん!」

 

白々しい。S級というのはつくづくバケモノ揃いなのか、と内心で悪態をつく。

どうやらセブンスエンカウントの本来の目的も、とうの昔に見破られているようだ。あとはアリーとジュリエッタに押し付けて、早いとこ高みの見物に戻らなくては、とナガミミは思った。

 

 

 

 

 

3.

 

 

 

 

 

紫苑達が連れて来られたのは、ノーデンス本社ビル3階・関係者以外立ち入り禁止となってる、インフォメーション横の会議室の前だった。

『ほら、連れてきたぞー』とナガミミが声をかけるとドアが自動で左右に開き、さらに奥行きのある広々としたモニタールームが視界に飛び込んでくる。

その最奥のデスクには洒落た顎髭を生やした長髪の、しかしどこか妖しげな雰囲気を醸し出す男と、特徴的な赤髪で蛇のような赤いストールを首元にかけた眼鏡の女がいた。

 

「お疲れさま、ナガミミ」と長髪の男が声をかけると、ようやく肩の荷が下りたと言わんばかりにナガミミもデスクの方へと走って戻った。

すると、待っていたとばかりに赤髪の女が自己紹介を始める。

 

「そしてようこそ、我がノーデンス・エンタープライゼスへ。私の名前はアリー、よろしくね」

「アタシはジュリエッタ。ウチのナガミミが失礼なことをしなかったかしら?」と、長髪の男も続いて自己紹介をする。

「いえ、そんなことないですよ〜。ナガミミ様(・・・・・)ってば、とっても親切にここまで案内してくれましたよ?」

 

と、紫苑はここぞとばかりに"様"を強調して答えた。

 

「ふぅーん? ……ナガミミ! アンタこのコ達に八つ当たりでもしたんでしょ!」

『ちげーよ! このコムスメ共が乳繰り合って一向に黙らねえから怒鳴っただけだっての!』

「……あらやだ。アンタ達、もうそういう関係(・・・・・・)だったの?」

 

とジュリエッタは意外そうな目で紫苑達を見て言った。

 

「いえいえ、まだ(・・)違いますよ〜。ミオちゃんとはついさっき友達になったばかりですし」

「ふぅん……でもね、アタシにはわかるのよ。そっちの娘はともかく、ずばりアンタ…レズビアンでしょ」

「ふぇ!? な、なな何を言ってるのかさっぱりわからないわね」

 

ジュリエッタに直球で図星を突かれた紫苑は、誰がどう見てもそうだとわかるくらい狼狽えていた。特に、対極に位置する同類項であるジュリエッタには全て丸わかりだ。

が、さらにジュリエッタの追求は続く。

 

「隠してもムダよ。セブンスエンカウント内での様子はここのモニターから見させて貰ってたの。アンタがその後ろの"ミオ"って娘を見る目…まさに野獣(ケダモノ)の目つきだったわよ」

「ケダモノ!? し、失礼な事言わないでくれないかしら。そりゃああたしだってたまには可愛い女の子と一緒にデートしたいなー、とか、すりすりちゅっちゅぎゅーしたいなー、とか、一緒に女体(にょたい)の神秘を探求し合いたいなーとか思ったりするけど、断じてケダモノなんかじゃないわ」

「ナガミミ、警備呼んで。この変態をつまみ出してちょうだい」

「なんで!?」

 

がびーん、と音が聞こえてきそうなくらい身体中で驚愕の意を示す紫苑。

ジュリエッタは軽い目眩と頭痛を覚え、「本当にこの娘しかいないのかしら……?」と、か細い声で呟く。

後ろからも、「し、紫苑って……女の子が好きだったの…?」と赤面したミオの声が飛んでくる始末だ。

が、当の紫苑はそれらを全く気にも止めない。

 

(………見たところ、ドアは50ミリの砲弾でも撃ち抜けない程の厚み。恐らくこの部屋自体の外部からの防御は硬い。部屋の2箇所に監視カメラと、死角にもう1台。警備がすぐに飛んでこれるようになってる。あのモニターに映っているのは……東京23区の地図?)

 

そうしていつの間にか会話の主導権を紫苑に握られていることに、ただ1人を除いては全く気付いていなかった。

 

「はいはい冗談の言い合いはそこまでにしてー」

 

唐突に、アリーが手拍子を数回パンパン、と打ちながら言った。

 

「天地 紫苑ちゃん。実は、キミのことはよーく調べさせてもらったの」

「あら、あたしのスリーサイズとかも筒抜けになっちゃったかしら。いやん☆」

「残念ながらスリーサイズまではわからなかったけれど…面白い事がわかったのよー。キミ、"13班"という言葉に聞き覚えはないかな?」

 

ぴくり、と紫苑は反射的にアリーの発した単語に反応してしまった。アリーはそれを見逃さなかったようで、さらに言う。

 

「んふふー、第3真竜ニアラ・そして続く第5真竜フォーマルハウト。この2体の真竜を討伐して地球を救った伝説の英雄"ムラクモ13班"。そのリーダーの"天地(あまつち) 久遠(くおん)"…年齢から逆算すると、キミはその孫ってことでいいのかな?」

「んー…まあ隠しててもしょうがないよね。そうだよ、天地 久遠はあたしのおばあちゃん。真竜との戦いでひどい怪我をして、ムラクモ13班を退役した…って聞いたわ」

 

紫苑はぽりぽりと頭をかき、赤紫の髪を指に絡ませて弄りながら答えた。

アリーとジュリエッタからしたら、既知の事実の再確認に過ぎない。しかし紫苑の回答に驚愕したのが約2名ほどいた。

 

『な、なにぃ!? このガチレズ変態女が13班の孫だってェ!?』

 

と、片方からは凄まじい罵倒と共に驚きの声が。

 

「し、紫苑が13班の孫で……女の子が好きで……え、えっ? えええっ!?」

 

もう片方からは、完全に理解の範疇を超え切ってしまったような困り果てた可愛らしい声が聞こえてきた。

しかしそれらを一切気にせずに、アリーは続けて語る。

 

「んふふ、セブンスエンカウントでのキミの戦い…実にお見事だったわ。キミは間違いなく私達が長年捜し求めていたダイヤの原石……"竜を狩る者"となる存在だよー」

「"狩る者"? ただのS級探しじゃなかったのね。…というかその言い草、まるであたしに"ドラゴンを狩れ"って言ってるみたいね」

「んふふー、そうだよ☆」

「……うそでしょ?」

 

ここにきてやっと本当に困惑したような顔をした紫苑を一瞥し、アリーは適当に手元のキーボードを叩く。

すると最奥の巨大モニターの上に、東京23区のマップが右端から画面全体へと拡大されて表示された。

その23区の6割程度が、紫色で塗られている。

 

「キミは"竜斑病"って知ってるかな?」

「……竜斑病、ですって?」

「そうねー、例えば原因不明の風邪、高熱から臓器不全……症状自体は多岐に渡るけれど、それらの症状がここ数年、この東京を中心に大多数確認されている。キミの身近にもそういった人達はいなかったかな?」

「……知ってるよ。おばあちゃんの友達が、そういう病気で何人か死んだって聞いた事がある」

「一般には開示されていないけれど、ISDFではとうの昔に原因を突き止めているはずだもんねー。ムラクモの関係者なら当然耳に覚えはある筈よ? そしてその竜斑病を、我々ノーデンスも独自に解析を始めたの。そうしたらとある事実が判明した。……竜斑病の症状は、2020年から21年の間に街中に蔓延した毒花"フロワロ"の中毒症状に酷似しているという事実がね」

 

アリーがさらにキーボードに操作を加えると、23区のマップの横に、毒々しい紫色の花が雑草のように咲き誇る一区画の拡大図が映し出された。

隅に記された日付を見る限り、2020年の画像資料のようだ。

 

「ドラゴンが地に降り立つとき、まず周囲の環境を整える為にフロワロを大量に咲かせる。フロワロから落ちた種は"フロワロシード"という新たなドラゴンの卵となり、産まれたドラゴンがさらにフロワロを撒く。この東京にもそのフロワロの中毒症状と似た病気が蔓延しているという意味……紫苑ちゃんなら理解できるよね?」

「……新たなドラゴンがこの東京に現れようとしている。アリー、あなたはそう言いたいのね」

「ご名答☆ しかも今回の件…それだけじゃ収まらないのよ。知ってる通り、竜斑病がこれだけ蔓延してる今でさえ、フロワロは一輪も確認されてない(・・・・・・・・・・)のよ。もし今後フロワロが咲くようなことになれば、竜斑病の患者は今の倍以上にもなるでしょうねー。…今回東京に現れると予想されているドラゴンは、恐らくニアラやフォーマルハウトよりもずっと危険。私達はそのドラゴンを、第7真竜"VFD"…最後の真竜と呼んでいるわ。

わかるかしら? 既にこの地球という惑星は、過去の歴史を振り返っても4度真竜を退けている。そういう星が、エントロピーを喰らう真竜にとってどれだけ魅力的なのか」

「ニアラと、フォーマルハウトだけじゃなかったの?」

「そうよー? 原初の真竜・アイオト…これに関しては私達が独自に発見した化石からの推測だけど。そしてニアラは今から1万2千年前に実在していたアトランティス大陸にも侵攻を仕掛け、アトランティス大陸の自爆攻撃によって1度地球から撤退しているの。2020年に再度現れたニアラは、データによると片翼を欠損した状態だったようねー」

「…それで、あたしひとりでそのVFDとかいうのと戦え。そういう事かしら」

「他に人材がいなければ最終的にはそうなるかもしれないわねー。もちろん無茶は承知しているわ。だからこそ、そこの娘にもナビゲーターとして協力してもらいたい、そういうワケ。んふふふー☆」

「………っ、」

 

それは、ダメだ。紫苑1人ならまだしも、こんな戦いを知らない普通の女の子を巻き込むなど。紫苑は少しだけ不安そうな顔をしてミオの方へと振り返った。

するとやはりミオは、シャツの裾をきゅっと掴み、おどおどしていた。

 

「…私、でも、紫苑みたいに強くないし…なんにもできないよ……」

「あら、そんな事ないわよ?」と、アリーに変わってジュリエッタが答えた。

「ミオちゃん、アナタのオペレーターとしてのセンス・才能、間違いなくS級よ。それはドラゴンと戦う為の大きな力となる…アタシはそう思ってる。それに、そこの変態と違って素直そうだし」

「あ………わ、私……」

 

もう見ていられない。そう思った紫苑は左腕を大きく横に伸ばして、ジュリエッタ達とミオの間に割って入るように立ち塞がった。

 

「戦いなら、あたし1人で十分よ。それに"真竜と戦え"なんて簡単に言ってくれる癖に、こんな小さい女の子に頼んなきゃいけないくらいこの会社は無能揃いなの?」

「…言ってくれるわね。S級なんて、そう簡単に見つかりやしないのに。そう言うなら、アンタはアタシ達の計画に乗ってくれるって言うの?」

「ドラゴンを倒せるのはあたししかいないんでしょ?」

「ええ、今のところはね。でももう既に事態は一刻を争う段階まで来てる。他の人材を探す時間はもうないのよ」

「そう、ならいいわ。……ミオちゃん、ごめんね。独りで帰れる?」

「あ……し、紫苑…は……?」

「あたしは、残るよ。もし本当に真竜が現れるというなら、放っておけない。おばあちゃん達が守ったこの世界を放ってなんかおけないからね」

 

どうしてそこまで強くいられるのか、とミオは紫苑の背中を見て思った。

セブンスエンカウントのドラゴンでさえミオにとっては恐怖の対象だったのに、紫苑は一歩も退かなかった。

腕に自信があるからだけではない。"守りたい"という強い意志を、紫苑の姿からしっかりと感じ取っていたのだ。

だからこそきっと、紫苑は真竜を前にしても戦う意志を持ち続けるのだろう、と。

……そんな紫苑の傍にいては、足手まといではないのか。ミオはそう思いつめ、

 

「……ごめんなさい。少し、考えさせてほしいです」

「いいわよ、無理強いはしないわ」と答えたのはジュリエッタだ。

「アタシ達はこの計画には命を懸けてる。紫苑がしくじったら、東京ごと真竜と心中する覚悟だってできてるわ。…でも、それと同じ覚悟をアナタにまで求めるのは、酷だものね。

……名前さえ伝えてくれれば、本社に入れるように手配はしておくわ。もし気が変わったら、いつでも来てちょうだい」

「………はい」

 

結局は、紫苑達と自分は住む世界が、覚悟か違ったのだ。ナビゲーターとしての才能を買われはしたが、ドラゴンとの戦いに身を投じる勇気までは今は持てなかった。

ミオは今にも泣きそうな弱々しい表情で紫苑を見つめる。

 

「…気をつけてね、ミオちゃん」

 

そんなミオを、紫苑は柔らかく微笑んで見送った。

 

 

 

 

 

4.

 

 

 

 

 

 

ミオが抜けて4人(?)だけが残された静かなモニタールームでは、アリー達の立てた計画の詳細の説明がなされていた。

モニターに映された新たな画像の上部に記された"code:VFD"という文字と、"完成度 15%"という記述が紫苑の目を惹いた。

 

「あれは、何なの?」

「それを今から説明するのよ。…単刀直入に言うわ。アンタにやってもらいたい事…それは、"真竜の検体"の収集よ」

「………検体?」

「そ。第7真竜・VFDは間違いなく過去最大の強敵。だからアタシ達はVFDとの戦いの前に、まずはヤツらの解析を始めることにしたの。それこそがこの計画の要"code:VFD"よ。

真竜の検体6つを集めて"ドラゴンクロニクル"を完成させ、それを解析する。それこそが唯一VFDに対抗する為の術なのよ」

「真竜を6体!? よくもそんな無体な事を考えついたわね。おばあちゃん達が命を賭けて倒した真竜を、6体!」

「実質的には、あと4体よ。さっきも言ったけれど、第5真竜・フォーマルハウトの検体はISDFが保有している。そしてアタシ達は、第1真竜・アイオトの検体を保有しているわ」

「ニアラの検体は、無いの?」

「2020年に現れたニアラは片翼を欠いていたのよ。そのせいか、ISDFの確保した検体では不十分だったみたいなの。だからアンタにもう一度、足りない分を採取してもらう必要があるのよ」

「……待って。ニアラは13班に倒された筈よね。それをどうする気なの?」

「いい質問ね、紫苑」

 

ジュリエッタは、ようやく乗り気になってきた紫苑につられて少し微笑み、コンピューターを操作して得体の知れない技術の情報をモニターに表示した。

 

「これこそが、アタシ達の開発した新技術"時空転移装置"よ!」

「……時空、転移…? まさか、えっ?」

「そのまさか、よ。これは言うなればタイムマシン。あと1歩のところで完成するんだけど…アンタにはこれを使って過去や未来に飛んでもらって、真竜の検体を集めてもらうってワケ!」

「……ニアラが初めて現れたのは、1万2千年前のアトランティス大陸。なるほどねぇ…つまり、あたしは最低でも、そこには行かなきゃいけないわけね…」

 

まさかこんなものを拵えてしまう程の技術力を持っているとは夢にも思わなかった紫苑は、目の前にいるおネェが只者ではないと再確認して素直に驚いた。

そしてそれと同時に、アレに乗るのは自分なのだと聞かされて溜め息をつく。

 

転移装置(ポータル)の完成まではあとほんの少し時間がかかるわ。それまではアンタの準備期間、ってとこね。セブンスエンカウントで実戦訓練をしてもいいし、必要ならデータバンクで予習もしていいわよ」

「……あはは、どーも」

 

どうやら自分は想像以上の面倒事に足を突っ込んでしまったようだ、と紫苑は肩を落とした。

そもそもニアラと戦ってこい、と言っている時点で「死んでこい」と言われているようなものだ。そんな無茶な事、たとえS級だとしても紫苑以外の人間が首を縦に振るとは到底思えなかった。ミオが困り果てるのも無理はない。

しかし"13班"の名を出された時点で、紫苑には"拒否する"という選択肢は残らなかった。

真竜4体の検体を採取し、準備を固めてからVFDを叩く。つまり紫苑は、5回は命を賭けて戦わなければならないのだ。

が、VFDは最後にして最強の真竜と聞く。他の真竜1体すら倒せないでVFDに勝てるだろうか、と考えたら少しは気が軽くなったような気がした。何事も前向き思考に、である。そう決意したその瞬間──────

 

 

「…ん、通信ね。何かしら」

 

 

 

平穏にピリオドを打ち、長い戦いへの幕を上げる声が上がった。

 

 

 

「………な、何よこれ。ドラゴンの反応!?」

 

ジュリエッタは血相を変えて、キーボードを乱雑に叩いてモニターに新たな映像を反映させる。

映されたのは23区各所に設置された監視カメラからの映像の一部、有明周辺の映像…そして、ノーデンス本社・正門広場前を映す監視カメラの映像だ。

そこに映るモノは確実に全員の心に衝撃を与えるものだった。

 

「………あの時と同じ…ドラゴンが、あんなにたくさん……!」

 

紫苑は拳を強く握り締めて呟く。

 

「ナガミミ、警報を発令してちょうだい!」と、半ば取り乱したジュリエッタの声が響いた。

『もうやってる! ヤロウ共め、ついに動いたか…!』

 

そうこうしている間にも恐るべき速さで、まるで細胞が分裂するかのように、23区の景観が紫に毒づいた花───フロワロに侵されてゆく。

大量のドラゴンが空を舞い、何体かは地上に降り、パニックに陥った人々に蹂躙を加えていった。そして有明周辺───ノーデンス本社前にも数体のドラゴンが降り立った。

 

「…なんてこと、ここにもドラゴンが!!」

「んー…もしかしたら"狩る者"…紫苑ちゃんに引き寄せられたのかもね?」と、焦るジュリエッタとは対極にアリーは冷静に、しかし険しい顔をして正門広場を映す映像を見る。

 

「すぐに隔壁を下ろしてエントランスを閉鎖するわ!」

「待って、ジュリエッタ! まだあそこには人がいるわよ!?」

「本社の中にドラゴンの侵入を許したら、VFDどころじゃなくなるわよ! 最低でもポータルと周辺設備だけは守らないといけないの!」

「だったらあたしが出る!」

「バカ言わないでちょうだい! 計画の前にアンタに何かあったらどうするのよ! アンタの代わりなんて簡単には見つかんないのよ!?」

「………くっ…!」

 

ここに来て、ジュリエッタと紫苑の意見が分かれてしまった。

しかしジュリエッタの言い分もわからなくはないのだ。ジュリエッタはあくまで、大局を見据えた上で判断をしているに過ぎないのだ。たとえ多少の犠牲を払ったとしても、世界と天秤にかければどちらが重いか考えた上の判断だ。

ならば自分もそれに従うべきなのだろうか。そう悩みかけた紫苑だが、

 

 

「………うそ、でしょ…?」

 

モニターに映る映像を見て、そんな甘ったれた考えは紫苑の頭の中から消え失せた。

正門広場を映す映像には、隔壁の降りかけた本社ビルへと必死に逃げ込もうとする人々が。

ドラゴンに八つ裂きにされ、ブレスに焼かれ、捕食されてゆく人々が。

そして、翡翠色の髪の少女が今にもドラゴンの牙にかけられそうになり、恐怖に怯えて動けずにいる姿が、映されていたのだ。

 

「ミオちゃん!!」

 

たまらず、紫苑はジュリエッタの指示を無視してドアの外から出ようとした。しかしモニタールームのドアは硬く閉ざされたままで、センサーも一切反応を示さない。

 

「…諦めなさい、そのドアにはロックをかけたわ。もうじきISDFの連中がここにも来るはずよ。それまで待ちなさい」

「いつまでそんな悠長な事を…開けなさいよ! 開けろ!!」

「我慢しなさい紫苑! …今アンタを失うわけにはいかないの。真竜を倒して、世界を救うのは───」

「…世界を、ですって…!?」

 

大義を語り、行く手を阻むジュリエッタに対して、ついに紫苑の中で何かが切れる音がした。

 

「─────笑わせんじゃないわよ!! 何が真竜よ…目の前で殺されかけてる女の子ひとり助けられないで、何が世界よ!! そんな安っぽい正義感で、真竜と戦おうだなんて寝言をほざくなこの玉無し野郎!!

いいわよ、どうしてもここを開けないっていうなら……無理矢理にでも開けてやるわ!」

 

赤紫の髪が、風も吹かないのに毛先から揺れた。

左手を強く握り締め、深く息を吐き、吸い込む。

紫苑の周りの空気の質が一気に重苦しくなったのを、3人はしっかりと感じ取っていた。

 

「この程度の扉……打ち砕くッ!!」

 

ズバン!! と、とても19の少女の拳から放たれたとは思えないような激しい音が響いた。

その1撃のみで、50ミリの砲弾すら防ぐ厚いドアが中央から歪にへこみ、かすかにヒビ割れる。

 

「はぁー…もう一発ッ!!」

 

紫苑は間髪入れずに、再度拳を打ち込む。セブンスエンカウントの規格で"ゴッドハンド"の適性をも持っていると判断された紫苑だが、ジュリエッタを始めとする3人はその程度の認識では甘かったのだと知ることになる。

2発目の拳でドアは内側から裂けるように大きく吹き飛び、ドカン!! と重機が正面衝突でもしたかのような音と共に道は拓かれた。

 

「……そんな、あのドアはドラゴンの襲撃も想定したものよ…!?」

 

ジュリエッタはその光景に戦慄しながら言う。

が、紫苑はもはや振り返ることもなくモニタールームから駆け出し、ミオを救う為に戦火に身を投じに向かった。

 

「"ゴッドハンド"どころじゃあないわね、あの娘は」

 

アリーはしかし、期待以上の力を発揮してみせた紫苑の姿に喜びを禁じ得ない。

 

「伝説の13班の一員、天地 久遠の血を引いているだけはあるわねー。あの娘にはお祖母様と同じ、壊し屋(デストロイヤー)って呼び名の方が相応しいかもね?」

「…どこまでイカれてんのよ、あの紫苑って娘は。規格外にも程があるわよ…!」

「まーでも、紫苑ちゃんの言う通りかもね☆」

「……また、呑気な…」

「そうでもないよ? これから真竜と戦おうっていうのよ。ならあの程度の状況くらい、簡単にひっくり返してくれるくらいじゃなきゃねー」

 

アリーはキーボードを操作し、正門広場前の映像をさらに広範囲に拡げる。

一瞬にして訪れた地獄絵図───そこに、一筋の光が間も無く差そうとしていた。

 

 

 

 

 

5.

 

 

 

 

 

燃え盛るアスファルト。響き渡るは人々が逃げ惑う声───または、断末魔。そして、ドラゴンの咆哮。

正門広場に降り立ったドラゴンは5体。そのうち1体は格別大きな躯体を持ち、その個体に付き従うかのように4体の同系統のドラゴンが破壊を執行していた。

うち、1体のドラゴンが牙を剥き、翡翠の髪の少女───ミオを喰らわんとしていた。

 

 

 

「………あ、あっ………」

 

身体が震え、尻餅をついた格好のまま1センチも動けない。声も満足に出せない。

このままここでドラゴンに殺されてしまうのだろうか、という恐怖で心を埋め尽くされかけていた。

 

「…………し…」

 

そんな状態でも、必死に声を振り絞って言葉を紡ごうとする。

 

「……し、おん………」

 

絶望の中で唯一輝く、その力強い後ろ姿の記憶を手繰り寄せて。

 

「……たすけて、しおん……!」

 

既にミオ以外の逃げ遅れた人々はほぼ全員が無惨に殺され、血と煙の臭いが鼻につく。

隔壁は降りきり、ビルの内部へと逃げ込むことはもう叶わない。当然、救助も来るとは思えない。隔壁を開けばそこからドラゴンが入り込むからだ。

S級の状況判断能力を持つからこそわかってしまうのだ。助けは、来ない。

 

『グォアァァァァァァッ!!』

 

ドラゴンが剥いた牙がミオを喰らおうとして距離を縮める。ずしり、と足音が近づくにつれてミオの恐怖心も増してゆく。

 

「…しおん、しおん………あぁぁっ………」

 

距離はもう1メートルもない。ドラゴンの口がさらに大きく開き、小さなミオをその牙にかけようとしたその時─────遠くで、ガラスが砕けるような音がし、

 

 

 

 

「──────ミオちゃぁぁぁぁん!!!」

 

 

 

 

空高くから、叫ぶ声が聞こえた。

 

 

 

「貫けぇぇぇ!!」

 

紫苑はモニタールームのある3階の窓を破って空へ飛び込み、その高さからミオを襲っているドラゴンの頭へと、全力の飛び蹴り(スカイハイメテオ)を叩き込んだ。

重力の乗った蹴りは凄まじい威力となり、ドパン!! と激しい音を立ててドラゴンの首から上を粉々に砕き、嗚咽を漏らすことすら赦さず一撃で絶命せしめた。

力を失くしたドラゴンの巨大な躯体がドスン! と地に落ち、それから遅れて紫苑も着地する。

絶望の一色に染まっていたミオの視界は、唯一絶対的に頼れる存在の登場によって、歓喜の色に変わりつつあった。

 

「ミオちゃん、無事!?」

「し、おん……きて…くれたの……?」

「……よかった。間に合ったね……もう大丈夫だよ、ミオちゃんはあたしが守るから…」

「うん………うん…………!」

 

ああ、可哀想に。ほんわりと癒しを与えてくれた笑顔は恐怖に青ざめ、涙をぼろぼろと流し、スカートが生温かいモノで汚れてしまっている。

紫苑は、一目見ただけでミオがどれだけの恐怖感を味わっていたのかを感じ取り、悔しさに奥歯を噛みしめる。

それなのにミオは、紫苑の姿を見て泣きじゃくりながらも笑顔をくれたのだ。

 

「……っ、ミオちゃん……!」

 

胸の奥が、締め付けられるような気がした。

紫苑は、その笑顔に応えるべく残る4体の龍の立つ方へと向き直った。

 

(…いつも、そうだった。あたしにはドラゴンを倒せる力がある。でも、本当に大切なものはいつも守れなかった。あたしの手のひらからこぼれ落ちるように、みんないなくなってしまう………!)

 

今とて、ミオ以外の人々を助ける事はもう叶わない。そしてここ以外の場所でも、ドラゴンによる殺戮は始まっている。

だからこそ、紫苑は"守る"と決意する。せめて、自分に笑顔を向けてくれたこの少女だけは─────

 

 

 

 

「──────覚悟しなさい。オマエラ全員、あたしが狩ってやる(・・・・・)!!」

 

 

たとえこの先どんな事が待ち構えていようと、絶対に守り抜く───と。

 


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