記憶と引き換え   作:たかすあばた

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お待たせしてすいません。
少しリアルでの余裕が出てきたので、とりあえず一話。


ミイラトリガーミイラ

「~♪~♪」

 

「…機嫌、随分と良いな」

 

「とうぜんじゃ!ずっと憧れておった提督と、こうして肩を並べて仕事ができるのじゃからな♪」

 

声を弾ませながら、提督が少なめに渡した書類に利根は目を通し、リズミカルに判を押していく。

また提督に倒れられてはたまらないということで、艦娘同士の話し合いによりその近い日程に出撃のない者たちで、秘書官を回して提督の負担を減らそうという決議が出された。初めは提督否定派には秘書を回さないという話だったが、大淀からそんな理由で待遇を変えたのでは他の艦娘に示しがつかないとの意見が出たため、頻度としては低くなるが「彼女ら」もそのうち秘書を務めることになるそうだ。

 

「時に!提督よ、明日はどこかへ出かけるのか?」

 

「ん?んー…考え中」

 

 

これも、艦娘たちからの提案。今までの提督の勤務状態は労働基準の最低ラインに大幅に引っかかっており、勤務表をちょろまかしていたとはいえ本営にバレれば鎮守府全体がタダでは済まないかもしれないということで、最低週に1回の休暇を取るように進言したのであった。そして明日が、その最初の休暇だ。

 

「ふっふー♪もしも出かけるのなら、吾輩が護衛を務めて進ぜよう!どこへでもお供するぞ?」

 

「別にそんな気、使わなくてもいいのに」

 

「いーやーじゃ!吾輩は提督と!お出かけしたいのじゃ!」

 

「…素直なこって」

 

意外にも、この提案をしたのはなんとあの長門であった。「毎日同じ景色で根を詰めてばかりいると、思考力の低下にもつながる。たまには外に出てのんびりしてくるのもいいだろう」とのこと。彼女も、摩耶のように少しずつ自分を理解しようとしてくれているのだろうか。それとも何か別の意図が?少し思考を巡らしたが、すぐに頭を振ってかき消した。彼女たちは、疑わないと決めたんだ。体調を気遣ってくれたなら、ありがたく乗っかることにしよう。

 

 

 

翌日。朝に簡単な哨戒を出し、帰ってきたところで提督は休暇に入った。

 

「いいじゃないですか!減るもんじゃなしに~♪」

 

「まぁ構わないけど…たぶん詰まんねぇぞ?」

 

幸い、近海に敵影も見受けられなかったため、提督は街に繰り出してみることにした。休日の過ごし方については、食事の買い出しに出かけた際、それと記憶の片隅に一片の“あて”があった。しかし、誰かを一緒に連れて行ってもおそらく艦娘のみんなにとっては楽しいものではないだろうと思い、どうしてもと聞かなかった利根だけ連れて2人で出かけようとしていたのだが、目ざといのかタイミングがいいのか、雪風が門の前にいた提督に駆け寄ってきた。

 

 

「行きましょう行きましょう!」

 

雪風と、後からやってきた利根を連れてどこかに出かけていく提督を、草葉の陰から見守る影が二つ。長門と、深雪だ。「休暇中を監視していれば、奴の本性を暴けるかもしれない」と考え、この休暇の提案をしたのだった。女性としては非常に高い身長を持つ長門では尾行するのには不向きではないかと天龍たちは疑問に感じたが、言い出しっぺである長門は聞かなかった。それに乗っかったのが、元来ノリのいい性格である深雪だった。

 

「フ…休暇に幼い駆逐艦と頭の悪い重巡を連れて外出か。早速怪しいなぁ、提督?」

 

「これはもう事案ってやつだね。とっ捕まえちゃっていいんじゃないの?」

 

「いや、行動に移していない以上、現行犯にはならん。やつを吊し上げるには、確固たる証拠が必要なのだ。…追うぞ!」

 

 

記憶喪失前の自分は外面は良かったのか、それとも身分を隠していたのか、街に出ても変な目で見られることはなかった。「平日に娘と言うには似ても似つかない少女二人を連れて街を歩く男」という点では変かもしれないが。

 

「うわぁ、私街に出るのは初めてです!」

 

「吾輩もじゃ!ワクワクするのう!」

 

「ん…二人とも初めてなのか?」

 

休暇には好きに出かけられるようにもしていたはずだが…。

 

「行く必要もないですし…」

 

「今日だって、提督が出かけると言わなければたぶん来なかったのう。わしらは、お・ぬ・し・と、一緒にいることが何より楽しいのじゃ!だから、わしらのことは気にせずに好きな所へ行くがよい!」

 

全くの少女のようで、少し違う。艦娘故の無欲さか、あの環境で過ごしていれば誰でもこうなのか。とはいえ、感性は人間並みのはず。「女の子らしさ」を押し付けるつもりはないが、当初寄るつもりだった場所は後回しにして、雑貨や服屋などもルートに入れることに決めた。皆には、もっと広い世界に興味を持ってほしい。

 

 

「なんと…これがホットドック…!なんと美味な!」

 

「雪風の鯛焼きも甘くておいしいです!」

 

食べ歩きながらも、ちゃんと飲み込んでから喋るあたり、行儀がいい。

 

「店に入る前にはちゃんと食べきれよ」

 

楽し気な会話が聞こえてくる方を遠目に眺めながら、長門は目を光らせる。

 

「なぁ、長門もこの肉まんっての食ってみろよ!すげー美味ぇぞ!」

 

「まったく…もう少し尾行中だということを意識してくれないか」

 

初めて出る街の活気に、深雪のテンションは上がりっぱなしだった。長門も冷静を装って入るが、実際のところ時折鼻をかすめる食べ物の香りに困らされていた。ひょいと、深雪が肉まんを差し出してくる。見ると、両手に一つずつ肉まんが握られていた。

 

「…あまり無駄遣いするな」

 

肉まんを受け取ると、尾行中の腹ごしらえくらいの軽い気持ちで軽く頬張った。瞬間、目は見開かれて、背筋は伸び、肩をすぼめて両手で肉まんを抱えていた。

 

「…おいしい…」

 

「ぷっ…」

 

すぐに、深雪の笑い声が聞こえてくる。

 

「長門のそんな顔初めて見た」

 

「う…うるさい!は、早く追うぞ!見失ってしまう!」

 

「はいはい」

 

だが、待てど暮らせど、提督が尻尾を出すことはなかった。それどころか雪風も利根も可愛らしい洋服やアクセサリーを買ってもらい、幸せそうに帰路についていた。

 

 

「えへへー」

 

心底嬉しそうに、雪風が服の入った袋に頬ずりする。どことなく小動物っぽい。

 

「宝物ができちゃいました!」

 

「本当じゃのう…わしらは幸せ者じゃな」

 

「楽しんでくれたならよかった」

 

「けど、しれぇ良いんですか?しれぇが行きたかったトコロって…」

 

「いいのいいの。特にアテもなかったし」

 

が、雪風はじっと提督を見つめ続ける。ややもすると、自分から視線を切る。

 

「そうですか」

 

納得して…くれたのかな?

 

「今度出かけるときは、私たちの方が付き合いますからね!」

 

それだけ言うと、遠くに見えてきた鎮守府に一足先に駆けていった。

 

「まったく、不器用な男じゃの?」

 

「あ、ははは…」

 

バレててぃん。

 

 

「どうデシタ?」

 

瑞鶴の部屋に加賀、金剛、天龍、龍田、長門、深雪が集まっていた。

 

「ふん…そう簡単には尻尾を出さんな。土産だ」

 

長門が袋から肉まんを取り出すと、人数分手渡した。加賀が、長門と深雪が肉まんを手にしていないことに気づく。

 

「二人の分は?」

 

「街で食べたからな」

 

「そう」

 

各々頬張り、そして表情を変える。

 

「うまっ」

 

「美味しい…」

 

「ひひっ、みんな長門と同じ顔してる」

 

「な…どんな顔だよ!」

 

「あら天龍ちゃん、その言い方は長門さんに失礼じゃないかしら~」

 

「あ、悪い」

 

「フ…構わんさ」

 

「で…どうしマスカ?まだ監視を続けマスカ?」

 

「当然だ。今日は何事もなかったとはいえ、あれが信用を得るためのポーズかもわからん」

 

「それは良いんだけどさ、やっぱり今後も長門がやる気なの?」

 

「心配ない。ビッグセブンを侮るなよ」

 

「いや…」

 

これを言い出すと、長門は聞かない。かくして、しばらくの間、提督には長門の監視がつくことになった。

 

 

結果、ある噂が広がり始めた。

 

「ねえ、長門さんが提督のストーカーしてるって本当?」

 

「ウソ、長門さんって古参組じゃなかったの」

 

「だからこそ、声をかけられなくてこじらせたのかも…」

 

 

そして、ついに古参組が秘書官に当たる最初のローテ。寄りにもよって、長門だった。執務室に入り、しばらく提督にガンを飛ばす。幸いにも、例の噂は両者の耳には入っておらずその点は問題ない。ずかずかと秘書机に歩いていくと、ドカッと大げさに座り込む。

 

「とっとと仕事をしろ」

 

「…おう」

 

そうやってお通夜のような執務が始まった。が、意外にも長門は優秀だった。なんだかんだと、提督のやろうとしていることを汲み取り、先回りして気を聞かせてくれた。

 

「あれ…」

 

「…」

 

提督がガサガサと机の上を探し出すと、長門は提督の机の前に落ちている資料を拾い上げ、バンッと提督の手元にたたきつける。

 

「お、おう、ありがと…」

 

「チッ…」

 

またしばらく執務をしていると、提督は喉の渇きに気づく。席を立とうとすると

 

「執務を続けろ」

 

長門にそう言われ、渋々作業に戻る。そして長門が席を立ち冷蔵庫を開けると、手伝ってくれる艦娘用に用意してある各種ジュースの中からいつも提督が愛飲しているコーヒー牛乳を取り出し、机の上に置いた。

 

「…」

 

「とっとと執務をしろ!」

 

「は、はい!」

 

それもこれも、早く執務を済ませてこの部屋を去りたいが故の行動だった。が、ここまで先回りした行動ができるのはどれもこれも、提督をしばらく監視していた結果であり、今まで手伝いをしていたどの艦娘よりも優秀に動いているという事実に、長門は気づいていなかった。執務の終わり時間も、随分と早かった。時計と長門を交互に見て、提督は笑顔を浮かべる。

 

「いやぁ…助かった!ありがとう!」

 

「フン…では失礼する」

 

「あ、待って」

 

なんだ…とイラついていると、提督は長門にパックのコーヒー牛乳を手渡した。

 

「お礼。本当に今日は助かったよ」

 

「…何か入っているのではあるまいな」

 

「まさか」

 

「フン。まあ、貰っておこう」

 

部屋に戻ると、受け取ったパックを眺める。

 

「コーヒーはブラック派なのだが…」

 

コップに注ぎ、一口含む。

 

「……まぁ…悪くないな」

 

 

 

彩雲の報告を受けた加賀が、目の前にいた天龍にも聞こえるようにつぶやいた。

 

「長門さん、アウトです」

 

「長門ぉ!」

 

テーブルに拳を打ち付ける音が、加賀の部屋に響いた。

 




長門、陥落。

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