記憶と引き換え   作:たかすあばた

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シリアスって難しい…
とりあえず思いつくままに書いてます。


不協和音

深雪は新人の時雨と叢雲、木曾を連れての出撃だった。

「ねえねえ、時雨のいるところってどんなところ?」

「良いところだよ。皆優しいし、ちゃんとお小遣いも貰えて、お出かけできる時間もあるし」

「へー、ホントに良いとこっぽい!提督、どんな人なのかな?」

「それがね、僕もまだ見たことが無いんだ」

「ぽい?」

「時雨、くっちゃべってばかりいないで、ちゃんと周りも警戒しろよ!」深雪が不機嫌そうに会話を遮る。

「ああ、うん。ごめんね、深雪」この日は、白露型駆逐艦、夕立をドロップして帰路に就いた。

 

今更。翔鶴姉を沈めておいて、今更なんだというのか。

轟沈する子はいなくなった。ご飯も毎日食べれている。皆の笑顔も増えた。

沈んだ皆は戻ってくるわけじゃない。

 皆が寝静まった深夜、瑞鶴は執務室のある廊下にいた。

「目標、クズ野郎」ぎりっ…と、弓を構える。ふと、艦載機に載った妖精がコチラを振り返る。

「どうしたの?」妖精はただ、不安げな目を瑞鶴に向ける。

「心配しないで。貴方たちはなにも気にしなくていいの」スッと、怒りのこもった眼を執務室に向ける。

「悪いのは全部アイツなんだから」ヒュンッと矢が放たれ、複数の艦載機に姿を変える。執務室が、爆炎に包まれた。

 

「あはははははははは!」

 

 目が覚めると、俺は床に転がっていた。もしやと思って記憶をたどってみると、今度は記憶を失っていなかった。数か月以上前の記憶は相変わらずないが。立ち上がろうとすると、体に覚えのある痛みが走る。瑞鶴の爆撃を食らったようだ。顔を上げると、外側の壁に穴が開き、外気がフリーパス状態になっていた。「…これから夏でよかったな」ひとり呟き、今日の執務に取り掛かった。

 

 「…葉。おい、青葉?」

 「…へ、あ、はい!て…天龍さん」

 「どうした、今日はずいぶん元気ねえじゃんか。」盆に食事を乗せた天龍が、青葉を見下ろす形で立っている。

 「隣、いいか?」

 「え、ええ。どうぞ…」

 「やっぱり元気ねえな…何かあったのか?」

 「いえ、あの、大したことじゃないんです!ホントに。さ、食べましょう!折角の間宮さんのご飯が冷えちゃいますよ!」

 

 重巡洋艦、青葉。この鎮守府で、提督が記憶を失った後に建造された彼女は、皆に顔を見せようとしない提督の実態を探るべく、今朝提督の外出を見計らい執務室に忍び込んだのだ。初めに感じた違和感は、提督自身。執務室から出てきた提督と思しきその男は、頬はこけ、目元には血色の悪い隈。朝食でも買いに行ったのか、裏口を使って鎮守府を後にした隙に部屋に入り、青葉は息をのんだ。

壁には穴が開き、机は粉々に砕かれ、ラックにかかった制服は全てズタズタ。床にベニヤ板が置かれ、そこには作業途中と思しき書類が直接置かれている。いてもたってもいられなくなり、青葉はそこから逃げ出した。

 そして現在に至る。平素を装い朝ご飯を食べようとするが、まるで食欲が起きなかった。

 

提督が記憶を失った後に来た艦娘と、その前からいた艦娘には、提督の認識に対する溝ができていた。以前からいた艦娘達はそれまでの提督の所業をよく知っている。未だに不信感をもったままだ。

しかし、後から入ってきた子達にとっては、適度な休暇もあり、給与もあり、MVPには少額のボーナスもある。出撃の際は無理をさせず、現場の意思を尊重してくれる。顔を見せようとしないのがちょっと不思議なだけの、良い提督でしかないのだ。

先輩の艦娘達が、それまでの提督の話をしていないわけではない。が、未だ提督イジメを続ける者に対し、不快感を示す者も少なくなかった。

足音とともに、深雪と金剛が食堂に入ってきた。

「最近あいつイジメてもつまんないよねー」

「もっとリアクションする様な事をもっと考えるデス!…床板抜いて落とし穴作りマスカ?」

青葉は耳を塞いだ。会話の中身を聞きたくないだけじゃない。鎮守府の中で、大事な何かが軋む音がして。

「アンタらね、いい加減にしなさいよ!」亀裂はすぐに入った。声を上げたのは、一カ月程前に着任した叢雲だった。

「上官にそんなことやり続けて、いい加減に許されると思ってるわけ!?」

「ナンデスカー叢雲、カリカリして。これは当然の罰デスヨ」

「アンタらにやってきた仕打ちに対する?」

「その通りだ」摩耶が立ち上がる。

「あいつは上官って立場と解体を盾にやりたい放題やってきたんだ」

「今度は被害者って立場を盾にしてあいつをイジメるの?やってることは変わらないじゃない」

伸びた手が叢雲の胸ぐらを掴みあげる。

「お前に何がわかるんだよ!!」天龍、加賀もその場に立ち上がり、声を上げる。

「俺たちはずっと苦しんできたんだ!ずっと、ずっと!」

「あの人は私達に無茶な指示を出し続けたのです。休むことも許さず、ただ自分の手柄のために」余りの剣幕に少したじろぐが、叢雲は反論を続ける。

「今の指示を出してるのもアイツよ!」

「てめぇ…!」

「!よせ、摩耶!」振り上げた腕を、近くにいた長門がどうにか抑える。腕は抑えられたが、摩耶は周りをジロリと睨み、叫び続ける。

「まさか後から来た奴ら、皆同じこと考えてんのか!電!」

「やめてください…」

怯えて見ていた電の体がビクリと跳ね上がった。オドオドと視線を泳がせながら、声を絞り出す。

「い、電は…。司令官さんがやっていたことは…良くないと思います」

「そうだろ!?」

「で、でも、摩耶さんや深雪ちゃんが今司令官さんにやっていることも…良くないと思うのです…」

「電!」

「てめぇ!」

「木曾!」天龍が、2週間前の着任以来、気が合うと思っていた木曾に問いかける。

「俺は…。少なくとも、今の提督は…有能だと…」

「木曾…!」

「私が言いたいのはね!深雪も、天龍も金剛も!嫌いなら嫌いで構わないわよ!もう少し大人になりなさいって言ってんのよ!」

「何デスッテ!」

「叢雲てめぇ!」

「やめてください!」一度聞き流された青葉の言葉は、今度は叫びとなって高まっていた食堂の空気を沈めた。

「どうして…」

いつも明るい、青葉の初めて見せる、涙。

「こんなに良いところなのに…どうしてこんなことになるんですか!」

「青葉…」

「青葉、こんなのは見たくないです…!」膝から崩れ落ちる。皆、感情の矛先を失い、摩耶は食堂から出て行った。

 

重巡寮の自室に向かう途中。何という間の悪さか、摩耶は数カ月ぶりに提督を見た。トイレから出てきたそいつは頭からずぶ濡れで、上着は穴だらけ。痩せ細り、全身から疲労が見て取れる。

「ああ、悪い。トイレここしかなくてさ…すぐ出てくから」

執務室のトイレは、天龍が壊した。ずぶ濡れなのは、さっきの深雪と金剛だろう。それでも文句の一つも言わず、そそくさと立ち去ろうとする。

「何なんだよ…」

「え?」

 

2週間前に着任した吹雪は、昼を食べに食堂に向かっていた。ふと、廊下の向こうから聞きなれない声が聞こえ、曲がり角から覗き込んだ。摩耶先輩と、細身の男性。

「もしかして、司令官!?」

前々から、会ってみたいと思っていた。先輩からは良くない話ばかり聞くが、これだけ良い環境を整えてくれているのだ。悪い人ではないはず。

「何なんだよ…」

駆け寄ろうとした時、摩耶が男を殴り飛ばした。

「摩耶…先輩?」吹雪の声は聞こえなかったらしく、怒鳴り続ける。

「何なんだよ!抵抗してみろよ!反抗したらどうなんだよ!どうして何もしてこねえんだよ!」倒れたままの男が答える。

「そんな権利はない…。これが…お前達の受けた痛みなんだろ?」

「もうつまんねえんだよ!どれだけお前のことイジメても!それとも今度はそうやってあたしたちの心を弄ぶつもりかよ!」

「俺は…」男は立ち上がろうとしたが、すぐに全身の力が抜けたように転がり、動かなくなった。

「…おい。どうした?…おい!」男のそばにしゃがんで体を揺するが、反応はない。

「摩耶…先輩?」

「ふ、吹雪?なあ、こいつ動かねえ。おい、下手な演技するなよ!おい!」

「摩耶先輩…まさか、人間を本気で殴ったんですか…?」吹雪は引きつった顔で摩耶を見下ろす。艦娘の本気。それは、鉄の塊を持ち上げて化け物と戦うパワー。殴られれば、人間などひとたまりもない。

「そんなつもり…あたしは!なあ、頼む!目を覚ましてくれ!誰か…」

廊下に、悲痛な訴えが木霊する。

「誰か!」

 


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