記憶と引き換え   作:たかすあばた

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あっぶねぇ…
危うく第1話で出てるはずの龍田の存在を忘れてて新キャラで出すとこだったぜ…



ちょっとずつ

「は、初めまして、司令官さん!私…吹雪って言います!」

 

「私、夕立っぽい!」

 

「『ぽい』じゃなくて、夕立でしょ。僕、時雨って言うんだ。よろしくね、提督」

 

「ああ、3人とも知っているよ。活躍も知ってる。この間の出撃は夕立がずいぶん頑張ったみたいだな」

 

「わーい!提督さんちゃんと報告見てくれてるっぽい!」

 

「フフッ、それが仕事だからね」

提督の容体が安定し、チラホラと艦娘たちが医務室を訪れてはやっと顔を見ることのできた提督との会話を楽しんでいた。その頃…

 

 

 

「うわぁ…」

 

「ひどい有様ですね…」

提督の執務室。まるでここだけが戦闘の後のような状態だった。壁に空いた穴はブルーシートで繕われ、書類は風で飛んでいかないように瓦礫等で重しがされていた。

青葉に頼まれ、修繕のために執務室を見に来た明石。現在事実上の秘書官として、久しぶりに執務室を訪れた大淀。そして、この惨状を作ったであろう者たちに不快感をあらわにする、叢雲。

「そりゃ、こんなところで仕事してりゃあ倒れもしますよ」

 

「アイツら…どんだけ提督を苦しめれば気が済むワケ…!」

叢雲は握りこぶしを震わせて怒りを表現する。それを見て、大淀は落ち着かせようと話を振る。

「叢雲さんは提督にはもうお会いしたんですか?」

 

「ええ、さっき少しだけ話してきたわ。アイツらから聞いてた話からは想像もつかないくらい、気さくでいい人よ」

 

「そうだね…まるで違う人間みたい」

明石が独り言のようにぽつりとつぶやいたのを聞き、叢雲はあらと表情を変える。

「明石さんも昔からいるんじゃなかったの?」

 

「ん?ああ…まぁ、別に昔のことをスッパリ気にしてないって訳じゃないけど…今は工廠もいい感じに回ってて私も楽しくやれてるし。このままでいてくれるんならそれでいいかなって」

 

「ふぅん…大淀さんも?」

 

「そうですね…わたしも許す気は毛頭ありませんが、今の鎮守府の回転状態には特に不満はありませんし…むしろ今いなくなられた方が面倒と言った感じですね」

 

「…そ」

提督に危害を加えたりする気が無いことが分かったからか、叢雲が納得したように一つ息を抜く。大淀もやれやれと言ったふうにため息をつく。会話が途切れ、一瞬だけ沈黙が流れた執務室に明石の両手を打ち鳴らす景気の良い音が響いた。

「はいはい、それじゃあ片づけに入るよ!二人とも瓦礫運ぶの手伝って!」

 

「何これ。提督殺されたの?」

よし、と片づけに入ろうとしたところに、茶々を入れる様な軽い、毒のある声が転がり込んだ。背後から聞こえたその声に振り向くと、廊下の壁に寄りかかる北上がいた。

「北上さん…!退院の予定はまだ先じゃ…」

 

「ハイパー北上様の回復力は伊達じゃないよん。まぁ、まだ出撃はできないけどね」

驚いた大淀に、表情を変えないままピースサインで返す。

雷巡北上。提督に反抗したことにより、地下の独房に閉じ込められていた。提督の記憶喪失後、その存在には早い段階で気が付いたものの、記憶喪失前に設定したであろう鍵の解除方法の模索に時間がかかり、どうにか北上を見つけた時には衰弱状態に陥っていた。

「で…提督は死んだの?」

 

「いえ…過労で倒れて、現在は医務室で休んでいるわ」

 

「そっかー。じゃあちょっと挨拶してくるかな」

大淀を押しのけ、叢雲が北上の正面に立ちはだかる。

「何しに行くつもりかしら?」

 

「あれ、初めて見る顔だね。新人さん?」

 

「この子は叢雲。吹雪型よ」

 

「へー。よろしくね、叢雲ちゃん」

 

「質問に応えなさいよ。提督の所に行ってどうするつもり?」

 

「やだなー叢雲ちゃん、怖い顔。可愛いのにもったいないよ?ちょーっと挨拶するだけだよ。『色々』と気持ちを込めてね」

更に一歩、北上に詰め寄る。

「アイツに何かしたら只じゃおかないわよ。私はもちろん、他の皆もね」

 

「ふうん…?今度は随分と味方を増やしたみたいだねぇ、提督は」

数秒間、互いの目を見つめ続ける。やがて、北上の方から飽きた様に視線を斬った。

「ハイハイ、叢雲ちゃんが怖いから何もしませーん。大淀、他に何か確認しておかなきゃいけないことってある?」

 

「そうね…あれから増えた艦娘もそうだし、施設なんかも増えたから…あ、あと大井さんがずっと貴方に会いたがって…」

「あー、大井っち来てるんだ」

大淀と話し始めた北上を目で追いもせず、不機嫌な顔のまま叢雲は執務室に向き直る。

「明石さん、さっさと片づけ始めましょ!」

 

「え?あ、ああ…そうだね」

いまのいままで蚊帳の外にされ、棒立ち状態になっていた明石が、叢雲に催促されて慌てて作業に入った。

 

 

 

「えー!しれぇ、食堂に来ないの?」

医務室にいる艦娘たちが、提督の発言を聞いて揃って残念がる。

「ねー詰まんないこと言ってないでさ、みんなでご飯食べようよ!」

 

「悪いけどさ、もうしばらくは安静にするように言われてるんだ」

正直なところを言えば、どんな顔で食堂に入ればいいのかがわからなかった。食堂に行けば、きっと長門をはじめとした古株のメンツが嫌がるだろうしなにより、食堂を取りまとめている間宮さんの機嫌を損ねるのもいただけない。

幸いあの執務室も冷蔵庫だけは無事で、食料に余裕はあったはずだから…

「私たちに気を使っているのですか…?」

その間宮が、医務室の前にいた。部屋には入ってこず、入口を挟んで割烹着の裾を握る。目が合ったと思うと一瞬逸らそうとするが、真っすぐに見つめ返してくる。

「私や天龍さん…あなたを知る人たちに気を使っているのですか?」

 

「…別に、まだ本調子じゃないだけだよ」

 

「本当に…別人ですね」

 

「間宮さん…」

 

「私だって、あなたを見ているのは正直辛いです」

この場にいる雪風も陽炎も、どの艦娘も文句ありげに間宮と提督の会話を聞いている。

「けど…みんな、あなたと一緒にご飯を食べたがっています」

提督は俯けていた視線を上げて間宮を見た。

「島風ちゃんが追いかけっこしたがってます。弥生ちゃんはずっと笑顔の練習をしているし、それに…鳳翔があなたに料理を食べてほしがっています」

握っているこぶしをさらに強く握りしめながら、間宮は続ける。

「どうか…食堂に来てもらえませんか…。みんな待っています」

 

 

 

食堂が、今までになくどよめいた。駆逐艦の子たちに連れられて、ついに提督がみんなの前に姿を現したのだ。

「「いらっしゃーい、提督!」」

 

「ほ~ら朝潮姉さん、提督に挨拶は?」

 

「あ、あのほ、本日付でこちらに着任することとなりました!あ、アサシン…じゃなくて、朝潮です!」

緊張して慌てまくりの朝潮の様子に、提督の顔も思わずほころぶ。

「そう改まらなくても大丈夫だよ。よろしくな、朝潮」

 

「は、はい!」

まるでひまわりでも咲きそうな笑顔を見せる。朝潮の隣で、似た服装をした艦娘たちも挨拶してくる。

「荒潮よ~。あなたの勝利の女神は…こ・こ♡」

 

「あまり恥ずかしいこと言わないでくれる…?満潮よ」

十人十色に自己紹介する艦娘たちを押しのけて、頭の二本の艤装が特徴的な、駆逐艦が前に出てきた。

「叢雲よ。私がしっかりサポートしてあげるから、せいぜい頑張りなさい」

 

「こっちこそ、よろしく」

 

「ほーう、いつも厳しい叢雲をすでにここまでデレさせておるとは、提督、なかなかお主やり手じゃのう?」

ようやく席にたどり着いた提督と叢雲に、利根が茶々を入れる。

「あ、あんた…変なこと言わないでくれる!?」

 

「そうだぞ利根、ありもしない噂っていうのが当人は一番嫌なんだから」

 

「え…」

叢雲がどこか残念そうな顔をするが、提督は気づかない。パタパタと足音を立てて新たに集まってきた、鳳翔の方に気が行っていた。

「あの、提督!一目でいいからお会いして、お礼が言いたかったんです!食堂の横にあんな素敵なスペースを作らせていただいて…!」

 

ガチャン!

という音に、皆振り返る。天龍がコップの底をテーブルにたたきつけ、深雪、金剛とともに立ち上がったところだった。3人は提督のいる方に歩き始め、その間に挟まるように暁と響が立ちはだかった。他の鎮守府では「天龍幼稚園」と称されるほど面倒見のいい天龍も、ここでの駆逐艦との関係性は険悪なものになっていた。

「邪魔だぞ暁、響」

 

「司令官に何か用かい」

 

「レディとしては見過ごせないんだから!」

天龍はめんどくさそうに二人を手で押しのけ、そして提督たちの横に立つ。そして提督と、周りを固める艦娘たちを一瞥すると、不機嫌な表情のまま食堂を出て行った。

「深雪ちゃん…」

吹雪が深雪に声をかけようとするも、取り付くシマもないといった様子で天龍について行ってしまった。

「ごめんなさい、提督」

あの子たちの代わりだとでもいうように、鳳翔さんが頭を下げてきた。

「そんな、鳳翔さんが謝ることじゃないでしょう。そもそもの原因を作ったのは俺なんだから」

 

「でも、天龍さん達いろいろとやりすぎっぽい!」

 

「大人の女性なんだから、素直に謝れないとレディじゃないわ!」

そんな艦娘たちの話を聞きながらふと、先ほどまで天龍たちが座っていたテーブルに、まだ一人帰らずに残っていることに気づく。

「摩耶…」

提督の口から洩れた名前に、周りの艦娘も振り返る。提督を気絶させた張本人、摩耶がそこにいた。

「あ、おい…」

叢雲が摩耶のいるテーブルに向っていく。そして天板に勢いよく手をつくと、不満たらたらに話しかけだした。

「あんた…よく呑気に食事なんてできるわね?提督にはしっかりと謝罪したんでしょうね」

怒気とともに、仄かな殺気さえ感じられた。摩耶はというと、叢雲をちらっと見たと思うと、再び食事を始める。

「あんた…自分が誰を殴って気絶させたかわかってないんじゃないのかしら?」

だんだんとヒートアップし始めている叢雲を止めようと提督は口を開こうとするが、それよりも先に摩耶が話し始めた。

「アタシは…まだあいつのことを許してない」

叢雲の口元がヒクついている。しかしそれも意に介さず、静かに話し続ける。

「けど、今の鎮守府を動かしてるのもあいつだっていうことは…悔しいけど理解してる」

摩耶の発言を聞いてか、時間がたったからか、叢雲は少し落ち着き始めた。

「から…少し様子を見てやるよ。せいぜいしっかりと仕事をこなすこったな」

ごちそうさん、と小声で言うと、食器を下げて彼女もまた食堂を後にした。

「ふん…偉そうに」

やはりイラつきが隠せない様子の叢雲。だが、それ以外の艦娘たちは摩耶の心境の変化にちょっとした安堵を感じたようだった。窓の外から、加賀の放った彩雲が様子をうかがっていることを知らないまま。

 


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